2010年の邦画興行収入は過去最高の約1182億円を記録した。08年から3年連続で洋画の興行収入を上回り、「21世紀は邦画の時代」とも言われた。しかし、11年の邦画興行収入は995億3100万円に減少。「大ヒットしているのはアニメやテレビドラマの映画化ばかり」と嘆く声も多い。
一作の興行収入30〜50億円という大ヒット作は当たり前。100億円超という映画さえあるにもかかわらず、日本映画界では「昔は良かったね」が合い言葉だ。日本映画の黄金期と言えば、黒澤明や小津安二郎、溝口健二といった世界的な巨匠が活躍した1950〜60年代を指す、というのが一般的な見方だろう。
なぜ日本映画は「昔は良かったね」なのか。映画史・時代劇研究家の春日太一氏は『仁義なき日本沈没――東宝 vs. 東映の戦後サバイバル』で、黄金期の日本映画界の生産システムにその回答を探す。東宝と東映という二大映画会社の覇権争いを描いたこの新書は、戦後の日本映画界を舞台にした叙事詩と言ったら大げさかも知れないが、映画産業が乗り越えてきた時代のうねりを感じさせる。二大映画会社の壮絶な首位争いを追っていくと、産業として発展する過程で、失われたものが浮かび上がる。
一読して身につまされました。労働組合と戦い、量産体制を構築し、斜陽期に経営体制の再構築を図る。多角経営を進め、余剰人員を再配置して、1970年前後の産業衰退期に踏ん張る東宝・東映両社の姿が痛々しいくらいで。いつの間にか、映画ファンではなく、会社員の視点で読んでいました。
普通の会社で働く方にこそ読んでほしい
春日太一(以下、春):もしそういう印象を持たれたとしたら、私の狙いは当たったことになります。普通のサラリーマンが読んで身につまされる本にしたいと考えて執筆したんですよ、本当に。1960年代に斜陽期を迎えた映画産業を描けば、今、日本が直面している状況を考えるヒントになるはずだと考えました。
タイトルにある「仁義なき戦い」と「日本沈没」には、実は後半まで触れていませんね。この新書の過半は「経営と制作」、「東宝と東映」という2つの対立を軸にして、映画産業の仕組みを説明しています。
春:映画は作品であると同時に、商品でもあることを理解してほしかったんです。例えば、黒澤明監督の「用心棒」は、監督の考えだけで生まれたものではありません。東宝という企業のシステムのなかででき上がったものでもあります。東宝と黒澤監督の間に軋轢があり、黒澤監督が自らプロダクションを興して採算性を意識しなければ制作できなかった。こうした背景があって映画が生まれるということも知ったうえで、「用心棒」や「七人の侍」といった映画を評価してほしい。映画産業の仕組みを念入りに説明したのはそのためです。
冒頭で、一般企業で言えば映画の制作会社は製造、配給会社は流通、映画館での興行は販売に当たると書かれてますね。
春:一口に映画会社と言っても、業務内容は多岐に渡ります。就職活動をすると分かるんです。例えばインターネット上で「映画会社」を検索すると、いろんな会社がピックアップされます。一般に制作のイメージが強いと思いますが、それだけではない。規模も力関係も異なる企業が入り組んだ、映画制作の複雑な構造を抜きにして作品性だけを語れない。映画に対する印象や分析を語る、いわゆる「映画評」は、少なくとも私には非常に難しい。
「私には」というと、個人的な理由がありそうですね。
春:実は日本大学芸術学部在学中に、映画制作プロダクションで働いたことがありまして、色々な生々しい事情をのぞいてしまったんです。だから、美しい作家論はとても書けません。映画制作の現場はすさまじいですから。資金集めのためには手段を選びませんし、現場を知ると映画を聖なるものとして見られなくなる。
闇の中で仕事人たちが輝く
現場は俗である、と。
春:映画ほど俗なものはない。どろどろの闇のような世界です。でも、その中にあって本気で映画をつくり、輝いている人がいます。そんな闇の中で輝く人たちの姿に、今の日本を生き抜くヒントがある。そのヒントを感じてほしいというのが、この『仁義なき日本沈没』の最も大きな執筆動機です。
主に描いているのは、60年代に危機的状況に陥った映画産業です。斜陽期にあっても、自らの仕事を成就するために戦った人たちがいる。その戦い方を、戦う人たちの輝きを知ってもらいたい。NHKで放映されていた「プロジェクトX」の映画会社編を書いている意識でした。
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