Insomnia

 2014年9月26日に全く新しいタイプの睡眠剤であるベルソムラ Belsomra(一般名スボレキサント、Suvorexant)という薬が日本でも承認された。国内では11月下旬から使用できるのではなかろうか。

(MSDのHPから。ベルソムラ承認のお知らせ)
(ベルソムラの治験について。治験番号 NCT01097616)。

 ベルソムラは世界初のオレキシン受容体1・2(OX1R、OX2R)を同時に阻害する睡眠剤である(dual orexin receptor antagonist 、DORA)。ベルソムラは、従来の睡眠剤とは全く異なる作用機序を持つ全く新しい睡眠剤である。しかも、従来の睡眠剤とは異なり、依存性や反跳性不眠を生じることがないとされ、待ち望んだ睡眠剤なのであった。
  
 このベルソムラは錠剤の形で提供され、アメリカで承認された用量は、5 mg、10 mg、15 mg、20 mgの4種である。しかし、国内では、なぜか、15mgと20mgの2種しか用意されていない(5mgや10mgがないのは、大きな問題だと思う。このブログを読めば、その理由が後で分かるとは思うが、どうして日本では5mg錠と10mg錠が発売にならなかったのであろうか。しかも、下の写真をよく見れば分かるが、錠剤には割線が入っていないため、20mgを半分に割って10mgとして使用することが困難である。期待が大きい薬だけに、もっといろんな用量を使用できるようにしてほしいと願う)。

ベルソムラ
 
 睡眠剤の勢力は、マイスリーやルネスタからベルソムラに移行していき、今後はオレキシン受容体阻害剤が主流になっていくのであろうか。
 
 今回は、新薬であるベルソムラに関する話である。

 実は、他の製薬会社も同じようなOXR阻害剤を開発中であり、一番早く承認にこぎつけたのがベルソムラなのであった。今後、ベルソムラ以外のOXR阻害剤も次々と発売されることであろう。従来にはなかった全く新しい薬理作用を有する睡眠剤の登場で、睡眠剤の市場は激しい競争が始まるのは間違いない。パテントが切れて、ジェネリック医薬品に食い潰されつつあるマイスリーは、ベルソムラの登場によって片隅に追いやられていく運命にあるのかもしれない。

 では、このオレキシン受容体とはいったい何であろうか。

 オレキシン受容体のリガンドはオレキシン(Orexin)である(当然か。汗;)。しかし、オレキシンには名前がもう1つあり、ヒポクレチン(Hypocretin)とも呼ばれている。いったいどちらが正式名称なのだろうか。どうやらまだ完全に決着はついていないようであり、学術論文では、未だにオレキシンが使われていたり、ヒポクレチンが使われていたする。このブログではオレキシンの方を使わせて頂く。なぜならば、オレキシンは日本人が発見し命名した名前だからである。
 
(ペプチドと受容体は「オレキシン」が、それらをコードする遺伝子は「ヒポクレチン」{HCRT、HCRTR1、HCRTR2}が使われることになったようだ)
(2012年度の論文だがオレキシンに関しては非常に詳しく書かれている)
http://pharmrev.aspetjournals.org/content/64/3/389.long

OX-8
 
 TVで、このオレキシンを発見した櫻井 武博士(柳沢正史博士も共同研究者だが)を特集した番組を見たことがある。ノーベル賞を受賞するかもしれないほどの大発見ということであった。非常に重要な発見だったのである。実は、全く同時期にアメリカの別のグループも発見しており、それで未だに双方の名称が使われているのである(ノーベル賞は3人までである。どうなるのであろうか。日本人が2人になるのか、それとも1人になってしまうのか。2人の同時受賞が実現するように、日本人の我々は是非とも応援しようではないか)。

(この櫻井 武博士が書いた日本語のオレキシンに関する総説を下のURLに示す。これを読んでおけばオレキシンに関しては十分な知識が得られるものと思われる。ベルソムラを飲んでみたいと思ってる人は、是非、読んでおくことをお勧めする。日本語なので非常に分かりやすい)

(少し古い資料になってしまうが、櫻井 武博士らによって2009年に書かれた総説。ただし英語。)

 オレキシンは先に受容体が既に発見されていたオーファン受容体のリガンドとして1998年に発見された(リガンドがまだ発見されず先に受容体が発見されている受容体をオーファン受容体と呼ぶ)。オレキシンは、最初は摂食行動の調節(摂食が増す)に関する生理活性を有する神経ペプチドとして発見された。その後、飲水行動への関与(飲水行動が起きる)など、いろんな作用があることが分かり、さらに、オレキシンの作用をブロックすることでナルコレプシーのような状態が引き起こされることが分かり、睡眠のオン・オフにも関係している重要なペプチドホルモンであることが分かったのである。

(オーファン受容体について)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93
 
 今では、オレキシンは、睡眠だけでなく、感情調節報酬系エネルギーの恒常性疼痛制御循環器系の調節体温調節概日リズムなど様々な機能にも関与していることが明らかにされており、オレキシンシステムに作用する薬剤は、睡眠障害だけでなく、気分感情障害、薬物依存、不安障害、摂食障害や肥満、などの治療薬が開発できるかもしれないと期待されて研究が進めらている。
http://journal.frontiersin.org/Journal/10.3389/fendo.2013.00018/full

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 このように、オレキシンは睡眠だけに作用している訳ではない。従って、近い将来、オレキシン受容体に作用する薬剤から、新しい薬剤が開発されるのかもしれない。私は、特に、水中毒の際の病的な飲水行動や病的な過食やギャンブル依存などの強迫的な行動を抑えてくれるような薬剤が開発されないかと期待している(既に、ベルソムラにもそういった作用がないだろうかと密かに期待している。薬理学的にはそういった作用が期待できない訳ではないので)。
 
(しかし、下の動物実験のデータでは、ベルソムラで統合失調症の病的な飲水が増えてしまい、逆効果に出てしまう可能性もある。水中毒を有する統合失調症の患者さんへベルソムラを使用する場合には注意深い観察が必要であろう)

 現在、他にも治験中や開発中のOXR阻害剤としては、Almorexant{ACT-078573、治験番号NCT00608985}、SB-649868、SB-408124、SB-674042、AK-335827、EMPA、TCS-OX2-29と、NJ-10397049などがある。この中には、OX1RやOX2Rを選択的に阻害する薬剤も含まれている。デュアル・アンタゴニストだけでなく、セレクティブなアンタゴニストも既に開発中なのである。
 
 特に、睡眠に関しては、OX2R選択的阻害剤が不眠症の治療薬として注目されている。さらに、不眠症以外では、OX1R選択的阻害剤が研究されており、薬物依存(アルコールやタバコを含む)の離脱症状や薬物探査行動の緩和(報酬系への作用)、パニック障害不安障害肥満・過食症への治療薬に成り得るだろうという期待がかかっている。今後、オレキシン受容体に作用する精神疾患の新しい治療薬が次々と発売される可能性があるのであった。

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 (さらに、本年度のNatureには、オレキシン1受容体をブロックするような薬剤で、PTSDの不快な体験や恐ろしい体験といったトラウマの元になった記憶を消去できるかもしれないという論文も発表されている。もし、これが可能になれば、画期的な薬剤となろう。)

 しかし、一般市民の方々にしてみれば、オレキシンのことなどはどうでもいいのが本音であろう。早くベルソムラを飲んで心地よく眠ってみたいと思っているだけかもしれない。
 
 だが、おっと、待った。すぐに飲んでみるのもいいが、飲む前にそれなりにベルソムラについてよく知ってから飲むべきである。家電や車を買う時は、どんな機能があるのか、消費電力や燃費はどの程度なのかといったことをよく調べてから買うはずである。薬についても、そうでなければならないのである。

 ベルソムラに関しては、以下の総説に簡潔に要約されていた。まず、その論文を紹介したい。
 
 とりあえずは、この下の論文を読んでからベルソムラを飲みましょうね。
 
スボレキサント、不眠症のマネージメントとしてのデュアル・オレキシン受容体拮抗薬
 「Suvorexant, a Dual Orexin Receptor Antagonist for the Management of Insomnia」
 
 (もっと詳しく知りたい場合は下のメルク社やFDAの資料に目を通すとよいであろう。)
はじめに
INTRODUCTION
 
 成人の30%が不眠症を有する。さらに、不眠は、不安障害、薬物乱用、大うつ病などの精神疾患における大きな危険因子であり、生活の質の低下にもつながる。
 
 不眠治療には多くの選択肢がある。薬理学的な介入からは、不眠治療における最も一般的な薬物としては、ベンゾジアゼピン系(BZDs、BZ系)薬剤と非BZ系であり、γ-アミノ酪酸(GABA)に作用する薬剤、例えば、ゾルピデム(マイスリー)、エスゾピクロン(ルネスタ)、ザレプロン(ソナタ)などがある 。他のあまり処方されない薬剤としては、鎮静系の抗うつ薬、メラトニン作動薬、抗ヒスタミン薬がある。連用していると耐性が生じて効果がなくなっていくことと、副作用のため多くの患者でこれらの薬剤の使用が制限されてしまうという事態が生じている。

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 スボレキサント Suvorexant(MK-4305、メルク社)は、オレキシン受容体アンタゴニスト(ORA)であり、不眠症の治療薬としてはの世界で初めて開発された新しいクラスの薬剤である。この錠剤は、睡眠から覚醒と導く覚醒・睡眠スイッチに関与しているオレキシンの作用を阻害することにより、生体本来に備わっている覚醒から睡眠への移行を推進する。スボレキサントは、入眠と睡眠の維持を改善させる。このユニークな睡眠剤は、忍容性は良好であり、副作用は限定されたものしかない。
 
 (まだ、これから新しい副作用が報告されるのかもしれないが、今のところは従来の睡眠剤のような副作用は報告されていない。マイスリーのような摂食行動を引き起こすことはないものと思われる)。

 スボレキサントの化学式を下図に示す。

Suvorexant

作用機序
Mechanism of Action

 スボレキサントは、OX1RとOX2Rの双方をブロックする強力なデュアル・オレキシン受容体アンタゴニストである。スボレキサントが受容体に結合することで、覚醒を促進する神経ペプチドであるオレキシンA・Bの受容体への結合を阻害し睡眠を促進すり。大雑把に見積もって約7万のオレキシンニューロンが脳弓周囲の外側に位置する視床下部に存在し、脳や脊髄全体にシグナルを送っている。
 
 注; なお、オレキシンにはAとBの2種類があり、受容体にもOXR1・・2の2種類がある。OXR1はオレキシンAの方に対して親和性が強い。OXR2には、オレキシンA・B共に同じ親和性を有する。
 
 後述するが、OXR1と2は関与している機能が異なっており、デュアル・オレキシン受容体アンタゴニストと言っても、1・2共に同じ程度に同時にブロックするのか、それとも、受容体への親和性がOXR1・2では異なるのかは、記載がないため不明である。
 
 そこで気になったので調べたみたのだが、スボレキサントのIC50は、それぞれ、OX1Rでは50 nM、OX2Rでは56nMであることが分かり、OXR1・2に対してほぼ同じ親和性でブロックするようである。

薬力学と薬物動態学
Pharmacodynamics and Pharmacokinetics

 メルク社がFDAへ申請した文書には計900名以上の被験者(健常者と不眠患者)が参加した32の研究が含まれている。治験での最終結果ではスボレキサントは有効であり忍容性は良好であった。以前の不眠症の治療薬と比べて、スボレキサントの有利な点としては、中毒や依存症を生じる可能性が低いことである。

 一方、研究結果では、通常のボディマス指数(BMI)を有する男性よりも肥満の女性においてスボレキサントの血中濃度が高いことが示されている(→肥満の女性では用量は少な目にすべきである)。しかし、中等度の肝・腎機能障害、高齢者でも血中濃度の差はなかった。他の睡眠剤と同様に、重度の肝機能障害を有するケースではスボレキサントの使用は避けるべきである。
 
 メルク社やFDAの資料によると、男性よりも女性の方がスボレキサントに曝露されやすくなる。AUCとCmaxは、男性よりも、17%、 9%、それぞれ女性で高くなる。また、BMIが30以上になると(男性とか女性の記載はないが)、20mgを投与した時で15%以上血中濃度が高くなるとされている。
 
 以上の、ことからは、女性や肥満のケースでは少量の使用に努めるべきであると言えよう。

(AUCとCmaxについて)

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吸収(Absorption)
 治験での結果では、入眠は経口投与の56~68分後に生じていた。入眠までの時間は、40mgを投与された時に最も速かった。血中濃度は投与後約2時間でピークに達し(Tmax=2h)、食物摂取の影響を受けなかった。
 
 なお、メルク社の資料では、高脂肪の食事でも吸収には大きな変化はなかった。しかし、よりスムーズに入眠しようとするのであれば、食後に飲むことは避けるべきであると記載されている。10mgでの利用率(生物学的利用性)は82%である。血中濃度の変化からは30分~6時間が作用時間と思われる。
 
 (→内服してから1時間で入眠できることになるので、入眠したい1時間前に内服すればよいことになる。内服して6時間後には効き目が消えるはずである。従って、入眠してから7時間後くらいにはすっきりと目覚められるはずである)。

分布(Distribution)
 スボレキサントの分布容積は105.9 Lであり、血漿中のタンパク質と高度に結合する(99.5%)(メルク社の資料では分布容積は49Lとなっていた。)

(分布容積について)

代謝(Metabolism)
 スボレキサントは、主にチトクロームP450(CYP3A4)酵素系により代謝されるが、一部はCYP2C19やM9によっても不活性代謝物に代謝される。
 
 注; 従って、CYP3A4を阻害するような薬剤との併用は避けるべきである。メルク社の資料によれば、ketoconazole、itraconazole、posaconazole、clarithromycin、nefazodone、ritonavir、saquinavir、nelfinavir、indinavir、boceprevir、telaprevir、telithromycin、conivaptanなどCYP3A4を強く抑制するような薬剤との併用は推奨できない。それ以外の弱いCYP3A4阻害作用を有する薬剤では、ベルソムラは5mgの使用が推奨されると記載されている。
 
排泄(Elimination) 
 スボレキサントは不活性代謝物として便を通じて体外に排出され除去される。腎からの排泄はない(しかし、メルク社の資料では、便からの排泄が66%、尿中への排泄が23%となっていた。どちらが正しいのであろうか)。半減期は平均約12.2時間(8~19時間)である(意外に半減期が長い。ちなみに、マイスリーの半減期は2.1~2.3時間)。そのため、連日投与すると3日で血中濃度は一定の濃度を維持するようになる(=定常状態)。
 
 注; ということは、毎日内服をし続けると、弱いながらもオレキシン受容体を阻害する作用が1日中生じるということになるのだろうか。どの程度の血中濃度で眠気などの作用が出るのか、そして、定常状態での血中濃度はどの程度のレベルになるのかは、メルク社の資料にも書かれていなかった。悪い方向に作用すると、連日の使用では日中に眠気が出るのかもしれない。良い方向に作用すると、摂食行動や飲水行動が少しは抑制されるのだろうか。気になる部分ではある。
 
(もし、定常状態に達した時に、OXR1への阻害作用が発揮され、水中毒の患者さんの日中の飲水行動が少しでも減るのであれば、水中毒の患者さんへの睡眠剤はベルソムラにしたいと考えているのだが・・・)

臨床試験による効果
CLINICAL EFFICACY

Sunらが行った臨床試験
 無作為化、二重盲検、プラセーボ対照試験。10~100 mgの範囲の用量でスボレキサントを評価した。4週間にわたる睡眠ポリグラフ(PSG)を調査し(8時間を2回)、さらに、その後5週目まで薬物動態を調べた。治験の参加者は、22名の健康な男性(18~45歳、平均年齢29.6歳、平均体重80.2kg)であり19名が最後まで試験を完了した。参加者には3種類の用量(10mg、50mg、100mg)のスボレキサントのどれか1つ、または、プラセーボのいずれかが投与された。

 スボレキサントの有効性を、睡眠開始、持続的な睡眠までの潜時(LPS、latency to persistent sleep)、睡眠維持、または、睡眠中に覚醒していた時間(waking after sleep onset、WASO)、睡眠効率(sleep efficiency、SE) 、総睡眠時間(total sleep time、TST)から評価した。さらに、投薬による翌日の影響を、服薬から10時間後における単純な反応時間(simple reaction time、SRT)、選択的な反応時間(choice reaction time 、CRT)、デジタルシンボル置換試験(digital symbol substitution tests、DSSTs)、さらに、参加者の主観的な評価をLeeds睡眠評価調査票(Leeds Sleep Evaluation Questionnaire、LSEQ)を用いて調査した。テスト期間中、96時間のウォッシュアウト後に、投与前後の血液サンプルを調べた。

(WASOは不眠症では増加する)

 その結果、統計学的に有意な変化が全ての用量において認められた。50mg、100mgを受けた参加者では、統計学的に有意なLPS、WASOの減少、SE、TSTの増加を認めた。10 mgでは、統計学的に有意なWASOの減少を認めた。薬物の残留による翌日の副作用は用量依存性に認められた。100mgの用量では、SRTやCRTからは統計学的に有意な反応時間の増加が認められた。しかし、10mgと50mgでは目立ったものではなかった。LSEQからは、50mgと100mgの用量では、プラセーボと比較して、覚醒することや覚醒を維持することが困難になることが明らかになった(50mgくらいの高用量になると日中の眠気が一日中出ると思っていた方がよいだろう)。5週目における薬物動態の結果は表1に示した。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3989084/table/t1-ptj3904264/ 

Herringらが行った臨床試験(日本も参加した治験である)
 無作為化、二重盲検、プラセーボ対照試験。2つ期間をPSGにて評価した。各治療期間は4週間であり、間に1週間の単純盲検のプラセーボによるウォッシュアウト期間が設けられた。治験は全米の29のサイトで、日本での12サイトで行われた。DSM-IV-TRの基づき原発性不眠症と診断された男性と女性(18~64歳)が参加登録された。

 スボレキサント10 mgと30 mgの錠剤を組合わせて、用量としては10mg、20mg、40mg、80mgの用量が使用された(プラセーボも同様のやりかた)。睡眠効率は、PSGによって評価されたが、PSGデータも盲検化されている。患者による睡眠の自己評価が朝夕の調査用紙に記録された。忍容性や安全性を評価するために、有害事象のレポート提出、バイタルサインや心電図やその他のパラメータの記録、身体検査が実施された。計228名が試験を完了し、26名は脱落した。254名の被験者うち、240名はプラセーボを受け取り、243名はスボレキサントを受け取った(62名が10 mg、61名が20 mg、59名が40 mg、61名が80 mg)。

 その結果、スボレキサントは原発性不眠症を有する非高齢成人の睡眠効率を4週間にわたって改善したことが示された。プラセーボと比較して、用量依存性に不眠の改善を認めた。用量依存性を示す作用は、WASO(睡眠の維持、熟睡できているかどうか)、LPS(入眠に要する時間)について認められた。なお、スボレキサントの忍容性は良好であった。

OX-13

 注; 問題は、ベルソムラ(スボレキサント)は夢を抑制してしまうのかということである。ベルソムラを飲んで眠ると夢を見れなくなってしまうのでは困る(BZ系はREM睡眠を抑制してしまうことがある)。私は、明晰夢を楽しみたいと思っている人間である。明晰夢をマスターできるのであれば、金も地位も名誉も要らないと思っているような男である。そこで調べてみたのだが、どうやらベルソムラは、夢(REM睡眠)を抑制する作用はないようである。良かった良かった。よーし、ベルソムラを飲んで今日は明晰夢を楽しむぞ。ベルソムラで明晰夢を楽しめるようになるのであれば、これは人生を楽しめるツールがまた1つ手に入ったことになる。
 
 スボレキサントは、1日目、28日目のPSDプロファイルは、4種の用量ともに、NREM睡眠やREM睡眠の頻度はプラセーボと同様であった。従って、スボレキサントは睡眠中の脳波に大きな影響を与えないと言える。スボレキサントは、他の眠剤よりも自然に近い睡眠が確保される睡眠剤だと言えよう。

 さらに、スボレキサントは、REM潜時を短くすることが確認されており、これは夢を見やすくなるものと思え、明晰夢を楽しむ上では逆に有利になるのかもしれない。しかし、明晰夢がある程度の睡眠の浅さが必要なものであるとしたら、まだ、どうなるかは分からない。試してみないことには何とも言えないのかもしれないが。

OX-2

 なお、人ではなく、齧歯類のデータだが、スボレキサントはREM睡眠を増やすという論文もある。REM睡眠が増えるのであれば、逆に、明晰夢を楽しむ上では有利かもしれない。ただし、齧歯類のデータでは翌日にスボレキサントを内服しないで眠るとREM睡眠は逆に減ってしまう可能性がある。

適応
INDICATION

 スボレキサントの適応症は、18歳以上の成人の不眠症(入眠困難、睡眠の維持の困難)に対する治療である。

安全性プロフィール
SAFETY PROFILE

禁忌
Contraindications
 スボレキサントの使用禁忌はまだない。(しかし、メルク社の資料によれば、ナルコレプシーの患者への使用は禁忌とされている。当然だろう)。
 
副作用
Adverse Drug Reactions

 他の不眠症治療薬と同様に、スボレキサントは翌日に眠気が生じ日中の活動性を妨害する可能性がある。この効果は、40 mg以上の投与量が増加した時に観察されている。有害事象の詳細なリストを表2に示す。

 スボレキサントの乱用が生じる可能性についてゾルピデムと比較したデータがある。レクリエーション的に多くの薬剤を使用している健常な男女のユーザーにおけるスボレキサントの薬剤嗜好視覚的アナログスケール(Drug Liking Visual Analogue Scale)のスコアは、22.84(40mg)、21.99(80mg)、20.44(150mg)であり、ゾルピデムでのスコア、24.86(15 mg)、28.08(30 mg)と同じ程度であった(乱用が生じる危険性はマイスリーと同じ程度は存在する)。なお、スボレキサントを慢性使用している時に突然中止しても反跳性不眠や離脱作用は生じない。
 
 メルク社の資料でも、依存性に関しては生じる心配はないと書かれており、毎日使用しても問題はないようである。ただし、耐性形成(効き目がなくなっていく)は連日の使用で生じるかもしれないといったような曖昧な記載がメルク社の資料内に1か所なされていたが、まだ、耐性形成に関してはまだ明確には分かっていないようだ。BZ系や非BZ系の眠剤と同様に耐性が形成されていくのかどうかは、現時点では不明である。
 
 一方、メルク社の資料には次のような注意書きがなされている。これは重要事項であり、使用する上で必ず知っておくべきことであろう。

 CNSへの抑制効果。日中の眠気。覚醒や運動機能(自動車の運転を含む)を障害するリスクが20mgを服用する患者では増加するため注意する必要がある。スボレキサントは半減期が長く、3日間で定状状態に達するため、毎日20mg以上を内服しているような場合では運転は必ず控えるべきであろう。
 
 もし、スボレキサントを7~10日間にわたって内服しても不眠が続く場合は、併存疾患の評価を受けるべきである。その治療も受けないと不眠は改善しないのである。特に、うつ病では注意せねばならない。
 
 夜間の睡眠しながらの運転やベッドから出ての他の複雑な行動が生じることがある(マイスリーと同じような副作用か)。このリスクは、用量が増えた時や、他の中枢神経系を抑制する薬剤(BZ系や非BZ系の睡眠剤など)や、アルコールと併用した時に増加する。そのため、他の睡眠剤との併用は推奨されない。マイスリーと併用すると、逆に、マイスリーによる夜間の摂食行動や夢遊病のような行動が引き起こされ易くなってしまうのかもしれない。さらに、中枢神経系を抑制する薬剤やアルコールとの併用は、スボレキサントやそういった薬剤への嗜癖につながるため避けねばならない。特に、アルコールとの併用は絶対にやめるべきである。
(アルコールなんか飲まずに、スボレキサントだけを飲んで、心地よく寝ようじゃないか)。

 下の写真はロヒプノールとアルコールの併用の怖さを啓蒙しているサイトからの写真なのだが、ベルソムラでもこうなる可能性があり得よう。ロヒプノールとアルコールの併用では勝手に裸になっていたりすることがあるらしく、女性を悪酔いさせてレイプしようとする連中に犯罪に悪用されているようである(日本ではロヒプノールはよく処方されているが、犯罪などに悪用されるためロヒプノールを持ち込めない国が多いのである。税関で見つかると没収されることになる)。
http://www.treatment4addiction.com/drugs/depressants/rohypnol/
http://michellesamazingpageofrohypnol.weebly.com/users.html
http://anglerz.com/roofies-rohypnol-flunitrazepam-drugs-dem
(下の記事の男性を泥酔させてATMから現金を騙し取った中国人女性2人の犯罪の手口も、アルコール+睡眠剤という下劣な方法を使ったのかもしれない)
http://matome.naver.jp/odai/2141574214824318901

OX-14
 
 うつ症状の悪化や自殺念慮が生じることがある(治験のデータでの頻度は0.2%と少ないのだが)。このリスクは、用量が増えた時に生じる(用量依存性)。もし気分や思考や行動が変化した時には速やかに医療機関に受診すべきである。従って、うつ病のケースにスボレキサントを使用する時は、このような事象が生じる可能性があることを患者さんに必ず伝えて、慎重にモニターせねばならないであろう。
 
 (うつ病ではオレキシンが低下しているのかもしれない。従って、オレキシン受容体を阻害することはうつ病を悪化させてしまうことにつながるかもしれない。慢性のストレス状態にある場合も悪化してしまうかもしれない。)
 
  呼吸機能への影響を考慮すべきである。特に、睡眠時無呼吸症や閉塞性肺疾患を有するような場合はスボレキサントの使用は慎重に行わねばならない。

 睡眠麻痺(金縛りなど)、入眠時幻覚や半覚醒状態での幻覚、カタレプシーのような症状が生じるリスクが用量が増えた時に生じる。

 (まあ、こういった薬剤の情報提供は調剤薬局の薬剤師の仕事なのであるが、服薬管理指導料などを取っておきながら、薬剤の説明がほんの少し書かれた紙切れだけ渡して終わりになっている場合が多い。しかも、その紙切れには、重要なことが全く書かれていないので、いつも呆れている。市販のCD-ROMのデータから、小保方さんのようにそのままコピーアンドペーストして作成しているだけで、その上、誤解するような内容が書かれていたりもする。気分安定化剤として処方しているのに「抗てんかん剤」としか書いてなくて、「私はてんかんじゃない!!」と処方した患者さんにクレームを言われたりする始末である。マイスリーでは摂食などの異常行動が出る場合があると書かれた薬剤情報提供書を私は見たことがない。一番気をつけねばならない有害事象であるにも係らず。私は、薬剤師に言いたい。指導料を取っているのならば、CD-ROMのデータをそのままコピペじゃなくて、もっときめ細かく患者さんの病状に合わせたような自分の手で作成した薬剤情報提供書を作ってほしいと。薬のプロなんでしょうに。ベルソムラの薬剤情報提供書には、ちゃんとこういったことを書いておいてくださいよ。頼みまっせ。うつ病のケースにベルソムラをホイホイ使用するドクターがいるかもしれませんよ。)

OX-15

薬物相互作用
Drug Interactions

 スボレキサントを使用している時は、CYP3Aを阻害するような薬物を使用することは避けるべきである。フルコナゾール(ジフルカン)などの強力なCYP3A阻害剤は、治療の閾値を超えた血中濃度の増加をもたらす。ジルチアゼム(Cardizem)のような中等度のCYP3A阻害剤は、低用量のスボレキサント(例えば、10 mg)は、特に高齢者では、安全に使用することができる。リファンピン(Rifadini)のようなCYP3A誘導剤は、スボレキサントの血中濃度を下げる。スボレキサント自体も軽度のCYP3A阻害剤であるが、CYP3Aで代謝される経口避妊薬やワーファリンに対しては殆ど影響を及ぼさない。

特別な影響
Special Populations

 夜間に中途覚醒した時のバランス機能や記憶に関して、65歳以上の被験者(12名)に対して、スボレキサント(30mg)、ゾルピデム(5mg)、プラセーボを比較した二重盲検、三期間、単ー用量クロスオーバー試験を実施したデータがある。それによると、スボレキサントは、プラセーボとの比較した時に、1.5時間の時点ではバランス機能が大きく障害されていたが、4時間、8時間の時点ではバランス機能の障害は認められなかった。この障害は、ゾルピデムで観察されたものよりも少なかった(=マイスリーよりも転倒のリスクが少ない)。メモリへの影響は、スボレキサントとゾルピデムの比較では、統計学的に有意な差は認められなかった。スボレキサントの安全性に関しては、65歳(40mgまで)や65歳以上(30mgまで)よりも、若い成人では良好であった。

用法・用量
DOSAGE AND ADMINISTRATION

 元々の推奨用量は40 mgであったが、この用量では、安全性への懸念が生じる。その結果、推奨される初期の用量は10 mgである。用量は最大40mgまで使用することができるが、増量に関しては、低用量で有害事象がないことが確認された忍容性があるようなケースにのみ推奨される。

委員会での検討事項
P&T COMMITTEE CONSIDERATIONS

その他の不眠症治療薬との比較
Comparisons With Other Insomnia Medications

 現在、不眠症治療薬の市場はロラゼパムやテマゼパムなどのベンゾジアゼピン(BZ)系の薬剤が主流となっている。ゾルピデムやゾピクロンなどの非ベンゾジアゼピンの薬剤も同様に広く処方されている。BZ系、非BZ系は共に、GABA神経伝達システムに作用を及ぼし、中枢神経系への広範囲な阻害効果を有する。この効果は、記憶障害(健忘)をもたらし、翌日に鎮静が生じたり、使用を中断することによって不眠症がリバウンドすることがある。さらに、双方の薬物は共に、習慣性や依存性を促進する可能性がある。これらの理由から、不眠症の治療薬は、断続的に、短期的に使用されるべきである。しかし、このガイドラインは、しばしば臨床の現場では無視されている。臨床医は、多くの場合、これらのパラメータを無視してBZ系や非BZ系の睡眠剤を慢性的に処方している。

 スボレキサントの作用機序は、BZ系や非BZ系とは異なる。スボレキサントはGABAには作用しない。スボレキサントは、睡眠を促進するのではなく、覚醒状態を不活性化する(覚醒スイッチをOFFにする)。BZ系や非BZ系で一般的に観察されるような副作用は、スボレキサントでは実質的に生じることはない。その結果、スボレキサントは、反跳性不眠や身体依存が生じるリスクを伴わずに長期間に日常的に使用することができる。

制限事項
Limitations

 国立加齢研究所で行われた9,000名以上を対象にした65歳以上の高齢者の研究では、80%が睡眠障害を有していた。このグループは、スボレキサントの治療を求める可能性が最も高いグループである。高齢者は、また、スボレキサントの有害事象に対して最も感受性を示すグループであることに注意しておかねばならない。

コスト
Cost

 執筆した時点では、スボレキサントはまだFDAの承認を受けていないため、コストデータは使用できない(このブログを書いている時点では、国内の薬価もまだ不明である)。

効能
Efficacy

 65歳未満では、低用量(20mg)および高用量(40 mg)の双方ともに、スボレキサントは次のカテゴリにおいてはプラセーボよりも優れていることが証明された。睡眠の維持(WASO)、入眠までの時間(LPS) 、主観的な総睡眠時間(sTSTm)、主観的な睡眠の維持(sWASOm)、主観的な入眠までの時間(sTSOm)である。このデータは、スボレキサントが、睡眠の開始までの時間を確実に減少させ、睡眠の維持を確実に増加させることを示唆している。臨床試験では、反跳性不眠は、3ヶ月~12ヶ月の使用期間では観察されなかった

結論
CONCLUSION

 BZ系や非BZ系の薬剤は不眠症に対して有効であるが、それらの薬剤の有害事象プロファイルや、長期間の使用は制限されるという推奨事項からは、他のオプションの選択肢が必要となる。入眠困難や睡眠維持障害の双方の不眠症を有する患者では、BZ系や非BZ系の薬剤では治療することは困難かもしれない。オレキシンやその受容体発見は、新規の薬剤の開発につながっている。スボレキサントは、ユニークな臨床プロファイルを有する、効果的なオレキシン受容体アンタゴニストである。臨床試験の証拠からは、この薬剤が慢性の不眠症を有する患者に対して持続的な利益を提供できることを示唆している。

(論文終わり)

 ベルソムラを正しく使う上で、これくらい知っておけば十分かと思える。
 
 さあ、明日からベルソムラを飲んで寝ようとするか。
 
 しかし、よく分からないのが、覚醒・睡眠スイッチのことである。覚醒・睡眠スイッチとはいったいどのようなものなのであろうか。ベルソムラを使用する上で、このオレキシンによる覚醒・睡眠スイッチも理解しておいた方がよいかもしれない。
   
 まずは、オレキシンの神経支配について理解しておかねばならない。櫻井博士の総説を読めばいいのであろうが、とりあえず分かり易い図を提示しておく。簡単に言えば、オレキシン作動性ニューロン(オレキシンをシナプス間隙に放出するニューロン)の神経細胞体は視床下部の摂食中枢の近傍に存在している。そして、 オレキシンニューロンは青斑核(LC)や縫線核(DR)などの覚醒や注意を駆動するような多くの脳の領域を神経支配して刺激しているのである。ドーパミン系も神経支配しており、腹側被蓋領域及び側坐核の間中脳辺縁系投影からのドーパミンの放出をも誘発している。オレキシンはこういった神経経路のシグナル伝達を強化しているのであった。

OX-16

 面白いことに、オレキシンニューロンの神経分布は、カンナビノイド系と分布が似ており、カンナビノイド系ともクロストークしているのではと考えられている。この所見は、カンナビノイド系による有害作用をオレキシンシステムにて制御できる可能性があることを示唆する。将来は、オレキシンシステムに作用させることで、カンナビノイド系に作用する危険ドラッグ(脱法ハーブ)に対抗できる薬剤が開発できるかもしれない。この観点から考えてみると、ベルソムラは、精神科救急の臨床プラクティスにも応用できるのではなかろうか。もし、危険ドラッグでおかしくなっている患者が搬送されてきた時には、ベルソムラを飲んでもらい、危険ドラッグの薬理作用が消褪するまで眠っていてもらうのも1つの方法かもしれないと私は考えている(うまくいく保証は全くないけども。汗;)。

OX-4

 オレキシンによる他のニューロンへの神経支配は、覚醒中に様々な活動を担っている多くの種類のニューロンを統括して指揮しているのではと考えられている。PMC3921570では、次のように解説している。
 
 オレキシン(OX)ニューロンは代謝ストレス概日リズムなどの情報を統合する上で中心的な役割を果たしている。このシステムに付随している他のニューロンのグループは、他の生理学的な変化を統合している可能性がある(例えば、LepRB{レプチン}ニューロン)。もし、生理学的な変化が睡眠を希望するような時は(例えば、概日時間、強い睡眠圧力、低いエネルギー受給)、OXニューロンは活動を停止しているが、OXニューロンの活動の停止は、皮質の回路では睡眠を維持する信号として解釈される。それ以外の場合では、OXニューロンは、覚醒系のネットワークに情報を送信している。OXニューロンからの信号を受信する各々のニューロンは覚醒をダイナミックに維持する上で異なる役割を担っている。例えば、ドーパミン作動性のトーンの増加はシータ活性の増加をもたらすが、他の状態では覚醒を誘導するのに十分である。同様に、コリン作動性ニューロンは、皮質ニューロンの強い興奮とガンマリズムをもたらす。セロトニンニューロンは睡眠から覚醒の移行を誘発する上では効率的ではないが、レム睡眠のゲートキーパーとなる。ヒスタミンニューロンは睡眠中や覚醒中にペースメーカーとしての信号を提供している。青班核でのノルエピネフリンニューロンは、びまん性の興奮性入力を新皮質へ提供しており、効率的に覚醒することを促進できる。ニューロモデュレーターが組み合わさった時の作用(例えば、コリン作動トーンの増加+セロトニンの減少、など)は、大脳皮質の状態を変化させる可能性がある。このように、オレキシンは、睡眠/覚醒サイクルに関わっているこれらのプレーヤーの強力なオーケストレーター(指揮者)であると言えよう。
(睡眠/覚醒の相互移行に関するニューロモデュレーター 神経調節因子の概略図)

OX-5

 さらに、睡眠スイッチのメカニズムとしては「フリップフロップ・スイッチモデル(The flip-flops witch model)」が提唱されている。PMC3026325では、以下のように説明されている。
  
ウェイク・スリープ・スイッチ(The wake-sleep switch)
  
 脳幹(A図)の上部には、覚醒を促進することになる上行性の投射信号を大脳皮質に送っている多くの種類のニューロンが存在する。コリン作動性ニューロン(水色)は、主に視床へ信号を入力している。一方、モノアミン、および(おそらく)グルタミン酸作動性ニューロン(緑色)は視床下部、前脳基底部(the Basal Forebrain: BF)、大脳皮質を、直接、神経支配している。外側視床下部のオレキシンニューロン(青色)は、これらの脳幹からの覚醒経路の活動を強化しており、さらに、直接、大脳皮質やBFを興奮させている。

OX-6ーA
 
 主な、睡眠促進経路(B図での赤色)は、腹側外側視索前野(腹外側視索前核、VLPO)と正中視索前核(MnPO) からの抑制性入力であり、上行性の覚醒経路を視床や脳幹のレベルで抑制することで睡眠を誘発する(〇印と破線で示した)。

OX-6ーB
 
 しかし、逆に、上行性の覚醒経路システムはVLPOを阻害することができる(C図)。この上行性の覚醒経路・睡眠促進経路における双方の抑制性の関係は、「フリップ・フロップ」スイッチの状態を作り出しており、このフリップ・フロップ・スイッチは睡眠⇔覚醒の迅速で完全な移行を可能にしている。

OX-6ーC
 
 なお、図の略語は以下の通りである。DR:背側縫線核(セロトニン)、LC:青斑核(ノルエピネフリン)、LDT:背外側被蓋核(アセチルコリン)、PB:傍小脳核(グルタミン酸)、PC:プレ縫線核領域(グルタミン酸)、PPT:脚橋被蓋核(アセチルコリン)、TMN:結節乳頭核(ヒスタミン)、vPAG:腹側中脳水道周囲灰白質(ドーパミン)。

 注; このVLPOに存在するニューロンがアルツハイマー病では減少しており、それがアルツハイマー病の不眠の原因であるという論文が本年度に発表されている。加齢に伴いVLPOのニューロンが減っていくせいで、どうしても高齢者では不眠になるのかもしれない。

 注; VLPOはセロトニンやアデノシンやプロスタグランディンD2で活性化され、ノルエピネフリンやアセチルコリンによって抑制される(しかし、VLPOニューロンの一部は、逆に、セロトニンで抑制されるようであり、まだ、解明はされていない)。VLPO自体は神経終末からGABAやガラニンを放出する。

 一方、REM-NREM睡眠スイッチ(The REM-NREM sleep switch)も存在する。

 橋上部に存在するの2つニューロンの集団は相互に抑制しており、REM睡眠とノンレム睡眠との間の移行を制御するスイッチを形成している(A図)。腹側外側中脳水道周囲の灰白質(vlPAG)と外側橋被蓋隣接部(LPT)に存在するGABA作動性ニューロン(金色)は、ノンレム睡眠中に発火してレム睡眠への侵入を阻害している。逆に、REM睡眠中には、外背側下に存在するGABA作動性ニューロン(SLD、赤色)の集団が発火して、vlPAGとLPTを抑制している。この相互の抑制関係は、REM睡眠とノンレム睡眠と間の迅速かつ完全な移行を促進し、REM- NREM・フリップ・フロップ・スイッチを生成している。

OX-REM-1
 
 コアのREMスイッチは、他の神経伝達物質系によっても調節されている(B図)。青班核(LC)のノルアドレナリン作動性ニューロンと縫線核(DR)のセロトニン作動性ニューロン(緑色)は、フリップ・フロップ・スイッチの両サイドに作用することでREM睡眠を抑制しているが(REMオフの興奮とREMオンニューロンの阻害)、REM睡眠中には、彼らは活動を停止している(破線)。一方、コリン作動性ニューロン(水色)は、同じ2つのニューロン集団に対して反対の作用を及ぼすことにでレム睡眠を促進している。さらに、オレキシンニューロンは、REMオフ集団を活性化させることでREM睡眠へのエントリーを抑制しているが(これは、モノアミン作動性ニューロンの神経終末部位に対する作用であるが)、一方、VLPOニューロンは同じターゲットを阻害することにでREM睡眠へのエントリーを促進する。

OX-REM-2
 
 レム睡眠では(C図)、SLD(赤)内のグルタミン酸作動性ニューロンは、髄質や脊髄の抑制性介在ニューロンを活性化させることで運動ニューロンを抑制しREM睡眠におけるアトニーを引き起こす。REMオフ領域から筋緊張性興奮性入力の停止も筋緊張の損失に影響するかもしれない。同時に、傍小脳核(PB)やプレ縫線核領域(PC)のグルタミン酸作動性ニューロンからの上行性の投射は、前脳経路を活性化し、脳波を非同期化し、海馬のシータリズムを駆動させ、REM睡眠における特徴的な脳波所見を作り出している。
http://www.nature.com/nature/journal/v441/n7093/fig_tab/nature04767_F3.html#figure-title

OX-REM-3

 この2つを1つの図にまとめると下図のようになる。
 
覚醒・睡眠とREM・ノンレムのフリップ・フロップ・スイッチのカスケーディング、および、それらがどのようにしてオレキシンニューロンにより安定化されているのか(Summary of the cascading wake-sleep and REM-NREM “flip-flop” switches, and how they are both stabilized by orexin neurons)
 
 覚醒と睡眠を促進するニューロンの集団は下図の左上のシーソー台のスイッチのコンポーネントとして、および、REMオンとREMオフのニューロンの集団は右下の平衡台のスイッチのコンポーネントとして示されている(赤の矢印は抑制性の投射、緑の矢印は興奮性の投射である)。モノアミン覚醒ニューロンは、覚醒時にVLPOを阻害し、REMオンをも阻害しており、REMスイッチのREMオフニューロンを興奮させる。このようにして、健常な個人では、覚醒の状態から直接、REM睡眠に移行することは、ほぼ不可能となっている(シーソーが2つ連動しているので、Sleep-OnになるとREM-Offとなる)。一方、ナルコレプシーでオレキシンからの信号が失われている場合は、両方のスイッチが不安定となっており、通常のカスケード接続関係が破壊されているため、ナルコレプシーのケースでは、覚醒の状態から直接、REM睡眠の断片的な構成要素が駆動されてしまうことが可能になる(覚醒の状態から、脱力発作、睡眠麻痺、入眠時幻覚が直接駆動されてしまう)。

flip-flop switches

 1つにまとめてしまうと上図のようになるが、2つに分けると下図のようになる。

 櫻井博士の総説によれば以下のように解説されている。モノアミン神経は、覚醒時に活性が高く、睡眠時に活性が低下することが電気生理学的に示されており、また、大脳皮質に投射して覚醒を維持する働きを持っている。また、モノアミン系の神経細胞と視索前野の睡眠時に活性の高いGABA作動性神経は、相互に抑制する関係にあり、このような神経回路は睡眠と覚醒の相転移がスピーディーに起こるようないわゆる”flip-flop”のシステムを作っていると考えられる(下図を参照)。その反面、この機構だけでは睡眠相と覚醒相の移り変わりが頻繁に起こってしまう性質を持つはずである。そこにオレキシンが介在することにより、覚醒相におけるモノアミン系の神経細胞の活性を強力かつ持続的に高め、覚醒相を優位に傾けて覚醒を維持する機能を発揮していると思われる。

(アントニオ猪木のようなオレキシンが、覚醒時には、常に、元気ですか!!と、モノアミンニューロンに喝を入れているのである) 

 睡眠時には、視索前(POA)、特に、VLPOの領域のGABA をトランスミッターとして持つ神経細胞(sleep-active neurons)活性が高くなっており、上記の覚醒に関与するモノアミン神経を抑制し、睡眠を作り出している(このVLPOはオレキシン作動ニューロンも抑制している)。逆に、覚醒時には、覚醒に関与するモノアミン神経は大脳皮質を活性化するとともに、VLPOのsleep active neuronsを抑制している(オレキシンニューロンは、この覚醒に関与するモノアミン神経を活性化することで覚醒を維持するように作用している)。オレキシン神経には大脳辺縁系からの入力があり、情動に応じて覚醒を維持する機構を形成している。また、オレキシン神経はレプチンや血糖値の影響も受けることによりエネルギーバランスが負に傾くと覚醒を高めるように働く。 


OX-17

 オレキシンが活動している限り、覚醒が維持されることになるのであろう。では、オレキシンの活動を止めたり高めたりしているのは、いったいどういった機構なのであろうか。
 
 櫻井博士の総説によれば(下図)、オレキシン作動性ニューロンは、様々な神経の支配を受けている。オレキシンニューロンの活動を抑制しているのは、セロトニン(5-HT)、ノルアドレナリン(NA)、GABAであり、これらは、5-HT1A受容体、α2受容体、GABAA、GABAB受容体を介した作用である。一方、グレリン、コレシストキニン(CCK)は、オレキシン神経を興奮させる。グルタミン作動性ニューロンも興奮性の支配をしている。NAに関して、オレキシン神経にはα1受容体も発現しており、これはオレキシンニューロンの活性化に関わっているが、通常はα2受容体を介する抑制系が前面に出てくるようである。アセチルコリンに関しては、抑制される神経細胞が約 30%、活性化されるものが 5%程度あり、残りは作用を受けない。これは、発現しているムスカリン様受容体のサブタイプの差によるものと考えられる。オレキシン神経にはレプチン受容体も発現しており、レプチンは未知の経路を介してオレキシン神経を過分極(抑制)させる。また、細胞外グルコース濃度が高くなるとオレキシン神経が過分極(抑制)することも知られている。 

OX-18

 
 このように記載されており、非常に複雑な神経支配を受けており、モノアミンニューロンだけでなく、レプチンやグレリンなどの様々な因子がオレキシンニューロンの制御に関わっているようである。

 さらに、脳内では、視交叉上核(SCN)からの概日リズムの信号や、摂食に伴うレプチンやグレリンからの信号などが加わり、視床下部背内側核(DMH)を介してその信号が脳の各領域に伝わり、複雑な制御システムを形成しているのであった(下図)。

 視交叉上核(SCN)が体内時計として機能するが、睡眠制御システムへのいくつかの出力がある。その出力のほとんどは、淡褐色で示した腹側(vSPZ)と背側(dSPZ)の室傍核下部領域に出力されており、最終的に視床下部の背内側核(DMH)を含む領域に入る。vSPZニューロンは覚醒・睡眠の毎日のサイクルを整えるために必要な情報を中継しているが、dSPZニューロンは体温のリズムの調節に重要な働きをしている。SPZからの出力は、他の入力とDMHで統合され、DMHニューロンは、睡眠、活動、摂食、コルチコステロイド分泌などの概日サイクルを駆動させている。体温のサイクルは、dSPZから内側視索前野(MPO)への投射によって維持されている。一方、DMNは多くの部位への投射の起源であり、睡眠サイクル維持のためにVLPOへ投射していたり、コルチコステロイドのサイクルを維持するために副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)を分泌する室傍核のニューロン(PVH)に投射していたり、覚醒・摂食サイクルを維持するために視床下部外側(LHA)になるオレキシンニューロンやメラニン凝集ホルモンニューロンへ投射している。SPZとDMHの統合的なステップによって、食事などの環境刺激に概日リズムが適応することが可能になっている。例えば、腹内側核(VMH)や弓形核(ARC)を介するレプチンやグレリンからの情報、内臓からの感覚情報、前頭前野からの認知の情報、大脳辺縁系からの感情的な情報が、この統合的なシステムに入力されている。

OX-19

(この図からは、SCNからのメラトニンの情報も入力されて、VLPOに信号となって伝わっているため、ベルソムラとBZ系や非BZ系の睡眠薬の併用は好ましくないとされているが、ロゼレムなどのメラトニン作動薬とならばそういった有害事象は起きにくいことであろうし、逆に、メラトニンやメラトニン作動薬を併用することで、より確実により低用量で眠れることになるのかもしれない。単剤使用であることが望ましいのは言うまでもないが、私は夕暮れ症候群への防止効果で認知症患者にロゼレムを使用したりしているために、今さら中止する訳にもいかず、悩んでいるのであった。)

 このように、睡眠と覚醒に関しては、睡眠・覚醒以外の多くの要素が絡んで統合されて制御されているのであった。薬で単純に睡眠をコントロールしようとしても、そう簡単にいく訳ではないことが理解できよう(概日リズムを整えておくことも重要なのである)。

 本来の生体の機構では、オレキシン受容体を阻害することは想定されていない。ベルソムラで心地よく眠れたとしても、それは、他の睡眠剤と同様に、人工的な状態が作り出されての結果であり、本来の自然な睡眠ではないことを理解しておくべきである。
 
 たぶん、このベルソムラは非常に人気になるのではなかろうか。依存性や睡眠中の行動異常が生じる心配がないというのは実に頼もしい。唯一、残念なことは、半減期がもっと短かったら良かったのに、5mgや10mgも用意してほしかったのに、ということだけである(おそらく、いずれは、もっと半減期が短い、しかも、OX2受容体にセレクティブなものが出るのだろうけど)。
 
 実は、私自身も睡眠剤のユーザーである。以前は毎日、睡眠剤を飲んでいた訳ではないのだが、歳のせいか、だんだんと眠れなくなってきている。アルコールを飲まない日は睡眠剤をほぼ毎日飲むようになってしまっている。しかし、これはまずいと思っている。そのため、メラトニンを飲んで睡眠剤を使用せずに眠る日を設定したりしており、同じ薬ばかりを連用しないようにしているのだが、私の睡眠剤のツールにベルソムラが加わることになる。しかし、ベルソムラも連用しないつもりである。なぜならば、ベルソムラは半減期が12時間と長いため、連用では血中濃度が常に一定以上になり定常状態に達してしまい、常にオレキシン受容体を弱いながらもブロックしていることになるからである。
 
 ドーパミンD2受容体では、受容体をブロックし続けていくことで受容体はアップギュレートされていき感受性が亢進していく。もし、オレキシン受容体をブロックし続けることで、オレキシン受容体がアップレギュレートしたらいったいどうなるのであろうか。そのような事象が起きないとも限らない。それは、まだ、誰にも分からない事象なのであった。