第23話 仲間
さすがの俺も、うーんもうだめか? とか思ったとか思わなかったとか。
思わなかったけどな。
あたりまえだ。
自分で言うのもなんだが、俺はあきらめが悪い。何か起こると思っていれば何か起こる。なんとかなると思っていればなんとかなる。もうだめかと思ったら本当にだめで終わる。世の中だいたいそんなようなものだ。
それにしても、この展開は予想外だった。
「ブヒヒィーン……ッ!」
馬……?
そう。
馬だ。
ここで馬といったら、あいつしかいない。
「テムジン……!?」
もともとの名はモリア。
俺がつけてやった名前はテンテイハカイオー。
ちょっと長いってことで、テムジンに改名した。
オルタナ南の農家の出身で、年老いてあまり言うことを聞かなくなったとかなんとか、そんな勝手な理由で潰される、つまり、殺されて馬肉にされて食われるところだったのを、俺が一シルバーで買いとった。
本当のことを言うと、俺はあのへんの農家を回りまくって、何頭かの馬に目をつけていた。テムジンよりずっと若い馬で、一シルバーとはいかなくても安く譲ってもらえそうな馬だっていたのだ。正直、こいつかな、と決めていた馬は別にいた。
最後に出会ったのが、頑固で毛並みの悪い老馬テムジンだった。
そして、俺は一目で気に入った。俺の相棒はこいつしかいないと思った。いかにも偏屈そうな面構えが俺好みだったし、俺が思うにテムジンは自分がもうすぐ殺される運命だということをちゃんと悟っていた。それでもテムジンは、主人に媚びを売ってなんとか生きながらえようとか、そういう態度を一切とっていなかった。
殺すなら殺せ。
知ったことか。
テムジンはそんな目つきをしていた。
馬だろうが何だろうが、マジで信頼できるのはこういうやつだ。自分ってものをしっかり持ってるやつだ。
こいつは老い先短いだろうが、くたばるまで一緒にいてやろうと俺は心に決めた。
俺と行くか、と耳許で囁いても、テムジンは、ブルンッ、とそっぽを向いて素知らぬ顔をしていた。それでいい。
おまえはそれでいい。
テムジンは俺の仲間だった。
おい。
おい!
テムジン、おまえ、そうはいってもご老体なんだぞ。わかってんのか。
やつはきっと、わかってる。そんなことがわからないような間抜け馬じゃない。
わかっていて、テムジンは突っこんできた。
人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死ねばいい、という言葉がある。馬のキックはかなり強烈だ。
テムジンは俺のすぐ前で急停止し、華麗に身を翻して、それをやった。
俺を踏み潰そうとしてキマイラが振りおろした前肢を、後肢で蹴っ飛ばしたのだ。
それでキマイラの前肢はそれた。俺は踏み潰されずにすんだが、テムジンもただではすまなかった。
吹っ飛ばされて、ドォウッと倒れた。
「ヒィンッ!」
とテムジンにしてはかわいすぎる声で鳴いて、バタバタしているが立ちあがれない。
脚だ。
やられちまったんだ。
脚を。
馬が脚をやられたらどうなるか。
「つおぉぉ……!」
俺がソウルコレクターを振りまわすと、キマイラは飛びのいてよけた。このクソ! よけてんじゃねーよ!
俺は追う。
追いかけて、ソウルコレクターをびゅんびゅん振る。
「ンラァッ! スォラァッ! ゥラァ……ッ!」
振っても振っても当たらない。
キマイラのやろうが逃げるからだ。
「……きゃあっ!」
キマイラの腹毛にしがみついていたミリリュがとうとう振り落とされた。
「脇にどいてろ、ミリリュ……!」
俺はミリリュを追い越して、キマイラに迫ろうとする。
キマイラがひょいっと木の裏側に回りこんだ瞬間、柄にもなく頭に血がのぼっていることに俺は気づいた。息もかなり乱れている。ソウルコレクターをむちゃくちゃに大振りしまくったせいだ。いかん、いかん。
頭を冷やせ。
冷静になれ、俺。
キマイラが木にガゴーンッと体当たりした。
一度、二度。
木がへし折れる。
こっちに倒れてくる。
もちろん、その前に冷静になっていた俺は読んでいたから、左に走って木をかわした。
でも、キマイラはキマイラで、俺の動きを予測していたみたいだ。
くる。
突っこんでくる。
「デルム・ヘル・エン・バルク・ゼル・アルヴぅ……っ!」
と、モモヒナの魔法がキマイラの足許で炸裂した。
キマイラがよろめく。
俺はその間に大急ぎで近くの木の陰に隠れた。
ふうっ、ふうっ、と強く息を吐いて、無理やり呼吸を整える。
木陰からちょっとだけ顔を出してみた。
キマイラはきょろきょろしている。
ライオン頭だけじゃなくて、山羊頭も、尻尾大蛇も、だ。俺を見失ったのか……?
「全員、一回隠れろ……! 体勢を立てなおす……! いいな……!」
俺が叫ぶと、モモヒナはすぐにどこかに駆けこんで見えなくなった。
ミリリュの姿もない。
でも、イチカだけ、突っ立っている。
何やってやがるんだ、あいつ。
ぼうっとしてんじゃねーぞ。つーか……ほんとにぼーっとしてねーか?
「イチカッ!」
俺が走りだすと、キマイラもイチカめがけて駆けだした。
イチカはやっと我に返ったのか、どこかへ行こうとしている。
……って、どこ行くのか、何するのかはっきりしろよ、おまえ。そんなんじゃ逃げらんねーだろ。
ひょっとして、やりたくてもできないのか……?
「イチカ! こっちこい……!」
俺は走りながら手招きする。
イチカは俺に気づいたみたいだ。こっちによたよた歩いてくる。
だけど、やべえ。
すぐ後ろにキマイラが。
間に合うのか……!?
いや!
間に合わせる!
……と、意気込んだ、まさにそのとき。
「あっ……!」
イチカが転んだ。
こっちに手をのばして。
俺もイチカに向かって左手をのばした。
キマイラの生臭い息が吹きつけてくる。
やつは俺に数十センチ、もしかしたら十センチ以内のところまで肉薄している。
俺はイチカの手をつかんだ。
「キサラギ」
と、イチカが俺の名を呼んだ。
感想、評価、レビューなどいただけますと、励みになります。
モチベーションって、だいじですよね。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。