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D.D.D日誌 作者:津軽あまに

20冊目「三佐さんダイエットについて聞かれる」

 
 老舗MMORPG、〈エルダー・テイル〉。
 その中において、最大級の規模を誇る集団として知られる戦闘系ギルド〈D.D.D〉。
 かのギルドの本拠地、ギルドホールで、二人の女性が熱く語り合っていた。

「やはり、パウンドケーキの王道は、小麦粉、卵、バター、砂糖、どれもけちらないレシピでしょう」
「そうですよね、高山さん。「四分の四(カトル・カール)」こそ、絶対的な黄金比!」
「個人的な嗜好を語るなら、特に砂糖を削るなどありえません。甘さにしり込みしてなんのためのスイーツか。甘さを求めないなら他のものを食べればよいのです」
「すばらしい! うん、なかなか同意してくれる人がいなくて。兄さんも甘いものはあまり好きではありませんし。オルテさんやアグさんとは比較的好みがあったんですけどね」
「昔の三羽烏は甘味好きが多かったのですか。うらやましい限りです。クシ先輩はどちらかというと辛党ですし、リーゼさんはまだ若いのに甘味を必要以上に警戒しているようで」

 二人の話題はパウンドケーキについて。
 このケーキの語源は、砂糖、卵、小麦粉、バターを1パウンド(453.59g)ずつ使って作るというその製法からきている。
 単純に、その通りに作れば、その重量たるや2kgオーバーの背徳成分の塊。
 即ち砂糖とか全然けちらないぜ! 私の戦闘能力(カロリー)は53万です! というアピールをその命名からして誇らしげに掲げる悪魔のような甘いささやき。それが、このケーキなのである。
 ヘルシーとか体にやさしいとか、そんな聞こえのいい形容詞などスイーツ道には不要。甘く、濃く、そして手軽。これぞあらゆる甘味の原点であるという、自負さえ感じられる名称なのだ。
 ちなみに、カトル・カールというのは、フランス語で4/4という意味……即ち、このケーキの1/4は砂糖、1/4は卵、1/4は小麦粉、1/4はバターでできているという、まあこちらも似たりよったりの称号だと言っていい。
 そんな、だだ甘界の頂点に立たんという偶像(アイドル)について熱弁するを振るう女性。
 一人は、〈D.D.D〉において、三羽烏と呼ばれる幹部メンバー、〈吟遊詩人〉の高山三佐。
 そして、もう一人は、ギルドに所属していないプレイヤー、レモン=ジンガーだった。

(おい、なんだあの人。うちの人じゃないよな?)
(レモン=ジンガーって、聞いたこともないぞ。さんささんの友達じゃね?)
(結構ヤバイ装備してますぜあの人。ピーキー度合いはらいとすたっふ級じゃねえでやんすか?)

 ひそひそと周囲が噂をする中で、注目の的、レモン=ジンガーは高山三佐との雑談に興じている。
 最初こそ目新しかったものの、まるで地元にいるかのような堂々とした様子に、周囲の話題は、彼女の正体から、徐々にその内容へと変わっていった。

「レイド明けとか、ホイップクリームを乗せて、自分へのプライズにすることもありますね」
「ああ、私はベリージャム派かな。いいですよね、コントラスト的に味の変化があって、3~4切れぺろりといってしまいますよね。紅茶がほしくなるなあ」
「私はコーヒーでしょうか。時間があれば淹れますが、ないときには、市販の缶コーヒーで物ぐさをしてしまいます。MAXコーヒー。あれはいいものです」

 彼女たちの会話は、甘かった。
 雰囲気が、とか、考え方が、とか、そういう次元ではない。
 ただひたすらに、物理的な意味で、甘い。レベルを上げて甘味(ぶつり)で殴る。そんなフルコンタクトスイーツの応酬を、さも当然のように彼女たちは繰り広げていた。
 会話は甘味でできている。ただの一つの塩味もなく、ただの一つの薬味もない。無限の甘さでできていた、言うなれば、キリングスイーツフィールド・サップーケイ。

(……っていうか、さんささんって甘党だったのか?)
(あのクールビューティ高山三佐がスイーツ系女子だったとは……っ)
(いや、あれはスイーツ系女子とかいう甘いものじゃないです。いや、むしろもっと甘いというか名状しがたいスイーツジャンキー的な何かでやんしょう!)
(OK、すぐファンクラブ本部に連絡! さんささん秘密ステータス画面更新だ!)

 盛り上がる男子たちとは別の意味で驚愕の渦に叩き込まれているのが、女性プレイヤーたちである。

(4/4のパウンドケーキに……ホイップクリームで……MAXコーヒー……っ!?)
(ちょっとまってこの前のオフ会に行った人! 高山さんって……)
(うん。普通の体型だった……というかむしろスレンダー系)
(か、カロリー班計算!)
(えと、パウンドケーキが4切れと仮定して740kcal、MAXコーヒー1缶で120kcal、ホイップクリーム、1切れにティースプーンに1杯くらいだとして、140kcal……)
(まさかの4桁オーバー!?)
(……そういえばこの前、16人前の焼き肉を一人で食べたこともあるとか言ってたような)

「あ、あの……先輩方は、ダイエットとかされないのですか?」

 おずおずと、遠巻きに恐るべき会話を聞いていたメンバーが高山三佐とレモンに声をかけた。

「もちろん、健康には気を使っているつもりですよ」
「うん。一応世間的にはお年頃ってことになっていますからね。そろそろ黄色信号かもですが」
「な、なにか体型を保つ秘密とかあるっすか?」
「まあ、一応は。そんな大層なものではありませんが」

 高山三佐の返答に一同が色めき立つ。
 4桁カロリーにも対抗しうる高山三佐秘密のダイエット法に、女性陣はおろか男性陣までも耳をそばだてる。

「単に仕事柄、子供達を抱えたり、一緒に走り回ったりすることが多いので、それでカロリーを消費しているということだと思いますよ。そうですね……同様の運動をするなら、10kg強の重りを持って、スクワット、ジョギング、反復横とびを組み合わせたインターバルトレーニングを一日まあ4~5時間程度行う程度の負荷でしょうか。私の場合、動きに無駄が多いので、余計に走り回っているだけかもしれませんが」
「「「…………」」」 
「どうか、しましたか?」
「ふ。世は無情でやんすね」
「あーあ、ゲームの中の食事アイテムなら満漢全席フルコースで食べても体型変わらないのに!」
「その代わり味も香りもないけどなー」

 超収入(ハイカロリー)に対抗する方法は、それを上回る超支出(オーバーワーク)
 ダイエットに王道なし。
 甘党高山三佐の無慈悲で当然な発言は、少なくない時間を毎日ディスプレイの前で過ごす乙女たちの甘い期待を粉砕する、苦すぎるリアルなのであった。

 
【ユズコの〈D.D.D〉観察日誌】

○レモン=ジンガーさん
 ・〈森呪遣い〉のお姉さん。
 ・お兄さんのレッドさんのブレーキ役でツッコミ役。
 ・昔〈D.D.D〉にいたみたい。リチョウさんや山ちゃん先輩、クラスティさんとおしゃべりしてる。
 ・MPがっつり使う大技重視みたい。
 ・山ちゃん先輩と同じくらいの甘党さんだった!
 ・たまに歌う鼻歌はちょっぴりはずれ気味。かわいいなあ。
 ・的の人。
+注意+
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