1910年

 大韓帝国では昨年に前皇帝の一族が全て滅ぼされて、李承晩が新しい皇帝になっていた。

 李承晩は前皇帝の財産を全て没収して、部下である金恨玉から提案のあった国内改革に取り組んでいた。

 各地の衛生状態の改善や悪習の廃絶、識字率の向上の為にハングル文字の普及、国内の工業化などである。

 まともな方針だが、国民は今までの生活習慣をいきなり変える事は難しく、国内改革の進行は遅かった。

 それでも改革を行わないと諸外国からの信用が得られないとして、強制的に進める方針は変えていない。

 アメリカに留学して欧米文化の影響を受けた李承晩と、転生者である金恨玉の考えだ。

 過去に日本に対して文化を教えた事があり、豊臣秀吉の朝鮮出兵によって多くの文化が失われたが、その以前は文化国家だったなど、

 ハングル語で書かれたファンタジー小説などを使って、国民の自尊心を高めて団結させる目的で行われ始めていた。

 どんな民族にも生きる権利はあり、国民の団結の為にどんな教育方針を選ぼうが、それは各民族の自由だ。

 だが、短期的な視野に立った行動が、長期的な視野から見ると愚策になる場合がある。

 李承晩の採った教育方針がどんな影響を齎すかを知る人間は、極僅かだった。


 今の大韓帝国は度重なる騒乱と飢餓の為に、本土の人口は約300万人まで減少していた。(約50万人は海外に居る)

 二十年前と比較すると半減以下だが、それでも国土に比較すると狭い領土に多くの国民が住んでいる。つまり人口密集度が高い。

 農産物の収穫量は増えずに慢性的な飢餓が流行して、国民の生活を苦しめていた。

 食料を輸入できれば良いのだが、今までの債務の返却が重く圧し掛かっている為に、輸入する資金的な余裕は無い。

 地下資源も豊富とは言えなくて外貨を大量に得る事も出来ず、残された手段は身体を使った労働しか残されていない。

 前王朝の時から手っ取り早く外貨を稼ぐ為に、若い女性をアメリカやドイツの植民地に派遣していたが、その方針は維持されていた。

***********************************

 大韓帝国の外交関係を改善させようと金恨玉は北京に来たが、どこの国からも相手にされずに屈辱を感じていた。

 『東アジア紀行』や『朝鮮紀行』で悪評が定着した為もあるが、領土が減少した大韓帝国に各国が魅力を感じていない事が影響している。

 しかし自主改革だけでは限界があって、大韓帝国の急速な発展は見込めない。やはり本格的な他の国家レベルの支援が欲しい。

 世界各国に移民している同胞は居るが、裕福な生活を行っている訳では無いので、そちらの支援は望めない。

 現地から白眼視される事が多いので、居られなくなって祖国に戻ってくる人間もいるくらいだ。(李承晩もその一人)

 バルナート財閥からの支援は継続的に行われているが、額は少ない。中古設備を送ってくれるのは助かるが、やはり量が不足している。

 支援を増やすようにとバルナート財閥に何度もごねているが、無い袖は振れないと利益以上の支援が行われる事は無かった。

 アメリカとドイツの清国の植民地に派遣した慰安婦の稼ぎは、狭い地域の開発には役に立ったが大韓帝国全てに行き渡る額は稼げない。

 北京にある各国の領事館を回っても門前払いされるだけだった金恨玉は、肩を落としながら北京の街を歩いていた。

 そしてある店先を見て、思わず目を惹かれていた。それは未来の事を知らないと作れない筈の宇宙船エンタ○プライズ号の模型だった。

 此処に自分と同じく転生者が居るのだろうか!? それを確かめようと、金恨玉は店内に入って行った。

***********************************

 二年前に第四回目の夏季オリンピックが行われていたが、日本と関係国は参加する事は無かった。

 その代わりに、日本と関係国が主催する三回目の国際スポーツ競技会と武道大会が東方ユダヤ共和国で行われていた。

 本音を言うと、人種差別主義を採っているオリンピック開催委員会に対する面当てだった。

 今回の開催にも欧米各国から中止するように要請があったが、日本と関係国は無視していた。


「オリンピック委員会から中止要請があったが、無事に開催できた。

 一時は妨害工作を仕掛けてくるんじゃ無いかって危惧したけど、良かったよ」

「妨害工作だなんて、出来る筈が無いだろう。もしやったらオリンピック自体が潰される。

 それより、オリンピック委員会の方も今回のこちらの大会を見て、とうとう膝を屈したらしい。

 二年後の第五回目からは自由参加を認める事と、オリンピック委員会の理事の席を用意すると言ってきた」

「こちらとしては横暴な態度をとる気は無くて、民族至上主義者や変な輩がオリンピック委員会に紛れ込まないかを確認したいだけだ。

 それだけの事なのに、やたらとこちらの提案を渋っていたな。やはり後ろめたい事の一つや二つはあるだろう。

 血を入れ替えて、体制を刷新する良い機会だな」

「あんまり強硬な態度は取るなよ。表向きはスポーツの祭典なんだから、あんまりドロドロとした内情を一般に知られたくは無い」

「分かっているよ。表面は昼行灯を装って、事なかれ主義でやれば良いんだ。でも、おかしなところを見つければ徹底的に潰すだけさ」


 今のところは日本と関係国が開催する国際スポーツ競技会と武道大会は、三回目とあって問題無く行われていた。

 だが、人類の祭典というからには対立していては問題があるとして、結局はオリンピックに合流する事に合意していた。

 但し、武道大会の方は継続して行われる事が決定され、オリンピックとは一線を画した国際大会として有名になっていった。

***********************************

 陣内の手配で留学していた転生者四人は、日本総合大学を無事に卒業をしていた。

 この後は個別のルートになり、次に何時会えるかはまったく不明だ。

 その為に別れを惜しみながらも、希望を持って自分の道を歩み始めていた。


 石原莞爾はドデカネス諸島の【出雲】の工場に勤務する事が決まっている。

 周囲は日本人の職員が多いから、直ぐに馴染めるだろう。その後はトルコ軍に入隊して、後方支援の任に就く事になっていた。

 どれも陣内の手配だ。贔屓と言われるかも知れないが、それは実績で黙らせれば良いと考えていた。


 ソンティはタイ王国に戻って、チャーン島の日本総合工業の工場に勤務する。その後はタイ王国軍に入隊する予定だ。

 故郷には家族が居る。親孝行をしながらも、タイ王国の安全を守れる仕事に就く事を希望していた。

 それらの条件を満足させるプランを陣内は用意していた。


 アドルフは姓をペルツルに変更して、アドルフ・ペルツルとして生きる事になった。

 前世で妻だったリリアンと一緒に帰国する事もあって、陣内は二人の新居の手配をハインリッヒ商会に指示していた。

 史実では第一次世界大戦に従軍したが、今回はダミー商社であるハインリッヒ商会に入社して戦後復興に携わる事が事前に決定されていた。

 とは言え、ハインリッヒ商会とアドルフだけで、ドイツの戦後復興が出来るものでは無い。

 その為に、天照機関によって色々な準備が進められていた。


 サリーは故郷に帰って、インディアン居住区の治安維持と発展の指揮を執る予定だが、時間的にそんなには急がれてはいない。

 その為に子種を貰う約束を果たして貰う為に、陣内の私設部隊のオペレータとしてしばらくは日本で仕事をする事になった。

 当然、沙織や楓、子供達に知られる訳にはいかない。機密保持が必要な業務に携わる事で、絶対に顔を会わせないような形を取っていた。

**********************************************************************

 地球の周囲には無数の彗星があるが、その中でハレー彗星はかなり有名な方だろう。

 約七十六年周期の楕円軌道を取っており、本年にハレー彗星の尾の中を地球が通過することは天文学者により予告されていた。

 それと同時に彗星の尾には有毒のシアン化合物が含まれている事も知れ渡り、地球上の生物は全て窒息死するという噂が広まっていた。

 世界各地で自転車のチューブを買い占めて、チューブの中の空気を吸ってハレー彗星の尾の中で生き延びようとする者や、

 全財産を遊びに注ぎ込んだり、自殺する者も出る有様で各地で混乱が発生していた。

 その混乱を治めようとローマ教皇庁は『贖罪券』を売り出して、購入した者は生き延びられると宣伝して莫大な利益をあげていた。


「売り出した『贖罪券』はかなりの売れ行きだな。これなら減った寄付金の補填も何とかなるだろう。

 それにしても、本当に地球上の生物が死ぬと思い込んでいる輩が多いな」

「それだけデマに騙されやすいという事なんだろうな。でも『贖罪券』を売り出して利益をあげるのは良いが、奇跡の再現の方はどうだ?

 昨年に、過去の魔女裁判の汚点を有耶無耶にしようと、ジャンヌ・ダルクの列福を行ったが、まだ効果は出ていない。

 オーストラリアに行こうとした司祭を乗せた船が『白鯨』に襲われて沈没して、神の祝福は司祭に及ばないかと陰口を言われている。

 聖職者の癖に信者である児童を性的虐待したと、ハワイの女神に暴露されたんで、何かとやり難くなっている。

 このままじゃあ、我々は本当に信用を失ってしまうぞ」

「考え過ぎだ。既に欧米では生活の細かいところまでキリスト教は入り込んでいるんだ。冠婚葬祭の全てに関わっている。

 多少の不祥事があっても末端の人間は善良な人達が多いから、我々のところまでは追及は及ばないさ。

 問題はハワイ王国の神殿と日本の巫女の神託だ。ハレー彗星は地球に何も影響を与えない。騒ぐ必要は無いと言い切っている。

 お陰で日本の影響が強いところは、ハレー彗星騒ぎは起きていない。この反動がこちらに来なければ問題は無い」

「その件か。ハワイ王国の女神もそうだが、日本の巫女の神託は全世界規模で信用が高いからな。

 こちらが火事場泥棒で、『贖罪券』で利益を上げた事を追求されたら困る」

「かと言って、巫女の神託が嘘だとも発表はできない。まあ、騒ぎが収まるのを静観するしか無いだろう」


 今回のハレー彗星騒ぎは、中途半端な科学技術の発展が齎したと言って良いだろう。

 ハレー彗星の尾には有害物質が確かにあるが、地球の大気の濃度は桁違いだ。

 その為にハレー彗星の尾によって地球が影響を受ける事は無いのだが、中途半端な情報でパニックに陥る人が居たのも事実だ。

 言い換えると、報道機関が偏向報道を行ったり、不確かな事を報道すると大迷惑な事態が発生する可能性があると言う事になる。

 そして日本の影響力が強いところでは巫女(織姫)の神託の方が信用されて、パニックに陥った人達はかなり少なく済んでいた。

***********************************

 日本は天皇陛下という頂があるが、議会制民主主義を採用している。

 外交の基本路線や国内の景気刺激策は、独自の予算と特務権限を持つ天照機関の手で進められていたが、国内政治は議会によって

 主に進められていた。今の日本の民度は成熟しているとは言い難い。やはり自己利益を優先させたりする政治家は後を絶たなかった。

 そんな自己利益を優先させる政治家を選んでいる国民の方にも、問題があると言えるだろう。

 それでも経済面で日本総合工業の主導による発展と、産業促進住宅街による弱者救済によって史実と比べると国民の生活は改善されていた。

 不満を持つ人間は何処にもいる。新聞社を使ってモラル向上や公衆道徳の普及に努めているが、意見の違いというのは避けられない。

 これは人間の持つ本質の一つだろう。どんな民族や国家であっても、不満がゼロなど有り得ない。

 だが、自分の意見を押し通そうと言論では無く、テロで実現させようと企むと話は違ってくる。

 そして史実と同じく、大逆事件が発生して多くの逮捕者を出していた。


 フィジーは以前はイギリス領だったが、現在は日本の自治領になっていた。

 気候も温暖で食料は豊富の為に、住み易い地である事は間違いは無い。工業化は殆ど進んでおらず、長閑な平和な地域だ。

 このフィジーの一部の島の住人を賠償金を支払って他の島に移住させ、非武装の永世中立国を建国する準備が進められていた。

 その一環で、産業促進住宅街で働かない怠け者も収容されている。

 ろくなインフラはまだ無いが、自然に実った果実を食べていれば飢える事は無い。働かずに済むので、怠け者には理想郷かも知れない。

 そこに、今回の大逆事件を起こした人達を収監する事が決定された。

 一度でも此処に来ると、政府関係者で無ければ島から出る事は許されない。今のところは流刑地扱いだ。

 将来的には武装を放棄してでも戦争を否定する人や、公害を一切拒絶する人、徹底した平等主義者達の為に、住居や最低限の工場などの

 施設の建設が急ピッチで進められていた。


 公衆道徳は直ぐに身につくものでは無い。その為に、自分達の地域さえ良ければ、他の地域に弊害が出ても良いと考える人達は多い。

 それを根絶する事は不可能だろう。だが、少なくする事は出来るとして、啓蒙活動が進められていた。

 日本は島国なので閉鎖的な面がある一面で、他人への配慮ができるから時間を掛ければ大丈夫と判断されていた。

 しかし、海外に対しては同じ様な対応は取れないと、ある意味では二律背反と言われても仕方の無いような宣伝が為されていた。

 他の諸外国が日本と同じ啓蒙活動を行っているのなら良い。しかし、まだ帝国主義全盛の時代で弱肉強食の論理が罷り通っている。

 国内の公衆道徳の普及を進めさせる事は、生活環境の改善にも繋がる。

 しかしそれが通用するのは国内のみで、常識や風習が異なる相手に同じやり方は通用しないと二律背反を含んだ道徳普及に取り組んでいた。


 史実の1910年には関東大水害が発生した。

 八月に長雨が続いた為に発生した洪水で、家屋流出が約1500戸、浸水家屋が約二十七万戸という甚大な被害だった。

 今回、以前から国内の治水工事を進めていた事もあり、関東大水害が発生する事は無かった。

***********************************

 現在のところ、第二次日露協約が調印されるなどして、日本とロシア帝国の関係は良好だ。

 中央シベリア高原やアルダン高原からは膨大な量の地下資源が掘り出されて、それが日本とロシアに運ばれていく。

 それらの資源によって、満州の開発も順調に進んでいる。しかし、あまりにも偏り過ぎた開発はロシアの担当者の懸念を深めていた。


「日本が約束を守って、中央シベリア高原とアルダン高原から採掘した資源の半分を提供しているのは評価しよう。

 満州の油田も順調に操業しているし、農地開拓も日本は協力的だ。しかし我が国全体を見た場合、開発がアジアに偏り過ぎている。

 欧州方面では重税が圧し掛かかって、国民の不満は高まっている。このままじゃあ拙い事に為りかねんぞ」

「日本から採掘設備を購入して、我が国独自でも中央シベリア高原の開発を進めているが、まだ小規模だからな。

 我が国が資源を採掘すれば、全て我が国の物になる。しかし、そこまで手が回らないのが実情だ。

 飛行船団や海軍の再建も遅れ気味だし、資源は必要なんだが日本の手を借りなくては国内の開発が中々進まない。

 やはり欧州方面も開発を進めて税を下げないと国民の不満が収まらないが、陛下の御命令だからな」

「肥沃な大地である満州に執着するのは分かるが、バランスが必要だからな。

 今のところは海軍の再建は欧州方面を重視して、アジアの海軍増強は抑えられているから良い。

 このまま日本との協力関係は維持する方向で、欧州方面の政策の変更を申請してみるか」


 今のロシアは失われた戦力の補充もあって、国民に重税が掛けられて生活が苦しくなっていた。

 それでも日本がアジア方面で協力的な事もあって、満州の開発を重点的に進めていた。

 その為に欧州方面のロシア国民の不満は徐々に蓄積しており、不穏な空気が漂い始めていた。


「話は変わるが、バルカン半島で我々の足場が強化できそうだ。セルビアとブルガリア、モンテネグロのバルカン同盟を結成できた。

 ギリシャを説得できなかったのは痛いが、オスマン帝国、いやトルコ共和国がバルカン半島に進出する気配を見せていないからな。

 トルコが北エーゲ一帯やロドピ山脈一帯を固めて出てこないなら、残りを我々の勢力で固めれば良い。

 この調子でいくと、バルカン半島に我々の勢力を広げられそうだ」

「トルコ共和国が【出雲】の支援を受けて、黒海艦隊とエーゲ海艦隊を創設か。……そういや、トルコには地中海艦隊は無いのか?」

「そこまで費用が回らないんだろう。ドデカネス諸島には【出雲】艦隊の基地があるから、ギリシャへの睨みは十分だ。

 キプロス周辺の治安も【出雲】艦隊に大きく依存している。限られた資金しか無いから、地中海艦隊は諦めたのさ」

「そういう事か。まあ、トルコ共和国がバルカン半島に進出を考えていなければ良いさ。

 今は忍耐の時だが、何れは黒海を我がロシアに取り戻さなくては為らない。

 とは言っても海軍の整備は遅れ気味だし、まずはバルカン半島への影響を強める事が優先だ」

「まあな。しかし、バルカン同盟を結成できたのは良いが、マケドニア地方を巡ってセルビアとブルガリアが対立を深めている。

 民族が入り混じった地域だから過去のトラブルも多い。まったく同盟を結んだばっかりだって言うのに争うとは、些か気が重いよ」

「オスマン帝国の崩壊の時に、マケドニアをあっさりとブルガリアに領有させた事が、今のバルカン諸国家の問題になっている。

 あの時、トルコが欲を出してマケドニアの領有権を手放さなければ、他のバルカン諸国家の敵意はトルコに向けられたんだがな」

「過ぎた事だ。トルコは問題が多い地方を切り捨てる事で、仕切り直して近代化を進めているんだ。

 それとギリシャの動きにも注意が必要だ。トルコが北エーゲ海を中心に海軍基地を建設してエーゲ海艦隊を創設したから、

 ギリシャは対抗する為に海軍の拡大を進めている。おまけにドイツとしきりに外交交渉を行っている。

 ひょっとしたら、ギリシャはドイツの力を当てにして、トルコに対抗する気かも知れん」

「あそこの王族はドイツと縁戚関係にあるからな。ドイツにしてもギリシャを味方につければ、中東へのルートが完成する。

 まったく、国同士が陣取りゲームをやっているみたいだ。こりゃあ、嵐の前の静けさって事だな」

「飛行船の建造競争もだが、カムイ級に対抗できる戦艦の配備を各国は進めている。

 これが一段落した時に何が起きるかを考えると、薄ら寒いものを感じるよ」


 今のところ、ロシアは日本と協調路線を歩んでいるが、平和主義国家になった訳では無い。

 利がある日本との友好を進めながらも、自国の勢力拡大の為にバルカン半島方面での工作を進めていた。

 史実ではまだオスマン帝国が存在して、バルカン諸国家の敵役になってくれたが今回は事情が異なる。

 スラブ民族主義を訴えてバルカン同盟を結成させたが、マケドニアを巡って同盟国であるセルビアとブルガリアの関係が悪化し始めていた。

***********************************

 各国が飛行機の開発競争を行っている時、日本は各地に航空基地の建設を行って大量の飛行機の配備を進めていた。

 もっとも、配備された飛行機は他の国で開発が進められている物と比べると、航続距離は短くて上昇高度も低い近距離用だった。

 それでもパイロットの養成の面と熟練度を上げる必要性を認めた為に、各地に大量配備が進められていた。

 偵察ぐらいにしか使えないが、先行投資という意味を含めて行われた。

 将来的には農業用に使用する思惑もあって、エンジンや機体の耐久度だけはかなり高めに設定されている。

 各国は日本を抜き去るチャンスと判断して、飛行機の開発競争に一層熱が篭っていた。

***********************************

 大韓帝国の港の数は少なく、貿易する品目があまり無い為に出入りする船は少なかった。

 その出入りする船の大部分は、アメリカのバルナート財閥の手配した船だ。

 入港時には中古設備や食料を満載しており、出港時には労働力としての人員を満載して、アメリカとドイツの清国の植民地に向かった。

 ある者はバルナート財閥の工場で安価な労働力として、ある者(若い女性限定)はダミー会社が運営する風俗施設の従業員としてだ。

 中にはバルナート財閥が秘かに運営する傭兵組織に雇われる者も居る。

 人減らしと食料調達が見込めて、国内の工業化にバルナート財閥が協力する事は、大韓帝国としても願っても無い事だった。

 バルナート財閥としても食料や中古設備の代わりに、安い労働力を自由に使えるのはメリットになる。

 交易の規模は大きくは無いが、双方にメリットがあるとして皇帝である李承晩に承認されていた。

 清国人を雇うより遥かに安い賃金と過酷な労働条件だったが、それは李承晩とバルナート財閥には関係の無い事だ。

 これを契機に大韓帝国の環境も徐々に改善され、バルナート財閥は収益をあげて徐々に大きくなっていく。

 その影に過酷な労働条件で苦しむ労働者の悲哀があったが、李承晩やバルナート財閥に届く事は無かった。


(まずは我が大韓帝国を強国にする事が最優先だ。その為なら麻薬販売でも、人身売買でも何でもやってやる!

 それに売る奴らは碌な教育も受けていないから、良心も痛まぬ。寧ろ、我が国の発展の礎になる事を喜ぶべきだ。

 何しろ食料が不足しているし、工業化の資金も足りぬ。人減らしして食料が手に入り工業化が出来るなら、尊い犠牲と考えるべきだ。

 それにしてもアメリカとドイツの奴らも好き者が多いからな。若い女を派遣すればする程、利益が上がる。

 その利益を元に我が国を強国にして、ユダヤ人と日本人に復讐をするのだ! 奪われた領土を取り返し、日本を征服する!

 その時には、俺とは付き合えないと馬鹿にした淡月光の女を、麻薬漬けにして奴隷にしてやる! 必ず後悔させてやるぞ!)


(慰安婦を俺が扱う事になるとはな。未来なら絶対に捕まって痛烈な批判をされるが、この時代なら犯罪になる事は無い。

 何しろ大韓帝国の皇帝が率先して慰安婦を派遣しているくらいだからな。史実の日本も同じようなものだったのか?

 しかし、俺の良心が痛むのも事実だ。とは言え、弱小のバルナート財閥が成り上がる為には他と同じ事をしていては駄目だ。

 弱者を踏み躙っても成り上がる事は罪じゃ無い時代だ。可哀想だが、我が財閥の成長の為の犠牲になって貰おう。

 ……それにしても風俗業は儲かるもんだな。設備費は掛からないし、中国人より安い賃金で使っている工場の利益より多いんだからな。

 さて、アジアに来ているうちに日本とパイプを作って、何とかして未来の知識と技術を手に入れたい。

 そうなれば、バルナート財閥がアメリカを影から支配する事だって夢じゃ無いんだ! 絶対に成功させてやる!)


 バルナート財閥のダミー会社が運営する風俗施設の実態は、ユダヤ資本の新聞社や日総新聞で秘かに細かく記録が取られていた。

 慰安婦の派遣ルートの証拠や慰安婦の証言、主な客層はしっかり後世に残される。

 尚、大韓帝国は現金収入を増やすために大麻の生産を行うようになっていたが、その事実関係も秘かに記録が取られていた。

***********************************

 ハワイ王国に女神が降臨した事や日本の巫女の神託の為に、世界各国においてオカルトや超能力といった分野への関心は高い。

 何と言っても実際に侵略を免れたり、天災を事前に知る事で多くの命が助かったのだ。関心が高いのは当然だろう。

 その一環で、日本で千里眼の公開実験が行われる事になった。民間のする事であり、皇室や天照機関は絡んではいない。

 日本で超常現象の公開実験が行われると聞いた各国は、多くの取材記者や諜報員を送り込んで情報収集に努めていた。

 だが……


「何だよ。やっぱり偽者なのか。本当の能力者なんて居ないのか!? 日本で超能力の公開実験をやると言うから、期待していたんだがな」

「まだ結論を出すのは早い。何と言っても神が実在したり、日本の巫女の神託で大勢の人達が助かっているという現実がある。

 真偽の識別は困難だろうが、諦めたら終わりだ。今回の失敗を糧に本当の能力者を探すんだ!」

「海に落ちたコインを探すようなものかも知れんがな。しかし、成功した時の利益も大きい。

 今回の結果は国に報告はするが、研究は進めた方が良いと進言しておく」

「そうしてくれ。何としても本物の能力者を探さないと、日本が一人勝ちする可能性もあるからな。

 何としても、我が国も成果を出すんだ!」


 公開実験でも、本当の能力者と判断する事は出来なかった。

 それでもまだ列強の各国は諦めてはいない。その為に、貴重な予算の一部をオカルトや超能力の研究につぎ込んでいた。

***********************************

 イギリスがフランスに続いてロシアと手を組んだので、ドイツは周囲を敵性国に囲まれてしまう結果となった。

 しかし、その現状を容認する皇帝ヴィルヘルム二世では無い。

 オーストリア=ハンガリー帝国とイタリア王国と三国同盟を結んで対抗しようとしていた。

 もっとも、イタリアは【出雲】に敗北して軍の再建を行っていた事や、「未回収のイタリア」と呼ばれる領土問題を抱えていた事から

 本当に当てになるのかは疑わしい。その為に皇帝ヴィルヘルム二世は精力的に動いていた。

 国内の産業を発展させて国力を上げるのは当然だが、外交工作も行ってギリシャを味方に引き入れる事に成功していた。


 それらの工作の影には、皇帝ヴィルヘルム二世の甥であるヴァルデマール・フォン・プロイセンの姿があった。

 未来で学んだ心理学を上手く使って相手を誘導し、味方を増やした。その結果がギリシャの工作の成功だ。

 そればかりでは無い。今の技術レベルと未来の知識の接点は中々見つからないが、どんな兵器が戦場で有効かぐらいは知っている。

 兵器開発局に積極的に参加して、『環ロシア大戦』の戦訓を元に次の戦争で活躍するであろう兵器の開発を指示していた。

 また、兵器以外にも戦術や暗号に関する研究を進めるように勧告していた。


(我がドイツの国力は順調に上がっているし、次の戦争の主役兵器の開発や、戦術や暗号の研究も順調に進んでいる。

 イタリアは脱落しかねないが、ギリシャを味方に引き入れる事が出来たから、イギリスとフランス、ロシアの包囲網に対抗できる。

 未来の心理学を応用した交渉術が、外交の場でも使える事も立証できた。この調子で我がドイツの味方を増やしていけば良い。

 こんな状況だから、戦争に勝てるチャンスは十分にある。……日本が参戦してこなければな。

 まだ日本の中枢との接点は無いが、未来の情報を持って活用している事に間違いは無い。

 その日本を敵に回せば、今のドイツといえども敗戦の憂き目に遭うだろう。これを回避する手段はどうする?

 日英同盟があるからイギリスを敵に回せば、自動的に日本は参戦してくる。

 とは言っても、ここまでイギリスと対立していて戦わないという選択肢は無い。何より、陛下を納得させられない。

 日本の力を削ぐか、日本が参戦できない状態に持ち込むか。それと日本の技術を我々が獲得するかだ。

 アメリカを味方に引き込めれば勝率は上がるが、中立かイギリスに付く可能性が高い。時間はあるだろうから、じっくりと考えてみよう。

 何と言ってもドイツ帝国が負ければ、俺が死ぬ可能性は高いんだ。何としても生き延びてみせる!)


 ヴァルデマールの最終目標は生き延びる事だ。しかしドイツ皇帝の甥という立場は、ヴァルデマールの選択肢を極端に狭めていた。

 安定した生活を保障されて、権限も年齢を考えれば多い方だ。しかし、皇族という立場からドイツ帝国と運命共同体という立場にある。

 ヴァルデマールは生き延びる為に、ドイツ帝国を勝利させる事が現在の第一の目標になっていた。

***********************************

 『環ロシア大戦』では様々な戦訓が得られた。その中の一つは東方ユダヤ共和国の堅固な陣地を使った防衛戦だった。

 鉄条網を使って敵の歩兵を足止めして、機関銃によって安全な位置から敵兵を薙ぎ倒すのは効果的であり、極めて有効な手段だ。

 逆にそれをやられれば、自軍の損害は甚大になる。その対応策を考えるのは当然だろう。

 観戦武官や従軍記者によって、それらの戦訓はほぼ全ての列強が知るところとなっていた。

 しかし、その戦訓にどう対応するかで各国の行動は分かれていた。柔軟な思考を持つ人間もいれば、頭が固い人間もいる。

 自分が痛い目をみなければ、考えを改めない人間は結構多い。そんな彼らはまだまだ騎兵による突撃が有効だと信じきっている。

 そんな状況だったが、イギリスでは敵の鉄条網や陣地を突破する兵器の開発プロジェクトが進められていた。

 その開発プロジェクトには、軍に影響力を持つ親の指示で若い貴族であるチャーリー・ブレッドが参加していた。

 チャーリーは兵器に詳しい訳では無いが、それでも一般常識の範疇で戦車の有効性を知っており、その開発を提案していた。


「重機で使われている無限軌道を装備して、周囲を機関銃から守る装甲板で囲んだ車両を作るだと!?」

「はい。無限軌道は工事用の重機で評価が済んでいるから、荒地の走行に適しているのは判明しています。

 どんな戦場でも踏破できる性能は必要でしょう。

 問題は移動速度ですね。可能な限り移動速度は速い方が良いですから、今までの重機用のエンジンでは能力不足です。

 開発が必要になるでしょうから、今のうちから進めておいた方が良いでしょう。何でしたら日本に技術協力要請をしても良い。

 そして車体全体を装甲で囲めば、機関銃の銃撃でも被害を受けずに敵陣を突破できます。大砲も積めればベストですね。

 敵の機関銃から身を守り、同時に敵兵を攻撃する性能を持った車両を開発するのです。この兵器の案はどうですか?」

「素晴らしい! 確かに開発に時間は掛かるだろうが、完成すれば殆ど被害を受けずに敵陣を突破できるだろう!

 早速、技術者に言って、開発を進めさせよう! エンジンの開発に手間取るなら、日本に技術協力の要請をするのも構わない。

 チャーリー君、他に何か良い案はあるのかね。君が良案を出してくれれば、我が軍は何としても実現してみせる!」

「飛行機の開発も重点的に進めるべきだと考えます。特に積載量を多くして、爆弾を敵陣に投下できれば有効な戦力になりえます」


 史実の戦車のデビューは、第一次世界大戦でイギリス軍が投入した時だ。

 今回は『環ロシア大戦』によって機関銃の脅威と有効性が早期に認識された事で、戦車の開発が早まっていた。

 そして飛行機の開発もだ。転生者であり貴族でもあるチャーリーが、イギリス軍に関与を始めた事から兵器開発全体が進み出していた。

 もっとも、それに予算がつくかは別問題だ。

 まだ使い物になるか分からない事もあって、開発は進められたが予算は限られたものとなっていた。


(これで戦争で使える飛行機と戦車の開発が進むだろうな。貴族の地位を守る為には、この程度の協力は惜しまないさ。

 それにしても、イギリスって昔は世界をこんなに支配していたんだな。このままイギリス支配が続けば、俺の生活は安泰だ。

 可能な限り、生まれたイギリスに協力するさ。それが俺の利益になるんだからな。

 それにしても問題は、日本が未来の技術と知識を持っている事だ。ハワイの女神騒ぎも日本の仕業なら、日本の一人勝ちは揺るがない。

 しかし、ロシアとの戦争の時は同盟国や友好国を当てにして戦っていたよな。という事は、日本は大した力は無いのか?

 力を持っているなら使わない筈が無いしな。そこら辺が、どうも判断に悩むところだ。

 まだ日本との交渉に出してくれないから、日本の実力は不明だ。でも、同盟国だから支援は期待できる筈だ。

 これだけ準備をしておけばイギリスが負ける事も無いし、万が一の時は日本に期待できる。

 次の戦争の時に日本の実力が判明した時点で、対応を考えても遅くは無い)


 チャーリーの目標はハーレムを築いて優雅な貴族生活を満喫する事だ。その為には多少の苦労は厭わない。

 そして気分転換をしようと自宅に戻り、チャーリーの部屋で怯えた表情で待っていたメイドの服を脱がし始めた。

***********************************

 カムチャッカ半島のオホーツク海側のレスナヤには、大量の資材と資金を投入して研究都市が建設され、そこでは日本の未来を担う

 様々な研究が行われていた。食料の増産方法の研究や、電子部品製造の研究、トリウム熔融塩炉の研究開発、砂漠緑化など様々だ。

 省エネや省資源方式の研究を含めて、軍事兵器の開発も同時に行われていた。

 制空権を確保する手段である飛行機の開発もそうだが、陸戦で優位に立つ為の兵器の開発も行われていた。


「最終的な指標があるから開発も楽に進むな。詳細な資料は無いが、外観だけでも分かれば助かる。

 ジェット機の開発が禁止されているのは悔しいが、レシプロ機で実戦に投入できる機種の開発は順調だ。

 これなら戦争が起きても制空権を確保する事は十分に可能だ。まだ量産に取り掛かれないのは悔しいがな」

「安心するのはまだ早い。列強でも飛行機の開発に拍車が掛かっているんだ。夜間飛行を成功させて、飛行機からの無線通信も成功させた。

 水上発進が可能な飛行機も出来ていて、飛行高度や飛行速度の競争の真っ最中だ。技術革新が早まっているから、気は抜けない」

「あまりに先を見越した兵器を開発すると、直ぐに模倣されるからな。その為に、態々程度の低い機種で我慢しろってか。

 理由は分かるが、何か釈然としないな」

「あまりに手を抜き過ぎると、せっかく大金を投じて育成したパイロットが死ぬ事になる。

 それで無くても、我が国の軍は人口比で軍隊の規模が小さいんだ。貴重な人材を無駄死にさせたくは無い」

「そこは上も考えているさ。飛行機だけじゃ無い。戦車の開発も進めている。情報部からの極秘情報では、イギリスも開発を行っている。

 戦車のデビュー戦はイギリスに譲るが、欧州を戦場とした戦争に派遣された時は活躍できるさ」

「そうは言っても戦車の搭載砲は小型で、装甲も機関銃を防げる程度だ。大砲の直撃を受ければ一撃で破壊される。

 塹壕に居る機関銃を構えた敵兵は攻撃できても、堅固な敵陣の破壊は無理だ。過剰な自信は命取りになるぞ」

「いきなり大口径の砲や分厚い装甲の戦車を開発・量産するのは、工業力から言っても無理だ。

 参考となる資料はあるから、産業開発研究部に基礎技術の開発を頑張って貰うとしよう」

「基礎工業技術が充実して加工精度が上がれば、エンジンの強化が出来る。そうなれば、飛行機や戦車のエンジンも高性能化する。

 目先の事に囚われずに、長期的な視野に立った技術開発が求められているんだ。幸いにも資金的な余裕は十分にある。

 陣内総帥の希望を叶える為にも、頑張るとするか」


 日本は総動員制が行える下地はあるが、それでも軍に関与する人数が少ない程、国家財政の負担は軽くなる。

 その為に日本の陸軍は人口と国土面積を他の列強と比較すると、かなり少数の編成になっていた。

 その代わりに、空軍と海軍を充実させている。そして少ない人数を有効に活用する為にも、新兵器の開発が日夜行われていた。


 史実の1910年に、広島湾の沖合で第六潜水艇の沈没事故が発生した。(死者十四名)

 Uボートが開発され始めるなどの潜水艇開発の黎明期であり、海外でも類似の事故が多発していた中の事故だった。

 (第一から第五潜水艇はアメリカからの輸入。第六潜水艇は初の国産潜水艇)

 海外の事故とは、様子は異なる。海外の潜水艦事故では乗組員がハッチに殺到し、折り重なるようにして死亡しているケースが大部分だ。

 日本の第六潜水艇の場合は、全乗組員が持ち場から離れずに死亡していた。死ぬ寸前まで、潜水艇を復活させようと試みていた為だ。

 そして記録として残っているのは、持ち場を動かなかった第六潜水艇の乗組員に、全世界から称賛の声が寄せられたという事だ。

 史実ではこの事故の後、呉市の神社に第六潜水艇殉難慰霊碑が建立され、後世にまでその生き様を伝えている。

 だが、今回は佐久間艇長以下の乗組員は、以前に天照基地で建造された『竜宮級』潜水艦に搭乗していた。

 天照基地が消滅した為に、圧倒的な戦闘力を誇る竜宮級潜水艦の追加建造は出来ない。

 しかし、史実情報を元に建造された潜水艦が次々に就役し、アジア全域やペルシャ湾、インド洋、紅海、地中海で活動を始めていた。

***********************************

 中南米諸国は欧州資本もさる事ながら、アメリカ資本が大々的に進出して現地の支配を強めていた。

 それは立地条件の為に仕方の無い事でもある。満足なインフラも無く、教育水準も低い現地を無償で支援するような組織は無い。

 何かを手に入れる為には、何らかの代償を支払わねば為らないのは世の真理だ。

 その結果、中南米諸国は多くの権益を海外企業に支配されて、現地の生活は楽なものでは無かった。

 多くの貧困層が存在して、治安を悪化させると同時に近代化の足枷ともなっている。

 例外は日本の支援を受けて工業化を進めているペルーぐらいだ。

 ペルーの国内権益も欧米資本に握られているものも多いが、未開発地域の開発を進めたので、欧米資本の占有比率は低下している。

 日本からの支援で教育環境は徐々に整えられて、識字率は上昇傾向にある。

 それは結果的に、ペルー国民の生活レベル向上に繋がっていた。


 改革を行えない国の国民の生活は悲惨なものだ。その中の一つであるメキシコで革命が発生していた。

 その情報は天照機関にも報告されて、メンバーは協議を行っていた。


「メキシコ革命が史実通りに起きたか。しかし、今の歴史は史実と乖離を始めたはずなのに、史実通りとはどういう事だ?

 もし、これからの事件が史実通りに発生するなら、対応を改めなくては為らんが陣内は理由が説明できるか?」

「何とも言えません。歴史の修正力というものがあるのかも知れませんし、偶然の産物かも知れません。

 こうなると、何が起きるか予測するのも困難になります。地震のような自然災害は別にして、人間が起こす事象は予測不可能です」

「史実の情報を元に様々な先手を打って、有利になるように進めてきたが、今後は不透明感が増して史実情報に依存するのは拙いな。

 まあ、此処まで有利な状況に持ち込めた事で、満足するしか無いだろう。当面は中国の辛亥革命が史実通りに来年に起きるかが問題だ」

「起きるかも知れないと、内密で準備を進めるだけでも十分だろう。巫女による海外の天災の事前警告も、しない方が良いかも知れん。

 まだ病床にあって回復していない事になっているから、現状維持で良いだろう。

 話を戻すが、以前の会議の結論通りに、メキシコには介入はしない方針で問題無いな」

「アメリカの隣国で、我が国からは遠過ぎる。

 史実では十年以上も断続的に続いた革命騒ぎで、混乱を収める為には膨大な資金と労力が必要だ。

 我が国が介入しても影響は微々たるものだし、介入したとしたらアメリカが領分を侵すのかと文句を言って来るだろうさ。

 言い方は悪いが、彼らの命運は彼らに担って貰う。我々は南米の影響力を確保する為に、ペルーとの関係を維持できれば良い」

「そのペルーは国民の生活状態が改善されて、隣国との間に格差が出てきている。その為にペルーと隣国の関係が悪化している。

 ペルー軍の強化も順調に進んでいるから、戦争になる事は無いだろうな。ペルーへの密入国者が増えるぐらいだ。

 インカ帝国の神々が目覚めるかもと脅した事も少しは影響しているだろう。

 そしてペルーの隣国であるコロンビア、ブラジル、ボリビア、チリの各国から我が国に支援要請が来ているくらいだ」

「簡単に支援と言うが、我々は現在の同盟国や友好国の支援も行いながら、新領土の開発も進めなくては為らん。

 遠い南米の地に支援をする余裕は、今の我々には無い。悪いが要請を断るしかあるまい」

「それが我が国の実態だからな。だがブラジルには日本人入植者が居て、史実の情報を元に現地の有望な未開発の鉱山を確保してある。

 何もしないのでは、入植者の立場に影響する可能性もある。少しは支援を検討しても良いのでは無いか」

「将来的な友好を考えて、ブラジルに入植者を送り込んだのは我々だ。確かに責任はある。さて、どうしたものか?」

「鉱山開発ぐらいなら協力できる。しかし、遠方の為に採算ベースに乗せられるか疑わしい部分もある。

 いっその事、ペルーで使う資材調達先として開発を進める方が良いかも知れぬ」

「希少資源なら太平洋を横断しても日本に運び込むが、何処でも手に入る資源なら近場から調達した方が楽だからな。

 それでブラジル政府に納得して貰うしか無いだろう。十年後や二十年後はともかく、今は余裕が無い」


 メキシコ革命で始まった話は、ブラジルの鉱山開発を進める話で終了していた。

 どんな時代でも、無償の好意で他国を支援する国家は存在しない。

 遠隔地であり、アメリカと揉める原因に為り得るメキシコなら尚更だ。

 確かに中南米諸国は豊富な地下資源を有しているので、支援するメリットはあるだろうが、今は余力が無いのが日本の実情だった。

 自力で近代化が進められない国家には、容赦ない未来が待っていた。それは世界各国に共通する真理だった。


「それはそうと、今月末に白瀬中尉を南極に派遣する予定は間違い無いのか?」

「ああ。南極に唯一ある『明治基地』の常駐職員として派遣する。

 我が国がまだ南極点到達の報告をしていないから、ノルウェーとイギリスの探検家が南極に乗り込むそうだ。

 南極点の一番乗りの名誉を競ってな。白瀬中尉には秘かに彼らの支援を行う任務を与えている。

 ここで彼らを助ける事は、後々で我々の信用に関わってくるからな。イギリスは同盟国だから尚更だ」

「自家発電施設を持って、冬場でも二十人程度の越冬が可能な『明治基地』か。

 南極地域の天候観測もそうだが、資源開発も準備だけは進めておきたいからな。各国の歓心を買う事は無駄では無い。

 南極点一番乗りの名誉は彼らに譲って、我々は実利を優先させるとしよう」


 『明治基地』は天照基地が消滅する前に、建設用ロボットを使用して建設された恒久基地だ。

 その為に、耐久性や断熱性も他と比較すると桁違いに良い。

 スノーモービルや削岩機等を有しており、南極の天候観測と地下資源の確認、その他の天然資源の採取など多岐に渡る目的を持っている。

 直ぐに役立つものでは無かったが、他国の危機に陥った探検家を救助する事が今回の派遣メンバーに課せられていた。


「四人の転生者は、トルコ共和国とタイ王国とドイツに其々派遣しまして、現状は問題ありません。

 残った一人は自分のところで研修を続けています。将来が楽しみな彼らのフォローは、自分が行います。

 それはそうとハインリッヒ商会からの情報で、ドイツが戦車らしきものの開発を進めているとの報告が入りました。

 陽炎機関にも頼んで情報の裏付けを取っているところです。事実なら些か拙い事態かと」

「ふむ。『環ロシア大戦』の戦訓を活かして、戦車の開発をドイツが進めるか。事実なら確かに拙い。確認を急がせろ」

「ギリシャがドイツ寄りの立場を明確にして、トルコとの対立を深めている。

 エーゲ海のドデカネス諸島の駐留艦隊の増強も検討した方が良いだろうな。

 クレタ島を巡ってはイギリスとの関係も悪化している事を利用して、ドイツがギリシャを味方に引き込んだ可能性もある。

 そうだとすれば、ドイツは史実より手強いという事だ」

「ドイツに転生者が居る可能性もあるでしょう。

 その転生者が今のドイツに影響を与えているなら、第一次世界大戦は史実と同じ結果に為らない可能性もあります。

 十分に注意するべきでしょう。ハインリッヒ商会と陽炎機関には、ドイツを調査するように指示は出してあります。

 それはそうと、大韓帝国の国内改革はアメリカのバルナート財閥と組んで、少しずつ成果を上げ出しているという報告が来ました。

 東方ユダヤ共和国の諜報機関である『モサド』からの報告ですので、間違いは無いでしょう。

 もっとも、その資金は国民の切り売りです。そこで資金を稼いで、国内改革を進めているようですね」

「国民に多くの負担を掛けて近代化を進めるか。我が国もそうだった。

 陣内が来る前は、輸出品を増やす為に劣悪な労働環境に多くの人間を送り込んでいたのだからな」

「ですが、大韓帝国は工場の作業員としてだけは無く、強制召集した慰安婦を清国のアメリカとドイツの植民地に送り込んでいます。

 後から被害者を気取らさせない為に詳細に記録に取ってありますが、中々の利益らしいですね。

 それとバルナート財閥の運営している傭兵組織にも、人員を派遣している事が判明しました。

 麻薬を栽培して輸出しているようですし、些か複雑な事態になっているようです」

「傭兵組織か。あそこに武器を与えると碌な事が無いんだがな。次に我々に牙を向いたら、今度こそは徹底的に報復するまでだ。

 彼らにも生きる権利はあるが、我々の権利を侵害して良いものでは無いからな。弱肉強食の時代の理だ。

 まあ、我々が相手する前に、東方ユダヤ共和国が相手に為るだろう。あそこは手加減はしないはずだ」

「前回も何故彼らを滅ぼさないのか、ユダヤの担当者はしつこく食い下がっていましたからね。

 それで報告したいのは、現在の大韓帝国や清国に転生者がいる可能性についてです。

 ドイツに転生者の居る可能性が高い事もありますから、大韓帝国や清国にも居る可能性はあります。

 慰安婦を使って国内改革を進めるのは従来の発想でしょうが、傭兵組織に派遣するなら別の観点から考える人間が居る可能性が高い。

 協力しているバルナート財閥も一度は調査した方が良いでしょう」

「敵に回った転生者が居るのであれば、対応を考えねば為らんな。分かった。そちらの方の調査も急がせよう。

 我々としても事前に脅威を排除できれば、それに越した事は無いからな」

「バルカン同盟が結成されたが、史実通りにマケドニアの領有を巡って同盟国同士で亀裂が深まっている。

 あの時に、トルコを説得してマケドニアを放棄させた結果だ。トルコも今となっては先見の明があったと理解を示している。

 こうなるとバルカン半島を発端にした第一次世界大戦の起きる可能性は高い。

 戦争の準備を急がせるが、不確定事項は極力減らしたい。各自は情報収集に努めてくれ!」


 次の大きな変換点は第一次世界大戦だ。史実ではドイツが敗北したが、ドイツに転生者がいる場合は史実と異なる可能性もある。

 その為に、天照機関のメンバーはドイツの調査の必要性を切に感じていた。

 清国や大韓帝国に転生者が居た場合、それは後日の問題の種に為るだろうが、急がれる事でも無い。

 まだ力が大きく無ければ、事前に摘む事も可能だ。

 こうして、天照機関は持てる情報収集能力の全てを使って、各国の情報調査に勤しむ事になった。

**********************************************************************

 宇宙船の模型を店先に飾ってあった経緯から、大韓帝国から派遣された金恨玉は北京在住の呉奇偉と面識を持った。

 会った理由からして、お互いが転生者である事は承知している。

 本来は未来の力関係が影響してくるのだろうが、現在はそんな事を言っている余裕は無く、二人は対等な立場で話し合っていた。


「アメリカのバルナート財閥の口利きで、南フィリピン経由での貿易が拡大できる事になった。

 お陰で少しは輸出が増えて、改善する見込みが出てきた。輸入品も中古設備が少しずつ増える傾向にある。

 欲を言えばもう少し、工業設備機器の輸入を増やして貰いたい」

「バルナート財閥が協力していると言っても、財閥全体では無くて跡継ぎ息子が個人的に動いているに過ぎないんだ。

 動かせる資金も多くは無い。そう無理を言われては、後で俺が李承晩陛下から怒られる」

「ユダヤ人や日本人の宣伝工作もあって、大部分の企業は我々との直接取引に及び腰だからな。ましてや工業化を支援する企業は少ない。

 バルナート財閥を大きくするのが近道か。分かった。上司にはしばらく辛抱するように伝えておこう。

 それはそうと、そちらはアメリカとドイツの植民地で風俗施設を経営しているが、日本では無理なのか?

 バルナート財閥に協力して貰って、日本に進出すれば足場を築けるだろう。

 その後はなし崩し的に拡大させられれば、日本とのパイプができる。そうなれば、日本の金を引き出す良い契機に為るだろう」

「無理だ。日本は公営風俗施設を許可制にしていて、我々の入国を一切認めていないからな。まったく、忌々しい奴らだ。

 上手くいけば、将来は強制慰安婦として金を毟り取れたのに! 日本人に成りすまして入国する事も出来ないんだ!」

「……俺達と同じ転生者が居て、上手く立ち回っているんだな。大韓帝国の領土切り取りも、その一環だろう。

 まさかユダヤ人を引き込むとは、思いもしなかったが。我が国も存亡の危機に晒されている」

「あいつ等の所為で領土は激減して、平安道しか残らなかったんだ! なのに、世界は日本の情けで我が国が独立できたと信じている!?

 まったく、日本はどこまで偽善者を気取るつもりなんだ! 我が国は日本からの情けなど受け取る気は無い! 必ず思い知らせてやる!」

「我が国もチベットとモンゴルは完全に分離されて、満州はロシアに奪われた。雲南省と貴州省と広西省は雲南共和国として独立した。

 広東省と江西省と湖南省はイギリスに、江蘇省と安徽省はアメリカに、山東省と河南省はドイツの支配下にある!

 あの『環ロシア大戦』で、我が国の領土は一気に激減してしまった!

 日本は自分達では動かず、少数民族や列強を唆している。何とかしないと、本当に日本に滅ぼされてしまう!」


 呉奇偉は史実の『大中華帝国』の出身で、金恨玉は『朝鮮連合』の出身だ。

 史実と同じ様に日本の力を利用して祖国の近代化を進めたいが、どうしても上手くいかない。

 それどころか日本の謀略に遭って、二人の祖国の領土が大幅に削られる始末だ。このままでは祖国が消え去る可能性さえある。

 此処に到っては二人とも協力して、まずは自分達の祖国の改善に取り組む事に合意していた。

 日本を敵視するのは二人に共通している。二人はまだ大きな権限を持っている訳では無いが、許された範疇で成果を出し始めていた。

 呉奇偉は上司を何とか説得して、残された領土の資源を売って利益を上げながらも国内の工業化を進める。

 金恨玉は李承晩のスポンサーであるバルナート財閥を利用して、人材派遣業に手を染めながらも利益を上げて国内改革に取り組んでいる。

 どちらも手駒が少なくて、打てる手は少ない。それでも何とか改善の目処が立ったので、二人の協力体制は上手く行っていた。

 二人とも努力した成果と言えるだろう。そして確実に二人は上司の信任を得て、権限は徐々に拡大していた。


「奪われた領土は必ず取り返す! 日本人とユダヤ人を滅ぼしてもだ!

 今はその準備段階として、バルナート財閥の運営する傭兵組織に若い男を送り込んでいる。数年も経てば、歴戦の戦士に為る。

 女達は現金を得る為に、アメリカとドイツの支配地に慰安婦として送り込んである。工場の作業要員も含めてな。

 この状態が数年維持できれば、我が国は必ず再生する! その時こそ、復讐の機会が巡ってくる!」

「今の日本人とユダヤ人を敵に回してか? 自分としては列強と争わせる事で、日本の勢力を削ぐべきだと考えている。

 ロシア、イギリス、アメリカ、ドイツに奪われた領土、そしてチベットやモンゴル、雲南共和国も最終的には我々の手に奪い返す!

 それには時間と金が必要だ。一時の屈辱は我慢しても、必ず我々は再興する!」

「日本へ入り込んで工作できないのか? 我が国は国交さえ無いが、清国なら可能なはずだ」

「駄目だ。日本は我が国の内陸部に立ち寄らない事を宣言している代わりに、我が国の人間が日本に入り込むのを極度に制限している。

 史実では成功した浸透作戦を出来ないように、お膳立てされてしまっている。

 辛うじて『中華博物館』の見学の為に台湾に行ける自由はあるが、一度でも密入国が発覚すれば台湾にも行けなくなる。

 それはリスクが高過ぎて、上が許可を出さないだろう。それに福建省と浙江省(杭州以南)は中央の影響が薄れつつある。

 日総新聞が我々が袖の下工作が得意だと報道した事で、民間でも個人的な交友を築く事が難しくなっている。

 表面的な付き合いだけで、無理を頼み込める交友関係など聞いた事が無い」

「日本の転生者は徹底的に我々を封じ込める手を打っているらしいな。しかし、我が民族の執念を舐めるな!

 必ず我々は復活して、日本に徹底的に報復してやる!」


 人間が積極的に動くには理由が要る。希望だったり、欲望だったり、思いやりだったり、怨恨だったりと、それは様々だ。

 この二人の場合は、生活に苦しんだ怨恨だと言えるだろう。そしてその標的は日本だった。

 二人は祖国滅亡の危機を感じて、それを打破するべく全身全霊を持って日本に対応しようと考えていた。


「話は変わるが、我々もバルナート財閥の支援を受けている立場だ。そろそろ我々を支援してくれる人物に会わせて欲しいのだが」

「駄目なんだ。名前はエドウィン・バルナートと言うらしいんだが、陛下経由で無いと連絡が取れない。

 陛下がアメリカで世話になった人らしいんだが、俺は連絡を取れないんだ。何時も代理人という奴と会っているだけだ」

「……警戒されているのか? まあ良い。後で良いから、その代理人と会わせてくれ。直接会って、頼みたい事があるんだ」

「一応は俺の立場も考えてくれよ。まあ、俺が同席するなら良いさ」

「それで構わない。俺とお前という転生者が偶然会った。いや、宇宙船の模型に引き寄せられたんだ。

 同じような境遇だから協力し合えた訳だが、他にも同じような境遇の奴らがいれば心強いだろう。その情報を頼みたいんだ」

「ま、まさか俺達以外に他に転生者が居るだと!? そ、そうか。日本には間違い無く居るだろうし、それなら他に居ても当然か。

 敵に回せば拙いが、味方にすれば心強いのは確かだ。そうだな。俺も探してみよう」

「同じ年生まれだから、的を絞り易いはずだ。それと覚えがあるだろうが、他とは違う何かを持っている雰囲気がある。

 もし、お前が他の転生者を見つけたら連絡してくれ。俺も会いたいからな」


 仲間が多いと心強いのは事実だろう。その為に、金恨玉と呉奇偉は仲間を探す事を目的の一つに加えていた。

 しかし、李承晩を支援しているバルナート財閥の御曹司が、二人と同じ転生者であるとは思ってもいなかった。

 世界は広いが、転生者は巡り合う運命を持っているのかも知れなかった。

**********************************************************************

(あとがき)

 あるメールマガジンで第六潜水艇の事を知って、書いてみました。

 そろそろ転生者達も成長しましたので、本格的に動き始めます。


(2014. 7. 6 初版)