ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける 中年ネトウヨ「ヨーゲン」(57歳)の哀しすぎる正体【前編】

2014年11月17日(月) 安田浩一
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ネット上の痕跡から追い詰める

さて、ネット上のヘイトスピーチがやっかいなのは、匿名性が保たれているからである。悪質なヘイトの担い手たちが実名を明かしているケースは皆無に等しい。そればかりか年齢も住所も勤務先もわからない場合がほとんどだ。自分だけは物陰に隠れて他者を罵倒、攻撃する。実に卑怯極まりない。

ヨーゲンも例外ではなかった。
彼のツイッター上のプロフィール欄には、わずかに「北海道在住」とだけヒントらしきものが書き込まれているだけで、実際、それが事実どうかも確かめようがない。

実は私も彼の素性を暴くことができないかと、ツイートを丹念に読みこんだことがある。しかし、男性であること以外の属性はまるで把握できず、せいぜい「フェラーリを所有していた」「豪邸に住んでいる」といった真偽不明の断片的な情報しか得ることができなかった。

しかし、本気で「捜索」に当たる女性たちには特筆すべき才能があった。
誰もが皆、ネットの知識に長けていたことである。

ここで詳述するわけにはいかないが、彼女たちは持てる知識を総動員し、ヨーゲンに関するあらゆる情報をかき集めた。ツイッターはもちろんのこと、彼が書き込みをしたと思われる掲示板、保守系サイトなどを虱潰しにチェックし、その痕跡を追った。政治的な側面だけから調査したわけではない。趣味、嗜好、食生活に至るまで、いわばプロファイリングを重ねたのである。

例えば、ヨーゲンがネット上にアップした一枚の風景写真を発見すれば、そこに写り込んでいる樹木や建物、道路標識、商店の看板まで見逃さなかった。不鮮明な山の稜線まで拡大し、撮影場所の特定に務めた。また、彼がオーディオの愛好家だったことも把握し、マニアの集まるサイトを片端からチェック。その中に、ヨーゲンらしき人物が書き残した文章とIPアドレスがあった。ヨーゲンは数年前に、とあるネトウヨ観察ブログに管理人を罵倒するコメントを投稿したことがあり、その際にIPアドレスを迂闊にも残していた。この二つのIPアドレスが一致したのである。これは「捜索」するうえでの重要な端緒となった。

広大な砂浜で一粒の砂金を探し当てるかのごとく、気の遠くなるような作業だったという。

それぞれが育児の合間に、あるいは仕事を終えてから、ひたすらネット空間での捜索を続け、その日の「成果」をLINEの掲示板で報告しあう毎日が続いた。

そのうち徐々に、おおよその人物像と生活圏が浮かび上がった。そこへ疑わしき人物を次々と当てはめ、ふるいにかけ、最後に残ったのが福島県いわき市に住む一人の男性だった。捜索を開始してからすでに2か月を要していた。

もちろん、当該人物が本当にヨーゲンであるのかどうか、確定するには、まだ材料に乏しかった。その時点で判明していたのは男性の氏名と、「いわき市在住」ということ、そしてIT関係の仕事に従事している可能性が強いといったことである。多方面から得た情報で、この男性が「ネトウヨ的な思考」を抱えていることじたいは間違いなかったが、それだけで彼がヨーゲンであると決めつけるわけにはいかない。まだ"容疑者"の段階である。

結局、確定するためには詳細な住所を調べたうえで本人に問い質すしかない。しかし、仮に住所が判明し、直撃できたとしても、その人物がヨーゲンであることを否定すれば、それで終わりである。

そこで現地調査を依頼されたのが、私だった。彼女たちは知り合いのつてをたどって私とメールで連絡を取り、それまでの調査結果を報告すると同時に、ヨーゲンを探し出して欲しいと持ちかけたのである。

私としても望むところではあった。超有名ネトウヨであるヨーゲンは、ぜひとも取材してみたいひとりではあったのだ。

IPアドレスの開示請求など法的手続きを取らず、ただ自分たちの知恵と努力だけでヨーゲンに迫っている彼女たちの情熱に、私は激しく心を揺さぶられた。私も単なる傍観者でいたくなかった。

彼女たちから容疑者にまつわる資料がメールに添付されて送られてきたのは昨年秋のことだ。
氏名、年齢、ネット上の痕跡、ヨーゲンだと推察される理由が記された書面に加え、いわき市内の住宅地図もそこには添えられていた。地図上には容疑者と同じ苗字の家が、数十か所も蛍光ペンで塗りつぶされていた。

人物特定に必要なファクトとしては十分だ──と私は思った。

だが、調査は予想以上に難航した。
後にわかったことだが、この人物は友人関係も近所づきあいもほとんどなく、また、自宅から外に出ることもめったになかった。

そのせいで闇雲に聞き込みを重ねても、それらしき人物が浮かび上がってこない。たとえ彼の名前を知っている人がいたとしても、「ネトウヨのヘイトスピーカー」であることなど知っているわけがない。

おまけに、肝心の自宅がわからない。住宅地図を片手に同じ姓の家を訪ねてまわったが、ヨーゲンらしき人物を当てることができなかった。

いったい何度、東京といわきを往復したことだろうか。

そのうち、私も苛立ってきた。もしかしたら彼女たちが探し出した容疑者は、ヨーゲンとは別人物ではないかとも思うようになった。そもそも57歳という容疑者の年齢が、私が想像していたヨーゲンと重ならなかった。

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