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異世界迷宮探索者 ~成り上がりダンジョンシーカー~ 作者:サカモト666

八尺様 その3


 それから、紀子のじいちゃんは家の中に急いで入ると、すぐにどこかに電話をかけ始めた。

 ロクに説明も受けずに、俺は居間に通された。

 ばあちゃんからキンキンに冷えたカルピスを出されたんだが……遠くから聞こえるじいちゃんの声がマジすぎて、そして、あの女を思い出して……その味を良く覚えてはいない。
 そして、ばあちゃんもカルピスと茶菓子を出すと、すぐに近所に走っていった。

 放置された俺は、放心状態に陥り、そして――いつの間にか、法事から帰ってきた紀子が、俺の横にちょこんと座っていた。

 その表情は引き攣って、凍り付いたように動かない。

「いや、紀子……一体どういう事だよ?」

 俺の問いかけに、紀子は答えない。

 彼女の肩を両手で掴んで大きく揺さぶった。
 彼女の瞳に色が戻り、まるで、忘れていた言葉を思い出すかのように、ポツリ、ポツリと紀子は語りだした。


 紀子自身も都会暮らしで、この村の事は知らない。
 それは親から聞いた昔話の怪談のようなものだと言う事だ。
 その内容は要約すると、次の通りになる。



 この辺りの周囲には古来から土着の怪異、あるいは神の一種とされるモノがいる。

 ――その名を八尺様。

 一尺は30センチだから、メートル法に換算すると240センチの何か――この場合は人間の女性のようなモノを指すらしい。

 目撃談をまとめると、昔は白無垢姿の和服の花嫁衣裳と言う姿がスタンダードだったようだ。
 それが近年になると、白のワンピースに、フチの長い白い帽子へと変化を遂げる。

 時代に合わせて服装が変わる。それは普通の怪談と変わらないんだけど……この場合は良くある会談に比べると、ちょっと笑えないらしい。


 ――紀子が説明を行っている時……途中から家に帰ってきた紀子のばあちゃんが、その説明を引き継いだ。


 何でも『魅入られたからには』今夜が正念場だって事で、その為には俺にも腹を括って、覚悟を決めてもらわなければいけないってお話だ。

 だからこそ、ばあちゃんも資料を持ち出して、本気で説明をしてきた。
 どうやら、ばあちゃんが外に出たのは俺に覚悟を決めてもらう為に、色々と材料を集めてくる必要があったと言う事らしい。

 まず見せられたのが、近所の小さい図書館に併設している郷土資料館から取り寄せられた――ここ50年間の地方新聞。

 全てが、ここいら近辺で行方不明になった少年の記事だった。
 8歳~13歳までの男の子がいなくなったと言う記事で、その全てに、現場の近くに背の高い女性の目撃情報も併記されている。

 更に遡った、新聞以前の資料になってくると、『八尺様』と、名称からしてそのものズバリの記載になっている。

 それらの資料を紐解いた結果、八尺様に魅入られると、1週間以内に神隠しに合い、そして1か月以内に、全裸で『衰弱死』の状態で発見されると言う。
 そうして、八尺様は過去数百年この地域から外に出た事は無く――否、村から東西南北に伸びる道に併設された地蔵に封印されている形だと言う。

 古来より、村の宝である子供、男子の『精気』を喰らってきたと言う八尺様。
 彼女を封印するのは道をふさぐ地蔵だけと言う話で、当然、結界内に位置するこの村は大きな被害を受けた、いや、受け続けた。

 何故に村人がそれを甘受したかと言うと、年貢の軽減、田畑への水道路の優先徴収、その他――厄介者を引き受ける代わりに、十分なほどの利権を受けていたと言う。

 そんな話を聞いても未だに半信半疑だった俺だったが……その時、スクーターのエンジン音が聞こえた。


 それは、家の玄関で止まり、そしてガラガラと玄関の引き戸の開く音。


「邪魔するよ」


 との言葉と共に、居間に一直線に向けて、その男は歩いてきた。
 居間にいた俺を視認すると同時、小走りで走り寄ってくる。
 そうして、座ってる俺の頭を両手で掴み、すぐさまに顔を近寄せてきた。

 目と目が合う。
 その距離はおおよそ5センチ程度。
 男の癖に、そして〇〇の癖に、妙に女みたいな色気を感じさせる男で、あまりの顔の近さに、少しだけドギマギした。


 俺の瞳のその奥を見据えたその男は、寂しげな顔をして、首を左右に振った。


「じいちゃん……こりゃあ……アウトだ。完全に魅入られている。マーキング済みって奴だな……直に日も落ちる……今から村の外に出すわけにはいかない、なんせ間に合わないからな。耳なし法一よろしく、今夜は籠城だ」


 そう言ったのは、仏衣姿、五分に刈り込んだエラく顔の整った男――つまりは、坊主だ。


 そいつは懐から俺に札を差し出し、ニコリと笑った。


「安心しろ、やる事はやってやるから」


「え?」


 そこで、男は悪戯っぽく笑った。
 妙にヘラヘラとした感じで、どうにもうさんくさい男だと俺が思っていたところで――男は何でもない風にこう言った。


「半々って所だ」


「……何が?」

「お前が、助かるかどうか……だ。本当に、今夜が正念場だぜ、少年?」

 それだけ言うと、坊主は懐に手を入れ、俺に一枚の札を差し出した。










 午前1時25分。
 蝋燭に照らされた光の中、手渡された安物の懐中時計に目をやると、その時間を指していた。

 今風に言うと、全面フローリングのだだっ広い部屋……まあ、要は俺は寺のお堂に居る訳だ。

 板の間には2メートル四方のゴザ……って言ってもただのゴザじゃない。
 難しい漢字がビッシリと敷き詰められるように描かれた――マントラとか言ってたっけかな、とにかく、そういう仰々しいゴザ。

 で。
 東西南北に、それぞれ1キロ近くの塩が、小山状に盛られている。


 ――良いか? 何があっても、絶対にゴザ――結界からは出るな。


 日が落ちる前、あの坊主はそう言っていた。
 そして、今、この寺のお堂の裏には、何が起きてもすぐに対処できるように、20人以上の大人たちが控えている。

 坊主曰く、気休めよりは多少はマシ……程度の事らしいが。

 まあ、文献を紐解くと、霊刀やら曰くつきの槍やらで武装したお侍さんが数十人単位で八尺様に逆らって、お亡くなりになったと言う話もある位だ。
 それがマジなら、まさに、気休めよりは多少マシ……っていうところだろう

 さて、そろそろ俺も腹を括らなければならない。
 いや、最初は、正直、半信半疑だったけれど……ここまで自体が大きくなってくると確信せざるを得ない。

 ……八尺様。

 俺が見たアレが本物の化け物なのかどうかは分からないけれど……少なくとも、この村において、その言葉は特殊な意味を持つ……と。
 坊主から貰ったお札を、ギュッと両手で握りしめ、毛布を深く被りなおす。
 寝る事ができてしまえば、これほど楽な事も無いのだろうが……興奮のあまり、覚醒状態から解放されない。

 ――勝負は夜明け。朝の6時まで。

 妖怪や幽霊のお約束ヨロシク、八尺様が、現世に絶大な力を持って干渉できると言う意味で、活動可能な時間はやはり、夜――闇に包まれた時間と言う事だ。

 ――そして、時は俗に言う丑三つ時に差し掛かろうとしている。

 更にお堂の後ろからは、坊主の奏でる読経の音。
 これは7時くらいからノンストップで流れてはいるのだが……それはともかく。

 今まで、何も起きていなかった。けれど……この時間からが正念場だろうと言うのも、理屈以前に、肌で感じていた。

 と、言うのも……つい先ほどから、全身をサブイボが覆っていたし、悪寒は当然の事、吐き気すらも感じていた。

 ――そして、お堂と外界の境界線である、10メートルほど続く……障子。

 蝋燭に照らされた、薄い和紙の向こう側に、それは見えた。

 ――ぽっ。ぽっ。ぽっ。ぽっ。ぽっ。ぽっ。

 背が高すぎて、障子越しには胸元までしか見えない。
 だが、そのシルエットは間違いなく――ワンピース姿の、あの女だ。

「ヒッ!」

 引き攣ったように小さく悲鳴をあげる俺に、八尺様は、嬉しそうにこう応じた。


 ――ぽっ。ぽっ。ぽっ。ぽっ。ぽっ。ぽっ。

 毛布に包まる前に、傍らに置かれたアイマスクを手に取った。


 ――絶対に結界から外に出るな。奴に反応するな。何があっても無視しろ……そして……奴を見るな。絶対に、見るな。奴が現れたらこれを使え。

 アイマスクで視界を塞ぎ、毛布を被る。

 体の芯から来る震え。

 亀のような状態で、今の俺の出来る事は、ただひたすらに、すがるようにお札を握りしめる事だけだった。

 キシィ、キシィ、キシィ。

 板の間に響き渡る、薄暗く、そして甲高い音。

 ――ぽっ。ぽっ。ぽっ。ぽっ。ぽっ。ぽっ。

 鳴き声なのか、あるいは笑い声なのか判別できない、生理的嫌悪感すら粟立たせるようなあの声が、それに続く。


 ――何者かの気配がこちらにどんどん近づいてきて、そして止まった。


 2メートル程度の距離、マントラの描かれたゴザと、四方の盛塩、その周囲を動き回る、足音。

 キシィ、キシィ、キシィ。

 ずっと、ずっと、足音は止まらずに鳴り続けている。

 札を握りしめながら、俺はただ、震え続けていた。

 そこで、紀子の声が正面から聞こえてきた。 

「ねえ順平? 一人で大丈夫?」

 一瞬だけ、喉から声がでかかったが、掌に握る札から、熱い何かが頭まで伝わってきた。

 だから、俺は返答は行わない。

 坊主に言われた事を思い出す。

 ――絶対に結界から外に出るな。奴に反応するな。何があっても無視しろ……そして……奴を見るな。絶対に、見るな。奴が現れたらこれを使え。

 そう。坊主は言っていた。

 ――何があっても無視しろ、そして『奴』に反応するな……と。

 そこで、正面から、更に声が聞こえてくる。

「私もここで一緒にいるから。順平一人じゃ可愛そうだよ」

 そして、哀願するような声が聞こえてきた。

「ねえ、順平? 目隠しをしてたらお話もちゃんと出来ないよ、目隠しを取って? 私だよ? 紀子だよ?」

 俺は、毛布の中でブルブルと首を左右に振って、その場で蹲り、亀のようになる事しか出来ない。

 何故なら、先ほど見た障子に映った影は……明らかに2メートルを超えるような――

 ――そう、これは紀子では無い。間違いなく、八尺様だ。


「ぽっ……ぽぽぽっ……ぽぽっ……」


 相手方も諦めたのか、紀子の声色のまま、独特の笑い声を奏でる。
 そうして、そのまま、笑いながら俺の周囲を回り続ける。

「ぽっ……ぽぽぽっ……ぽぽっ……」

 布団に潜り込んで、その場でずっと震えていた。

 札を握りしめて……ずっとずっと、震え続けていた。

 ――何をどうやっても抗えない理不尽。

 何故に、俺がそれに魅入られたのか。そして、運命と戦わなくてはならないのか。

 腹の中に溢れていたのは、9割の恐怖と、そして1割の憎悪。

 それから――どれくらいの時間がたったのかは覚えていない。

 気が付けば、チュンチュンと小鳥のさえずる音が聞こえ、そしてアレの気配は完全に消えていた。

 念のため、アイマスクを少しだけずらして、懐中時計を眺める。

 午前6時20分。

「朝……か」

 安心して、アイマスクを外し、そしてギョっとした。

 まず、握っていた札が長い間日に照らされ老朽化したかのように、茶色く、否、半ば黒ずんでいた。

 そして、四方に小山のように盛られていた塩も、8割以上が崩れて、そしてその全てが真っ黒に変色していた。


 ――ギリギリだったのだろう。


 幼いながらにも、肝を掴まれるような思いでそう思った。ただ、どちらにしろ、これで俺はアレからは逃れられる。

 そう安堵したその時、障子が開き、紀子のじいちゃんと坊主がこちらに駆け寄ってきた。


「おい、小僧? 悪運が強いみたいだな?」

「正直、トラウマものですけど……で、なんでしょうか、お坊さん?」


「早九字って知ってるか?」


「……?」

「知らねえよな……まあ、平安からの魔よけの一種だよ。車は12台用意できた。まあ、その為の一晩だったんだが……ある種、ロシアンルーレットだ。まだ、この村から出るまでは、アレの脅威は去っていないんだ」


 そして、続けた。


「当たるも八卦、当たらぬも八卦ってな……大当たりなら、残念賞だ。車は12台……流石に、相手もお前さんが村から出るとなれば死に物狂いで追ってくる……まあ、夜よりは遥かにマシだが、昼でも安心はできない」

 そして、続けた。

「車で……一気に駆け抜ける。もう一度……腹ァ括れよ、少年?」



 ――どうやら、もうちょっとだけ、この悪夢は続くらしい。

















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