外伝 1899年

 北米大陸西部のカナダとアメリカ合衆国にまたがる広大な地域は、原因不明の伝染病から立ち入り禁止区域に指定されていた。

 もっとも、そんな政府の公式発表を信じている国民はいない。誰もがインディアンの神の祟りを恐れて封鎖したのだと知っている。

 その封鎖地域の周辺では軍の哨戒が行われて、厳重に立ち入りを制限している。

 初期の頃は噂を信じずに封鎖地域に入り込む人間がいたが、誰も生きて戻って来なかった。

 今では封鎖地域の境界付近にトーテムポールの幻影が空に浮かび、近寄る人間も居なかった。


 だが、西海岸近くのシェラネバダ山脈とロッキー山脈に挟まれた地域で、インディアンの生活は営まれていた。

 一度は日本で保護された人達や、現地に留まって迫害を耐えてきた人達が集まって生活している。

 現在、彼らを弾圧・虐殺する入植者はおらず、長い迫害に耐えてきたインディアンに平和な生活が戻っていた。

 狩猟民族である彼らは移動しながら狩をして生計を立ててきた為、持ち運びが楽なテント生活を送ってきた。

 しかし、農耕や工業に関わり始めている彼らは定住生活を始めたので、もはやテント生活は無用のものだ。

 それでも長年の生活習慣はすぐには変えられないと、テント生活を続ける人間もいたが少数になりつつあった。

 断熱素材を使用して冷暖房が整っている一般家屋と、薄い布だけのテント生活とどちらが生活し易いかという事だろう。

 水回りもしっかりとして衛生的な家屋に住む事により、子供の病気も激減していた。

 彼らに必要な資材は、最初は大型輸送機によって運ばれていた。

 しかし、いつまでも大型輸送機に依存し続ける訳にもいかないと、太平洋側に秘密の海底港の建設を行っており、

 大型の輸送潜水艦による定期的な補給体制の構築を進めていた。

 そんな彼らの人口は少ない。ベビーブームに沸いていたが、まだ北米大陸に居る入植者に対抗できるレベルでは無い。

 オーストラリアやニュージーランドのように、海で隔離されているなら良い。しかし、カナダやアメリカとは陸続きだ。

 何時かは見つかって争いになるだろう。それを回避又は有利に進めるには何が良いのか?

 それについて、インディアンの指導者層の人達は悩んでいた。

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 ウンデット・ニーの虐殺を未然に防いだのは1890年の事だ。

 当時の指導者の一人だった老酋長シハ・タンカの肺炎は治したが、その後に北海道で老衰で亡くなっていた。

 家族に見守られて、安らかな死に顔だった。遺体は故郷のアメリカの大地に埋葬されている。

 後を継いでインディアンを指導していったのは、スー族の精神的支柱のシッティング・ブルだ。

 彼は腹心の部下を集めて、今後の対策についての協議を行っていた。


「四年前から街の建設を進めて、此処まで来た。冬でも暖かい家と、子供が病気に掛かる事が少ない衛生的な生活環境が整った。

 農地の開拓も進んで、食料だけなら何とか自給自足できるようになった。猟が出来なくても、備蓄があるから飢える事は無い。

 後は工業化だな。急ぐ事は無いので、少しずつ進める。今更、電気の無い生活は無理だろう」

「楽する事に慣れてしまったら、それを奪われるのは我慢できないものだからな。

 今更、昔の生活には戻れない。特に女子供にとってはそうだろう。我々は今の生活を守る義務があるんだ」

「白人が近寄らないように、訓練を受けた若者が防衛隊を組織して、各地で哨戒に当たっている。

 空を飛ぶ乗り物で此処に来ようとしたのも、彼らが防いでくれた。しかし、何時までも隠れて住む訳にはいかない。

 今のうちから対策を考えておかなくては為らないだろう」

「問題は陸続きだと言う事だ。それに我々の方が圧倒的に人口が少ない。

 いかに陣内殿の提供してくれた武器があっても、物量で押し込まれる可能性もある。何としても女子供は守らねば為らん」

「地下の避難所を用意して貰っているが、日の当たらない場所で子供を生活させたくは無い。

 何としても、地上で我々が生活できる環境を守らねば為らん」

「陣内殿が言っていたが、我々を迫害した白人と何時かは和解しなくては為らないだろう。しかし、今では無い。

 我々より白人の方が、戦いを望んでいるのだからな。隠れて住むのも人口が少ないうちは良い。

 しかし、増え続けると何時かは見つかる。かと言って人口を増やさなくては、何時までも対抗できない。さて、どうしたものか?」

「時間的な猶予は数十年はあるだろうが、対策を講じるなら早い方が良い。とは言っても、良い対策は思いつかんな。

 我々に出来る事は限られているし、陣内殿に相談してみよう」

「……そうだな。次の大型輸送機による補給物資の到着は三日後だ。その時に陣内殿に面会を申し込んでみよう」


 今のところ、インディアンは争いも無く、平和な生活を営んでいた。

 しかし、それは陣内の庇護の下でだ。何時かは自立をしなくては為らない。

 結局、結論は出ずに陣内に相談する事だけを決めて、その会議は終了していた。

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 インディアンは広大な土地を農地として活用しているので、食料の自給自足は可能になっていた。

 しかし、医療品や服、女性専用用品、嗜好品類など生産できないものも多い。交換用の電気部品などもそれに該当する。

 電気製品を使っている彼らは、故障した時に部品を交換して修理する事を習得した。だが、その交換部品を製造する技術は無い。

 その為、定期的に日本から物資の補給を行っていた。

 インディアンが北米の封鎖地域に住んでいる事は、絶対に他に知られる訳にはいかない。

 その為に、物資補給などの支援は、秘密を守れる陽炎機関の職員が窓口になって行っていた。

 その窓口の職員からインディアンの要請を聞いた陣内は、【雪風】に乗って現地に向かった。

 ……ただ、四人乗りの【雪風】に乗っていたのは陣内だけでは無かった。

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 【雪風】から下りた真一、香織、真治の三人は、大きな山脈に目を輝かしていた。

 何度か来ているが、やはりこの光景にはいつも感激してしまう。

 その三人に、顔見知りのインディアンの小さな女の子が近づいてきていた。


「わーーーい。広い、広い! これならいっぱい遊べるね!」

「もう、お兄ちゃん、待ってよ! お父さんに怒られるわよ!」

「あっ、サリーお姉ちゃんだ! 今日も遊ぼうよ!」

「ほらほら、真一くんも香織ちゃんも真治くんも、変なところに行ったらお父さんに怒られるわよ。

 喉が渇いたでしょう。飲み物を用意してあるから、それを飲んでから遊びましょう」

「やった! ここのオレンジジュースって美味しいんだよね。いっぱい飲んで良い?」

「あっ、ズルイ! あたしもいっぱい飲みたいの!」

「ボクはサリーお姉ちゃんの横に座るね。ねっ、良いでしょう?」


 子供の見聞を広める為に、陣内は上の子供三人(五歳)を頻繁に海外に同行させていた。(美沙は二歳、真樹は一歳なので自宅)

 インディアンやアボリジニの居住区にも度々訪れている事から、現地に遊び友達は多かった。

 陣内がインディアン居住区に行くと聞き、真一と香織と真治の三人は上目遣いで懇願して、この地にやって来ていた。


「真一! 香織! 真治! お父さんは酋長さんと話をしてくる。お前達は好きに遊んでいいけど、必ず誰かと一緒にいるんだぞ!

 三人だけで勝手に山や川に行っては駄目だからな。それと左手のブレスレットは絶対に外すんじゃ無い! 約束できるな!?」

「「「はーーーい」」」

「あたしが一緒についていますから安心して下さい。さっ、ジュースを飲もうか?」

「「「サリーお姉ちゃん、ありがとう!」」」

「じゃあ、サリーちゃんに御願いするよ。三人とも我侭言って、サリーちゃんを困らせるなよ!」


 陣内は出迎えの人達や陽炎機関の職員と一緒に、協議をする為に公民館に向かった。

 それを見送った四人の子供は、騒ぎながらサリーの家に歩いていった。

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 サリーは十歳になったインディアンの可愛い女の子だ。

 1890年の『ウンデット・ニーの虐殺』が未然に防がれた時に保護されて、北海道の産業促進住宅街に身を寄せていた事もある。

 何かと気が回る女の子で、産業促進住宅街で落ち込む大人を励ましたり、積極的に手伝いをしていた。

 適応性にも優れており、大人が使い方に悩む電気製品の使用方法を一番早く覚えていた。

 そんな彼女は小さな子供の世話を積極的に申し出ていた事から、真一達と親しくなった。

 他のインディアンの子供との橋渡し役でもあり、子供全員のまとめ役になっていた。

 真一と香織と真治の三人は作りたてのジュースを飲みながら、サリーと仲良く話していた。


「このジュース美味しい! おかわり!」

「あっ、あたしも! お姉ちゃん、御願い!」

「ボクも、ねっボクも良いでしょう!」

「はいはい。慌てなくてもいっぱいあるからね。でも、飲み過ぎてはお腹が痛くなっちゃうわよ。あと一杯だけにしておきなさい」

「うん! でもお家に帰っても飲みたいな。お母さん達や美沙と真樹にも飲ませてあげたい」

「そうよね。サリーお姉ちゃん、もっと貰える?」

「陣内さんからも頼まれているから、大量のジュースを用意してあるわ。帰りの飛行機に積む予定だから心配しなくて良いわよ。

 何と言ってもあたし達の現在があるのは陣内さんのお陰だものね。これくらいの恩返しは楽なものよ」

「へーー? お父さんって偉いんだ?」

「そうよ。あたし達を助けて北海道で保護してくれたのも、安心して住める街を用意してくれたのも陣内さんなのよ。

 あたし達インディアンにとっては命の恩人だわ。オーストラリアのアボリジニの人達も、陣内さんに助けられたのよ」

「へー? お父さんって家だとお母さん達に頭が上がらないから、偉そうには見えないや?

 美沙と真樹のオムツ交換の時は、変な顔をしてやってるよ?」

「そうよね。疲れたって家に帰ってくるけど、お母さん達の言う事に逆らえないみたいだもの」

「でも、ボクはお父さんが大好きだよ。何時も遊んでくれるもん!」

「そ、そうなの? 陣内さんは仕事で疲れている時は、偶には肩を揉んであげたら喜ぶかもよ」


 サリーは真一達から陣内の知られざる実態を聞いて、内心で冷や汗を流していた。


(陣内さんがオムツ交換をねえ。子供には甘いって事かしら? それにしても陣内さんが、あの時代からやって来た人で間違い無いわね。

 さて、あたしは信用されていると思うけど、何時打ち明けようかしら? まだ十歳だし、もう少し待った方が良いかしら?

 今のままでも、あたし達の生活は維持されるでしょうけど、十年後は分からないものね。

 もう少し大きくなってから陣内さんに素性を打ち明けて、今後の事を相談しましょう)


 考え込んだサリーだったが、三人の子供は落ち着かずに周囲を見渡して、ある写真を見つけた。


「ねえ、サリーお姉ちゃん。あの壁の写真の人は誰なの?」

「あの写真の人ね。あの人は第一潜水艦隊の司令官よ。この前にアメリカ艦隊に大被害を与えたから、酋長さんから表彰されたのよ。

 皆の仇を討ってくれたから、ここの街の英雄なのよ」

「へー、そうなんだ。偉い人なんだね」

「……まだ迫害された記憶が薄れていないから、和解なんて無理よね。さて、他の子供は魚釣りをしているかな? 行ってみる?」

「魚釣り? やってみたい!」

「あたしも!」

「ボクも! おっきい魚を釣ってお母さんのお土産にするんだ!」


 サリーはその素性から、ある程度の将来を見越した客観的な判断ができた。だからこそ、入植者との和解を考えた。

 しかし、入植者に迫害されてきた生々しい記憶を持つ大人はそうでは無い。

 陣内から将来の和解を言われても、納得していない大人は多かった。

 将来は入植者と和解できて、平和に暮らせれば良いなと考えながら、サリーは真一達を釣り場に連れて行った。

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 将来に渡ってインディアンを守る為に、空からの侵入を防ぐ自信はあった。数が限定されるだろうし、狙撃も容易だからだ。

 しかし、地上から大量に一気に侵入されると、インディアンの神の仕業だと誤認させたまま撃退する自信は無かった。

 少人数の侵入ならば、奥まで引き付けて殲滅すれば良い。しかし、大人数の侵入だと目撃されて逃げられる危険性がある。

 逃げ帰った侵入者の報告で封鎖地域に人間が住んでいると分かれば、必ず調査が行われて軍事的な衝突に発展するだろう。

 無人の地と思わせて、神の祟りを恐れて近づかないように出来れば良いのだが、その手が何時まで使えるかは誰も分からない。

 陣内も対策を考えたが、まだ良い案は浮かんで来ない。

 シッティング・ブルと各部族の上位者、それと北海道で訓練を受けた防衛隊のメンバーと、今後の方針について話し合っていた。


「侵入を試みた飛行船は粒子砲で撃ち落し、トーテムポールの幻影を使っていますから、地上からの侵入者は今のところは皆無です。

 ですが科学が進んだ将来に、装甲車など数百台で一気に侵入されては、伝染病を使った襲撃も不可能です。

 無線で通報されては、こちらの存在が知られてしまいます。今のうちから対応策を準備しておきたいですね」

「我々の存在に気づかれないよう、さらに我々の神の仕業と誤認させられるようなものが可能ならば、それが一番良いか。

 ハワイの女神の眷属『バハムート』のようなものは無理なのですか?」

「無理ですね。未来から持ち込んだ粒子砲は残っていますが、巨体を浮かす大型の反重力ユニットは在庫切れです。

 今の設備では製造する事が困難なレベルのものですから、追加生産も出来ません。

 『白鯨』のような装甲を厚くする程度のものなら製造は可能ですが、陸上となると色々と問題が出てきます」

「技術的な問題か。そうなると我々では手に負えない。やはり陣内殿に任せるしか無い」

「持ち込んだ色々な兵器や機器も少なくなって、一部は品切れ状態です。生産できれば良いのですが、まだ無理なのが実情です。

 残るは生体兵器なのですが、こちらも色々と問題がありまして」

「生体兵器? それはどういうものなのですか?」

「例えば、恐竜を現代に甦らせて侵入者を追い払う事を考えましたが、知能が無いので制御が困難なのです。

 万が一の場合は、こちらに襲い掛かってくる危険性もありますしね。

 遺伝子改造技術を使って、『竜』や『ゴ○ラ』などの空想の生き物を実現しようと考えた事もありますが、こちらも制御が困難です。

 大量に配備すると最悪の時は北米大陸が壊滅してしまいますから、そんなリスクは負えません」


 これら以外にも核兵器を使用するとか、隕石を使った攻撃なども色々と考えたが、どれも被害が大き過ぎる。

 それに後の影響も深刻になる。これらの理由から、侵入者対策については持ち越される事になった。


「それはそうと、第一潜水艦隊にはだいぶ助けられました。感謝しています」

「いえいえ、こちらこそ復讐の機会を与えていただいて、感謝しております。

 何と言ってもアメリカ艦隊を撃破した彼は、ここでは英雄ですからな。可能ならば、イギリスにも一矢報いたいと考えています」

「……南アフリカのボーア戦争は、アボリジニの第二潜水艦隊に頑張って貰うつもりです。

 今しばらくは、この街の運営に専念して下さい。第一潜水艦部隊はロタ島の周囲で警戒態勢を取って貰います」

「……彼らの方が優先権があるから、アボリジニの復讐の機会を、我々が奪う事は出来ぬか。承知しました。

 話は変わりますが、北海道で訓練を受けている第八期の訓練生の様子はどうですかな?」

「優秀な成績を収めていますよ。訓練後はこちらに配属します。各地の防衛施設の運営に人手不足ですからね。

 本当に今後をどうするか、対策に悩んでいます」


 軍事衛星の管理は全て陣内が行っているが、居住区を守る各地の防衛施設は訓練を受けたインディアンの兵士が運営している。

 それらの防衛施設には対空粒子砲が設置され、装備的には問題は無いだろう。

 だが兵士の暴走の危険性も考えられたので、決められた範囲内でしか使用できないようになっている。何かと気苦労の多い陣内だった。

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 【雪風】に乗って、陣内は真一達と一緒に日本への帰路についていた。

 その【雪風】の中で、三人からの御願いを聞いて陣内は仰天していた。


「三人だけでインディアンの街に荷物を届けるだって!? まだ近所のお店にも一人で行けないだろう! 駄目だ!」

「ええーー? サリーお姉ちゃんと約束したんだよ! 行かせて! 御願い!」

「お父さん、良いでしょう!」

「あの美味しい料理が食べたいの! ねっ、良いでしょう?」


 まだ子供は三人とも五歳だ。遠いアメリカまで、おつかいで行かせられるはずが無かった。

 三人は近所のおつかいでさえ、した事がない。しかし、子供に甘い陣内は少し考え込んでいた。


(さすがにアメリカまでは、おつかいにやれないな。それでも自分達から言い出した事だから、良い勉強になるだろう。

 となると、初めてのおつかいは近所の駄菓子屋にするか? どうしよう?

 帰ったら沙織と楓と打ち合わせだな。陽炎機関のメンバーを動員すれば安全は確保できるだろう。

 道中は撮影用のカメラも用意しなくちゃ。ああ、こうして子供は大きくなっていくのか)


 五歳児におつかいを頼むというのは、通常はありえない。

 しかし子供からの頼みなので、厳重な警戒態勢を用意してでも叶えさせるつもりだ。

 勿論、子供に陣内が配置した大人が付き添っていると悟られてはいけない。これは子供の自立を促す為の社会勉強なのだ。

 道中、泣きべそをかくのか、それとも怖くなって家に戻ってくるのか?

 列強相手に謀略戦を仕掛ける事より熱中して、子供の初めてのおつかいの準備を進めようとする陣内だった。

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 オーストラリアでは、アボリジニの神の祟りと思われている原因不明の襲撃が相次いでいた。

 その為に沿岸部でも住民の生活が成り立たなくなり、イギリス政府はオーストラリアの放棄を決定していた。

 その緊急避難先は近くのニュージーランドだった。オーストラリア各地の港は、ニュージーランドに避難する住民で溢れていた。


「一人の手荷物は一個だけだ! それ以上は認められん!」

「そんな事を言わないでくれ! これを失ったら資産が殆ど消え去ってしまうんだぞ!」

「金と命、どちらが大事だ!? そんなに金が大事なら、此処に居続けるんだな!」

「わ、分かった! だから避難船に乗せてくれ!」

「『白鯨』の被害も深刻化しているんだ! 軍艦は片っ端から沈められて、避難船にも被害は出ている。覚悟しておけ!」

「それでもアボリジニの神に殺されるよりは良い! 早くニュージーランドに連れて行ってくれ!」


 入植者は現地で得た財産の殆どを諦めて、身体一つでニュージーランドに避難していった。

 だが、受け入れるニュージーランドも準備が整っていた訳では無かった。


「オーストラリアからの避難民の受け入れはどうなのだ!? 『白鯨』の動きは!?」

「軍艦は半数以上が『白鯨』の餌食になっています! それとインド方面に向かった船は全滅した模様です!

 どうやら、オーストラリアとニュージーランドの周囲の海域に、『白鯨』が群れを為していると思われます!

 避難民の受け入れ自体は順調ですが、住居も食料も不足しています! このままでは我々は自滅してしまいます!」

「ではどうしろと言うんだ!? オーストラリアから撤退するのは良いが、このニュージーランドからも逃げ出せなくなっているんだ!

 これも『白鯨』の為だが、俺にどうしろと!? 誰か教えてくれ!?」


 オーストラリアからニュージーランドに避難した住民は多かった。だが、そのニュージーランドから他への避難も困難になっていた。

 その為、ニュージーランドでは受け入れ可能人口を遥かに超える入植者が集まってしまった。

 海上が封鎖されたので、食糧の輸入が出来ない。その為に、食糧不足の危機に陥っていた。

 先住民族のマオリ族との抗争も激しさを増している。ニュージーランドの住民は絶望を感じ始めていた。


ウィル様作成の地図(オーストラリア版)
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 オーストラリアの内陸部にはアボリジニの街がある。インディアンと同じく、文明化された生活に馴染ませる為に建設された街だ。

 彼らを脅かしてきた入植者は追い出されており、空と海の封鎖を続ければ脅威は存在しない。

 その為に、北米大陸と比較するとだいぶ穏やかな雰囲気で生活が営まれていた。


「各地に生き残っていた同胞も保護できたな。衛星軌道上からの監視でも見つからないという事は、これで全員だ。

 後はどうやって発展させていくべきかというところだな」

「我々の文化を残したまま発展させていくのは少々難しい面はある。しかし、やらなければ我々は滅びるだけだ。

 それにしても、白人の赤ん坊を保護して大丈夫なのか? 後々で問題にならないか?」

「赤ん坊に罪は無いからな。それに史実では我々の子供を入植者は奪って、文化断絶を試みていた。

 我々が同じ事をしても問題は無いだろう。彼らの論理でいけば、勝った者が正しいのだ」

「後は徐々に人口を増やして、街の規模を拡大させていけば良い。これも陣内殿のお陰だな。

 見返りに資源を求められているが、安いものだ。それに第二潜水艦隊で復讐の機会を与えてくれるからな」

「第二潜水艦隊の隊員の士気は高い。我々を虐殺してきたイギリス軍に報復できるのだからな。俺も行きたかったぜ」

「機雷や自然災害を装った攻撃しか出来無いと言う制約はあるが、それでも報復できる事は嬉しいからな。

 それにしても、地下資源の採掘を我々に任せてくれるのは良いが、あれを日本にまで運び込むと言うのか? かなり距離があるぞ?」

「聞いた話だが、資源はロタ島やタニンバル諸島に潜水輸送艦で運ぶらしい。陣内殿からの要求だ。

 こちらも、まだまだ支援して貰わねば為らない立場だからな」

「入植者のように我々を虐殺するのでは無く、支援して自立させるか。見返りは資源。ある意味、分かり易いな。

 将来的には食料の一大生産地にしたいと言っていたしな」

「今の我々では世界のシステムに入っていく事は出来ないからな。人口を増やして産業を立ち上げるのが優先だ。

 幸いにも時間的な余裕はある。焦らずに頑張ろう」

「そういや、防衛隊の連中はニュージーランドのマオリ族に接触していたな。あそこをマオリ族の支配に戻す計画か。

 そうなるとニュージーランドには、マオリ族の国が建国される事になる。今から対応を考えていた方が良いかも知れんな」


 将来の白豪主義を潰す為に、オーストラリアをイギリスの勢力範囲から脱落させていた。ニュージーランドも同じ目的だ。

 広大で豊富な資源が存在するが、日本が領有する事は考えていない。敵にならなければ十分だと天照機関は判断していた。

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「いい。この瓶に入ったジュースをお父さんの仕事場に届けるのよ。一人一本だから、背負ってね。

 無料の工場内電車に乗って、本社前駅で降りるのよ。二つ目の駅だから、間違っちゃ駄目よ。

 それから一番大きなビルに行って、エレベータで最上階に行けばお父さんの部屋だからね。分からなかったら守衛さんに聞くのよ」

「他なら電車に乗る時は切符を買うんだけど、この勝浦工場じゃ不要だからね。知らない人に付いて行っちゃあ駄目よ。

 それとバイクやバスが走っている道に飛び出さない事。ちゃんと守れる?」

「「「はーーーい」」」

「元気が良いわね。じゃあ御願いね。ああ、真樹のおつかいはまだ先よ。今回はお兄ちゃん達とお姉ちゃんのおつかいだからね」

「美沙もちょっと我慢してね。まだ二歳だから、歩くのも疲れちゃうものね。今回はお兄ちゃん達とお姉ちゃんに頑張って貰うわね」


 真一と香織と真治の三人からおつかいをしたいと言い出された陣内は、沙織と楓に相談して許可を得ていた。

 流石に北米大陸にまで、小さい子供をおつかいに行かせる訳にはいかない。

 そこで考えたのが、自宅から本社までおつかいをさせると言うものだった。

 自宅から駅まで大人が歩いて十分。電車で二駅なので約十分。駅を降りれば大人で五分という短距離なものだ。

 しかし、五歳の子供には遠いだろう。何と言っても、一人で電車に乗った事さえ無い。(連れられて乗った事はある)

 それでも子供の教育の為に、極秘の計画が進められた。

 自宅から駅までの道には、一般人に扮した陽炎機関の職員が十人配置されている。

 駅や乗る予定の電車には十人。降りる駅にも十人を配置させた。

 全員が隠しカメラ(無線機能付き)とマイクを装備して、陣内と皇居の主にリアルタイムで映像を届ける準備が整えられた。

 陽炎機関に事情を話して協力を取り付けた陣内だったが、皇居の主や皇太子殿下にまで知られてしまった。

 黙認する代わりに映像を見せろと約束させられた為、量産体制を整えていない小型の隠しカメラまで動員する羽目になっていた。


「大丈夫だよ。お母さん達と一緒にお父さんの仕事場には何度も行ってるもん!」

「このジュースを届けると、お父さんは喜ぶんでしょ。頑張るわ!」

「届ければお父さんからご褒美を貰えるんだよね。だったら頑張る!」

「じゃあ気をつけて行ってらっしゃい。帰りはお父さんと一緒に帰ってくるのよ!」

「寄り道しちゃ駄目だからね。気をつけて行ってきなさい! それと三人は手を繋いで、離れないようにしてね」


 自宅から本社への通勤には、陣内は地下の秘密道路を使っている。(沙織と楓は知ってはいるが、子供達は知らない)

 しかし、それを子供に使わせては意味が無い。その為に態々地上ルートを使うようにしていた。

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 陣内の自宅は、勝浦工場の上級職員が住む住居エリアの一角にある。

 野々塚(268m)の地下の秘密施設に近く、駅から一直線の非常に便が良い場所だ。

 真一達は真っ直ぐに道を進めば駅に出ると知っている。

 しかし、何時もは親に連れられて歩くので、自由に歩くのは新鮮だった。

 大人目線では短い距離であっても、まだ小さい三人にとっては結構長い道のりだ。

 三人手を繋いで、仲良く周囲をキョロキョロと見回しながら歩いていた。

 不思議な事に、何時もとは違った、ほのぼのとした音楽が周囲のスピーカから流れていた。


「あーー! あのお菓子が食べたい!」

「真治、駄目よ。お父さんのところに行かなくちゃ!」

「いっぱい人がいるよね。でも、いつもこんなに人が多かったっけ?」


 自宅を出ると公園になり、それを通り過ぎると商店街になる。小さな商店もあれば、大きなスーパーマーケットも立ち並ぶ商店街だ。

 沙織と楓に連れられて、買い物に来た事は何度もある。見慣れたはずの商店街も、母親がいないと異様に大きく感じられた。

 擦れ違う大人は全員が手提げ荷物(隠しカメラと隠しマイクを内蔵)を抱えていたが、三人はそれに気がついてはいない。

 周囲に目を奪われながらも、ゆっくりと三人は駅に向かっていた。

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 現在の日本には各国の諜報機関が入り込み、日夜情報収集を行っていた。

 そして理化学研究所の近隣や勝浦工場のあちこちに、各国の諜報員が徘徊している。(重要施設内は当然入れない)

 だが陽炎機関の防諜行動の為に、成果をあげた諜報機関は今のところは無かった。

 その日、某国の諜報員は勝浦工場の上級住宅街の近くの商店街に、新商品の訪問販売をする名目で訪れていた。

 研究所や工場の防諜体制が厳しくとも、商店街のような生活の場では警戒が甘いと思われたからだ。

 そして三人の小さな子供が手をつないで歩いて来るのが、諜報員の目に入った。

 大人では警戒して話をしてくれない事が多いが、幼い子供なら素直に話してくれるだろう。

 子供から貴重な情報が聞けるとは思わないが、駄目で元々と思って三人の子供に話しかけようと近づいていった。

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「こちら中央管制室だ。目標に不審人物が接近中! 直ぐに拘束しろ!」

『こちら伊賀T。了解! 直ちに不審人物を拘束する』


 真一達の行動は一般人を装った陽炎機関の職員は元より、各所に設置された小型カメラでも監視されていた。

 この為、真一達に近づこうとした某国の諜報員は、首の後ろに微かな痛みを感じると意識を失った。

 そして陽炎機関の職員に抱えられて連れ去られていった。当然、真一達はそれに気がつく事は無かった。


 尚、この様子は陣内や皇居の主にも見られており、拘束された諜報員は厳しい尋問を受けて正体がばれてしまった。

 その諜報員は組織のアジトに帰る事は無く、秘かに処分される運命だった。

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 真一達は商店街をうろうろしながらも、やっと駅に到着していた。

 尚、この駅には勝浦工場の専用電車が運行していて、無料なので改札は存在していない。そして十分おきに電車が来る。

 素直にホームに立って、次の電車を待てば良い。やっと駅に着いた三人は、次の電車の確認をしていた。


「さっき電車が発車していたから、少し待つのかな?」

「あっ、こら、真治。黄色い線を越えると危ないのよ。後でお母さんに怒られるわよ」

「お姉ちゃん、こめんなさい。内緒にしておいて。ボク、おしっこに行ってくる」

「一人で大丈夫? 一緒に行こうか?」

「ボクはもう五歳だよ。一人で大丈夫だよ」


 真治は手を離して、一人でトイレに向かった。

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「こちら中央管制室だ。駅の男子トイレに不審人物がいないかを直ぐに確認……いや待て。

 女子トイレに不審人物がいないかを直ぐに確認しろ!」

『こちら甲賀V。了解! 直ちに女子トイレを確認します。でも、何で女子トイレなの?』

「目標は男の子だが、今まで駅では母親と一緒に女子トイレで用を済ませているんだ。子供に我々の常識は通用しない! 急げ!」

『そ、そうだったわね。甲賀V。了解!』


 駅の男子トイレに子供用のものはあるが、真治はまだ使った事が無かった。通常、駅で用をたす時は母親と一緒に行く為だった。

 こうして陽炎機関の女性職員の一人は、真治をフォローしようと慌てて女子トイレに向かっていた。

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 何時もは母親に抱っこされて座るのだが、そこは近くの綺麗なお姉さんに助けられて真治は用を済ませていた。

 手を洗う時も、親切なお姉さんに抱きかかえられていた。

 すっきりした真治は『綺麗なお姉さん、ありがとう』と言って、ホームに戻っていった。

 ちなみに、二十代後半で子供もいる陽炎機関の女性職員は、『綺麗なお姉さん』と呼ばれた事で非常に気分を良くしていた。

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 周囲の視線を浴びながらも、真一達三人は電車に乗り込んでいた。

 目標の駅は二駅目だ。時間にして約十分。空いている事もあり、三人は少し苦労をしながらも子供から見れば高い座席に座った。


「はーー、疲れた。この荷物は重たいよ」

「下ろしちゃ駄目よ。お父さんのところに持っていくんだからね」

「分かっているよ。はーー、お腹空いた」

「お父さんのところに行けば、おやつがあるよ。もうちょっとの我慢だよ」


 三人の周囲には陽炎機関のメンバーが隠しカメラと隠しマイクを持って待機していた。

 その為、三人の子供の会話は全て陣内に聞かれていた。

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「こちら社長室だ。何か子供の好きそうなお菓子を三人分、用意しておいてくれ!」

『えっ!? 子供の好きそうなお菓子ですか? ちょっと美咲、あの和菓子はまだあったっけ? ああ、大丈夫ね?

 分かりました。連絡があり次第、直ぐにお持ちします』

「済まんな。それと適当な飲み物も頼むよ」

『はい。分かりました。直ぐに準備に入ります』


 子供が初めてのおつかいを成功させたなら、やはり褒美はあげなくては駄目だろう。

 何を買ってやろうかと、真一達の映像を見ながら陣内は考え始めていた。

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「香織、寝ちゃ駄目だよ」

「寝て無いよ。ちょっと目を瞑っただけよ」

「次の駅で降りるんだよね。はあ、疲れた。眠くなっちゃったよ」

「背中の瓶を割っちゃだめだからね」


 子供は元気に遊びまわるが、体力が尽きると直ぐに寝てしまう。

 まだ体力は残っているはずだが、子供だけでおつかいというのは神経を使うのだろう。三人に疲れの色が見え始めていた。

 それでも背中のジュースの瓶は大切に扱っていた三人だった。その様子を周囲の大人は微笑みながら見つめていた。

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 本社ビル前とのアナウンスがあった為に、三人は慌てて立ち上がって電車を降りた。

 駅を出ると目の前に大きなビルがある。それが陣内の居る本社ビルだ。駅を出て一直線だから間違う事は無い。

 本当なら真っ直ぐ行けば良いのだが、皇室御用達の看板がある店の前で三人は立ち止まっていた。


「あのお菓子は、小父さんがいっぱいいるところに行った時に食べたよね」

「うん。あれは美味しかったよね。また食べたいな」

「あの時、お土産で貰ったけど、直ぐに全部食べちゃったんだよね。ああ、食べたい」


 店頭にあったお菓子は、以前に皇居に遊びに行った時に食べたものだった。

 その時の事を思い出して話し合う三人だったが、しっかりとその声は隠しマイクに入っていた。

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「侍従長に指示して、以前に手配したお菓子を十人分、いや二十人分を陣内のところに届けさせろ!」

「分かりました。それと私達の分も一緒に手配しておきます。それと次に来る時も事前に用意させておきます」

「うむ。同じものばかりでは飽きるからな。違う味の菓子も用意させておけ!」


 真一達の映像は皇居の主のところにも転送されていて、リアルタイムで見られていた。

 そして可愛い孫の願いを叶えようと、欲しがったお菓子を大量に手配する皇居の主だった。

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 お腹が空いてお菓子は食べたいが、お金は無い。だけど此処までくれば、陣内のところまではもう直ぐだ。

 疲れて座り込もうとする香織と真治を励まして、真一達は本社ビルに向かって行った。

 途中に守衛さんがいたが、何も言われずに三人は本社ビルに入った。(陣内の指示が出ていた)

 エレベータのボタンが高くて押せなくて、泣きべそをかきそうになる三人を助けたのは若い受付嬢だった。

 こちらも陣内の指示で、困った時には助けるように言われていた。

 そのエレベータは社長室直通の専用エレベータだ。後は何もボタンを押さなくても最上階に行ってくれる。

 三人の子供の、短いようで長いおつかいは終わろうとしていた。

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「お父さん、お母さんに頼まれたジュースを届けに来たよ!」

「お父さん、疲れた! 抱っこして!」

「あっ、ボクも抱っこして!」

「三人とも良く来たな。偉いぞ! よし、背中の瓶も大丈夫だな。じゃあ、ご褒美のお菓子だ。食べて良いぞ」

「「「やった! お父さん、大好き!」」」


 こうして三人の初めてのおつかいは、厳重な警護付きだった事もあって無事に終了した。

 しかし……これが終わりでは無かった。真一達を見て、次は自分達のところにと考える祖父がいた。


「次は皇居に何かを届けて貰う事にしよう。無論、ちゃんと褒美は用意しておかなくては為らん!」

「そうですね。しかし勝浦から皇居ではかなり距離があります。そこら辺をどうするかですね。

 守衛や警護の者にも話を通しておかなくては為りません。……もうちょっと大きくなってからの方が良いですかね?」

「駄目だ。今の可愛い姿を目に焼き付けておきたいのだ! 何としても陣内と交渉して、子供達におつかいをやって貰うのだ!」


 しかし、皇居の主と皇太子殿下の望みは、母親の沙織によって、あっさりと潰された。

 同じ勝浦地域内であり、目が届くところは良い。何度も自分が連れて行った場所だったからこそ、許可を出した。

 これが車でしか行った事の無い皇居に、五歳の子供のおつかいなどさせる訳にはいかないと、絶対に許可しなかった。

 陣内も同意見だった為に、あっさりと皇居の主の望みは絶たれた。しかし、無期限に望みを絶たれた訳では無い。

 それが実現したのは七年後の事だった。


 十九世紀に撮影用の小型カメラ(無線機能付き)が実用化された事実は、機密情報として公開される事は無かった。

 その為、一番最初に『初めてのおつかい』を行ったのが真一達だと言う事は、世間に知られる事は無かった。

 それを知っていたのは陣内一家と皇居の主、それと陽炎機関の一部の職員だけだった。

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 裏の業界に関わる人達は、昔から世界のあちこちに存在する。

 日本で言えば、幕府や大名に雇われていた忍者もそうだし、民間では金を貰って怨みを晴らす『仕事人』もその部類に入る。

 それは海外でも同じで、金を貰えば暗殺や非合法活動を行う民間組織は数多く存在している。

 それらの組織のメンバーが多数、日本に潜伏して仕事を行う機会を秘かに伺っていた。

 ある組織のアジトでは、五人の男が声を潜めて話し合っていた。


「俺達の依頼主の頼みは巫女の抹殺だが、拉致を頼まれた別の組織もあるという情報が入った。絶対に出し抜かれるな!」

「自分達に奇跡は実現できないから、邪魔な日本の巫女を暗殺すれば批判を回避できると考えたか。

 まったく善良な信者からの寄付で食っている癖に、司祭の考える事はえげつないな。

 まあ、多くの聖職者が信者である児童を性的虐待していたそうだからな。どこの宗教組織も似たようなものか」

「以前から邪魔な輩を抹殺するという考え方は変わってはいない。中世の魔女狩りが良い例だ。

 俺達の依頼者は抹殺を指示してきたが、巫女の拉致を目論む組織もあるらしい。今じゃ巫女は全世界の注目の的だからな。

 しかし、まだ巫女の居場所が判明していない。巫女と会った人間と接触するのも困難だからな」

「各国の政府諜報組織は日本の秘密を探る為に非合法活動を行って、忍者という昔からのスパイ組織から報復処理を受けている。

 日本は忍者のホームグラウンドだからな。用心深くしておけ!」

「だから失敗しても構わないと、俺達のような民間組織に依頼してきた訳だ。報酬の半分は前金で貰っているしな。

 巫女の居場所が分かり次第、襲撃を掛ける! 絶対に巫女を仕留めるんだ! 逃走経路の確保を忘れるな!」

「何処かに巫女が姿を現すような情報があれば良いんだが。まったく表に出ないから、探すのも一苦労だ」


 神託によって多くの命が救われたので、国内外に巫女の事は知れ渡っていた。既に日本国内で、巫女の神託を疑う人間はいないだろう。

 だが、巫女の住居も顔も、年齢すらも知っている一般人はいない。全ては皇室という分厚い壁に阻まれて、公表される事は無い。

 その為、まずは巫女の居場所を探るのが先だとして、各国の組織は巫女の住居の特定に全力を注いでいた。

 その動きが陽炎機関に知られない筈も無かった。日本国内で海外の非合法組織を好き勝手に活動させる程、陽炎機関は甘くは無い。

 逆スパイも検討されたが、結局は排除する方針が決定され、ある場所に誘き出して一網打尽にする計画が進められていた。

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 天照機関の会合は定期的なものが多いが、重要な問題が発生した時は緊急会合が行われる。

 その日、皇室の主の招集で全メンバーが集まっていた。


「最近は巫女の事が問題になったので、全員の意見を聞きたい。今更だが、巫女は国民にとって大きな存在になっている。

 その為に巫女に会いたいという希望は多い。今までは何とか抑えてきたが、最近は華族や后までも会いたいと希望してきた。

 このまま、巫女の神託のみを利用した方が良いのか、実在の人物を巫女に仕立て上げた方が良いのか、皆の意見を聞きたい」

「実在の巫女による神託は国民に安心感を与えると思われます。もっとも、適任の女性が居るかは別の問題です。

 女性なので容姿も問題になるでしょうし、安全面も配慮する必要があります」

「適任者を見つけても、人間は誰しも老いるからな。今は良くとも数十年後を考えると問題が多くなる。それに秘密保持の事もある。

 確かに実在の巫女による国民誘導のメリットがあっても、デメリットも存在する。私はデメリットの方が多いと思う」

「だが、巫女に会いたいと希望する者達の願いを無下にするのも酷だな。陣内の方で何か上手い手は無いか?」

「……汎用アンドロイドの顔を作り変えて、絶世の美女の巫女を作り上げる事は出来ます。

 アンドロイドなら機密保持に問題はありませんが、実際に不特定多数と会うとなると色々な問題が発生します。

 陽炎機関の報告書にありましたが、巫女の暗殺や拉致を企む組織があります。下手に表に出ると、爆弾テロになる可能性もあります。

 それに女性は勘が鋭いですからね。直接会うとアンドロイドと見破れなくても、違和感を感じて怪しまれるでしょう。

 史実の情報を怪しまれる事なく使う為に巫女という存在をでっち上げましたが、実体を作るのは少々危険かと。

 下手をすれば、『策士、策に溺れる』事態にも為りかねません。

 TV放送が開始されれば立体映像ぐらいは良いでしょうが、今は問題が大き過ぎると思います」

「実在の巫女は諸刃の刃になるかも知れぬか。だが、巫女への感謝の声までも無視するのもどうかと思ってな」

「巫女への手紙や贈り物は、皇室が代表して受け取る事にすれば良いでしょう。

 現代版の目安箱にも為るでしょうし、寄贈の食料は産業促進住宅街に寄付すれば良い。それと感謝状を出せばどうでしょう?」

「ふむ、感謝状か。書面ならば、ある程度は誤魔化せるな。分かった。その方向で進めよう」


 実在の巫女が国民の前に現れれば、熱狂に沸いて好きなように国民を誘導できるだろう。

 しかし、天照機関は巫女を使って独裁政治を行う気は無かった。あくまで史実の情報を使って、天災の被害を抑えたいだけだ。

 老いない巫女の存在は不審がられ、かと言って老いた巫女を人前に出すのも色々と問題がある。

 巫女という存在は便利な反面で、使い方を間違えると自分達に因果が跳ね返ってくる可能性は十分にある。

 国内だけの問題なら何とかなるだろう。しかし、此処まで諸外国の注目を集めてしまうと、下手な手段は逆効果になる可能性が高い。

 今のままでも不都合は無いのだ。これらの理由から巫女の実体化は見送られる事が決定された。

 しかし数年後に巫女の名前と声が決められる事になろうとは、今の出席メンバーの誰もが想像もしていなかった。

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 時代は19世紀末。世紀末だからと言う訳では無いが世相は荒れて、その土地の治安は荒廃の一途を辿っていた。

 侵略者は横暴に振る舞い、弱者である女子供は抵抗する事も出来ない。力こそ正義の論理がまかり通る世界だった。

 そんな中、ある一子相伝の拳法を受け継ぐ継承者が悩んでいた。


(世紀末になった事で、時が来たのかも知れん。今まで隠れて伝承を続けていた我が拳法が、日を浴びる時が来た!

 欧米の鬼畜な行いで住民は大きな困難に直面している。この危急の時を救う為に、我が拳法が存在するのでは無いか!?

 奴らは銃で武装しているが、我が暗殺拳に掛かれば敵では無い。闇に乗じて敵を討つのが我が拳法の真髄だ。

 お師匠様に事情を話して、明日に旅立とう! ユ○アも分かってくれるだろう)


 侵略を深める欧米の軍に対して、義和団を名乗る拳法集団が立ち上がった。

 そして一子相伝の伝説の拳法の継承者は、その義和団に参加しようと考えていた。

 確かに人間は銃弾より早くは動けない。しかし、闇に乗じて敵の司令官を討てば指揮系統に乱れが生じて、勝機が生まれる。

 その為に、苦労して習得した拳法を使うべきだと考えた。

 しかし……師匠からは許可は出ず、まだ時を待つように諭されたその継承者は血の涙を流していた。

 それを慰めたのは婚約者のユ○アだった。


 百八の流派を持っており、中国拳法界に大きな影響を持つある某拳法組織は、八つの主流派によって運営されている。

 その八つの主流派が集まった最高会議で、義和団の乱に参加するかの会議が行われていた。


「欧米の奴らの行いは目に余るものがある! やはり我々が一致団結して義和団に参加して、鉄槌を下すべきだろう!

 我らが愛する家族や女性を助ける為にも、今こそ立ち上がるべきなのだ!」

「ちょっと待て! 確かに欧米の行いは酷いものがあるが、拳法だけで銃に対抗できると思っているのか?

 やはり対抗するにしても手段を考えるべきだろう!」

「臆病者に用は無い。奴らが怖いのなら、とっとと逃げ帰るんだな。我々は虐げられた住民の為にも立ち上がる!」

「ふん。群れなくは戦えない輩が多いな。我が帝王の拳に掛かれば、あんな輩は滅ぼしてみせよう! 世紀末覇者を目指してみせよう!」

「だったら、さっさと実践してみるんだな。如何に我々が強いと言っても、遠距離から飛んでくる大砲の砲弾を蹴り飛ばせる訳では無い。

 寧ろ、屈辱に耐えてでも力を蓄えるべき時だ!」

「我々が争ってどうする? 力不足なのは確かだが、男には負けると分かっていても立ち上がらなくては為らない時もある。

 今がその時だろう! 未来を背負う子供達を守る時が来たんだ!」

「まったく単細胞はこれだから困る。時代は知略を望んでいる! 欧米の奴らの分裂を誘うべきだろう!」

「私は争いごとは好まぬ。話し合いを持つべきだと思う。私は女だし、一緒にしないで貰いたい」


 八人の会話は結局は纏まらず、ある者は義和団に参加して、ある者は動く事は無かった。

 そして対人戦闘能力が高い継承者であっても、遠距離から飛んでくる大砲の砲弾の爆発には対抗できずに、虚しく命を散らした。

 だが、生き残った拳法家の生き様は、多くの人達の心を揺さぶるような素晴らしい話だった。


 上記のような漫画が日本で描き始められ、多くの少年少女の心を掴んでいた。

 尤も、裏切りと賄賂が横行する日常をリアルに描き過ぎた為に、主人公の人気は高かったが、某国の評価は低下の一途を辿っていた。


 その中には真一と真治も含まれており、陣内に拳法を習いたいと言った原因にも為っていた。

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(あとがき)

 ……何故か『はじめてのおつかい』が書きたくなって、書いてしまいました。突っ込みは無しで御願いします。

 巫女に関しては自分なりの独自な考えです。異論はあると思いますが、そちら(萌え)がメインではありませんので納得して下さい。

 あまりに巫女を重視し過ぎると、バランスが崩れますので。(1906年には巫女を使った情報戦を仕掛けます)

 最後は世紀末に託けたギャグです。深い意味はありません。この時期を逃すと書けなくなると思って、書いてしまいました。(汗)

(2013. 7. 7 初版)
(2014. 3. 9 改訂一版)



 管理人の感想
オーストラリアはもうどうしようもないですね。かの国は消えてなくなりそう。
ニュージーランドも殺伐とした状況になるでしょうし。まぁあの白豪主義国家が消えたら、南太平洋は静かになるかも知れません。
そして中国は……何とも救いようがない状況ですね。でもあまり中国が貧乏で、日本が富むと密入国が相次ぎそう。
密漁などの問題も噴出しそうです。本当に迷惑な隣国になりそうです。