1960~70年代にかけて、「網走番外地」シリーズなど多数の任侠映画に出演した高倉健さん。映画界を代表するスターに上り詰めた=1972年撮影【拡大】
「歌がお好きで、2人で温泉旅行に行ったときはカラオケにも行きました。堀内孝雄さんの『ガキの頃のように』をよく歌っていましたね」とも述懐。「レコーディングのときは、たくさん用意されたあめの中から『バターボール』だけを取って、『僕が好きなあめなんです』と言ってなめていたのを覚えています」と振り返った。
最後に会ったのは約5年前。東京都内のホテルで握手したといい、「男としての手本のような方。もう一度お話ししたかった」と声を振り絞った。
「対馬-」は今後、故人をしのぶ場面で披露されることになりそう。荒木氏は「もちろん皆さんに聴いていただきたい。でも世に出なくても僕にとっては宝物です」と大事そうに語った。
★「網走番外地」ダブルミリオン
健さんは歌でも多くのファンを魅了した。
1958年に「その灯を消すな」で歌手デビュー。以降、映画「網走番外地」「昭和残侠伝」「居酒屋兆治」など主演映画の主題歌を数多く担当。「網走番外地」の同名主題歌は、歌詞の一部が“反社会的”との理由で一時は放送禁止となったが、ダブルミリオンを突破するなど大ヒット。「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」の主題歌「昭和残侠伝」はカラオケで今も歌い継がれている。
90年に八代亜紀とデュエット曲「挽歌」「放浪雲(うきぐも)」を発売。健さんの渋い歌声と八代のハスキーな声色がハマって人気を呼んだ。
(紙面から)