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HP1からはじめる異世界無双 作者:サカモト666

第一章 異世界との遭遇

死神:チェルノボグ その2

「どうしましょうか、私たちのパーティーのメイン火力が走り去ってしまいましたが……」

 呆れ顔で呟いたシュワルツに、東方武術界の神――ヤン=リーが答える。

「まあ、チェルノボグ討伐依頼。それについては、そこの覆面マントがおれば問題あるまい」

 それだけ言うと、ヤンは瑠璃の走り去った方向に歩を進めようとした。

「ヤン氏……? どこに?」

「……あの娘は危うい。ほんに未熟じゃ」

 しばし考え、シュワルツは言った。

「未熟……とは? 失礼ですが、瑠璃さんの実力は、ヤン氏を遥かに凌駕すると――」

 ふぉっふぉ、と笑いながら、ヤンは言った。

「それでも、あの嬢は未熟じゃよ」

「意図が掴めませんが?」

 地面にまで垂れ下がった顎鬚をさすりながら、ヤンは断言した。

「――精神が……じゃよ。如何に強力な力を持っていようが、戦いに必要なのは不安定な激情ではない。必要なのは、燃えたぎる赤い炎ではなく、静かな青い炎――それこそが、鉄を断ち切る力となる」

 そして、続けた。

「まあ、それが故の……愛でるべき若さ、美しい原石なのじゃがな。まあ、こっちはワシに任せて、お主たちはチェルノボグの所に向かうが良い」

 それだけ言うと、老人は街の中に消えていった。




「うぅ……どうせ、私なんて……私なんて……」

 カダヒムの街の郊外。
 噴水の広場、石畳の中に配置されている木製のベンチで瑠璃はうっすらと瞳に涙をためていた。

 先ほどの彼の言葉だけで、自分の心は一瞬で抉られてしまった。
 完膚なきまでに、無残なほどに、徹底的に――抉られてしまった。
 彼の好みに自分の胸が合致していない、そして恋のライバルたちはそれを持っている。
 それがしょうもない事だとは、瑠璃も分かっている。

 けれど。
 それは本当にくだらない事なのに、胸の大小、それだけの話なのに……何でこんなにも心が揺さぶられるのだろう。
 噴水広場に散在する鳩を眺めながら、瑠璃は溜息をついた。

「本当に……惚れちゃったなぁ……」

 悔しいけれど、認めざるを得ない。
 これは、多分――初恋って奴だろうと。それも、人生最大の恋だろうと。

「ねえ、姉さん? 彼にとって……私って……何なのかな? 脈……無いのかな?」

『アホらしくて真面目に回答する気が起きません……』

 脱力気味の、姉の言葉が聞こえた。

「アホらしいって……そんな言い方酷くない?」

 口を尖らせながら、瑠璃は続ける。

「だって、こんなに……好きなんだよ?」

『何が一番アホらしいって……ナターシャも含めて、貴方達全員が……真面目に彼に恋をしている。それがアホらしいのです……何故に気づかないんですか……』

 はてな、と瑠璃は小首を傾げる。

「気づくって……何を?」

『何を言っても、脳味噌が恋に焼かれた貴方達には通じません。だから私はこの件については触れません』

 と、そこで姉の声は途絶えてしまった。

「ねえ、姉さん? 相談に乗ってよ……真面目に悩んでるんだよ?」

 いくら呼びかけても、姉は応じてくれはしない。

「もぉ……何なのよ……姉さん……」

 頬を膨らませながら、姉の理不尽な言動と行動に怒りを覚えるが、それを責めても仕方がない。
 ――責めるべきは、自分の行動なのだから。

 せっかく、彼と一緒に過ごすことのできる数少ないチャンスを自分から逃してしまった。
 チェルノボグ退治にしても、自分の代わりに彼がいれば何の問題も無いだろう。 
 あの場から逃げ出す際に、シュワルツの呆れ顔を確認している。
 そもそも、パーティーを組んだのに、くだらない理由で何も言わずに離脱などと、低ランク冒険者でも滅多には行わない。

 恐らく、彼等一向は、そのまま街の外に出て、狩りに出かけるだろう。
 以前の冒険者ギルドで築き上げた信頼関係が、完全になくなる……とまでは言わないが、今回の討伐依頼の間に限っては、愛想を尽かされたと考えて良いだろう。

 と、なると……頭を下げて、再度合流するのが筋なのだが、それもシャクだ。
 あそこまで、巨乳好きだと断言され、負け犬の如くに逃げ出したのだから、彼にどういう風に声をかけていいのかが分からない。
 何ていうか、あそこまでボロカスに貧乳を否定されて、そこでこちらから頭を下げるというのは、物凄い――負けた感じがするのだ。

 いや、素直に、彼も含めた全員に謝ればそれで良いと言うのは分かっている。
 ――でも、素直になれないんだよなぁ……。

 自分でも、分かってはいるのだが……いや、分かっていて直せるような物であれば、とっくの昔に直っている。
 はぁ……とため息が出る。

「せっかく、彼と一緒に時間を過ごせると思ってたのに……何やってんだろ……私……」

 再度の溜息。
 と、その時、茶色髪の優男が瑠璃に近づいてきた。
 すらりとした長身で、人懐っこい笑みと共に語り掛ける。

「Sランク級冒険差……レジェンド――ルリさんでよろしいでしょうかね?」

「あ? うん……そうだけど?」

「私はリチャード。カダヒムでCランクの冒険者をやっています」

「そうなんだ、で、何か用?」

「ユウキ=サイトウ……の事なんですが」

 ピク、と瑠璃の片眉が上がる。

「ルリさん、貴方は……本気なのでしょうか?」

 先ほどの一部始終を見られたのだろう。
 そして今、自分は泣き顔で落ち込んでいるのだから、彼に対しての恋心についてだ……と瑠璃は思う。
 ここまで醜態を晒しているのだから、言い逃れは出来ない。

「うん、本気……だよ?」

「実は、ゴブリン退治の際に……彼が逃げ出すのを間近で目撃してしまいましてね……」

「アイツが逃げたって話? それは無いから」

 断言する瑠璃を見て、リチャードは思う。

 なるほど……と。
 どうやら、ユウキ=サイトウは、あの挑戦的な服装の分際で、相当なスケコマシらしいと。
 恐らくは、最強と呼ばれる瑠璃に取り入って、その威光とハッタリだけで、虚像としての実力を他者に信じ込ませているのだろう……と。

「大体の事情は分かりましたよ」

 と、そこで彼は街の外へと続く大通りに向かって歩き始めた。

「どこに行くの?」

「チェルノボグ退治を止めさせに行きます。Sランク級のレジェンド4名。貴方無しでは魔貴族級の相手に対しては勝ち目はないでしょう?」

「……?」

「レジェンド4名は世界の財産なのです。それが――ヤツのハッタリと共に死ぬ。それは私には耐えられない」

 と、そこで彼は走り出してしまった。

「ちょっと、アンタっ! 今から行っても間に合わないって言うか、多分連中は既に現地入りしてるっていうか……チェルノボグの周囲にはゾンビドラゴンとかいて危険――」

 言い終えぬ間に、彼は人ごみの中に消えていく。
 正義感の強そうな若者……というよりは、向こう見ずで無鉄砲のような、思い立ったら吉日のような感じの青年なのだろう。

 一瞬、彼を追いかけて、止めさせようと思ったが、どうにも足が動いてくれない。

 ――まあ、今の彼については、危なくなったら勇気君が何とかしてくれるだろう。
 それより何より、泣いて腫れぼったくなっている顔で彼に会いたくないし、何よりも……今の精神状態で彼に会えと言うのは無茶振りだ。





 街を歩くヤン=リー。
 背が曲がり、見た目の身長は130センチ程で、地面に顎鬚が垂れさがっている。
 混雑している道を行き交う人々は、ご老体を敬ってか、生暖かい目線と共に道を開けてくれている。

 と、そこで彼を呼び止める男の声。

「ふむ。誰かと思えば……カダヒムの彼……か」

 ヤンにそう言われたのは、白髪長身の男。見た目の年代は20代前半。
 身長は180センチを少し超えた程度で、彼も現代の地球出身者なのだろうか、ジーンズに上着は茶色のジャージと言う格好をしている。

「その呼び方は辞めてくださいと言ったでしょうに。武神:ヤン=リーさん」

「では、言いなおそうかの……コトワリの外に生きる者。世界の調律者:シュトロノームよ。で……何の用でこのような場所に?」

 ニコリと天使のような中性的な笑みを浮かべながら、シュトロノームは言った。

「彼の観察に……ね。どうやら、良いサンプルが採れそうなので……チェルノボグ、確か……Type-G、CategoryーS、ランクE+でしたかね」

 顎鬚をさすりながら、ヤンは怪訝に尋ねる。

「観察? 戦闘ではなく……?」

 やれやれ、と言った風にシュトロノームは両手を軽く広げる。

「武闘派は、何故に交戦の事しか考えないんでしょうかね? シグナムさんにも言いましたが、ボクは今の所、彼を『世界の敵』とはみなしていない。彼自身が積極的にこの世界に介入を行っていない以上……ね」

「前から疑問に思っていたのじゃが……お前さんは、本当にあの男を相手にして、対抗手段を持つと言うのかの?」

 笑みを崩さずに、淡々と彼は答えた。

「それはやってみないとわかりません。けれど、那由多のステータス……所詮、それは『システム内』のバグステータスに過ぎない。そこに付け入る隙はありますよ。まあ……あまりにも規格外すぎて、捌けるかどうかは本当に分かりませんが」

「理外……の力を行使する、という事か?」

「そういうことです。どちらかというと、本当の所はこっちの力の方が理内なんですけれどね」

「まあ、お主の事はワシにもサッパリ理解が出来ん。話をしても仕方が無し、それでは、老兵は老兵らしく去らしてもらおうかの」

 言葉と共に、ヤンは道を歩き始めた。

「で、貴方の方こそ、どちらに行かれると言うのです?」

「お嬢ちゃんと話をしに……な。お主や、覆面マントの男の領域の世界の事はワシには分からんし、分かりたくもない。だから、ワシは出来る事をする。これからのアルスザードにはあの娘の力が必要じゃからな」

 そして、続けた。

「まあ、基本的には、ワシはお人よしのジジイって事じゃ」

 うん、とシュトロノームは頷いた。

「それは世界の望む正しい選択ですよ。だからこそ、ボクは大賢者シグナムさんや、貴方には正体を明かしている」

 そして、続けた。

「貴方達は貴方達の領域で、ノラヌークの外道達や元魔王と共に踊ってくださいな。そう――世界がそれが正しいと定めた通りにね」





何か、凄い中2病っぽい人が出てきました。

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