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「攻め」に転じたMicrosoftは何を目指すのか?――無料Officeアプリ強化、容量無制限OneDrive、Dropbox連携

ITmedia PC USER 11月18日(火)10時6分配信

 どうやらMicrosoftのクラウドにかける情熱は本物のようだ。2014年10月から11月にかけて、Office 365のコンシューマー版ユーザーも対象にした「OneDriveのストレージ容量無制限化」、「Microsoft OfficeとDropboxのクラウドストレージ統合」と、ユーザー体験の大きな向上が期待できる発表を矢継ぎ早に行った。

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 ここ数カ月の動向を振り返ってみても、SAPとのエンタープライズカスタマーを対象にした提携、クラウドCRM(顧客管理システム)を提供するSalesforce.comとの戦略的提携、Oracleとのエンタープライズクラウドに関する提携、IBMとのハイブリッドクラウドに関する提携など、クラウドに関する提携や重要なマイルストーン発表が相次いでいる。クラウド分野ではライバルとなるAmazon.comのAWS(Amazon Web Services)やGoogleも値下げを交えて対抗している状況だ。

 また直近では、Microsoftのインターネット戦略の中核だった「.NET」のオープンソース化や、ほぼフル機能版にあたる開発ツール「Visual Studio Community」の無料提供など、かなり大胆な動きも見られる。ここ最近の動きを追いつつ、Microsoftの戦略を追いかけてみる。

●ここ最近のMicrosoftはなぜ大型提携を連発しているのか?

 Microsoft CEOにサティア・ナデラ氏が就任して以降、同社のコア戦略を説明するうえで必ず紹介されるスライドがある。「クラウドOS」とそれを利用するための「デバイスOS/ハードウェア」が存在し、この2つの組み合わせによって生み出されるユーザー体験を提供するのがMicrosoftの狙いだという。

 過去の事業を見ると、同社は「WindowsというOSと、Officeという生産性ツール」が主力事業のソフトウェア企業だが、これをあくまでコア戦略を実現するためのピースとして扱い、少しずつ会社内部を変革しつつある状態と言える。

 冒頭でも紹介したように、ここ最近のMicrosoftはIT大手各社らとの提携を次々と発表しているが、「ポジションの確立」と「ライバルらへの対抗」という2つの狙いがあると考えられる。Microsoftは現在クラウドへとその事業コアの舵を切っており、クラウドプラットフォームである「Microsoft Azure」が将来的には主要な収入源となるだろう。

 ただし、Microsoft Azureそのものは従来のPCにおける「箱」の部分であり、ソフトウェアがなければ意味を成さない。箱としてのクラウド事業に一定の価値を与えるのが一連の提携発表だ。

 SAP、Salesforce.com、Oracle、IBMはそれぞれエンタープライズ向けのミドルウェアやアプリケーション製品を持っており、これをMicrosoft Azure上で簡単に動かせる環境を用意したり、あるいはOfficeとの連携を可能にすることで、Microsoft製品の利便性が高まる。既存ユーザーの取り込みだけでなく、実際のエンタープライズの場面ではマルチベンダー環境というのが当たり前なので、こうした施策は重要だ。

 またDropboxとの提携に見られるように、すでに汎用(はんよう)のクラウドストレージとしての地位を確立したサービスとMicrosoft製品の連携を進めることで、ユーザーにとっての利便性は大きく向上する。これはクラウドCRMとして広く利用されているSalesforce.comも同様で、Microsoftの生産性ツールとのクラウド経由での連携が進めば、使い勝手が高まる。

 現在、Microsoftにとってのクラウド分野での(同社が想定する)ライバルは、Amazon.comのAWSとGoogleだと考えられる。AWSはクラウドOS事業では老舗で、Google Appsという生産性ツールも持つGoogleはMicrosoftの戦略と真正面から対立する。

 少なくとも、これら2つを上回る利便性の高いサービスを作り上げ、早くから差別化を図ることが重要だが、業務提携のスピード感はナデラ氏が新CEOになってからの成果の1つであり、今後もまだ似たような発表が行われていくことだろう。

●.NETオープンソース化と開発ツール無料化の狙い

 Microsoftが掲げるインターネット戦略の中核だった「.NETのオープンソース化」、ほぼフル機能版に相当する開発ツールである「Visual Studio Communityの無料提供」も、新しい同社を象徴する大胆な発表だ。

 同社がインターネット経由であらゆるデバイスを結びつける「Microsoft .NET」という名称の戦略を発表したのが2000年。その後の2002年にそれを実現するアプリケーション実行環境「.NET Framework 1.0」が登場した。

 当時の.NETにおける大きな目標は2つあり、1つが「(インターネット時代に適した)モダンなアーキテクチャやユーザーインタフェース(UI)を実現すること」、2つめが「PC以外のデバイス(携帯電話や組み込み機器など)でも利用できる共通のフレームワーク実現」にあったと考えられる。

 翻って、過去12年の間にインターネット事情も変化しつつあり、.NET以外のプラットフォーム共通の実行環境として「HTML+JavaScript」の利用が広がった一方で、近年フロントエンドデバイスの主軸となりつつあるスマートフォンやタブレットでは、プラットフォームごとに独自の実行環境を持つ「アプリ」が主役になったりと、必ずしも当初Microsoftが描いていた世界に進んでいるようには見えない。その意味で、今回の発表は12年の節目での方向転換だと言えるかもしれない。

 .NETは組み込みからPC、サーバ向けまで、現在もWindows開発における中核であり、Windows Phone 8.1の世代になるまでは携帯アプリ開発も完全に.NETをベースにしていた。

 一方で.NETには別の潮流があり、それがオープンソースを主体に開発が進んでいた「Mono」プロジェクトだ。Monoは.NETをLinuxなどオープン環境で動作させることを目標にしており、後にMac OS Xや携帯プラットフォーム向けにも移植されることで「クロスプラットフォーム開発ツール」の性格を帯びてきた。

 これを利用して「iOS、Android、Windowsの3つのプラットフォームでアプリを同時に開発可能であること」をセールスポイントにした「Xamarin」が2011年に登場している。この辺りの事情は過去の連載でも解説した通りだ。

 今回発表されたのは、このクロスプラットフォームとしての.NETに注目し、.NETの関連ツールから実行環境までをオープンソース化、広く利用を促していくのが狙いだ。これらはGitHub上で参照可能で、ライセンス形態はMIT Licenseとなっている。

 主力製品をオープンソースとして公開する理由はいくつかあるが、今回のケースで言えば「開発者人口の多いフレームワークをクロスプラットフォーム環境として開放することで、(ライバルらによる)ベンダーロックインを防ぎ、主力の開発環境とすること」が狙いとみられる。このターゲットの1つは、クライアントデバイスの世界で勢力を増しているApple対抗があると考えられる。

 従来のExpress版と異なり、Professional版相当の機能を持つ「Visual Studio Community 2013」を無償提供し始めたのはこれと連動しており、「.NETアプリを開発できるツールが必要」という部分にある。少なくともVisual Studioの実行にはWindows OSが必要なわけで、Microsoftのデメリットにはならないだろう。

 これは同時に、「Windowsというプラットフォームに必ずしもこだわらなくなったMicrosoft」ということも意味している。.NETが当初思い描いた世界とは現在では状況が異なっているように、デバイスやソフトウェアまわりの事情も変化した。一般ユーザーのフロントエンドとしては、スマートデバイス+クラウドという形態が主流になりつつあり、Windowsは以前ほどの寡占状態にはない。

 むしろ周辺サービスとの共存を目指すことで、Microsoftの確固たるポジションを堅持するのが重要で、それが前述した矢継ぎ早の提携劇に現れている。「Office for Android/iOS」の例を見ても、需要のあるサービスやアプリは積極的に他のプラットフォームにも展開し、サービス主体はクラウド側に移管するなど、WindowsとOfficeをセットにした囲い込みから脱却する方向性が明確だ。

●Microsoftのコア事業とビジネスモデルは?

 そうなると一方で気になるのが、Microsoftの収益モデルだ。前CEOのスティーブ・バルマー氏はMicrosoftの黄金時代を支えた経営者だが、一方で「Windows+Office」という柱の次を作り出せず、ある意味で同社を停滞期へと誘導してしまった。

 筆者の予想ではあるが、既存のOEM主体のビジネスモデルではコンシューマー向けの事業を維持するのはさらに難しくなると考えられ、これを回避して次の時代の事業構造を作りつつあるのがナデラ氏の一連の動きとみられる。

 まず昨今のMicrosoftの特徴として、エンタープライズ事業が底堅い収益源となっていることが挙げられる。現在でもすでに、Microsoftのコンシューマーとエンタープライズの売上比率は「1:2」程度となっているが、今後もさらにエンタープライズからは「Microsoft Azure」と「ライセンス」の2つを中心に事業を構築していくことになるだろう。

 一方で難しいのがコンシューマー事業だ。スマートデバイスでみればAppleやGoogleといったライバルはOSなどのソフトウェア収益を重視しておらず、OEMライセンスが収益源のMicrosoftには不利だ。そのため、競合製品となっているタブレットの小さい画面サイズのものを中心にWindows OSやOfficeの無償化で対抗している。

 ライバル製品と直接競合しないハイエンドPCやエンタープライズ向けはProfessional版のOEMやライセンス収入である程度カバーできるため、「もともとOEM価格の引き下げ圧力が強まって収益の落ちていたミドルレンジ以下のコンシューマー製品はいっそ無償化してしまえ」という判断だったのだろう。Officeの無償提供は、Windowsタブレットの差別化戦略の一種だと考えられる。

 だが、これではエンタープライズの収益でコンシューマー分野での焦土作戦を実行しているようなものだ。収益そのものにはつながらない。

 そこで登場するのが「Office 365」だ。企業向けではなく、一般ユーザーが有料サブスクリプションのOffice 365を導入するメリットはいくつかある、まずフル機能の最新Office製品をPCに限らずどこでも利用できること、そして冒頭でも紹介した「容量無制限のOneDriveクラウドストレージ」の利用権だ。

 Office for iPad/iPhoneアプリでは11月6日(米国時間)のアップデートで、従来Office 365契約ユーザーの特権だった「編集」機能の一部がサブスクリプションなしで利用可能になっており、Office利用の間口が広まった。

 一方、実際に業務でOfficeを使おうと考えたとき、便利な機能の多くは依然Office 365専用で、ユーザーにサブスクリプション契約を促す形態となっている。例えば「Office 365 Solo」を契約した場合、年間で1人あたり1万2744円の収入がMicrosoftにもたらされるわけで(原稿執筆の2014年11月現在)、おそらくはWindowsやOfficeを売り切りモデルで個人ユーザーに提供するよりは効率がよい。

 ユーザーにとっても、Office 365さえ契約すれば、PCでもタブレットでもスマートフォンでも、好きなデバイスでOfficeの機能や容量無制限のOneDriveが利用できるわけでメリットとなる。

 筆者は以前に「(Microsoftの収益増大が理由で)Windowsもいずれサブスクリプションモデルに移行するのでは……」と予測していたが、実際には「Officeのサブスクリプション化」がその役割を担うことになりそうだ。

[鈴木淳也(Junya Suzuki),ITmedia]

最終更新:11月18日(火)10時6分

ITmedia PC USER

 

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