番外編:はぐれメ〇ルの嫁達最強伝説 その11
「ゲフっ! ゲフっ! ゲフッ!」
黒づくめの男たちは気管に混入した紅茶にむせながら、その場で悶絶していた。
呼吸を整えるまでおおよそ30秒、そして先ほどの地震の意味が襲い掛かってくる。
戦場に不干渉を決め込むであろうと思っていた――アナスタシア=セエレが本気で自分たちを殺しに来ると言うのだ。
元より、魔貴族二人を相手にするのであれば分が悪すぎる。
更に言えば、サキュバス90名に、魔獣が10万。
何をどうしようが勝ち目など存在しえない。
真っ青な表情の皇帝が、すがりつくような眼を自分たちに向けてくる。
「それでも……それでもお主たちならこの状況を何とかしてくれるのであろう?」
最早、欠片の余裕も見せぬ声色で彼らは答えた。
「皇帝よ……最早、戦局は敗色濃厚」
「これほどの事態はノラヌーク王の想定の範囲外」
「元より、我らは貴様の護衛を引き受けてはいるが、それは我らの手に負える範囲に限られている」
リンダール皇帝はキョトンとした表情を浮かべた。
「手におえる範囲内……?」
「ああ、そういうことだ。契約にも最初からそうあったはず――」
と、そこでリンダール皇帝は思い出した。
ノラヌーク王に資金援助を行う際、護衛を借り受ける事にはなった。
その契約の書面には、護衛に最大限の努力を行うが、3人の所有権はノラヌーク王に有る。
魔貴族単体程度であれば責任を持って護衛を行うが――例えば『魔王級』の災害に見舞われた時には、撤退の判断は現場の判断に任せると。
魔王が人間の国に攻めてくると言う想定はそもそも有りえなかったため、何を大げさな……と、適当に流し読みをしてサインしたのを覚えている。
「ということで、皇帝よ」
「我らはそろそろ暇を頂こう」
「魔貴族二人、そして魔獣10万、サキュバス90名……魔王級の災害に類するものと判断しても、他の列強各国が文句をいう事もあるまい」
皇帝はその場で精一杯に声を荒げた。
「待てっ! 我が貴様らに幾らの金を払ったと思っている!?」
凍り付くような声色で彼らは答えた。
「魔貴族単体に襲われた時点では、我らは貴様を警護する予定であった。そして実際に警護は可能だった。その安全の対価として、貴様のノラヌーク王に対する資金援助は正当な範囲と言える」
「我らの力が、騎士団何万に匹敵すると思っている?」
「仮に冒険者ギルドに魔貴族討伐依頼を出したとして、いかな金を積もうがそれは実現不可能」
その場で、王は力なく膝をついた。
彼の心に満たされているのは絶望の一言だった。
恐らくは彼のコレクションの魔族の性奴隷が、二人の魔貴族の怒りの原因なのだろう。
今まで、彼が力でねじ伏せてきた――農民、国民、そして魔族。
彼等、あるいは彼女たちを自らは権力で蹂躙してきた。
そう、これはただの因果応報だ。
力を振り回したものが――より力の強い物に振り回される。
至極シンプルで、そして至極わかりやすく、何より、その理屈は正しかった。
けれど……と皇帝はなおも彼らにすがりつく。
いや、頭を下げてすがりつくしかない。権力と言う薄皮をはげば、自分は薄汚い中年男性に過ぎないのだから。
「頼む……お前たち……我を……救ってくれ……」
黒ずくめの男たちは顔を互いに見合わせ、そして深い溜息をついた。
外壁の南に魔獣の群れを待たせて、アナスタシアは北のサルトリーヌの下へと向かっていた。
――サルトリーヌさんは血の気が多い……死傷者が出る前にボクが止めないと……。
ケルベロスに跨る彼女の眼前に、サルトリーヌの姿が見えた。
彼女の周囲500メートルを開けて、遠目に人間の軍隊が様子を伺っている。
丁度その場所はリンダール首都の外壁の城門の真正面だった。
モーゼの十戒の伝承の如く、サルトリーヌの正面から、人の海が割れて城壁の門へと道は続いていた。
どうやら人間の兵達は既に戦意を完全に消失し、彼女の歩む道を阻む気も無いようだった。
そしてそれは南から北上してきたアナスタシアにしても同様――ケルベロスを従える規格外の魔物など、魔貴族以外に存在しない事は彼らは良く分かっていた。
「おや、アナスタシアさん、ごきげんよう」
ケルべロスの背から飛び降りたアナスタシアはサルトリーヌに食ってかかった。
「ちょっとサルトリーヌさん? ボクを呼びつけたのは良いけど……やりすぎじゃない? 一体何人の人間に暴力を振ったの?」
あら? とサルトリーヌは懐から扇子を取り出して一凪ぎした。
「殺してはいません……それに、貴方の方こそよほどやりすぎだと思いますが?」
ほえ? と言う風にアナスタシアは首を傾げた。
「ボクが何をやったって言うの?」
「魔獣10万による恫喝……お見事でした」
「……?」
何を言われているか全くわかっていないアナスタシアの頭をサルトリーヌは優しく撫でた。
「クスクス……天然……とは恐ろしいものですね。うん、可愛らしいのでそれでよろしくってよ」
「むーーー。何か子ども扱いされてるみたいでムカムカするんだけど……」
仏頂面を浮かべたサルトリーヌは、そこで西の方角に目を向けた。
「とは言え……一番やりすぎてしまいそうな人が……到着したようですが」
と、その時――アナスタシアの背中に冷や汗が伝った。
「この霊圧……何なのコレ……尋常じゃない……いや、これは……あの人以外に有りえない……」
怒りに震える圧倒的霊圧を感じたアナスタシアは、その場でガクガクと震えだした。
サルトリーヌにとっても予想外の怒り具合だったようで、彼女の全身にサブイボが粟立っている。
「……友人で本当に良かったと思いますわ。もしも敵方にこの霊圧が発生していればと思うと……ゾっとしますね」
ゴクリ、と体を震わしながらアナスタシアは口を開いた。
「まあ、ボクは面識はそれほどは無いけど……確かにそうだね――アレが敵ならボク達二人なんて一瞬で消し炭にされちゃう。あの人なんだよね? っていうか……本当にあんな人まで呼んじゃったの?」
「ええ」
優雅な笑みと共に、サルトリーヌは続けた。
「同じ種の生物である事すら馬鹿馬鹿しい――歴代最強の元魔王:ナターシャ=エリゴールです」
皇帝は懇願していた。
頭を垂れ、地面に這いつくばって、今にも撤退を始めようとする黒づくめの3人に懇願していた。
「頼む……頼む……我を見捨てないでくれ……お主たちだけが頼りなのだ……」
土下座の皇帝、見下ろす3人。
しばしの沈黙の後、3人は耳打ちを行うように2言3言密談を交わす。
そして、そのうちの一人が口を開いた。
「皇帝よ、貴様の行った朝貢――資金援助にはノラヌーク王は大層喜んでいた」
「そして、貴様は我らに幾人もの女をあてがった。ここ数か月……悪くは無かった」
つまり、と3人の内の最後の一人が優しく声をかけた。
「面を上げよ。そして礼はノラヌーク王の眼前でするが良い。貴様の身――ただ一つであれば我等と共に落ち延びる事は容易い」
面をあげると、皇帝は涙交じりとなっていた。
よほどの恐怖と絶望だったのだろう、鼻水までもが混じり、顔はグチャグチャになっている。
「おお……本当に……我をこの窮地から救ってくれるのか?」
コクリと黒づくめの3人は頷いた。
「ただし、この国は見捨てる。直に魔獣とサキュバスに飲まれるだろう」
「貴様は国無き王となる」
だが……と続けた。
「命あれば、再起の機会もあるだろう」
黒づくめの一人が差し伸べた手を皇帝は取り、安堵の表情を浮かべた。
一部始終を呆然と眺めてた騎士――先ほどから皇帝に伝令を伝えてきた騎士団長:エドワードは声を荒げた。
「陛下っ!? 国を見捨てると言うのですかっ!?」
何を言っているのだ貴様は、と言う風に皇帝は答えた。
「我が助かるにはそれしか方法が無い」
「お言葉ですが陛下っ! 今現在も、戦場には万単位の兵が残されております! そしてリンダールには数百万の民草がいるのです! 貴方が一人で逃げてどうするというのですかっ!」
「ハァ? 貴様ら騎士団は我を守る肉壁。民草は我を肥えさせる奴隷。意見を言うなど100年早いのだ。この青二才がっ!」
その場で、がっくりとエドワードはうなだれた。
いかな暴君とは言え……それでも、自らが忠誠を誓った皇帝なのだ。
自分も、そして仲間も……剣を捧げた対象として――これはあまりにも……酷過ぎる。
「陛下……貴方と言う人は……」
と、そこでエドワードが耳穴に装着している魔道具から通信が入った。
物見達数人から同様の内容の次々と上がってくる。
彼らの語る内容は、既に信じがたい報告を皇帝に告げた後であってですら、本当に信じられない内容だった。
「ぁっ……嘘だろ……? へ……陛下……」
ああん? と言う風に顎をしゃくりあげて、皇帝は言った。
「もう貴様との問答の暇はない。さあ、お三方……それでは撤退を……」
エドワードはその場で倒れ込みそうになる。
頭がフラフラし、足元がおぼつかない。けれど、それでも彼はこの事実を皇帝に伝えなければならない。
未だに彼は皇城を去ってはいない、そうであれば――リンダールの指揮官は、未だに皇帝なのだ。
「陛下っ! お聴きください! この国は終わりです!」
「だからさっきから言っているだろう、この国は二人の魔貴族に襲われている。そうであれば既に終わっているのだっ!」
ダンっ、その場で足を踏み鳴らしながら、あらん限りの声でエドワードは叫んだ。
「最後の伝令ですっ! ここから離れる事4キロの地点。西から――ナターシャ=エリゴールが来襲しましたっ!」
黒づくめの3人の目が見開かれた。
彼等をして驚きのあまりに微動だにしない。いや、呼吸すらできないようだった。
さして――ブルブルと皇帝の全身が小刻みに震え始めた。
「我が……我が何をしたというのだ……魔族を数十人囲っただけでこの仕打ち……」
そして皇帝はその場に倒れ込んだ。
「陛下? お気を確かにっ!」
エドワードが近寄ると、皇帝はその場でブツブツと何かをずっと呟いていた。
「……がっ……がっ……、がっ……がっ……がっ……がっ……がっ……」
更に、皇帝は青白い顔のままでうわ言を続ける。
「……がっ……がっ……がっ……がっ……がっ……がっ……がっ……がっ……がっ……がっ……がっ……がっ……がっ……がっ……」
皇帝を抱きかかえながら、エドワードは決死に呼びかける。
「陛下っ! お気を確かにっ!」
その言葉で皇帝はしばらく黙り、一呼吸おいてから口を開いた。
「ガビーン」
「陛下ああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
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