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HP1からはじめる異世界無双 作者:サカモト666

第一章 異世界との遭遇

熱戦! 激戦! 超列戦っ! 魔界で一番強い奴っ!  その5

 勇気との会合の後、2日後。
 ナターシャは、悲痛な面持ちを崩さないまま、オアシスのテントで、ヴィクトルと共に時を過ごしていた。

 いつものように、ヴィクトルは足の指にしゃぶりついてくる。
 全身に浮かぶ粟肌、そして脳を支配する圧倒的な拒絶、時折、発狂しそうになるも、何とか彼女は正気を保っていた。
 ギュッと、勇気から受け取った5円玉を握りしめながら、彼女は歯を食いしばる。


 ――結局、あやつは私を受け入れてくれはしなかった。


 けれど、彼はナターシャの縁を今後も大事にしたいと言ってくれた。
 少なくとも――ナターシャは、彼に取って路傍の石以上の存在ではあったのだ。
 初恋は実らなかったけれど、それでも、彼が自分に授けてくれた贈り物がある。
 それだけで、どんな絶望的な境遇にも、彼女は耐える事ができるような気がするのだ。

 と、そこで彼女の中で必然的な疑問が脳裏によぎる。

「ヴィクトル……それで……いつ、私は貴様と共に魔界に帰ればいいのだ?」

 舌の動きを止め、ナターシャを見上げたヴィクトルはニコリと爽やかな笑みを浮かべた。

「そうだね……後、1週間という所だろうか? 挙式場が未だに整ってはいないんだよ」

 再度、ナターシャは五円玉を握りしめ、そして蚊の鳴いたような声で問いかけた。

「どうしても……魔界に行かねばならぬのか?」

 それでもやはり……彼は、ナターシャとの縁を大事にしたいと、そう言ってくれた。
 だから、一縷の望みに縋り付くように、ヴィクトルの返事を待った。

「今更どうしたと言うのだい、ナターシャ?」

 おやおや、と呆れ顔を浮かべるヴィクトルにナターシャは懇願するように応じる。

「どうしても……行かねばならぬかと……そう聞いているのだ……」

 うん、と頷き、ヴィクトルは笑った。

「ハハハ、何を言っているんだい? 君と私が結ばれるのは決定事項なんだよ」

「今更であったな。戯言だ……忘れてくれ……」

 再度、ナターシャの素足にヴィクトルが舌を這わせようとしたところで、テントの入り口から凛とした声が響き渡った。


「そこまでです。ヴィクトル=ベリアル」


 ヴィクトルは起き上がり、サルトリーヌに向けて満足げに笑みを浮かべた。

「これはこれは、サルトリーヌ嬢ではありませんか」

「お久しぶりですわね、大元帥閣下。それはそうと――」

 サルトリーヌは指先をチロリを舐め、困惑の表情のナターシャに向けて、妖艶な仕草でゆっくりと指を差した。

「――その方は知っての通り、私の親友でございましてね?」

 そして再度、ヴィクトルに向き直る。

「少し、お話をしましょうか……貴公のゲスにも劣る所業について……」

 楽しげに片眉を吊り上げると、乾いた笑い交じりにヴィクトルは応じる。

「ゲスにも劣る所業ですか……これは心外な。ともあれ、辺境の王にすぎぬ貴方が、大元帥である私に口を出すと?」

「お言葉ですが、私はかつてにそこの元魔王から――王を名乗っても良いと正式に許可を頂いているのです」

 豊満な胸を張り、懐から取り出した扇子を一薙ぎ。

「辺境とはいえ、王は王。慣習と実質的な権力は別にして――正式な指揮系統の上で、私の上に君臨するのは魔王ただ一人」

 つまり、と続けた。

「魔王が不在の現在……魔王軍に置いて、私に口を出せる輩は存在しないことになります。大元帥――例え、貴方と言えどもね?」

 ひゅうと、軽く口笛を吹いたヴィクトルは感心するかのように手を打った。

「屁理屈も良い所ですが、確かに筋は通っていますね……相変わらず、気の強いお嬢様だ。まあ、嫌いじゃないですがね……貴女のそういったところは……で、要求は?」

 ニコリと笑うと、サルトリーヌは相手の懐に向けて抉りこむように言葉の刃を放った。

「単刀直入に申しあげます、ナターシャから手を引いてくださいまし」

 あまりにもストレートな物言いに、一瞬だけヴィクトルは呆けた表情を浮かべ、そしてフンと鼻を鳴らした。

「それを私が受け入れると?」

 しばしの睨み合い。

 二人の間にナターシャが割って入った。

「辞めておけサルトリーヌ、貴様は知らぬと思うが、状況は既に八方塞がりだ。無駄な抵抗である以上……私は血を見たくない」

 呆れたようにサルトリーヌは深いため息をついた。

「ナターシャ……貴方と違って、私は勝算が無ければ動きませぬ。つまり――こちらは大体の所は察しておりましてね?」

「……?」

「諦めたとはいえ……私は一時期、貴方の体を手中に収めたかったのですよ? このような下郎の考え付くような追い込みの方法位、私も考えた事はありましてね」

 ヴィクトルに軽蔑の視線を向け、吐き捨てるように続けた。

「まあ、あまりにもスマートではないために、却下しましたが……そして、策を仕掛けるのであれば、相手方の反撃と、その方法も想定しておかねばなりません」

「サルトリーヌ? 貴様はこの状況を打破できるとでも言うのか?」

「何を当たり前の事を言っているのです?」

 興味深げに二人の会話を聞いていたヴィクトルが口を開いた。

「サルトリーヌ嬢? 具体的にはどうすると言うんだい?」

「大元帥閣下……そうですね――夜会の開催を、サキュバスの王として正式に要請します」

 満面の笑みを浮かべるサルトリーヌだったが、その目の底は一切笑っていない。

「夜会……ですか? これはまた古風な意思決定の方法を……」

 ――夜会。
 古来より伝わる魔界での、魔貴族同士でのイザコザが起きた際の意思決定方法。
 原初の魔界では法整備がほとんど整われておらず、弱肉強食の社会制度となっていた為に、流行となった制度だ。
 要は、自らの派閥の中から精鋭を選んで、5対5の勝ち抜き戦を行い、敗者が勝者に従うと言う話。 
 ただし、現在は軍政や議会制が発展した為、ここ数千年の間は式典等の余興で行われる程度に成り下がっており、本来の意味はほとんど消失している。

「制度は形骸化したとはいえ、それでも……魔界では力あるものこそが正義、その原則は変わらぬはず。違いますか、ヴィクトル?」

「それは否定はできないだろうね」

「そうであれば、一番分かりやすい形で――白黒つけようではありませんか? 私たちが勝利を収めれば貴方はナターシャから手を引く。負ければナターシャを好きにすればよろしいでしょう」

 挑発的なサルトリーヌに対し、ヴィクトルは肩をすくめる。

「それを承認したとして、私に何のメリットがある?」

「このままナターシャが魔界に帰った場合、遠からぬ未来に彼女が魔王に復帰する、それは分かりますよね? そうなれば、彼女は貴方を考えられる限りの全ての冷酷な方法の中から最も残虐な手段で抹殺するでしょう」

「それは最初からこちらは承知の事」

 含み笑いを浮かべ、サルトリーヌは一瞬の間押し黙るが、そのまま続けた。

「しかし、その方法であれば、ナターシャも貴方を無下に扱う事はできなくなる」

 しばし考え、ヴィクトルは口を開いた。

「なるほど……だが、こちらとしては既に手中にナターシャを収めている。手中から離れるリスクがある以上、その条件だけでは弱いな」

 サルトリーヌは深く頷いた。

「それはそうでしょうね、ならば――」

 と、その時、ナターシャがサルトリーヌの言を遮った。

「なるほど……その方法があったか、でかしたぞっ! サルトリーヌ!」

「ちょっとナターシャ……話は私が……」

「ここは私に預けろ、サルトリーヌ!」

「預けられないから私が出張ってきているんでしょうにっ!」

「預けろと言ってるのだサルトリーヌっ! 要は、こいつを夜会に引きずり出せば良いという事だろう? 戦闘において、どうせこちらが負けることは無い! いかようにでも条件を付けてやろうっ!」

 そのまま、ナターシャは胸の前に腕を組んで、ヴィクトルに言葉を投げかけた。

「ヴィクトル、それでは――貴様が勝利した暁には、私の全力のサポートに置いて、貴様に魔王の玉座を約束しよう」

「ナターシャっ! 何を勝手な事を……」

 口元の端を歪ませたヴィクトルはサルトリーヌを手で制した。

「これは私とナターシャの問題だ。サルトリーヌ嬢――小姑はしばらく黙っておいてくれないか?」

「いいえ、黙りませんっ!」

 食い下がるサルトリーヌだったが、ナターシャも下がらない。

「私に預けろと言っただろう!」

 元々――彼女の性格は猪突猛進だ。

 勇気との初めての会合の際も、いきなりダークネス・フレアをぶっ放すような性格。
 リンダール皇帝の時も、勘違いの挙句に、新皇帝を独断で『決定』した。
 基本的に、自分がこうと思ったらそこに向かって突き進むタイプで、それとなく周囲がフォローしてあげないと大脱線を行ってしまう。

 要は、彼女は子供のまま大人になってしまったのだ。
 それも仕方の無い事で、全ての障害を、彼女は己が実力で排除してきた。いや、排除する事が出来てしまった。
 彼女が魔王のままであれば、そして側近の助けもあれば、トップダウン型と言う意味で――それは適正な性格だったのかもしれない。

 けれど、彼女は今は無冠。
 それが故に、友人の立場としてサルトリーヌがこの場にいる訳だが――。
 サルトリーヌとしても、長年の付き合いから、こういった場での話の主導権を彼女が握りたがるのは分かっているし、こうなってしまえば言っても聞かないだろう。

 どうしたものかと、思案している時、ヴィクトルが口を開いた。

「ナターシャ……前向きに考えても良いだろう。だが――君は歴代最強とまで呼ばれた魔王だった。夜会に置いて、君がいるのでは……勝負にならない」

「無論、私は参戦はしない」

「ナターシャっ!? 正気ですか!? それだけはダメですっ!」

「何をうろたえているのだサルトリーヌ? ヴィクトルの個人戦力は貴様と……さほどは変わらぬ。そして私は元魔王だ。戦力として優秀な手駒は貴様以外にも心当たりはある。ヴィクトルも確かに大元帥として魔貴族の招集は可能だろうが――招集可能な手駒の質には雲泥の差がある」

 ナターシャが強気な理由は、自分の力と、そして、かつての部下の力を過信しているから、それはサルトリーヌにも分かってはいることだ。
 だが……と彼女は大声で叫んだ。

「ナターシャ! 今の魔界は貴方が君臨していた時とは状況が――」

 そこで、ヴィクトルは『今まで隠していた黒い笑みを隠しもせずに』、サルトリーヌに向けてパチリと指を鳴らした。

「サルトリーヌ嬢……貴方、少しうるさいですね?」

 その瞬間、オアシスのテント内、サルトリーヌを中心に、空気の障壁が出現した。

 ヴィクトルの得手とする魔法の種別は風。
 魔貴族の領域になると、空気干渉で物理的な結界を作ることも可能で、音声も完全にシャットアウトする事は可能となる。
 1メートル辺の立方体の格子に閉じ込められたという形容が一番近いだろうか。
 そして――サルトリーヌもまた、風の魔法を操ることは出来るが、ヴィクトルの術式を破るまでに概ね40秒と言った所。


 ――ナターシャから決定的な言質を得るに、その時間はあまりにも必要十分過ぎた。


「ナターシャ……その者は……既に魔王軍を完全に掌握しているのです……貴方に味方する魔貴族は……」

 彼女の言葉はナターシャの耳には届かない。

「外野は黙らせました。それでは最終的な貴方の意思確認を行います」

「ああ、構わぬ。どのような条件でも、要は負けなければ良いのだろう? で、あれば――落ちている金を拾うようなものだ」

「夜会を開き、私が勝てばナターシャは以後、私の死亡まで、善良なる伴侶となる。私が負けた場合はナターシャとは今後一切の関わり合いを持たない」

「ああ。異存はない。無論――魔界での権力を取り戻し、貴様を粛清する事も行わぬ」

「良いでしょう。そして私が夜会を受ける条件として、ナターシャは参戦を行わない。参加メンバーはお互いに、好きな面子を集める」

「問題あるまい。元魔王としての権力を行使させて面子を集めるが、構わぬな?」

 堪え切れぬ笑みを隠すかのように、ヴィクトルは片手で口元を隠した。

「ええ、どうぞご自由に。そして、ナターシャ――負けた場合は、本当に私を魔王として推薦するのですね?」

「2言は無い。私個人の戦力を、貴様の良く回る口でいかようにでも使うがいい」

 それを確認すると、ヴィクトルは懐から羊皮紙を取り出した。

「音声記録魔術で、正式に記録に残します。承認を……」

 それは人間界、魔界を問わずに広く使われている手法だ。
 仮に、この方式で残された契約を齟齬にした場合、その者の社会的な信用は地に落ち、表舞台には2度と立ちえない。
 羊皮紙を受け取ったナターシャは、己の魔力で色を付けた刻印を羊皮紙に刻み込んだ。

 指紋や声紋、あるいは静脈認証と似たような理屈で、それを行った以上は、他人であると言う理屈は通用しない。

「確かに……それでは1週間後に夜会を開催しましょうか、では、後ほど……魔界にて」

「ヴィクトル……?」

「どうかしましたか、ナターシャ?」

「一人で帰るのか? あれほど、貴様は私と一緒に魔界に帰ろうと……それに、挙式場の準備は一週間後と……」

「詳細については、そこの小姑に聞いていただければ助かりますかね?」

 と、サルトリーヌに一瞥をくれたヴィクトルは踵を返し、歩を進めだした。
 そして思い直したかのように、ナターシャに振り返ると、片目を閉じておどけるように舌を出した。

「とはいえ……私が君を愛していると言うのは本当で、それが一番の目的ではあるからね。愛してるよ。それでは――ごちそうさま」

 後ろ手を振りながら、逃げるかのように去っていくヴィクトルの後姿を、ナターシャは要を得ないように見送る事しかできなかった。






「まんまと、乗せられてしまいましたね」

 ヴィクトルの退室後、すぐにサルトルリーヌは沈鬱な表情を浮かべながらそう呟いた。

「乗せられたとは……? 何を言っているのだサルトリーヌ?」

「貴方が参加しない、という点です……何という事を……ナターシャ……」

「だから何を言っているのだ? 奴は大元帥という立場だが――私はかつてのツテを辿れば、最強の布陣を組むことが出来る。まあ、貴様にも助力を願うつもりだが……

 溜息をつきながら、サルトリーヌは応じた。

「奴は魔王軍を完全に掌握しているのです。大体、貴方も現在の魔界の情勢は、チラリとは聞いていたのでしょう? すぐに想像はつくはずではありませんか……」

「確かに、魔界での世論は整えたとは聞いていたが……かつての私の部下が全員奴に寝返ったと? 馬鹿を言うな」

 カッカと余裕の笑みを浮かべるナターシャに、ピシャリとサルトリーヌは言い放った。

「だからこそ、奴はあの話に乗って来たのです。現状では貴方の側に立つのは私と……メデューサ:アナスタシア位でしょうか」

 サルトリーヌがこの場面において、冗談を言う女ではないことはナターシャも分かっている。

 ようやく、彼女の中で状況の認識が正確に行われ始めたようだ。

「それでは……頭数すら……集められぬではないか……? これでは奴の勝利は揺るがない……どうすれば良いと言うのだ、サルトリーヌ!?」

「全ては貴方が……一人で突っ走ってしまった事……もう、私には処方の仕様がありませぬ」

「…………すまない。サルトリーヌ……」

 しばしの沈黙。
 重たい空気が室内を満たしたところで、サルトリーヌは耳をヒクヒクと動かし、そして頷いた。
 そして、口を開く。

 けれど、口は動くが、彼女の声帯からは音は紡がれない。

『と、ヴィクトルは今頃ほくそえんでいるでしょうね? 読唇術程度は扱えますよね? ナターシャ?』

『士官学校では必須技能だったからな……』

 ナターシャも、口パクで応じる。

『ようやく、奴の気配が周囲から消えました。と、いう事で――先ほどの契約で、我々の勝利は確定しました』

 ニコリと微笑んだサルトリーヌに、ナターシャは怪訝の視線を投げかける。

『……どういうことだ? 先ほど、貴様はあれほど私を止めていたではないか?』

『だから貴方はアホの子なのです。私の焦りが何故に演技だと気づかないのでしょうか……」

『つまり?』

『私が貴方をワザと暴走させたのです。一体全体、私たちは何年のお付き合いだと思っているのでしょうか……』

『だからどういうことだと言っているっ!』

『夜会に奴が参戦する。それだけでこちらの勝利は確定しました……と、いう事です』

『……?』

『恐らく、奴は……最初から、私が横槍を入れる事を想定していた。そう、私が夜会を交渉のテーブルに乗せるその事まで。だからこそ、砂漠の街にしばらく滞在していた訳でしょうしね』

 つまり、とサルトリーヌは続けた。

『奴の目的は最初から夜会の開催だったのでしょう。貴方の気性から判断するに、負けてしまえば納得して契りを結ばざるを得ないですからね……』

『確かに……この街に奴が今まで1週間以上も滞在していた理由は……無い』

『そして、奴の最大の目的は――夜会に引きずり出す過程で、条件を引き出す事。第一に、その後の安全の保障。そして、あわよくば、魔王への道を貴方に推薦してもらえるというね』

 馬鹿な……とナターシャは口を押える。

『それでは……最初から奴は……捨て身で、命を捨てる覚悟で……私に追い込みを仕掛けていた訳では無かった……と?」

『そういうことです。幾らなんでも魔王軍の全軍を貴方に向かわせる……というのは無理がありますし、それ以前に、同族殺しを続けるにも……長期に渡れば隠蔽も不可能になってきます』

『つまりは、我々はまんまと乗せられた……と』

『そして――貴方を上手い具合に誘導し、夜会と言う制度を利用して、条件を幾らかでも引き出そうとしたのでしょう。そして、彼に取っては満額の回答を得られた』

『……』

『が、しかし、安心してください。ナターシャ。私はそれすらも織り込み済みです』

『……?』

『逆にいえば、向こうもそれで、負けてしまえばこれ以上、こちらに口出しは出来ないという事です』

 そして、続けた。

『人、あるいは魔族は……事が成った暁に、最もスキが出来るものです。そして――奴が警戒してたのは、恐らく私だけでしょう。その私ですらも、ナターシャに押し切られた……と、思い込んだ』

『そろそろ、結論を言ってはくれぬかサルトリーヌ?』

『私としては、奴を、奴の望む形で夜会に引きずり出す。それだけで仕事は終えているのですよ』

『だから……どういうことなのだ?』

 しばしのタメの後、サルトニーヌは魔性の笑みを浮かべた。



『――そう。奴は、彼の存在を知らない』



『彼……?』

『夜会は勝ち抜き戦なのですよ? あそこまでの規格外……逆に負ける要素が見当たりませぬ。彼の所属するギルドに、彼宛に依頼の書状をしたためておきましょう』

『ギルド……あっ……なるほどな』

 ようやく、ナターシャはサルトリーヌの考えを理解し、そして安堵の笑みを浮かべた。

『なるほど……奴が出てくると言うなら……負けは有りえぬ……』

 そして、周囲の気配を再度確認し、サルトリーヌは扇子を取り出した。
 優雅な仕草で一薙ぎし、そして声に出して高らかに笑いながら呟いた。


「さあ、それでは華麗に、美しく、徹底的に、完膚なきまで、スマートに――カウンターを決めましょうかっ!」










 2日後。
 冒険者ギルドカダヒム支部受付。

 昼のうららかな陽光が、大窓から差し込み、古ぼけたフローリングを優しく照らしている。
 受付嬢の金髪エルフ――マールは、眉間に人差し指をあてがいながら勇気に向けて口を開いた。

「全く……キミは本当にミラクルボーイね?」

「何の事だ、マールさん?」

「今回の依頼は、相手方の希望によって……ギルド側も内容は良く知らされていないんだけど……まあ、詳しくは封印された手紙を読んでちょうだいな……」

 溜息と呆れ顔で、続けた。

「魔族から、特定の者への指名の依頼で、仕事の場所が魔界なんて……前代未聞よ? まあ、お姉さんとしては、キミが何者かって事はもう詮索するは辞めたわ。キミについて真面目に考えた所で――想定の斜め上を行かれるだけでしょうしね。キミはキミ。ユウキ君って事で今後……何があってもそう扱うから」

 手紙を受け取り、文面を読み終えた勇気は、爽やかな笑みを浮かべる。

「あのさ、マールさん?」

「……ん?」

「ちょっと前に……俺はやらかしたんだよ」

「やらかした……?」

「ある姉ちゃんが……そいつは俺に惚れてるんだけどさ。色々と、まあ、俺もそうだが、あの姉ちゃんも、まあ、問題を抱えていてさ」

「……ルリ=タカミネと言い、その女の人と言い……何で、貴方がモテるのかはお姉さんにはサッパリ理解できないけど……まあ、良いわ。で?」

「それで、姉ちゃんには姉ちゃんなりに、色々あって……一大決心で、俺に再度……告白をしてきたんだ。多分、色んな事があって、結婚が決まって……ひょっとすると、無理矢理の婚約だったのかもしれない。でも……それでも、俺の事を好いていてくれたんだと思う」

「……?」

 少しだけ憂鬱気な色を瞳に勇気は混ぜた。

「けどさ、俺は……姉ちゃんを……無下に扱って、振っちまったんだよ」

「……まあ、他人の恋愛ごとに口を出すほど私はヤボじゃないわ。それで?」

「でさ……あの姉ちゃん……帰り際……凄い悲しい目をしててさ」

「……うん……本当に、結婚相手が……無茶な相手だったのかもしれないわね……」

「今になって、ちょっと後悔してんだよ」

 そして……と勇気は拳を握りしめ、マールを真剣な表情で見据えた。
 今まで、勇気のニヤケ面しか見た事の無かったため、少しだけ……マールは彼の瞳に射抜かれ、ドギマギする。

「後悔?」

「ああ、あの時……何か出来る事は無かったのかなってさ。何だかんだで――良い女だったからな」

「――そう」

「それでさ、俺は今回……あの時、取り逃したものを取り戻してこようと思う。もう遅いかもしれないけど……それでも……」

 マールには、彼の周囲に何が起こっているのかは分からない。
 けれど、何となくは事情を察した。

 聖母の表情を作り、諭すように勇気に語り掛ける。

「困っている女の子がいるなら……とことんまで、カッコつけてきなさい。無論、物事には遅いなんてことは無い、結果として間に合わなかったとしてもね? それでも……キミが現実に行動に起こしたことが大切なの。キミにとっても、そして、その彼女に取っても。お姉さんはそう思うわ。そして――」

 マールは白い柔肌の拳を勇気にゆっくりと突き出した。


「――お姉さんが許すわっ! 何が相手でも――ぶっとばしてきなさいっ!」


 軽く笑うと、勇気も拳を作り、コツンとマールの拳に合わせた。

「ああ、どこまでできるか分からねーが……とりあえず、全力で頑張ってみるよ……マールさん」

「いってらっしゃいっ! ユウキ君っ!」

「ああ、いってくるよ……」

 それだけ言うと、勇気は後ろ手を振りながら、ギルドの入口へと向かっていこうとする。
 その背中に、マールの疑問が投げかけられた。

「ねえ、ユウキ君?」

 振り向きもせずに、勇気は応じた。

「何だ?」

「結局の所……貴方の実力って……どれくらいなの?」

 立ち止まり、しばし、勇気は思案する。

「俺の実力……? そうだな、俺は――」



「俺は、とおりすがりのはぐれメ〇ルさ」




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