東レは17日、米ボーイングから航空機向け炭素繊維複合材を1兆円分受注すると正式発表した。過去最高の取引額となり、東レは1千億円を投じて米国に工場を新設する。既存工場とあわせると、米生産が初めて日本国内を上回る。両社は事業拡大に向けて、複合材などの共同開発を始めることを明らかにした。商業生産開始から約40年を経て、東レの炭素繊維事業は新たな段階に入る。
■異例の共同会見
「1兆円の受注は粘り強く取り組んできた成果。次の40年をみすえた関係強化に乗り出す」。東レの日覚昭広社長は17日、ボーイングのジョン・トレーシー最高技術責任者(CTO)と開いた記者会見で語った。
世界数千社の納入企業を抱えるボーイングが、素材メーカー1社と共同記者会見を開くことは異例だ。「炭素繊維複合材の技術力や安定した供給力で、東レは最も優れた企業」。トレーシーCTOが笑顔で語る言葉の端々には東レに対する信頼があらわれていた。
ボーイングとの取引拡大に対応するため東レは米サウスカロライナ州に年産能力約8千トンの工場を新設。2017年にも一部稼働する。日本の愛媛工場(愛媛県松前町)と同規模で、既存の米アラバマ州の工場(年産能力約5千トン)と合わせると、米国が日本を上回って最大の生産地となる。「需要の多い地域で生産を拡大する」(日覚社長)方針で、東レの炭素繊維がグローバル製品に成長した証しでもある。
ボーイングから信頼を勝ち取った東レは今後、次世代航空機の部品や素材などを共同で開発していく。受発注の関係から一歩踏み込む。東レの研究部隊を率いる阿部晃一副社長は「ナノテクやフィルムなど他事業のノウハウも活用する」と意気込む。
ボーイングが共同開発に取り組むのは、現在開発中の「777X」よりさらに先の航空機でも燃費改善といった技術革新を進める必要があるからだ。航空機業界の競争は激しさを増している。納入先である航空会社へアピールできる東レの技術は欠かせない。
東レの炭素繊維は世界シェアがグループで32%とトップ。2014年度は売上高が1650億円、営業利益が260億円の見込みだ。利益貢献では、衣料品向けなどの「繊維」に続く2番手グループの一角を占めるまで急成長してきた。
鉄に比べ4分の1の軽さながら、10倍以上の強度――。自動車の軽量化など多くの分野での活用が期待できるが、ここまでの道は、平たんではなかった。
■がっちり連携
アクリルやポリエステルなど衣料向け繊維が中心だった東レが炭素繊維へ本格的に力を注ぎ始めたのは1970年前後。日米繊維摩擦が起こったころだ。「夢の素材」にチャレンジした技術者には榊原定征会長もいた。しかし、コストや品質面の壁は高くなかなか利益に結びつかなかった。
日米摩擦に端を発する輸出自主規制などによって日本の繊維メーカーは打撃を受けた。東レは70年代には3度の最終赤字に陥った。炭素繊維の開発休止が検討されるたびに、「保有する技術をもとに、次世代につながる事業を確立することが大切」と踏みとどまってきた。炭素繊維は古くから東レが手がけてきたアクリルが原料だ。
繊維事業で火花を散らした時代から約40年を経て、今では日米企業ががっちりと連携する新たな時代に入った。日経平均株価が大きく下げるなか、大型受注を好感し、17日の東レ株は一時、前週末比48円80銭高の857円40銭と年初来高値を更新。約7年ぶりの水準となった。他社引き離しへ大型投資をテコに新たな上昇気流に乗ろうとしている。
(遠藤邦生)
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