「浅草ロック座破産」にみるストリップ文化の行方…無味無臭を好む時代
東京・浅草の老舗ストリップ劇場「浅草ロック座」の元運営会社が10月、東京地裁から破産手続き開始の決定を受けた。
すでに別会社が運営を引き継ぎ、現在も営業を続けているものの、大衆演芸の街・浅草の中心である老舗劇場を支えた会社の破産報道は、多くのストリップファンに衝撃を与え、戦後を代表する性風俗産業の一つに陰りが見えることを浮き彫りにした。インターネットのアダルトサイトなどに押される中、“昭和の香り”漂うストリップは、どうなってしまうのか。
■きらめくライト、アナログの世界…ロック座を鑑賞
そもそも、根強いファンも多いストリップってどんな世界なのだろうか。浅草ロック座が位置するのは、かつては東京一の興行街として知られた浅草六区地区。周辺では現在、商業ビルの建築など再開発の工事が進められている。
10月下旬に劇場を訪れると、アーチ状の入り口は踊り子たちへ贈られた花で彩られており、破産報道があった劇場とは思えないにぎやかさ。開演30分前にもかかわらず、座席数145、立ち見を含めた最大収容人数300人の劇場にはすでに数十人の客がステージの開始を待っていた。
この日はメーンとなる6人の踊り子が、1人10分前後のステージを順番に展開した。パステルカラーのワンピースなどさまざまな衣装を身につけ、アップテンポの曲に合わせて色とりどりのライトを浴びながら、軽快なダンスを披露。しかし、音楽がスローテンポに変わると、身に付けていた服を脱いで一糸まとわぬ姿となり、劇場中央の円形の舞台でスポットライトに照らされた。
ステージ中、観客は拍手を送るなど思い思いにショーを楽しんでいた。記者は初めてのストリップ鑑賞だったが、その華やかなステージに圧倒させられた。何より、パソコンなどでこっそり見ていた女性の裸を、踊り子のかく汗や息づかいも分かりそうな距離で、複数の男性とともに堂々と見るという“昭和”を思わせるアナログ感が、新鮮だった。
■うらぶれた世界、必要悪…ストリップの魅力
「性に満足していない男どもが集まるという、うらぶれた感じが何よりも好きだ」と語るのは、50年以上のストリップ鑑賞歴を持つ横浜市の飲食店経営の60代男性。浅草ロック座の倒産報道について「一つの時代の終(しゅう)焉(えん)」と語り、「ストリップに行かなければ女体を拝めない時代ではなくなったので、ストリップの衰退は仕方がないのかもしれない」と声を落とした。
その一方で、男性は「以前はお触りがあったり、『本番』があったりとストリップも元気な時代があった」と説明し、「警察の摘発でそういった劇場がなくなり、今の形になった。会社帰りのサラリーマンら一見さんが集まる場所だったが、今では常連や踊り子のファンが集まり、気軽には行けなくなっている」と話した。
昭和22年に開業した浅草ロック座は、レビュー形式のストリップショーが人気を得て、近くのフランス座とともにしのぎを削り、浅草で一時代を築いた。ストリップ劇場の中でも異色な存在で、ショーの演出に力を入れているという。
「ロック座のショーは全体がしっかり構成されている。いやらしい思いより、ショーを楽しみに来ている」と、お気に入りの踊り子を見に山梨県から浅草ロック座を訪れた50代の男性会社員。「ストリップは善ではないけど、必要悪だと思っている。世の中には、このぐらい不健全なものがあった方がいいでしょう」。
また、記者と同じ日のステージを楽しんだ別の男性は「カネがある日は必ず来ている。ロック座は日本の文化。つぶしてはダメだ」と語気を強めた。
■観光客は浅草寺に…「続けてほしい」と地元の声
浅草の人たちは、どう思っているのだろうか。ビートたけしさんら著名人が腕を磨き、劇場や映画館が立ち並ぶ日本の大衆演芸の象徴だった浅草。しかし、テレビの普及など娯楽の多様化に伴い空き店舗が目立つようになり、今では映画館は一つも残っていない。
間近には東京スカイツリーも建ち、観光地として外国人にも人気だが、観光客のお目当ては浅草寺の雷門や仲見世が中心だ。劇場近くの喫茶店の店主(64)は「観光客が来ても、みんな仲見世の方に行ってしまう。以前は踊り子さんが何人も来てくれていたが、今はさっぱり。再開発が進んで街が様変わりしてきているが、寂しさよりも若い人に足を運んでもらえる街にしなければならない」と話した。
浅草ロック座の元運営会社「斎藤観光」(東京)は昭和59年に設立。民間信用調査機関によると、平成6年3月期には年収入高約8億8千万円を計上していたが、客数の減少などから債務超過に陥り、今年10月7日に東京地裁へ自己破産を申請した。負債総額は約2億3800万円に上る。
現在、浅草ロック座の劇場運営は「東興業」(東京)に譲渡されている。東興業は「ロック座がつぶれるような報道には困惑している。劇場はこれからも東興業が変わらずに運営していく」と強調した。
また、近くの洋食店の男性店主(75)は「ロック座は興行街の中心的な存在として名前を売って、かなり頑張ってくれた。『ロック座』といえば浅草と分かる人が多い。経営がどう変わるか分からないが、続けてくれた方がわれわれは助かる」と期待を込めた。
「今はインターネットで女性の裸を簡単に見ることができる。ストリップ劇場に行くことが“大人の証”と考えていた以前とは違う」と語るのは、長年劇場に通う出版プロデューサーの高須基仁(もとじ)さん(66)。高須さんによると、かつて全国に約300あったストリップ劇場も、現在は40程度まで減ったという。
「劇場に行くと、さまざまな踊り子の独特の女性の香りがした。無味無臭を好む現代の人たちには、ストリップ劇場は合わないのかもしれない」と高須さん。
今後のストリップ業界について、「大型の箱ではなく、小さな劇場で展開をしていくことが重要だ」と持論を展開。「カネを握りしめ、胸を弾ませて劇場に行くという文化はなくなってしまった。これからは、クラブとストリップが一体化したような小さな劇場で、スケールダウンしてやっていくことがストリップの生き残れる道だと考える」と話した。
“風前のともしび”とも言えるストリップ業界。華やかな世界を維持するためには、時代の流れを受け入れ、現代の人たちに合った形に変えていくことが必要なのかもしれない。