京都大学の「吉田寮」という学生寮を知っているでしょうか。
日本ではほぼ駆逐された「自治寮」という形態を未だ保ち続ける学生寮界のシーラカンスであり、寮生以外の京大生からは「あそこはヤバイ」「東南アジアのスラムっぽい雰囲気」などとボロクソに言われている場所です。
最近では公安警察を逆に捕まえるなどの業績(?)を残した学生の出身寮などとも言われている吉田寮ですが、実は僕、かなりの期間あそこで生活していたことがあります。
生活、といっても寮生だったわけではありません。宿泊者です。
十代後半~二十歳くらいのころ、僕は日本中を18切符で一人旅することにハマっていていました。その時、京都に滞在する時にいつも定宿として使っていたのが吉田寮です。そう、吉田寮は、なんと学生寮のくせに外部の人間に部分開放されているのです。
宿泊費は200円(昔は100円でした)。
そんなことをしても学生たちには何のメリットもないと思うのですが(大した金にもならないだろうし…)、吉田寮の住人たちは何故かこの「外部開放」の風習を何十年も頑なに守り続けています。伝統に忠実なインディアンのようです。
さてそんな吉田寮、写真を見て「汚い」「スラムっぽい」などという話はネットでも囁かれるようになりましたが、実際中ではどんな生活が営まれているのか。僕の体験談を少しお話しましょう。
1.変な人が大量に泊まりに来る
外部開放され宿泊できるとはいえ、ガイドブックに載っているわけではありません。大学事務で聞いても何も教えてくれませんし、ネットにもほとんど情報はありません。
ということで、そこを訪れる人たちは、独自の情報源を持つ「変な人」が多いです。
まず筆頭は外国人のバックパッカー。それも複数人のワイワイ旅行者ではなく、1人旅中の「バックパックに骨の髄まで取り憑かれちゃいました」みたいな人が多くいます。
たとえば僕が吉田寮で知り合ったあるアルメニア人の男性は、尺八のパフォーマンスで旅費を稼ぎながら世界を旅している人でした。
旅費が稼げるレベルということは相当な腕なんだろうと思い、
「吹いてみてよ」
と頼むとピーヒョ…ロロ…と笛の音?みたいなのを鳴らしてくれます。
明らかに小学生レベルです。
明らかに小学生レベルです。
「それで稼げるの…?」
と聞けば
「四条でやったら半日で5000円になった」
とのこと。
実際に次の日四条に行くと彼がピーヒョ…ロロ…とやっており、お金も本当にそこそこ入っていました。
ただ、彼は「笛のパフォーマンスで旅費を稼いでる」つもりでも、お金を入れている人は演奏に感動したというよりは「可哀想な人がいる」的な感情でお金を入れている気がしました。ま、まぁ、旅が続けられているうちは良いのでしょう。たぶん。
バックパッカーは外国人だけでなく日本人も大量にいます。
なまずみたいな髭を生やしたデブのおっちゃんにウイスキーを死ぬほど飲まされて、泣きながらリバースしたことなどもありました(僕がげえげえ吐いてる様子を見て吉田寮の寮生たちは実に楽しそうに笑っていた。何故だ)。
また、仙人みたいなおじいさんと中学生くらいの弟子?みたいな謎コンビなども見たことがあります。朝二人で変な体操などをしていました。完全に謎です。
とまぁバラエティ豊かな「滞在者」が居るのですが、吉田寮にはもっとヤバい人たちもやってきます。それは「襲来者」です。
2.右翼が怒鳴りこんでくる
ある夜(確か僕が19歳の時)、吉田寮の大部屋で寝ていると、なんだかギャーギャーうるさい声が聞こえてきます。寮生が夜中までうるさいのはいつものことなのでシカトして寝ていると、謎の男にいきなり布団を引っぺがされました。
「おう!お前、アカか!!!!????」
???????????????
寝ていたら謎の男に布団をひっぺがされて「あなたは共産主義者であるか?」と乱暴な口調で尋ねられる、戦前の話じゃありません。21世紀の話です。
寝起きだったのですが、あまりの状況の異常さに逆に脳が急回転した僕は「ヤバイ。右翼だ。殺される」と正しい状況判断を下します。そして即座に正座し背筋を正し
「天皇陛下をお敬いしております」
と謎の兄ちゃんに向かい重々しく宣言しました。
その後も「左翼はひどい。スターリンは何千万人も殺した。まともな精神をもっていたら左翼に共感するはずがない」的な心にもない右翼の兄ちゃんが喜びそうなことを1分くらいペラペラペラペラっと喋ると、右翼の兄ちゃんもだんだん顔から緊張が取れていきます。終いには「せやな、お前の気持ちはようわかる。これ飲めや」と手に持ったチューハイを差し出してくれました。
右翼の兄ちゃんは明らかに酒に酔っていました。また1人でもありませんでした。後ろには中年に差し掛かったおばさん(こっちも酔ってる)が付いています。後で知りましたが、おばさんは近所の天ぷら屋に務める料理人で、兄ちゃんはそのヒモ?のようです。
乱入コンビに「見る目のある感心な若者」と見なされた僕は、しばらく二人のよくわからん話を聞かされることもなります。基本的に「左翼は悪い」「日本がヤバい」みたいな話だった気がします(あまり覚えてない)。
二人の話を聞き流しながら「外部に共同体を開放するというのはこういうことなんだなぁ」的なことを考えていた覚えがあります。
「外部」を受け入れるということは、面白い人も、有益な人も、また彼らのように明らかにヤバい人をも受け入れるということです。それにはすごく痛みを伴うし、またコストもかかります。でも、そういうコストを支払い続けるしか「外部」を取り入れながら文化を作ることはできない。吉田寮は何十年もの間それをやってきたわけです。こんな目に合っても(いやあったからこそ)、改めて吉田寮という空間の懐の深さと文化を創ることも難しさ偉大さを感じました。
その後2人は僕の相手に飽きたのか、玄関先でたむろっている寮生らに矛先を移し「お前アカか!?」を再発させました。寮生たちは「あーまた変なのが来た」と割と慣れた顔をしています。
その後はなんか寮のボス?みたいな頭の良さそうな人が来て、彼らとなんか議論っぽいことを数時間して、その後酔も落ち着いたのか、深夜に右翼コンビたちは帰って行きました。
寮生に
「こういうのって良くあるんですか?」
と聞くと
「うーん、数ヶ月に1回くらい?」
との答え。これが多いと見るか少ないと見るかはみなさん次第です(僕は明らかに多いと思う)。
3.水清ければ魚棲まず
吉田寮が101年もの間、特に戦後70年以降の大学弾圧の時代を乗り越えて、独自の文化を維持しているのはそれ自体がひとつの奇跡とも思えます。
「グローバル」「イノベーティブ」などという内容の伴わない空虚な言葉をまき散らし、工業製品のように均一で、英語だけに特化した大学を作り続けるのが昨今の流行です。そんな逆風の中でこのスペースを維持することに、どれだけの努力が必要だったか。それを考えるだけで、歴代の寮生各位には本当に頭が下がります。
勘違いしてる方が多いのですが、吉田寮に本当の意味での過激派はいません。こちらの寮生の方が指摘しているように、吉田寮はあくまで体制の補完物ですし、「エリート」の養成場です。
中村U子@when_we_cryちょっと鬱が来襲。吉田寮をネタにはしゃいでるけど、寮生なら誰だって知ってる「ここは権力が『エリート』を育てるために体制内に敢えて設けたバッファ(アジール)なんだ」って。そのアジールすら維持できないくらい権力は弱体化してるんだけど、その故に暴走してるし「次の権力」への展望も持てない
2010/06/22 20:55:11
しかし、そんな「まともなエリートの養成場」すら整備できなくなったのが、いまの日本の大学の現状です。
本来の「大学」とはこういう組織です。大学とは自治組織であり、研究機関であり、なにより独自の文化を持つ「場」でした。その中で4年、5年、10年と清河も汚穢も飲み干していく中で、官僚が、学者が、法律家が、政治家が、所謂「エリート」たちが生まれてくるのです。
水清ければ魚棲まず。
綺麗で均一で英語教育に力を入れているだけの「大学」では本当のエリートは育ちません。そこで育つのは英語が出来て、ビジネス用語をたくさん知っていて、無駄に意識が高いだけの人たちです。そこからは、かつて存在し日本を支えてきたような人材は決して生まれません。
繰り返しますが、本来の「大学」というのはこういう場なんです。それはビジネスパーソンのみなさんが褒めそやす海外の一流大学の方が顕著でしょう。オックスブリッジやパリ大学やモスクワ大学やイェール大学には、星の数ほどの左翼や右翼や環境活動家や宗教活動家や宗教過激派や何にもカテゴライズできない「謎の人間」たちが生息しています。吉田寮程度のカオスなど、世界の基準から見れば可愛い物です。
そして、そういった危険で不愉快な「謎の人間」無しに、エリートだけを作り出すことは不可能なのです。なぜなら、エリートとは、複合的な視野を持った自立した人間であるからです。清潔で均一で無個性な無菌室からは、エリートは決して生まれません。
いま、日本の大学は、ますます均一に、ますます無個性に、ますます清潔な、単なる就職専門学校になってきてしまっています。
本来の「大学」の姿を力強く保持する吉田寮の努力には、返す返すも頭を下げざるを得ません。
そして、そういった危険で不愉快な「謎の人間」無しに、エリートだけを作り出すことは不可能なのです。なぜなら、エリートとは、複合的な視野を持った自立した人間であるからです。清潔で均一で無個性な無菌室からは、エリートは決して生まれません。
いま、日本の大学は、ますます均一に、ますます無個性に、ますます清潔な、単なる就職専門学校になってきてしまっています。
本来の「大学」の姿を力強く保持する吉田寮の努力には、返す返すも頭を下げざるを得ません。