5歳までの教育が、人の一生を左右する――。労働に関する計量分析手法を発展させた実績で2000年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン米シカゴ大学経済学部特別教授はそう指摘し、近年、教育政策の分析に力を入れている。少子化に伴い、未就学児の幼児教育から受験まで、教育産業の囲い込み競争が過熱する日本。このほど来日し、「格差是正のためには、幼少期の子供とその親に対して働きかけをすることが大切だ」などと主張するヘックマン教授に、幼少期における教育のあり方と意味などについて聞いた。(聞き手は広野彩子)
人生でその人なりの成功を収めるうえで、「ケーパビリティー」を高めることの重要性を指摘されています。このケーパビリティーとは、やはりノーベル賞を受賞した経済学者アマルティア・セン米ハーバード大学教授が定義した「潜在能力」のことでしょうか。
ヘックマン:そうです。ケーパビリティー、すなわち「潜在能力」は、人生の様々な局面で自ら行動を起こしていく時に必要な、様々な能力を指します。言い換えると、人が社会の構造の中で効果的に「機能」を果たしていける能力ですね。我々が「知性」という時には、特定のタスクを継続できる能力も含みますが、それも重要な潜在能力の1つです。例えば発明家トーマス・エジソンは「天才は1%の才能と99%の努力だ」と言いましたが、タスクを継続する能力は、その「努力」に当たる部分です。(タスク継続につながる)忍耐強さや自己抑制力、良心は重要な潜在能力です。
人生を決定づけるのは「潜在能力」
潜在能力は、IQ(知能指数)で測れるわけではありません。潜在能力は、(経済力など)資源の制約、情報量と社会的な期待、両親の情報と期待、そして本人の選好、という4つの要因から影響を受ける「非認知スキル」です。
ではIQは何を測っているのでしょうか。
ヘックマン:知能の一部を測り、抽象的な問題を解く能力を示します。IQを高めたければ、乳幼児期の働きかけが重要です。これまでの研究で、IQは人生の初期にかなり決まってしまうことを示しているからです。30歳の人のIQを変えるのは極めて難しいですが、生後3カ月からであれば変えることができます。