たかし
男と同じクランの仲間を大勢引き連れここにやってきた。シーフ、魔術師、治癒士、弓師、クランの魔術師を通して迷宮学者なんてのも大金を積んで雇った。深層に溢れるという未知の魔道具に、宝物をすべて持ち帰るつもりで屈強な奴隷まで何人も買った。
きっとこれが俺の最後の挑戦になる
そう思うと膝ががくがくするとともに久しぶりに興奮で顔が熱くなった。
「俺達はきっとやってみせる」
険しい顔をして引き止めるギルド長に俺はそう言った。
あの野郎言うに事欠いてお前らは全滅すると言いやがった。
今王都で最も勢いのあるクランを率いる「赤い鷲」の俺を前にしてだ。
俺は怒りのあまりその場でギルド長を切り伏せたい欲求を抑え込むのに必死で話を半分も聞けなかった。
後で副長の魔術師ニズーリにこっそり聞きに行ったくらいだ。
ニズーリ…俺の恋人であり凄腕の魔術師でもある。冒険者になってから十数年彼女と共に幾つもの迷宮や遺跡を攻略した。何かあればすぐに沸騰する俺と違って彼女はいつも冷静だった。
彼女の冷静な判断のおかげで若いころは何度命をすくわれたことか。彼女には感謝してもしきれない。
この迷宮を踏破して金が貯まった暁には彼女に結婚を申し込むつもりだった。
彼女はあまり乗り気ではなかったが何度も頼みこむと最後には共に行くと言ってくれた。
君が居れば必ずうまくいく。そう言うと彼女はいつもの様に薄く俺にしかわからない微笑を浮かべ手ほんのりと頬を染めた。
むらむらと来た俺は彼女をベッドに押し倒しいつもの様に強引に服を剥ぐ
事を終えた後。隣で静かに寝息を立てる彼女を見つめながら
きっと成功させよう誓ったんだ。
全て無くなってしまった。
血流に乗って体の節々まで届く魔力は限界まで男の体を強化し
度重なる戦いで鍛え上げらられた男の経験と天性の勘は相手の初動から攻撃の軌道を予測し
手首が捻り槍が射出されるその直前に死の軌道から男の位置を巧みにずらす。
だがそれだけではこの迷宮を生き残るにはわずかに足りない。
ぴゅんっ、頭の上から風切り音と共に打ち出される神速の骨の槍。
「くっ!!」
それは間一髪、横へ回避した男をなお追って今度は右耳を削った。それを追うように螺旋を描いて小骨の魚群が大きく面でばら撒かれる。男は痛みを介さず壁面を蹴って後ろへと飛ぶ。
ばら撒かれた小骨は一瞬前まで男が居た壁面に幾重にも抉り幾つもの重なった爪痕を残した。
骨の癖に一撃一撃が鉛玉の様に重い。
その魔物の槍の射出には隙と言えるようなものが殆ど無かった。槍を構え、僅かに手首を動かし男を軌道に収めると目にも見えない程の速度で骨の槍を放つ。そして腕の後を追うように魔物の背後から撃ちだされるのは、骨の魚が吐き出した空中に渦巻く小骨の魚群である。
下手に近づこうものなら蜂の巣になるのがオチだ。
頭を守る兜はとうに槍に弾き飛ばされ先ほど息絶えた最後の仲間と共に、ずっと後ろの方に転がっている。
「くそっ…くそっ…!!」
痛みを悪態を散らす。
男はもはや自分の体が限界である事に気付き始めていた。
動きが悪くなっている。
魔力強化は本来あまり長時間使うような技ではないのだ。
男の魔力が長く続かない上に、肉体的にも恐ろしく酷使するからである。
魔力強化の限界は近い。男の顔には隠しきれない焦りが浮かんでいた。
それに引き換え魔物の無機質な瞳は攻撃が外れてもなお何の感情の色も灯さない。
だが男は理解していた。その魔物が自分の命を奪うことを何より望んでいる事を
ゆらりと魔物の乗った骨の騎魚が尾骨で宙を打つ。どういう仕組みかその骨の魚は宙に浮いていた。
「深層には行くな。あの場所の魔物には理屈は通じないぞ。あそこは異界だ。」
ギルド長の言葉が今更ながらに思い出される。
ギルド長は正しかった…唯一つを除いて
ただの異界じゃない。
「ここは地獄だ。」
振り返ることはできないが、背後に置いてきたニザーリの瞳は最早何も映してはいないだろう。
音もなく宙を飛来した最初の槍に貫かれ彼女は死んだ。
この迷宮はおかしかった。
深層を潜ってから、中層で遺憾なくその戦技を発揮させたクランの戦友達が赤子の手をひねるかのように次々に潰されていく。
シーフが安全を確かめ筈の中層への扉は確保した中継所と共に何かに食われて消えた。
探索から戻ってきたクラン長率いる探索班一同が確認できたのは
中継地点があった場所に開いた黒々とした暗黒の空間と周辺に散らばる仲間達の痛々しい手足の残骸だけである。戻ることはできなくなった。
そして進むという選択肢だけが残った。
だがもはや進むこともできなくなりそうだ。
悠然と泳ぐ巨大な骨の魚に騎乗し空中を親魚に付従うかの様に周囲を泳ぐ幾つもの骨の槍を掴み取ると小骨を次々に放ちながら次の攻撃へ移るためこちらを伺っている。
次で避けるのは何本目か。小骨の奔流を避けそれより早い次の槍の軌道を見極める為に右へ左へと動きながら気づいた。自分があまりにも情けない事に
避ける?俺は何を考えてる。あいつを倒さず避けるだと?
そう思うと、仇を前に兎の様に避ける事しかできない自分に不意に急激な怒りが沸いた。
そうだ。何をビビってる。俺は誰だ。「赤い鷲」は何の象徴だ。
「それは勇気だ。俺には勇気がある」
俺とあろうものが恐怖に我を失っていた。
今まで忘れていたそれをぎゅっと握りしめる。手には愛用の戦斧が握られている。
スケルトン如きに、それも仇には負けるわけにはいかない。
次は避けない。
目が決意に据わる。
次の槍が勝負だ
…不意に魔物の動きが止まる。
男は一瞬眉をひそめるがこれはチャンスだ。
素早く懐から青の丸薬を取り出すとがりりっと齧った。
ニザーリが愛用していた魔術師用の魔力薬だ。魔力の流れを一時的に激的なまでに高める
使いなれてないものが使うと気を失うまで魔力が枯渇する事もある劇薬だ。
肉体強化にしか魔力を使わない俺には多少負荷がかかり過ぎる
だがそんな事もう言っていられない
最早気絶しようが魔力欠乏で死んじまおうがどうでもいい
奴を倒す!!
流れの悪くなっていた血液の魔力濃度が急激に高まるのを感じる
残された腕力を使い限界以上に腕力を強化する。
ブチブチと音を立て負荷に耐えかね軟い血管から切れていくのがわかる。
そして男は弾丸の様に飛びあがった。
壁面に着地し斜め上の天井へ螺旋を描くような軌道で徐々に加速しながら魔物へと向かっていく。
小骨の魚群が男へ向かい発射される。
その一発一発が宙を裂き断末魔の様な風切り音を響かせ男に迫る。
男はそれを壁面から天井へと跳び移ることで回避する。
不意に魚群の面軌道から小骨の一匹が外れ男の股を潜った
「うぐぎっ!!」
余りの痛みにまるで一瞬気を失いかける。
だが止まらない。骨の槍を構え待つスケルトンに斧を叩きこむ!
槍が俺を貫くのが早いか俺の斧がスケルトンを叩き割るのが早いか
「どうなるにせよ貴様はこれで終わりだッ!!」
スケルトンに対し全力で斧を振り放つ!
同時に魔物は骨の槍が射出された。
だが槍は外れ男の頬を裂きながら自らの遥か後方へと飛んでいく。
勝機を確信した俺は魔物に斧を叩きこむ!
ドゴッ!
刃の入り具合から思ったよりも魔物が固かった事に気づく。
魔力残量からして次の槍は避けれない。
これが最後のチャンスなんだッ!!
男は残された魔力を限界まで引き絞るように放出し斧を振り切る!
徐々に斧は加速しスケルトンの頭を一直線に切り裂いていく。
斧を振り切ったと同時に魚からスケルトンが滑り落ちた。
一瞬遅れて骨の魚もただの骨に還る。
男の体をじんわりと熱が包む。
もう体に力を込める事が出来ない。
男は斧を杖にして倒れ込むように地面へとひざまずいた
「やったか?ニザリー俺は…」
男がそれを最後まで言い切る事は無かった。
腹が燃えるように熱い。
視界が霞んでいく。
「なんだこれ?…」
見れば腹部が大きく四方形に失われている。
「俺は…」
そう呟くと男は今度こそ倒れた。
男の名はグリム・イェーガーと言った。「赤い鷲」と言うクランのクラン長にしてB級冒険者魔術師ニザーリの恋人兼婚約者。A級冒険者の重戦士グリム・イェーガーである。
だがどうでもいい話だ。それらはもう使われることもないだろう。
「ふっ…危ない危ない」
戦闘場所から遠く、ぼさぼさのコートを身にまといビニール袋をぶら下げた髭ずらの謎の毛深い生物がそこに居た。
それは熱線銃を上に向け銃口に気障っぽく息を吹きかける。その姿は全く様になっていない。
動物園から出てきたゴリラに中年のホームレスの格好をさせれば恐らくこんな感じになるだろう。
髭男のすぐわきの壁に熱によって蒸発し歪に折れ曲がった骨の槍がブーメランの様な形で突き刺さっている。
髭男の名を椎名・隆と言った。公園定住時代のあだ名は「たかし」である。
たかしはとことこと歩いて魔物と戦って力尽きた男女の死骸に近づくと手に力を込める。
「てい」
おざなりな掛け声とともに死んだはずの骨の魔物がゆらりと宙に浮き上がった。
と同時に女の亡骸もゆっくりと立ち上がる。
男の方はぴくりと動いたがそれ以上は動かなかった。
「男の方は無理っぽいな…。だげど、まっいいか!異種族とは言えボディコン女冒険者をゲットできたし!こっちはあとでゆっくりと楽しむとして!んーむっ!かっこいい!骨騎士!遠目で見た時は絶対無理だっと思ってたんだげどな。二つゲットできて今日はついてるべ!」
満面の笑みを浮かべるゴリラ男。たかしはネクロマンサーである。
「今日は一緒に肉食うか!」
満面の笑みを元ニザーリに向けると彼女は静かにうなずいた。
「持ってこい!」
ネクロマンサーが生き返らせた死体は主に直接逆らうことは出来ない。
骨騎士は命令を受け骨の魚に自分を倒した敵を咥えさせる。
たかしは悠然とその場を去って行った。
骨魚を操る骨の騎士と麗しい女の死体を引き連れて
その頃、迷宮の何処かにて。
ほの暗い台座にポッと明かりがともる。薄暗い炎の台座に石を掻き削るようにゆっくりと新しい名が刻まれていく。
石橋 雄介
台座の周りには同じような台座がある無限に思えるほど遠くまでそれは続く
だが火が灯っている台座は少ない
迷宮の王は新たな贄を呼び出した。
彼の命は続くだろう。その台座の炎が消えるその日まで
たかし登場
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