出雲議定書は世界に大きな衝撃を与えていた。
日本がレナ川の東側の広大な領土を獲得した事もあったが、満州を清国からロシアに割譲させた事は驚きだった。
今回の戦争が始まった原因は、ロシアの南下を抑える為だったはずだ。
その為、日本が勝ったから、ロシアが満州から追い出されると予想していた人間は多い。
それは清国の権益をロシアに侵される事を警戒したイギリスも同じだった。
日英同盟の改定交渉の席で、イギリス代表は厳しい口調で日本代表を問い質していた。
「日英同盟を結んだ目的はロシアの南下を防ぐ為だと記憶している。今回、日本がロシアの満州支配を認めたのはどういうつもりかね!?
日本は我々との同盟を破棄するつもりなのか!? 裏切るつもりなのか!?」
「穏やかでは無いですね。領土を失うだけでは、ロシアは講和交渉には出て来なかったでしょう。だから満州の支配を認めたのです。
そして、これ以上のアジアの南下はしないとロシアに約束させました。もしアジアで南下を試みるようなら、今度は徹底的に叩きます」
「ロシアとの約束など信用できるものか! 日本は中央シベリアとアルダン高原、満州の開発に協力すると発表したな。
満州が開発されたなら、ロシアの力を抑えきれなくなる! その時はロシアは約束を破って南下を始めるだろう!」
「今回の戦果で我が国の実力は判明したと思いますが、その我が国が信用できませんか?
我が国は同盟を結んだ国を裏切る事はありません。
広東省(雲南共和国の所有領土は除く)と江西省、湖南省の貴国の支配を清国に認めさせたのがその証拠です」
「……たしかに日本の実力は認めよう。あのカムイ級戦艦の大艦隊を、秘かに準備した手腕は見事なものだ。
ロシアの飛行船団を無傷で撃滅し、フランス東洋艦隊、ウラジオストック艦隊、旅順要塞、イタリア主力艦隊、
バルチック艦隊、フランス艦隊、黒海艦隊を軽微な損害で撃破したのだからな。
ロシア軍を朝鮮半島に引き付けている隙に、北方の広大な領土に侵攻し、さらにはイランやトルコを扇動してロシアの足元を脅かした。
技術的にも戦術・戦略面も見事だ。正直言って、今の我が国では不可能だったろう。
そして受け取った賠償金も律儀に分配している。……分かった。日本の言う事を信じよう。
その日本の実力を見込んで、今の日英同盟を改定したい。
今の日英同盟の発動範囲は清国と朝鮮半島だけだが、これを全世界に範囲を広げた攻守同盟に発展させたい」
「世界に覇を唱えるイギリス帝国に、新興国である我が国がそこまで評価していただけるとは感激の極みですな」
「嫌味か! ……正直に言うが、日本から技術提供も頼みたい。今回の戦争で飛行船と新型戦艦の果たした役割は大きい。
それに長距離魚雷もだ。東方ユダヤ共和国軍が反撃時に大量使用した気化弾もだな。これらの技術提供を要請する!」
「だいぶ大きく出ましたね。それは貴国からの一方的な要請ですね。我が国の要請も聞いていただきましょう」
「勿論だ。日本が技術提供してくれるなら、可能な限りの事をさせて貰おう」
日本が提案したのは以下の通りだ。
・ イギリスは露土戦争の時の便宜の見返りにキプロス島をトルコ共和国(以前はオスマン帝国)から租借している。
このキプロス島からギリシャ系住民を全てクレタ島にイギリスが移送する。
その後、クレタ島をイギリスはトルコ共和国から譲り受ける。
イギリスはキプロスの租借権を放棄し、キプロスはトルコ共和国の統治下に入る事とする。
(将来のキプロス問題の事前回避の為だ。どうせクレタ島はギリシャ系住民が多い為に、将来は独立してギリシャに編入させられる。
ならば人口が少ないこの時期に住民をイギリスによって移住させて、キプロスをトルコ共和国の統治下にする計画だ。
将来にクレタ島が失われるのであれば、早期にイギリスに渡してババを引かせた方が得策だと判断していた)
・ イギリスはイラン王国で所有する電信やタバコなどの全ての利権を放棄する事とする。
見返りに、イラン王国の石油販売権利の一部を所有する事とする。
(イラン王国は【出雲】の支援が入る前に、国内の様々な利権をイギリスに売却して財政難に対応していた。
石油利権を餌にイギリスが持つ利権を手放させる。尚、『中東横断鉄道』についての参入は認められなかった)
・ イギリスは日本が指定する国家との不平等条約を改正する事とする。
(これも日本が友好国を厚遇している事を周知させる為だ。日本にとっては、各国からの信用度が上がる事だけがメリットになる)
・ 日本はヘリウムガスを使用した軍仕様の飛行船十隻と、最新鋭戦艦『神威級』一隻を設計図をつけて売却する。
長距離魚雷は設計図と実物を譲渡する。尚、販売価格は同盟を結んでいる関係で考慮する。
(ライト兄弟の飛行機の初飛行が成功した事もあり、飛行船の利用価値は徐々に落ちていく。
これを機に、大々的に民間仕様の飛行船の販売を進める為、イギリスに高性能タイプの売却を決めた。
飛行船の価値が暴落する前に出来るだけ利益を得て、他の列強の予算を飛行船に向けさせる意味もある。
神威級戦艦と長距離魚雷も時間を掛ければイギリスなら開発が可能だ。他の列強もそうだろう。
ここで出し渋ってイギリスの警戒を招くような愚は犯さない。尚、散弾と気化弾は取り扱いが難しいという理由から除外している。
もっとも、飛行船や戦艦には電子装備や高性能無線機は無く、輸出仕様にスペックダウンしたものを売却する。
同盟価格で販売する代わりに、イギリス植民地からの資源を格安価格で仕入れる約束も結んでいた)
日本がイギリスに要求したものは、主に友好国に配慮した内容だ。
イギリスは地中海への影響を確保する為にキプロスを使っていたが、クレタ島が手に入るなら代替は可能だ。
クレタ島の施設建設と支配秩序の構築に金が掛かるが、日本との同盟関係を重視して条件を呑んだ。
イラン王国の利権を手放すのは痛いが、石油利権の一部が手に入るとあって、こちらは即決で決断していた。
それと交戦国が三ヶ国以上になった時の項目は削除され、一国でも交戦状態に入れば相互に参戦義務が生じる事になっている。
インドやアフリカなどイギリスが支配する植民地からの資源の輸入が拡大される事も、双方が納得していた。
こうしてイギリス帝国は日本と攻守同盟を結んだ事で、これからの世界の動きに大きな影響を与えていく。
イギリスは巫女に関する情報提供も求めたが、皇室の最高機密という理由で情報が公開される事は無かった。
それとロシアに破壊工作活動を行った忍者の情報公開要求も却下されていた。
史実の日本は『謙虚は世界に通じる美徳』という誤認識で交渉に臨んだが、謙遜し過ぎは相手の増長を招いて双方が結果的に不利益と
なったケースが多かった。その為、今の日本外交は言うべき事は必ず言い、容易に妥協しない事を基本としている。
後で『環ロシア大戦』、別名『第0次世界大戦』と呼ばれる大戦は終結して、世界情勢に大きな影響を与えていた。
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イギリスはボーア戦争の痛手が癒えない為に、今回の『環ロシア大戦』で能動的に動く事は無かった。
それでも現地の有力者を上手く利用して、あまり苦労する事無く、広東省(雷州半島と南西部は除く)と江西省、湖南省を得た。
雲南共和国の権益を失ったが、それを補って余りある巨大な権益が手に入った。ボーア戦争で得た権益より大きいのは間違いない。
カナダの南西部とオーストラリア、ニュージーランドを相次いで失ったイギリス帝国にとって、まさに天の恵みだった。
これも同盟国である日本からの提案に乗った結果だ。
ロシア帝国の満州支配を認めるなどの不満はあったが、日英同盟を改定したので技術導入も進められる。
イギリス帝国の政府上層部は、上機嫌で会合を開いていた。
「ボーア戦争で多くの被害を出して手に入れた利権より、今回の日本の提案に乗って得た利権の方が大きいとはな。
新たに兵を派遣する事も無く、現地の有力者を煽って簡単に広大な領土が手に入った。棚から牡丹餅というやつだ。
まったく世の中おかしくなっているのでは無いか?」
「何を言う? 労せずに多大な利権を得られたのだから喜ぶべきだろう。
現地の有力者は日本から武器を輸入していたのに、その武器や兵力を清国に提供した裏切り者だ。
日本からの報復を恐れて、我々の支配下に入ったのだ。まあ、反乱が起きない程度に富を吸い上げられれば良い。
そして日本から飛行船と新型戦艦を購入して、設計図が手に入る。
値引きして貰ったが、それでも膨大な金額になるのが癪に障るが、これで我々は空と海で優位に立てる」
「ボーア戦争の被害で金が無いと言うのに、痛い出費だぞ。
こうなると、スペインと同じく価値の無い領土と交換の方が良かったかも知れん」
「ふむ。具体的にはどこだ?」
「フィジー(面積:18,270km2)とニューヘブリディーズ諸島だ。
オーストラリアやニュージーランドに近く『白鯨』の襲撃が一向に減らない。お蔭で維持するだけで赤字なんだ。
迂回路を取っているが、輸送効率が悪くてな。貴重な資源がある訳でも無く、面積も小さいから支配するメリットは少ない」
「あの地域は『白鯨』の影響で支配し難い。飛行船と戦艦の代金として、フィジーとニューヘブリディーズ諸島と交換も悪くは無いな。
こちらとしては赤字の植民地を整理するだけだ。それと領土を渡すからと、日本に恩を着せた方が利口だな」
「……飛行船と戦艦の現金を払うよりは、フィジーとニューヘブリディーズ諸島を手放した方が我が国にとってメリットはあるか。
キプロスの住民をクレタ島に移住させて、そこに施設を建設して支配組織を構築しなくては為らないんだ。
資金的に余裕は無いからな。キプロスは惜しいが、決定してしまった事だからな。仕方あるまい」
「今回の日本が示した実力は驚きでしか無い。極東の島国に過ぎない日本が、ロシアと清国、フランスに圧勝したんだ。
同盟を結んで利益や技術が入ってくるのは良い。しかし、油断できない。
秘かに新型戦艦の艦隊を用意するなど、用意周到なのは間違い無い。まあ、それを我が国に有利なようにどう活用するかを考えよう」
「日本が示した技術や戦略は驚きだ。だが、国力が無いからリビアの開発をイタリアに、マダガスカルの開発をフランスに任せている。
破壊する力はあるが、我々のように占領・維持する力は無いんだろう。そこまで心配する事は無いさ」
「黄色人種国家の日本がロシア、フランス、イタリアに勝利したから、世界各地の植民地で独立を模索する動きが拡大している。
だが、植民地の輩に日本のような巫女が付いている訳でも無い。力ずくで抑えれば良い。
日本はそんな植民地の独立運動に積極的に関わろうとはしていないから、我々と敵対する意志は低いと考えて良いだろう」
「日本は陸軍を縮小したから、侵攻したのは近隣の北方だけに止めた。東方ユダヤ共和国に派遣した兵士も多くは無い。
北方に貼り付けてあるのは防衛用の一個師団だけだ。これ以上の侵攻は実力的に無いと見て良いだろう。
日本は律儀に約束を守り、同盟国や友好国を厚遇している。信用して良いのでは無いか?」
「広大な北方の領土を得たから、日本もしばらくは開発で動けまい。
ジブチも得たが、それ以外は全て同盟国や友好国の領土拡張に協力している。我が国は日本を上手く利用すれば良い」
「日本はマラッカ海峡とホルムズ海峡、そして紅海の出口を抑えたからな。我が国は同盟関係にあるから、上手く利用すれば良い。
キプロスは惜しいが、クレタ島が手に入る。さて、フィジーとニューヘブリディーズ諸島の売却を日本に打診してみるか」
世界に覇を唱えるイギリス帝国だが、財政的にあまり余裕がある訳では無い。
各地に多くの軍を派遣し、治安維持に努めるにも多大な費用が掛かる。
飛行船と新型戦艦を購入する事が決定されたが、代わりにフィジーとニューヘブリディーズ諸島で済ませようと交渉を始めた。
今のイギリス帝国にとっても、日本の技術と謀略能力の高さは驚きだ。しかし、同盟国を大事にする日本の姿勢は評価できる。
こうして、イギリス帝国は日本との関係を深めていった。
イギリスに生まれたチャーリー・ブレッドは、祖国の様子を見ながら興味深そうに考えていた。
(貴族って何もしなくても食事に困らないから良いよな。勉強や礼儀作法は厳しいけど、ハーレムの為なら我慢できるさ。
この時代じゃメイドに手をだしても、相手が泣き寝入りするだけ。今日もメイドで楽しませて貰おうか。
そして俺が家を継いでハーレムを完成させて見せる! 黒人だからって馬鹿にされた怨みを返してやる!
それにしても日本がここまでやり手だとは思わなかった。次にパパがインドに行くときに同行させて貰って【出雲】に行ってみよう!)
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フランスはベトナムとカンボジア、それと南太平洋の植民地全てとジブチ、マダガスカルを失った。
フランス東洋艦隊に加え、本国の主力艦隊の大半を失ったのだ。再建には膨大な資金が必要になる。
それに加えて、日本に多額の賠償金を支払う事になってしまった。まさに、泣きっ面に蜂だ。
その為、フランス国内世論は日本に宣戦布告を行った政府に、大きな批判を浴びせていた。
二年前、西インド諸島のマルティニーク島のプレー火山の噴火を事前警告してくれたのに、宣戦布告を行った。
恩を仇で返す行為だと厳しい批判があり、大統領は事態が落ち着いたら辞職する声明を出して何とか事態を収拾していた。
フランス世論は自国の政府に厳しかったが、不思議と対日感情はさほどは悪くはなっていなかった。
鹵獲した戦艦や、捕虜になった将兵が返還されてくる。(捕虜の待遇が良かった事も知られている)
それにマダガスカルは失ったが、復興による特需も予想されている。(民間向けの特需。政府の支出があるのは変わらない)
イタリアほどでは無いが日本がフランスに温情を掛けたという評価もあり、国民の対日感情は戦争が終わったというのに改善していた。
フランスに生まれたマリーは、祖国の様子を見ながら興味深そうに考えていた。
(フランスが負けたか。でも、職人である俺の、ああ、あたしの家はあまり影響は出ないわね。
戦争中でも淡月光の製品の製造は落ちなかったもの。しかし、心は身体に引き摺られるとは良く言ったものだわ。
男だったあたしが、最近は女として目覚め始めたもの。うちで生産している淡月光の商品のお世話になるとはね。
それでも、まだ男の人が近づいてくるのは怖いわ。やっぱり、未婚で通そうかしら。
そのうちに淡月光の日本職員に会わせて貰って、詳しい話を聞きたいわ。上手くいけば、日本に移住しても良い。
こんなあたしは性同一性障害として生きていくしか無いのかしら?)
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スペインと日本の関係は、1898年の米西戦争以降から良好だった。
アメリカとの戦争は劣勢で大部分の植民地を失うはずだったが、日本の仲介によってフィリピンの権益とプエルトリコは残った。
フィリピンとプエルトリコの開発が進むにつれて、スペインに齎される利益も増えている。(租借しているパラオも含む)
それに淡月光の欧州拠点工場が建設された事で、スペイン経済を刺激している。
淡月光は進出した支店がある国には製造を委託して現地調達を進めているが、進出していない国は多かった。
それらの国へはスペイン工場から出荷されている。その経済効果は馬鹿にはできない。
日本とは距離があって交易量は多くは無いが、【出雲】との交易量は年々増加している。(イタリアとの戦争中は一時中断)
これらの理由もあって、スペイン国民の対日感情は良好だった。
【出雲】がエーゲ海のドデカネス諸島に進出すると決まった時、地中海を使った交易拡大が真剣に議論された程だ。
その【出雲】からイタリアと共同して、リビアの開発に協力して欲しいとの要請が入った。
リビアの地下資源を安価で入手できる好機会と判断され、既に一部の技術者は現地に赴いていた。
国家間に友情は無い。あるのは利害関係だけだ。逆を言えば、利益さえ提供できれば友好関係を維持できる。
外交関係が良好な事から、スペインは飛行船の大規模導入と新型戦艦の設計ノウハウを、【出雲】から導入しようと動き始めていた。
こうしてスペインは日本と【出雲】との友好関係を深めていった。
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イタリアはリビアとエチオピアを植民地にしようと戦争を始め、そして敗北した。
戦死者は十万を超えて、第一エチオピア戦争を上回る被害を出した。しかもエチオピアに派遣した主力艦隊まで壊滅した。
再建に必要な資金は膨大なものになる。その上、敗戦国として膨大な賠償金を請求されると覚悟していた。
それが賠償金は少なくて済み、逆にリビアとエチオピア(併合されたエリトリアとソマリアを含む)の復興の機会が与えられた。
鹵獲された艦艇と捕虜の返還がクリスマスイブに発表された事は、イタリア国民の心の琴線に触れていた。
その結果、今まで戦ったリビアとエチオピア、【出雲】に対する国民感情が少しずつ改善されていった。(戦死者の居る家族は除く)
人種差別が公然と行われている時代の為、いきなり考えを変える事など出来はしない。
しかし有色人種国家に完敗し、さらに敗者として敵の情けを受けた事が国民の意識を変える契機になっていた。
既にリビアとエチオピアにはイタリア人技術者が出向き、復興計画の策定に入っている。
特にリビアはスペインと競争関係にある事から、負けられないと考えている。
リビアとエチオピアの治安も回復して、良好な雰囲気が漂い始めていた。
もっとも、イタリアは陸軍や海軍の再建を諦めた訳では無い。
ドイツとオーストリアと三国同盟を結んでいる事から、ある程度の軍備は必須だ。
この時代、軍備が無ければ国家は存亡の危機に晒される。そしてイタリアは【出雲】から技術導入を進めようと考えていた。
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オランダは1899年の米蘭戦争で完敗し、海外権益の全てを失い、アメリカとインドネシアに莫大な賠償金を課せられ、
本土の領土だった西フリージア諸島をアメリカに奪われた。
王家の権威は失墜し、海外権益を失った事から失業率も増加して、オランダ経済は大打撃を受けていた。
しかし、オランダは復活を諦めた訳では無い。
諸外国から敗残者として軽蔑され、国民の生活レベルが下がっても、人は生きていかなくては為らないからだ。
そのオランダは今回の出雲条約と出雲議定書の内容に驚きを隠せなかった。敗戦国に温情を与えるなど、今までの常識には無い。
自分達の時はアメリカ主導の講和で、今回は日本と【出雲】主導で講和会議が行われた。
その違いだろうが、自分達の時に何故配慮が無かったのかと考える国民は多かった。しかし、過ぎた事を悔やんでも事態は変わらない。
現在はオランダ王家が縁戚関係を使って、何とか事態打開に向けて動いている。
その成果を待ちつつ、どん底に堕ちたオランダ国民は勤勉に働き始めていた。
そして積極的に外資を取り入れようと、国際会議が頻繁に行われるようになっていた。ハーグ条約もその一つだ。
こうして、オランダは敗戦国でありながらも、一定の影響力を維持していた。
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ドイツは独立させたヨルダン、シリア、イラク(南部は除く)の支配を確立させる事を優先させて、戦争に参戦はしなかった。
現地の反乱分子の討伐や、ベイルートからバクダットまでの横断鉄道を建設する計画を進めていた。
そのドイツにしても、ロシア側で参戦しなくて良かったというのが本音だった。
いくら艦隊を揃えていても、今の日本艦隊と【出雲】艦隊に勝てる気がしない。それほどカムイ級の衝撃は大きかった。
長距離魚雷や戦艦の主砲に使われた散弾の事もある。飛行船による弾着修正も見事だと感じた。
フランス東洋艦隊に始まり、イタリア、フランス、ロシアの主力艦隊を次々に撃破した日本艦隊は脅威だった。
その脅威を感じていた日本から、清国の山東省と河南省を占領しないかと持ち掛けられた。
日本は対戦国である清国の国力を削ぎたいだけだろう。それでも、ドイツにとって棚から牡丹餅である事は間違い無い。
そして兵を追加で派遣する事も無く、現地の有力者を煽って占領地が拡大できた。
日本が油断できない相手である事は間違いない。しかし、ドイツの便宜を図ったのも事実だった。
明治維新の時、日本陸軍の立ち上げにドイツは協力したが、その後は日本は方針を改めて関係は疎遠になっていた。
しかし、ロシアと清国、フランスを相手に、圧倒する技術と遠大な戦略を成功させた手腕は認めるべきだろう。
そして例のカムイ級に対抗する戦艦を用意しなくてはならないが、それには日本の技術を手に入れた方が効率的だ。
だが、日本はイギリスと同盟を結んでおり、容易にドイツに技術を渡すとも思えない。
こうしてドイツは新型戦艦の設計を進めると同時に、日本に対する謀略も動き出した。
日本との関係が薄いドイツだが、以前に要請した血友病の薬が入手できるようになっていた。
根本的な治療薬では無くて症状の緩和薬だが、血友病の保因者にとっては朗報だ。
現ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世の甥であるヴァルデマール・フォン・プロイセンも、喜んでいる一人だった。
(日本が血友病の薬をやっと開発してくれたか! これで俺は生き延びられる! そうとなれば、早速動くぞ!
まずはドイツ帝国での足場造りだ。今までの事もあるから問題は無いだろう。
後は日本か【出雲】から技術導入を進める必要があるが、中東の三ヶ国を焦って独立させたから外交関係が悪化している。
だから、もう少し様子を見た方が良いと言ったんだ! まあ、過ぎた事は仕方が無いか。今の日本と敵対するのは確かに拙い。
そして未来の技術を持つだろう日本から技術を導入できれば、ドイツ帝国が生き残る事は可能だろう。
このドイツ帝国を大きくして、俺は生き延びてみせる! その為には手段を選べないだろうが、絶対にやり遂げる!)
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今回の『環ロシア大戦』は名前の通り、日本にとっての主敵はロシア帝国だった。
そしてロシアは主力艦隊の大部分を失い、併合した朝鮮半島の大部分とレナ川の東側の広大な領土を占領された。
そればかりでは無い。兵をアジアに派遣して手薄になった隙をつかれて、イラン王国やトルコ共和国に敗退した。
空と海の兵力は失ったが、まだ陸軍兵力はロシアが優勢だった。それを有効に使えないだけだった。
まだ抗戦の姿勢を崩さないロシアを和平に導いたのは、ロシアによる満州の支配を認めると書かれた手紙だった。
それと首都サンクトペテルブルクを、日本の飛行船団が強襲した事も影響している。
疑心暗鬼だったが、首都を火の海にされては叶わない。結局、ミハイル大公を講和会議に派遣した。
ロシアにとって講和内容はまあまあと言えるだろう。失った領土は大きいが、代わりに肥沃な満州を得る事ができた。
賠償金を取られたり、国内の開発権利を日本に認めざるを得なかった事は不満だが、日本の協力は期待できる。
しかも、失うバクー油田の代わりの油田も確保するという約束まで交わしている。
戦力の再建に膨大な資金が必要になるが、それは満州を得た事で時間を掛ければ回収できると考えられていた。
その間は国民から税で徴収すれば良い。そして決定打は血友病の薬だ。根本治療は無理で、症状を緩和させる薬に過ぎない。
しかし、今まで何の手立てが無かった事を考えると、天の救いにも感じられる。
皇帝ニコライ二世の子供達は、全員が潜在的な血友病の保因者だ。そして他の縁戚関係にある国にも薬を欲している者は多い。
藁にも縋る思いで、陣内から渡された薬の効果を確認した後のニコライ二世の動きは素早かった。
直ぐに出雲議定書に調印し、日本の提案を全面的に承諾した。そして満州やシベリアの開発を進める決定をする傍らで、
陣内に対して血友病の症状緩和の薬の追加手配をすると共に、本格的な治療薬の開発を要請していた。
その後、ニコライ二世は嘗て皇太子時代に日本を訪問した時に、告げられた言葉を思い出した。
理化学研究所の北垣に『満州の地は我を待っている』と言われ、淡月光の川中に『満州に我が家族と行った時に、悩みは解消される』と
告げられた事を思い出したニコライ二世は、戦慄を感じてしばらく動く事は無かった。
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今回の『環ロシア大戦』で北欧は戦火に巻き込まれる事は無かった。戦闘はアジアと黒海・カスピ海近辺で行われたから当然の事だ。
しかし、ロシア帝国と国境を接しているスウェーデン=ノルウェー連合(ノルウェー独立は来年)は日本の戦いに注目していた。
ロシアの圧迫を受けていた事もある。それに第一回目のノーベル賞を受賞し、国内とヤンマイエン島に日本は観測基地を建設して
運用している関係もあり、それなりに政府と民間のパイプはあった。(フランス東洋艦隊を撃破した時は観戦武官を派遣)
その日本が示した戦果は驚異だった。
小国と思われていた日本がロシアと清国、フランス、イタリアまでも次々と撃破していく様子は爽快ですらあった。
その日本からヤンマイエン島を領有して、スウェーデン=ノルウェー連合との交易を拡大したいという申し込みがあった時は困惑した。
たしかにヤンマイエン島は何処も領有して無く、日本が領有権を主張しても問題は無い。
しかし、あのロシアを圧倒した日本が北欧にまで触手を伸ばすのかと警戒する考えもあった。
結局、お伺いを立ててきたくらいだから、こちらの意思を無視する事は無いだろうとの結論に落ち着いた。
その結論に辿りついたのは、出雲条約と出雲議定書で示された日本の敗戦国への配慮があったからだ。
こうしてスウェーデン=ノルウェー連合の同意を得た日本は、正式にヤンマイエン島を領有して施設の拡充を進めていく。
そして、ロシアに支配されているフィンランドは、熱い視線で日本を見ていた。
現在のフィンランドはニコライ二世によって自治権を廃止すると宣言され、暴動が多発している。(史実では1905年に自治権回復)
日本の援助があれば独立も可能だろう。今まで日本が各植民地や列強に圧迫されていた各国にどんな対応をしてきたかを知ると、
期待は膨らむ一方だ。しかし、今まで接触の機会が無かった。でもヤンマイエン島に行けば交渉できる。
こうしてフィンランドは独立を進めようと、秘かに日本に接触を試みていた。
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アメリカは江蘇省の連云港一帯の支配を進める一方で、サマル島の要塞化を進めて南フィリピン共和国の利権を次々に得ていった。
そればかりでは無い。
太平洋に進出するにはパナマ運河が必要だと、昨年はコロンビアからパナマ共和国を独立させるなどの、中南米の工作も進めていた。
そこに環ロシア大戦が勃発した。当初は日本が劣勢に陥ったら、アメリカはグアムやマリアナ諸島を占領する事を考えていた。
ところが、戦況はアメリカが予想もしない事態になっていった。
今回の戦争で日本が示した実力に、アメリカは戦慄を禁じえなかった。
日本がロシアの大飛行船団を撃滅し、ロシア、フランス、イタリアの主力艦隊を次々に撃破したのは脅威だった。
もし、今のアメリカが日本と戦う事になった場合、勝てる自信は無い。
日本が戦果を叩き出した要因に、飛行船による運用が重要なポイントを占めていると分析されていた。
カムイ級戦艦のショックも大きいが、日本の飛行船に対抗する手段を開発しないと、まともに戦う事さえできない。
そして日本が得た領土は寒冷地帯が大部分だが、アラスカと同じく資源の宝庫の可能性も十分にあった。
日本が開発を進めれば、アメリカにとって日本は大きな脅威になると判断されていた。それ程、今回の日本が示した実力は大きい。
そのアメリカに朗報が齎された。南テキサス油田で大きな利益をあげ、有望な鉱山を次々に開発しているトルーマン商会という会社が、
天然ガスを採掘中にヘリウムが混じっているのを確認したとの報告が入ったのだ。
各国が日本に飛行船で遅れを取っているのは、希少資源であるヘリウムが調達できない為だ。
しかし、国内でヘリウムが採取できるとなると、話は違ってくる。
こうしてアメリカはヘリウムの国内調達が出来る二番目の国となり、大飛行船団の建造が行われていく。
資源も豊富で工業力が高いアメリカが、大規模な飛行船団の整備に注力するのは天照機関にとって好都合だった。
トルーマン商会はヘリウムの採掘販売でも優先権を得て、軍や経済界に大きな発言力を持つようになっていく。
ちなみに陣内は封鎖地域(インディアンの居住区)で、天然ガスの採掘プラントを稼動させており、ヘリウムの採取も行っていた。
合衆国に生まれたエドウィン・バルナートは、祖国の様子を見ながら深刻な表情で考えていた。
(日本はロシアの東側の広大な地を奪ったか。あの辺りは地下資源の宝庫だったはずだ。
それに加えて南太平洋のフランス領やジブチを奪って、雲南やチベットやマダガスカルにまで手を伸ばしている。
日本の転生者は上手くやっているな。しかし、どうやって大人達を納得させているんだ!? やはり巫女がそうなのか?
そこが分からない。まあ良い。今のところはうちの会社も順調に業績を伸ばしている。
俺が会社を継いだら、一気に大きくして合衆国を影から支配してやるんだ!)
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カナダのブリティッシュコロンビアとアルバータ、サスカチュワン州、それとアメリカのミズーリ川の西部一帯から太平洋岸に至る
広大な領土が、表面上は伝染病から隔離するという理由で封鎖されていた。(アメリカ国民はインディアンの祟りだと信じている)
その封鎖地域の境には、インディアンが良く使うトーテムポールの幻影が空に浮かび、隔離を継続的なものにしていた。
そして西海岸近くのシェラネバダ山脈とロッキー山脈に挟まれた地域に、インディアンの住む街があった。
街と言っても、そう大きくは無い。各地で生き残っていたインディアンを集めても、まだ人口は三十万に手が届かない。
ベビーラッシュの最中だが、人口が数年で急激に増える訳でも無い。やはり、ある程度の年数は必要だ。
それでも、農業を営み始め、工場を操業させて、文化的な生活を営み始めていた。
狩猟民族に農耕生活を強いるのは、正直言って気が進まない面もある。
しかし文化に慣らさないと、アメリカに呑まれて消滅する運命が待っている。
問題は多かったが、朗報もあった。インディアンの一人の少女が、転生者であると自己申告してきた。
名前はサリー。陣内が面接して協力する意思も確認してある。まだ十四歳の少女だが、街の運営に関わり始めていた。
(陣内さんにあたしの事情を分かって貰った。権限を貰えたからやり易くなったけど、責任重大よね。
しばらくはアメリカ人に見つからないように生活できれば良いのだけど、将来の対策を考えて欲しいって難しいわ。
それでも考えなくちゃ駄目なのは分かるけどね。人口差は圧倒的だし、今の時代じゃ共存は無理。
やっぱり平和な時代を待つしか無いのかしら? 他の転生者が居ると聞いたから、一度は会って話してみたいわ。
アメリカにも転生者はいるのかしら? 居るとすれば、後々厄介な事になるかも知れない。
オーバーテクノロジーで守られているとはいえ、油断できないものね)
合衆国とカナダと陸続きの為に、何かと苦労は多い。しかし、確実にインディアンは足を地につけて生活をしていた。
オーストラリアは『白鯨』によって完全に封鎖されているので、アメリカのような気苦労は無い。
それでも万が一を考えて、アボリジニの街は内陸部に建設されていた。
人口増加傾向はあるが、それでも広大なオーストラリア大陸に行き渡るには絶対的に人口が不足している。
まあ、オーストラリアが敵に回らない目的で発動された計画だ。慌てずにゆっくりと計画は進められていた。
ニュージーランドも『白鯨』によって封鎖されている。そして既に欧州からの入植者は、先住民によって完全に制圧されていた。
こちらはアボリジニの支援によって、徐々に近代化が進められている。こちらも敵に回らなければ良いだけだ。
そして近い位置にあるニューカレドニアが日本領となった事で、さらに封鎖が順調に進むと思われていた。
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清国は日清戦争の賠償金をやっと七年掛けて払い終えた後に、今度は北京議定書(義和団の乱)により新たな賠償金を課せられていた。
その賠償金の支払いが終わらないまま、出雲議定書によって、さらに重い賠償金が課せられた。
満州や雲南共和国、さらにはイギリスやアメリカ、ドイツの占領地からの税収が無くなった為に、国家財政は破綻しかかっている。
この状態で多額の賠償金を課せられた。正直、清国にとっては重過ぎる賠償金だ。
しかもイギリスのアヘンの輸入は増える一方で、中毒患者も多くなって治安の悪化と生産力の減少などの問題が顕在化していた。
しかし、日本は手加減する気は無かった。
最初の日清戦争は良い。日本から挑発して戦争に持ち込んだ。しかし、二回目と三回目は違う。清国から戦争を仕掛けてきた。
北京議定書の時は賠償金の減額を言い出した日本だが、今回は三度目の戦争という事もあって容赦無く賠償金を要求した。
さすがに清国と四回も戦争を行う気は無い。だからこそ、この機会に清国を徹底的に追い詰めるつもりだった。
賠償金の支払いの為に税を重くしても、支配する領土と同時に税を徴収する住民も減ったのだ。
いくら税率を上げても限度がある。清国に残された手段は資源の売却しか無かった。(勿論、税も極限まで上げた)
重い税が国民に圧し掛かり、列強の支配の強化もあって、生活は苦しくなる一方だ。
チベットや雲南共和国からは、清国の官吏や軍の兵士が逃げ帰ってきている。
海外に移住した人達が悪評によって強制送還されてきている為、海外からの仕送りも減少傾向になっていた。
大部分の国民は日本への憎悪を高める一方で、無能な清王朝への憎しみも増えていた。
今回の戦争で父親を亡くした呉奇偉は、血の涙を流しながら憎悪を滾らせていた。
(日本は祖国を潰す気だ! 絶対に転生者が居て、仕返しを仕掛けているに決まっている!
アヘン中毒になった敗残兵が暴れて、治安が極度に悪化している。この前は妹が乱暴されそうになったくらいだ!
父さんはユダヤ人に殺された。母さんは働き過ぎて身体を壊した。もう、俺が働くしか無い!
上手く日本に潜り込めれば生活保護を受けられるんだろうが、今は無理だ。妹の為にも俺が働こう。
しかし、俺の家族をこんな目に遭わせた日本人とユダヤ人を許す事などできない! 必ず復讐してやる!)
そんな状況の中、困惑している地域もあった。福建省と浙江省(杭州以南)だ。この地域には列強の進出が一切及んでいない。
理由は台湾に近いという理由で、日本が不割譲宣言を求めたからだ。
福建省と浙江省(杭州以南)は日本エリアと言う列強の暗黙の了解があり、その為に侵略には遭ってはいない。
強引に列強が進出した場合は、地の利のある日本と戦う事になるだろう。
そして、環ロシア大戦に勝利した日本を警戒して、甘い餌に釣られる国は無かった。
福建省と浙江省(杭州以南)はイギリスとアメリカの支配地に囲まれて、中央との交通が絶たれている。
その為に中央の混乱は及んでいない。中央の手綱を離れて、地元の有力者が統治を始めていた。
他と比べて平穏な生活が営めている住民は、日本に感謝すれば良いのか、憎めば良いのかと公然と悩んでいた。
尚、文化人を自認する一部の人達は紫禁城にあった美術品や文化財を見学する為に、台湾の『中華博物館』に行くようになっていた。
日本側の規制もあって経済交流が順調とは言い難いが、それでも他の地域と比べると交易の利益が還元されている。
その様子を福建省にいる胡適が、深刻な表情で考えていた。
(ここまで国が分断されるとは、絶対に異常だ! やっぱり転生者が居て、報復しているんだ!
とはいえ、この福建省には侵略の手は伸びてこなくて、税は重いけど平穏な生活ができている。
俺としては、複雑な気持ちだ。さて、一週間後に叔父さんが台湾の中華博物館に行く時に同行させて貰う予定だ。
まだ、俺は一人で生活はできないけど、今のうちから日本の情報を仕入れていた方が良いな。機会を待とう)
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李氏朝鮮は強者に従って生き延びようという、事大主義と言われる考え方に染まっている。
千年以上も従属を強いられ続けてきた為に、自然と身についた処世術と言えるだろう。それが朱子学(儒教)と結びついた。
その結果、日本からの近代化要求を断り、当時の宗主国である清国に従った。
そして半島南部の領土を失い、東方ユダヤ共和国の建国に繋がった。
その後、清国を見限ってロシアに鞍替えしたのだが、李氏朝鮮は坂を転がり下りるように国力が低下していった。
国内の権益の大部分をロシアに握られ、労働力として国内の若い働き手をロシアに売り飛ばしていた。
さらにロシアの命令で東方ユダヤ共和国の防衛陣地に無謀な突撃を行った為、四十万人以上の膨大な被害を出している。
全員が働き盛りの男達だ。人口が数百万の李氏朝鮮において、働き盛りの数十万の男が失われるのは相当な痛手だ。
その上、清国陸軍やロシア陸軍が進駐してきた時に、食料や若い女性を略奪された。
抵抗した住民は射殺され、略奪された地域は飢餓状態に陥った。その為、大部分の住民は北部へ逃げ出していった。
そして止めはロシアに併合され、東方ユダヤ共和国に残った大部分の領土を奪われた事だ。
生き残った全ての住民は平安道に集められ、食料不足が深刻化している。
主な産業も無く、多くの働き手を失ったので農業生産も期待できない。
一応、日本からの要請でロシアの併合は無効とされて、再び独立する事ができた。だが、状況を改善する見込みはまったく無い。
東方ユダヤ共和国とロシア帝国と国交は結んだが、経済協力や食糧支援は考えていないと通告されている。
そしてロシアから独立しても、併合された時に消滅した外交関係は元には戻らない。
今の李氏朝鮮と国交を結ぶ国家は極めて少ない。(日本との国交も無し)
しかも国家規模が減少したにも関わらず、従来の借金は変わらない。利息の返済も滞るようになり、国家の財政を厳しく圧迫していた。
これから、どうすれば良いのか、国王である高宗と王妃の閔妃は途方にくれていた。
その様子を朝鮮に生まれた金恨玉が、顔を真っ赤にして憤慨していた。
(祖国が狭い土地に押し込められて人口が過密になり、食料不足で争いが絶えない! しかも、今までの借金も変わらないだと!?
併合して領土が減ったんだから、ロシアが借金の肩代わりをするのが筋だろう! これも日帝の企みか!?
ロシアや清国が持ち込んだアヘンが市中に出回って、生活苦から薬に手を出して無気力な奴が大勢いる! このままじゃあ国が亡ぶぞ!
我々をこんな目に陥れた日帝を絶対に許さない! 今の国王じゃ駄目だ! こうなりゃ、革命を起こすしか無い!
今からでも力を蓄えて、必ず成功させて見せる! そして必ず、日帝に報復してやる!
今は生き延びるのが優先だが、俺の執念を甘く見るな! そして日本の女達を慰み者にしてやる!!)
その後、金恨玉は口から泡を吹き出して失神したが、何とか回復して動き始めた。
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東方ユダヤ共和国は、李氏朝鮮の民兵、清国陸軍、ロシア陸軍の猛攻を堅固な陣地を利用して何とか撃退に成功した。
被害は大きかったが、それでも機関銃や大砲で撃破した相手の数を考えれば奇跡的な戦いだと言えるだろう。
その後は朝鮮半島を北上し、李氏朝鮮の勢力が残る平安道以外の領土を全て占領した。
東方ユダヤ共和国の最初の領土は、南部の全羅道、慶尚道、忠清道だけだった。
しかし今は京畿道、江原道、黄海道、咸鏡道を占拠している。
朝鮮八道のうちの七道が東方ユダヤ共和国のものになり、国土面積は一気に倍以上に増えていた。
これで自分達の生活圏が確保できると喜びに沸いていた。そして賠償金はロシアから日本経由で入ってくる。
その資金を元に新たに得た領土を開発すれば、さらに自分達の地盤が強化できる。
保護する文化財は無く、一から開発できるので自分達の自由にできる。(山に木は無く、植林を進める必要はある)
建国当時から日本から提案されていた作戦がやっと完了した。日本が兵を派遣して、一緒に血を流してくれた事も評価できる。
何より、日本は最初からの約束を違えなかった。これらの事から、最初から良好だった対日感情はさらに好転していた。
ただ、ユダヤ人を敵視するロシア帝国と国境を接する事が問題と思われていた。
ロシア帝国と東方ユダヤ共和国は、感情的なしこりがある。
その為に、咸鏡道の北部(ウラジオストックと接しているところ)だけは日本に譲った方が良いとの議論が交わされていた。
占領された領土の開発が順調に進めば、世界中から同胞を呼べるようになるだろう。
それはユダヤ人の輝かしい未来を暗示しているかのように感じられていた。
その様子を転生者であるリリアンが、リラックスした状態で考えていた。
(清国やフランス、イタリアの参戦というイレギュラーはあったけど、最初からの計画通りに進められたわ。これも陣内さんのお陰ね。
国の領土は増えて、これで生活圏は確保できたわ。フィリピンやタイ王国、インドネシアからの食料と資源の輸入も順調に進んでいる。
後はロシアの出方が問題ね。陣内さんはロシアに配慮をしたようだけど、本当に大丈夫かしら?
保険の意味でも、咸鏡道の北部は日本に統治して貰った方が良いわ。朝鮮と接していないから、日本の拒否反応も無いでしょう。
それにしても制御コンピュータに残ったデータだけで、あれだけの兵器を揃えて大戦果をあげるとは。
ますます陣内さんとパイプを深める必要があるわね。まだあたしの胸は育っていないけど、そろそろ誘惑してみようかしら)
戦争中、東方ユダヤ共和国は戦時色一色に染められた訳では無い。
軍需品の生産が行われる一方で民生品の生産も続けられ、市民の大部分はあまり変わらない生活が続けられていた。
日本からの支援もあり、挙国一致体制を採るまでには至らなかった。
来年のアインシュタインの相対性理論の発表の準備が進められ、アメリカからはライト兄弟が移住してくるなど、
東方ユダヤ共和国は技術立国の道を歩み始めていた。
堅固な陣地で機関銃によって大きな被害が出る戦争は、史実では第一次世界大戦からだ。
しかし、今回は『環ロシア大戦』で大きな被害が出てしまった。これらの事は観戦武官によって各国に報告されている。
その為、堅固な陣地を被害を少なくして突破する方法の研究が各国で進められ、第一次世界大戦に影響を与えていった。
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今回の『環ロシア大戦』でハワイ王国が果たした事は何も無い。
人口が少なく、軍隊も小規模なので仕方ない事だった。そのハワイ王国と日本は同盟を結んでいる。
しかし、日本側から参戦の必要は無いと通告された事もあり、静観するだけだった。
最初、ロシアと清国、さらにはフランスまでも相手に日本が戦争すると知れ渡ると、大きな騒ぎになった。
ハワイ王国は日本からの多くの支援によって成立している。後ろ盾とも言える日本が負ける事になればと、国内が大混乱した。
しかし、その混乱も日本が鮮やかな勝利を収めていく様子が報道されるにつれて、収まっていった。
北米や南米から資材を満載した輸送船が、引っ切り無しに補給の為にハワイに寄港していた。それが日本の産業の一部を支えていた。
ペルーの近代化の支援も継続して続けられており、それがハワイ王国の経済に刺激を与えている。
戦争に日本が勝利して、同盟国や友好国に手厚い配慮をした事が知れ渡ると、ハワイ国民の対日感情はさらに良い方向に向かっていた。
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今回の戦争でタイ王国が貢献したのは、雲南共和国の独立の支援だった。
まだ同盟を結んでいないタイ王国だが、心情的には完全に日本を向いていた。
その為、インドネシアの近代化の支援を行いながらも、食料や資源を大量に日本と東方ユダヤ共和国に輸出している。
日本が勝利して同盟国や友好国に配慮した方針を採っている事が知れ渡り、タイ王国の国民に良い感情を植えつけていた。
そして戦争が終了した事を受けて、以前からあった日本との同盟締結の話を進めていた。
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フィリピンとインドネシアはまだ近代化の途上で、国軍の強化を図っていたが派兵する余力は無かった。
寧ろ、攻められた時の防衛を主眼に国軍の整備が進められていた。
その両国にとって、フランスが攻めてくると知らされた時の恐怖は大きかった。しかし、日本は速攻でフランス東洋艦隊を撃破した。
その為に、両国の国民がフランスに感じた恐怖は、日本への信頼に転化された。
食料や資源、石油などの大量の物資が日本と東方ユダヤ共和国に輸出され、それが両国の継戦能力を下支えしていた。
戦争中でも両国の近代化はゆっくりと進められていた。
そして日本が上げた戦果を知り、いつかは肩を並べられるような立場になりたいと願う国民が増えていった。
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ベトナムとカンボジアはフランスの植民地だった。
第一遊撃艦隊が現地のフランス軍に壊滅的な打撃を与え、陽炎機関が武器弾薬を供給して、二国は独立戦争に突入していった。
元々、フランスからの独立を二国は求めていて、独立を模索する組織は以前からあった。
日本に来日し、独立支援の要請を行った事もある。その時は余力が無いと断られた。
今回、日本とフランスが戦争したドサクサに紛れて独立したのだが、あの時は断ったのにという恨みがましい感情は残っている。
それでも日本の力が無ければ、独立できなかったという理性的な判断は下せた。
何より、日本の協力が無ければ近代化は進められないと分かっているので、両国の独立勢力は日本を頼りにせざるを得なかった。
特にベトナムは淡月光の工場によって北部地域が豊かになったという経緯もあり、対日感情は良好だった。
カンボジアは以前にタイ王国やベトナムから圧迫されたという経緯はあるが、日本の保護国になり近代化を進める事は了承していた。
地理的な理由もあり、ベトナムの近代化は海南島を拠点にし、カンボジアの近代化はチャーン島を拠点に進められる事が決定された。
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雲南共和国は、雲南省を中心に貴州省と広西省、四川省と広東省の一部が独立して建国された。
万全な準備が出来ていたとは言い難い。軍事訓練は行ってはいたが、管理組織などの文官の育成はこれからだった。
それでもこの機を逃す訳にはいかないと、清国の混乱に乗じて独立が進められた。
回族やチワン族など始めとして、他の少数民族を多く抱えており、問題も多い。
支配者層の満州族や漢人で構成されていた軍隊は追い出したが、民間人で清国と関係もある人間も多く残っている。
日本から絶対に少数民族を迫害するなと念押しされた事もあり、虐殺は発生はしていない。
回族は生まれ故郷に帰還できた事を喜び、他の少数民族は清国の弾圧から解放された喜びに浸っていた。
以前から支援を受けていた日本との密約で、海南島に近い雷州半島は日本に割譲される事が決定している。
その雷州半島を基点にして『雲南横断鉄道』の建設を行う事が発表され、現地の期待を集めている。
広州湾一帯にフランスの植民地が残っている等の懸念はあるが、清国の賠償金の一部を雲南共和国の建国資金に当てる事が公表された。
全国民に対して二年間は税の免除が正式に発表された事もあり、国民は建国の熱意に燃えていた。
チベットは元々の統治組織はあったが、その支配する領土は曖昧だった。
しかし、日本からの要請を受けて広大な四川の西部地域から青海省、新疆省、甘粛省の支配を宣言した。
当然、チベット民族以外の民族もいて、素直にチベットの支配を受け入れた訳では無い。
そこに陽炎機関が介入し、少数民族の保護をチベットに約束させた。どうしても我慢できなければ独立を認める。
しかし今は清国から切り離す事を優先すると、各少数民族を説得していた。
今までの日本の働きや、同盟国や友好国を配慮する外交政策が評価されていた為に、各少数民族も不満を持ちながらも説得に応じた。
ヒマラヤ山脈や広大な砂漠が大部分を占めて、農耕に適しているとは言えない。
それでも豊かな地下資源を有しており、黄河や長江の水源地にもなっている。
遠い将来、中国が環境問題を発生させたり軍事外交をするような事態になれば、黄河や長江の流れを堰き止め、
雲南共和国を経由してベトナム方面に流すという、中国の河川を消滅させる遠大な計画も考えられていた。
モンゴルもこの機会に清国との従属関係を絶って、日本とロシアとの協調路線を歩む事を選択していた。
ロシアとは長い国境線で接しているが、日本との接点はチベット経由のみだ。
その為に日本との関係は維持するが、ロシアへの依存を深めていった。
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南太平洋のフランス植民地はニューカレドニアとフランス領ポリネシア、ウォリス・フツナであり、日本に割譲されていた。
現地のフランス人は全て本国に送還され、今は日本の統治下に入っている。
とは言っても、自治領の扱いにする予定だ。そして現地が望むなら、独立も許可するつもりだ。
しかし現地の経済は貧しく、このまま独立しては他の列強の餌食になるだけだ。
その為に、ゆっくりとだが近代化を進めて、現地の生活レベルを向上させる計画が組まれていた。
それとオーストラリアとニュージーランド監視の為に、ニューカレドニアに海軍基地が建設される事が予定されていた。
一般的に、オーストラリアとニュージーランドの周囲は『白鯨』が多い為に危険海域と認識されている。
駐留させる艦隊は、不用意に危険水域に民間船舶が近づかないように守る為だと発表された。
日本は北方に広大な領土を手に入れた。南方の小さな領土に拘る必要は何処にも無い。
敵性国家に使われなければ良いだけだ。その為に、現地の意向を重視した政策が採られていた。
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イラン王国は王朝が変わったばかりだが、以前からロシアとイギリスの圧迫を受け続けていた事に変わりは無い。
そのイラン王国は王朝交代の為に国内の平定に手間取っていたが、対ロシア戦が全てを変えた。
新王朝に批判的な地方勢力も、ロシア帝国に積年の怨みを募らせている事に変わりは無かった。
その為、宗教指導者の呼び掛けにより、急遽挙国一致体制が採られてロシア領に攻め込んだ。
これも日本がロシアの飛行船団を壊滅させ、各地の艦隊を撃滅、さらにロシアの欧州方面の兵力が減少した状況が発生したからだ。
【出雲】の支援を信じて、積年の怨みを晴らすべく攻め込み、そして念願のロシアからの領土奪還を成し遂げた。
(トルクメニスタンとアゼルバイジャンは、イラン王国の保護国として独立させる事になった)
日本を通じて賠償金が入ってくるようになり、バクー油田を得た事から五年後以降はロシアから石油代金が見込めるようになった。
さらに日本はイギリスと交渉して、電信やタバコ販売などのイラン国内利権を取り戻してくれた。
国内の産業を立ち上げて、石油採掘も順調に進んでいる為、国民の生活レベルは急速に改善されていた。
これらの事から、イラン王国の国民は日本と【出雲】に好感を持って、『中東横断鉄道』の建設に積極的に協力していた。
日本がロシアとの協調路線を取り始めた事に不満を持つ国民もいたが、イラン王国の権益は守られると信じる国民の方が多かった。
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トルコ共和国の前身はオスマン帝国であり、長年に渡りロシアの圧迫を受けていた。
そしてイラン王国と同じく、ロシアに積年の怨みを抱いていた。そのトルコ共和国も【出雲】を信じてロシアに攻め込んだ。
そして遂にロシア軍に勝利した。グルジアとクリミアをロシアから独立させて、自国の保護国に組み込んだ。
仇敵と考えていたロシア帝国に勝利したので、トルコ共和国の国民は快哉を上げていた。
日本を通じて賠償金が入ってくるばかりか、キプロスの権利をイギリスから取り戻してくれた。
クレタ島を手放す事になったが、ギリシャ系住民が多い為に統治は困難な地だ。
キプロスが戻ってくれば、メリットの方が多いと判断されていた。
ドイツの工作でヨルダン、シリア、イラク(南部は除く)を失い、エジプトはイギリスの保護国になり、リビアは独立した。
アラビア半島の紅海側の領土を失い、バスラ州周辺は【出雲】に併合された。そしてバルカン諸国家は独立してしまった。
あっという間に広大な領土を失ったが、言い方を変えると統治が困難だった地を手放した。
それに過去の事より未来の事が重要だ。そしてトルコの近代化には【出雲】の力が必要だ。
だからこそ、エーゲ海のドデカネス諸島を【出雲】に譲った。
その信頼に【出雲】は応えてくれたとトルコ共和国の国民の大部分は感じていた。
国民の生活が徐々に改善されつつあり、『中東横断鉄道』の建設に多くの国民が従事している。
イラン王国と同じく、日本がロシア帝国と関係を深める事に懸念を抱いた国民もいたが、【出雲】への信頼が揺らぐ事は無かった。
トルコ共和国はギリシャとは関係が悪かった。しかし、この戦争を機にギリシャの態度は大人しくなっていった。
ギリシャはトルコ共和国の後ろの【出雲】を恐れたのだ。
キプロス島のギリシャ系住民をクレタ島に移し、イギリスにクレタ島を譲渡した事で、ギリシャは大きな衝撃を受けていた。
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リビアは宗主国であるトルコ共和国の影響を残しながらも独立した。
そして【出雲】による開発が進められようとしている時に、イタリア王国が攻め込んで来た。
工業化が遅れて、国軍の整備も満足に進んでいなかったリビアを支えたのは、【出雲】から空輸で届けられる物資と
ドデカネス諸島から派遣された第五警備艦隊(軽巡洋艦一隻、駆逐艦二隻、護衛艦四隻)の存在だった。
上陸軍への補給を可能な限り妨害して、【出雲】から武器弾薬の補給があったから、イタリア軍の猛攻に耐えられた。
その為に、リビア国民の【出雲】への感謝の念は尽きる事が無い。
信じる宗教は違うが、窮地を助けてくれた恩義を忘れないのは、世界共通の美徳だと言えるだろう。
しかし、リビアの開発をイタリアとスペインが行うと知った時、一悶着が起きた。
スペインはともかく、イタリアは今まで戦ってきた国だ。警戒するのも当然だろう。
それでも【出雲】は粘り強くリビア政府を説得した。【出雲】はリビアを見捨てる事は無く、従来通りに支援は行う。
しかし、実力不足である事も確かだ。その為にイタリアとスペインに協力を要請した。
たしかにイタリアは今まで戦争を行っていた国家だが、地中海を挟んだ隣国でもある。
イタリアとの関係を未来永劫に渡って絶つなら構わないが、いずれは友好関係を結ぶ気があるなら、今がそのチャンスだ。
【出雲】が責任をもってイタリアとスペインの開発を保証すると言われては、リビア政府も【出雲】の言葉を信じるしか無かった。
リビアには豊富な地下資源が眠っている。支援するイタリアとスペインに、早く利益回収が出来ると信じ込ませた方が良い。
その為に【出雲】が地下資源を発見して、現地の組織に採掘を任せ、イタリアとスペインへの輸出を進める計画が立てられていた。
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エチオピア帝国はイタリア王国と因縁があった。
周囲をイタリアの植民地で囲まれ、第一次エチオピア戦争を戦った過去がある。
そして今回、多大な被害を出したが【出雲】の支援によって耐え凌ぎ、やっとエリトリアとソマリアを占領してイタリアを排除した。
内陸国だったエチオピアにとって、沿岸部を領有する事は長年の夢だった。それが遂に叶ったのだ。
当初、エリトリアとソマリアを占領した時には、アデン湾と紅海側の沿岸部の二ヶ所を【出雲】に割譲する密約を結んでいた。
しかし予想外のフランス参戦の為にジブチを占拠したので、ジブチを【出雲】に譲る事に変更された。
【出雲】は領土が必要なのでは無い。要所に拠点を構築して、海の航行の安全を確保するのが最大の目的だ。
フランス領だったジブチを所有すれば、エチオピアへの物資輸送に問題は無い。それに今までの設備も修理すれば十分に使用可能だ。
宿敵だったイタリアがエチオピアの近代化に協力する話を聞いた時は驚いたが、それでも勝者の余裕で承諾していた。
もっとも、イタリアに対して横暴な態度に出ないよう、【出雲】からは太い釘を挿されている。
今まで【出雲】からの支援は機械設備や武器弾薬の輸入が主で、エチオピア人の自主努力に多くが委ねられていた。
【出雲】から色々な人が来て、色々な指導を行ったり、田舎の農村の開拓に従事しているが、その数は少ない。
しかしイタリアは地理的な面もあり、大人数を動員する事が可能だ。
こうしてエチオピアの近代化は、新たに得たエリトリアとソマリアを含めて急速に進んでいった。
尚、【出雲】からはエリトリアとソマリアの住民を、別の部族だからと差別をあまりしないように強い要請を受けている。
それはエチオピア皇帝にとって面白く無い事だったが、【出雲】の要請を完全に無視できない。
その為に、差別が無くなる事は無かったが、虐殺が発生する事も無かった。
平然と人種差別が行われている時代にあって、それは画期的な事だった。
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マダガスカルはフランスの植民地であり、世界第四位の大きさを持つ島だ。
その位置から、インド洋全域やアフリカにも大きな影響を与える事が可能だ。
そんなマダガスカルは、この戦争前には工作の対象になってはいなかった。戦争前にフランスと戦う事など想定していなかったからだ。
辛うじて、ドゴール商会が現地の鉱山開発を進めていた事もあって、開戦直後から陽炎機関が工作を開始していた。
住民はフランスの支配に多くの不満を抱えていた事もあり、フランス艦隊の壊滅と同時に独立運動が始まった。
そして出雲議定書によって、フランスは撤退して独立する事が決定していた。但し、【出雲】の保護国になる事が条件だった。
今までの【出雲】の行動を見て、信頼するに値すると判断したマダガスカルの独立勢力は、その条件を承諾した。
その後、以前の支配者のフランスが開発を進める事を危惧した人達は多かったが、【出雲】への信頼が上回った。
そして【出雲】の保護国として、日本総合工業とフランスによってマダガスカルの近代化が行われる事が決定した。
マダガスカルは希少金属が豊富にあり、開拓可能な広大な土地がある。そして地理的な条件もあってアフリカ交易の窓口に適している。
そして開発を進めて行けば、マダガスカルは豊かになれる可能性を秘めている。
もっとも、フランスにインフラ整備は頼むが、希少金属鉱山の権利は【出雲】が現地法人を立ち上げて、地元と利益を折半する。
Bクラス規模の工場群を整備、さらには将来を考慮して艦隊基地を建設する計画を組んでいる。
【出雲】の人口はまだまだ少なく、積極的に打って出る力は無い。
それでも世界各地の協力者を徐々に増やして、協調を考えながら進められていった。
(2013.11.03 初版)
(2014. 3.30 改訂一版)
管理人の感想
環ロシア大戦終結ですね。もはや清と朝鮮は滅亡まっしぐらのような気もしますが。
さて逆行者たちももうそろそろいい年齢になり、いろいろと動き出しそうです。
しかしこれだけパワーバランスが変化すると、今後起こるであろう世界大戦がどんなことになるやら……。