福島・いわき市内の男を特定
ネット上のヨーゲンは、あまりに幼稚だった。知性や理性の欠片も見ることができず、あらんかぎりの罵倒語と卑猥な言葉を送り出すだけの人物である。社会経験をもたない20代前半、あるいは高校生くらいかもしれない、とまで私は考えていた。還暦を前にした大人が、まさか下劣な言葉の持ち主であるとは考えにくかったのだ。
事態が動いたのは昨年末のことだった。
いわき市内の飲み屋街で、バーやスナックを聞き込みしていた時だった。
たまたま知り合った酔客から興味深い話を耳にした。
「韓国人をやたら敵視する中年の男を見たことがあるんですよ」
彼によると、その男はあるスナックで、その場に居合わせた韓国人の女性客に向かって、「俺は韓国人が嫌いだ」「出ていけ」などと突っかかっていたという。しかも日頃から韓国や在日コリアンへの差別的な暴言が目立っていたらしく、客に迷惑がかかるといった理由で、いまはそのスナックを「出入り禁止」になっているというのだった。
さすがに肝心のスナック店主は「客の情報は漏らせない」と口が重たかったが、出入り客などからの聞き込みを重ねることで、その暴言男の名前が在日女性たちが割り出したものと一致した。年齢も50代後半、仕事はIT関連であることも判明。プロファイリングと合致する。さらに取材を進めると、その男の趣味や嗜好、性格、言動などが、彼女らが提供してくれたヨーゲン情報とすべて一致したのだ。
ヨーゲンであることは間違いない。そう確信した私は、この男の周辺に的を絞って関係者をまわった。取材するごとに、彼の人物像がさらに鮮明となった。
男は県内沿岸部で開業医の息子として生まれた。
地元の中学を卒業した後、彼は県内では名門として知られる高校に進学している。
「ちょっと風変わりなヤツでした」
そう振り返るのは同級生の一人だ。
「落ち着きがないというか、空気を読めないというか、突飛なことを口にしては周囲をシラケさせるようなところがありましたね。とはいえ問題児であったわけではありません。彼を苦手とする人が多かった、という程度です。音楽が好きで、ドラムをやっていたと記憶しています」
卒業後は周囲に「ミュージシャンになる」と言って、一度、地元を離れたという。ほとんどの同級生が大学へ進学するなかにあって、男の選んだ進路は学校でも珍しいものであった。
しかし、音楽の道で成功した形跡はない。
数年後、男は県内に戻り、地元私大の歯学部に入学した。
「おそらくは音楽では食えないことを悟り、開業医だった親の勧めで同じような道を選ぶことにしたのでしょう」(前出、同級生)
だが、それもうまくいかなかった。
もともと医師になることに積極的でなかったこともあり、男は大学を中退する。
その後、しばらくして男が始めたのは、インターネットビジネスだった。ネットが大衆化されたばかりの頃である。おそらく早い時期からコンピューターへの興味と関心を深めていたのだろう。
1996年、電気事業通信業者の認可を得て、いわき市内でプロバイダー業を開業した。地元の商店街などを回り、月額2千円でネット加入できるサービスを売り込んだ。
同年3月には地元の経済誌『財界ふくしま』で、男の事業が取り上げられたこともあった。「ネットで開く、世界への道」と題された記事において、同誌記者の問いに対し男は次のように述べている。
「難しがられていますけれど、インターネットは車の免許を取るより簡単ですよ」
「妥協なしで、安くて良いものを提供していく」
「ビジネスマンの名刺に電子メールのアドレスが書いてあるのは、もう珍しいことじゃないですよね。いまは講師に呼ばれることも多くて、インターネットの啓蒙活動しているようなもんです」
新しい情報ツールを売り込まんとする、男の並々ならぬ意欲は感じることができる。このビジネスの舞台が大都市であれば、そして彼にもう少しの才覚と資金があれば、ネット草創期という"時代の利"を生かして、あるいは彼もネット長者の道を歩んでいたかもしれない。
この時代、東北の小さな衛星都市では、彼の意気込みも「啓蒙活動」も、空回りせざるを得なかった。
「結局、うまくいかなかったんです」と話すのは、その頃の男を知る知人の一人だ。
「彼はよく嘆いていましたよ。『この街では誰もインターネットの可能性を理解していない。本当に遅れている』と」
ネット加入を勧めても、地元商店主たちはまだ、そこにどんなメリットがが生じるのか、どんな利益につながるのか、まるでわからなかった。どれだけ将来性を説いたところで、男は「啓蒙」することができなかったのである。
「市内の雑居ビルに事務所を構えていましたが、そこも家賃の滞納で追い出されてしまう始末でした。金には困っていたようですね」
他人の駐車スペースに無断で車を停めるなどして、近隣とのトラブルも絶えなかったという。
おそらくは事業の失敗が、彼の方向を誤らせたのであろう。ほどなくして男はプロダクトキーの違法販売に手を染めることになった。
昨年末にそのことを知った私は、客を装って、男がネット上に開設したプロダクトキーの販売サイトに電話したことがある。
ネットに詳しくない私は、彼の商品説明がさっぱり理解できない。何度も繰り返してシステムの概要を求める私に、男は「そんなこともわからないのか」と半分キレかかっていた。客の問い合わせに対してぞんざいな口調で応じる彼には、客商売は難しいだろうなあと思うしかなかった。
さて、男の"人となり"は理解できた。だが転居を何度か繰り返しているので、肝心の住所がわからない。昔からの知人はほとんどが男とは没交渉で、私が取材した人物の中に現住所を知る者はいなかった(あるいは知っていたとしても教えたくはなかったのだろう)。
<以下後編へつづく>
ジャーナリスト/1964年静岡県生まれ。週刊誌、月刊誌記者などを経て2001年よりフリーに。著書に『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書)、『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館)ほか。主著『ネットと愛国』(講談社)で2012年度講談社ノンフィクション賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。現在は2015年春の出版を目標に、『ネットと愛国』の続編を鋭意執筆中。
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『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』
第三十四回講談社ノンフィクション賞受賞作、第四十四回大宅壮一ノンフィクション賞候補作品。
聞くに堪えないようなヘイトスピーチを駆使して集団街宣を行う、日本最大の「市民保守団体」、在特会(在日特権を許さない市民の会 会員数約1万人)。だが、取材に応じた個々のメンバーは、その大半がどことなく頼りなげで大人しい、ごく普通の、イマドキの若者たちだった・・・・・・。
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