来年10月に予定している消費税率の10%への再引き上げを先送りする。安倍政権がこうした方針を固め、民主党も認めた。

 再増税は、7~9月期の国内総生産(GDP)速報などの経済統計を見て、有識者の意見も聞きつつ、安倍首相が判断する。菅官房長官らはそう説明してきたはずだ。

 ところが、GDPの発表を待たず、有識者からの聞き取りが続いているさなかに、政府・与党内で増税先送りと年内の衆院解散が既定路線となった。民主党もこの流れに乗るという。

■議論なき政策変更

 首相が公式にはひと言も発しないまま、重要な政策変更が固まる。もちろん、議論がないままに、である。

 2年半前に民主、自民、公明がかわした「社会保障と税の一体改革」に関する3党合意は、次のような趣旨だった。

 ――高齢化などで膨らみ続ける社会保障を安定させる必要がある。その費用をまかなう国債の発行、つまり将来世代へのつけ回しは減らしていくべきだ。負担を皆で分かち合うために消費税の税収をすべて社会保障に充て、税率を引き上げていく。

 負担増は国民に嫌われる。でも避けられない。だから、与野党の枠を超え、政治の意思として国民に求める――。

 そうした精神も議論の空白の中で吹き飛ぼうとしている。

 まず責められるべきは安倍政権だ。税率の再引き上げについては、増税を定めた法律に経済状況を勘案するとの「景気条項」がある。だからこそ、経済統計を待ち、有識者の意見を聞くのではなかったのか。

 確かに、足もとの景気は力強さにかける。とはいえ、08年のリーマン・ショック時のような経済有事とは違う。一体改革は将来にわたる長期的な課題だ。景気が振るわないなら、必要な対策を施しつつ増税に踏み切るべきではなかったか。

 一方、民主党の野田前首相は「景気回復の遅れを政府が認めようとしている中で、増税しろとは言えない」と語る。選挙戦を念頭に、現政権の経済政策の失敗がこの状況を招いたと強調する狙いがあるのだろうか。

 今後、数十年にわたって直面する高齢化と人口減少を見すえ、私たちは「給付と負担」という重い課題に向き合っていかざるをえない。それなのに政治は、「決断の重さ」からいち早く逃げだそうとしている。

 首相は来月の総選挙を念頭に衆院を解散する意向だ。だがその前に、一体改革をどう考えているのか、安倍氏と野田氏は国民の前で一対一で議論する機会を設けてはどうか。

■福祉も財政も直撃

 消費増税の延期は、社会保障のあり方と、それと不可分の財政再建計画を直撃する。

 一体改革では、税率引き上げによる税収の増加分の使い道もおおむね決められている。

 計画していた給付を削るのか。削らないなら財源をどう手当てするのか。

 国債発行に頼れば財政再建は遠のく。政府は基礎的な財政収支の赤字について、GDPに対する比率を10年度の6・6%から15年度に半減させ、20年度には黒字化する計画だ。消費税率を予定通り10%にすれば15年度の目標はぎりぎり守れそうだが、20年度に向けてさらに増税や歳出削減が不可欠という厳しい状況にある。

 日本銀行は、大胆な金融緩和のために国債を大量に買っている。日銀が政府の予算を穴埋めしていると見なされれば、国債や円への信頼がゆらぎ、相場急落に伴う「悪い金利上昇」や「悪い円安」を招きかねない。

 日銀は、10月末に金融緩和策第2弾を決め、国債購入の上積みを打ち出した。その直後に政府が増税を先送りする。市場の不信を招きかねない。

■先送り論に歯止めを

 この間の経緯を見れば、今後も先送りを繰り返すことにならないか、疑念が募る。歯止めが不可欠だ。

 まずは再増税の時期を明確に示すことだ。1年半先送りして17年4月とする案が有力のようだが、なぜ1年半か、社会保障や財政再建をどうするのか、説明する責任が首相にはある。

 そして、給付をまかなうために負担増が避けられないことを語らねばならない。

 そのためにも、法律の景気条項を削除するべきだ。この条項は経済の混乱時に増税を見送る趣旨だとされるが、増税反対派への配慮もあって「経済の好転」を条件とし、目標とする経済成長率が盛り込まれている。

 経済の混乱時に増税を見送るのは当然であり、規定の有無にかかわらず政治の責任で判断すればよい。不人気政策を避ける方便に使われるあいまいな規定は百害あって一利なしだ。

 いま、考えるべきは、全ての世代にわたる助け合いのあり方だ。政治も、私たち国民も、相互扶助の礎である「給付と負担」を熟考する時である。