ウィル様作成の地図(1905年版)

 1905年

 『環ロシア大戦』は出雲議定書が締結された事で完全に終結した。

 新しい領土を獲得した国や、領土を失った国もある。賠償金の支払いに悩む国があれば、賠償金を得て喜ぶ国もある。

 しかし、戦争は終結した。議定書の決定に従って、戦争被害の復興に各国は勤しんでいた。(一部は不満噴出状態だったが)

 そんな中、日本総合工業の国土管理事業部の職員は、奈良県の山林で地元の住民と話し合っていた。


「へえ。狼の出没は最近は減ったのか。それで姿を見かけなくなった訳じゃ無いんだろう」

「ああ。山と農業地域の境界に、壁を設置したのが効いているみたいだ。

 農作物の被害が無くなる訳じゃ無いが、それでも被害は減りつつある。良い事だよ」

「あまり狼が減り過ぎると、草食動物が大量繁殖するからな。自然界のバランスを崩すと、後が大変なのさ。

 地元の君達には少々不便な思いをさせるかも知れないが、短期的な視野だけで狼を絶滅させる訳にはいかないんだ。

 その為の支援はするから、そこら辺は上手くやってくれ」

「地元には狼信仰もあるからな。まあ、人が殺されない限りは大きな不満は無いだろう。何とかやってみるさ」


 史実では本年がニホンオオカミ絶滅の年とされている。

 しかし、自然界のバランスを崩す事を恐れた陣内は、ニホンオオカミを保護していた。

 将来的に離島で増え過ぎたヤギや鹿のバランスを取る為にも、肉食動物だからといって簡単に絶滅させる訳にはいかない。

 他には各地の熊も積極的に射殺するような事はせず、自然の成り行きに任せた環境保護を行っていた。


 国土管理事業部の活動範囲は多岐に及んでいた。北海道、本州、四国、九州、沖縄は元より、各地の離島や台湾、海南島、樺太、

 カムチャッカ、同盟国や他の友好国など広範囲に渡っている。

 そこで貴重な動植物のサンプルを回収する傍らで、可能ならば繁殖の手助けを行うなどの支援の手を広げていた。

 古代の遺跡も同じだ。近い将来、開発が進んで失われる前に発掘して保護する等の行動も行っている。

 史実において朝鮮半島の南部で、古代の日本と同じ前方後円墳が発見された事がある。

 それは過去に日本の勢力が朝鮮半島の南部に及んでいた証拠だ。

 しかし、自分達の使っている歴史教育ではありえないからという理由で再度埋められて、無かった事にされていた。

 今回、東方ユダヤ共和国では日本と朝鮮半島との関係を示す貴重な歴史的遺跡として、発掘が進められていた。

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 北欧にあるスカンジナビア半島は、スウェーデン=ノルウェー連合が支配していた。

 そして本年、連合状態を解消して、ノルウェーが独立した。

 独立と言っても血生臭いものでは無く、交渉の結果による無血独立だ。

 その結果、スカンジナビア半島の外周部はノルウェーの領土となった。

 そのノルウェーはヤンマイエン島を領有して、スヴァールバル諸島の国際協力開発を呼び掛けた日本に注目していた。

 何と言っても大国であるロシア帝国に勝利し、目覚しい成長を遂げている国だ。

 全面的に信頼するには早いだろうが、同盟国や友好国への対応を見ていると、ある程度は信用できると考えられていた。

 そしてノルウェーはヤンマイエン島を経由した日本との貿易を増やそうと計画していた。

 さらに現在はロシア帝国の自治領であるフィンランドも、日本と積極的に交渉しようと動き出していた。

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 イギリスはボーア戦争の痛手を癒しながらも、同盟国である日本から飛行船や新型戦艦を導入、

 それ以外にも色々な技術を対価を払って導入しながらも、軍の近代化に努めていた。


「フィジーとニューヘブリディーズ諸島を代価に、飛行船十隻とカムイ級戦艦一隻、長距離魚雷の設計図を入手したが素晴らしい。

 これを日本が独自に開発したのは癪に障るが、我が軍もこれで装備を改めなくては為らないな」

「納入された飛行船は、今まで我が軍が建造して配備していた飛行船とは比較にならない。上昇能力もそうだが、航行速度も雲泥の差だ。

 模擬戦を行ったが、新しく納入された飛行船にあっさりと全滅させられたよ。悔しいが、さすがは飛行船を開発した国だ。

 アメリカでヘリウムが発見された事もあるから、大量に輸入して空中艦隊を配備する必要がある」

「アメリカが独占しているから、ヘリウムの輸入は難しい。日本の生産量は僅かで、こちらも入手は難しい。それより問題は海軍だ。

 カムイ級のエンジンは日本が開発したディーゼル機関を使用しているだけあって、最高速度も航続距離も今までとは比べ物に為らん。

 砲も自動装填機能も備えているし、一斉射撃時の砲撃効果は従来の二倍以上だ。今までの戦艦をどうするかで頭が痛い」

「型遅れの戦艦は、南米にでも売ってはどうだ。南米の周辺もきな臭くなっているし、奴らは飛びつくぞ。

 新型タイプには劣るだろうが、数を揃えれば使えると煽れば良い」

「さっそく、検討させよう。それにしてもカムイ級を上回る戦艦を、我が国で設計・建造して配備しなくては為らん。

 カムイ級の設計図と実物があるから、比較的早く設計は終わるだろう。最低でも三万トンクラスになる」

「フランスとドイツ、ロシアもカムイ級を参考にして戦艦の設計を進めているそうだ。遅れを取る訳にはいかないからな。

 それにしても手痛い出費になった。フィジーとニューヘブリディーズ諸島に加え、イラン王国の権益とキプロスの権利は失われた。

 おまけにクレタ島の奴らが、ギリシャと合併したいと暴動を起こす始末だ。マルタもそうだが、クレタ島を手放す訳にもいかん」


 イギリスは世界帝国で、高い自尊心を持っている。

 とはいえ、日本が持つカムイ級に対抗できる戦艦を短期間で自主開発するのは困難だ。その為に同盟の改定時に有償で入手していた。

 『環ロシア大戦』で飛行船とカムイ級戦艦が叩き出した戦果は信じられないものだった。

 その為、イギリスを含む列強の各国は、カムイ級を上回る戦艦を早急に配備する必要に迫られていた。


「オーストラリアとニュージーランドを失ったが、代わりに清国の占領地を拡大できた。

 アヘン貿易による利益も拡大傾向だし、今のところは順調に進んでいる。クレタ島のギリシャ系住民は徹底的に弾圧する。

 フィジーとニューヘブリディーズ諸島を日本に渡す羽目になったが、あそこは『白鯨』で海上輸送が不安だからな。

 不良債権を処分したと思えば良い」

「ドイツがヨルダン、シリア、イラク(南部は除く)の支配を進めている事に気になる。エジプトを守る為の備えは怠れないからな。

 やはりエジプトに近いクレタ島に、早く基地を建設するべきだろう。万が一の時は【出雲】艦隊の支援が期待できる」

「あれだけの戦果を叩き出した【出雲】艦隊だが、これからの拡大計画は白紙だそうだ。

 【出雲】も『中東横断鉄道』の建設や、ジブチやマダガスカルの開発にしばらくは専念するらしい。

 まったく、二十年前には日本がここまで勢力を伸ばすとは、想像さえしていなかったよ」

「マラッカ海峡、ホルムズ海峡に加えて、紅海の出口も抑えたからな。南方もそうだが、北方にも広大な領土を得た。

 エーゲ海に拠点を持ち、地中海にも進出できる。同盟国に配慮はしているようだが、あまり気を抜けるものでは無い」

「ああ。軍備を進めていないように見えた日本は、飛行船と新型戦艦を秘かに用意していた。

 日本が軍備拡張をしていないと言っても、容易に信用できるはずが無い。

 それでもロシアとの関係を改善させているし、開発するべき場所は広大だ。十年は大丈夫だろうが、その後で日本がどう動くかだな」

「雲南共和国とチベットの関係もある。我が国としては広東省と江西省、湖南省の支配を進める意味からも、関係を維持する必要がある。

 我々の方が大国だからと言っても、同盟を結んだから、あまり無理は言えなくなったな。最近の日本の外交交渉は強かだからな」

「イラン王国の石油利権の一部を獲得できた。南アフリカの鉱山開発も進めるから、軍備を整える資金は大丈夫だろう。

 出来るだけ日本と【出雲】を上手く使えば良い。それが我がイギリス帝国が発展する鍵だ」


 順調とは言えないだろうが、それでもイギリスは大した労力を使う事無く、中国の広東省と江西省、湖南省を手に入れ、

 さらにはイラン王国の石油利権までも入手していた。所帯が大きくなると、維持にも費用が掛かる。

 これらの海外利権無くして、イギリス帝国は成立しない。それらの事は政府上層部の人間にしてみれば、分かりきった真理だった。


 ロシア皇帝が認めた血友病の症状緩和薬の事は、イギリス王室にも伝えられた。

 そしてイギリス王室は、秘かに薬を日本から輸入していた。

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 フランスは共和制であり、代表は選挙によって選ばれる。その国民が選んだ代表によって、フランスはアジア権益の大部分を失った。

 そればかりかジブチとマダガスカルまで失って、莫大な賠償金を日本に支払う事になってしまった。

 辛うじて、マダガスカルの開発に参入できるのが救いと言えるかも知れない。

 資材は自己調達しなくてはならないが、労働者の仕事が斡旋できて【出雲】との関係も改善できる。

 それでもフランスは多くの植民地を抱えている大国だ。

 失われた主力艦隊の再建と、今回の戦争で得られた戦訓を元に軍備を整える必要性に迫られていた。

 そしてイギリスが日本から飛行船十隻と新型戦艦一隻を、領土と引き換えに購入したのは驚きだった。

 そうなると、再軍備に遅れは許されない。従来の戦艦の再建造では駄目で、カムイ級に勝てる戦艦が必要になっていた。

 とは言ってもノウハウは無く、カムイ級に勝てる新型戦艦を短期間で設計・建造できるはずも無い。

 そんなフランスに【出雲】に派遣している諜報部員から、カムイ級の戦艦の設計図を大金を支払えば入手できるとの連絡が入っていた。

 何でも待遇に不満を持つ【出雲】の海軍士官が金を欲しいという理由から、戦艦の設計図を横流しするというものだ。

 これにフランスは飛びついた。こうして、フランスは秘かにカムイ級の設計図を手に入れて、それを上回る戦艦の建造に着手した。


 日本と【出雲】、イギリスがカムイ級の戦艦を独占していると、持たない他の列強が対抗する為に同盟を組むリスクが発生する。

 時間を掛ければフランスでも設計は可能だろうが、あまり時間的な余裕が無い事から、敢えてフランスに機密情報を渡した。

 一部が突出していると軍事バランスを崩して戦争が起き易くなる。世界的なバランスを考えた場合は、あまり好ましい状況では無い。

 フランスは主力艦隊を失った事もあり、植民地からの搾取を強めながらも、艦隊の再建に全力を注いでいた。


 フランスは共和制を取っている事もあって、政教分離政策を進めていた。

 この為に、ローマ教皇庁と対立するようになっていた。今回のベトナムやカンボジア、マダガスカルから宣教師を引き上げた事もある。

 そして年末には、フランスは政教分離法を公布する予定だ。

 各国の機密費の提供を受けて、神の奇跡の再現や聖遺物の有効活用を模索しているローマ教皇庁は実績を上げられない事に焦っていた。

 そしてフランスの政教分離政策の実行を受けて、各国からの機密費の提供も徐々に減少していった。

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 ドイツ帝国は建国が立ち遅れた為に、他と比べると海外の植民地が少なかった。

 その為に、皇帝ヴィルヘルム二世は積極的な海外進出の方針を採っていた。

 国内の産業を盛り上げて、その工業力は欧州でトップレベルになりつつある。そのドイツに必要なのは資源と領土だ。

 その為に、ヨルダン、シリア、イラク(南部は除く)を独立させて、自らの支配下においた。

 そして棚から牡丹餅で、清国の山東省と河南省を得られた。日本の思惑に乗る事で、あまり労力を使う事なく領土を拡大した。

 それでも、まだまだ海外領土が不足していると皇帝ヴィルヘルム二世は考えていた。

 その為、本年でもモロッコの港であるタンジールを訪問し、タンジール事件を発生させている。


 そのドイツ帝国の皇帝ヴィルヘルム二世にとって、最大の障害はイギリス帝国と日本だった。

 今回の『環ロシア大戦』で示した日本の軍事力は脅威に値する。高性能な飛行船や新型の戦艦に対抗する軍備を整える必要があった。

 しかし、日本から技術を導入するルートは無い。清国の山東省と河南省を得た時の伝はあるが、

 ヨルダン、シリア、イラク(南部は除く)をドイツが主導で独立させた事を、日本は不愉快に感じている。

 自主開発は可能だが、時間が掛かる。その為に、ドイツは非合法手段で日本の軍事機密の入手を画策し、それに成功していた。

 日本側としては、フランスと同じくドイツだけ軍備が遅れるとバランスが崩れる。

 だったら、機密資金として使える金を入手して、ドイツとの秘かなパイプを作った方が後々の利益になるだろうと考えられていた。

 ちなみに、その秘密工作にはダミー商社であるハインリッヒ商会が関与していた。


 ロシア皇帝が認めた血友病の症状緩和薬は、ドイツ皇室にも納入されていた。

 開発を要請したのが皇帝ヴィルヘルム二世なので、当然の事だろう。

 その薬は血友病に悩む皇族に配られて、効果を上げ始めていた。その中の一人が、ヴァルデマール・フォン・プロイセンだ。

 ヴァルデマールは皇帝から数々の権限を与えられ、国内の産業改革や軍事改革を進める組織を立ち上げていた。

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 ロシア帝国は今回の『環ロシア大戦』で多くの領土を失ったが、満州という肥沃な大地を得た。

 面積比では失われた領土の方が多いが、居住可能地域という面から見ると、満州を得た方がメリットが大きいと思われていた。

 バクー油田は五年間の使用権を得ているが、それ以降は有償になる。代わりに大慶油田と遼河油田を得られた。

 そして中央シベリア高原とアルダン高原には、日本から大型の重機が続々と運び込まれた。

 今までは人手で採掘するしか無かったが、大型重機を使用する事で今までより遥かに高い効率で採掘している。

 その資源の半分はロシアの物だ。自国の領土の資源の半分を日本に奪われると考えた人間もいるが、手作業で採掘するしか無い

 事を考えると、半分だけでも膨大な利益になっていく。しかも、アルダン高原には鉄道までも建設されている。

 樺太(サハリン)の対岸一帯とシホテ・アリニ山脈一帯も同じようなものだ。

 日本による開発は満州に利益を齎し、それは欧州方面にも波及している。

 三百隻の飛行船団と艦隊の大半を失い、賠償金をも支払うロシアにとって有難い経済効果だった。

 満州は時間と比例して発展している。その事について、ロシア皇帝ニコライ二世は静かに考えていた。


(日本の手を借りると、ここまでの経済効果があるか。賠償金の支払いや、飛行船団と艦隊の再建に費用は掛かるが、十年で取り戻せる。

 バクー油田は四年後には代金を支払う必要はあるが、それでも入手は可能だ。それと満州で大慶油田と遼河油田が得られた。

 これからも採掘が順調に拡大できれば、輸出さえも可能だ。中央シベリア高原とアルダン高原の資源採掘も順調に進んでいる。

 今のところは、日本は正直に採掘した資源を折半している。満州の穀物収穫量も増えそうだと報告があった。

 日本は戦う相手では無く、協力しあう国だという事か。他の国はともかく、日本だけは認めねば為らんか。

 血友病の症状緩和薬の効果は素晴らしい。子供の為にも、日本との関係改善は必須だ。

 日本から飛行船十隻と新型戦艦一隻、それと設計図の購入打診があったな。我々に情けを掛けるつもりか?

 とは言え、飛行船団と艦隊の再建も急ぎ進めなくては為らないが、その準備さえまともに進んでいない。

 しかし、各国に遅れをとる訳にもいかぬ。仕方あるまい。今回は日本の提案を呑むとしよう。資金が無いから資源と引き換えだな。

 アムール川の東側の樺太(サハリン)の対岸一帯とシホテ・アリニ山脈一帯の資源を日本に全ての権利を与えれば良いだろう。

 交渉を進めるように指示を出すか。それにしても日本に上手く乗せられたものだ)


 ロシア帝国は満州を得た事で、将来の希望を持てるようになっていた。しかし、そう考えるのは皇帝を含む上層部だけだ。

 国民の暴動を抑える為に十月宣言は行ったが、ニコライ二世は皇帝の権利の執行を当然の事だと思っていた。

 日本以外の国々への態度も変わらず、また国民への態度も改まらなかった。その為に、ロシア国民の不満は溜まる一方だった。

 それでも血友病の症状緩和薬などの要因もあり、ロシア帝国は日本と経済協力条約を結んで関係を深めていった。

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 イタリア王国は国内の人口増加問題を解決しようと、リビアとエチオピア帝国を植民地にしようとして敗北した。

 本来、戦争に負けた国に待っているのは、莫大な賠償金などの大きな債務だ。

 しかし、出雲条約でイタリア王国に課せられた債務は、リビアとエチオピア帝国のインフラ整備という予想もしないものだった。

 資材等はイタリア側が自前で用意しなくては為らないが、国内の業者に発注する事で経済を潤す事が可能だ。

 労働者も派遣が認められたので、国内の失業率の改善にもなる。

 そして将来に渡り、リビアとエチオピアの資源を安価で輸入できるという長期的な経済メリットもある。

 今まで戦火を交えてきた経緯もあり、遺恨がゼロだとは言わない。しかし、将来を考えて目先の感情を封じる程度の理性はある。

 こうしてイタリア王国は、リビアとエチオピアの開発に積極的に協力していた。


 リビアについては、スペインとの共同開発だ。

 【出雲】から派遣された技術者があっさりと油田を発見した事もあり、開発に拍車が掛かっていた。

 何しろ、イタリアの働きを評価するのはリビアの人達だ。ここでスペインに差をつけられては、油田権益の恩恵が少なくなる。

 こうして利益に誘導されたイタリアは積極的に動いていた。多大な費用を掛けながらも、安価な原油を継続的に輸入する体制を整えた。

 燃焼機関が石炭から石油に切り替わりつつある。石油の需要は増加傾向を示していた。

 そしてリビアから大量の石油を輸入した事は、イタリアに大きな経済的な刺激を与えていた。


 エチオピアの方は【出雲】との共同開発になっている。

 こちらも、エリトリアとソマリアの沿岸部から始まり、内陸部まで徐々に開発を進めていく予定だ。

 エチオピアは荒地が広がっているが、開拓を行えば豊かな穀倉地帯になれる可能性を秘めている。

 ここら辺は、国土の大部分を砂漠が占めるリビアと異なる。そしてイタリアは人口増加の問題から、大量の食料を欲していた。

 こうして、イタリアによるインフラ整備や農業開発がエチオピアで進められていった。


 尚、イタリアはドイツとオーストリアと三国同盟を結んでいるが、「未回収のイタリア」と呼ばれる領土問題を抱えている。

 その為に、三国同盟は維持しながらも、経済的には地中海方面を向いていった。

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 スペインは今回の『環ロシア大戦』に直接関わる事は無かった。

 それでも1898年の米西戦争の時に日本の仲介を受けた事から、日本との関係は深まっていた。

 【出雲】からは様々な工業製品が輸入され、淡月光の欧州拠点工場がある事から低迷していた経済が活性化しつつあった。

 そんな中で齎されたのが、リビアの開発だ。

 イタリアと共同開発で、資材費は資源と交換という条件がついたが、国内経済をさらに刺激するのは間違い無い。

 それにリビアの地下資源を安価に輸入できるというのも大きなメリットだった。

 一部には手間ばかり掛かってメリットが無いという考えを持った人もいたが、リビアで石油が発見された事が情勢を大きく変えた。


 スペインはイタリアに負けられないと、積極的にリビアに進出していった。

 そしてリビアの開発を進める傍らで、石油を含む安価な資源を大量に輸入する事になり、スペイン経済も活性化していた。

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 アメリカは今回の『環ロシア大戦』に関与しなかった。

 ロシアの勝利が確定したら、日本の領土であるマリアナ諸島を獲得しようと考えていたくらいだ。

 そんなアメリカは中国の支配地を広げる事や、フィリピンのサマル島の要塞化を進め、南フィリピンでの利権拡大に熱心だった。

 さらに言えば、パナマ運河計画(1903年開始)を進める為、コロンビアからパナマ共和国を独立させるなど中南米の工作も進めていた。

 そのアメリカに、日本から占領地を江蘇省と安徽省の全域に拡大するようにと要請が届いた。

 日本の思惑も分かっていたが、アメリカにしてみれば棚から牡丹餅も同然の好機会だ。

 そして出雲議定書では、日本は清国にアメリカの占領地の権利を認めさせた。

 しかし、ここで一気に対日感情が好転する程、アメリカは甘くは無い。それ程、今回の日本が見せた軍事力は脅威と感じられた。

 それでも国内でヘリウムが採取できるようになった為、大飛行船団の建造も実現可能になった。

 アメリカの保有する艦隊も時代遅れになってしまったが、こちらもカムイ級の設計図を非合法手段で手に入れた。(代金は支払った)

 こうしてアメリカはパナマ運河の建設を進める傍らで、大飛行船団と大艦隊の建造を進めていった。

 それは最終的には世界に覇を唱え、中国大陸に本格的な進出を望むアメリカにとっては必須のものだ。

 中国大陸には進出しなかったが、北方の広大な領土を得てロシアとの関係を深めている日本は、邪魔な存在に映りはじめていた。

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 昨年、朝鮮八道の一つの平安道を支配する李氏朝鮮は、大韓帝国の建国を宣言した。

 周囲はロシア帝国と東方ユダヤ共和国に挟まれて、出口は渤海だけだ。(日本海側に面する領土は無い)

 その周囲の両国とは国交はあるが、経済交流は皆無だった。(密入国者を送還する時に交渉する程度)

 第二次産業は殆ど無く、働き盛りの多くの男を戦争で失った事から、農業生産量は例年より低下している。

 環ロシア大戦の時にロシアと清国が持ち込んだ大量のアヘンが出回って、中毒患者が増えた為に治安も悪化している。

 衛生環境が悪いので疫病が流行って、経済を好転させる機会も無く、無情に時間が過ぎ去っていった。

 他国と国交を結んで経済支援を受けようにも、今の大韓帝国に支援するメリットがあると考える国は無かった。

 その為に次の宗主国を選ぼうにも、満足な外交政策さえ行えない。

 今の彼らに残されたのは、自主開発だけだった。成功するも、失敗するも、彼ら民族の努力に委ねられる。

 支配者層である両班は住民から搾取をして安楽な生活をしており、それは革命が起きて李氏朝鮮が滅亡するまで続いた。

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 清国は今回の『環ロシア大戦』で一番の貧乏籤を引いたと言えるだろう。

 先祖発祥の地である満州はロシア帝国に支配され、属国と考えていたチベットとモンゴルには裏切られた。

 さらに嘗て弾圧した回族が他の少数民族と協力して、雲南省と貴州省、広西省、広東省の南西部(雷州半島を含む)を

 雲南共和国として独立した。それだけでは無い。

 イギリスが広東省(雲南共和国の所有領土は除く)と江西省、湖南省を、アメリカが江蘇省と安徽省を、

 ドイツが山東省と河南省を占領して、その事を清国が認めざるを得ない事態に追い込まれた。

 清国の外周部が次々に切り取られ、中央部分にも列強の直接支配が及んでいた。

 イギリスによるアヘン貿易も拡大傾向にあって、それが国内を徐々に蝕んでいる。中毒患者となった兵士の暴行事件も増えていた。

 支配領土は一挙に三分の一以下に激減したので、税収も激減している。それでも巨額の賠償金が清国に課せられていた。

 残った国民には重税が課せられ、賠償金を支払う為に、各地の地下資源が大量に運び出されている。


 そんな中、各国の占領地に挟まれて中央から孤立したのが、福建省と浙江省(杭州以南)だ。

 北京周辺の混乱など知らないように、平安な時が流れている。そして列強の進出も無い。

 理由は日本の勢力下と諸外国に認識されている為だと、大多数の住民は理解している。

 こうして、福建省と浙江省(杭州以南)は日本への複雑な感情に悩みながらも、北京からの独立を模索していた。


 尚、清国の支配地域で重税に耐えかねた住民は蜂起を繰り返した。しかし、残された軍によって鎮圧されるだけだった。

 こうして清王朝は民心をさらに失っていき、その代わりに各地の有力者が力を蓄えていった。

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 クルミア半島は以前はオスマン帝国の領土だったが、過去にロシア帝国に奪われた。

 その奪われた領土の奪還に、トルコ共和国は成功していた。

 とは言え、住民構成は以前とは変わっているし、民族意識が普及し始めている事から、今更トルコ共和国の支配は受け入れられない。

 独立させて、トルコ共和国の保護国にするのが精一杯だった。

 クリミア共和国としてもロシアの搾取から解放されても、トルコ共和国の搾取に遭いたくは無い。妥協の結果だ。

 【出雲】から保護国の住民の扱いには注意するように太い釘を挿されているので、トルコとしてもクリミアの扱いには気を使っていた。

 それでも黒海の制海権を確保したいので、トルコ共和国が艦隊を創設してクリミア共和国に駐留させる事になっていた。

 そしてトルコ共和国からある程度の工業化の支援を受けながら、国の開発を進めていった。


 グルジアも同じようなものだ。カフカス山脈に防衛陣地を構築して、ロシアからの防衛ラインを構築する。

 保護国という関係から、グルジアの住民の自由度は高い。そして税の軽減も合わせて、生活レベルの向上に努めていた。

 こちらもトルコ共和国の支援の下、国の開発が進められていった。


 そのグルジアとアゼルバイジャンは国境を接している。しかし、アゼルバイジャンはイラン王国の保護国だ。

 国内にあるバクー油田は今は無償でロシアに石油を提供しているが、四年後には石油代金が入ってくるようになる。

 こちらに関しても、グルジアと協力してカフカス山脈に防衛陣地の構築を進めていった。


 トルクメニスタンは豊かな地下資源を有する国だが、今は発見されていない為に、住民の多くが貧しい生活を送っている。

 国土の大部分が砂漠地帯という事もあり、人口は少数だ。将来はイラン王国とロシア(ソビエト)の緩衝国家として期待されている。

 イラン王国も保護国の扱いについては【出雲】から太い釘を挿されている事もあり、住民の生活レベルは少しずつ改善されていった。

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 東方ユダヤ共和国は以前は朝鮮八道の三道(全羅道、慶尚道、忠清道)を領有していたが、

 今回は京畿道、江原道、黄海道、咸鏡道を領土に加えていた。つまり李氏朝鮮の平安道を除く朝鮮八道のうちの七道を領土にしていた。

 面積で考えると、一挙に倍以上になった。しかし、インフラが整っている訳でも無く、その開発には膨大な時間と費用が必要になる。

 考え方を変えれば、時間的な余裕はあるし、賠償金を獲得した事から費用面の余裕もある。

 何より、援軍を派遣してくれて後方支援を行ってくれた日本が全面的に協力してくれる。

 発電所を建設して、上下水道を整備し、道路や鉄道、住宅や工場の建設や農地開拓、山に植林など、行うべき事は多岐に渡る。

 それでも世界各地に散らばる同胞の安住の地を用意するのだと、ユダヤ人は熱心に国の開発に取り組んでいた。

 今までの国境は第三次防衛ラインになり、第二次防衛ラインと新たな国境(第一次防衛ライン)の整備も進んでいる。


 これらとは並行して、首都付近には多くの研究所や大学が建設されている。

 ユダヤ人は土地を持つ事が欧州では禁止された為に、教育を重視していた事から優秀な人間が多い。

 技術立国を目指したユダヤ人は、戦争直後であっても研究開発に熱心に取り組んでいた。

 固定翼機による初飛行を成功させたライト兄弟が移住してきた事もあり、飛行機の開発が進んでいる。

 そしてアインシュタインは相対性理論の発表に備えて、忙しく動き回っていた。


 ロシアとユダヤ人の関係は悪い。

 史実では300万以上のユダヤ人が公然と追放された事もあり、迫害を受け続けてきた経緯がある。

 そのロシアと東方ユダヤ共和国が直接国境を接していると、問題が出てくる可能性が高いとして、山岳地帯の咸鏡北道を

 日本に譲る事が決まっていた。ロシアとの国境が無くなった訳では無いが、隣に日本がいるとなると問題も起き難くなる。

 こうして日本は期せずして朝鮮半島の一部を領有する形になっていた。但し、大韓帝国との国境は無かった。

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 日本の財閥系企業は主にハワイ王国に進出して、南米との交易を拡大させていた。

 それと国内の各工場は清国へ武器弾薬を供給して、かなりの利益を上げていた。

 しかし、今回の処置で清国への武器輸出は全面的に禁止されてしまった。普通なら工場は、出荷先が無くなれば操業停止の運命だ。

 だが、清国への輸出分を雲南共和国やチベットに振り向ける事により、国内産業の保護にも成功していた。

 何より、新たに得た北方の領土開発もあるが、中央シベリア高原とアルダン高原、満州の開発、樺太の対岸部の開発が目白押しだ。

 それ以外にも、東方ユダヤ共和国が新たに得た領土の開発特需も舞い込んできている。

 通常は戦争が終われば経済恐慌になるものだが、今はその恐れも無い。日本の各財閥の当主は上機嫌で話し合っていた。


「陣内がこの世界に来て十六年か。あの当時は、ここまで日本が成功するとは予想もしていなかったな。

 あのロシアから逆に広大な領土を獲得してしまうとは。まったく大したものだ」

「ロシアだけじゃ無い。南シナ海に進出し、マラッカ海峡とホルムズ海峡、今回は紅海さえも抑えてしまった。

 戦争で要衝の地を得ている事は大きな利点があるが、平時ではさらに重要性が増す。

 今の日本は大半の資源をアジアと南米から輸入しているが、インドやアフリカの資源の輸入ルートも将来は重要だからな」

「我々はハワイ王国を中心に開発を進めてきた。主に南米との交易を重要視したからだ。

 そして今回は北方の資源開発を行う事になった。今更、【出雲】に食い込む事は無理だな」

「そうだな。【出雲】の開発が落ち着いたら進出しようと考えていたが、その余地は無い。時期を逸したな。

 あそこは日本総合工業の独壇場だ。中東の利益は全て、あそこに持っていかれるだろう。

 それでも北方領土で石油資源の開発ができれば、距離的な面からもメリットは十分にある」

「新たに得た領土の開発はあまり進めず、中央シベリアとアルダン高原、樺太の対岸一帯の開発を最優先か。

 資源保護の見地と、ロシア革命の前に可能な限り資源を持ってこようと考えているのだろう。まさに情報は金のなる木だな」


 財閥の当主は日本人であり、国益を考えてはいたが、やはり養う従業員の問題もあって利益優先の考え方だ。

 主に南米との交易を重視し、ハワイに先行投資を行ってきた。そして清国向けの武器輸出を手掛ける事で、膨大な利益をあげてきた。

 そして北方に得た広大な領土の開発が可能になった。その為、財閥の当主は目の色を変えて、積極的に北方に進出し始めていた。


「タイ王国との攻守同盟の締結の動きがある。それに日英同盟の改定も無事に済んだ。

 フィリピンとインドネシアも、そろそろ協商関係を結ぶ動きがあるそうだ。不確かな支援だけじゃ、不安らしい。

 イラン王国とトルコ共和国では【出雲】と攻守同盟を検討中だと聞くし、リビアとエチオピアも協定を結びたいと考えているそうだ。

 外交的にはまさに磐石の体制を整えつつある。このまま日本が発展していけば、大国になる事も可能だろうな」

「中国方面は我々は一切シャットアウトだ。雲南共和国やチベット、ベトナムとカンボジアにも積極的に進出したいが、許可が下りない。

 武器弾薬の輸出だけだが、これは政府が窓口だからな。我々の方から輸出量を増やす交渉できん。

 あまり急がずに開発するという話だが、我々が利益優先で動いてきたから政府から目をつけられたのでは無いか?」

「可能性はあるな。それでも民間の我々が利益優先で行動するのは止むを得ない事だろう。

 清国の情勢が落ち着かないから危険を回避する意味もある。あまり拙速で判断しない方が良い」

「中国と朝鮮を経済発展させると、中華主義が台頭してくる。それが分かっているから、経済発展させないように仕向けている。

 他の企業の進出も厳しく制限しているし、ある程度は我慢するしかあるまい」

「雷州半島を基点とする『雲南横断鉄道』の利権には絡みたかったが、許可が出ないのであれば仕方ないな。

 しかし、満州や北方に大きな利権がある。まずはそちらを優先させるとしよう」

「同盟国や友好国に十分な配慮を行い、その上で日本にも大きな利益を齎した政府に、国民は大きな信頼を寄せている。

 影で天照機関が動いたのは分かりきっているがな。巫女の神託も既に絶対的なものになりつつある。

 これで当分は国内の混乱は無いだろう。しばらくは国内開発に専念できる」

「巫女か。清国とフランス、イタリアまでもが参戦してきた時は、国内はパニック寸前になったな。それを抑えたのが巫女の言葉だ。

 陣内の考えた事だろうが、既に国民の巫女への信頼は、皇室の権威に裏付けられて不可侵のものになっている。

 イエロージャーナリズムを徹底的に排除する陣内が、逆に巫女の権威を利用して国民を誘導しようというのは大きな皮肉だな」

「そう嫌味を言うな。積極的に海外に攻め入るというのでは無く、パニックを治める為に巫女の権威を利用したのだ。

 我々が陣内の立場だったら、同じような事をしただろう。もっとも、巫女の御尊顔を拝みたいとの要望がかなり出てきている。

 皇室の最高機密だからという事で断っているが、何時まで拒否できるかな?」

「陛下に対して、そう無理を言えるものでは無いぞ。まあ、巫女以外にも『不敗の提督』と言って軍は偶像を作り出している。

 そちらに国民の注目を集めるつもりだろう」

「フランス東洋艦隊、ウラジオストック艦隊、旅順艦隊を撃破した東郷提督と上村提督、伊集院提督の事だな。

 それにイタリア主力艦隊、バルチック艦隊、フランス艦隊、黒海艦隊を撃破した沖田提督も凄い人気だ。

 特に【出雲】の沖田提督はまだ三十代とあって、若い女性に大人気らしい。陣内の義弟の立場で、少々肩身が狭いらしいが」

「三十代の若き英雄か。四艦隊を少数で撃破した事もあって、【出雲】の象徴に為り得るかも知れん。

 これからマダガスカルやジブチがどうなるか、まだまだ目を離せないな」


 あまり国民が巫女に依存し過ぎても拙い。とは言っても、緊急時には巫女の神託を使った方が何かと都合が良いのも事実だった。

 これらの理由から、巫女に準じる偶像として四人の提督の戦果が報道されて、国民の注目を集めていた。

 特に沖田の戦果は他の三人と比較しても群を抜いている。まだまだ若い沖田は、全世界の注目の的だった。

 本人にとって納得できない事であっても、仕事と言われれば従わざるを得ない立場になっていた。

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「ハクション!」

「おいおい、風邪なのか? 若き英雄には身体を大事にして貰わねば困るぞ」

「そうだ。【出雲】の若き英雄だからな。これからも大変だろうが、頑張ってくれ!」

「身体が温まる酒があるぞ。帰りに持って行くか? 家内の実家が造った酒だ。英雄に飲んで貰えれば喜ぶからな」

「はあ。まったく自分のような若輩者が、大先輩方を差し置いて英雄呼ばわりされたら、肩身が狭いんですよ。

 この前の同期の奴らから、妬み雑じりの嫌味を言われたくらいですから。出来れば、そっとして置いて欲しいんですが」

「そりゃ無理だろう。俺達はアジアでフランス東洋艦隊、ウラジオストック艦隊、旅順艦隊を撃破したが、一人が一艦隊だからな。

 それに引き換え、君は一人で数に勝る四艦隊を撃破したんだ。今回の戦功第一位は君で間違い無い。諦めるんだな」


 【出雲】艦隊の司令長官の沖田は、勲章授与の為に日本に呼ばれていた。

 そして同じく勲章授与を受けた東郷提督と上村提督、伊集院提督と酒盛りを行っていた。

 正直言って、沖田にとって東郷提督と上村提督、伊集院提督は雲の上の人だった。

 それが同列だと、いや自分の方が上だと言われて居た堪れない思いだ。同期の妬みを受けている事もあって、沖田は疲れていた。

 そんな沖田を気遣って、三人の提督は慰めようと、沖田を酒に誘った。まあ、大先輩と一緒に飲む沖田の心労は増す一方だったが。


「確かに自分はイタリアとフランス、ロシアの艦隊を撃破しましたが、あれは飛行船の運用と秘匿兵器があったからです。

 それをさも自分の功績のように言われると、罪悪感を感じます。御願いですから、これ以上は虐めないでいただけませんか」

「済まんな。確かに我々が被害も少なく敵艦隊を撃破したのは、飛行船の運用と『神威級』戦艦の実力があったからこそだ。

 アウトレンジ攻撃を含めて、正確な着弾修正が行えたから出来た事だ。しかし、国民の希望を我々は担っているのだ。

 偶像になるのも給料のうちだと思いたまえ」

「沖田君は陣内総帥の義理の弟だったな。気苦労は絶えないだろうが、頑張ってくれ。

 これからは君のような若い力が海軍を背負っていくのだ。期待しているよ」

「そうそう、沖田君のところの子供はまだ小さいのだったな。家内が作った和菓子だ。お土産に用意させるよ」


 陣内と親戚関係にあるからという理由で、沖田が強引に引き立てられたのは事実だ。一部には沖田に嫉妬する人間もいる。

 しかし、今回の沖田の戦勲は誰にも否定できない巨大なものだった。たとえそれが、秘匿兵器に裏づけされたものであってもだ。

 そこら辺の事情は帝国海軍の三提督にも分かっていた。そしてさらに落ち込む沖田を慰めようと、酒を勧めていた。

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 沖田(三十一歳)が日本に来たのと同時に、妻の由維(二十八歳)は三人の子供(六歳〜三歳)を連れて陣内の家に里帰りをしていた。

 そして由維が里帰りする事を知った美香(三十歳)も、二人の子供(七歳、五歳)を連れて里帰りしている。

 つまり、陣内の子供五人(十一歳、八歳、七歳)を含めて、総計十人の子供が集まってきていた。

 楓(三十九歳)は淡月光に復帰していたので不在だが、沙織(三十四歳)は自宅に居る。

 子供同士の仲は良い。十人の子供が庭で騒ぎながら遊んでいるのを、居間でお茶を飲みながら女三人で話していた。


「時間が経つのは早いものね。まだ美香と由維が結婚前に生まれた真一はもう十一歳よ。あたしも三十半ばになっちゃった。

 あの当時、こうやって子供を遊ばせながら二人と一緒にお茶を飲むなんて、考えもしなかったわ」

「本当よね。陣内さんに拾って貰わなかったら、どうなっていたか分からないわ。子供もできたし、家庭円満だし、幸せな人生かな」

「えー? 美香は旦那の青山さんを尻にひいていると聞いてるわ。それで家庭円満なの?」

「……夫婦同士が納得できていれば円満なのよ。まったく、何処からそんな噂が出回ったのよ。失礼しちゃうわね。

 そういう由維はどうなのよ? 旦那が若き英雄だから大事にしているんでしょうね? まさか、家事をさせるような事は無いわよね?」

「……少しぐらいは良いじゃない。重蔵さんも喜んで手伝ってくれるわよ。

 それを言うなら沙織さんは陣内さんに、子供のオムツ交換を頼んでいたものね。それくらいは範囲内よ」

「あ、あのね、そのくらいにしておきましょうか。あんまり言い過ぎると喧嘩になっちゃうもんね。

 でも沖田さんは、凄く持ち上げられているわよね。若い女の子に人気が出てるって聞くし。浮気は大丈夫?」

「……ま、まあ大丈夫かな。それを言うなら陣内さんはまだまだ若いから、浮気の心配があるんじゃないですか?」

「……ま、まあ、うちの場合は楓さんがいるからね。時間がある時には二人で真さんから絞り取っているもの。大丈夫よ。

 あ、あら、美香はどうしたの? ちょっと顔が怖いわよ」

「うちの旦那は年だから、最近は少ないの。あたしの方が不満なのよ。男の人が元気がでる良い薬は無い?」

「男の人が元気になる薬か。たしか楓さんのところで開発してたわね。後で聞いておくわ。で、由維は良いの?」

「……四人目が欲しいし、あたしの分もちょうだい」


 国の成長期には食料の確保や治安と制度が安定していれば、人口は自然と増えていく。

 十五年前は、陣内と沙織と楓の三人だった。しかし、今は子供を含めると八人になっている。

 さらに二十年も経てば、陣内の孫もできるようになるだろう。僅か四十年で倍増する可能性がある。

 子供の数が少なくても良いという夫婦もいるだろうが、条件さえ揃えば人口は容易に増やせるという実例をあげただけだ。

 ベビーブームの真っ最中であり、あと十年も経てば労働人口も激増する統計も出ている。日本は着々と大国への道を歩み始めていた。

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 楓(三十九歳)は育児が一段落した事もあり、淡月光の顧問として復帰していた。

 淡月光を約十年間離れていたが、立ち上げ時の功労者であり、基本特許の大部分を楓が抑えている。その為に関係が切れる事は無い。

 その淡月光は海外に大規模生産工場を五ヶ所に所有し、海外支店も六十ヶ所にまで拡大していた。

 育児中でも頻繁に顔を出してアドバイスを行っていた事から、社内的な影響力は些かも衰えてはいない。

 寧ろ、親会社の代表である陣内の内妻という事も知れ渡り、経営的な面では楓抜きでは話が進まない。

 その淡月光の本社の大会議室で、楓は若手社員の提案を厳しく追及していた。


「『綺麗なだけで女は無敵』だなんて馬鹿な広告方針は認める訳にはいかないわ。

 たしかに外見は重要だけど、内面を磨く事を忘れて外見だけの重要さを強調すると、後で痛い目を見るわよ」

「どういう事ですか!? 女の顔だけしか見ていない男は結構多いじゃ無いですか! だったら、外見を磨く事は重要なはずです!

 綺麗さを強調する広告を出せば、絶対に売り上げは伸びます!」

「それは分かっているわよ。でもね、ここまで大きくなった淡月光は社会的な責任も背負っているの。

 自社の売り上げだけを考えて、道徳面が疎かになるような広告は出せないわ。

 こんな広告を出せば、捏造報道だって広告監査機構から目をつけられてもおかしくは無いわ。その場合はどうするつもり?」

「そ、それは考え過ぎじゃ無いですか? たかが化粧品の広告に、広告監査機構が目をつける事は無いと思いますけど?」

「甘いわね。此処にいる全員が知っている事だろうけど、広告監査機構にはうちの旦那の息が掛かっているのよ。

 今回、日総新聞が捏造反対キャンペーンを展開するのと同時に、広告監査機構は行き過ぎた広告の一斉取締りを行うわ。

 それに引っかかったら、広告代理店は営業停止よ。勿論、広告を出した会社にもペナルティはあるの。

 美しい女は無敵って広告を出して、その後に男から捨てられても責任は取れないのよ。外見が良くても馬鹿な女は捨てられるわ。

 それで消費者から訴えられたら、どうするのよ? そういう理由から、この提案は却下するわ」

「で、でも男が外見だけで女を差別するのは事実ですよね。それって女性差別じゃ無いですか!? 不公平です!」

「たしかにそんな風潮があるのは確かよ。でもね、日総新聞は女を外見だけでしか判断しないような男に、碌な男はいないって

 報道キャンペーンを行う計画があるのよ。まあ、それはあたし達女性についても言える事よ。

 男の外観だけを見て騒ぐ女に、碌な女はいないって報道されるわ。巫女様のお言葉も添えてね。

 内面を磨かずに外面だけを磨けば良いという風潮になるのは拙いのは分かるわよね。そんな危険な芽を潰す予定なのよ」

「……そ、そんな予定があるんですか。しかも巫女様のお言葉まで添えるなんて本気なんですね。はあ、分かりました。

 でも、この化粧品の広告はどう進めた方が良いのか、良い案はありませんか?」

「女の外面が重要な事は確かね。じゃあ、化粧前と化粧後の写真を掲載してはどうかしら?

 ビフォーアフターで化粧品の効果を訴えるようにした方が効果的でしょう」


 内面を磨く努力もせずに、外面だけが重要視されるような風潮を認める気は無かった。

 今は整形医療技術が発達していないが、後世では整形技術が一般に普及する。努力もせずに金を掛ければ、外見は美しい顔になる。

 でもそれは、本当に美人だと言えるのだろうか? それに偽造された物が価値があるという考えは、捏造にも繋がる。

 十人いれば、十人なりの考え方がある。女性の外観を重視する考え方を、完全に否定するものでは無い。

 しかし、それが社会の主流になるような事はさせないと、陣内は秘かに動いていた。


 余談だが、TVが実用化されてドラマが民間で製作されるようになっても、整形手術を奨励するようなドラマには厳しい規制が掛かり、

 内面の重要さを強調するようなドラマが主体で製作されるようになっていた。

 それ以外にも、同性愛や犯罪者を主役にするようなドラマにも厳しい規制が入っていた。

 TV局の数も制限されて、民主主義だからと言って無秩序な放送が行われるような事は無かった。

 何らかの規制が無い場合、自制心に乏しい人は自分の利益になるならと、暴走する事が多い。

 それは今の時代だけで無く、百年以上経っても人の本質は変わらない。だからこそ、自由という権利と同時に義務も課せられる。

 そして一方的に権利だけを主張する風潮が広まらないように、最初から厳しい制限を掛けていた。

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 天照基地は陣内が持ち込んだ様々な設備を持ち、この時代では信じられない製品の生産が可能な秘密基地だ。

 日本が進めている各地の開発や軍備拡大などに、無くてはならない存在になっていた。

 その中心にあるのが、陣内と一緒にこの世界にやってきた織姫だ。

 陣内は織姫と、今後の事に対する協議を行っていた。


「やっとロシアとの戦争も終わった。史実通りなら、第一次世界大戦までは大きな戦争は無い。しばらくは開発に専念できるな」

『そうですね。しかし問題もあります。現在、建設を進めているチェルスキー山脈の地下基地の件ですが、

 採掘用ロボットや建設用ロボットにかなり故障が目立ってきています。過酷な環境で作業を行わせていましたからね。

 大型輸送機も同じで、大掛かりなメンテナンスが必要です。塩害もありますので、かなりの部品を交換する必要がありますね』

「……十五年以上も酷使してきたからな。交換部品は大丈夫なのか?」

『まだ天照基地で生産できない部品もありますが、在庫がありますので対応は可能です。

 ではチェルスキー山脈の地下基地の建設を行っているロボットと、大型輸送機のメンテナンスは行って宜しいですか?』

「ああ。その代わりに汎用アンドロイドを派遣して、細かな作業を進めさせておいてくれ。

 その間は天照基地の生産に一部の支障は出るが、影響は軽いだろう」

『了解しました。それにしても各地の秘密基地は、だいぶ建設が進んできました。

 スヴァールバル諸島の秘密基地は全て機密設備は撤去しましたが、ロタ島は防衛施設が充実してきました。

 タニンバル諸島の秘密基地も、『白鯨』の母港として運用できています。これからは大型艦艇の生産を主眼に据えます。

 それはそうと、航空機の開発をそろそろ進めても良いのでは無いでしょうか?

 エンジン音から知られるのは拙いと、まったく開発を進めてはいませんが、そろそろ時期だと考えます』

「そうだな。今のうちから列強を突き放す兵器の開発を進めなくてはな。さて、明日はロタ島に行ってくる。後を頼むぞ」

『転生者達と会うのですよね。私の事はしばらくは隠すようにしておいて下さい。

 それと余裕が出てきたので、自立型の制宙用戦闘機のプロテクト解除を明日から進めておきます。

 あれが使えれば、かなりの長期に渡っての影響力が行使できます。切り札の一つになりますからね』

「そうだな。当分の間は使う事も無いだろうがな。まあ、頼むよ。今の状況なら無理してまで欲しいものでも無いからな」


 日本の支配地が一挙に拡大されて、量はともかく今の日本に質で太刀打ちできる列強は存在しない。

 衛星軌道上にある各種の人工衛星群や『白鯨』、潜水艦部隊は大っぴらには使用できないが、その効果は戦況を一変させる事も出来る。

 それらは徐々に各基地への制御移管を進めており、天照基地は数十年後を見越した兵器の開発に取り組もうとしていた。

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 マリアナ諸島にあるロタ島は日本総合工業の所有であり、表面はリゾート地を装っているが地下には秘密施設が存在していた。

 対空迎撃施設や対地攻撃ミサイル施設、潜水艦基地などが、自動生産工場と共に秘かに準備されていた。

 リゾート地を装っている為に、潜水艦の運用は行われているが、轟音を響かせる航空機の配備は無い。

 ミサイル施設も設置はされたが、まだ試験発射もしていない。

 自動生産工場は消耗部品のラインしか組まれておらず、大型機器や航空機の生産は天照基地で行う計画だった。


 そんなロタ島には飛行船の発着場があり、その付近の陣内家専用別荘に若い四人の客人を招いていた。

 四人は陣内の招きに応じて、ロタ島にやってきた。全員が初対面同士だ。

 会議室に通して飲み物を用意した後、陣内が話を進めだした。


「さて、ここに集まってきて貰ったのは、四人全員が転生者だからだ。

 全員が既に十六歳になった訳だから、これから本格的に動けるだろう。こちらとしても、君達に協力を依頼したい。

 今まで隠してきた事を含めて、話し合って方向を決めて行きたい。まずは自己紹介から始めてくれ」

「リリアンよ。東方ユダヤ共和国在住。前世は『イスラエル』の生まれよ。宜しくね」

「サリーよ。アメリカの封鎖地域の奥地のインディア居住区に住んでいるわ。前世は『ヨーロッパ連合』よ。宜しく」

「ソンティだ。タイ王国在住だ。前世は日本だ」

「石原莞爾だ。日本に住んでいる。前世は『大アラブ連合』だ。やっぱり、俺の他にも転生者がいたんだな」

「自己申告してきた者もいれば、遊園地のアトラクションで引っかかった者もいる。

 六年前に日本で一人の転生者を見つけたが、二年前に婦女暴行未遂事件を起こしたから隔離している。

 他にも転生者は居るだろうが、今回は所在が分かっていて協力的な考えを持つ君達を招いた。さて、状況を説明するとしようか」


 今のところは日本と同盟国、友好国の近代化は順調に進んでいる。しかし、将来を考えると体制を刷新する必要性がある。

 異なる価値観を持つ転生者の扱いは難しいだろうが、上手く使えれば有効な戦力になってくれる。

 言葉や史実を睡眠教育で教え込み(口外しないような強烈な暗示も掛けている)、協力的な態度を表明している四人を集めた。

 これからは日本単独で無く、世界的な行動が求められる。陣内と天照機関だけでは手が回らない。


「この時代の四百年以上も後の時代に生きていた我々だが、この世界が我々の以前に生きていた世界の過去だとは言えない。

 そして私が介入した為に、以前の歴史と乖離を始めている。そして私の目的は日本と同盟国、友好国が繁栄する事だ。

 以前の常識から考えると非人道的な事が多過ぎるだろう。でも、弱肉強食が今の時代の常識だ。

 君たちは東方ユダヤ共和国、インディアン、タイ王国、日本に住んでいる。いずれも、史実よりは生活は改善されている。

 不満は当然あるだろうが、これからの我々の発展の為に協力して欲しい。」

「陣内さんは何処まで手駒を隠しているのかしら? 以前は乗っていた宇宙船が大破して、残った備品しか使えなかったと聞いたわ。

 でも、あの大型輸送機や粒子砲は使えるのよね。何処までの力を持っているのかしら?」

「私の乗っていた宇宙船には小型だが高性能な船内工場があった。原材料を精製して、部品や設備を製造できる。

 大型輸送機は大破した輸送船の搭載機だ。粒子砲も壊れていないものを再利用しているだけさ。

 採掘ロボットや汎用アンドロイドも稼動している。それと漂流していた宇宙船を偶然見つけて、使えるものを再利用しているがね。

 あの時代の物で使えるのは、それくらいだ。地上を壊滅させられるような超兵器は無い。

 色々な高性能な機械や設備を製造できる力があると思ってくれれば間違いは無い。但し、未来の最新のような物は無理だぞ」

「あの巫女様の神託の裏には陣内さんが居たって事ね。アメリカとカナダの西部を封鎖したのも陣内さん。

 という事はハワイ王国の女神騒ぎも陣内さんの仕業ね?」

「ああ。残った粒子砲と反重力ユニットを使えば可能だ事だ。『白鯨』もな。先に言っておくが、それ以上の事は出来ない。

 これが残った宇宙船の設備や兵器で出来る限界だ」

「……色々と犠牲はあったけど、陣内さんのお陰で助かった人もいるという事か。でも、何か釈然としないな」

「今の時代に前世の常識は通用しない事は分かっているでしょう。

 実際に『ウンデット・ニーの虐殺』から助けられたあたしの立場としては、陣内さんに全面的に協力させて貰うわ!」

「インディアンの虐殺の件は、日総新聞の記事で読んだから知っているよ。命の選別をする覚悟が必要か。

 まあ、この時代じゃ仕方の無い事なんだろう。まずは自分と仲間の生活を守るのが優先だものな」

「色々と言いたい事はあるけど、タイ王国の人達の生活改善に協力してくれたのは事実だ。

 それに前世の日本が繁栄するのも好ましい。協力させて下さい」

「俺は日本人だけど、前世は大アラブ連合だ。今のところは前世の祖国は順調に発展している。陣内さんの長期計画を聞かせて欲しい」


 陣内は説明を始めた。それは日本を中心とした国家連合を形成して、穏やかな発展を目的にするというものだった。

 勿論、その国家連合に加入する国は厳しく選別する必要がある。恩恵を受けたは良いが、裏切られては堪らない。

 問題も多い。今の列強の国力は、まだまだ日本の上だ。

 最新兵器では別だが、国家全体の国力という面から見ると、今までの蓄積がものを言っている為に、まだまだ追いつけない。

 そして、史実のように第一次世界大戦、第二次世界大戦を通じて、帝国主義を終焉させる計画だった。

 その時に大きな問題になるのは、インディアンとアボリジニの人だ。まだ独立してやっていける力は無い。

 オーストラリアは孤立した大陸なので何とでもなるが、北米大陸についてはアメリカとカナダと和解しなくては為らない。

 まだ落としどころは見つけていない。そこら辺は状況を見ながらサリーに考えて貰いたいと話を締めくくった。


「じゃあ、東方ユダヤ共和国は現状維持で発展を目指す方向で良いのね。そして将来はロシアと和解を目指すのね?」

「そうだ。無理強いはしないが、その方向を目指して欲しい」

「分かったわ。全面的に協力します。その方法については、後で話し合わせて下さい」

「あたし達インディアンに今まで通りの支援は行って貰えるのですよね。だったら全面的に協力します。

 ただ、アメリカとカナダとの問題については、後で相談させて下さい」

「ああ。こちらとしても北米大陸まで中々手が回らない。権限を委譲するから、防衛任務は任せたい。

 勿論、必要な物資の支援は行う。そこら辺は信用してくれ」

「タイ王国と日本は同盟締結する方向で動いていると聞きました。こちらは、このまま穏やかな発展だけで良いのですよね?

 周辺国との戦争や出兵要請は無いと考えて良いのですね?」

「ああ。史実でもそうだが、タイ王国は地域大国として安定を望んでいる。態々戦乱に巻き込む気は無い。

 もっとも、攻められた時の事も考えて軍事力は整備するつもりだ」

「分かりました。全面的に協力させて貰います。中国と朝鮮の事情は知りましたが、将来を考えると止むを得ない事だと思っています。

 自分のポジションについては、後で話し合わせて下さい」

「まだ若いが、日本からの経済支援の窓口になって貰いたい。勿論、こちらから口利きはさせて貰う。

 将来的には経済的、政治的な指導者の一員になって欲しい」

「……俺が何もしなくても、日本は発展するだろうから、それは良いです。しかし、トルコ共和国へはどうするのですか?

 あそこはアジアと欧州の境で、重要な地域です。

 【出雲】が梃入れしているのは分かりますが、もうちょっと力を入れても良いと思います」

「だったら、君が行って組織の立ち上げを行うか? 今はまだ無理だろうが、経験を積んだ十年後なら大丈夫だろう」

「……やって良いんですか?」

「史実では君は軍事思想家として名を馳せ、陸軍中将にまで出世した。

 今の君にその手腕があるかは分からないが、希望があるならトルコに行って貰おう。

 確かに重要地域である事は間違い無いんだ。必要な支援は何とかするさ」

「ありがとうございます。そういう事でしたら、全面的に協力します」

「まだ計画段階だが、君達に独自組織を管理運営して貰いたい。衛星軌道上には監視衛星と攻撃衛星、それに通信衛星も配備している。

 後で衛星通信機を渡すから、それで問題がある時には連絡を入れてくれ」

「ちょっと待って! 人工衛星まで配備してあるの!? ロケット発射設備まで持っているって聞いていないわ!」

「そんな資源の浪費などするものか。大型輸送機には反重力エンジンがある。人工衛星を造って、大型輸送機で衛星軌道に投入したんだ。

 態々、多段ロケットを使い捨てするような、勿体無い事はしないさ」

「……技術はあっても、貧乏性だって事ね。でも人工衛星まで持っているのは凄いわね。他には何か切り札は無いの?」

「漂流していた輸送船を見つけたと言っただろう。隕石の衝突で壊れていたが、自立型の制宙用戦闘機が使えるようになるかも知れない。

 これがあれば、この時代では完璧に制空権を確保できる。今頃はちょうどプロテクト解除をしている頃だな」


 陣内を含めた五人が穏やかな雰囲気で話し合っていると、いきなり緊急連絡が入ってきた。


『こちらは管制室です! 天照基地との通信途絶! 衛星軌道上からの撮影で、巨大なキノコ雲が観測されました!

 爆心地は天照基地の模様です! 現在は隣の南大東島基地とも連絡が取れません!』

「何だと!? そんな馬鹿な! 周囲に確認に行ける部隊はいるのか!?」

『現在確認中です。居ました! 近くに飛行船が一隻飛んでいますから、至急現地に向かわせます!』


 報告を聞いた陣内は顔を真っ青にしていた。

 天照基地には長年連れ添った相棒の織姫が居て、あの時代から持ち込んだ様々な設備がある。

 この時代には考えられないような高精度な設備機器によって、今の日本の発展が実現できた。それが失われたと言うのか!?

 天照基地を失えば、天照機関で立案した大計画に重大な支障が発生してしまうのは確実だ。

 可能性としては自立型の制宙用戦闘機のプロテクト解除に失敗し、何らかの爆発が起因された事が考えられる。

 まだ結論を出すには早いとして、陣内は報告の第一報を焦りながらも待っていた。

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(あとがき)

 天照基地の消滅……必殺のちゃぶ台返しですかね。

 これを投稿した時点で五章は全て書き終えていますが、六章の進捗次第で五章の修正が入ります。(六章の約半分は書き上げ済み)


(2013.11.17 初版)
(2014. 4. 6 改訂一版)


管理人の感想
順調に進んでいましたが、ここにいてちゃぶ台返し。
陣内さんの力の源泉とも言える天照基地を失うとなると、かなりの打撃ですね。
これに加えて、他の転生者たちも動き出すようですし、いろいろと波乱に満ちた展開になりそうです。