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和宮の直筆哀訴状
過日、「岩倉暗号表」をアップしたところ、落合莞爾さんから以下のようなコメントが届いた(一部改行&訂正)。
岩倉は子息の具定(高2)を東山道鎮撫総督に、具經(中3)を副総督にし、ボデイガード兼息子の武術指南原保太郎を総督随行にし、宇田栗薗を参謀に就けて、小栗の救出を命じた。
救出は斬首を装うもので、太平記の護良親王の殺害を再演した。
烏川から小舟で利根川本流に入り、江戸湾に出て沖合停泊中のアメリカ船で亡命完了。
遣米使節の際、貨幣実験をして全米を感心させた故地フィラデルフィアに渡って、三井物産を説立。
後年、使節団を率いた岩倉が訪米し、ひそかに小栗と会って世界情勢を聞き、ロシア外交を担当することになる。
伊藤博文はロシア担当になり、ロマノフの金をスイスに預ける大仕事をしたのが、後年玄洋社に暗殺される遠因。
思うに、ロマノフの金は、伏見殿が昔からロマノフに預けていたものと観られる。
その後、続報の形で東京神殿から以下のような記事が一昨日掲載されている。