番外編:はぐれメ〇ルの嫁達最強伝説 その10
「ゲフっ! ゲフっ! ゲフッ!」
リンダール皇帝は気管に混入した紅茶にむせながら、その場で悶絶していた。
呼吸を整えるまでおおよそ30秒、そして先ほどの騎士の言葉の意味が襲い掛かってくる。
――魔獣10万を率いた、もう一人の魔貴族が南に現れたと言うのだ。
「貴様……それは真か?」
「信じたくないのは私も同じですが……間違い無い情報です」
「しかし、それだけの規模の行軍に何故に今まで気づかなかったというのだ? 10万だぞ? 魔獣の森からリンダールまでの距離で気づかぬという事は有りえぬっ!」
騎士は地図を取り出して机の上に広げ始めた。
「街道を通れば陛下のおっしゃるとおり、物見の網はおろか、住民にも気づかれましょう」
「だったらどうしてっ!?」
騎士はリンダールと南のチューダー帝国の間をトンと指さした。
「恐らく常闇の樹海……です。人の目を避けて奴らはそこを通ってきた。そう考えれば辻褄は合います」
「樹海だと? 古今東西そのような進軍は聞いたことも無い。あそこには多くの魔物や危険生物がわんさかと生息して行軍どころではないはず……あっ……魔物……そういうことか」
「そうです陛下。奴らも魔物なのです。さすれば人間の軍運用の常識が通じぬは道理。いや、むしろ……街道を使用するよりも魔獣なれば樹海の方が行軍が早いのかもしれません」
そのまま、王の頭から血の気が引いていき、椅子ごと後ろに倒れそうになった。
魔獣を率いたアナスタシア=セエレ。
そして、サキュバスを率いたサルトリーヌ=マルコキアス。
自分が一体何をしたというのだ、何故、魔貴族が自分の皇国に襲い掛かってくると言うのだ……。
と、そこで彼は思い至った。何故に彼女たちが怒りを覚えているのか――その理由に。
彼は性欲を満たす材料として、人間に形態の近い魔物をコレクションとして狩り集めている。
――ひょっとして……アレが理由……なのか。
そうであるとすれば、自分が許されることは無いだろう。
一縷の望みをかけて、ノラヌーク王から借り受けた用心棒の3人に視線を向ける。
今までは常に余裕の冷笑を浮かべていた彼等の表情に陰りが見えている。
そこで皇帝は確信した。
――お終いだ。もう、全てがお終いだ……と。
半ば自棄になっていた彼だったが、そんな彼に黒づくめの男の一人が声をかけた。
「皇帝よ……覚悟を決めた方が良いかもしれん」
「貴様等でも、最早この事態は収拾できぬか」
黒づくめの男は首を左右に振った。
「いや、国土の大部分を焦土とする覚悟だ」
怪訝に皇帝は尋ねた。
「焦土? どういうことだ?」
「これを見てみろ」
指さした水晶玉には、首都外壁から2キロメートルほどの地点で進軍を停止している魔獣の軍団が見えた。
「行軍を……止めている……とな?」
「そうだ皇帝よ。元々メデューサとは温和な生き物だ。どのような理由でこの場に姿を現したのかは分からんが……今すぐに戦場に介入する気が無い様子」
もう一人の男が続けた。
「そうであれば短期決戦にて、メデューサが様子を見ている間にサキュバスを片付ける。サキュバスを片付けた後、首都の門を固く閉じて籠城を行うのだ」
最後の一人が更に続けた。
「既にリンダール全土の軍の招集は行っている、全軍が集まれば20万を超えるはずだ。更に同盟各国と冒険者ギルド連合に援軍要請を発しろ。そして……動員を終えたところで我らがメデューサを討ち取る。まあ……最終的には指揮官を失った魔獣共との泥仕合になるのだがな」
生き残りの道が見えた事で皇帝の表情に血色が戻った。
黒づくめの3人は国を焦土に化す覚悟と言っていたが……皇帝にとってそのようなことは些細な問題に過ぎない。
確かにそのような超長期間の大戦争になれば兵士だけではなく一般人も多くが死ぬだろう。
幾多の悲劇が産まれるだろう。
けれど――自分はもしもの時に備えて外国に財を隠している。例えこの先どうなろうが、それほどには腹は痛まないのだ。
つまり、自分の命さえあれば民草の事など知った事ではない。
「しかしだ、それはメデューサが長期間こちらに仕掛けてこぬという前提の話ではないのか?」
ふふん、と黒づくめの内の一人が鼻で笑った。
「魔貴族は、本気で戦闘に移行する際には礼儀があるのだ。それを知らぬのか?」
「礼儀……とな?」
そういえば、皇帝もかつてに御伽噺で聞いたことがある。
魔貴族同士の大規模戦闘が行われる際には――地震が起きるのだ。
「あれは昔話の類で……眉唾物とばかり……」
「知らぬのも栓無き事だが、それは事実だ」
異世界の勇者を魔界に送り出しているのはノラヌーク国だけである。
そして高峰姉妹と言う常識外れの戦力を有していたのもノラヌーク王のみである。
今現在は日暮のようなステータス的に壊れた勇者を抱えているが、それでも当時――高峰姉妹は最強だった。
魔界での彼女たちの戦闘経験は全て記録に収められている。
その際のデータによると、確かに地震は起きていた。
一説によると、精神生命体のスキルをフル活用する際――魂の力で大気と地面に物理干渉が起きると説明されている。それはさながら闘気を発した鬼神の如くに。
そこで、例によって黒づくめの3人が次々に語り掛けてきた。
「恐らく、サキュバスの王は遊びで仕掛けてきているのだろう、だから地震は起こらなかった」
「しかし、メデューサは温和。生半可な覚悟では他の生物を害する事は無い」
「つまり、奴が仕掛けてくるなら全身全霊をかけて殺りにくるはずだ……そう、本気を出してな」
うむ、と皇帝は大きく頷くと、安堵の表情を浮かべる。
「どうやら……地震が起きない限りは何とかなりそうだな、そう、地震が起きない限りは」
え? 突然何なんだよ、人が気持ちよく飲んでるって言うのによ。
ああ、そうだよ、俺はアルフレッドだよ。そう、猟師のアルフレッド。
で、お宅さんは誰で何の用事? って……またその話かよ。勘弁してくれよ。今日だけで5人目だぜ?
まあ、魔貴族と会話した人間なんてほとんどいねえからな……オマケにケルベロスに乗った人間なんて、多分俺が歴史上初めてじゃねえかな? 確かに話を聞きたい気持ちは分かる。
とは言え……だ。メデューサと話したっていっても2言3言だぜ?
っつーことで、お前が求めてるような話はあんま無いの。で、俺は気持ちよく飲んでるのね、ちゃっちゃとどっか行ってくんない?
……え? 一杯おごってくれるって?
ったく、仕方ねーな。お姉ちゃーん! エール酒を大ジョッキで頼むわー。超特急ねっ!
で、ここのエビの炒め物が絶品なんだよ……チッ、本当に一杯しか奢ってくれねーのかよ、シケてやがんな。
で、何の話だったけ? ああ、メデューサね……人に話すの何回目なんだろう……まあいいや。
ん? ああ、そうそう、お前の言う通り……可愛かったよ。目隠しの上からでも分かる可憐さ加減だ。髪とかも真っ白でサラッサラでさ……ロリコンだったら間違いなく惚れるね。
つまり、俺はあの子に惚れた――まあ、それは良いとしてだ。
それで――知っての通り、その日は俺は樹海で狩りをしてたのね。
そう、樹海。南のチューダー帝国からリンダールにかけて広がっている大森林ね。
まあ……色々な事に目を瞑れば、美味しすぎる狩場なんだが、普通は魔獣が一杯だから立ち入らねーんだよ。
それに、古代文明が滅びた大戦争の影響か何かで、辺り一面に魔力的呪詛が立ち込めてんだよ。
具体的にどうなるって? そりゃあ、お前、アレよ。アレ。
方向感覚が全く分からなくなっちゃうんだな。毎年、遭難による死者数で数百を超えるっつー話、まあ、そんだけ美味しい狩場ではあるんだけどよ。
ということで、普通は絶対に近寄らねーんだよ、樹海には。
けど、その時の俺はちょっとトランプの負けが込んでてな……。まあ、危険を承知で立ち入った訳よ。
で、当然の如くに遭難しちまった。
辺り一面に魔物の気配もするし、水も無くなるし、歩き続ける事一昼夜。いやあ、生きた心地がしなかったね。
それで、ちょっと開けた場所に出たんだけどよ、そこで本当に生きた心地がしないっていう状況が現れた。
まず、後方から地鳴りが聞こえてきたんだよな。
何事だってなもんで、後ろを振り返れば、見渡す限りの黒い影……魔獣の群れがいたんだよ。ありゃあ見えてる範囲で万単位はいってたんじゃないかな。
なんか中央にケルベロスとか見えるし、女の子がケルベロスの上に乗ってるし、もう、意味わかんねー状態よ。
最低でも体高2メートルの魔獣の群れ、いや、壁だね――それが、物凄い速度でこっちに迫ってくんの。
想像してみろよ、アリ一匹も通さないようなノリの密度で魔獣……っていうか巨大犬が……津波のように押し寄せてくるんだぜ?
そう、犬なんだよ、魔獣ってのは見た目は基本は犬。これ、豆だから覚えとけよ?
で、魔獣の群れは俺の事なんて完全にアウトオブ眼中。障害物としても見てないようで、そのまま踏みつぶす勢いで迫ってくるのね。
いやあ、走ったね。泣きながら走ったね。
で、あわや群れの波に呑みこまれようとした時、ケルベロスの上に乗ってた子供が一喝したんだよ。
一喝だぜ? たった一喝だぜ?
それだけで――群れの行進がピタリと止まったんだ。
で、ケルベロスから降りたあの子に拾われた俺は、樹海の端まで送り届けられて、何とか助かることが出来たんだ。
ん? 一喝って……その子が何て言ったかって……?
なんだったっけな……確か――
眼前に見えるリンダール首都の外壁を眺めながらアナスタシアは深いため息をついた。
サルトリーヌの気配を近くに感じ、そして舌打ちを行った。
「……もう始めちゃってるよ……まあ、誰も死んでないみたいだから不幸中の幸いかなぁ……」
良し、と南の位置から北に向けて、首都を迂回するようにケルベロスに指示を出そうとしたその時、異変を感じた。
周囲の魔獣たちが、北の方角で行われている戦闘行為を敏感に察知し、にわかに殺気だっていたのだ。
そこかしこから重低音の唸り声が聞こえてくる。
「ちょっとちょっと? ダメだよ!? ボクは話し合いに来たんだからっ!」
アナスタシアの叫びも空しく、10万を超える魔獣の群れは首都に向かって進軍を開始してしまった。
魔獣達は基本的に、理性よりも本能が打ち勝つ程度の知的レベルの魔物だ。
そして、餓えれば人間を喰らう事もある。
これまでの行軍で餓えていた彼等が感じた血と戦闘の匂い。
そして、リンダール首都から溢れだしている人間の群れの匂い。
興奮が最高潮に達した彼らの選択は――より近い距離にいる人間の蹂躙だった。
「だからダメだって! キミ達っ! それはダメなんだってっ!」
ケルベロスの背の上で、必死の形相で制するアナスタシアだったが、既に魔獣の群れは目先の獲物に夢中で聞く耳を持たない。
拳をギュッと握り、アナスタシアは天を見上げた。
――ボクはこの手だけは使いたくないんだ。
それは先日、樹海で遭難した猟師を巻き込んでしまった時にも使用した呪詛だ。
いつから、メデューサの事を、他者は魔獣の森の魔女と呼び出したのだろうか。
全ての魔獣を統べる者――彼女の命令には魔獣たちは絶対服従しなくてはならない。
けれど、今、アナスタシアの命令に耳を傾けるものはいない。
何故かと言うと、アナスタシアの命令を彼らは理解できないのだ。
つまり、魔獣とは知性の低い魔物であるが故に――ケルベロス程の上位にならなければ――人語を理解することはできない。
そして人間の言葉で分からないなら、彼等にも分かるような特殊な言葉――ある種の呪文で命令する必要がある。
でも、アナスタシアはその呪文が嫌いだった。
メデューサの一族がその言葉を呪詛と名付けている理由もそこにあり、無理矢理に彼らを縛り付けているようで良い気分はしない。
けれど、どうしてもその言葉を使わなければならない時がある。
今まさに人間の国が魔獣に飲まれようとしている。
既に距離は1キロメートルを切り、魔獣の群れは猛速度で首都に向けて突撃を仕掛けている。
ここで止めなければ大惨事になるは必然。
覚悟を決めたアナスタシアは魔術で増幅させた己が声を――全軍に向けて届けた。
「おすわりっ!」
全軍が――飛んだ。
10万の魔獣が前方に向けて飛んだ。
彼らが走っていた速度は時速80キロを優に超える。
あまりの速度でその場に座ることは適わなかったのだ。
だから飛んだ――放物線を描きながら飛んだ。
そして前足から着地すると同時に、後ろ足を曲げ……いわゆるお座りのポーズを取った。
慣性を受けて、横一列でお座りの姿勢で10万の大軍が数十メートル程度、地面を滑っていく。
更にアナスタシアは続けた。
「伏せっ!」
全軍が――伏せた。
物凄い勢いでピタリと同じタイミングで――伏せた。
10万の魔獣が全員――伏せた。
――それぞれの個体の体重は100キロから数トンに及ぶ。
それが一糸乱れぬ条件反射で同時に飛び、同時に着地し、同時に座り、同時に伏せた。
震源地の深さ零距離。
――地震が起きない道理は無かった。
時を同じくしてリンダール皇城、皇帝の間。
――黒づくめの男達は鼻から勢いよく紅茶を射出させていた。
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