秋田が産んだ平等思想家 安藤昌益
2013年06月01日
安藤昌益は、1703年、秋田県大館市に生まれ、1762年そこで亡くなりました。京都で医学を学び、42歳のとき、青森県八戸に移りました。八戸で町医者をしながら、『自然真営道』九三巻を著しました。
大学時代にちょっとだけ読んだE・H・ノーマン著『忘れられた思想家』(岩波新書)を再読しています。300年以上経た今、彼の平等思想を学ぶ時代がやっときた。そんな気がするからです。
E・H・ノーマンはカナダ人です。その名著『忘れられた思想家』(岩波新書)で、安藤昌益を、こう書きます。
「明治以前の日本の思想家のなかで、封建支配を完膚なきまでに攻撃した唯一の人」
「日本史上の三大人物をとくに憎むべきものとして指摘する。この三人は聖徳太子、秀吉、家康である。まず聖徳太子に対しては日本に仏教を輸入し有害な伝説、迷信を広めたといって非難する。秀吉は際限ない権力欲の標本であり、ことにその朝鮮侵略は無辜の人民に苦痛を与えたといっている。家康は不義不信で血にかつえた支配者の言語道断な標本である」
「仏教が婦人を劣等の地位におとしめたことを糾弾し、女性解放論の先駆者として表れている。徳川時代に男女の平等をこれほど直截に説いたものを知らない。これは女性の権威を傷つけた釈迦を拒否すべきであると勧めているかのようである」
「伝統的封建権力の崩壊をそれとなく感じていた人民の直観を明晰かつ正確な言葉で表現した最初の思想家の一人」
「当時の社会悪に対する荒々しい怒りに燃えた昌益の論戦は激越であり、その用語は時に粗暴であり、その議論は徹底的である」
「この執拗さは感情というよりは熱情に発するものであり、文筆的身振りではなく信念の表明である。農民に対する尊敬を昌益の一面とすれば、その半面は、社会悪への憎しみ、貪欲と浪費と虚飾と迷信への軽蔑であった」
「儒者や僧侶が社会の倫理的道徳的基準を打ち立てる権利を否定した。釈迦や孔子やその同類は人間の精神を高め豊かにするどころか、かえって社会を毒し、自然の道をそこなって人類に有害無益なわざをなさしめるものであるというのが昌益の主張であった」
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小さなあんよ
2013年04月15日
鳥海山を挟んで南側の鶴岡市にて国際女性デ―
2013年03月10日
3月8日は国際女性デー。鳥海山をはさんで北はわが由利本荘市、南が山形県鶴岡市だ。そこの「2013 国際女性デー」に参加した。実行したのは、鶴岡市の平和センターや連合系の女性部に連なるひとたち。
山形県の吉村美栄子知事が顔を見せた。日本の知事47人中3人しかいない女性の知事だ。吉村知事は、仕事と家庭生活の両立を基本に、いったん仕事を離れた女性が再就職できるような政策を強化したいと挨拶した。
基調講演は、国連人間開発指数で過去12回首位にあるノルウェーを例に、「女も男も働くことが楽しい国へ」がテーマ。世界で男女平等の国と知られているノルウェーだが、そこにいたるまで道筋は平坦ではなかった。19世紀の歴史、偏見と差別をなくそうと立ち上がった女性たち・・・どんな訴えを、どういう方法で行ったのか。映像中心の報告。
女性が人間ではなかった19世紀。会場となった山形の鶴岡市には、天才作家とよばれた田沢稲舟がいた。彼女は、女性に決められた役割を否定し、作家の道を歩もうと決意。しかし当時の日本は、そんな女性に甘くはなかった。彼女は家を捨て、故郷を捨てて、単身、東京に出た。多くの斬新的作品を世に出し、結婚もした。しかし、ほどなく破綻。鶴岡市に戻って亡くなった。ちょうど3月だったという。21歳の若さだった。
死後も、スキャンダラスな点のみ強調され、彼女の作品や生き方を正しく評価する人はいなかった。山形のフェミニストである私の親友でさえ、40歳ごろまで(20年ほど前)知らなかったと言った。自立を求める女性の犠牲の大きさよ!
女性が一人の人間として認められなかった、19世紀。ノルウェーも日本もほぼ同じだった。
しかし、時は過ぎ21世紀。今、ノルウェーは、国会も地方も女性議員は約4割、そして出生率1.9。一方、日本は、女性の議員は1割前後、そして出生率は1.39。
鶴岡市も、議会に座る女性は、渡辺洋井(ひろい)議員たった1人だ。
鶴岡の女性デー企画を担った連合の女性委員会部長赤川幸さんは、「職場は男女とか性を意識することなく日々、仕事にまい進している。しかし、性差別をなくすこと、女性を管理職にもっと増やすなどの重要性を認識し、それに向けて実行していきたい」と述べた。こうした20代の女性たちに、心底期待したい。
和崎ハルを考える
2013年02月15日
ノルウェーの女性は、1913年参政権を得ました。世界で最も早く得た国のひとつです。
2013年の今年は、ノルウェー女性参政権100年。国のあちこちで「女性と政治参加」の催しが行われます。
まずストルテンベルグ首相が、年頭のあいさつで、こう口火を切りました。
「100年前の1913年、我が国の新しい1章が始まった」
「今は当たり前だと思っている、参政権。それを要求して闘った女性たちを皆で祝おうではないか」
さて、このノルウェーの話が、なぜか秋田県初の女性衆議院議員和崎ハルにつながっていきます。
上の写真は、和崎ハルの講演をしている三井です。1990年代のことです。10年以上もたった昨年暮、
秋田県内各地で、同じ格好で、同じように和崎ハルについてお話しました。
何のジェスチャーしてるのかなと思ったら下の記事をクリックしてください。
ノルウェー女性参政権100年から考える
選挙のご報告
2013年01月21日
【下は、選挙後、親しい方に差し上げた文章を修正したものです。公職選挙法で、選挙後のお礼などはできないことになっていますので、ご理解をお願いします】
結果は大敗北でした。“自民列島”となりはてた日本地図に、怒りを通り越して、無力感と格闘しています。
ふるさと秋田に引越したのは昨年10月下旬でした。住処も定まらず、ホテル暮らしでした。恐ろしく広い選挙区(注1)の端っこの由利本荘市を回っていた時、「12月16日投票」というニュースが飛び込みました。
びっくり仰天し、それから、無我夢中で、1日も休まず、走ってきました。雪の中、伴走してくださったかたがたの顔が目に浮かびます。一生、忘れません。
獲得票は23665票。でも、民主党に対する強烈な逆風の中、準備期間も組織もなかったにも関わらず、「三井マリ子」と書いて下さった方が10人に1人はいたのです(注2)。
政策をもっと知っていただく時間があったなら、と思います。民主党や私の唱える、「誰もが安心できる社会保障を!」「もっと女性の力を!」こそ、この秋田に、もっとも必要だからです(最下記事)。無念です。
秋田3区は、代表に世襲議員を2人選びました。国会議員だった親の地盤看板を引きつぐのですから、何十年も選挙運動をしてきたようなものです。貧しい秋田では例外中の例外的家庭で育った方に、秋田県民の本当の生活ぶりがわかるのでしょうか。
選挙カーでの道中、私は、こんな声を聞きました。
「見て、この町。子どもの声が聞こえる町にして」と、冷たい雨の中、じっと立って聞いてくれた2人の中年女性。
「うちの父さん、外面はいいけど、酔っぱらって暴力をふるう。警察にも来てもらった」と、眼に涙を浮かべて私のもとに駆けよってきた割烹着姿の女性。
「休みはとれないし、腰痛にはなるし、賃金は安いし、でも、この仕事しか中年女性にはないんですよ」という、介護現場の女性職員。
「金がないから、病院にあまり行けない」と、こぼした中年の男性。そのお宅は悪臭がただよっていました。
「朝から3回目だぁ。腰も痛いし、手も豆だらけ。ほかに、やるひとがいない」と、雪かきをする女性。85歳の女性の手に、湿気の多い雪はズシリと重く……。
「冬はホントに難儀だぁ、すべって」と、シルバーカーを押して買い物途中の年配女性。雪道に何度も足や車輪をとられてころびそうでした。
このような方々に寄り添える政治家になりたい、と本心から思いました。
反民主の嵐の中、支えてくださったのは、民主党サポーターや労組の方々です。なつかしい同期生のみなさん、また、全国の女性運動の同志たち(注3)の変わらぬ友情も忘れられません。「持つべきものは友」です。
しかし、猛反省すべき点も多々あります。一番の悔いは、三井の公選ハガキ、ポスター、選挙公報に、肩書や略歴が記載されておらず、私が「何者か」も、「横手に生まれたこと」も知らせそこなってしまいました(注4)。痛恨の極みです。
そんなこんなの中で頂いた「23665票」。これは私の宝物です。私の人生の新しい羅針盤です。ここから、また新らたな旅に出発いたします。
三井マリ子 (民主党秋田県第3総支部代表)
(注1) 秋田3区は5500㎢もあり東京都の2倍以上。自治体は9市町村で、由利本荘市、にかほ市、大仙市、仙北市、湯沢市、美郷町、羽後町、東成瀬村、横手市。有権者35万人のうち投票者23万人。ポスターの公営掲示版2400カ所以上。
(注2) 投票率65.6%。三井10.4%のうちわけは、横手地区17.8%、大仙地区8.7%、湯沢雄勝地区8.4%、由利本荘地区7.6%
(注3) 秋田3区の民主党議員は、全県区選出の参議院議員1人(松浦大悟)、民主党秋田県第3総支部に県議1人(小原正晃)、市議1人(さくさべ直)がいる。ほか連合秋田推薦の議員数人。連合秋田は秋田県内の労働組合組織の連合体で、今選挙では11月30日、秋田3区の推薦候補を三井(民主党秋田県第3総支部代表)と決定した。「秋田県女性問題研究会」「全国フェミニスト議員連盟」「館長雇止め・バックラッシュ裁判を支援する会」などの友人たちが、全国からやってきて、入れ代り立ち代りボランティアをした。
(注4) もともと選挙民には「地元から議員を」という感情がある。それに加えて今回は、大仙市、由利本庄市、湯沢市、横手市の4市からそれぞれ候補が出たため、メディアは「地域対決」などと報じた。しかし、公示後ですら、「三井マリ子? どこの人?」と聞かれたことを考えても、三井の浸透度はきわめて不十分だった。