完成された夕方に、ひとりたたずむ男がいる。僕は彼を定時マンと呼ぶ。定時で帰ると、いつも道の途中で見かけるからだ。しかし、彼は同じ社内の人ではなくそれどころか会社員なのか年はいくつなのか家庭はあるのかそんなことも知らない。整った情報のない中で、定時にいつもいるという一点、その一点だけが曇りなく抜け目なく隙間なく僕のノートに記述される。
僕が家路を急ぐと、定時マンはだいたい三本目の電柱当たりを通り過ぎている。彼はいつもイヤホンをして、うつむきながら僕とは反対の方へ歩いていく。彼との接点はそこにしかないが、なぜだかその姿を見かけるたびに安心する。ああ、今日も一日が終わるのだなと。
帰宅するとお腹が空いていることに気がついた。フレンチトーストを作った。朝ごはんの残りのパンに、卵と牛乳を混ぜたものをしみ込ませ、サラダ油ひいたフライパンでじっくり焼く。砂糖は入れずに後からトップバリューのハチミツをかける。義父からいただいた外国のコーヒーも入れた。
今日が終わる。明日が来る。あさってもきっと来る。定時マンはいつまでも定時なのか。彼と交わした不文律を僕は守ろう。残業、ダメ絶対。
- 作者: 日野瑛太郎
- 出版社/メーカー: 大和書房
- 発売日: 2014/08/10
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