ホステスのアルバイト歴があることを理由に、アナウンサーの内定を取り消された女子大生がテレビ局を提訴した。ホステスの経歴はアナウンサーとしてふさわしくないのか。フリーライター神田憲行氏が考える。

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 内定を取り消したのは、東京キー局のひとつである日本テレビ。11月10日の日刊スポーツ紙が報じたところによると、3月に女子大生が過去に銀座のクラブでホステスのアルバイトをしていたことを人事担当者に報告したところ、4月に「傷がついているアナウンサーを使える番組はない」といわれ暗に内定を辞退するよう勧められた。拒否をすると5月に人事部長名で内定を取り消す書面が届いたという。これに対して女子大生は「労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する」訴訟を起こした。

 このニュースについて銀座の夜で働く女性たちの声を集めた。

「びっくりしました。えっあたしたちの仕事っていけないことなの? 悪いことしてるの? って思いましたよ」

 というのは不動産会社のOLからホステスに転じて1年余り、という31歳のホステスさん。和服姿が似合っている。同じ世代の一般企業で働く女性たちとシェアハウスに住んでいるそうで、

「いろんな人に会えるこの仕事は面白いですね。家に帰ってもみんな仕事がバラバラだから、そういう話を交換するのも楽しい。おかげで縁遠くなりましたけれど」

 と、ネオン街に笑い声が弾けた。一方、

「テレビ局の方も昔はよく店にお見えになってましたよ。今は景気が悪いのか、さっぱりですけれど」

 と皮肉たっぷりなのが、この道30年というクラブのママさん。高く結い上げた髪はもはや芸術品だ。

「うちで働く子たちが馬鹿にされたみたいで、腹立ちますね。もし日本テレビの方がお店にいらしたら、とっちめてやる。必ず」

 他にも「よくあんなこというな、という感じ」「馬鹿にされるような職業ではないと思います」「信じられない」などなど、ホステスさんたちの評判はさんざんだ。当然とはいえ、しばらく日本テレビの方は銀座で遊ぶのは控えた方がよろしかろう。

 私が驚いたのは、日本テレビが女子大生に送った書面にある「理由」だ。日刊スポーツ紙によると、

《アナウンサーに求められる清廉性にふさわしくない》

 ホステスに「清廉性」はないのか。そもそも清廉とはなにか。岩波国語辞典には、

「心が清らかで私欲がないこと」

 とある。

 私は大学を出てすぐ大阪のジャーナリストの故・黒田清さんの弟子になった。事務所には黒田さんの人柄を反映して、市井のいろんな人が出入りしていた。そのなかに「昔、クラブのママをしていた」という女性がいた。ママさんは私や先輩たちを「黒田さんのとこの若い子」といって、安い給料の一助とすべく、靴下をバーゲンで買ってきてくれたり、食事をご馳走してくれた。ある日焼肉店から出たとき、いつもと違う低い声のトーンでママさんから諭された。

「あんたがこれから進む道は、カネも権力も無縁の世界や。人の世話になることも多いやろう。そういうときはな、しっかり『ご馳走さまでした』『ありがとうございました』って、言うんやで」

 25歳で事務所から独立したとき、頼るべき組織も誇るべき才能も学歴もない私は、ママさんの言いつけを守り、両手を揃えて「ご馳走様でした」「ありがとうございました」と頭を下げ続けた。すると、

「君は若いのに、礼儀はちゃんとしているねえ」

 目を細めながらそう言って、可愛がってくれたり、助けてくれる人が大勢できた。だから51歳になった今でも、高校野球の現場で選手の取材の輪から抜けるとき、選手がこちらを見て無くても、その背中に向かって必ず一礼する。ママさんの教えを守り続けたおかげで、今まで食ってこられたという想いが私には強い。

 日本テレビとホステスさん、清廉でないのはどっちだ。