第22話 誰がやる
キマイラの大蛇みたいな、というか大蛇そのものの尻尾でぶん殴られて、イチカは木の根元に転がっている。
モモヒナは這いずって逃げている最中だ。
ミリリュはキマイラに効果的な打撃を与えるどころか、防戦、じゃねーな、回避するので精一杯。
尻尾大蛇はまたぞろモモヒナを狙おうとしている。
山羊頭の魔法でいくらかダメージを受けているモモヒナは、いつもほどすばしっこくない。とてもかわせないだろう。
俺とキマイラは五メートルくらい離れている。
魔剣ソウルコレクターを振ったって当たらない。
振るんじゃなかったら……?
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
俺はとっさにソウルコレクターを投げた。
ソウルコレクターはぐるぐる回転しながらキマイラめがけて飛んでゆく。
行け。
行っちまえ。
やれ!
あれ?
……落ちて、刺さった。
キマイラの手前の、地面に。
俺としたことが、力みすぎたか……?
ところが、キマイラの反応は激烈だった。バッと真横に、俺から遠ざかる方向に跳ねてこっちを向き、
「ゴオオオォォォォォォォォォォォォォォン……!」
と吼えた。
「うぉ……っ」
生臭い強風が吹きつけてきて、俺は踏んばった。
あのやろう、ビビってやがるんじゃねーのか。
畜生の分際で、生意気にもソウルコレクターの力を感じてる、とか?
いや、ケダモノだからこそ、本能的に危険を察知しているのかもしれない。
「っし……!」
俺は走って、ソウルコレクターの柄をつかんだ。地面から引き抜いて、構える。
「おらおらッ! 怖ぇーかのよ、ケダモノ! 怖ぇーんだったら、おっかねーって言ってみろ! おらおらおらッ!」
俺がソウルコレクターを振りまわしながら前に出ると、キマイラは下がる。
じりじりと後退する。
もちろん、俺はキマイラを威嚇しながら、冷静に相手の様子をうかがっている。
やつは恐れているというよりも、警戒しているみたいだ。なんかよっくわっかんねーけどやばい感じがしたんだよなー、ここは直感に従っといたほうがよくね? でも何なんだアレ。マジでやばいのか? どうなんだ? みたいな……?
つまり、危険度を見極めようとしている。ん? こりゃそんなんでもなさそうだぞ? と思われたらまずい。
舐められたら、やられる。
突っこんでこられたら、カンフーマスターでも剣舞師でもない俺は十中八九、よけられない。
やつが突撃してきたところにうまくソウルコレクターを叩きこめればいいが、微妙なとこだな。
まあ、そこそこ高い確率で死ぬな。
「おらァ! こいよ、おらァッ! きてみろ! こいっつってんだろ!? こねーのかよ、ハッ、この雑魚! そんなでかい図体してチキンハートかァ!? 見た感じ、鶏は混じってなさそうだけどな!」
俺はソウルコレクターを突きだしてちょっとずつ前進しながら、ちらっと後ろをうかがう。
モモヒナがイチカを介抱しているが、どんな案配なんだか。そこまではわからない。ぴんぴんしてるって感じではねーな。
ミリリュは何やってんだ?
「はああああぁぁぁぁぁぁ……!」
いた。
ミリリュ。
木だ。
いつの間にか、キマイラの近くの木に登っていたらしい。
その枝の上から、ミリリュは飛び降りた。
キマイラの背中に下りたって、山羊頭を斬る。
「りゃあ!」
斬る。
「りゃあっ!」
斬る!
「りゃああっ!」
斬る! 斬る!
「りゃっ! りゃっ!」
斬る! 斬る! 斬る……!
「りゃあ! りゃあっ! りゃあぁっ!」
山羊頭は、
「ギメエエエェェェェェェ……!」
と鳴いて身を、いや、首をよじる。
キマイラはびょんびょん跳びはねてエルフを振り落とそうとするが、そこはエロフだ。いやエロフ云々はオッパイがものすごい揺れ方をしていること以外は関係ないが、ミリリュはキマイラの獣毛につかまって持ちこたえている。
すると今度は、大蛇尻尾がミリリュを狙いはじめた。
こいつはやべーか……?
と思いきや、ミリリュはさらに粘りを見せた。獣毛を伝ってキマイラの腹のほうまで移動したのだ。
「やるじゃねーか、ミリリュ!」
俺は振り返った。
「モモヒナ! イチカは……!?」
「わ、わたしは平気!」
答えたのはイチカ本人だった。
実際、イチカはモモヒナの助けを借りずに起きあがっているが、ふらっふらしてんじゃねーか。
「おまえ、無理するな! 魔法で治療しろ!」
「大丈夫って言ってるでしょ!」
なに意地張ってやがるんだ……?
わけがわからないが、まあ、それどころじゃないといえばそれどころじゃない。
「モモヒナ、動けるならこい! ミリリュもずっとはもたねーぞ!」
「あいあいさーっ!」
モモヒナは元気みたいで、ぴゅーんと飛んできた。雷の魔法をちょっとは食らったはずなのに、丈夫だな、こいつは。
「よし! こうなったら一斉攻撃で一気に片を付けちまうぞ! こい、モモヒナ!」
「ほいっ! いっくよぉっ!」
俺はモモヒナと肩を並べて駆ける。
すぐに山羊頭がこっちを向いた。
ごにょごにゅ言っている。呪文を唱えだした。
「モモヒナ、魔法だ! 俺の合図で左右に分かれる……!」
「しゃーっ!」
「今だ……!」
「にょんっ!」
俺は右へ。
モモヒナは左へ。
その直後、ズゴガガァァーンときた。
内臓が、くっ、と縮みあがったが、それだけだ。俺もモモヒナも、二人とも無事だ。
俺たちはキマイラめがけて突撃する。
「デルム・ヘル・エン・バルク・ゼル・アルヴぅぅ……っ!」
モモヒナがまず魔法をぶちこんだ。
キマイラの、ライオン頭の鼻面あたりでボッゴォーンッと爆発。
「……フォォガォッ!」
キマイラは怯んで首を振った。鼻のへんが焦げているが、それだけかよ。モモヒナにさんざん股間を攻撃されたのにそのあたりの毛が焼けているだけっぽいし、ミリリュに斬りまくられた山羊頭も傷だらけなだけで健在だし、どうなってんだ、あいつの身体は。
結局、俺か。
俺が決めるしかねーってことかよ。しょうがねーな。
「うおおおおおりゃあああああああ……!」
俺は突貫する。下がらねーぞ。逃げねーぞ。何があっても突き進む。やつに一太刀浴びせる。恐怖? そんなもの、ない。これっぽっちもない。こういうときは命なんか捨てちまえ。一か八か。のるかそるかだ。やってやる。やってやる。俺が終わらせる。やつをぶっ倒す。俺はソウルコレクターを振りかぶる。
ここだ。
もう届く。
俺はソウルコレクターを振りおろそうとした。
「ゴァガォォオオオオオォォン……!」
だしぬけにキマイラが竿立ちになった。
俺は空振りした。
渾身の力をこめたから、勢いあまって空足を踏む恰好になった。俺は舌打ちをする。
「……チィッ!」
逃げるつもりはない。下がってたまるか。
でも、キマイラが俺を踏み潰そうとしている。
キマイラの前肢が降ってきた。
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