死神:チェルノボク その8
――ドラゴン。
アルスザードの世界において、知能を有しない生物の中では最強と位置づけられている。
その膂力は大岩を砕き。
その鱗は鋼鉄を弾き。
そのブレスは街一つを容易く灰にしてしまう。
群れに襲われた場合、魔貴族ですらもタダでは済まず――事実として、長い歴史上にはドラゴンに命を奪われた者も存在する。
森の中。
Cランク級冒険者のリチャードは、産まれて初めてドラゴンゾンビの群れを目の当たりにした。
まず、一番初めに、その巨大な体躯に息を呑んだ。
次に、レジェンドと呼ばれる3人のSランク級冒険者達でも歯が立たないという事実に驚愕した。
そして最後に、腐龍の持つ凶悪な爪と牙に――死を覚悟した。
その圧倒的な戦力に。
その圧倒的な獰猛性に。
あるいは、彼は同じ生物として、畏敬の念すらをドラゴンに感じていた。
そして今現在――そんな彼は大口を開けて――振り絞るように、擦れた声を発していた。
「うわ……」
爆散していく。
次々と――腐龍達が爆発していく。
不可侵領域の範囲外であるはずなのに――ボロ雑巾のように、腐龍が駆逐されていく。
覆面マントが手を振えば、あるいは蹴りを放てば――打撃点を中心に、半径10メートル程度の肉の爆発が起きる。
ボン、ボン、ボン、ボン。
気の抜けた爆発音と共に、肉が、内臓が、目玉が、周囲の木々の幹にデコレーションを施していく。
「ぅわ……な……ん……だ……何なんだ、アイツは……」
――無双。
それ以外に表現できない光景が、リチャードの眼前で広がっていた。
覆面マントの行う、羅刹が如き蹂躙劇に、リチャードは己が目を両手で覆った。
「認めない、俺は認めないぞ……ゴブリンから逃げ出すような男が……こんな……こんな……」
そこで、要を得たかのようにリチャードは掌を叩いた。
「そうか、エリヴィラ様が言っていた……不可侵領域。アレの効果が、何らかの要因で結界外にまで範囲を広げ、腐龍を弱体化させているんだ」
パニック状態のリチャードは既にまともな思考能力を失っていた。
彼は、自慢の弓を手に持つと、不可侵領域の範囲外に歩を進めようとする。
「アイツに出来るなら、俺にでも出来るはずだ……」
その時、リチャードの肩に、シュワルツの掌が置かれた。
「辞めておきなさい」
「シュワルツ様……?」
「貴方は彼に対して重大な誤解を抱いている」
「どういうことでしょうか?」
「まず、何故に彼がゴブリン退治の際に逃げ出したのか……ご覧なさい」
シュワルツの視線の先。
そこでは、勇気の放った右ストレートによって衝撃波が生み出されていた。
そして――衝撃波に巻き込まれた大木が倒壊していく。
「攻撃の余波だけで……大木が……」
コクリとシュワルツは頷いた。
「彼が逃げ出した現場では……Cランク級以下の冒険者の集団が、ゴブリンと乱戦を行っていたと言うではないですか? 仮にですよ? もしも、そこに過剰戦力である彼が投入されればどうなるでしょうか?」
「……敵も味方もまとめて……吹き飛ばされる」
シュワルツは氷の微笑に柔和の色を混ぜる。
「ご名答です。そもそも、彼ほどの実力者にゴブリン退治を斡旋などと……ましてや、足手まといを引き連れて……ギルドの受付嬢――マールさんは……何も分かっていない」
「しかし、シュワルツ様? 今現在の彼の無双……そういえば、彼は腰痛で動けないという話では?」
「恐らく――彼は我々を試していたのでしょう。いや、あるいはお灸を据えたかったのでしょうかね?」
「お灸?」
「ええ。彼は先ほど、我々が犯したミスを指摘しましたよね? Sランク級冒険者……私たち3人に対してであれば、ルリさんの離脱を止めなかっという油断。つまりは――ユウキさんに対する依存心」
「私の場合は確か……危険を顧みずに、猪突猛進に……いや、実力も全く伴わないのに、このような場に顔を出してしまった事……ですよね」
「そうです。そして彼は、我々を敢えて死地に追い込んだのです。失敗の重要性を分からせるために」
いや、とシュワルツは首を振る。
「Sランク級冒険者の我々は、並大抵の事では危険には陥りません。彼は思い出させたかったのしれませんね」
「何をでしょうか?」
「――初心。と言うやつですよ。我々も、駆け出し冒険者の頃はいつも危険と隣り合わせでした。故に、爪の先ほどのリスクすらも――常に排除しながら冒険を行っていた」
遠い目をしながら、シュワルツは拳を握りしめ、恥じるように言い捨てた。
「それを……ルリさんの離脱を止めもしないなんて……慢心も良いところです」
うんと頷き、リチャードも言った。
「結局の所、彼の言いたかったことは、私に対しても同じ事なんでしょうね。実力と相談して、顔を突っ込む案件を考えろ……と」
「そういうことでしょうね。彼は本当に底の見えない人物ですよ。そう、我々は彼の実力だけでなく……人格にまで心酔しているです」
感慨深げなシュワルツの表情。
そしてリチャードは、その場に跪いた。
今まで、彼の事を臆病者の大ぼら吹きのように思っていた自分を恥じたのだ。
彼は、これほどの実力者でありながら――ギルド受付嬢のマールに晒し者にされていた。
元々、無茶振りの仕事の斡旋を行っていたのはギルド側だと言うのに、文句の一つも言わずに、彼女の面子を守る為に、土下座まで行っていた。
そして、つい先ほどまで、罵倒を行う自分に対して、彼は嫌な顔一つもせずに、反論も行わなかった。
――彼は、ただの実力者では無い。人間性までもが完成されている。
ハハ、とリチャードは自嘲気味に笑い、そして――なるほど……と思う。
実力者は実力者を知るものだ。
道理で、鍛冶屋のリタインにしろ、Sランク級冒険者にしろ……彼をここまで認めている訳だ、と。
Sランク級冒険者の中でも最強と呼ばれるルリ=タカミネが……彼に惚れてしまう訳だ……と。
と、そこまで考えた所で、リチャードの頭の中に疑問符が浮かび上がってきた。
そのままシュワルツに問いかける。
「シュワルツ様……一旦は納得しかけてしまったのですが……私には疑問があるのです」
「何でしょうか?」
「今現在の無双を見る限り、実力は認めざるを得ないでしょうが……本当に……彼は……人格者なのでしょうか?」
「と、言うと?」
「ゴブリン退治から逃げる時の彼……表情が青ざめていたんですよ。それに、『魔法使い以外とは戦いたくない』とか、意味の分からない発言をしていた。あの時、本当に低ランク冒険者を巻き添えにしてしまうことを恐れての逃亡だったのでしょうか? ……よくよく考えてみると、マールさんに土下座をして、足で踏まれていた時、なんだか嬉しそうでした」
シュワルツは諭すような口調でリチャードに語り掛けた。
「つまり、貴方の前で彼が行った事は 1 ゴブリンから逃げた。 2 すごくビビった感じだった。 3 魔法使いとなら戦えるという謎の発言。 4 マールさんに踏まれて嬉しそうだった。 5 腐龍相手に無双を行い、なおかつ我々に指導をしてくれた」
そして、続けた。
「以上でよろしいのですね?」
「はい、そういうことです。1~4と、最後の5が、どうにもすんなりと頭の中で繋がってくれないのです」
しばし考え、シュワルツは解説を始めた。
「1 ゴブリンから逃げた 2 凄くビビった感じだった 3 魔法使いとなら戦えるという発言 4 マールさんに踏まれて嬉しそう……これらの項目はノイズと考えられるので排除して良いでしょう」
つまり、とシュワルツは結論をつけた。
「貴方が彼を評価する上で考慮すべき判断材料――それは腐龍相手に無双を行い、なおかつ我々に指導をしてくれた……その一点のみです」
しばし固まり、リチャードは大口を開けた。
断言したシュワルツの、氷の微笑に気圧されながらも、何とか言葉を発した。
「なるほど……そうだったのですか。そう言われれば、そのような気がしてきました。いや、きっとそうですっ!」
と、そこで、今まで沈黙していたエリヴィラが口を開いた。
「……シュワルツ。とんでもないことが起きている」
シュワルツは怪訝に彼女に向かって問いかけた。
「とんでもないこと?」
「……そう。私の体に異変が起きている」
「異変?」
大きく頷いたエリヴィラは、そのまま桜色の唇を開いた。
「……そもそも、私のMPはカウントストップ状態……つまり、65535」
「確か、貴方は大規模魔法ばかりを使うが故に、大賢者シグナム氏に幼少の頃から魔力総量の拡大訓練を続けさせられたとか言う話ですよね?」
「……そう。それで、不可侵領域はMPの回復も行う聖域。念の為に、今さっきステータスの確認をした所、とんでもない事が起きていた」
「どういうことなのでしょうか?」
エリヴィラはしばしのタメを作った。
「……私の現在のМPは――82568……先ほど、生命の水を口に含んだ時、私の体に変化が起きたと考えられる」
驚愕の表情と共にシュワルツは口を開いた。
「エリヴィラ……まさか……生命の水にそのような効能が……?」
コクリと頷き、エリヴィラは呟いた。
「……そう。限界突破」
瑠璃「私の時はあんだけ酷い目にあって、色々な事を乗り越えて、ようやくだったのに……」
沙織『まさかとは思いますが瑠璃……貴方、アレを飲みたかったとでも言うのでしょうか?』
瑠璃「それはさすがにノーサンキュー……かな?」
※ちなみに、瑠璃の場合は色んな人の魂をポイントに変換しているので、攻撃力は8万とかのレベルではないです。
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