死神チェルノボグ その5
夜。
闇夜を青く染める満月が頭上に見える。
勇気達一行は、森の中で焚火を囲んでいた。
干し肉を炙る香ばしい臭いが周囲に立ち込めるが、勇気を除いた全員の表情は暗い。
「先生……腰痛は?」
咀嚼した干し肉で両頬を膨らませた勇気に、シュワルツが問いかけた。
「……すまねえ、あいにくだが俺の腰痛は特別性でな?」
「そうですか……先生さえ万全であれば……ドラゴンゾンビの群れなど……」
先刻、Cランク冒険者のリチャードが案内してくれた抜け道のおかげで、窮地を一旦は脱した。
けれど、洞窟を抜けた先もまた、ドラゴンゾンビの群れが周囲を囲んでいた。
正確に言うと、半径数キロ圏内に、ドラゴンゾンビの気配が数十体感じられたのだ。
知能を持たぬ下等生物の中では最強と呼ばれるドラゴン。
彼らは獣に近い習性を持っており、獲物の察知は主に嗅覚で行われる。
つまりは、数キロ程度の距離ならば、簡単に嗅ぎつけられてしまうということだ。
そういった事情で、洞穴を抜け出た彼らが――再度、腐竜達とご対面、となるのは火を見るよりも明らかだった。
一同が絶望に満たされた時、機転を利かせたハイ・エルフのエルヴィラが空気の結界をその場に張った。
ドラゴン達の追撃を逃れる。
その為に必要な事は、要は臭いを外にもらさなければ良いという事。
例えば、気流を操る、局地的な風結界を発生させる等の方法で。
そして今現在、勇気達一向は、半径10メートルの風の結界の中から動けない、という状況となっている。
シュワルツは、気を持ち直したかのように無理矢理に微笑を作った。
「まあ、先生の腰痛が収まるまでの辛抱です」
「いや、だから……お前らは勘違……」
「ユウキ、ダイジョウブ。ヨウツウ、オサマルマデマツ。オサマレバ、サイキョウ」
エリヴィラが無表情に呟いた。
「……水は魔法で作れる。ただ、食物が先ほどの干し肉で尽きた。結界内に立てこもるにしても3週間が限界」
「まあ、仕方無いでしょうね。それまでに先生の腰痛が治ってくれれば……」
「ダイジョウブ。ヨウツウ、ソコマデナガクツヅク、キイタコトナイ」
頷き合う一同。
冷汗を垂らしながら勇気は思う。
――おいおい、このままじゃ餓死コース確定じゃねーかと。
大体、今回の腰痛は演技なのだ。
治るのを待つとか、そういう問題ではない。
これは不味い、と勇気は脳をフル回転させだした。
まず、このまま、この連中と一緒にいるのは非常に不味い。それは間違いが無い。
何しろ、彼等が期待している、勇気の復活などは最初から有りえないのだから。
この場に居座り続けても、食料不足で無駄に体力が失われるだけだ。
むぐぐ、と、あれこれ思案する。
刹那、勇気の脳に圧倒的な閃きが走った。
そして、しばらく考え込み、勇気は決死の表情を作る。
彼は、その場で立ち上がると、結界の中心である焚火から離れていった。
「先生……どちらに?」
後ろ手を振りながら、シュワルツに応じる。
「ションベンだよ」
そのまま、勇気は歩を進めていく。
「……先生。風の結界から出てしまいますよ?」
「俺はな、人前でションベンは出来ないんだよ」
勇気の歩は止まらない。本当に、結界外に出てしまう勢いだった。
シュワルツの表情が青ざめていく。
「……待ってください先生っ! それ以上進むと、匂いがドラゴンゾンビの群れに……」
勇気は一同に振り返り、神妙な面持ちを作った。
「おい、シュワルツ? お前、本当にションベンだと思ってやがるのか? 俺に……皆まで言わせる気なのか?」
「放尿に行かれる訳ではない……と?」
コクリと勇気は頷いた。
「策はある。これでも色々と考えた上での行動だ。察してくれ……少なくとも、ここでずっと手をこまねいているよりも、ずっとマシな策だ」
シュワルツは思う。
現状をひっくり返す術を、Sランク級の3人は持ち合わせていない。
けれど……と思う。
勇気程の実力者が、考えがある、と言ったのだ。
自分たちの実力は勇気の足元にすら及ばない、そうであるのであれば……。
「その策は、私たちに明かせない類のモノなのでしょうか?」
「ああ、それは明かせない」
シュワルツたちはその場で顔を見合わせ、そして頷いた。
「ユウキ。オレ。ユウキ、シンジル」
「……貴方の決定なら反対する道理は無い」
そのまま、勇気は結界の外に向けて再度歩みを進めた。
勇気には策があった。
――自分の素早さは65535。
正直、素早さだけには本当に自信がある。
被せて、はぐれメ〇ルには特殊攻撃――ドラゴンブレスも通用しない。
そう。
――俺一人なら、逃げ切れる確率は高い。
それに、彼らにとっても、風の結界の中に立てこもるよりも、よほどの上策だろう。
彼らは、勇気の復活というその一点を拠り所に方策を立てていた。
食料が無い状態で、無駄に体力を失うよりは、元気な今の内に逃げ回った方が良いに決まっている。
つまり、勇気の作戦とは、このまま自分一人でトンズラする……という事だ。
多くのドラゴンゾンビは自分を追ってくるだろうが、それは自分の素早さなら何とかできるはずだ。
そして、勇気の残り香に引きつけられた少数のドラゴンゾンビは、この場に居座り続ける冒険者たちを発見するだろう。
そこで、彼等も逃げ出さざるを得ないだろう。
勇気は思う。
大多数は自分を追ってくるだろうから、それは引き受けてやるから……後の事は、まあ、頑張ってくれと。
荒療治かもしれないが、このまま、この場にいるよりは幾らかマシだろうと。
――それが勇気の策だった。
※
無双の開始まで書く予定(次回更新予定のラスト)だったんですが……予定より長くなったので、今日はここで終わりです。
後、あとがきでちょっとした発表があります。
まだ、どうなるかは分からない話なんですが……
とあるライトノベルレーベルの編集部の方から、書籍化のお話を頂きました。
で、こちらも、前向きに考える方向で、返事を行いました。
お声をかけていただいたのは、私個人の実力では無く、9割以上は読者の皆様の応援のおかげだと思います。
本当に、応援していただいた方々、ありがとうございました。
更新ガンガン続けていきますので、これからもよろしくお願いします!
※1 ちなみに、現在、調整中の段階なのでしばらくは詳細をお伝えする事はできないです。
※2 景気づけに、評価・感想頂ければ泣いて喜びます。最近、本当に総ポイント数の伸びが鈍化していて、心境的にはかなり辛かったりします。
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