高峰瑠璃 危機一髪 その4
夕陽は完全に沈み、二人はカダヒムの下街を歩いていた。
「本当にごめんね……勇気君、私があんな店を紹介したばっかりに……」
普段の勝気な彼女からは想像もできない、今にも消え入りそうな声色で瑠璃はそう言った。
「いや、良いって事よ。俺のファッションは少しだけ奇抜だからな……ああいう扱いをされることもあるさ」
凹み気味の瑠璃の頭を、勇気の右掌が優しく撫でた。
すると、店を門前払いされてからずっと、ゾンビのような表情だった彼女の表情が、パァっと花咲いた。
「でも、本当に心が狭いよね、あの店。ちょっとやりすぎって言うか、おかしいんじゃない? もう、私は2度とあの店を使わないんだからっ!」
プンプンと頬を膨らませるが、そこで姉のツッコミが脳内に響き渡る。
『いや、瑠璃……おかしいのは貴方です……』
そんな姉のツッコミをガン無視した彼女は、勇気の口元に目を向けた。
「あっ、勇気君……口元にソースがついてるよ?」
先ほど、ニンニクの臭いを嗅いだことから、勇気の腹の虫がしばらくなり続けていた。
そこで、上街から下街に向かう際中。
中街の露店で串焼きを買ったのだが、基本的にお行儀の悪い勇気は、失態を犯してしまったという事らしい。
「おお、そりゃあ、すまねえな」
マントの裾をつまんで、口元を拭おうとした所で、瑠璃の制止が入った。
「ちょっと待って! ハンカチ持ってるからっ!」
巫女服の帯に備え付けられた袋から、ハンカチを取り出して勇気に手渡した。
「サンキューな」
口元を拭った所で、勇気は思い出したかのように問いかけた。
「ってか俺ばっかり肉食ってるけど、巫女の姉ちゃんは腹減ってないのか?」
「そりゃあまあ、少しはね。でも、次に紹介する店位までだったら我慢できるし」
「ほれ」
無造作に、瑠璃の眼前に食べかけの串が突き出された。
「えっ?」
「食っとけ」
見ると、肉の塊が半ば程から食いちぎられている。
しばし呆けた後、瑠璃の頬が淡い桜色に染まっていく。
――こ、こ、これって……ひょっとせずとも、間接キスじゃん?
固まった彼女に、怪訝そうに勇気が尋ねた。
「ん? 何だ、食べないのか?」
手を引っ込めそうになる勇気に、瑠璃は声を張り上げた。
「たっ、たっ、食べる食べるっ! 食べるからっ!」
そう言ったものの、やはり関節キスには思う所はあるのだろう。
彼女は口に入れるのをためらった様子で、串を眺めている。
「早く食えよ。ほれ、口を開けてみ?」
えっ? と、戸惑いながら彼女は口を大きく開く。
「はい、あーん」
ボンっと爆発したかのように、彼女の両頬が真っ赤に染まった。
――何か、これって……本当に恋人同士でデートしてるみたいじゃん……。
肉をほおばるけれど、頭がパニックになっている為に、味については何がなにやら分からない。
ただ、ひたすらに恥ずかしくて、それと同時に、心が満たされていくのを感じる。
――ああ、ひょっとすると……これって……幸せ……なのかな?
そんな感傷に浸っている時、勇気が問いかけてきた。
「で、どこに連れて行こうって言うんだよ?」
昂揚感で、心ここにあらずだった瑠璃が、我に返ったように答えた。
「あのね、サルトリーヌさんって覚えてるかな?」
「ああ、あのサキュバスの姉ちゃんか」
「そうそう、その人」と瑠璃は続ける。
「あの人、意外にグルメなんだよねー。で、趣味はオシャレな店での食べ歩きなんだって」
しばし考え、うんざりした口調で勇気は言った。
「オシャレ云々はどうでも良いんだが……っていうか、そんな店だと、また止められるんじゃねーか?」
親指を突き立て、瑠璃は薄い胸を張った。
「そのあたりは無問題。何せ、下街の歓楽街にあるんだからね。こんなゴミゴミした街で今更ドレスコードもクソもないでしょ?」
確かに、下街に入ってから、周囲は浮浪者か、あるいは半裸かと見紛うような、布きれを身に着けただけの少年たちがうろついている。
「まあ……確かにドレスコードがどうこうって話にはなるようには思えないな。金さえあれば何でもオッケーみたいなノリだよな?」
「そうそう。で、こんなところに、まさかあんなオシャレな店があるなんてって、サルトリーヌさんも驚いていたんだよ。ナターシャと二人で行った事もあるらしくて……」
「ナターシャ? ああ、あの魔法使いの姉ちゃんか」
「そうそう。で、ナターシャもその店を大絶賛してたんだよ」
「で、何料理の店なんだ?」
「私も詳しくは知らないけどさ。とにかく、サルトリーヌさんが大絶賛してた位だから間違いないと思うよ」
実際の所、本当にサルトリーヌが瑠璃に薦めた店なのだ。
サルトリーヌ曰く、瑠璃がもしも、今後誰かとデートをする事があれば、是非ともそこを使えとのことだった。
そして、貧乳であると言う弱点を背負っていると思い込んでいる瑠璃としては――今回のデートは是が非でも成功させる必要がある。
その為には、店選びは最重要項目の一つであるのだ。
恋敵から推薦された店……ということに思う所はあるが、自分が知っている店では勇気はドレスコードに確実に引っかかってしまうだろう。
苦渋の策ではあるものの、現状取りうる最善の選択肢である事は間違いない。
ともあれ、オシャレ空間で意中の男と二人きり……と、何だかんだで乙女回路全開な瑠璃は、既にめくるめく甘い世界を妄想して口元がニヤけてしまっている。
と、そうこうしている内に、件の店舗の前に二人は辿り着いた。
「なるほど、確かにシックな感じだ」
外装は落ち着いた茶色を基調とした木材で仕上げられていた。
看板等は特に出されてはいない。
「隠れ家的なお店みたいな感じだね」
ドアを潜り、店内に入る。
2重の入口になっているようで、薄暗い長い通路の先にもう一つのドアが見えた。
2つ目のドアを開くと同時に、二人は異変を感じた。
まず、目の前に飛び込んできたのは、蝋燭の灯りに照らされた大きな舞台だ。
店内は非常に暗く、舞台以外の全容の把握は難しい。
とりあえず、舞台を囲むようにして、テーブルが20程設置されているらしい事は分かる。
「……ぇ?」
舞台上の光景を目の当たりにし、瑠璃が目を丸くする。
いや、その表情は凍り付いていた。
「……何じゃこりゃあ……?」
勇気の視線もまた、舞台に釘付けとなっている。
――舞台では猿轡の男が縛られていた。
パシィンと乾いた音が店内に鳴り響く。
豚のように肥えた男が――ムチに打たれていた。
「ブヒっ! ブヒっ! ブヒィィィーーーっ!」
ムチが炸裂するリズムに併せて、男が絶叫を奏でている。
豚のように鳴く男――彼が、元リンダール皇帝だと、誰が想像できるというのだろう。
そして、彼を取り囲む、屈強な男達――否、兄貴達。
舞台の周囲の席で、酒を嗜みながらその様子を眺める――これまた兄貴達。
瑠璃と勇気が入店した酒場。
つまるところは――ゲイバー:タケシのマヨネーズ、そのカダヒム支店である。
サルトリーヌ「計画通り。瑠璃様が誘う相手はあのお方しかいませんからね。泥棒猫には丁度良い毒餌です。ねえ、ナターシャ?」
ナターシャ 「何故あの店をデートに使えと言ったのだサルトリーヌっ!」
サルトリーヌ「確かに……少しやりすぎてしまいましたかね……それほど怒らなくても良いではありませんか、ナターシャ」
ナターシャ 「ぐぬぬ……あの店は……私が奴と……一番最初に行く予定だったのに……」
サルトリーヌ「えっ……!?」
評価・感想をいただければ泣いて喜びます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。