死神:チェルノボグ その1
カダヒムの街。
勇気のマントをちょこんとつまんだ瑠璃。
彼女は、飼われたての子犬のようにちょこちょこと彼の後をついていっている。
――んっ?
と、先頭を歩くシュワルツは、後方の異変に気づいて振り返る。
そこで、大体の状況を察し、クスリと笑いながら空を見上げた。
――青春……ですねぇ……。
他のメンツも、すぐさまに瑠璃の恋心に気付いたが、シュワルツと同じく、ニヤケ面を浮かべる。
そりゃあそうだ。
顔を染めながら、そんな挙動不審な動きをしていて、気づくなと言う方が無理だろう。
が、当の勇気本人はマントをつままれている事に気付かないし、瑠璃も瑠璃で回りに気付かれていないと思っている。
なんとなく、そのサマを見ていて……良いカップルだなぁ……と、Sランクの面々は思ったのだ。
それに、瑠璃程の強者と美貌を持つ者であれば、覆面マントの彼の相手として見劣りするという事も無いだろう。
それから、数分間、一行は無言で歩く。
今現在、死神が座すると言う古代遺跡に向かう為に、街の外に向かっている最中なのだが……そこで、シュワルツは思う。
瑠璃と、覆面の彼の間に……会話が無い。
老婆心を疼かせた彼は、歩みの速度をゆるめて、先頭の位置から後方へとポジションをチェンジさせた。
「ところで、覆面マントさん?」
ここで、ドン引きしたのは勇気である。
彼からすると、現状は――『土下座していたと思ったら、いきなり、凄そうな連中に拉致されたのでござるの巻。』なのである。
巫女服の姉ちゃんとは面識があるが、黒づくめのイケメン剣士やら、巨人やら、お爺ちゃんやら、魔法使いの姉ちゃんなんぞ、見た事も無い。
先ほどの、マールと彼らのやりとりの最中で、ツッコミを入れかけたが、そこは自重しておいた。
なんだかんだで、勇気はギルド内でランクを上げたいと言う気持ちはあるのだ。
覆面マントブリーフと言う、ファンキーな服装は、異世界でもそうそうはいないだろう。
勇気は思う。
どうやら、この連中は以前に、勇気と似たような恰好の物凄い強い人間と出会い、そして心酔した。
そうして――勇気をその人物と勘違いしたのだろうと。
そうであれば、彼らの勘違いを使わない手は無い。
何しろ、彼等はSランク冒険者と言う話だ。そして、今から、なんだか凄いのを狩りに行くと言う。
つまり……戦闘は彼等に任せておいて、倒してもらう。そして、なんだか凄い敵を倒したパーティーの一員であると言う功績だけは利用させてもらう。
それが、勇気の考えたプランだった。
だからこそ、勇気は一言も喋っていなかったのだ。何故なら、喋れば色々とボロが出るのは想像に難くない。
けれど、喋りかけられて無視するという訳にいかない。
「ん? なんだイケメンの黒剣士さん?」
「話を聞けば、貴方は、瑠璃さんと以前に食事に行く約束をしていたというではありませんか?」
「ああ、その事か……」
――うおおお、やべえ! と勇気は思う。確かに、瑠璃とは以前に会った記憶があるが、途中から記憶が飛んでいる。
けれど……と思う。
恐らく、その約束をしたのは本当の実力者の方の覆面マントだろうと。
うろたえた勇気に向けて、シュワルツが再度口を開いた。
「別に急ぐ旅でもありませんし……ここらで休憩という事にして、二人で食事でも行って来たらどうですかね?」
と、そこで顔をリンゴのように染め上げた瑠璃が、シュワルツに食ってかかった。
「ちょっちょ、ちょっと! シュワルツさんっ!?」
ん? とシュワルツが首を傾げた時、彼女は耳打ちを行った。
「……二人とか、無理だよ」
シュワルツも小声で応対する。
「……とはいえ、何かイベントが無いと進展もしないでしょうに」
「いや……だから……」
そして、続けた。
「……二人とか……恥ずかしい……じゃん」
頭を抱えながら、シュワルツは言った。
「積極的なのか消極的なのか……良く分からない人ですね……」
「せっ、せっ、積極的? なっ、なっ、何の事かな?」
「マントをつまんだり、彼をパーティーに組み込んだり……好意を……抱いているのでしょう?」
「じょ、じょ、冗談言わないでよね? 誰がこんなヤツ……」
うわぁ……とシュワルツは思う。
――あそこまでバレバレだったのに……これは、めんどくさいタイプの奴だ……と。
「そ、そ、それにっ! マ、マ、マントとか、つまんでないんだからねっ!」
シュワルツは絶句する。
思いっきり、つまんでたじゃねーかと。
戦場での凛々しい彼女しか見た事の無い彼からすると、かなり新鮮で、微笑ましくも思うのだが、それでも……と思う。
――これは、アカン奴や……と。
それでも、シュワルツとしては割り込みを入れてしまった手前、引っ込みもつかない。
とりあえず、会話の無い二人に水を差し向けようと思い、口を開いた。
「ところで覆面マントさん、好みの女性のタイプはどんな感じですか?」
おお、と瑠璃はあからさまに興味を示したように、耳をヒクヒクと動かした。
と、そこで――ふむ、としばし考え、勇気は言った。
「何でも有りだな」
「何でも有りとは、どう言った事でしょうか?」
「吸血鬼、ハーフリング、メデューサ、サキュバス、人間、エルフ、何でも有りだ」
「なるほど、種族の壁は特には気にしない……と?」
「まあ、そういう事だな。細けえ事はどうでも良いんだよ」
と、そこで瑠璃が一大決心をしたかのような表情で割り込んできた。
「あのさ、そのさ……パイパン……は?」
うん、と頷き勇気は言った。
「問題無いぜ? むしろ大歓迎だ」
その言葉で、瑠璃の瞳から涙が零れ落ちそうになった。
涙が零れないように、彼女は空を見上げ――小さくガッツポーズを取った。
ナターシャ曰く、彼に一番近い位置にいるのは自分だと言う。
そして、後は積極性の問題だとも。
瑠璃は、パイパンを気にして、自分に自信が持てずに……色んなことを恥ずかしがるようなっていたのだ。
けれど、その言質さえあれば恐れる者は何もない。
――ナターシャ、サルトリーヌさん、アナスタシアちゃん……ゴメンね。私、今回……本気出してみる。
そんな彼女は、次々と彼に質問を浴びせかけていく。
「そういやさ、アンタの名前、まだ聞いてなかったけど……っていうか、この前温泉にいた女性陣、全員知らないと思うんだけど……」
アナスタシア曰く、とおりすがりのはぐれメ〇ルとしか教えてくれなかったらしい。
彼女は大層なご立腹で、餅のように頬を膨らませていたのだが――。
「ああ、そういやそうだったっけ? 斎藤勇気だよ」
勇気は、瑠璃にはあっさりと教えてくれた。
微かな優越感を抱きながら、「えへへ」っと嬉しげに瑠璃は、はにかんだ。
「勇気……君……って呼んでいい?」
「かまわねーが?」
更に、彼女の口元が柔和に歪んでいく。
と、そこで彼女は気になったので、他の女性陣についてあれこれ聞いてみようと思った。
「あのさ、そのさ……じゃあ、ナターシャとかはどう思ってる?」
「あの姉ちゃん、オッパイが大きくて、良いと思うぜ?」
ピクっと、瑠璃のコメカミに何かが浮かんだが、すぐに笑顔を取り戻して、次の質問を浴びせた。
「じゃあ、サルトリーヌさんは?」
「もちろん、良いと思うぜ? 物凄いオッパイでかいからな」
ピクピクっと、瑠璃のコメカミに何かが浮かぶ。が、再度、すぐに笑顔に戻して、次の質問を浴びせた。
「じゃあさ……マールさんは?」
「仄かにSっ気が見えて……生足で踏んでもらいたい。後、オッパイ大きくて良いと思うぜ? Dカップはあるんじゃねーか?」
先ほどから、勇気は『オッパイ大きい』しか発言をしていない。
怒りに拳を握りながら、瑠璃は思う。
先ほどは、何でも有りだと、言ったじゃないかと。
種族の壁とか、色んな事――細かい事はどうでも良いと言ったじゃないかと。
そう、瑠璃の思う事はただ一つ。
――お前は……オッパイ星人だったのか……と。
確認の為に、瑠璃は次の質問を投げかけた。
「じゃあ、アナスタシアちゃんは?」
「物凄い可愛いよな。正直、ドストライクだ。けれど、奴には致命的な欠点がある」
『……男なんだよな……』と、続ける前に、瑠璃のコメカミに、完璧な青筋が浮かんでいた。
何だか、怖い感じだったので勇気は口をつぐんだ。
瑠璃は思う。
――可愛くても、ダメなんだ。ドストライクでも……ダメなんだ
だって……と思う。
――彼女は胸が無いもんね、そう私と同じく、ちっぱい(小さいおっぱい)だもんね。
プルプルと、震えながら瑠璃はその場で固まってしまった。
最後の質問を瑠璃は投げかける。
「ところで、勇気君は、巨乳が好きなのかな?」
「ああ、大好きだ」
即答だった。
胸に手を当てて、怒りに震える彼女を見て、シュワルツは、大体の事情を察し、そして思った。
――うわぁ……めんどくせえ……。と。
そして、瑠璃は涙目になり、叫んだ。
「……アホー! 勇気君のアホー!!!!!!!!!!」
風のように、彼女はその場から走り去ってしまった。
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