高峰瑠璃 危機一髪 エピローグ
冒険者ギルド:カダヒム支部。
やつれ顔の勇気が受付嬢のマールに懇願していた。
「マールさん…………金が無いんだよ。このままじゃ飢え死にしちまう……仕事をくれ……軽作業とか、命に危険が無い奴で頼む」
「勇気君? 私が知っているだけでも貴方は現金で金貨を百枚以上(5億円)も……それに、毎月銀貨20枚(100万円)の振り込みがあるはずじゃないの?」
その場で勇気は崩れ落ち、涙混じりに口を開いた。
「全部使っちまったんだよ……。鉱山の報酬も……使っちまった……」
「ごめんなさいね。お姉さん、ちょっと、キミが何を言っているのか理解できない」
と、受付カウンターホールの隅から、冒険者たちのヒソヒソ話が聞こえて来た。
「おい、あれ……レインリーフ(レインボーブリーフ)だぜ?」
「確か、Sランク冒険者を従え、ドラゴンゾンビ数十の群れを、ほとんど一人で屠っただとか……」
「いや、それは眉唾だろ?」
「けどよ、あれを見ろよ、あのブリーフ……名工リタイン作だって言うぜ?」
「まあ、ともあれ、あの見た目……只者ではない事だけは確かだな」
「ってか、お前、聞いたか、あの噂」
「噂?」
「ああ、奴は一晩で――金貨150枚(7億5千万円)も酒を飲んだらしいぜ?」
と、マールの長いエルフ耳がピクピクと動いた。
噂話は全て彼女の耳に入ったらしい。
口をポカンと開けたまま、マールは勇気に尋ねた。
「キミ……本当に……金貨150枚分も……飲んだの?」
しばし黙りこくり、勇気は屋上を見上げた。
「ああ……飲んだ。全財産――飲んじまった」
「ってか、どこで飲んだらそんな事になるのよ……」
「ダケシのマヨネーズだ」
あっ……とマールは開けた口を手で隠した。
「まさか勇気君……2日前の大氾濫って……キミが原因……?」
ごにょごにょと口ごもり、やがて観念したかのように頷いた。
「いや……あの店って、利益の何割かを慈善事業に使うって、最初に店に入ったときに張り紙で見たからさ。最初はそれで、少しは贅沢してもいいかなと思ったんだよ」
苦笑いをマールは浮かべた。
SMクラブ&ゲイバー:タケシのマヨネーズ。
キャッチコピーはラブ&ピースであり、その事業活動の最終目的は、愛と世界平和である。
必然的に、利益のかなりの部分が慈善活動に費消される事になっている。
あの時、瑠璃と共に店内に入った勇気は、その企業理念が掲載された張り紙に目を通していたのだ。
だからこそ、瑠璃と飲みなおす場所に――あの状況で金を使うのなら、この店以上は無いだろうと、タケシのマヨネーズを選んでいた。
しかしながら、兄貴達に圧倒されていた瑠璃は、その事実を知らなかった。
すれ違いと言ってしまえばそれまでだが――それは不幸な事故とも言い換える事が出来る。
「いや、だからキミ……普通に飲んでてその金額にはならないわよね? つまり、2日前の大氾濫は……」
ああ、と勇気は力なくうなだれた。
「まさか、あんな事になるなんて思いもよらなかった」
そして、勇気は詳細をポツリポツリと語り始めた。
――時は遡り二日前。
タケシのマヨネーズのカウンター席。
「兄ちゃん、もう一杯だっ!」
痛飲中の勇気の眼前には、舞台での一仕事を終えた日暮がバーテンとしてシェイカーを振っていた。
「おい、お客さん……飲みすぎは良くないぜ?」
「うるせーよ……俺は今、失恋でハートブレイクなんだよっ!」
ふむ、とウィスキーのグラスを差し出しながら、日暮は尋ねた。
「ハートブレイクか……、どんな男だったんだ、そいつは?」
いや……と、やや引き気味になりながら勇気は応じる。
「女だけどさ。何ていうか、ポニーテールで巫女で、凛々しい感じで貧乳で……割と本気でタイプだったんだ。まあ、綺麗な女だったら何でも有りなんだけどな」
なるほどね、と日暮は頷いた。
「まあ、少しの間は酒に溺れるのも良いさ。っていうか、何で振られたんだ?」
「ああ、無理矢理に迫っちまってな……初デートで……いきなり野外で押し倒しちまった。今となってはレイプ紛いだったと反省している。姉ちゃんは色々言ってたが、間違いなくアレがメインの原因だ」
「おい兄弟? いきなり野外はよろしくねえぜ?」
「分かってるよ……くそう……宿屋まで何故我慢できなかったんだ……」
と、そこで勇気は思い出したかのように日暮に言った。
「奢ってやるから兄ちゃんも飲めよ。一人でヤケ酒ってのも……寂しいもんだからな」
「ああ、それじゃあ遠慮なく頂くとしようか」
日暮は自分の分のショットグラスにブランデーを注いだ。
と、そのやりとりを見ていた近くの兄貴達が勇気に声をかけた。
「そこの覆面ボーイ? 俺たちにも奢ってくれや」
青髭を生やした女装の男も頷いた。
「失恋の時はね。みんなで宴会をするのが癒される近道なの。ワタシにも経験があるから良く分かるわ」
と、そこで確認するかのように勇気は日暮に尋ねる。
「この店は、利益の大部分が慈善事業に使われるんだよな?」
「ああ、この店の存在意義は――ラブ&ピースだからな」
ヤケクソになった勇気は、その場で立ち上がり、大声を張り上げた。
「ええい、どうせあぶく銭だっ! 店にいる全員――俺のおごりだっ!」
ブリーフの中から、ギルドカードを取り出し、日暮に手渡した。
「ギルドの口座にあるだけなら、幾らでもウェルカムだっ!」
青髭のお姉が、瞳をキラキラさせながら勇気に尋ねた。
「覆面ボーイ? お友達も呼んで良いかしら?」
「ああ、何人でも、何百人でも……呼べるもんなら、何万人でも呼びやがれっ!」
その時、日暮の目が見開かれた。
「おい、お前……自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「ああ、今日は全部――俺の支払いだっ! みんな、好き勝手に飲んでくれっ!」
店中に歓声が響き渡り、全ての兄貴達が勇気に駆け寄ってきた。
「ワッショイ、ワッショイ、覆面ワッショイっ!」
掛け声とともに、勇気に胴上げの体勢を取る。
そして、胴上げに参加しない兄貴たちは、店の奥のドアへと我先にと走り始めた。
――ドアを開けると、そこには20畳程度の大部屋。
その部屋の中心には、魔法陣が描かれていた。
それは転移の術式が編み込まれた魔法陣でありー―全世界のゲイバーへと繋がっている。
日暮が、本来の職場であるノラヌークから、今現在のカダヒムにいるのも、それが理由だ。
そうして、兄貴たちはそれぞれの国に戻り、しばしの後、文字通りのおホモ達を連れ立って、次々とカダヒムに舞い戻って来た。
「絶対防御! 絶対防衛! 絶対守備! 絶対堅固! 絶対守護! 絶対防備! 絶対保護!」
合言葉と共に、連れてこられたおホモ達。
そして増えた彼らが、更なるおホモ達を呼び、その数はどんどん膨れ上がることになる。
「絶対防御! 絶対防衛! 絶対守備! 絶対堅固! 絶対守護! 絶対防備! 絶対保護!」
歓声に満たされる店内。
一時間後には、その総数は500を超えた。
本来なら、その時点で勇気は――暴走するハードゲイ達を止めるべきだったのかもしれない。
しかし、勇気は既に――その時には酔い潰れていた。
止める者は最早誰もいない。
「絶対防御! 絶対防衛! 絶対守備! 絶対堅固! 絶対守護! 絶対防備! 絶対保護!」
合言葉と共に、次々に空いていく酒瓶。
加速度的に、あるいは乗数的にハードゲイ達は次々と魔法陣で転送されてくる。
ゲイ達の増加に合わせ、酒瓶の消化スピードも更に加速。
「絶対防御! 絶対防衛! 絶対守備! 絶対堅固! 絶対守護! 絶対防備! 絶対保護!」
最早誰にも止められない大惨事。
ゲイの人数が1000を数えた所で――立ち飲み状態でも収容能力の限界を超えたタケシのマヨネーズから、男たちが押し出されていく。
その段階で、タケシのマヨネーズに備蓄されていた酒瓶のストックが尽きる事になる。
従業員達は、スラム街中の酒屋を駆け回り、増え続けるゲイ達の対処に追われることになった。
「絶対防御! 絶対防衛! 絶対守備! 絶対堅固! 絶対守護! 絶対防備! 絶対保護!」
そして、宴会開始から5時間後。
ゲイの数が3万人を超えた。
恐らく――その時、アルスザードの世界のゲイの大半が、カダヒムに集結していた。
「絶対防御! 絶対防衛! 絶対守備! 絶対堅固! 絶対守護! 絶対防備! 絶対保護!」
盛り上がった男達の絶叫は、スラム街を覆い尽くさんばかりの男津波となった。
ドン引きする浮浪少年少女、そして、チンピラ達。
それはそうだろう、町中の至る所で、半裸のガチムチ達が、ウイスキーの角瓶をラッパ飲みしていたのだから。
つまり、カダヒムのスラム街に――
――ゲイが溢れた。
それが、後にカダヒムで大氾濫と呼ばれる事件である。
そして、その出来事は、日本円に換算して一晩で7億円飲んだと言う――勇気のレジェンドと共に、後々まで語り継がれることになった。
マールは絶句し、そして勇気と共にうなだれた。
「そんな壮絶な事が……」
「ああ、朝……気が付けば、請求書だけが置かれていて、そのままギルドの預金口座から全額持っていかれた」
「……」
マールの言葉が出ない。
それは、あまりにも凄惨で。あまりにも無残で。あまりにも壮絶で――。
そして、あまりにも――アホすぎた。
「まあ、最終的に、スラム街の孤児院建設に金が使われた事だけが唯一の救いだよな……」
と、いう事でと、彼は続けた。
「マールさん……金が無いんだ……仕事を……」
その時、カランカランと、ギルドの入口ドアに備え付けられた鈴の音。
勇気が顔を見やると、そこには巫女装束の少女。
彼女は勇気を確認すると、一瞬嬉しそうにほほ笑んだが、すぐさまに気まずそうな面持ちを作った。
「見たわよ……スラム街のアレ……タケシのマヨネーズって……そういう意味だったのね?」
お互いに、気まずそうな表情を浮かべる。
勇気としては、無理矢理に迫った結果、平手打ちという形で返礼を貰っていると思っているのだ。
「まあ、何か、俺にも出来る事ねーかなーって……」
「……そっか」
瑠璃としては、本当に勇気に合わせる顔が無い。
何しろ、彼の善意を勝手に勘違いして、罵倒の挙句に平手打ちだ。
「アンタさ……本当に言葉足らずなのよ」
「まあ、いきなり……だからな。あの時は悪かったと思ってる」
「いや、別にアンタが悪いんじゃないんじゃん……」
ああ、と瑠璃はその場で倒れ込みそうになった。
悪いのは全部自分なのに……それでも、彼は彼自身を悪者にして、瑠璃には責任は無いと言ってくれている。
だからこそ、彼女は素直になれないのだ。
と、言うよりは、謝ってしまうと、全てが、勇気の掌の上で踊らされているような気がして、何というか……負けたような気がするのだ。
それは、恥ずかしい、と言い換えても差支えは無い。
――なんで、こんなツンツンした感じになっちゃうんだろう……。素直に謝れないんだろう……前みたいに、勇気君って呼びたいのに……。
心の底から、そう思っているが、元々、勇気とのデート時のデレデレした感じは、本来の彼女ではない。
あの時のノリは、覚悟を決めて――積極的になると決めた上で、ようやくできた事なのだ。
あそこまで盛大に自爆してしまって、その上で、『アンタ』と、あの時に言ってしまったからには、また『勇気君』と言うのには凄まじい抵抗感が伴う事になる。
だから、彼女はいつも通りのノリで勇気に尋ねた。
「ねえ、アンタ?」
「何だよ?」
かと言って、瑠璃が恋する乙女であることは変わらない。
このまま、勇気と喧嘩別れのような事になってしまう事だけは選択肢として有りえないのだ。
「私はアンタをどう扱っていいかわからない……アンタの事が良く分からないんだ。知りもしないから、前みたいな誤解が起きた訳だしさ……だから、私はアンタの事をもっと色々知りたい」
だからね、と彼女は精一杯の勇気を振り絞った。
「不躾だとは思うけどさ。あの……その……何ていうかさ……私と……友達になって欲しい……」
言葉を受けて、勇気は掌を瑠璃に差し出した。
「ああ、そっちが嫌じゃないんだったら別に構わねーが……」
瑠璃は勇気の掌をガッチリと握り返した。
そして、消え入りそうな声で、ごにょごにょと、口を動かしているのかいないのか分からないような感で――顔を真っ赤に染め上げながら言った。
「後……ゴメンね」
「ん、何か言ったか?」
蚊の鳴いたような声だったため、勇気には聞こえなかったらしい。
彼女は、それが聞かれていない事に、安心したように、けれど、何故だか頬を膨れさせた。
「べっ、べっ、別に――何も言ってないしっ!」
耳まで真っ赤になりながらそう叫ぶ彼女の胸の中で、沙織は苦笑にも似た優しげな笑みを浮かべていた。
と、言う事で、冒険者ギルド編に入ってからボケ倒しだったので、作者も少し食傷気味。
次回から、アナスタシア編か瑠璃編(一発目)程度のシリアスやる予定。
死神少女で考えてますが、魔王様の話もプロットが結構固まって来たので、ひょっとするとそっちになるかもしれません。
どちらにしろ、ヒロイン達の2週目に入る予定です(死神少女ならアナスタシア絡んできます)。
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