ロシアはユーラシア大陸の北部にあり、欧州からアジアにかけて広大な領土を持っている。

 大部分が現在の技術では開発に適さない凍土だが、その領土の広大さは誰しも認めるだろう。

 そのロシアはアジア方面で東方ユダヤ共和国と日本を相手に戦争を行っていた。

 既に清国とフランスは脱落して、アジアでロシアと共に戦っている国家は無い。

 空と海で完敗し、陸でも劣勢になっているが、諦めた訳では無かった。何と言ってもまだまだ、多数の陸軍は健在だ。

 攻め込んできた東方ユダヤ共和国軍と日本軍の補給路を絶って、逆襲する事を考えていた。

 欧州から多くの兵士を引き抜いてアジアに派遣している最中、イラン王国とトルコ共和国が宣戦布告をしてきた。

 まさに青天の霹靂と言うべき事態だ。欧州方面の兵力は少なく、シベリア鉄道が破壊されたのでアジアから兵を戻すのも容易では無い。

 そのイラン王国とトルコ共和国は、【出雲】の支援で近代化を進めてきた。

 黒海艦隊が【出雲】艦隊の奇襲を受けて敗れた事から、二国を【出雲】が唆した事は間違いないだろう。

 空と海の兵力は皆無だ。陸の兵力も少ない。

 こうしてロシアは足元であるトルクメニスタンとアゼルバイジャン、グルジア、クリミア半島で困難な防衛戦を強いられた。

 そして徐々に押されており、陥落は時間の問題になっていた。

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 マダガスカルはフランスの植民地になっていて、領内にフランス軍が多数駐留していた。

 しかし、そのフランス軍は現地の独立勢力との戦闘に突入していた。

 戦闘が起きる契機になったのは、フランス主力艦隊がバルチック艦隊と共に【出雲】艦隊に敗れ去った事だった。

 マダガスカルのフランス軍は海上戦力を失った。そして陽炎機関に扇動された独立勢力が一斉に蜂起した。

 【出雲】艦隊の主力はインド洋海戦の後は、補給を受けて針路をエーゲ海に向けていたが、軽巡洋艦を旗艦にした別働隊は

 マダガスカルのフランス軍施設の破壊と、独立勢力の支援を行っていた。

 補給を絶たれた軍隊は弱い。それはマダガスカル駐留のフランス軍にも言える事だ。

 エチオピアの戦況も落ち着き始めた事から、【出雲】はマダガスカルの独立勢力に武器弾薬の供与を始めていた。

 この為に補給を絶たれたフランス軍の勢いは落ち、補給を受け始めた独立勢力は勢いを増した。

 こうしてフランス軍は独立勢力によって徐々に押され始め、その数を減らしていった。

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 イラン王国は地理的な理由から、長年に渡ってロシア帝国の圧迫を受けて、領土を次々に奪われていた。

 今回、イラン王国が宣戦布告を行って攻め込んだトルクメニスタンとアゼルバイジャンは、以前はイラン王国の支配する地だった。

 民族が違うから、必ずしもイラン王国の侵攻は現地の住民に歓迎された訳では無い。

 しかし、イラン王国から見れば、ロシアに奪われた領土を取り戻す聖戦という位置づけになっていた。

 この為に王朝交代で混乱する国内制定を急いで推し進め、実戦を積んだ精強な軍隊を用意した。

 それにイラン王国がロシアに攻め入る時は、必ず支援すると【出雲】と密約を結んでいる。

 事実、エチオピア方面の戦闘が落ち着き始めた現在、五隻の飛行船がイラン王国の支援についていた。


「ロシアは我々の領土を力づくで奪っていった。しかし【出雲】の支援もあって、ようやく我々は雪辱を果たす機会を得られた!

 見よ! 我が軍の上空には【出雲】の飛行船があり、我々を支援してくれる! 恐れるものは何も無い!

 アラーの御心のままに、失われた領土を取り戻すのだ! 全軍、進軍せよ!!」


 こうして、聖職者の聖戦の呼びかけもあり、熱気に駆られたイラン王国はトルクメニスタンとアゼルバイジャンに軍を進めた。

 尚、トルクメニスタンはまだ発見されていないが豊かな地下資源有しており、アゼルバイジャンはバクー油田を有している。

 このバクー油田がロシアに残らなくなれば、史実とはだいぶ違う経緯を辿るだろう。

 その為にも、【出雲】はイラン王国への支援を惜しむ事は無かった。

 また、【出雲】の支援によって建設された工場群は、大量の武器弾薬を製造してイラン王国の侵攻軍を支えていた。

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 トルコ共和国の前身はオスマン帝国であり、こちらもイラン王国と同じくロシア帝国の圧迫を受けて次々に領土を失っていった。

 今回、トルコ共和国が攻め込んだグルジアとクリミア半島も、以前はオスマン帝国の領土だったがロシアに奪われたものだ。

 現在の現地の住民はトルコ共和国と関係無い人間も多いが、ロシア帝国に反発しているのも事実だ。

 その為に、トルコ共和国は領土を奪還するのでは無く、現地の独立勢力の支援要請に基づく出兵という立場をとった。

 黒海艦隊を撃滅した【出雲】艦隊は二手に別れ、一つは黒海でトルコ共和国の支援を、残りはリビア防衛に向かった。

 こちらにも【出雲】の飛行船五隻が、トルコ共和国軍を支援している。

 【出雲】艦隊と飛行船の支援があれば、積年の怨みのロシア帝国に勝てると判断したトルコ共和国軍の士気は高かった。


「我々を長年苦しめてきた黒海艦隊は【出雲】艦隊の前に敗れ去った! 我々には【出雲】艦隊と飛行船の支援がある!

 グルジアとクルミア半島の住民はロシア帝国の圧政に喘いでいる! 我々は彼らを支援して、独立させるのだ!

 それがロシア帝国に対する報復になる! 積年の怨みを晴らす時は今だ! 全軍、進軍を開始せよ!」


 ロシア黒海艦隊が敗れた為に、黒海の制海権は【出雲】艦隊にあった。

 以前から用意していた輸送艦に多くのトルコ共和国の兵士が乗り込み、クルミア半島目指して進んでいった。

 また、陸路でグルジアに兵を進めていった。


 グルジアの隣はアルメニアで現在はトルコ共和国の領土になっているが、アルメニア人が多く住んでいる。

 史実の第一次世界大戦の時、反逆を恐れてオスマン帝国はアルメニア人の虐殺を行った。その事が後々の問題になった。

 その為、アルメニア地方は自治領として、将来は独立させる事で虐殺を未然に防ぐ方策を採った。

 グルジアを保護国として対ロシアの防衛ラインを構築できれば、アルメニアの重要性は低下する。

 それに自治領にする事でトルコ共和国の余分な出費を抑えて、アルメニア人の能力に彼ら自身の未来を委ねた。

 又、トルコ共和国のグルジア侵攻は現地の独立勢力を支援するもので、カフカス山脈までの占拠を目的にしていた。

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 ロシア帝国軍の上層部は、イラン王国とトルコ共和国への対応に追われていた。


「駄目です! 兵力不足の為にイラン王国の攻撃を防ぎきれません! このままでは防衛ラインを突破されてしまいます!」

「バクー油田の防衛隊の損害率が二割を超えました! 飛行船の爆撃もあり、弾薬不足に陥っています!」

「黒海艦隊が撃滅された事で、現地で深刻な士気の低下が見られており、脱走兵も増え続けています!

 現地からは増援の矢の催促です! どうされますか!?」

「カフカス山脈の陣地に深刻な被害が発生と連絡が入りました! トルコ軍と現地の革命軍の激しい攻撃を受けています!」

「……欧州方面の兵力をアジアに移動させた後にシベリア鉄道を破壊、そして手薄になった足元を攻めるか。してやられたな。

 増援を送りたいが手元にある兵力は無い。シベリア鉄道の復旧を急がせろ! それまでは何としても持ち堪えろと厳命しておけ!」


 大兵力をアジアに派遣して、それを欧州に戻す事の出来ないロシアに打つ手は無かった。

 遊兵を作り出した結果だ。司令官の顔は真っ赤になり、屈辱に歪んでいた。

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 李氏朝鮮の民兵に引き続いて清国陸軍をも退け、最後の敵であるロシア軍まで撤退に追い込んだ東方ユダヤ共和国軍は、

 無人の京畿道を慌てる事無く、ゆっくりと進軍していた。援軍である日本陸軍は、途中で進軍を中止して待機している。

 以前は李氏朝鮮の国民が住んでいた地だが、清国軍やロシア軍の略奪に何度も遭った事から住民は皆無だった。

 彼らは元国王の高宗が居る平安道に逃げ込んでいた。東方ユダヤ共和国軍が進む先には、広大な無人の地が広がっていた。


「長く辛い戦いだったが、放棄されたこの地を占領してやっと終わりだ。

 かなり破壊されているが、壊すのをやってくれたと思うと気が楽だよ。残された住民も全然いないからな」

「空からの偵察は頻繁に行っているが、油断は禁物だ。洞窟などに隠れていないとは断言できないからな。

 李氏朝鮮や清国軍の兵士の遺体がゴロゴロしているし、強制拉致したと思われる慰安婦も見つかっている。

 生きている人間が居るなら、保護して平安道まで送り届けるんだ。第三国の従軍記者もいるから、扱いには注意しておけよ」

「このまま前進を続けて、京畿道、江原道、黄海道を占領する。黄海道方面の部隊はそこで停止して国境ラインの構築を進めるが、

 江原道を占領した部隊は前進を続けて咸鏡道全域を占領する。これで李氏朝鮮の支配領土は平安道に限定される。

 日本海に面している領土は全て我々のものとなるが、渤海方面の領土は残しておくそうだ」

「何で全部を占領しちゃ駄目なんだ? 勝ったからには全部を奪っても良い筈だ。それが常識だろう?」

「そうなると、李氏朝鮮の元々の住民の面倒まで見なくちゃ為らなくなるだろう。

 だったら、領土を残しておいて彼らの自主努力に任せた方が良い。自尊心の高い彼らを支配すると、千年は怨まれるそうだからな。

 あまり関わりに為らない方が長期的に我が国のメリットになる。上層部で決定された事だ」

「……これで我が国の領土が、一挙に倍以上に増えるんだな。それは嬉しいんだが、日本は北方の広大な領土を占領しているんだろう。

 日本は領土を一気に数倍に増やした。それは俺達がロシア軍を引き付けたお陰だ。何か日本はずるくないか?」

「確かに日本の方が増える領土が圧倒的に多い。しかし、これも前々からの上層部同士の約束らしいからな。

 日本人は祖国の防衛に協力して血を流してくれたし、同盟国としての責務を果たした。あんまり文句を言うもんじゃ無い。

 それに日本が占領した領土は広大だが、寒冷地過ぎて生活するには適さない。俺なら普通に住める土地を選ぶよ」


 占領地に残っていた李氏朝鮮の住民は、平安道に送還される事が最初から決まっていた。これも後々の問題を回避する為だ。

 清国やロシア軍の慰安婦の扱いを含めて、それらの様子は第三国の従軍記者によって、正確に記録された。

 ユダヤ人は血を流して領土を得たが、日本はそれ以上の広大な領土を得た。

 その事に不満を感じるユダヤ人も居たが、日本が得た領土が酷寒の地という理由の為に、問題が大きくなる事は無かった。

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 ロシア帝国は広大な領土を持つ大国であり、その動向は世界の注目を集めるに相応しい存在だ。

 そのロシアは周辺国家に次々に兵を進め、徐々に領土を拡大していった。

 イギリス帝国相手に、世界を盤にしたグレートゲームを繰り広げていると言われた所以だ。

 そのロシアが東方ユダヤ共和国と日本に宣戦布告を行った時点で、現在の状況を予想できた人間が世界に何人いるだろうか?

 世界中の大部分の人達は、ロシア帝国の勝利を疑わなかった。それほどロシア帝国の国力は日本を上回っていた。

 そのロシアが新興国の東方ユダヤ共和国を攻めあぐねて、樺太(サハリン)やカムチャッカを含む東部の広大な領土を

 日本に占領された事は大いなる驚きだった。

 さらにトルコ共和国とイラン王国を扇動して、ロシアの足元に攻撃を仕掛けさせたとあって、大いに世界の注目を集めていた。


「あのロシアが逆に攻められるとはな。いい気味だ。このまま負けて領土を失えば、俺達の痛みも分かるだろう!」

「日本の出方が気になるな。清国の内陸部に進出しないと言いながら、サハリンやカムチャッカに兵を進めている。

 確かにあそこは清国の内陸部じゃ無いが、日本は領土欲が無かったんじゃ無いのか!?」

「日本は領土を欲していないとは言ってはいない。確かに清国の内陸部に進出していないから、嘘を言った訳じゃ無い。

 それにしても、イラン王国やトルコ共和国まで巻き込んだ世界規模の戦争になってきたな。

 これを仕掛けたのは日本だろう。まったく、何時から日本はこんな戦略を考えていたんだ!?」

「中東に【出雲】を立ち上げた時からかもな。だとしたら、相当な策士がいる事になる。巫女の神託の可能性もある。

 それにしても、ロシアの兵力をアジアに引き付けておいて、シベリア鉄道を破壊して戻れなくするなんて悪辣だ。

 ロシアに怨みを持つイラン王国とトルコ共和国を扇動するあたりも嫌らしいもんだ」

「日本陸軍が規模を縮小した事は間違い無い。実際に激しい陸戦を戦ったのは、主に東方ユダヤ共和国とエチオピア帝国だ。

 日本は陸軍を派遣しているが少数で、大勢に影響は無い。その少数の陸軍をロシア侵攻に使うとは思わなかったぜ」

「最初は威勢が良かった清国とフランスは、めった打ちだ。

 特に清国はイギリスとアメリカ、ドイツの露骨な占領地拡大があるから、余計に勢いを失っている。下手をすれば国が滅びる。

 イタリアやフランスが講和を探っているという噂もあるし、この戦争もそろそろ決着がつくのかな」

「ロシア皇帝の出方次第だな。あのロシア皇帝が負けっぱなしや領土を失われた状態で停戦するとも思えない。

 まだまだ戦争は続くんじゃ無いのか? あの日本でも、占領した広大な領土を直ぐに統治できるはずも無いからな」

「日本はロシアの広大な領土を手に入れた。東方ユダヤ共和国もだ。一気に倍以上に増えたんだからな。

 【出雲】はジブチをエチオピア帝国から貰い受けるだろう。マダガスカルはどうなるか分からんが。

 後はイタリア王国がどう出てくるかだ。まさかリビアを諦めきれずに【出雲】と戦おうものなら、本土に大きな被害を受けるぞ」

「フランスはアジアの権益の大部分を失い、ジブチをも失った。マダガスカルも失うだろう。

 アフリカの植民地まで奪われるかも知れないと、慌てて講和の糸口を探っている。さて、どうなる事やら」

「今回は世界中を股にかけた大戦だ。どう決着がつくか、見ものだぞ!」


 戦争の当事者でも無く、生活に影響無い一般市民は、高みの見物を決め込んでいた。

 強大なロシア帝国が小国に負けるのは、何処か気持ちの良いものを感じさせる。

 それでも関係国だったり、政治に関わる人達はそうもいかない。今回の戦争で日本が示した力は十分な脅威だ。

 日英同盟を結んだが、結局は情報提供のみのイギリス政府上層部は、今回の戦争について話し合っていた。


「……結局、ロシアと清国、フランスとイタリア相手に日本と【出雲】は完勝だ。こんな事なら、日英同盟の必要は無かったな」

「馬鹿な事を言うな! 確かに我が国はボーア戦争の痛手が癒えてないから、情報提供しか出来なかった。

 しかし同盟を結んだからこそ、日本は観戦武官の乗船を許可して、清国の南部の切り取りを勧めてきたんだ。

 もし同盟を結んでいなかったなら、我が国の清国の権益が大幅に失われていた可能性があるんだぞ!」

「日本に戦いを挑んだフランスが良い例だな。僅かに広州湾一帯の権益が残るだけで、それ以外のアジアの権益は全て失われた。

 艦隊を再建しても、マラッカ海峡のリアウ諸島要塞は突破できないだろう。つまり、フランスがアジアの権益を取り戻す事は無い。

 アフリカのジブチを失い、マダガスカルも失いつつある。日本が何処で矛を収めるかは分からんが、フランスが大損するのは確定だ」

「イタリアもそうだな。エリトリアとソマリアを失うのは時間の問題だ。リビアの侵攻を諦めても、【出雲】の報復は避けられまい。

 講和の仲介依頼もある事だし、どうするかだな。我がイギリスとしては、イタリアがあまりに弱体化しても困る」

「【出雲】艦隊はロシアの黒海艦隊を撃破した後、艦隊を二分して一つはリビア防衛に向かわせている。

 イタリアが致命的な被害を受ける前に停戦に持ち込まないと拙い。さて、どう日本を説得するかだな」

「正直言って、日本がここまでの技術を持ち、トルコとイランまで巻き込んだ遠大な反攻作戦を計画しているとは思わなかった。

 技術戦と謀略戦は完敗だよ。我が国はカムイ級に対抗できる戦艦や長距離魚雷の開発を進める必要はあるが、日本の協力が必要だ。

 我がイギリス帝国が日本に教えを請うのは釈然としない感情はあるが、背に腹はかえられぬ」

「最初は日本を支援してやる程度に考えていたが、ここまで情勢が変わるとは考えてもいなかった。

 寧ろ、日英同盟の改定を行って、積極的に日本の技術を導入するべきだろうな。あの日本の力を我が国の為に活用すべきだ。

 我が国も譲歩するべきところは譲歩して、日本の譲歩を引き出すんだ。今の日本と対立するメリットは何処にも無い!」

「そうだな。同盟を結んだ東方ユダヤ共和国に、義理堅いと言える支援と領土拡張を持ちかけている。

 我が国にも広東省と江西省、湖南省の囲い込みを勧めてきた事から、日本が同盟国を重視しているのは明らかだ。

 エチオピア帝国やイラン王国、トルコ共和国にも領土拡張の利益があるように仕向けている。

 お人好しとは思わぬが、義理堅いのは間違いは無い。やはり日本と同盟強化の方針で良いだろう」

「カナダ西部とオーストラリア、ニュージーランドを失ったが、広東省と江西省、湖南省を得られれば、かなり助かる。

 日本は雷州半島から広西省、貴州、雲南、四川を経由してチベットに至る『雲南横断鉄道』を計画している。

 莫大な投資が必要になるが、完成すれば豊富な資源を背景にした一大経済圏が完成する。

 それに我々の管理する広東省と江西省、湖南省を加えれば、さらに発展する事は間違い無い。是非とも日本に打診するべきだな」

「それと【出雲】が建設中の『中東横断鉄道』にも何とか食い込みたい。【出雲】を中心にしてサウジアラビアを通り、紅海に達する。

 逆方向は【出雲】からイラン王国を経由して、トルコ共和国に達する遠大な計画だ。

 数々の建設用重機を製造している日本と【出雲】ならではの建設計画だ。イラン王国の石油の件もある。

 何とか中東に食い込みたい!」

「ドイツが地中海に面するベイルートからバクダットまでの鉄道建設を計画していると聞くが、比べ物にならんな。

 まあ良い。今は日本の技術を取り込み、我がイギリス帝国を発展させる事が最優先だ。

 まずはイタリアとの講和を提案し、日英同盟の改定で技術交流を進める事にしよう」


 今回の日本と【出雲】の実力は、世界帝国であるイギリスの目にも脅威に映った。

 しかし日本とは同盟を結んでいる。ならば敵対するより協力した方が、何かと利益はある。

 こうしてイギリスの方針は決定され、戦争終結に向けて動き出した。

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 ロシア周辺で激しい戦闘が繰り広げられていたが、それに関係無い国もある。

 世界は広い。いくらロシア周辺で戦争が行われていても、それに関係の無い国の方が圧倒的に多かった。

 それらの国々にアジアや欧州での戦争の影響は少なく、何時も通りの生活が続けられていた。


 アメリカは日本の勧告に従って現地の有力者を取り込んで、清国の江蘇省と安徽省の占領地を徐々に拡大していった。

 同時にフィリピンのサマル島の要塞化や南フィリピン共和国の開発を進めていた。

 日本が参戦した当初、負けるようならマリアナ諸島を占拠しようと考えたが、状況が変わった今では口に出す人間はいない。

 大掛かりな戦争をしなくても清国での占領地が増えるとあって、今のアメリカはそちらに全力を注いでいた。


 ペルーの開発は主にハワイ王国を拠点に行われており、日本が戦争中でも変わらずに進められていた。

 現地の人達の教育が進み、建設した工場群の稼動は順調に行われている。

 日本やハワイとの民間交流も進み、農地開拓も進んでいる事から、ペルーは地域大国への道を歩み始めていた。

 アメリカを含む列強の進出はあるが、最近では民族資本も育ってきていた。

 当初、日本がロシアと清国、フランスと戦争する事が報道されると不穏な空気が漂ったが、戦果が報道されると平穏を取り戻していた。


 フィリピンは日本と東方ユダヤ共和国が主体になって開発が進められていた。

 日本の支援はあまり変わらなかったが、東方ユダヤ共和国の一部の人間は本国に引き上げていった。

 この為に資金や資材、機械はあるが、人材不足という状態になり、これを解消する為に現地の人の教育をさらに進めた。

 その為、最初は問題が多発したが、何とか技術を習得して、現地の人による開発速度が向上する結果になった。

 一時期はフランスが攻めてくる可能性もあって騒然としたが、フランス東洋艦隊が敗北した事から不安は払拭された。

 主な外敵と呼べる存在は無く、マイペースの開発が行われていた。


 インドネシアもフィリピンとほぼ同じ状況だ。こちらは日本とタイ王国が主体で開発が進められていた。

 急ぐ必要は無いとして、国民の生活安定を優先して開発が進められている。

 一時期はフランスの侵略がありえるとして騒然としたが、フランス東洋艦隊が早期に撃滅された事で国民に安堵感が広がっていた。

 石油を含む多くの地下資源は、日本と東方ユダヤ共和国、ハワイ王国に輸出されており、国民の生活レベルも徐々に向上している。

 オランダ王国からの賠償金が順調に入っている事もあり、国民は幸せな未来が待っていると信じていた。


 ハワイ王国は今回の戦争については、殆ど影響は受けていない。

 国内の工業力もかなり上がり、ペルーの開発支援を行っている事から経済が活性化している。

 神殿という心の拠り所がある為に、国民は安心して生活を営んでいた。

 実際に『バハムート』が定期的に出現して、欧米の船舶を一切拒んでいる。

 清国の資源の輸出が途絶えた為に、日本は南米の資源輸入を拡大していた。その為に、ハワイを経由する輸入物資は激増していた。


 タイ王国は今回の戦争に間接的に関わっていた。史実のラオスに住んでいた回族(以前に雲南省に住んでいた人)に支援を行い、

 清国の雲南省に送り込んで独立運動を進めさせた。タイ王国が直接関わった訳では無く、陽炎機関の主導だった。

 尚、コーラート台地の開拓は計画通りに続けられ、貧しかった広大な台地は次第に豊かな台地へと変貌を遂げていた。

 各地の鉱山開発も同時に進められ、その地下資源は日本と東方ユダヤ共和国に輸出されていった。

 食料生産量も激増した事から、輸出量が年々増加していた。


 ベトナムとカンボジアはフランスの植民地だった。しかしフランス東洋艦隊が敗れ去り、現地のフランス軍が第一遊撃艦隊の砲撃で

 大きな被害を受けると、陽炎機関が準備していた独立組織が一斉に蜂起した。

 フランス軍は補給を絶たれて劣勢であり、独立は時間の問題だろう。

 しかし、カンボジアは以前にベトナムやタイ王国から圧迫を受けた経緯もあり、隣国関係は良くは無い。

 これらを調整して、近代化を進めなくてはならないのは頭痛の種だった。

 それでも時間的余裕があるだろうから、急がずにゆっくりと進めれば良いと考えられていた。


 東方ユダヤ共和国は旧李氏朝鮮の民兵の攻撃を受け、次は清国陸軍、最後はロシア陸軍の猛攻を、被害を出しながらも耐え続けた。

 飛行船や海上砲撃、それに日本陸軍の支援もあったが、その防衛戦の功績はユダヤ人のものだ。

 長い防衛戦を耐え抜き、やっとロシア軍を敗退に追い込んだ事で、国中が沸きかえっていた。

 二千年以上にも渡る流浪の末に、やっと自分達の祖国を建国できた。それを失う訳にはいかないと、ユダヤ人の護国の意志は固い。

 ロシア軍の撤退に伴って国防軍が前進を開始し、既に京畿道、江原道、黄海道を占領下に置き、現在は咸鏡道を占領中だ。

 しかし朝鮮半島全土を占領する気は無く、李氏朝鮮に配慮して彼らの領土は残しておく。

 そして住民を保護する名目で、占領下の住民は李氏朝鮮の勢力が残っている平安道に送還していた。

 占領地が自分達のものになれば、国土面積は一気に倍以上になる。戦勝国の権利で、新たな領土が手に入る。

 それらが民間に噂として流れて、東方ユダヤ共和国の国民の意識を高揚させていた。

 被害も大きく厳しい戦いだったが、同盟を結んだ日本の協力もあって、やっと外敵を退ける事に成功した。

 まだ戦争が終結した訳では無いが、国民の多くは戦後の開発計画の発表を待ち望んでいた。


 李氏朝鮮という国はロシアに併合されて消滅した。それに伴って、全ての外交関係は途切れた。

 だが、働き盛りの男を民兵として徴発する以外は、特にロシアは李氏朝鮮の領土の統治に関与して来なかった。

 ロシアに余裕が無かった事もあるだろう。

 その結果、ロシア領にはなったが、平安道の平壌を中心に李氏朝鮮の自治領的な組織は運営されていた。

 働き盛りの男を徴発されたり、清国軍やロシア軍の略奪に遭った為に、穀物生産量は激減して人口は約400万人まで減少していた。

 それでも旧国王である高宗と王妃の閔妃を中心に、組織は運営されていた。

 そして日本と東方ユダヤ共和国の合意の下、李氏朝鮮は残される事が決定していた。


 清国の惨状は目を覆うレベルに達していた。露清密約に乗じて日本と東方ユダヤ共和国に宣戦布告を行ったが、敗北を重ねた結果だ。

 沿岸部の施設は徹底的に破壊され、黄河や長江の各施設も河川砲艦や小型艦の砲撃で上流に至るまで甚大な被害を被った。

 軍が大きな被害を受けただけでは無く、河川沿いにある物資集積所や食料倉庫も大きな被害を受けていた。

 この為に国内が大混乱に陥っていた。その原因は、日本軍の攻撃ばかりでは無い。各地で様々な動きが出ていた。

 雲南省を中心に貴州省と広西省、四川省と広東省の一部を含んだ独立運動が活発化していた。

 鎮圧する為に兵を派遣しようとしたが、イギリスが広東省を中心に江西省と湖南省の支配を進め、アメリカが江蘇省と安徽省を、

 さらにはドイツが山東省と河南省の支配を進めた結果、北京から兵を派遣する事もできずにいた。

 チベットは、史実のチベット地域を含んだ四川の西部地域から青海省、新疆省、甘粛省を自国の領土と主張して

 清国側の人間が立ち入る事を禁止すると連絡してきた。同時に関係断絶を通告して、領土宣言した地域の清国の官吏を追放した。

 一部では戦闘が発生しているが、日本からの支援で近代化を進めてきたチベット軍に対抗する事は出来なかった。

 モンゴルも清国との関係断絶を通告してきて、日本寄りの立場を正式に表明していた。

 満州はいまだロシア軍の占領下にあり、清国は短期間で全土の半分以上が失われる危機に晒されており、西太后は顔を青褪めていた。

 日本が清国と戦うのは、日清戦争と義和団の乱に続いて三度目だ。

 これ以上の戦いは望むものでは無いと、これを機に日本は本格的な中国分断に動いていた。


ウィル様作成の地図(日本周辺版)

 満州総督府は皇帝の厳命で満州を守ろうと、奉天に軍を集結させると同時に、シベリア鉄道とハルビンの工場群の修復を急がせていた。

 シベリア鉄道が動かないので、欧州方面に兵を戻せない。ならば、まずは満州の防衛に全力を注ぐ時だと判断していた。

 サハリンやカムチャッカの奪還は現在では無理だと諦めていた。ヤクーツクもだ。

 距離があり過ぎる為に、行軍中に飛行船の爆撃が行われては辿りつく事さえ不可能に近い。

 日本軍は占領地に要塞を建設中だが、まずは追撃しているだろう東方ユダヤ共和国軍に備える事が優先されていた。

 兵力はまだまだ優位を保っているが、補給が上手くいかない為に数の優位を生かせていない。

 尚、ロシア軍が朝鮮半島から撤退した後は、日本の飛行船による空爆は行われてはいなかった。


 イラン王国は今までロシア帝国から受けていた雪辱を果たそうと、熱心にトルクメニスタンとアゼルバイジャンに兵を進めていた。

 遅ればせながら、現地に対してロシアから解放された時には独立させて、イラン王国寄りの政権を樹立させる事を約束した。

 ロシア軍だけで無く現地の不満分子までも相手にしたくは無いという理由からだ。

 現地のロシア軍は多数の兵をアジアに派遣した為に少数であり、イラン王国は有利に戦いを進めていた。

 しかし、ロシア軍は出来る限り兵を集めてアゼルバイジャンに送り込んでいた。

 アゼルバイジャンにはバクー油田がある。それを奪われては為らないと、激戦が展開されていた。

 トルクメニスタンは正直見捨てた。しかし、バクー油田だけは守り通すつもりだ。

 そのロシアの抵抗も飛行船の空爆で徐々に削がれていき、イラン王国の優勢は変わらなかった。


 トルコ共和国は陸続きのグルジアと、黒海を渡ったクリミア半島に兵を進めた。

 こちらは現地政府の樹立の支援という立場を最初から採っている事もあり、現地の独立勢力の協力もあって順調に戦果を上げていた。

 特にクリミア半島については、【出雲】艦隊の支援効果は大きかった。

 海上からの砲撃でロシア側の増援は容易に遮断できた。その為に、補給を絶たれたロシア軍は防戦一方になっていた。

 飛行船の爆撃もある。こうしてグルジアとクリミアについては、トルコ共和国は有利に戦いを進めていた。


 サウジアラビアはアラビア半島の大半を支配しているが、建国して間もない。人口も少なく、満足な産業やインフラは無い。

 国土の大部分を荒地と砂漠が占めているので、仕方の無い事だと言えるだろう。

 その為にインフラ導入は全て【出雲】に頼っていた。【出雲】は戦争中だが、民生や産業分野の生産量の減少は最低限に抑えられた。

 以前から自動生産ラインの導入を進めていた事もあり、軍需物資生産を増やしても民生と産業分野を支える工業力を備えていた。

 その【出雲】によって、『中東横断鉄道』の建設が進められている。

 完成すれば物資輸送だけでは無く、電気や水の供給が容易になる。並行した道路や様々なパイプライン施設も将来的に予定している。

 サウジアラビア国内で言えば、【出雲】と首都のリヤドを経由して、紅海にまで接続する。

 逆方面は【出雲】からイラン王国を経由して、トルコ共和国に至る路線の建設も、戦時中でも進められていた。


 マダガスカルはフランスの植民地だが、フランス主力艦隊が敗北した事で独立運動の真っ最中だった。

 武器弾薬を【出雲】から運び込み、現地のフランス軍を相手に優位に戦いを進めている。

 【出雲】艦隊の別働隊が周囲を警戒している為に、邪魔が入る事は無い。既に独立は約束されていた。


 エチオピア帝国は攻め込んで来たイタリア軍を、エリトリアとソマリアの沿岸部まで押し返していた。

 【出雲】艦隊の支援は無いが、補給物資は順調に運び込まれている。イタリア軍への補給路は責任を持って【出雲】が遮断している。

 ここまでくればエチオピア単独で、イタリア軍に対応できる。

 ジブチはエチオピア軍が占拠しており、講和がなれば【出雲】に引き渡す予定だ。

 そしてエチオピア帝国がエリトリアとソマリアを獲得すれば、念願の海洋国になれる。

 宿敵だったイタリア王国に勝利できると、エチオピア軍は熱心に攻撃を行っていた。


 リビアはイタリア軍の侵攻に対して、最初から防戦一方だった。独立間もなく工業化が進んでいなかった為もあり、

 武器弾薬は全て【出雲】からの空輸が頼りだった。海上戦力もドデカネス諸島の第五警備艦隊だけで、積極的な攻撃は出来なかった。

 状況に変化が出たのはイタリアの主力艦隊が敗北して、その後にバルチック艦隊とフランス主力艦隊が負けた後だ。

 自由を得た【出雲】艦隊は黒海艦隊を撃滅した後、二手に分かれた別働隊がリビア防衛の任についた。

 主力艦隊を失ったイタリアは、【出雲】艦隊と正面決戦する事は避けた。

 この為に橋頭堡は砲撃で破壊され、リビア侵攻軍への補給も途絶えている。

 イタリアが講和を望んでいるという情報も入ってきており、リビア政府には安堵感が広がっていった。


 ギリシャは1829年にオスマン帝国から独立した。その後も汎ギリシャ主義を掲げて、オスマン帝国との関係は悪化していた。

 1897年にはクレタ島の独立を巡って戦争が起きたほどだ。(希土戦争)

 ギリシャにとって、【出雲】の支援で近代化を推し進め、あのロシア帝国に戦いを挑むまでに大きくなったトルコ共和国は脅威だった。

 イタリアに引き続き、ロシアとフランスの主力艦隊に勝利した【出雲】が、トルコ共和国の背後にいる。

 そう考えると、自然とギリシャの態度も大人しくなっていった。

 オリンピックに招かなかった事で、日本がハワイ王国で関係国だけ集めたスポーツ大会を行った事は知っている。

 つまり日本と【出雲】はギリシャに良い感情を持っていないのは推察できた。

 日本と【出雲】の逆鱗に触れないようにと、ギリシャはトルコ共和国への干渉を控えていた。


 イタリアはパニック状態になっていた。自国の主力艦隊が敗北した後、バルチック艦隊とフランス主力艦隊が【出雲】艦隊に敗北した。

 それだけでは無く、エチオピア侵攻軍への補給路を完全に絶たれ、黒海艦隊を撃滅した【出雲】艦隊の分隊がリビア防衛についたという

 情報が入った時点で、イギリスに講和の仲介を依頼していた。

 戦っても勝てる相手では無いと認めざるを得ない。エリトリアとソマリアの軍は壊滅状態にあり、失陥は止むを得ない。

 リビアの攻略も諦めざるを得ない。膨大な賠償金を請求されるだろうが、本土が攻撃されて占領されるよりは良い。

 何より、国土を守りカムイ級に対抗できる戦艦を建造して、海軍を再建しない事には先に進めない。

 そんな空気がイタリア政府上層部に漂い、エチオピアとリビアの攻略軍には降伏命令が出されようとしていた。


 フランス共和政府も大混乱の真っ最中だ。アジアで日本と東方ユダヤ共和国の反撃が始まった事は知っている。

 あのロシア相手に反撃に出る事は驚きだが、イラン王国とトルコ共和国をも巻き込んだ反攻作戦を実行するとは予想外だった。

 フランスはアジアからは叩き出され、ジブチは占拠され、マダガスカルも日本の誘導で独立運動が激化している。

 このままではアフリカの植民地も奪われて、さらにはフランス本土にも被害が出るのでは無いかと不穏な空気が漂っていた。

 こうなると、講和するしか道は無い。

 アジアの権益は失われて莫大な賠償金を請求されるだろうが、本土を攻撃されて大きな被害を受けるよりは良い。

 そしてカムイ級を超える戦艦を建造して、再び世界に打って出る時を待つしか無いと政府上層部は判断していた。

 この為に、ロシア帝国に講和の申し込みの圧力をかけていた。


 スペインは1898年の米西戦争で敗北したが、日本の仲介でアメリカと講和した。

 その結果、多くの領土を失ったが、まだ残っているものもある。それらの関係で、スペインと日本の交流は進んでいた。

 フィリピンに残ったスペイン権益は、開発が進むにつれて収益も増えている。パラオは日本が租借しているが、そこからの収入もある。

 スペイン本土にも【出雲】の製品が流れ始めて、スペインの工業力の向上に寄与していた。

 関係が深まった事から淡月光の欧州向けの大型工場が建設され、スペイン経済を活性化させている。

 これらの理由もあって、スペイン国民の日本と【出雲】に対する好感度は高い。

 そして今回のロシアと日本の戦争を、不安な視線でスペイン国民は見つめていた。

 しかし、戦況が徐々に伝えられると大きな衝撃を受けていた。

 まさかフランスをアジアから叩き出し、イタリアとロシア、フランスの主力艦隊を敗北に追い込むなど想像すらしていなかった。

 陸戦も優位に進んで、アジア方面にロシア軍を引き付け、欧州方面にイラン王国とトルコ共和国を攻め込ませるなど、羨望に値した。

 まだ戦争が終結した訳では無いが、【出雲】がエーゲ海のドデカネス諸島に進出し、リビアにまで影響力を持った事を考えると、

 地中海を使った交易拡大や技術交流の重要性が政府や市民の間で囁かれ始めていた。


 オランダ王国は1899年の米蘭戦争で完敗し、インドネシアが混乱に乗じて独立した事から海外植民地の全てを失った。

 嘗ては世界に覇を唱えた事もあるオランダだが、その国土は狭く、海外植民地を失っては他の列強と競う事さえも出来ない。

 そればかりでは無い。オランダ女王(23歳)がインドネシアに出向き、正式な謝罪を行った事で権威は地に堕ちた。

 この時代、白人国家の王族が有色人種に頭を下げて謝罪するなど、あり得ない事だった。

 アメリカとインドネシアに莫大な賠償金(一部は十年の分割支払い)を支払い、本国の西フリージア諸島をアメリカに割譲する事に

 なってしまった。プライドが高いオランダ人にとって、耐えがたき事態だろう。

 海外植民地を失った事で、多くの職業軍人が解雇されて失業率は大幅に増えていた。


 西フリージア諸島にアメリカが色々な施設の建設を進めて、それがオランダ経済に刺激を与えている事が救いだろうか。

 海外事業部が秘かに運営するシーボルト商会は役割を終えたとして、スウェーデンに本拠地を移している。

 どん底と言えるオランダ王国だが、ある事件を契機に国が持ち直すようになっていくのはかなり後の事だった。

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 紅葉の季節になっていた。

 正直言って、現在のロシアの状況は厳しい。

 日本は樺太(サハリン)、カムチャッカ半島、チュコート半島、アナディール高原、ユガギール高原の支配を進めていた。

 レナ川の上流のヤクーツクに恒久要塞を建設して、中央シベリアまで進出する気配もある。

 東方ユダヤ共和国軍の追撃に備えて、奉天まで撤退してロシア軍は陣を張っていたが、いくら待っても攻め込んで来ない。

 ユダヤ人が占領したのは朝鮮半島だけであり、東方ユダヤ共和国軍が満州に進軍しないので反撃も出来ない。

 シベリア鉄道の復旧に手間取り、アジアの兵力を欧州に戻せないので、イラン王国とトルコ共和国は着々と占領地を拡大させている。

 ロシアが大国である事は、誰もが認める事だろう。

 そのロシアが寄って集って弱小国に袋叩きの目に遭っているなど、ニコライ二世にとって容認できる事では無い。

 しかし、現在は空と海の戦力を喪失し、陸軍も上手く使えなく、打つ手が無いのも事実だ。

 戦争の為に税は上げられ、市民生活を直撃している。その為、各地で市民の暴動が発生していた。(血の日曜日事件も発生していた)

 ロシア国民の皇帝崇拝の念は薄れ、民心が皇帝から離れつつあった。

 そんな中、首都サンクトペテルブルクに、日総航空から一時的にレンタルした分を合わせて、計八十隻の日本の飛行船団が飛来した。

 ロシア国民はとうとう日本の反撃が栄光あるロシアの首都にまで及んだのかと、慌てふためいていた。


「ま、まさかあれは日本の飛行船なのか!? この歴史あるサンクトペテルブルクが攻撃を受けると言うのか!?」

「中央シベリアの東側を占領中だと聞いてたが、ここまで日本軍は攻め込んでくるのか!?」

「日本は全飛行船戦力をサンクトペテルブルクに投入したのか!? 逃げろ! 爆弾が降ってくるぞ!」

「おお、神よ! 我らを助けたまえ!」

「ちくしょう! これも日本の巫女の神託の結果だと言うのか!? 死んだら化けて日本を呪ってやる!」


 飛行船で敵の首都を直撃したのは、日清戦争が最初の事だ。(実際には模擬弾)

 その日本は本気で、サンクトペテルブルクを火の海にするのでは無いかと市民は恐れた。

 今のロシアに日本の飛行船を迎撃する手段は無く、皇帝であるニコライ二世も絶望した。

 しかし、八十隻の飛行船は宮殿に模擬弾を落とした後は、講和を要求する大量の印刷物を撒き散らした後は静かに去っていった。

 日本は情けを掛けたのか!? 胸中、穏やかならぬ気持ちで自室に戻ったニコライ二世は、机に置かれた手紙を見て衝撃を受けた。

 机の上には日の丸が印刷された封筒があった。だが、こんなものはニコライ二世の記憶には無い。

 あの飛行船が襲来した隙に、日本の手の者が宮殿の最奥部にある皇帝の自室に忍び込んだと考えるしか無い。

 日本が黒装束の忍者と呼ばれる工作員を大掛かりに使用して、各地の破壊工作を行っているという報告は受けている。

 それでも自分の住む宮殿は大丈夫だと信じていた。それが覆された。

 ニコライ二世は手を震わせながら封筒を開けると、中に一枚の便箋があった。

 その内容はロシア語で書かれていた。それを読みきると、ニコライ二世は呆然として便箋を床に落としていた。

 そして翌日、ニコライ二世は日本に講和の使者を送るように指示を出していた。

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 史実では、日本とロシアの講和はアメリカが仲介した。

 しかし今回のアメリカは清国の占領地を拡大する事に熱心であり、動く事は無かった。

 史実では戦艦ポチョムキンの反乱が発生したが、今回は黒海艦隊が壊滅していたので反乱は発生していない。

 ロシアの各地で民衆の暴動はあったが、それはニコライ二世の命令で鎮圧されていた。

 これらの事から、待っていても講和会議が行われる可能性は低いので、天照機関は能動的に動いて講和会議の準備を進めていた。

 イギリスからイタリアとの講和の仲介の申し込みがあった事もあり、頃合と見て戦争終結へ動き出した。

 まだ戦争を継続する余裕はあるが、被害は少ない方が良い。長期戦略に従うと、あまりロシアの力を削ぎ過ぎても拙い。


 まだ各地で戦闘は続いていて、その先行き次第で講和会議が決裂する可能性もある。早急に会議の準備を進めなくてはならなかった。

 やっと戦争終了の目処がついた事もあり、天照機関のメンバーは落ち着いた雰囲気で会議を行っていた。


「イタリアはエチオピアとリビアの侵攻軍に降伏命令を出した。エリトリアとソマリアの沿岸部にまで追い込まれていたから、

 エチオピア侵攻軍については当然の処置だが、有利に戦いを進めていたリビア侵攻軍にまで降伏命令を出すとは予想外だったな」

「リビア侵攻軍も橋頭堡は破壊されて、補給の目処が無いんだ。被害が少ないうちに戦いを切り上げようとしたんだろう。

 判断が早い事は評価できる。これでアフリカの戦闘は終了だ。イタリア兵捕虜の返還も合わせて、早急に講和会議を開く必要がある。

 イタリアはロシアとの講和会議とは別に行うから、調整の手間が省けて助かる」

「イタリアとの講和会議の出席メンバーは、【出雲】とエチオピアとリビアだな。場所は近い【出雲】で良いだろう。

 艦隊の威容を見せ付けて、【出雲】の発展ぶりを見て貰えば講和も順調に進む。この辺りは【出雲】の山下に一任する」

「あまりイタリアを追い詰めても仕方が無い。エチオピアについてはエリトリアとソマリアを引き渡せば十分だろう。

 問題はリビアだ。賠償金だけで済ますのか? それで現地が納得するのか?」

「多額の賠償金を吹っかけて、イタリアを追い詰めるのは良策では無い。

 ある程度の賠償金は貰うが、寧ろイタリアの力を使って、リビアとエチオピアの開発を進めた方が良いと考えている。

 イタリア国民の永住は認められないが、一時的な労働者として受け入れて、港湾施設や道路や鉄道などのインフラ整備を義務付ける。

 敗戦国だがイタリアは地中海で大きな影響力を持っているからな。イタリア経済の刺激にもなるし、労働者の職の確保にもなる。

 リビアとエチオピアの資源や食料輸出の餌をぶら下げれば、イタリアは飛びついてくるだろう」

「そんなに甘くて良いのか? 敗戦国から搾取するのが今の常識だぞ。甘い処分は、イタリアがつけ上がるだけじゃ無いのか?」

「ここでイタリアに温情を与えれば、後々で地中海で影響力を行使できる。スペインも巻き込んでリビアの開発が行えればと考えている。

 【出雲】単独でエチオピアとリビアの開発は無理だからな。それと日本が敵国にも配慮する国として、国際的な信用が上がる」

「ふむ。ではリビアの地下資源を餌に使って、イタリアとスペインの協力を呼び込むか。

 イタリア人の永住者を認めなければ、エチオピアとリビアの主権が揺らぐ事は無い。

 それに【出雲】が控えているから、再び戦いを仕掛けるほど短慮では無いだろう」

「利をもってイタリアとスペインを誘導して、こちら側に引き込む。将来を考えれば、その方が良い。

 下手に多額の賠償金を吹っかけて、破産させてファシズムに走られては、困るのはこちらだ。今はあの地域の安定を優先させる。

 イタリアが欲張りなのは確かだろうが、それは他の列強や我が国もそうだからな。

 その辺はエチオピアとリビアにもきちんと説明すれば、分かってくれるだろう」


 エチオピアとリビアは、イタリア軍の侵略の為に大きな被害を受けていた。多額の賠償金を請求するのが、今の時代の常識だ。

 しかし、両国とも近代化が進んでいるとは言い難く、エリトリアとソマリアはイタリアの植民地だったが碌な産業は無い。

 だったら賠償金を減額して、代わりにリビアとエチオピアのインフラ整備をイタリアに義務付ける方が将来的なメリットになる。

 イタリアにもメリットを提示して、スペインも呼び込めば暴走する事は無いだろう。

 こうしてイタリアとの講和の方向は決定して、エチオピアとリビアに根回しする事が決定された。


「次はロシアと清国、フランスとの講和だ。こちらは我々日本と東方ユダヤ共和国、イラン王国とトルコ共和国を交えた七ヶ国だ。

 ふむ。こちらも講和会議は【出雲】で良いだろう。我々と清国が些か遠いが、仕方あるまい」

「アジアの戦闘は落ち着いたが、まだイラン王国とトルコ共和国の戦闘は続いている。マダガスカルもだ。

 講和会議は早い方が良いが、調整もあるから年明けがいいところだろう。早速手配を進める」

「既に冬に入ったからな。満州のロシア軍も動けまい。我が方も恒久基地の建設が間に合って、一個師団が越冬する。

 東方ユダヤ共和国も占領地の支配を進めているが、早く終戦にしたいものだ」

「李氏朝鮮は併合されたが、ロシアは放置している。あそこから東方ユダヤ共和国に協議の使者が何度も来ているが、断っている。

 早く結論を出さないと、彼らが可哀想だ。我々が交渉してロシアから独立させるとなれば、彼らがどんな反応を示すかな?」

「自尊心の高い彼らだ。我々の要求でロシアから独立できる事を、恩に感じる事は無いだろう。

 寧ろ、勝手に宗主国を奪うなと文句を言ってくる可能性もある。まったく困ったものだ」

「その辺は彼らの自主性に任せよう。これで日本海とは切り離せた。残っていた接点も、これで完全に潰せた。

 日本海への不法投棄や拉致問題の発生を事前に防ぐ事ができる。『東海』などという馬鹿げた問題も発生しない。

 彼らは史実で日本人を精神的に隷属させようとしたが、我々にそんな気は無い。相互に無干渉状態が築ければ十分だ。

 彼らとの交渉はユダヤ人に任せる。新たに得た領土で、今までより倍以上になった訳だからな。

 多少の面倒は、ユダヤ人に我慢して貰おう。証拠はきちんと記録してあるから、後から言い掛かりをつけてきたら潰すだけだ」

「ユダヤ人が新たに得た領土の開発を考えると、十年以上は我が国に建設資材の発注が来る。人材派遣も含めてな。

 今の国土でもまだ開発しきれていない場所もあるんだ。これで戦争特需が終わっても、我が国の経済が不況になる事は無い」

「基本的にイラン王国とトルコ共和国が攻め込んでいる地域は、ロシアから奪う事になる。

 我々の占領した地域もそうだし、東方ユダヤ共和国も同じだ。このままじゃ、ロシアは収まらないだろう。

 だからこそ、ロシアの主張も認める訳か」

「ああ。一番の貧乏籤を引くのは清国になる。

 チベットとモンゴルの完全独立と雲南共和国の建国を清国に認めさせ、イギリスやアメリカ、ドイツの占領下の地域も認めさせる。

 今回の講和会議で占領地を清国に認めさせるように、イギリスとアメリカ、ドイツから秘かに要請が入っている事だしな。

 後は賠償金をいくらぐらいにするかだ。これは会議の流れに従う方が良いだろう。欲張り過ぎても仕方が無い」

「雷州半島の割譲を要求するのでは無かったのか?」

「あそこは雲南共和国の領土だ。そして雲南共和国を支援する代わりに、我が国が領有する形を取る。他の関係国と同じようなものだ。

 『雲南横断鉄道』が完成すれば、我が国の領土から直接チベットまで行ける。

 清国からは多額の賠償金を貰って、鉄道建設費に当てさせて貰おうか。それと可能な限りの資源だな」

「イギリスとアメリカ、ドイツは貪欲に占領地を拡大させていた。我が国もロシアの領土を奪ったから、偉そうに批判できんがな。

 清王朝の権威も地に堕ちた事だし、残った土地は史実より遥かに小さくなった。これで中国分断計画の第一段階が終わる。

 隣国とは言え、三回も戦争を行えば十分だ。ここまで勢力を削いでおけば、二度と戦争を起こす気も無いだろう」

「清国はな。しかし、後で漢民族が再興してくる。中華主義に染まった彼らだ。

 必ず周囲と問題を起こすだろう。列強がどう扱うかが見物だよ」

「フランスのアジア権益で残るのは清国の広州湾一帯だけだ。ベトナムとカンボジアは独立準備に入っている。

 南太平洋のフランス領は、全て我が軍が占領している。エチオピア帝国からジブチが【出雲】に引き渡されるのは決定だ。

 後はマダガスカルを独立させて【出雲】の保護国にすれば十分だろう」

「イタリアには飴を出す予定だが、フランスには無いのか? 文句を言ってくるのでは無いか?」

「ベトナムとカンボジアは近いからな。我が国で開発を進めた方が良いだろう。あまりフランスをアジアに近づけたくは無い。

 火山噴火を事前に警告して被害を減らしたのに、戦争を仕掛けてきた経緯があるから、あまり信用はできない。

 マダガスカルの資源を餌に、近代化に協力させるのが精々だな。賠償金もきっちり請求する。ジブチは【出雲】の管轄だ」

「それが無難か。他のアフリカの植民地にまで口出しする気は、今のところは無いからな。その辺で手を打つのが良いだろう。

 勿論、フランスと清国からは賠償金をせしめるがな」

「飛行船による脅迫の後に、ロシア皇帝は例の手紙を見て講和会議に応じた。という事は、あの条件に基本的に合意したという事だ。

 文句を言ってくるのは清国だけだろう。講和会議の成功は間違い無い」

「後でイギリス辺りが文句を言ってくるかも知れんが、今回の戦果を見れば自分達の権益は守られると思うだろう。

 イギリスから日英同盟の改定の提案が来ている。これで少しは各国に恩を売れるな」


 参加国が多い為に、ロシア・フランス・清国との講和会議は来年に行われる事になった。

 講和会議の事は世界に発表され、多くの耳目を集めていた。


 人とは己の持つ器の範疇でしか、物事を判断する事は出来ない。

 今のところ、天照機関は己の器量の範囲内で、最善とは言わないが良い結果を出してきた。

 だが、一般市民の視野が狭い人が、深慮遠謀に基づく決定に異を唱える事は多々ある。

 全ての人達を納得させる必要性を天照機関のメンバーは認識しておらず、自らが理想と考える方向に強引とも言える手法を採っていた。

 それは時に軋轢を生むが、結果が良ければ一時的に不満を持っていた人達も静かになる。

 十人居れば、十人なりの考え方がある。十人全員を納得させる必要は無く、半数以上の合意が取れれば上等だと考えていた。


 モンテネグロ王国というバルカン半島の小国は、ロシア側に立って日本に宣戦布告を行った。

 小国であり、アジアまで兵を出す余裕も無い国だ。それでもロシア帝国の優勢を信じて、戦勝国として果実を得ようとした。

 日本はまともに取り合わず、第三国の大使館経由で真意を確認したところ慌てて撤回する羽目になった。

 以後、日本と【出雲】はモンテネグロ王国に関わる事は無かった。

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 イタリアとの講和会議は【出雲】で行われた。参加国はイタリアとリビアとエチオピア帝国、それと【出雲】の四ヶ国だ。

 【出雲】艦隊が一望できる小高い丘の上の迎賓館で、講和会議が始められた。

 リビアとエチオピアの全権代表は何度も【出雲】を訪れていたが、イタリア代表は初めてだ。

 その為に、講和会議の三日前に【出雲】に到着して、各施設を見学していた。

 【出雲】艦隊を筆頭に、飛行船部隊の整備を行う巨大な飛行場、大型クレーンを装備した巨大な港湾施設、それと沿岸部一帯に

 広がる巨大な工場地帯、中にはイタリアにも無い巨大造船所もある。武器弾薬や色々な民生品を造る工場施設もある。

 十階建てぐらいの大きな鉄筋コンクリートのマンションが、軒を並べている様子は圧巻だ。

 それらの施設(一般見学コース)を見て、イタリア代表は【出雲】に戦争を仕掛けた事を後悔していた。

 この【出雲】の実態を最初から知っていれば、戦争など起こさなかっただろうと思うと胸が痛んだ。

 祖国イタリアは戦争に敗れた。これから敗戦国の宿命として、多額の賠償を支払わねばならない運命が待っている。

 それでも困難を乗り越えて再起してみせると不屈の精神で講和会議に臨んだイタリア代表は、山下の最初の説明に目を大きく見開いた。


「エリトリアとソマリアのエチオピアへの割譲は、最初から諦めていた事だから問題無い!

 しかし、エチオピアとリビアへの賠償金はそんな額で良いのか!? しかもエチオピアとリビアの開発を我が国に依頼するだと!?

 正気なのか!? 今までの常識ではありえない!?」

「我々としては、貴国を追い詰める事が目的ではありません。あくまで自分達の繁栄が目的なのです。

 ご存知の通り、エチオピアの近代化は進みましたが、まだ途上です。リビアに至っては、殆ど手をつけていません。

 貴国の植民地だったエリトリアとソマリアも、全然インフラや産業が整備されていません。

 これを貴国に責任を持って、開発を御願いしたいと思っています。その為に賠償金は名目だけの額に下げました。

 代わりに、現地のインフラ整備と農業開拓は貴国の負担で行っていただきたい。

 電気設備や専用車両は【出雲】から供給しますが、その他の必要資材は貴国の負担で手配して下さい。

 永住権は認められませんが、労働者の派遣も貴国からです。その労働者の住居と食事はこちらが責任をもって用意します。

 その見返りといっては何ですが、エチオピアとリビアの資源と食料は、優先的に貴国に販売します。

 この条件は既にエチオピアとリビアの代表も承認済みです。後は貴国の判断次第です。

 言い忘れてましたが、ソコトラ島沖海戦で鹵獲した艦隊と捕虜は無条件にお返しします。

 エチオピア軍とリビア軍のイタリア捕虜も同じです。我々が責任を持って、貴国にまで送り届けますよ」

「……信じられぬ。確かにエチオピアとリビアのインフラ整備は大きな負担だが、賠償金の代わりと思えば安いものだ。

 労働者を我が国から派遣すれば、職の確保にもなる。地下資源や食料が優先的に入る条件も魅力的だ。

 鹵獲した戦艦と捕虜を返してくれるのも有難い。しかし、こんな上手い話があるはずが無い!

 【出雲】は我々を騙そうとしているのか!?」

「疑い深いですね。【出雲】としては無用な争いはしたくは無いのです。確かにこの講和条件はイタリアに甘いでしょう。

 ですが、エチオピアとリビアにも利益はあるのです。お互いにメリットがあるのですから良いと思いますが、信じられませんか?

 我が国としてもイタリアと友好関係を結ぶ事ができれば、地中海の安定確保に繋がります。

 ああ、リビアの開発にはスペインも名乗りをあげています。イタリアの独占開発には為らないでしょうが、問題はありませんね?」

「……【出雲】は支配による発展では無く、協調による発展を望むという事か。

 分かった。山下代表が提案された条件を、有難く受け入れる事としよう。我が国も繁栄を望んでいる。

 争う事無く繁栄ができるのなら、それを受け入れるのが当然の事だろう。

 貴国とエチオピア、リビアとの協力関係を深めていく事を、ここで約束させていただこう!」


 鹵獲した艦艇とイタリア軍の捕虜の返還が、これで決定した。

 講和会議で議決された内容は、即日全世界に向けて発表され、大きな反響を呼んでいた。

 この日はクリスマスイブであり、イタリア人捕虜の家族にとっては大きなクリスマスプレゼントになった。

 この内容は出雲条約と呼ばれ、後々の戦争終結処理のお手本となるのは、かなり後の事だった。

 後世において『IELI戦争』と呼ばれる対イタリア戦争は、こうして平和的な雰囲気で終了した。


ウィル様作成の地図(中東版)

 閉店していた淡月光のイタリア支店は再び営業を始めた。

 そしてイタリア政府の特別便宜もあって、場所を従来の五倍の広さの一等地に移す計画を進めていた。

 さらにリビアとエチオピアに対して、キリスト教の宣教師の立ち入りは一切禁じられた。

 ローマ教皇庁からクレームが来たが、ハウメア教の司祭をバチカンで布教させる許可を要求すると、沈黙するだけだった。

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(あとがき)

 戦争は終結に向けて動き出しています。ロシアどんな講和内容になるか、ご期待下さい。


(2013.10.20 初版)
(2013.11.03 改訂一版)
(2014. 3.30 改訂二版)




 管理人の感想
とりあえず戦争終了ですが、ロシアをはじめとした国々はボロボロですね。
イタリアは比較的寛大な講和条件で戦争を終わらせることができましたが、ロシアはどうなることやら。
何しろロシアに攻め込んだ国々も納得しないといけませんし。
しかし遠路はるばるロシア帝国の首都を直撃できる飛行船団……凄まじいインパクトでしょうね。
第一次世界大戦はさぞ愉快なことになりそうです。