来年10月に予定されていた消費税率引き上げの延期が確定的になりました。
今年4月に消費税率が引き上げられた背景には、金融緩和による景気拡大の勢いで乗り切れるとの目算があったものと推測できます。リフレ派は「インフレ目標を掲げて日銀当座預金残高を激増させる→予想インフレ率上昇→投資・消費が湧いてくる→生産と雇用が増えて停滞から完全に脱却」というシナリオを主張していました。
2013年4月の質的・量的金融緩和開始~2014年初の短い期間にはこのシナリオが的中したかのようにも見えましたが、鉱工業生産指数は2014年1月がピーク、東大日次物価指数(インフレ率)も4月以降はマイナスが定着しています。
円安による輸入インフレを除くと、インフレ率の上昇傾向も止まっています。
物価上昇率「ゼロ近辺」 IMF、円安影響除き試算:朝日新聞デジタル
リフレ派は「消費税率引き上げが経済指標悪化の原因」と主張していますが、これは「QQEのプラス効果<消費税率引き上げのマイナス効果*1」を認めたことに他なりません。「ブタ積みの増減で景気をコントロールできる」という(ユニークな)理論=中央銀行全能論からは大幅な後退です。2006年3月の量的緩和解除後も生産は増加を続けていたように、そもそも長期で見れば、「ブタ積みを増やすと景気が良くなる」の関係が観察できません。外国の中央銀行関係者も、全能扱いされることに困っているようです。
…, today, monetary policy has acquired a degree of prominence that could lead to its powers and its reach being overestimated. Central banks are far from almighty …
消費税率引き上げが望ましくない理由の一つは、日本経済の構造問題解消に逆行するからです。
日本からユーロ圏への警告:JBpress(日本ビジネスプレス)
第2に、日本は民間部門の消費が少なすぎ、かつ民間部門の貯蓄が多すぎる国なのに、民間部門の貯蓄ではなく消費の方に税を課してしまった。第3に、民間部門の過剰貯蓄をもたらす構造的な要因、すなわち民間非金融法人部門の慢性的な資金余剰(粗利益から投資を差し引いた残り)には手がつけられなかった。
政府が景気を再度落ち込ませることなく財政赤字を減らせるようになるのは、唯一、他部門において収入に対する支出の割合が高まる場合に限られる。具体的には、純輸出が拡大するとか、企業の投資が増えるとか、企業から家計への所得移転が行われて家計の消費が伸びるといったパターンが考えられる。
非金融法人企業部門は1998年度以降、資金余剰を続けていますが、その理由としては、
- 1997年の金融危機、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災と巨大なショックを経験した結果、防衛的な経営姿勢が強まった(脇田成が言うところの「要塞化」)
- 潜在成長率の見通しの低下(←人口減少など)
- 株主重視主義の浸透(→儲けを従業員に還元しない)
などが挙げられます。
企業が資金余剰(黒字)を続けていることが、財政赤字と家計消費の伸び悩みを招いているわけです。企業から家計への十分な資金移転なしに家計から政府への資金移転(増税)を強行すれば、家計消費が減退するのは火を見るよりも明らかです。
消費税率引き上げを正当化する論拠の一つに、日本の税負担は国際比較すると重くないことがありますが、問題は「誰が・どのように負担するか」です。1989年の消費税導入の前年に伊東光晴が指摘していたことが参考になります。
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一般消費税の導入によって所得税を減税するという今日の改革案は、垂直的公正を弱めるということにほかならない。
と同時に法人税の減税を一般消費税によって補うということは、税負担を企業から消費者に移すことである。
所得税・法人税減税&消費税増税が垂直的公正を弱めたことは確かな反面、経済成長へのプラス効果が得られたとは考えにくいでしょう。
それに加えて、伊東が指摘していた社会保険料の問題は拡大しています。
税制改革を論ずる人は、所得税と一般消費税の関係を考えても、低額所得者に重くのしかかっているこの社会保険掛金の存在を無視している。だがそれは累進性ではなく比例税的に天引きされ、しかも税と違って扶養控除もない。
給与所得者が現に納めている所得税は、本来の累進性の所得税と比例税ともいえるものの合計であり、低所得者になればなるほど、この比例税の存在を無視することはできないのである。それゆえ高齢化社会に向けてえらばれなければならない道は、増加していく事実上の比例税を、より平等なヨーロッパ型の付加価値税という事実上の比例税におきかえていくことである。
社会保険料→消費税への置き換えであれば、消費税率引き上げは正当化されるわけですが、社会保険料の仕組みがそのままであれば、垂直的公正を弱めて低所得者の負担を増やすだけです(→家計消費抑制)。高齢化に伴って社会保障費は増加を続けていますが、伊東の予想が的中しているようです。
これらを現行制度のままで負担したとき、低所得サラリーマンの負担増はことさらに重くなり、給与所得者の福祉社会への反撥は大きく強まることが予想される。
企業の資金余剰(1998年度~)や垂直的公正の弱まり(1989年度~)などの構造的問題を放置したまま消費税率を引き上げ、マイナス効果はQQEで相殺しようとしたアベノミクスはいったん頓挫したと言えるでしょう。延期中に構造問題解決の議論が進むことを期待したいものですが、残念ながら期待薄です。
- 作者: 脇田成
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*1:消費税率5%→8%が物価を上昇させることは誰でも知っていますが、日銀当座預金を50兆円→170兆円に増やすことが物価を上昇させると考えている一般人はほとんどいないでしょう。そもそも、日銀当座預金の意味や、11月14日に170兆円台に乗ったことを知っている人がどれだけいるのでしょうか。