オープンソースのロングテール(とあなた) [和訳]
本記事は英語版ブログで公開された記事の翻訳版です。
よくある話ですが、企業がリソースを消耗する社内ソフトウェアを持てあますと、「そうだ!いっそオープンソースにすれば、後はコミュニティが面倒を見てくれるじゃないか」などと思いたつものです。それは事実かもしれませんが、あくまでコミュニティが存在すればの話です。しかしコミュニティは、一度git push
とタイプすれば無料で手に入るというようなものではありません。コミュニティは構築するものです。そして構築には労力がかかります。それも多大に。
しかし、その大事業に乗り出す前に、コミュニティが後のことを任せられるだけの規模に育つまでにどれぐらいの労力が必要になるか、現実的な見通しを立ててみるべきでしょう。もし本当に社内でメンテナンスする時間もないなら、まず間違いなくコミュニティを育てる時間もないはずです。
まあとりあえず、映画の話から始めましょう。
ロングテールとは
(縦軸)Popularity: 人気 (横軸)Selection: 種類 Only the most popular: 人気上位のものだけ: Wal-Mart, Blockbuster retail stores: ビデオ販売店、レンタルショップ Everything Else: その他すべて: Amazon, Netflix, iTunes, eBay: Amazon、ツタヤ、iTunesなど
もし映画の配給を商売にしようと思ったら、遅かれ早かれこのような表を目にすることになります。ブロックバスター映画とは何か、皆さんもご存じですね。これはグラフ左側の領域に入る映画です。この領域をヘッドと呼びますが、ここに入る映画はごく一部です。しかし制作会社には莫大な収益をもたらしてくれるので、たいていの場合、お金をかけて作るのに見合う価値はあります。
では、右側の領域に入る映画は何なのでしょう?これがロングテールというもので、ほとんどの映画はこちらの部類に属します。毎年何千何万本と制作されるにもかかわらず、ほとんどの人が題名も聞いたことがないような作品群です。興行的失敗作や、いわゆるDVDスルーの作品も含まれます。
もちろん、こういうパターンは何にでも見てとることができます。たとえば、世の中には一握りの超有名人と、その他大多数のまったく有名ではない人々がいます。同じように、オープンソースプロジェクトもごく一部は非常に活発ですが、その影には誰も聞いたことがないようなプロジェクトがごろごろしています。
パレートの法則によれば、売上の80%は全商品銘柄のうち20%から生じるといいます。 ですから労力はヘッドに集中することになります。これが1906年以来のビジネスにおける定石です。ところが、ここにきわめて意外な事実が一つあります。インターネットが絡んでくると、ヘッドの部分よりもロングテールの部分のほうが面積が広くなる場合が多いという点です。
商品を売る場合、この面積がすなわち収益となります。つまりAmazonのような企業では、銘柄を絞って人気商品だけを売るよりも、ニッチな商品を種類豊富に取り揃えて売ったほうが儲かるわけです。これは実店舗にはどうしても真似できない点です。棚スペースが有限なので、品揃えを人気のある商品に絞るしかないのです。
デジタル化の恩恵
これがインターネットにどう関係してくるのでしょう?まず、物事をオンラインに移行するには、デジタル化することになります。そしていったんデジタル化されたものは、物理的空間の制約を受けません。Amazonの商品データベースにレコードを1件追加するのに必要なコストは実質的にゼロです。
そのうえ、かつては時間と設備とプロの技術を要した物事が、今では家庭のコンピューターでこなせるようになっています。DTP(デスクトップパブリッシング)はまさにその典型で、80年代に初めて登場した当時、これはたいした技術でした。ところが、今ではインターネット接続と少しの空き時間さえあれば誰でも文章を公開できます。書籍やブログやオープンソースプロジェクトは、必ずしも商業的に価値あるものでなくても、誰かが取り組む対象になりうるのです。そして多くの人々が集まり、ほんの少しずつ力を出し合う(コントリビュート)と、ときには膨大な成果が生まれます。
たとえばGitHubには眩暈がするような数のオープンソースプロジェクトがあります。カバーするニーズ、要件、用途は一般的なものからニッチなものまで様々です。たいていの場合、どこかの誰かが自分と同じ問題を解決しようとしているのが見つかります。インターネットが登場する前、いやひょっとするとGitHubが登場するまで、そんなことはまずありえませんでした。
これはオープンソースの主な美点の1つです。商業的には価値を生まないような問題をコミュニティが解決してくれるのです。そしてこれは単にコースの限界未満で運営されているというだけの話ではありません。外発的な動機ではなく内発的な動機から参加するということは、「価値」とは何かという定義そのものも個人によって違ってくる可能性があるのです。Wikipediaは利益を生むでしょうか?金銭を基準にするなら、答えはノーです。しかし、価値の基準はそれこそ執筆者の数だけ存在するのです。
パーソナルコンピューターとインターネットの出現で、共同作業の形は根本的に変わりました。そして物事が安くなり、簡単になり、入手しやすくなるほど、ロングテールはいっそう伸びていきます。
テールからヘッドへ進出したいと考える人にとっては、これは少々厄介になるわけですが……
ある意外な秘策
GitHubに最初のコミットをしただけでは、何千何万という他のプロジェクトとなんら際立ったところはありません。まず、この点を頭に置いておくことが大切です。スタート地点はテールのいちばん細い端であり、他にも同じような人が大勢います。メンテナーが1人だけで、スターもフォークもないプロジェクト群です。
なぜ念を押すのかというと、言われなくても分かるはずのことなのに、この点が頭から抜け落ちてしまっている人が多いように見受けられるからです。Wikipediaが存在する一方で、いつまでたっても2人目の執筆者がつかない他のwikiは千個以上存在します。Kickstarterで10万ドルを集めるブロックバスタープロジェクト1件に対し、目標額に至らないプロジェクトは何百個もあるのです。
実は、先日そうした10万ドル級のKickstarterプロジェクトを手がけた人物の1人と話す機会がありました。私はその人に、成功の決め手は何だったのかと尋ねました。おそらく返事は、プロジェクトを公開したらたまたま「口コミで話題になり」、あれよあれよという間に金が転がりこんできた、というところではないかと予想していました。物事が自然発生的に「口コミで話題」になるというのは、貧乏人が大金持ちになる話と同様、インターネット世代には人気のあるサクセスストーリーです。夢中になる者は多くても、その仕組みを本当に理解する者はまれです。
さて、その人がどうやって成功したのか聞きたいですか?ソーシャルメディアの専門家が聞いたら嫌われそうな、成功のための意外な秘策とは何だと思いますか?
努力と幸運です。
その人は私に「いや、幸運のおかげだけじゃないんだ」と教えてくれました。何をやったのかというと、資金調達目標額のおよそ1/3にあたる金を銀行融資で借りたのです。そしてその金でPR会社を雇いました。PR会社は世間の関心をかきたてたり、ニューヨークタイムズ紙のインタビューを手配したりしました。Kickstarterプロジェクトをブロックバスターに変えること、それ自体がプロジェクトだったのです――それも多額の金と、決意と、努力を要する。しかも、そこまでやってもまだ、プロジェクトは失敗する可能性をはらんでいます。
プロジェクトが自然発生的に口コミで話題になりうるという風説はまやかしです。実際にあったとしても、統計学的に意味を持たない少数の例外であって、考慮に値しません。とはいえ、いかにも魅惑的な話なので、今も根強くはびこっています。宝くじに当たりたくない人なんていませんしね。しかしSeth Godinが指摘するように、当たりくじのような成功に恵まれる場合もあるにせよ、その宝くじの代金(多大な努力)は非常に高価です。つまり、これは投資とリスクの問題なわけです。
例の10万ドルプロジェクトの仕掛け人は、大きなリスクを冒しましたが、それに見合う成果を得ました。同じことはオープンソースにも言えます。ただGitHubでプロジェクトを公開するだけでコントリビューターが集まってくるような「自然現象」などありません。放っておいたら勝手に超人気プロジェクトになっていた、なんて虫のいい話もありえません。単にさびれていくだけです。そしてしまいには誰も使いたがらないプロジェクトの仲間入りをすることになります。いかにも誰もメンテナンスしていないように見えるからです。使ってくれる人さえ現れないなら、コントリビューターが集まるはずもありません。
テールをのぼる
ひょっとしたら、あなたのプロジェクトは誰もが困っていた大きな問題を解決し、あらゆる方面からコントリビューションが集まりはじめるかもしれません。しかし、それはきわめて幸運な例外というべきでしょう。成功した健全なコミュニティを育てるために多大な労力を注ぎ込むはめになるほうが、ずっとありそうな話です。しかも最終的には運を天に任せるしかありません。
ロングテールをよじのぼる方法、成功の宝くじに当たる確率を上げる方法は数多く存在します。ビジネスの世界でいうと、マーケティング、プロダクトマネジメント、コミュニティ構築といった領域の話になります。オープンソースプロジェクトにおいても、ある意味で同じようなことをやる必要が生じてくるでしょう。確かに、こういう言葉にネガティブな連想を抱く人もいます。とりわけオープンソースコミュニティではその傾向が強いものです。しかしコミュニティは希望的観測では育ちません。こうした物事には、いずれ取り組む必要が出てくるものです。たとえ自分でTwitterアカウントを作り、プロジェクトに言及してくれた人々にリプライを返すだけのことであっても。
プロジェクトをコントリビュートしやすくし、ドキュメント化し、人々に宣伝し、行き詰まった人を支援しましょう。ただし何にせよ、奇跡を期待してはいけません!
読者の皆さんは、ロングテールからヘッドを目指そうとして、テールの端で伸び悩んだことがありますか?あるいは、プロジェクトが大人気を呼んで一気にヘッドの仲間入りしたサクセスストーリーをお持ちですか?どちらでも結構です。貴重な体験談をお聞かせください!下のコメント欄へどうぞ。
(翻訳:福嶋美絵子)