1907年
世界各地で紛争が相次いでいたが、列強各国は大規模な紛争に発展させる事は無かった。
寧ろ、世界各地で油田が次々に見つかった事もあり、資源開発競争と建艦競争を行っている状態とも言えた。
その中の一つである雲南共和国では、経済発展の切り札と考えられている『雲南横断鉄道』の建設が急ピッチで進められていた。
「二年間の租税免除もあったが、日本が賠償金をこちらに回して食料手配や農地開拓を行ってくれたから、だいぶ国民の生活は改善されたな。
各地の少数民族の不満は残っているが、生活が多少は改善されたお陰であまり表面化して来ていない。
後は農地開拓と鉱山開発を継続して、『雲南横断鉄道』を早期に立ち上げる事が優先だ」
「ああ。農地開拓が進んだ事で、取り敢えずは食料不足に陥る危険性は少なくなった。やはり食が安定すると助かる。
後は農地開拓の継続と、工業化の推進、交通網の整備が鍵だ。
清国とは険悪な関係だが、他の隣国であるチベットやベトナム、タイ王国、日本との関係は良好だ。
ビルマと華南はイギリスの支配地だけあって、微妙な関係だがな。一応は、これで清国包囲網が完成した事になる」
「とは言っても独立したてで、国軍の整備が遅れているんだ。武器弾薬は資源と交換で日本から入手できているが、訓練が不足している。
清国では重税が課せられて民心が既に清王朝から離れているから、何時革命が起きても不思議じゃ無い。
国境は四川と重慶の一部だから、清国で内乱が起きても我が国に影響が出る可能性は低い。
寧ろ、イギリスやアメリカ、ドイツの支配地で混乱が起きそうだ」
「列強の三ヶ国とも清の領土である湖北省を狙っているんだ。
もっとも、清国を交えて三ヶ国が湖北省を争っても、我が国への影響は少ない。このチャンスに一刻も早く産業を立ち上げるんだ」
「まずは国民を食わせないといけないからな。日本の保護国だから、金が掛かる軍備や外交に手は抜ける。
チベットも同じようなものだからな。地下資源が代償だが、それで生活が良くなるなら安いもんだ」
「少数民族に悩まされているのも、日本が賠償金を回してくれたから助かっているのも、我が国と同じだよ。
全ての鉄道が完成すれば、我が国とチベット、そして華南とベトナム、日本も含めた一大経済圏が完成する。
まだ完成度は二割にも満たないが、鉄道建設に現地の住民を雇用している効果も現れている。もう少しの我慢だ」
雲南横断鉄道は日本が領有する雷州半島を起点にして、雲南共和国を横断してチベットに達する鉄道だ。
それにベトナムを縦断する鉄道と、イギリスが支配する華南(広東省、江西省、湖南省)を横断する鉄道を連結させる計画も進んでいた。
完成すれば巨大な物流網が完成する事になり、各地の資源や食料などの流通が爆発的に増える。
それは経済を刺激して国の発展に寄与するものであり、その完成を多くの住民が待ち望んでいた。
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この時代の物流は空路では飛行船という手段しか無かった。
飛行船は移動速度では陸上や海上輸送を上回ったが、輸送量で言うと陸と海には及ばない。
以前は日本が空路を独占していたが、ヘリウムを国内で産出しているアメリカが財力に物を言わせて大飛行船団を建造して、
アメリカと世界各地の航路を開拓していた。(日本は太平洋周辺、【出雲】を含む中東、アフリカの一部だけの航路)
物資の輸送効率という面から見れば、海上輸送の方が陸上輸送を上回る。その為に、各地の沿岸部が栄えている。
しかし、農業や居住という面から見ると陸上輸送は欠かす事の出来ない重要なものである事にも間違いは無い。
この時代、自動車の普及は進み出していたが初期であり、多くの陸上輸送は馬車などに依存していた。
だが、鉄道という文明の利器を使えば陸上輸送の効率は一気に上がる。建設に多大な費用と労力が必要になるが、維持費は安い。
この為に、資金的に余裕があって経済効果が見込める地域では鉄道建設が盛んに行われていた。
その中の一つが『中東横断鉄道』だ。【出雲】を起点にしてイラン王国を経由してトルコ共和国に至る。
逆方面では【出雲】からサウジアラビア国内を経由して、紅海に至る路線も並行して建設が進められている。
険しい山岳や砂漠という風土に悩まされて物流が発展する事が無かった地だが、鉄道によって状況が変わりつつあった。
「建設を始めて五年だが、まだ四割というところだ。支線を入れれば完成にはまだまだ時間が掛かるな。
現地の住民を雇っているから、イラン王国やトルコ共和国、サウジアラビア王国で経済効果が早めに出ている事が救いだな」
「トルコ共和国とイラン王国では険しい山岳に悩まされ、サウジアラビアでは砂漠に悩まされている。
まったく建設現場の環境が苛酷過ぎる。砂漠では建設しても修理にかなりの労力と費用が掛かるだろうな」
「仕方あるまい。鉄道の生み出す経済効果を考えれば安いものだ。とは言え、サウジアラビアの石油は出来るだけ隠すんだったよな。
イラン王国やトルコ共和国なら石油以外の地下資源が見込めるが、サウジアラビアへの投資が回収できるのは何年先になる事やら」
「それでも紅海と直接鉄道で輸送するメリットは大きい。軍の輸送もそうだ。鉄道は何も経済効果だけじゃ無い。
軍の緊急展開にも使える。経済だけを見ていると、足元を掬われるぞ。注意した方が良い」
「そうだな。紅海方面で兵数が不足している時はイラン王国やトルコ共和国も当てに出来るとなれば、戦略の幅が広がる。
列強各国は建艦競争に勤しんでいるから、数年は大丈夫だろうが準備だけは進めなくてはな」
「それと空路の拡充も進める必要がある。アメリカは大飛行船団を建造して、欧州やフィリピン、中国への航路を開拓している。
他の列強も飛行船団の拡充に努めているところだ。そして、併せて飛行機の開発も進められている。
まだ物になるか分かっていないから各国は飛行機の開発を進めながらも、実績のある飛行船の建造を進めているんだ。
一時期は他の列強が優勢になるかも知れんが、【出雲】は飛行船の建造スペースを落として飛行機の配備を裏で進める」
「まだまだ飛行船による空輸が無くなる事は無いが、あまり飛行船に重点を置かないという事か。
飛行機の配備を裏で進めるという事は、まだ大っぴらに使える状況では無いと言う事だからな。
少なくとも本格的な飛行機は十年は待つ事になるだろう。その間は少ない飛行船でやり繰りするしか無い」
「そういう事だ。【出雲】の海軍工廠も拡張して、大型輸送船や戦艦も建造できる体制は整えた。
後は列強に歩調を併せて飛行機の充実を図る。一時的には劣勢になっても、焦る事は無い。部下にもそう通達しておいてくれ」
中東は過酷な自然環境が多くて、農業も未発達で人口も他と比較すると少ない。
しかし、荒地を農地として開拓して交通網を整備すれば、そこそこの発展が見込める。
まだ戦略的な見地から【出雲】とサウジアラビアの石油資源の開発は進めていない。
だが、イラン王国を含めて中東が石油資源の宝庫だと知られるようになるのは時間の問題だ。
そうなると列強の強引な進出の可能性が高くなる。
あまり突出する事も無く、ある程度は列強と歩調を合わせて軍備を整えていかないと強い警戒を招く危険性もある。
そういう難しい舵取りを、【出雲】の施政者は苦労しながらも行っていた。
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『雲南横断鉄道』や『中東横断鉄道』は複数の国家を鉄道によって繋いで、経済圏を確立させるという戦略目的に従って建設されている。
規模も大きく、完成した時の経済効果も大きい。まさに国家戦略に従った事業だった。
それより遥かに規模は小さくなるが、狭い日本の本土にも次々に鉄道建設が進められていた。
こちらも各地域を鉄道で繋ぐ事による経済効果を狙ったものだ。元々の国土は狭いが、他と比べると人口が多い為に経済効果も大きい。
そして『環ロシア大戦』の時から投入されたレール敷設専用車両やトンネル工事の専用車両の存在が、鉄道建設の効率を後押ししていた。
これらの特殊車両によって、平地においても山岳部においても鉄道建設の効率は大幅に改善され、工期の短縮に繋がっていた。
尚、これらの鉄道は直線である事が望ましい。その為にトンネル工事を行い、極力直線ルートになるように進められている。
さらに、将来の動脈と目される路線に関しては拡張も考慮して、複々線の用地の取得や道路を併設するなどの工夫も凝らされていた。
日清戦争で得た台湾や海南島でも鉄道建設は進められて、既に稼動を開始して経済効果を上げ始めている。
そして今回の出雲議定書で得た北方領土についても、三つの鉄道路線の建設が進められていた。
一つは樺太の南北を繋ぐ縦断鉄道だ。南北に長い樺太に鉄道があると何かと便利だ。
何とか一般住民の生活が可能な地でもあり、優先された建設が進められていた。
将来的には間宮海峡に橋を建設して直接、大陸と鉄道を繋ぐ計画もあった。
一つはカムチャッカ半島のオホーツク海側の鉄道建設だ。こちらも南北に長いカムチャッカ半島を北上する路線の建設が進められていた。
もっとも、寒冷地であり人口希薄地帯という事も加味され、重要度は低い。樺太縦断鉄道よりは優先度は下げられていた。
最後の一つはレナ川の側にあるヤクーツクと、オホーツク海に面するウリヤをを結ぶ路線だ。
中央シベリア高原の豊富な資源の搬出ルートとしての役割が期待されている。
ロシアとの新たな国境付近という事もあり、駐留部隊もあったが資源集積所として発展し始めていた。
また、完成すればヤクーツク周辺の開発も軌道に乗るのと判断から、優先度が上げられて建設が進められていた。
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理化学研究所の研究都市は、カムチャッカ半島のオホーツク海側のレスナヤで建設が進められていた。
広大な地を整地して、地下を掘って各研究施設や工場、住居などの建設が進められていた。(実験施設は基本は屋外)
それらの各施設は地下道で結ばれるようになっている。この地の冬季は厳しく、地下道で結ばれれば移動効率も上がる。
夏は冷房要らずの地だが、冬では地面の断熱効果で暖房効率が上がるのも期待されている。
半地下の公園や商店街、風俗施設もある。数千人が居住して研究開発を進める環境を整える予定だ。
地下施設は建設費がかなり嵩む。しかし、完成すれば運用効率も高く維持費が安いというメリットもある。
研究都市の周囲には軍の施設も建設されて、防諜や防衛を行う任務を課せられていた。
「ふう。地上は強化ガラスを使って太陽光を地下にも引き込もうという贅沢な造りだな。その為に住居は殆どが個人住宅になるぞ。
広大なところだから土地が不足する事は無いが、贅沢過ぎる気もするな。住宅ごとに地下道を掘るのも面倒だ」
「そう言うな。モグラのような太陽の光が当たらない地下生活を誰が望むもんか。出来るだけ日の光を浴びたいと思うのは当然だろう。
此処は酷寒の地だ。そこで研究開発をするのだから、気分が落ち込んで困るんだ。この程度の出費は止むを得ない事だよ。
公園や商店街、慰安施設も太陽の光が感じられるようになっているからな。誰しも人間らしい生活をしたいものさ」
「研究施設や工場、住宅の防諜と採光を両立させなくては為らないからな。まあ、腕の見せ所だ。
それにしても数千人が住める半地下都市を建設するなんて、まだ世界のどの国もやっていないだろうな。
ある程度、施設の建設が進めば半地下農園まで建設する予定だからな。こりゃ、当分は本土に帰れないな」
「研究者と家族がやってきて生活を始めたら、俺達は別の工事が待っているからな。まあ報酬はたっぷり出るし、長期休暇も取れるんだ。
鉄道の建設もある。当分、仕事には困らないよ」
研究都市はかなり長期に渡っての運用が前提になっており、その為に人間らしさを失わない事を前提に恒久施設の建設が進められていた。
色々な実験も人口希薄地帯だからこそ可能なものもある。兵器の試射場も含まれている。
今後数十年、いや百年以上に渡って日本のアドバンテージを確保する期待が、レスナヤの研究都市に注がれていた。
そしてレスナヤの研究都市に赴任する人選も秘かに進められていた。研究開発能力は第一条件だ。
だがそれだけで無く、義務を果たさずに権利ばかり主張する利己主義者や、協調性に欠けるような人材は候補から外された。
それ以外にも、自分の意見に反するからと薄汚い言葉で激しく非難するような人が選ばれる事は無かった。
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『環ロシア大戦』中は東方ユダヤ共和国の前線に輸送する物資の生産で、日本国内の各地の工場は次々に生産記録を塗り替えていた。
(北方の侵攻部隊の物資は事前に備蓄が完了しており、工業生産力が史実よりも上がっていた為、民需生産にはあまり影響を与えなかった)
しかし、戦争が終わると需要が無くなり、各地の工場は今まで通りの生産は出来なくなる。
戦争中は景気が良いが、終わると戦後恐慌になる典型的なパターンだ。
しかし、今の日本は保護国が増えた為に、生産品目もあまり変えずに工場生産が続けられていた。
新たに得た領土や、中央シベリア高原やアルダン高原の開発もある。
戦後恐慌という言葉など知らないかのごとく、経済発展が持続していた。
この頃になると多産が奨励された為の効果が出始めてきた。
まだ労働年齢に届かない年齢層も多いが、ベビーブームの最初の年の一部は働き始めていた。
今の日本には働く場所は幾らでもある。まだ人口が少ない【出雲】、台湾、海南島、マリアナ諸島、ニューカレドニアを含む南方地域、
北方領土各地、ジブチなどに移住をする人達も多くなってきた。
日本の領土内だけの移住では無く、フィリピンやインドネシア、タイ王国、イラン王国、トルコ共和国、エチオピア、マダガスカルなど
関係が良好な国に日本人街が次々に建設、拡大するのに合わせて移民を始めていた。将来では和僑と呼ばれる人達だ。
それに関係が良好な各国から日本への移住も少しずつ進んで、日本各地に外国人街ができた。
国内の産業発展に合わせて人口も増加して、未開発地域の人口も増えようとしていた。
良い事だけでは無かった。日本は広大な領土を獲得したが、それを守る軍隊の数は圧倒的に少ない。
史実では陸軍二十五個師団と八八艦隊艦隊を計画したが、今の状況は史実とはまったく異なる。
今の日本は攻める立場に無く、逆に広大な領土を守る立場になっていた。それでも膨大な陸軍を持つのは財政面で大きな負担になる。
各地の防衛陣地の建設を行って機械化を進め、陸軍の増強は必要最低限に抑えられていた。
それより広大な海域を防衛する事が必要になり、海軍の増強が行われていた。
既に【出雲】を含めると『神威級』戦艦は十隻にまで増えている。
同盟国や友好国からの要請もあって、『神威級』戦艦の輸出が決定されていた。
各地の小型艦艇による警備艦隊の充実も求められている。
それと広大な領土を守る為に、移動速度に優れる航空戦力の拡充も強く要望された。
しかし、時代は実用飛行機の登場を待っている。
今更、速度が遅く天候に運用を左右される事の多い飛行船部隊を拡張する事は却下され、あるだけの飛行船で対応する事が決定されていた。
まあ、監視という意味なら衛星軌道上の監視衛星が使用可能で、不足する空軍力をカバーできる。
列強はカムイショックを受けて建艦競争に突入しており、数年は今のままでも日本の優位は確保できるようになっていた。
その時間を上手く使って、日本は各地の開発を進めて足場造りに腐心していた。
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三月の末ともなると、桜の季節だ。天照機関のメンバーは、皇居のある場所に陣取って花見をしながら盛り上がっていた。
「天照基地が消滅したと聞いた時は顔が青くなったが、残された物を使って将来に繋げられた。
北方に広大な領土を得て、南方にも領土を得られた。孤立の道を歩むのでは無くて友好国も多いし、国際外交の場でも発言力は高い。
悩みの種だった資源不足も目処が立った事もあって、このまま成長すれば何処まで伸びるか楽しみだ」
「史実では戦後恐慌が発生したが、今の日本とは無縁だからな。新たに得た領土の開発や同盟国と友好国の開発の仕事が山積みだ。
今後の数年間を開発に専念すれば、それこそ我が国は世界の大国の仲間入りが出来る」
「これも織姫が色々と残してくれた設備のお蔭だ。あれがあるから、我が国はまだまだ優位を保てる。
国内各地に織姫神社がある。まさに日本の守護神というべきだろうな」
「だが油断は出来ん。列強は『神威級』を上回る戦艦の建艦を競っている。数年も経てば、我が国が不利になるだろう。
それと、列強は大飛行船団の整備に力を注いでいる。飛行機の黎明期で、まだ実用飛行機の運用が先になると言っても無視できない」
「そうだな。飛行船の積載量を上回る飛行機の実用化は二十年以上も先になるだろう。
その間はまだまだ飛行船を捨て去る訳にもいかない。飛行船の建造ピッチを落とさない方が良くは無いか?」
「建造費用も維持費も高いんだ。それと今の様子では、第一次世界大戦に飛行船同士や飛行船対飛行機の空中戦が行われる可能性が高い。
そんな消耗戦を行いたくは無いからな。やはり飛行船は安全な航路で輸送業務に就いて貰った方が良いだろうな。
陣内の方で列強の危機感を煽らない程度に、実用飛行機を用意するから大丈夫だろう。それより戦艦の建造を進める方が急務だ。
同盟国や友好国の海軍の創設を支援して『神威級』を供与する必要がある。今後とも顧客として確保する為にも、急いだ方が良い」
「既に海軍工廠の拡張は終了しているから、同型の『神威級』の建造は進められている。
東方ユダヤ共和国、ハワイ王国、タイ王国に各一隻ずつ、トルコ共和国とエチオピア帝国は二隻ずつを希望している。
補助艦艇も含めると大きな商談だ。影響力を維持する為にも、同盟国や友好国の艦艇は全て我が国から供給したいな」
「『長門級』は天照基地と一緒に消滅しましたが、設計図はありますからドックさえ拡張できれば建造は可能です。
ですが現状では建艦は見送った方が、列強の注意を惹かさせない意味でも良いでしょうね。
それはそうと、『神威級』の改造工事は第一次世界大戦後で良いですね? あまり早く改造を行うと、列強の目に留まりますから」
「そうだな。あまり列強の目を惹き付けても拙い。第一次世界大戦で若干の被害が出るだろうが、それは仕方の無い事だ。
当面は『神威級』は本国艦隊に六隻と【出雲】艦隊に四隻を配備させておけば良いだろう。他の艦艇も揃える必要があるからな」
列強はカムイショックに対応する為に、建艦競争に突入していた。言い換えると、まだ日本の優位は保てている。
しかし、何もしなければ数年で優位は失われてしまう。もっとも、砲弾の弾種や魚雷などの付属技術でカバーするつもりだ。
潜水艦の運用もある。警戒されず、侮られずが日本の基本路線だった。
飛行船も同じだ。今の時期に多額の費用を掛けて大飛行船団を建造しても、十年以内は優位は失われる。
その為に、飛行機の準備の方に重点を置くようになっていた。そして最初の実用飛行機(複葉機)の製造が始まっていた。
「正直に言いますが、我々が高性能なベアリングやエンジン等を開発して販売した事で、世界全体の技術革新が史実より早まっています。
我が社の部品を使った飛行機開発が世界各地で進められており、第一次世界大戦で飛行機が活躍する可能性は高いです。
潜水艦も同じですから、油断は禁物です。主戦場は欧州と大西洋でしょうが、今から準備を進めておきます。
勝浦工場と日高工場と伊予北条工場の敷地内に滑走路の建設を進めさせて、航空機事業部の工場を増設させています」
「うむ。カムチャッカに建設している研究都市の真価は、数十年後を睨んだものだからな。
今は列強のレベルに合わせて侮られぬようにすれば良い。だが、第一次世界大戦の前に中国で辛亥革命が起きるだろう。
そちらの準備はどうなのだ? 中国包囲網を形成したが、革命の余波で被害を受けては困るぞ」
「ロシアの満州の開発は順調で、軍隊の常駐も進めています。今のロシアにとって満州は金のなる木ですから、手放す訳がありません。
イギリスとアメリカ、ドイツも同じですからね。現地の有力者との関係も良好と聞いていますから、辛亥革命の影響は抑えられるでしょう。
チベットと雲南共和国も産業開発を進めながら、軍隊の拡充を進めています。モンゴルはロシア寄りですから、そちらに任せます。
雲南共和国には日本の航空部隊を常駐させる大型基地建設を進めていますので、侵攻があったとしても対処は可能です」
「上手くいけば、辛亥革命の独立勢力と清国、それと各列強の共食い状況になるな。列強の力を削ぐ良い機会だ。
今月の初旬にあった孫文の国外追放処分要求も却下した事だし、清国政府は焦っているようだな」
「賠償金を払う為に重税を国民に掛けたから、怨嗟の声が蔓延している。民心が自分達から離れているのを肌身で感じているんだろう。
各国に苦力で雇われていた者達の帰還が相次いで、人の数に比例して不満が高まっているからな。
彼らの力を削ぐ為にも、しばらくは内輪もめして貰った方が我々にとって好都合だ。表立って、我々が彼らに介入するのは内政干渉だ。
後々で文句を言われない為にも、我々は辛亥革命には何も関与しない方針だろう」
「それで間違いは無いが、福建省と浙江省(杭州以南)はどうする? 陸の孤島状態で、清国の支配が及ばなくなった地だ。
清国の影響力が低下した反面で、台湾との交流が活発化している。
台湾の『中華博物館』に連日、かなりの数の観光客が来るようになっているぞ」
「観光収入という意味では旨みは殆ど無いが、それでも台湾は芸術都市として発展を続けている。
まあ、展示物は中国人の所有物なのだから、ある程度は仕方の無い事だ。
それと台湾に移住した職人達の意識改革は順調に進んでいて、今のところは問題は起こしていない。
完全に意識改革が終わるのには数十年は掛かるだろうが、教育によって常識が変化するという貴重な実例に為るだろう」
天照機関は『環ロシア大戦』で清国の包囲網を形成して領土をかなり削いだが、時間を掛けて検討されたものでは無く、
清国が宣戦布告をしてきた為に緊急処置的に行ったものだった。完璧なものでは無いが、ある程度は有効に機能していた。
そして台湾に建設した『中華博物館』には日本国内は元より、福建省からも多くの観光客が訪れるようになり、賑わいを見せていた。
それと同期して芸術大学や鑑定士養成機関にかなりの入学希望者が出るようになり、芸術都市として発展を始めていた。
「報告を受けた転生者は六人か。うち一人は婦女暴行未遂で逮捕して隔離されているが、五人は協力的で、四人は日本総合大学に留学中か。
その最後に報告を受けた転生者は本当に大丈夫なのか? 今は誰も注目していない名前だろうが、史実ではあれほどの悪名を轟かせたんだ。
注意しておいた方が良いだろう」
「勿論です。今は普通の大学生活を送って貰っており、常時監視下に置かれていますが、今のところ不審な点はありません。
まだ他の転生者との顔合わせをしていませんし、名前は偽名で勉強させています。
あと数ヶ月様子を見て大丈夫と判断したら、他の転生者達と会わせるつもりです」
「その辺りの管理は任せる。日本に悪影響が出ないのであれば、陣内の好きなようにしろ。
最後になるが、六月に第二回万国平和会議がオランダのハーグで行われる予定だが、そちらの準備はどうなっている?」
「オランダは敗戦国でかなりの貧困状態になっていますが、必死に各国に頭を下げて投資を懇願した結果、ある程度は持ち直しています。
積極的に国際会議を受け入れて、国際都市を目指しているようですし、日本から派遣する事自体に問題はありません」
「いや、そちらの方の問題では無く、史実では大韓帝国がハーグに密使を送る事件があっただろう。そちらを懸念しているのだ」
「そちらの問題ですか。大韓帝国は所有領土が平安道だけとは言え、れっきとした独立国家です。
史実では日本の支配を打破しようとして密使を送り込みましたが、今回は状況がまるで違います。そんな事は発生しないと思っていました」
「普通ならばな。しかし大幅に領土を削られて、多額の債務を抱えて国が破産する瀬戸際まで追い込まれているんだ。
日本と東方ユダヤ共和国に強い怨みを持っていると聞く。そんな彼らが国際会議に何かを訴えないかと心配しただけだ」
「そちらの可能性ですか? 分かりました。東方ユダヤ共和国には、監視するように要請を出しておきます」
今のところ、日本と同盟国、友好国の関係は良好で、順調に発展している。しかし、その煽りを受けて悲惨な状況の国もある。
国家という視点に立てば、他の国家を食い物にするのは帝国主義全盛の時代では当然の事だった。
搾取されたり貧困に喘ぐ人達から見れば、救いを求めるのは当然の事だ。
しかし支援を求められた方も、まずは自国民を養う義務を負っている。それを蔑ろにしてまでも他国を支援する事は無い。
その辺りの意識の違いが、富める者と貧困に喘ぐ人達の対立を生み出しているのかも知れない。
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史実では1908年にフォード社が『T型フォード』の販売を開始したが、今回は一年前倒しで行われた。
数年前からフォード社は小型大衆車の設計と製造、販売を行っていたが、交換部品の統一で試行錯誤していた。
だが、やっと大量生産技術が確立した。これにより、大衆向けの小型乗用車が一気に普及する事になる。
もっとも、日本の市場を守る為に、陣内は数年前からT型フォードに対抗できる日本産の小型乗用車の開発を協力会社に要請していた。
勿論、設計技術や製造技術も併せて供与していた。
尚、フォード社に大口出資をしているトルーマン商会が、日本総合工業の運営するダミー商社である事を知るのは一部の人間のみだった。
史実ではアメリカが不況になって、その影響は中南米にも及んでいたが、今回はカムイショックや飛行船の建造が積極的に進められた為、
大きな影響になる事は無かった。
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大韓帝国は平安道を支配しており、国交を結んでいる国は少なかったが、一応は諸外国にも認められている独立国だ。
ロシア帝国と東方ユダヤ共和国と国境を接しているが、経済交流はまったく無かった。
労働するより人の上に立って貢がせる事を尊ぶ風潮がある為に、国内の産業は第一次産業しか無く、工業化は殆ど進んでいない。
膨大な債務を抱えており、発展の重い足枷になっている。衛生環境も悪く、平均寿命はこの時代の平均を遥かに下回っていた。
平安道以外に住んでいた住民も押し込まれたので、面積当たりの人口は多いが作物収穫量が増えない為に慢性的な飢餓状態に陥っていた。
東方ユダヤ共和国に奪われた(大韓帝国の主観)地に工場や住宅が建設され発展していく様子を知ると、不満を覚えるのは当然の事だろう。
自主努力はしているが利息の返済が重く圧し掛かって、出来る事は限られてくる。
やはり外の力を借りないと、国の発展は望めないと結論を出すしか無かった。
その大韓帝国の皇帝高宗は、第二回万国平和会議がオランダのハーグで開催される事に目を付けた。
万国平和会議の席上で各国に窮状を訴えて、支援を引き出せるのでは無いかという希望を見出していた。
そして派遣する公使の選定に入ったが、それは東方ユダヤ共和国の諜報部の知るところとなっていた。
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東方ユダヤ共和国の国防軍は『環ロシア大戦』で旧李氏朝鮮民兵、清国陸軍、ロシア陸軍の猛攻に耐え抜いて、遂に勝利を収めた事で
その勇名は世界に知れ渡った。その勇名に安心感を感じた事もあって、欧州方面だけでは無くアメリカからも移民する人が増えていた。
史実ではユダヤ人組織はアメリカに根を張って成長していた。
しかし今回はインディアンの神の祟りなどの不安要因もあって、史実程はアメリカ国内でユダヤ人組織は成長しなかった。
その東方ユダヤ共和国の領土は以前は大韓帝国(旧李氏朝鮮)の領土だったが、戦争に勝った事で手に入れたものだ。
国際法規上も問題は無い。何処からも後ろ指を指される事は無いと考えるのが一般的だ。
しかし、二千年以上にも渡って祖国を失っていたユダヤ人は、建国の喜びを味わうと同時に失われる恐怖も感じていた。
大韓帝国を滅ぼせれば懸念は消えるのだが、日本が頑として拒んでいる。その為、異常とも言える諜報網を大韓帝国内に設置していた。
そんな事もあり、大韓帝国が万国平和会議に公使を派遣する事を、『モサド』は早期に察知していた。
ここで問題となるのは、大韓帝国が何の目的でハーグに公使を派遣するかだ。
大韓帝国との関係が悪くて怨まれていると察していたので、自分達が大韓帝国のやり玉に上げられる事を懸念していた。
『東アジア紀行』を始めとして、何種類もの書籍に書かれていた内容に加えて、実際に密入国者の送還交渉に携わった担当者から
両班の実態を見聞きして、正確な大韓帝国の主流となっている思考形態や実際の行動形式をかなり詳細に把握していた。
長年の中国の支配もあって、力無い彼らが自己の主張を押し貫く時には強者の同意を取り付ける事を最優先にする。
失敗して言い負ければ、待っているのは死だ。その為に、支配者層である両班の自己主張能力は極めて優れていると判断されていた。
そんな彼らが動くと祖国に悪影響を及ぼす事になるかも知れない。
そう判断した『モサド』は、現地で大韓帝国の公使についての根回しを済ませていた。
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大韓帝国はれっきとした独立国だが領土は小国レベルであり、国際政治に影響を与える事は無いと思われていた。
国交を結んでいる国も少なく、その為に国際平和会議に招かれる事は無かった。
『モサド』の根回しもあり、如何に皇帝の委任状を持っていても会議の出席を認められる事は無かった。
そこで大韓帝国から派遣された三人は、多くの群集が集まっている広場で講演会を開いた。
用意したビラを集まった群衆に配り、大きな声を出して演説を始めていた。
「我々は大韓大国から派遣された公使だが、不当にも平和会議への出席を認められなかった。
国際平和会議とは名ばかりで、我々の出席を認めないのは不公平だ! それについて、参加国全ての謝罪と賠償を求める!
我が国は東方ユダヤ共和国と日本の姦計に嵌り、多くの領土を奪われてしまった。その時の我が国はロシアの国の民だったのにだ!
その癖、今までの我が国の債務が取り消されないのはおかしい! その為に我が国民は塗炭の苦しみに喘いでいる!
我が国が貧窮している責任はロシア帝国と東方ユダヤ共和国、それに日本にあり、我々は謝罪と賠償を要求する!
さらにその三ヶ国を含めて他の諸外国へも、我が国への積極的な投資を求める! 我が国は日本に文化を伝えた歴史ある国だ!
現在の日本の全ての文化の源流は我が国にあるが、その我が国が現在の地位にあるのは絶対におかしい事だ!
この状況を改善する為にも、諸外国の積極的な誘致を訴えたい!」
「大韓帝国が日本の文化の源流だって!? 本当かよ。あの『東アジア紀行』を読むと信じられないな。
それに大韓帝国の領土は小さくて、資源も無いと聞いてるぞ。そんな国に進出するメリットなんてあるのかよ!?」
「我が大韓帝国には優秀な人材が多い! 諸外国の企業の進出があれば、必ず期待に応えられると自負している!
安い賃金で優秀な我々民族を使えるのは、進出してきた企業の大きなメリットになるだろう!
何度も言うが、我が国は日本に色々な文化を伝えた歴史ある国だ! それがユダヤ人共の姦計に嵌った為に窮地に陥った。
こちらに居る紳士諸君も『ベニスの商人』に代表されるように、ユダヤ人の悪辣さに辟易した事も多いだろう!
我々はそういう面では同志だ! 我々に共感した多くの国が、我が国に積極的な進出をするように望む!」
大韓帝国から派遣された三人は、ロシア帝国と東方ユダヤ共和国と日本の責任を追及し、自国民の優秀さを訴えていた。
長年に渡って下層の人間を搾取してきた両班は、貢ぐ物が多いほど自分に価値があると考える。
そんな両班にとって公衆の面前で、このような呼びかけをする事自体がプライドを傷つけたが、背に腹は代えられない。
特に群集の共感を得ようと、露骨にユダヤ人に対する口撃を行ったが民衆の反応は鈍かった。
これも『モサド』による事前工作の結果だ。
『東アジア紀行』を始めとする色々な書籍はオランダにも出回り、彼ら三人の街頭演説をまともに聞く人間は少数だった。
もっとも『モサド』にしても、大韓帝国の使者が此処まで誹謗中傷を行うとは想像を超えていた。
このまま放置すれば悪評がつく事になり、祖国の評価にも影響が出てしまう。
その為に『モサド』は、根拠の無い批判を行っている使者三人に罠を仕掛けた。
「誤解だ! これは何かの間違いだ! ちゃんと調べてくれ!」
「そうだ! 我々は皇帝から委任状を渡された正式な使者なんだぞ! こんなものを平和会議に持ち込むはずが無い!」
「これは日帝とユダヤ人の謀略だ! 我々を陥れる為に仕組まれたんだ!」
「委任状を持たされたと言っているが、そもそもお前らの国は今回の会議に招待されていないんだ。
それでも街頭演説を行って煩いから会議で発言をさせてやろうと許可したのに、会場に爆弾を持ち込もうとしたのか!?
こちらの善意を逆手に取って、恩を仇で返そうとは油断も隙も無い奴らだな。
まったく『東アジア紀行』に書かれていた通りの国民性だな。おい、この三人を拘束しておけ!」
度重なる大韓帝国の公使の街頭演説に辟易した参加国は、一度は会議の席上で発言を許可する決議をしたのだが、
三人の公使の所持品に、会議室を吹き飛ばすのに十分な爆薬があるのが発見された。
平和会議に呼ばれなかった事を逆恨みして、大韓帝国が平和会議の参加国に報復しようと公使を派遣してきたと考えるしか無かった。
この行為は平和会議に出席した全参加国に対する敵対行為であり、大きな問題になっていった。
当然、今までの街頭演説は平和会議に参加する為の方便に過ぎず、嘘八百を並べ立てたと報道された。
そればかりか、使者三人を派遣した皇帝高宗の責任問題にまで発展していった。(濡れ衣だと主張して、公式な謝罪はしていない)
その結果、皇帝高宗は退位を強制的に迫られて、息子の純宗に帝位が引き継がれる原因となってしまった。
清国や大韓帝国の住人がロビー活動が得意な事は、史実から判明している。
根拠の無い誹謗中傷を言われて反論しないと、その主張が各国から真実だと思われてしまう。だが、同じ土俵に乗りたくは無い。
だから将来において中国や大韓帝国のロビー活動に対抗するのを、東方ユダヤ共和国に期待していた。
世界中に広がるユダヤネットワークを使えば、効果的な反撃が出来る。今回、期待した通りの効果を発揮していた。
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李承晩がアメリカに支援を求めて渡ったのは、1903年の『環ロシア大戦』の年だ。
だが、一時は祖国がロシアに併合された為に、交渉する意味を失った。その後で併合は解消されたが、既に時遅しだった。
その為、李承晩は欧米の知識を身に付ける事と人脈作りを目的に、アメリカの大学に入学していた。(ロビー活動も並行して行っている)
しかし日本人やユダヤ人を痛烈に批判した事から、アメリカのユダヤ人組織に目を付けられ、数々の妨害活動を受けて生活が貧窮していた。
何をやっても上手くいかない李承晩は、ある趣味に嵌りながらも信念を曲げる事は無かった。
その李承晩に目を付けたのが、アメリカの転生者であるエドウィン・バルナートだ。
まだエドウィンは若いが、親から教育の一環として事業の一部の責任を任されて資金的には若干の余裕があった。
その為、エドウィンは大学を落第寸前の李承晩に資金援助を行い、自分の手駒に加えていた。
今のところ、エドウィンは李承晩に大きな干渉はしていない。するとしても、李承晩が祖国に帰ってからのつもりだ。
そして李承晩も表面上はエドウィンに従いながらも、何とか多くの支援を引き出せないかを画策していた。
そんな二人の関係は表向きは上手く行っていたが、転機が訪れた。
大韓帝国の公使が国際平和会議に爆弾を仕掛けようとした事は、高宗の退位だけでは済まず、各国に住んでいる朝鮮人にも影響していた。
『東アジア紀行』や『朝鮮紀行』を半信半疑で見ていた人達が、ハーグの爆弾騒ぎの為に本の内容が事実だと悟った。
その為に、今まで以上に各地で白い目で見られる事が多くなり、一部では露骨な嫌がらせを受けるようになっていた。
李承晩にも影響は及び、とうとうアメリカに居られない状態になってしまった。
その為、ある程度のエドウィンの支援を手土産に、平安道の遠い縁戚関係にある両班の元に戻っていった。
本来、没落した両班である李承晩が受け入れられる可能性は低かった。
しかしアメリカの大学で学び、そして量は少ないが継続してエドウィンから支援を受けられる李承晩の存在は得がたいものだ。
この結果、李承晩の所属する集落は、国内の他の集落と比較すると急成長を遂げて行った。
その影には転生者である金恨玉の姿があった。金恨玉はまだ十八歳で何も力は無い。
しかし、衛生管理などの未来の知識を活用して効果を出し始め、李承晩からの信頼を獲得しつつあった。
時代が違い過ぎるので、未来の知識はあまり役には立たない。それでも一般常識の範疇で効果を表し始めていた。
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イギリス帝国はロシア帝国と協商締結を行った。これもカムイショックの影響が大きく、戦争で疲弊した国内経済を立て直すのが目的だ。
これにより、露仏同盟・英仏協商と併せて、イギリス・フランス・ロシアの三国協商が成立した事になる。
地図を見れば分かるだろうが、三国協商によって包囲される国家も出てきた。
特に植民地獲得競争に勤しんでいるドイツは危機感を抱き、その後の欧州の政治に大きな影響を与えていく。
そして『神威級』に対抗できる艦隊の建造を進めながら、大飛行船団も建造を進めるといった軍拡の道を選んでいた。
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子供の教育が重要なのは、殆ど大部分に共通する認識だろう。
そして子供の教育を行う教師の資質も重要だ。この時代、大部分の人が明るい将来が待っていると希望を持って生きている。
公共マナーも少しずつ向上した事もあって、問題児もあまり多くは無く、教師も相応しい自覚を持った人が大部分だった。
そして制度の面でも支援しようと、教師の待遇改善や定期的な講習を受けさせるなど、教師の力量向上に重点を置いていた。
しかし恣意的な教育を生徒に行ったり、事なかれ主義で怠慢が認められた場合は、校長の判断で罷免できるようにしてある。
教師の待遇改善と権限強化と同時に、相応しい能力と人格を要求していた。
例をあげると学校の式典で、国家を歌う事を拒否する自由はある。しかし、それは個人の資格でだ。
国家公務員という立場より個人の立場を重視する人は、教師の資格なしと判定される。そういう法律を制定していた。
全国で使われる教科書も国家が指定したものを使う事を義務化していた。
史実において、二十一世紀に子供の意識調査が世界規模で行われた。
その結果、『親を尊敬している』子供が諸外国の平均が約80%程度だったのに対し、日本の平均は最低レベルの約25%だった。
『先生を尊敬している』子供も諸外国が80%以上に対し、日本はダントツの最下位で21%だった。
さらに『自分を駄目だと思っている』子供が、諸外国が10%から20%の範囲だったのに対し、日本は66%に達していた。
親も先生も尊敬するに値せず、自分も駄目だと信じる子供が多い国家に、未来はあるのだろうか?
史実では自由が尊ばれ、その結果が上記の数字だ。その結果に対して、自由が大切だと主張していた人が責任を取る事は無かった。
だからこそ、今回は祖国や地元に愛着を持ち、子供が誇りと自信を持って生きていけるような教育方針を採った。
自由に任せると行き過ぎた場合のブレーキが無い。捏造報道や犯罪と同じく、悪巧みを働く輩に自制心が働く事は無い。
独善と呼ばれようとも天照機関は教育に強く介入し、自虐史観が入り込む余地を残す事は無かった。
そして今の日本の教育方針に異議を唱える人は、その考えを尊重してフィジーに建国する永世中立国に移民させる工作が進んでいた。
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オーストリアに生まれたある転生者は、現地の淡月光の支店で陽炎機関のメンバーと接触して身の上を明かしていた。
その為、急遽日本の大学に奨学金を受け取って留学する事が決定されて、今は学生生活を満喫していた。
本名を使っても今なら誰も注目はしない。しかし、未来の事を知った者がいれば大問題になる可能性もある。
その為に偽名を使って留学生活を送っていた。未来の知識はあっても、それを使う基礎知識が無ければ宝の持ち腐れだ。
そして彼は貪欲に勉強に励んでいた。その様子は陽炎機関によって観察されて、陣内に報告されていた。
「そうか。生活は質素を重んじて、協調を重視するか。演技している様子は無いのだな?」
「観察下に置かれている事は承知しているでしょうが、酒を飲ませても態度は変わりませんから、それが本性かと。
教えていただいた史実で、悪名を馳せた人物とは思えません。信用して良いかと思われます」
「……そうか、分かった。私の方から連絡を取る。ご苦労だった。下がってくれ」
オーストリアで生まれた少年の名前は、今は名を知られていないが、史実においては数百年先まで悪名が残っていた。
簡単に信じられないが、転生者ともなれば条件も変わるだろう。
そして陣内は他の転生者に招集を掛けて、その少年を紹介する事にした。
東方ユダヤ共和国のリリアン以外は、全て日本総合大学で勉強中の身だ。リリアンの召集を待って、他の転生者を呼べば良い。
そして陣内は早速、動き始めた。
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秘密の会談を行うのに好都合なのはロタ島だが、態々そこに行くのも面倒だ。
それに勝浦工場には陣内が自由に使用できる施設は幾らでもある。他人の目を警戒する必要はあるが、注意すれば良いだけの事だ。
集まるのが全員で六人という事もあって、今回は幹部職員が良く使用する施設を使う事にしていた。
その日は休日で、使用申請が出て無い事は事前に確認している。宿泊施設もある事から、会談が遅くなっても好都合だった。
そして陣内は勝浦工場に到着したリリアンと一緒に、秘密の地下ルートを使って移動をしていた。
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リリアンは転生者であり、東方ユダヤ共和国に住んでいる。
ロスチャイルド財閥に連なる者であり、傍系とはいえ実力者の一人である祖父のハリーと陣内の橋渡し役を務めている。
最初に陣内がリリアンと会ったのは十二年前の事であり、当時は六歳だったリリアンも現在は十八歳となっていた。
年に数回程度会って、状況説明や協力依頼など何度も交渉を重ねてきて、既に性格はお互いに把握している。
そのリリアンは立派な美少女、いやレディと呼べるまで成長していた。
十人の若い男がいれば、八人は見惚れるぐらいと思っていただければ間違いは無いだろう。
そのリリアンは前世は普通の主婦だったが、どうしても今の同世代の男に目が向かなかった。
未来の常識が捨てられず、価値観が異なる異性に興味を持つ事が出来なかった。(同じ転生者でも、ソンティと石原とは合わなかった)
そのリリアンのターゲットは四十代に突入した陣内だった。
別に正妻の地位を望んでいる訳では無いが、大きな力と財産を持ち、価値観を共有する陣内を落とす事に熱心だった。
その日も、陣内の腕を大きく育った胸にしっかりと抱いて、陣内を困らせていた。
「おい、腕を組むレベルじゃ無いだろう。腕の感触は嬉しいんだが、あんまり挑発されると我慢できなくなるんだぞ」
「あら、あたしは何時でも待っているんだけど? もう奥様は若くは無いんでしょうから、肌も荒れているんじゃなくて。
たまには十代の女を堪能するのも良いでしょう?」
「そうやって家庭不和を撒き散らす発言は止めてくれ。今の言葉をあいつらに聞かれたら修羅場になるからな。
まったく香織と五歳しか違わなくて、十二年前の子供の頃から知っているリリアンに欲情する程、子供じゃ無いよ」
「あら、それはあたしに対する挑戦かしら? これでも何人もの男性から求婚されているのよ。子供だって馬鹿にしないで!」
「リリアンがレディだって事は認めるよ。でも、俺以外の男に目を向けて欲しいんだがな」
「別に誰かと操を立てる約束を交わした訳でも無いし、今のあたしが誰と付き合っても自由なはずよ。
そのあたしが目をつけたのが陣内さんなの。絶対に逃がさないからね!」
同じ転生者であるインディアン娘のサリーも、陣内に色目を使っている事にリリアンは気づいていた。
サリーにしても、陣内と言う確かな後ろ盾を確保したいという気持ちがある事は察していた。
女の意地もあるので、サリーに負けられない。
二人きりの時は積極的にアピールしているのだが、まだ陣内を落とせていないリリアンだった。
確かに前世では操を立てた夫はいたが、事故で死別している。その後に子供も失って自殺した過去をリリアンは持っていた。
今世では誰にも束縛されずに、自由に生きようとリリアンは決意していた。
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陣内とリリアンの駆け引きは目的地に着くまで続いていた。その間、リリアンは積極的に陣内を挑発していた。
目的地に着いた時には他の転生者達は待っていて、陣内は内心で安堵の溜息をついていた。
宿泊施設もある。他の目が無ければ、リリアンをベットのある部屋に連れ込んでいたかも知れなかった。
それはともかく、留学生として勉強に勤しんでいるインディアン出身のサリー、タイ王国出身のソンティ、日本人の石原莞爾を含めて
五人の会談が始まった。尚、円卓を使っているが、陣内の左右にはリリアンとサリーが座っている。
時折、リリアンとサリーの間に険悪な空気が漂ったが、陣内は無視していた。
「今日、集まって貰ったのは、新たな転生者が見つかったので紹介したいからだ。
オーストリアで見つかった彼は、日本総合大学の九州校舎で様子を見させて貰った。
本人は我々に協力的なので、仲間に加える事にしたい。最初から言っておくが、名前を聞いても慌てるなよ。
冷静になって話しを聞く事を約束してくれ。じゃあ入って来てくれ!」
陣内の呼びかけに応じて、陽炎機関のメンバーと一緒に別の地下道から来ていたその少年は、五人の前に姿を現した。
五人の視線が一斉に少年に注がれた。容姿は平均で、雰囲気も特におかしいところは無い。
欧州系の顔立ちであり、そんなに珍しい事は見当たらない。その少年は少し緊張した表情で自己紹介を始めた。
「始めまして。名前は……アドルフ。アドルフ・ヒトラーです」
「何ですって!?」 「まさか!?」 「本当かよ!?」 「信じられない!?」
その名の示す意味は、転生者と史実を知る者だけが知っている。
史実においては数百年先までも語り継がれていた悪名だ。
陣内は事前に知っていた為に、驚きは無い。しかし、知らされたばかりの四人はそうでは無い。
特にリリアンは綺麗な顔に憎悪の色を浮かべて、部屋に入ってきた少年を睨みつけた。
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「ちょっと陣内さん、悪名高いこの名前を持つ本人を仲間に引き入れるって正気なの!?
他の人達が許しても、ユダヤ人のあたしが許さないわ! さっさと部屋から出て行って! 同じ空気を吸うのも嫌だわ!」
「冷静になれ! 確かに悪名が後世に語り継がれているが、今の彼は何も悪い事をした訳じゃ無い」
「話を聞いてくれ! 俺でもこの名前の持つ意味は知っている。幼い頃に自殺を考えたくらいだからな。しかし、俺は生きているんだ!
前世はユダヤ人だった俺が、こんな境遇に生まれ変わったのは凄い皮肉だろうが、間違いを犯す気は無い!」
「前世はユダヤ人ですって!? 嘘を言わないで! そんな事では誤魔化されないわ!」
「嘘だと!? この俺をユダヤ人じゃ無いって言うのか!? じゃあ証拠を見せてやる!」
そう言うと少年は警戒するリリアンの前に移動して、いきなりズボンを下ろした。
リリアンは前世では主婦だったが、今はまだ十八の清らかな乙女だ。
その乙女の前でズボンを下ろすなど、一般には変態行為と呼ばれる。
そしてリリアンの反応も、世間一般の常識に準じたものに為っていた。
「きゃああああ! 変態! 近寄らないで!」
「馬鹿! 何を考えている!」
「証拠を見せてやるだけだ! ぐっ」
あまりの唐突な行為に陣内も一瞬は混乱したが、ダイエットの為に習っている護身術で少年を気絶させた。
そして少年は広間からベットがある客室に移された。
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アドルフ・ヒトラー。史実ではユダヤ人の虐殺を行わせ、悪名を後世にまで語り継がれていた人物だ。
確かに現時点では彼は何もしていない。しかし、名前の持つプレッシャーは幼い頃から彼に圧し掛かり、自殺を考えた事もあった。
だが、陣内と会って歴史を変えられる事を知った彼は史実の間違いを犯す気は無く、歴史の過ちを正す方向に努力する事に決めた。
正直に言って、その決意を持っているのに名前だけで嫌われるのはショックだった。
非常に悲しい夢を見た後、彼は目を覚ました。するとベットの脇には陣内が座っていた。
「大丈夫か? 手加減したつもりだが、身体に異常は無いか?」
「少し頭がフラフラしますが、身体は大丈夫だと思います。それにしても陣内さんは結構、凄腕なんですね。
あっという間に気絶させられるとは思ってもいませんでしたよ」
「中年太りを防ぐ為に、護身術を習い始めていたんだ。身体改造をしているから、一般の君達よりは頑丈だぞ」
「そうか。あの時代の身体改造を陣内さんは受けていたんですよね。納得しました。
それと頭に血が上ったとはいえ、彼女の前で失礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「……少々悪いとは思ったが、確認させて貰った。彼女に見せようとしたのは、ユダヤ人が子供に行うあの習慣の手術の形跡だな?」
「そうです。俺は顔を会わさない方が良いでしょう。彼女には陣内さんから謝っておいて下さい。このまま寮に帰ります」
「そのリリアンが君と二人で話したいと言っている。俺は席を外すから、ゆっくりと話すと良い」
そう言うと陣内は部屋から出て行き、代わりにリリアンが少々気まずそうな表情で入って来た。
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「……あの手術をした事を見せる為にズボンを脱いだのは、陣内さんから聞いたわ。
でも、初対面のレディの前でズボンを脱ぐなんて悲鳴を上げられても仕方の無い事よ」
「……済まない。元はユダヤ人の俺が否定されたんで頭に血が上ってしまったんだ。レディの前で失礼な事をしてしまって謝罪する」
「良いわよ。確かに今のあなたは悪い事は何もしていないし、その身体に生まれ変わったのはあなたの責任でも無いしね。
それにしても、証拠を見せる為にズボンを脱ぐなんて、前世の主人そっくりだわ」
「へえ? 君は前世で結婚していたのか? 俺もだよ。美人の嫁さんと可愛い娘を残して事故で死んじまった」
「へえ? あたしは旦那に先立たれて、子供も病死したから自殺してしまったのよ。ところで前世では何をしていたの?」
「【エルサレムZ】で整備士をしていたんだ。破損したコロニー外壁を修理中に、事故で死んじまったんだ」
「!?……まさかと思うけど、前世の名前を聞いても良い?」
最初は名前だけで拒絶した少年と話していくうちに、妙に前世で似通った境遇である事をリリアンは感じた。
そして少年の前世の名前を聞いたリリアンは思わず絶句していた。それは前世で事故死した夫の名前だった。
何と言う偶然か!? あまりにも出来過ぎているが、事実は事実だ。
リリアンも前世の名前を告げると、少年も驚愕の表情を浮かべていた。
「じゃ、じゃあ、本当に君はシンティの生まれ変わりだと言うのか!? こんな事って本当にあるのか!?」
「信じられない!? でも、本当にあなたなのね!? 会えて嬉しい!」
「シンティ、いやリリアン。俺も会えて嬉しいよ。いや前世と比べても遜色ない美人になったな」
「煽てても何も出ないわよ。……ちょっと、あたしのお尻を触っている手は何のつもり?」
「い、いや、君がシンティかと思うと、つい何時もの癖で……」
目の前の少年が前世の夫であると知ると、寝ている少年にリリアンは抱きついていた。
あまりに衝撃的な事実の発覚に、二人は興奮して周囲の目を忘れていた。そして前世の事を思い出し、熱い抱擁を交わしていた。
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リリアンが二人きりで話したいと希望したので陣内は席を外したが、間違いがあっては困るので別室で他の三人とモニターしていた。
そして予想外の展開に、全員が呆気に取られていた。
まさか前世で夫婦だった男女が転生者として、この時代で巡り合うなど天文学的確率だ。奇跡と言って良いだろう。
内心で感動を覚えた陣内達だったが、モニターの二人が服を脱ぎだすと電源を切ってしまった。
夫婦の営みを覗くような趣味は無く、感動の再会に喜ぶ二人を祝福する程度の気持ちは持っていた。
「しかし、あの二人が前世で夫婦だったとはな。何と言う偶然。まったくこんな事もあるんだな」
「前世で夫婦だった二人が、この時代で再び会うなんて凄くロマンチックだわ。羨ましい」
「奇跡だな。まあ、しばらくは二人の好きにさせておけば良い。再会した夫婦の邪魔をするほど野暮じゃ無い」
「同感だ。だけど、サリーも陣内さんに抱きつくのは勘弁して欲しいな。当てられて、こっちの欲求不満が溜まるんだ」
「そのくらいは我慢しなさいよ。リリアンが脱落したチャンスなんだから!」
二人が部屋から出てくる時間など分かる筈も無かった。その為に、飲み物を用意して雑談を始めていた。
ちなみに、顔を真っ赤にした二人が広間に戻って来たのは三時間後の事だった。
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「お、お待たせして申し訳ありませんでした」 「ごめんなさい。再会が嬉しくて、皆の事を忘れていました」
「前世で夫婦だった二人が偶然にも再会をしたんだ。感動するのは当然だ。
ああ、二人が夫婦だって分かってからはモニターの電源は切ってあるから、心配は不要だ。さて、会議を始めても良いかな?」
「は、はい」 「…………」
アドルフとリリアンの顔は真っ赤なままだ。まあ、三時間も二人きりで個室にいれば、何をしていたかは分かるだろう。
感動の再会を果たした二人だが、仲間の事を忘れてしまい、前世の夫婦の絆を確認し合った二人だった。
サリーもソンティも石原莞爾も、二人を祝福する気持ちはある。当然、陣内もだ。
積もる話は後でして貰う事にして、会議を始める陣内だった。
「さて、まずはアドルフ君を仲間に入れる事に異議ある者は居ないだろうから、今後の大方針を示させて貰う。
まずは此処に居る君達が、この時代の基礎技術の習得や管理技術の手法を学ぶ事は続けて貰う。
その後に其々の分担地域で責任ある立場に為って貰う事に変更は無い。
此処で問題になるのはアドルフ君だ。第一次世界大戦までは、ドイツはプロイセン一族が支配しているから干渉できない。
ドイツ敗北後なら色々と工作は可能だが、君の意見を聞きたい」
「……史実では第一世界大戦の賠償金があまりに巨額だった為に、ドイツは専制国家になって第二次世界大戦に突入しました。
勿論、そんな事は望んでいませんが、何処までの支援をいただけるかで方針は変わってきます。陣内さんの意見を聞かせて下さい」
「まだ其処まで本格的な検討は済んでいないのが実情だ。まあ、第一次世界大戦で今のドイツ皇室が滅亡するのは避けられないだろう。
その後の復興は全面的に協力させて貰う。まだ時間的な余裕はあるから、まずは君達が知識と経験を積む事を優先させてくれ」
「分かりました。当面の目標は第一世界大戦ですからね。そちらの方が優先度が高いのは当然だと思います」
別に陣内は人類を影で支配するとかの面倒な事は望んではいない。自国と同盟国、友好国が豊かで平和な生活が営めれば良い。
正義の味方を気取るつもりは無いので、敵対国がどうなろうと責任を持つ気は無い。それには工作や事前準備が欠かせない。
このメンバーだけで出来る事は限られてくるが、それでも天照機関とは別の行動が出来れば良いと考えていた。
「第一次世界大戦の主戦場は欧州だ。アドルフ君は史実では従軍したそうだが今回はハインリッヒ商会に入社して、
後方の資材搬送や手配などの裏方に回って貰いたい。危険を回避するのと、業務の経験を積むのが主な目的だ。それで良いか?」
「分かりました。それで御願いします」
「リリアンが君と一緒に行くのかは、個人の問題だからな。もし援助が必要なら、遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます」
「日本はあまり軍備拡張は行わずに、ロシアを含めた周辺国の開発を重点的に行う。第一次世界大戦までは紛争は少ない。
だから、君達は焦らずに勉強に励んで欲しい。それと、衛星軌道上にある攻撃衛星の調子が悪い事を伝えておく。
監視体制や通信機能は問題は無いが、攻撃衛星の粒子砲の劣化が激しくて大掛かりな修理が必要だ。
しかし、肝心な【雪風】の調子が悪くて長期オーバーホール中だから、攻撃衛星の修理も出来ない。
もしかすると、来年の計画に支障が発生する事も有り得る」
「来年の計画とは? 何か攻撃衛星を使うような大きな事件でもあるんですか?」
「言い忘れたな。来年はシベリアでツングースカ大爆発が発生するが、事前に隕石を迎撃できればと考えていたんだ。
しかし、攻撃衛星が不調となると、計画を見直す必要も出てくる。なるべくなら、隕石は地球への突入前に処分したいのだがな」
「そんな事もあったな。分かりました。そちらはボク達で出来る事は無いでしょうが、何かあった時は連絡して下さい」
アドルフは留学が終わると祖国に戻ってハインリッヒ商会に就職して、裏方業務の経験を積む事が決定した。
リリアンはアドルフが祖国に戻る時には同行するが、それには家族の同意が必要だ。
その工作にリリアンは奔走する事になり、陣内が協力するのは後の話になる。
こうして、親睦を深める為に開催した会議は無事に終了して、酒を含めた夕食会が開かれた。
尚、その日は陣内は帰宅はしなかった。一人で寝たのかどうかは、余人には分からない事だった。
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(2014. 6. 1 初版)