季節は冬から春に移り変わろうとしていた。まだ寒い日が続いているが、春の息吹が時々は感じられるようになっている。

 東方ユダヤ共和国と日本の連合軍に対して、ロシア帝国(李氏朝鮮は併合して消滅)・清国・フランスの戦いは空と海では決着したが、

 まだ陸の決着はついてはいない。そしてアラビア海では、【出雲】対イタリア王国・フランスの戦争が始まろうとしていた。

 そんな状況下で、天照機関の会合が行われていた。


「緒戦でロシアの飛行船団を壊滅させて、満州総督府のハルビンに大打撃を与えた事が、最近になって効果が出始めた。

 軍需物資を焼き払われたロシア軍は、かなり補給に苦しんでいるらしい」

「そろそろ雪解けだから、ロシア軍は本格的に動くだろう。まだまだ陸軍兵力では圧倒的にあちらの方が多いんだ。油断は禁物だ。

 それと清国軍の様子はどうなのだ? ロシア軍が本格的に南下する前に清国軍を撃退しないと、数に圧倒されてしまう!

 今が各個撃破するチャンスなんだ。この機会を逃すと、我々の方がジリ貧になってしまうぞ!」

「清国軍は東方ユダヤ共和国の防衛陣地を強引に攻めていますが、多くの被害を出すだけで陣地は一つも陥落していません。

 それと飛行船で輜重部隊を集中的に狙ったので、清国陸軍は深刻な物資不足になっています。

 かなりの食糧難に陥ったようで、周辺地域は根こそぎ略奪に遭っています。虐殺も確認できました。

 もっとも、民間人の大部分は北部に逃げ込んでいます。戦争後は無人の地になるでしょうから、我々にとっては好都合です。

 清国陸軍は約十万人を失い、食糧難や弾薬不足もあって士気は地に落ちています。敗退するのは時間の問題と思われます。

 我が国の支援もあって東方ユダヤ共和国軍の士気は高いですから、次のロシア軍が来ても防衛ラインの維持は可能でしょう。

 それと渤海と黄海を含めた清国の沿岸の施設は、尽く灰燼と化しました。

 清国の海軍艦艇は徹底的に破壊し、輸送船や漁船も激減しています。再建には長い時間と莫大な資金が必要になります。

 ロシアの旅順要塞も無効化できましたし、我々がアジアの制海権を握っています」

「ふむ。ロシア軍の南下を待って、我が国も能動的に動くとするか。春の訪れを待っていたのは、我が軍も同じだ。

 幸いにも当初の計画通りの資材は準備できた。今から動けば次の冬が来る前に、要所に永久陣地を建設する事ができる。

 それはそうと、ベトナムとカンボジアの解放は順調に進んでいるが、清国の広州湾はどうする? 施設を破壊して占拠はしないのか?」

「フランスと徹底的に敵対するつもりはありませんからね。

 とは言え、ベトナムとカンボジアは解放して、ニューカレドニアとフランス領ポリネシア、ウォリス・フツナは貰い受けます。

 特にニューカレドニアはオーストラリアとニュージーランドに近く、『白鯨』による封鎖を行い続ける関係から好都合な場所です。

 これでアジアに残るフランスの植民地は、清国の広州湾一帯だけになります。

 イギリスの手前、あまり大きな権益は残せませんがね。少しはフランスに恩を着せる事ができるでしょう。

 後は売却前の河川砲艦や小型艦艇を投入して、清国の河川沿いの軍と政府の施設を徹底的に破壊します。

 これで清国の衰えは決定的なものになるでしょう。既に回族の蜂起準備は陽炎機関の方で進めてあります」


 予想外に早く参戦する事になったが、何とか戦況を有利に持っていく事ができた。

 清国とフランスの参戦は想定外だったが、こちらも何とか対応する事ができた。

 『災い転じて福と為す』という諺があるように、フランスの参戦を機会にベトナムとカンボジアを独立させる方向で動いている。

 それと【出雲】の戦いが上手くいけば、マダガスカルもフランスから独立できる可能性もある。

 清国については、これを機会に徹底的に力を削いで、各地で独立運動をさせる予定だ。

 ロシアについても撃退するだけでは無く、ある長期的計画に従った作戦を進めていた。

 激しい陸戦を戦っている東方ユダヤ共和国に、報いなくてはならないという事情もあった。

 戦争をしたからには、何処かで元を取る事が必要だと出席者全員は考えていた。


「ロシア陸軍が気になるが、アジア方面は少しは落ち着いてきたな。空と海では我々が圧倒的に有利だ。

 以前からの備蓄もあるから、国内産業は軍需に偏る事無く輸出も順調だ。

 欧州向けは激減したが、アジアやアメリカ向けの輸出で穴埋めしている。残る大きな問題は【出雲】だな」

「ウラジオストック艦隊と旅順艦隊があっさりと敗れた事で、ロシアがバルチック艦隊の派遣を決定した。

 これがどう絡んでくるかだ。マラッカ海峡を抑えるリアウ諸島要塞と正面から戦うとも思えない。

 我が帝国海軍に挑もうとするならそれでも良いが、フランスとイタリアと組んで【出雲】の攻略に来られたら厄介だ。

 単体戦力はこちらが上でも、数の暴力には敵わないからな」

「早めにイタリア海軍と決着をつけた方が良いだろうが、【出雲】単独でイタリア海軍に対抗できるのか?

 奥の手を使えば造作も無いだろうが、まだまだ手の内を晒す時では無いだろう」

「『神威級』と『風沢級』は現在の世界標準と比べると戦闘力は高いですが、隔絶している訳ではありません。

 同クラスの艦船と比較して、約二倍の戦闘力といったところです。数に差があると、圧倒されてしまうのは仕方の無い事です。

 今回は駆逐艦と護衛艦の見せ場を作ります。各国の観戦武官に、新兵器と新しい戦術を披露しますよ」

「その辺は任せる。エチオピア帝国とリビアを救う為には、決定的な勝利が必要な事を忘れるな!」


 イタリア王国は以前から海軍の整備を進めていたので、【出雲】艦隊を遥かに上回る規模を誇っていた。

 如何に単体戦力で勝る艦艇を持っていても、数の暴力には敵わない。単純に倍の戦闘力を持っていても、敵の数が三倍なら圧倒される。

 しかし、それを挽回できる戦術と、それを可能にする兵器を用意してあるなら話は別だ。

 イタリアの飛行船部隊を真っ先に壊滅させて制空権は確保してあるが、【出雲】の飛行船は数が少なくて補給物資の空輸に忙しい。

 リビアでは防戦が続き、エチオピアでは激戦が続いている。早急に戦況を立て直す必要があった。

 それにはイタリア海軍を殲滅して、制海権を得る事が【出雲】艦隊に求められていた。


「話は変わるが、史実では戦費の調達にだいぶ苦労したはずだが、今回は大丈夫なのか?」

「今まで輸出で稼いで、蓄えてきた資金もある。臨時国債や外債を発行しなくても大丈夫だ。

 史実では約三割が海外の支払いで消えたが、今回は工業力が上がっているから大部分が国内調達で賄える。

 それと祖国の危機とあって、世界中のユダヤ資本家からの寄付が東方ユダヤ共和国と我が国に寄せられている。資金面で問題は無い」

「ふむ。歴史が史実と乖離を始めたとあって心配していたが、このような変化は有難い。

 ユダヤ人を味方につけた事で、こんなメリットがあるとは思わなかったぞ」

「言い忘れていましたが、アメリカで少し動きがあります。史実では年末に行われたライト兄弟の飛行機の発明ですが、

 今回は時期を早めて、夏頃になりそうです。ダミー商社を経由して、少し援助しています」

「ふむ。飛行機が実用化されれば、今の飛行船は役に立たなくなる。今回の戦争では大活躍したが、退役は時間の問題か。

 列強は今回の飛行船の戦果を見て開発に血眼になるだろうが、それが直ぐに退役とは世知辛い世の中になったものだ」

「それが世の流れというものだろう。飛行機の開発は陣内に全て任せるが、我が国が突出するのは拙い。

 他の列強と足並みを揃えて開発しないと、また目をつけられる。まだ手を付けない方が良いだろうな」

「飛行機の前に『神威級』に列強は大きな衝撃を受けている。あれに対抗する為の建艦競争が始まりそうだ」


 持てる技術の全てを投入すれば、日本人の血を一滴も流さずに勝利は手に入る。

 しかし、そのような事をしては人は育たずに、後が続かない。他からの信頼も得る事が出来なくなる。

 それに現在の世界標準を遥かに超える技術を日本が持っていると、知られる訳にはいかない。

 世界を征服をするのでは無く、天照機関は友好国との共存共栄を目指していた。その為には多少の苦難は当然の事と割り切っていた。

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 清国軍の司令部は深刻な状態に陥っていた。

 東方ユダヤ共和国の陣地攻略の切り札と考えられていた日本製の自走砲は、飛行船の空爆により大部分が破壊された。

 そればかりでは無い。日本の飛行船は輜重部隊を重点的に狙った為に、深刻な食糧と弾薬不足に陥っていた。

 周辺地域を根こそぎ略奪したが、それでも食料は満足に集まらずに脱走兵も多くなってきている。

 李氏朝鮮の民兵のような無謀な突撃はしないと考えていた為に、残された手段は山岳部を経由した少数部隊による侵攻作戦だ。

 これにより東方ユダヤ共和国の陣地を後方から襲撃すれば勝機があると考えられていたが、それも尽く失敗していた。

 まさに手詰まりだった。しかし、最高権力者(西太后)の厳命もあって、撤退は出来ない。そして食糧は確実に減っていた。

 残されたのはアヘンを大量使用して、兵士の判断力を奪って突撃を繰り返す事だった。

 そうしなくては、司令部の食料確保でさえ危うくなってきている。

 飛行船の空爆によって清国軍は継戦能力を奪われて、李氏朝鮮の民兵と同じ運命を辿ろうとしていた。

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 日本とロシアの戦争が始まったのをチャンスと判断して、イタリア王国は【出雲】とエチオピア帝国、リビアに宣戦布告を行った。

 底が見えない日本だが、ロシアと清国、さらにはフランスの三ヶ国を相手に戦っては、【出雲】に援軍を出せる余裕など無い筈だ。

 そのチャンスに時間と費用を掛けて整備した艦隊で【出雲】を叩き潰して、エチオピアとリビアを手に入れる計画だった。

 若干の準備不足はあったが、それでも二十万の侵攻軍を組織して、五万をリビアに、残り十五万をエチオピアに差し向けた。

 【出雲】の邪魔は入らずに、計二十万の侵攻軍は被害を受けずに上陸する事ができた。しかし、問題が起きたのはそれからだった。


「また輸送船が襲撃されただと!? これで八回目だぞ!? まだ輸送船団を襲撃している艦隊を撃滅できないのか!?」

「今回は駆逐艦を護衛につけたのですが、輸送船と一緒に駆逐艦三隻も撃沈された模様です!

 小規模な艦隊らしいのですが、とにかく足が速くて砲撃精度も我々を遥かに上回っているようです!」

「言い訳は良い! とにかく襲撃を繰り返す【出雲】艦隊を早急に撃滅するよう、司令部に要請しろ!

 このままでは補給路を断たれた我々は餓死してしまう! 急げ!」


 リビアは距離的にイタリアに近い。エチオピアより少ない兵力だが、増員は容易に出来る。

 首都のトリポリを落とせれば楽になったのだろうが、事前調査では大量の機雷で封鎖されている。

 その為にベンガジに橋頭堡を築き、そこから占領地を順次増やす計画を立て、大量の輸送船で補給物資を運び込んでいた。

 侵略部隊の命綱とも言えるその物資の補給路を、【出雲】籍のドデカネス諸島の第五警備艦隊が次々に襲撃していた。

 その行動は神出鬼没で、イタリア艦隊は第五警備艦隊を補足しようと何度も試みたが、一度として艦影を見る事は無かった。


「くそっ! リビアの奴らはかなり性能が良い武器を持っているらしいな。それに夜間襲撃など味な事をしやがる!

 これも【出雲】の奴らの梃入れの為か!?」

「【出雲】はイランやトルコに軍の指導を行う為の教導部隊を派遣しています。それがリビアにもあるのでしょう。

 今までの情報ではリビアの兵士が、ここまで組織だった抵抗をする事はありませんでした」


 リビアに上陸した侵攻部隊は内陸部でゲリラ兵の襲撃に遭って、占領地を拡大できないで苦戦している。

 補給物資への襲撃が深夜に頻繁に行われ、指揮官を狙った狙撃や夜間襲撃も行われていた。


「くそっ! エチオピアの奴らは要衝に陣地を構築して待ち構えていやがる! 大砲を備え付けてあるから、突破は容易じゃ無い!

 早く後方から大砲を前線に持ち込むよう司令部に要求しろ!」

「エチオピアの方が射程が長いらしく、広範囲に渡って我が軍に被害が出ています。

 【出雲】の補給を絶たなければ、我が方の不利は覆せません!」

「それが出来るなら、さっさとやっている! 今は目の前の陣地の攻略に全力を注げ!」


 エチオピア帝国に攻め込んだ侵攻部隊は、堅固な陣地を突破できないで、被害を徐々に増やしていた。

 戦果が上がらない最大の理由は、【出雲】が飛行船を使用して必要な物資を空輸しているからだ。

 イタリア本国から送られてくる補給物資も、次々に輸送船が襲われているから不足気味だ。

 中々戦果が上げられないイタリア王国の上層部に、アジアの戦況が伝えられた。

 ロシアが用意した三百隻の飛行船部隊が残らず壊滅して、フランス東洋艦隊が日本の艦隊に敗北したという内容だ。

 最新情報では、ロシアのウラジオストック艦隊と旅順艦隊の敗北の報告が入ってきていた。

 今までの戦艦とは一線を画す新型戦艦を日本が実戦投入した事は、イタリア王国の上層部に大きな衝撃を与えていた。


「我が国の飛行船部隊は五十隻だったが、初戦で【出雲】の飛行船に殲滅されてしまった。首都への爆撃が無かった事は幸いだ。

 ロシアの三百隻もの飛行船団が全滅した事を考えると、止むを得ない事と判断するしか無いだろうな。

 しかし【出雲】の飛行船による空輸で、リビアとエチオピアの攻略が進んでいないんだ。何とかしないと拙い!」

「飛行船で軍需物資をリビアとエチオピアに運び込んでいるから、抵抗が激しくて占領が進まない。

 やはり飛行船の弱点である着陸時に強襲するしか無いのか?」

「無理だ。リビアもエチオピアも内陸部の安全なところに離発着場を用意している。そんな内陸部まで強襲部隊を派遣できない。

 やはり【出雲】の本体を落とさないと、リビアとエチオピアは手に入らない」

「たしかに【出雲】の技術力を侮る事は出来ないが、陸軍は少ないからペルシャ湾に入り込めれば楽々と占拠できる。

 問題はペルシャ湾入り口のラーラク島に、堅固な要塞がある事だ。要塞を突破するのは容易な事ではないぞ。

 それにフランス東洋艦隊を撃破した新型戦艦までいると聞いている!」

「伝えられた情報を分析するだけもカムイ級の性能は素晴らしい。それに準じた装甲巡洋艦まであるからな。

 しかし、【出雲】艦隊は戦艦二隻と装甲巡洋艦二隻しか無い。幸いな事に、エチオピアの支援に向かって出撃したと情報が入った。

 単独でカムイ級に対抗できる戦艦は無いが、戦艦の数は我が艦隊の方が四倍以上もある。数の暴力で【出雲】艦隊を押し潰す!

 その後に多少の被害は覚悟の上で、ラーラク島の要塞を落として【出雲】を攻略すれば良い!」

「敵の敵は味方という理屈で、フランスのジブチ駐留艦隊が我が艦隊に協力する事になっている。

 まずは【出雲】艦隊を潰さないと、先には進めない。このままではリビアとエチオピアの派遣部隊が消耗してしまう」

「フランスは本国艦隊とアフリカの植民地艦隊を出撃させたと聞くが、そちらの協力は無理なのか?」

「我が国はフランスと元々関係が悪いからな。そこまでは無理だ。今回はジブチに危険が迫っている為の暫定的なものだからな。

 ジブチ艦隊は【出雲】艦隊に攻撃される可能性が高いから協力するだけだ。

 それにフランス艦隊はロシアのバルチック艦隊と共同歩調を取る予定だと聞く。そこまでフランスを当てにするべきでは無い!」


 イタリア王国がエチオピア攻略に差し向けた艦隊は、戦艦八隻、装甲巡洋艦八隻、駆逐艦十五隻、水雷艇二十五隻もの大艦隊だ。

 上陸部隊の護衛と補給路の確保が主任務だが、この艦隊をもって【出雲】艦隊を撃破するつもりだった。

 戦艦二隻、巡洋艦三隻、駆逐艦五隻のフランスのジブチ駐留艦隊も、今回は協力して【出雲】艦隊を攻撃する手筈になっている。

 数に劣る【出雲】艦隊は無謀にもエチオピアの支援に向かってくる。ラーラク島の要塞砲の庇護下に無い今が、撃滅のチャンスだ。

 迎撃海域はソコトラ島沖に決定され、エチオピア派遣艦隊とフランスのジブチ駐留艦隊に命令が伝えられた。


「リビアに届ける補給物資を積んだ輸送船の被害が馬鹿にならん。襲ってくるのは軽巡洋艦を旗艦とした小艦隊というではないか。

 こちらを先に始末できんのか!?」

「何度も強襲を試みたが、逃げ足が速くてな。首都のトリポリを落とそうにも、周囲を機雷で封鎖している。

 ベンガジの橋頭堡は確保してあるから、そこから占領地を拡大させるのが優先だ」

「輸送船を襲撃しているのは、ドデカネス諸島所属の【出雲】の警備艦隊だ。

 こちらの動きが分かっているように、素早く動いて捕捉できない。航行速度は小型艦だけあって、我が方より速いからな。

 しかし【出雲】を落としてしまえば、抵抗できまい。もう少しの我慢だ」


 イタリアはリビアの攻略も手間取っていた。それを邪魔するのが、【出雲】の警備艦隊に過ぎないというのも癪に障った。

 しかし、【出雲】本体を陥落させられれば、小癪な抵抗も消え失せる。

 こうしてソコトラ島沖で【出雲】艦隊を殲滅しようと、イタリア側の準備は着々と進められていた。

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 ハルビンにあるロシア帝国の満州総督府は、皇帝であるニコライ二世の勅命を受けて混乱していた。

 莫大な費用と長い時間を掛けて用意した三百隻もの飛行船団が、初戦で何の戦果も上げらずに全滅してしまった。

 さらにハルビンの住宅街や工場地区、倉庫群が日本の飛行船による空襲を受けて、甚大な被害を被っている。

 ウラジオストック艦隊は全滅し、旅順艦隊の半数は沈んで残りは湾内に閉じ込められてしまった。

 残存艦艇の損傷が激しくて、物資不足もあって修理も進まない。旅順要塞も甚大な被害を受けている始末だった。

 世界に名立たるロシア帝国が、新興国の日本に一方的に負ける事など許されない。

 しかし共同歩調を取っている清国陸軍の被害は甚大で、状況がこのまま推移すれば敗退は確実と判断されている。

 期待が大きかったフランス東洋艦隊は日本の連合艦隊に完敗し、アジア一帯からはロシアに味方する国の海軍戦力は皆無になっていた。

 マラッカ海峡の要衝であるリアウ諸島の日本要塞を落とさない事には、アジアに増援も派遣できない。


 この為、皇帝ニコライ二世はバルチック艦隊の大半を派遣する事を決定した。(史実はバルチック艦隊から抽出された太平洋艦隊)

 さらにフランスの本国艦隊と植民地艦隊と歩調を合わせて、【出雲】とリアウ諸島の日本要塞を落とす作戦を発動させた。

 地中海や紅海ではイタリア海軍と【出雲】艦隊の戦闘が予想され、スエズ運河の航行も疑問視された事から、

 アフリカ大陸を迂回してマダガスカルに一旦集結してから、作戦を行う計画だ。

 そしてハルビンの満州総督府に下った命令は、圧倒的な戦力で東方ユダヤ共和国を早期に落とせという命令だった。

 アジア周辺のロシア海軍は壊滅したが、陸軍戦力ではまだ圧倒的な優位にある。

 その陸軍戦力で東方ユダヤ共和国を攻め滅ぼせれば、当初の戦略目標の一部が達成する。

 まだ冬だが、春の息吹が感じられるようになってきている。行軍に若干の支障はあるが、不可能な事では無い。

 皇帝ニコライ二世の勅命に従って、ロシア帝国は欧州から兵力を送り込み、東方ユダヤ共和国を目標に南下を開始していた。


 満州総督府に勅命を出したニコライ二世は、自室で考え事をしていた。


(まさか緒戦でここまでの被害を受けるとは考えてもいなかった。飛行船を開発した日本を侮っていたか。

 ウラジオストック艦隊は簡単に全滅させられ、基地も大損害を受けた。

 旅順要塞も大きな被害を受けて、艦隊は半分は沈められて残った半数も損傷して湾内に封鎖されている。

 空と海は完敗した。しかし、まだ陸軍は我が軍が優勢だ。李氏朝鮮の民兵は殆どが失われ、清国の陸軍も敗退間近と聞くが、

 我がロシア陸軍にかかれば、ユダヤ人ごときは抹殺してくれる! いかに飛行船を持っていても、陸軍全てに大打撃は与えられぬ。

 日本が新型の戦艦を持っていても、三倍以上の戦艦で対応すれば良い! 奇襲さえ防げれば、数で圧倒できる!

 海はフランスと共同戦線を張って、【出雲】とリアウ要塞を落とす!

 我がロシアの底力を思い知るが良い! そして朝鮮半島と日本を我が物としてみせる!)


 ニコライ二世は皇太子時代に訪れた日本の事を、良く覚えていた。

 そして満州を完全に支配下に置き、朝鮮半島と日本を征服する事を強く切望していた。

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 フランスは露仏同盟に従って、日本に宣戦布告を行った。

 日英同盟のイギリスの参戦義務が生じない、中国大陸と朝鮮半島を除いた地域という限定戦争のつもりだった。

 フィリピンとインドネシアが手に入れば、それ以上の戦争をする気は無かった。攻める一方で、攻められる事は考えてはいなかった。

 しかし、負けるはずが無いと考えていたフランス東洋艦隊は、日本の連合艦隊の前に完敗していた。

 さらに清国の広州湾の軍施設が壊滅し、ベトナムとカンボジアの施設は破壊されて現地では激しい独立運動が始まっていた。

 南太平洋のニューカレドニアとフランス領ポリネシア、ウォリス・フツナは既に日本軍によって占拠された。

 増援を派遣しようにも、マラッカ海峡の要衝のリアウ諸島には、日本の第一遊撃艦隊と堅固な要塞があり、通過は容易な事では無い。

 その為、同盟を結んでいるロシアと協力して【出雲】とリアウ諸島の攻略を行う事になっていた。

 その決定をしたフランス政府上層部は、難しい表情で会議を行っていた。


「東洋艦隊が日本の連合艦隊に完敗して、広州湾の施設は破壊され、ベトナムとカンボジアは独立騒ぎか。

 南太平洋の植民地も全て奪われた。このままではアジアの我が国の権益が全て失われてしまうぞ! 早く対応しないと絶対に拙い!」

「広州湾の施設は破壊されたが、日本軍が上陸してくる事は無かった。寧ろ、清国の民衆の襲撃が頻繁に行われている。

 清国政府には取締りを強化するように要請したが、改善の見込みは一向に無い。

 ベトナムは革命勢力の攻撃が激しさを増しているが、淡月光に配慮して搾取をあまり行わなかった為に、現地の民間人の被害は少ない。

 捕らわれた軍人は、日本の収容所に入れられている。このままではベトナムとカンボジアを失うのは確実だな」

「アジアの我々の戦力は、全て失われた。増援を送り込もうにも、マラッカ海峡を抑えられているからな。

 しかもあのカムイ級の戦艦を擁する日本艦隊が待ち受けている。突破は容易では無い」

「南太平洋のニューカレドニアとフランス領ポリネシア、ウォリス・フツナに攻め込んだ日本艦隊は、

 グアム駐留の警備艦隊に過ぎなかったが沿岸砲もあっさりと破壊されて、戦艦一隻を擁した艦隊が撃破されている。

 小艦隊と侮ったかは分からぬが、日本の新型艦艇が優秀である事は認めざるを得ないだろうな」

「ロシアと清国を相手に戦う日本なら、簡単に落とせると判断したのが失敗の元か。

 まさかカムイ級という切り札を隠し持っているとは思わなかった。まんまと騙されてしまったな」

「あの日本が軽巡洋艦だけで済ませるはずが無いという事に何故気づかなかったのか!? これは軍部の怠慢だぞ!」

「陸軍を縮小して、表面上は軽巡洋艦を旗艦とする警備艦隊しか配備してこなかった。

 情報公開義務がある訳でも無く、日本の謀略に我が国だけじゃ無く全世界が騙されてしまった。

 ロシアの飛行船団を葬り去った事といい、日本はかなり前から戦争準備を進めていたんだ。

 日本はロシアの脅威に対抗しようと東方ユダヤ共和国を建国させたくらいだから、海軍戦力も準備するのも当然の事だろうな。

 そんな当然の事さえ気付かなかったのは、怠慢と言われても仕方の無い」

「恐るべきはカムイ級を八隻も秘かに建造して、秘匿していた日本の工業力と防諜能力か。

 それにしても、アジア方面の残る戦力は清国とロシアの陸軍だけだ。清国の方は撤退間近と聞く。ロシアに期待するしか無い」


 フランスのアジア方面の戦力は、ほぼ壊滅した。

 ベトナムとカンボジアでは独立運動が起きており、日本の支援もあって成功するだろう。

 その場合は、フランスのアジア権益は殆どが失われる。救いと言えば、現地のフランス民間人の被害が少ないくらいだろう。

 フランス東洋艦隊は約半数が沈み、残った艦艇は日本軍に鹵獲された。

 拘束されたフランス軍人は済州島の収容所に入れられている。取材記者によって、高待遇なのが分かったのは微かな慰めだ。

 しかし、フランスは反攻を諦めた訳では無い。アジア方面軍は壊滅したが、本国艦隊とアフリカ植民地艦隊は健在だ。

 ロシアと協力して反撃の計画を進めていた。


「ロシアはバルチック艦隊を出撃させた。我々の艦隊を合流させて、【出雲】とリアウ諸島の要塞を落とせば形勢は逆転する。

 地中海はイタリア海軍と【出雲】海軍の交戦域になっているから、アフリカ大陸を迂回した航路を取らざるを得ないがな。

 マダガスカルで合流してから出撃する。如何に要塞とは言え、まだ建設して間もない。戦力では圧倒的に我々が優位だ」

「その前にイタリア海軍が【出雲】艦隊と戦い、ラーラク島の要塞を落とせれば、我々の負担も軽くなる。

 【出雲】艦隊はジブチも目標にしているだろうから、ジブチ駐留艦隊はイタリア艦隊に協力する事になっている。

 関係が悪いイタリア海軍の支援を、我々が行うというのは皮肉な事だがな」

「敵の敵は味方だ。エチオピアを巡ってイタリアの妨害をしてきたが、アジア方面の情勢の変化の為だ。仕方あるまい。

 イタリアが【出雲】を攻略すると些か拙い事態になる。ラーラク島の要塞の無効化だけで済ませてくれれば良いのだが」

「それは無理だろう。イタリアの目的はリビアとエチオピアに支援物資を空輸している【出雲】の無力化だ。

 あわよくば【出雲】の生産施設を手に入れたいと考えているだろう。奴らが要塞攻略だけで済ませるはずが無い」

「艦隊は要塞と戦うなと古来から言われてきたが、物量を用いれば可能になるはずだ。

 それをイタリア海軍に実証して貰うとしよう。我々はアジア方面に全力を投入したいからな」

「既にマダガスカルには、艦隊補給用の物資の集約を指示している。

 各植民地でもフランス東洋艦隊とロシア艦隊の敗北の情報は知れ渡り、不穏な空気が蔓延しつつある。

 長丁場になるだろうが、ロシアと我がフランス艦隊にかかれば、日本など敵では無い事を全世界に知らしめる必要がある!

 必ず勝たねば為らないのだ!」


 フランス東洋艦隊の敗北と、ロシアの飛行船団とウラジオストック艦隊、旅順要塞と艦隊の顛末は全世界に知られていた。

 その為に、世界各地の植民地で独立運動の息吹が復活しつつある。

 さらに日本艦隊に殆ど被害を与えられずに敗北した東洋艦隊を巡って、フランス国内から大きな批判があった。

 確かにフランスはロシアと同盟しているが、日本にまで宣戦布告をする必要があったのか疑問の声が広がっていた。

 交戦状態に入った為に、イタリアと同じく淡月光の支店は閉鎖されて、ご婦人の不満は高まっている。

 産業界は真空管や無線通信機、様々な商品の輸入が途絶えて生産に支障が出るようになっていた。医療関係も同じだ。

 日本と通商がある第三国を経由した輸入で凌いでいるが、経費が余計に嵩むので改善要望の声は高い。

 フランス人の捕虜の待遇も良い事もあるし、昨年の火山噴火の事前予告で日本に借りがあると考えている市民も多い。

 こうして不満を持つ市民を宥めながらも、フランスは日本と【出雲】との第二ラウンドの戦いの準備を進めていた。

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 清国は露清密約に基づいて、東方ユダヤ共和国と日本に宣戦布告を行った。

 李氏朝鮮がロシアに吸収併合された為に、イギリスが参戦してくる事は無いと見越した判断だ。

 海軍戦力は回復していないが、まだ清国には多くの陸上戦力が残っている。

 李氏朝鮮の民兵の攻撃によって、東方ユダヤ共和国の軍は疲弊しているという分析報告もあった。

 日本上陸はロシア海軍の勝利を待って行えば良い。最初の目標は東方ユダヤ共和国を落とす事と決定されて、開戦に踏み切った。

 しかしイレギュラー続きの事態に、清国軍は壊滅的被害を受けつつあった。その報告を聞いた西太后は怒鳴り声をあげていた。


「沿岸の軍施設は大部分が壊滅して、東方ユダヤ共和国に派遣した陸軍の被害は十五万を超えているというのですか!?

 何故なの!? 東方ユダヤ共和国は疲弊して、簡単に勝てるはずでは無かったの!? 日本の海軍は弱いはずでは無かったの!?」

「日本は初戦でロシアの飛行船団を壊滅させて、制空権を確保しました。

 その日本の飛行船の爆撃によって、我が軍は甚大な被害を受けています。その為に前線では物資不足に陥りました。

 食料は現地で徴発しましたが、逃げ出している住民が多くて満足な量は入手できません。

 弾薬が無ければ、兵士は戦えません。飢餓も蔓延して、軍の士気は下がる一方です。

 日本は新型戦艦を擁した連合艦隊で、フランス東洋艦隊、ロシアのウラジオストック艦隊、旅順艦隊を次々に撃破しました。

 我が国の沿岸施設を尽く破壊し、小型艦や河川砲艦で黄河や長江の上流地域まで進出して、川沿いの施設を次々に破壊しています。

 日本は『神威級』戦艦という切り札と、高性能な飛行船の存在を隠していたのです。空と海において、我々は完璧に敗れました。

 ロシア陸軍の南下が始まったという連絡は入りましたが、我が陸軍がそれまで耐えられるかは不明です」

「そんな言い訳は聞きたくは無いわ! 必ず勝てると言ったのは誰なの!? 絶対に何とかしなさい!!

 このままでは追加の賠償金も請求されて、清王朝の存亡の危機になるわ! ちゃんと責任は取りなさい!」


 清国は北京議定書で定められた賠償金(日本の要請によって減額された)の支払いに苦しんでいた。

 列強の侵略が拡大していた事もあり、ロシアと協力すれば勝てると見込んだ東方ユダヤ共和国と日本を標的にした。

 勝てば技術と富、それに莫大な賠償金も手に入る。しかし、現実は違った。

 沿岸部の施設や大型河川の川沿いの施設まで被害を受けて、派遣した陸軍までも壊滅しようとしている。

 このままでは、日本と東方ユダヤ共和国から莫大な賠償金を請求されて、さらに負担は重くなる。

 顔を真っ赤にした西太后は、李鴻章が没した後に実力者にのし上がった袁世凱に強く命令していた。

 その時、宦官の一人は顔を真っ青にして慌てて部屋に入ってきた。


「た、大変です! 雲南省を中心に反乱が発生しました!

 以前に追放した回族が主ですが、他の少数民族も巻き込んで、貴州省と広西省にも反乱の動きが拡大しています!」

「何ですって!? 直ぐに鎮圧しなさい! どうせ碌な武器も持っていないでしょう。二度と逆らわないように徹底的に弾圧しなさい!」

「い、いえ。叛徒は豊富な武器弾薬を持ち、日本の飛行船の支援もあって、我が軍は次々に敗退しています!

 現地からは増援の要請が入ってきています!」

「日本の飛行船が支援だと!? 日本は回族と繋がって……そうか! イスラム教徒だから、裏で繋がっていたのか!?

 くうう! 北と南で挟み撃ちにするつもりか!?」

「何をしているのです!? 直ぐに鎮圧部隊を派遣しなさい!!」


 清王朝は満州族の造り上げた王朝だ。当然、漢民族より満州族を重視している。

 しかし、時代の流れで老臣だった李鴻章は没して、後を継いだのは漢民族である袁世凱だ。

 その袁世凱は内心はともかく、表立っては西太后に逆らえない。

 まだ時期を待つべきだろう。内心を押し殺して、袁世凱は命令に従うべく配下に軍の動員を命じていた。

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 イギリス帝国はボーア戦争の痛手が癒えずに、今回の対ロシア戦には参加せずに中立の立場を守っていた。

 日英同盟を結んだが、参戦義務は中国と朝鮮半島において相手国が三ヶ国以上になった場合という限定条件があった為だ。

 中国大陸の権益を守る為に日英同盟を結んだが、外交面ではロシアの方が上手だった。

 その結果、日本と東方ユダヤ共和国は、ロシアと清国、そしてフランスとまで戦う羽目になっていた。

 中東やアフリカ地域では、イタリア王国と戦争状態になっている。このままでは日本の敗北は確実かと思われていた。

 その状態をひっくり返したのが、ロシアの飛行船団とフランス東洋艦隊、ウラジオストック艦隊、旅順艦隊の壊滅だった。

 国力に劣る日本が、ここまでロシアと清国、フランス相手に圧勝するとは、イギリス政府にとっても予想外の出来事だ。

 そのイギリスの某閣僚は、日本大使の秘かな提案を聞いて大声をあげていた。


「我々に清国の隙をついて、広東省と江西省、湖南省を支配下に置けと言うのか!?」

「はい。以前に雲南省を追い出された回族を支援する事を、我々は決定しました。東方ユダヤ共和国の為にもなりますからね。

 雲南省と貴州省、広西省は少数民族も多く、彼らの国を独立させます。広東省のはずれの雷州半島も対象です。

 出来る限りイギリスの権益は守るつもりですが、彼らの手前、貴国の権益の一部は失われるでしょう。

 ですから、失われる権益の代わりに、広東省と江西省、湖南省をイギリスの支配下に置いてはどうかと思いましてな。

 将来的には貴国の保護国として独立させるのもありだと思っています」

「……私の一存では返答はできない。それにしても、日本は以前から雲南省の独立の準備をしていたのか?」

「いいえ。イスラム教の裏の伝で協力を要請されただけです。今回は清国からの宣戦布告です。

 この機会に、徹底的に力を削いでおこうと考えました。上手く広東省を中心に支配ができれば、貴国の権益も増えると思いますが?」

「……我が国はボーア戦争の痛手が癒えておらぬ。大兵力を派遣するのは無理だ」

「何も大兵力を派遣せずとも、清王朝に反感を持つ現地の有力者を煽れば、支配は可能だと思いますよ。

 各地の有力者は我が国から武器を輸入していましたが、目先の利益に目が眩んで清国軍に武器や兵力を提供しました。

 ですが、清国軍が敗退間際なのを知って、戦後に我々から責められるのを危惧しています。

 今のままでは清王朝と共倒れです。ですから貴国がバックになるなら、各地の有力者は喜んで尻尾を振るでしょう。

 日本としても協力する意思はあります」

「……日本はアジアの空と海で素晴らしい戦果を上げたが、まだ陸戦の決着はついていない。

 しかも中東やアフリカでは、イタリア王国やフランス、ロシアを相手に厳しい戦いが待っている。

 その状態で、こうも積極的に動くと言うのか?」

「貴国の観戦武官は【出雲】艦隊にも乗り込んでいましたね。ロシアとフランスの連合艦隊との決着はかなり先ですが、

 イタリアとフランスの混成艦隊との交戦は数日以内です。その結果を見てからでも遅くはありません。良い返事を期待しています」


 密談を持ちかけられたイギリスの某閣僚は、日本の大使の顔をじっと見つめていた。

 謀略はイギリスの十八番だった。しかし、今の日本の動きを見ていると、謀略戦で遅れを取っていると感じられる。

 まだ開国して三十年ちょっとの日本が、ここまで世界を相手取った外交が展開できるとは予想外だった。

 確かに雲南省と貴州省、広西省の権益を失っても、広東省と江西省、湖南省を独占できればお釣りが来る。

 競争相手のフランスはマラッカ海峡を越えて、アジアに来る事さえ出来ない。絶好のチャンスだ。

 この後、その閣僚は緊急会合の召集を掛けようと、動き出していた。

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 今回の東アジアの戦争では、アメリカは中立の立場を取っていた。

 日本領のウェーク島やマリアナ諸島で補給を行っている事もあるが、フィリピンのサマル島と南フィリピン共和国、

 それと清国の江蘇省の連云港一帯の領土の開発を優先させていたからだ。

 そのアメリカは、江蘇省と安徽省の全域を占領してはどうかいう日本の提案に思案していた。

 日本の提案が、交戦している清国への謀略の一環である事は間違い無い。

 しかし、アメリカが清国での占領地を増やすチャンスであるのも確かだ。

 結局、ユダヤ人を支援するという理由で、アメリカは日本の提案に乗って行動を開始した。


 ドイツは植民地獲得戦争に遅れた方だが、清国の山東省の膠州湾を得て、さらに中東のヨルダン、シリア、イラクの支配を進めていた。

 そのドイツにも日本は相談を持ちかけた。山東省と河南省の全域を占領してはどうかというのものだ。

 ドイツも日本の魂胆は分かっていた。しかし、ドイツにとって魅力的な誘惑だった。

 義和団の乱の時の清国人の反抗には手を焼いた。しかし飴と鞭を使い分ければ、大事にならずに富の吸い上げは十分に可能だろう。

 そして結局、ドイツも清国の支配領土の拡張に動き始めた。

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 満州総督府は奴隷を酷使して東進鉄道の復旧を進める一方で、陸軍を東方ユダヤ共和国に向けて進軍させていた。

 同時に欧州方面から兵力と物資をかき集めて、アジア方面にシベリア鉄道を使って送り込んでいた。

 日本の飛行船は厳寒期にはハルビンの爆撃を熱心に行っていたが、春の兆しが見え始めた頃からは清国陸軍に攻撃を集中している。

 ハルビンの工場や倉庫は大きな被害を受けたが、兵士が住んでいた住居エリアへの爆撃は少ない。

 それにシベリア鉄道は一度も爆撃を受けておらず、兵員や物資の輸送も問題は無かった。

 今がチャンスとばかりに、大量の軍需物資や兵器が朝鮮半島の激戦区に送り込まれていった。

 東進鉄道の修復は順調に進んでいるので、この分だと旅順要塞の復旧も早期に開始できるだろう。

 これらの事を、満州総督府の一室で上級職員が話し合っていた。


「三百隻の飛行船団が全滅して、このハルビンも日本の飛行船の空襲の為にかなりの施設が被害を受けた。

 東進鉄道が破壊されて、ウラジオストック艦隊が全滅し、旅順艦隊が大被害を受けた時は絶望感に襲われたが、これから反撃だ。

 我がロシアの力を、ユダヤ人と日本人に見せ付けてやる!」

「あんまり力むと疲れるだけだぞ。日本の飛行船が清国陸軍に向けられている今がチャンスだ。

 欧州からは続々と増援と物資が送りこまれているし、清国軍が壊走する前に到着できたから戦線は維持できる。

 東方ユダヤ共和国の兵士の疲労が溜まっているだろうから、簡単に防衛陣地を落とせるかもしれん」

「最初の空爆で倉庫地域と工場地域が大きな被害を受けたからな。

 欧州から物資が届くようになったから良いが、ハルビンの工場で軍需物資を生産できるようになるまでは一年以上は掛かるぞ。

 工場の復旧も急がなくてはな」

「アジア方面では負け続きだが、バルチック艦隊がフランス艦隊と協力すれば巻き返しは可能だ。

 ユダヤ人と日本人を、必ず顔面蒼白にさせてやるんだ! 最終的には我々が必ず勝つ!」


 満州に地盤を築き、李氏朝鮮を併合して順調にロシアの政策が進んでいるかに見えたが、緒戦で大敗してしまった。

 しかし、まだ陸軍は健在であり、海軍の反攻作戦の準備は着々と進められている。

 大国という自負を抱いているロシア人にとって、新興国である日本と東方ユダヤ共和国に負けられない。

 やっと先陣の部隊が漢城に到着した。後続部隊の到着を待って、東方ユダヤ共和国の防衛陣地に攻撃を仕掛ける。

 欧州から増援が送り込まれている事もあり、上級職員はロシアの勝利を疑ってはいない。

 その時、いきなりドアを開けて青ざめた情報士官が入ってきた。


「た、大変です! サハリンとカムチャッカ半島の駐屯部隊から、戦艦を含む日本艦隊の砲撃を受けているとの緊急連絡が入りました!

 何でも大船団を率いている様子で、日本は上陸部隊を用意している可能性が高いと添えられています! 現地は援軍を求めています!」

「何だと!? 日本がサハリンとカムチャッカ半島の攻略を始めたというのか!? 日本は陸軍を縮小したはずだ!?」

「待て! 確かに日本は陸軍を縮小したが、海兵隊は逆に増強している。日本は以前から上陸を計画していたのかも知れん!」

「我々を朝鮮半島に引き付けておいて、日本人はサハリンとカムチャッカ半島の攻略を計画していたと言うのか!?

 拙い! アジアの海上戦力は壊滅したから援軍は送れん! 戦艦を含む艦隊で攻められては、現地は満足な抵抗も出来まい!

 サハリンは部隊の規模が大きいから、長期間の抵抗ができるかも知れんが、カムチャッカ半島の部隊は小さい。

 あっという間に占領されるぞ!」

「あんな寒冷の僻地でも、奪われるのを黙って見過ごす訳にもいかん! とは言っても、海上戦力が無いからサハリンに増援は送れんし、

 カムチャッカ半島の南部まで陸路で兵を送り込むのは物理的に不可能だ。

 こうなったら、東方ユダヤ共和国を早急に落として、バルチック艦隊とフランス艦隊の到着を待つしか無い!」


 日本軍の反攻を聞いて顔を曇らせたが、艦隊戦力を失った彼らに打てる手は無い。

 しかし、凶報はそれだけは無かった。別の情報士官が慌てて部屋に入ってきた。


「た、大変です! オホーツク海のマガダンが、日本の飛行船団に乗った黒装束の部隊に占拠された模様です!

 それ以外にも、ヤクーツクが日本の飛行船の爆撃を受けて破壊されました! こちらも黒装束の部隊に占拠されました!」

「な、何だと!? ヤクーツクやマガダンまでも日本軍は手を伸ばしてきただと!?

 まだ流氷がある季節だから、飛行船に兵士を乗せて奇襲してきたのか!?」

「拙い! 陸路であそこに大兵力は送り込めない! ヤクーツクを占領したという事は、日本はサハリンとカムチャッカ、コリャーク、

 マガダン、チュコトまで占領するつもりだ! 我々を満州と朝鮮半島に引き付けておいて、手薄な北方の領土を奪う気だ!」

「どうする!? 春の兆しがあるとはいえ、ヤクーツクとマガダンに兵を派遣する事は季節的にも距離的にも難しい。このまま放置か?」

「寒冷地で、価値も無い! 悔しいが、今の我々では何もできん!

 あんな広大な土地を、日本は占領しても維持できんから放置だ! どうせ本国が危うくなれば、自然と撤退する。

 こうなったら、一刻も早く東方ユダヤ共和国を攻め落とすんだ!」


 この時代、作物の収穫が期待できない亜寒帯地域の価値は低かった。ロシアはアラスカをアメリカに売却した事もあるくらいだ。

 それでも寒冷地仕様の品種を使えば農作物の収穫は期待できて、豊かな地下資源は将来を約束してくれる。

 その為に、天照機関はこの機会に北方に兵を出した。北極圏に直接進出する意味もあった。

 樺太(サハリン)、カムチャッカ半島、チュコート半島、アナディール高原、ユガギール高原を獲得する。

 日本は狭い国土に大勢の人間が暮らしている。亜寒帯地域は住み難い土地だが、広大な領土を得る機会を見逃す事は出来なかった。

 悲しいかな、それが日本という島国に暮らす人達の願望でもあった。

 その為の建設資材や重機は十分な量と数を用意して、北海道に集約してある。

 全域を直ぐに支配など無理だが、各拠点に施設を建設すれば恒常支配が可能になる。

 一部には地下都市を建設して、長大な地下鉄で結ぶ事も計画していた。

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 まだ流氷は残っているが時間が優先と判断して、大本営は直ぐに北方占領作戦を発動させた。

 北海道に待機していた第二遊撃艦隊を二手に分けて、一つは樺太(サハリン)に、一つはカムチャッカ半島の占領に向かわせた。

 海兵隊と建設機材、建設用重機を積載した大船団も同行している。

 ロシアのアジアの海上戦力は既に無い為に、増援の心配は無い。

 艦砲射撃で沿岸部の施設を壊滅させ、海兵隊を上陸させ速やかに橋頭堡を確保した後に恒久基地の建設を行う。


 第一目標は樺太(サハリン)とカムチャッカ半島。そして流氷が溶けるのを待って、マガダンとパラナにも輸送船団を派遣する。

 ヤクーツクとマガダンは飛行船の空爆で破壊して、陽炎機関の忍者部隊が既に占拠した。

 本格的な雪解けの後、海上輸送で物資を送れるようになるまでは、飛行船の空輸で物資を運搬する。

 ヤクーツクとマガダンに陸路でロシア軍が押し寄せてくる可能性は少ない。まあ、来た時は飛行船の空爆で対応するつもりだ。

 こうして北方占領作戦は順調に進められていった。

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 陣内は産業促進住宅街の維持費用を負担する傍らで、各地の優秀な孤児を一箇所に集めて英才教育を行う施設も運営していた。

 その『日総孤児院』には七歳から十五歳までの少年少女が、約五十人程いる。

 陣内も才能を認めた事から、将来の日本を背負うべき人材だ。

 睡眠学習によって史実を知り、大人になった時は日本の為に頑張ろうと日々努力をしている。

 しかし、神経を張り詰めてばかりでは身体は持たない。その為に、慰安目的で定期的に陣内は日総孤児院を訪問していた。

 そしてある時、少女から強い懇願を受けていた。


「陣内さん、御願いです! あの陸戦用装甲スーツをあたし達に貸して下さい! あたし達が日本を守ってみせます!」

「そうです! 明治の乙女の気概を、世界に見せ付けてやります!」

「ちょっ、ちょっと待て! 空と海では日本は優勢なんだぞ。北方でも反攻が始まった。まだ十代の君達を戦場に送り込む事はできない。

 たしかに東方ユダヤ共和国では防戦続きだが、あれは戦略の一環だ。何も君達が思い悩む必要は無い」

「でも、俺達は日本を守りたいんです! 防人としての意地があります!」

「そうです! 俺は対馬の生まれです! 先祖代々、防人の血が流れているんです!」

「防人って何時の時代だ!? まったく、大人をからかうのもいい加減にしてくれ。

 まったく、急遽出版停止になった漫画本を、ここに送る事に許可を出さなければ良かったよ」


 日総孤児院の少年少女が陣内に御願いした発端は、『日本海戦奇譚』と名付けられた漫画本を読んだ為だった。

 先祖代々伝わる武具を装備した少女が厳しい試練に耐えて成長し、防人の自覚に目覚めてロシア海軍と戦って勝利するという内容だ。

 戦意向上の目的で事前に用意させたが、清国とフランスが加わったから修正する必要が出てきた為、出版停止になった。

 捨てるよりは良いだろうと考えて、各地の孤児院に無料配布されていたのが今回の原因だ。


 余談だが、日本の守り神の大魔神が、清国と李氏朝鮮の略奪からユダヤ人を守る漫画が出版されて好評を博していた。

 まさか本当にいるはずが無いと思いながらも、各国の諜報機関が漫画を購入して日本の伝承を調べたのは別の話だ。

 尚、ローマ教皇庁は必死になって、神のお告げや聖遺物の有効活用を模索していたが、まだ成果は出ていなかった。

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 東方ユダヤ共和国の国境の陣地は、計186箇所にもなる。それでも太白山脈など山間では警戒が手薄なところは、かなり多い。

 旧李氏朝鮮の民兵や清国陸軍は、警戒が手薄な場所を突破しようとしたが、それが成功する事は無かった。

 何と言っても衛星軌道上からの監視センサからは逃げられない。

 日本軍からの連絡で該当場所に急行して侵入者を殲滅する度に、どうして侵入者が分かるのかと不思議がったものだ。

 その国境の陣地には東方ユダヤ共和国の兵士だけでは無く、日本人兵士も多数居る。彼ら日本人兵士は義勇兵では無く、正規兵だ。

 一人あたりの派遣期間は約一ヶ月。出来る限り多くの兵士に実戦訓練を積ませようと、各地の守備隊を積極的に派遣していた。

 天安に近い陣地で、グアム守備隊から派遣されていた兵士が身体を休めながら話し合っていた。


「ふう。この戦場もあと三日で交代か。俺達の次に派遣されてくるのはチャーン島とフィリピンの守備隊だ。

 最初は機関銃を撃つのも身体が強張ったが、やっと慣れてきたよ。

 それでも敵とはいえ、人間が死ぬのを見るのは気持ちの良いもんじゃ無いな」

「それは当然の事だ。敵だからって喜んで人を殺すのは、人間を止めるのと同じ事だからな。しかし、無抵抗なら逆にこちらが殺される。

 そこら辺を経験させる為の実戦訓練だからな。ロシアに攻め込む師団の奴らは真っ先に経験して、今は俺達のような各地の守備隊だ。

 上はこの機会に、俺達に徹底的に実践訓練を積ませるつもりだ。同盟国である東方ユダヤ共和国の負担軽減にもなるし、一石二鳥だよ」

「三日前に東方ユダヤ共和国の国防軍の兵士と飲んだ時に聞いたけど、李氏朝鮮の民兵の突撃は凄まじかったらしいぜ。

 地雷があるのに押し寄せてくるし、それを突破した民兵は機関銃の銃撃で次々に倒れて、屍の山だったらしい。

 ロシアの督戦隊が後ろに控えているとは言っても、あそこまで無謀な突撃をするなんて呆れていたよ」

「それは俺も聞いた。陣地を落とせば食料があると煽ったりとか、アヘンを使って判断力を麻痺させたりとか噂がある。

 結局、李氏朝鮮の民兵は概算で約三十万人以上の被害を出して壊滅した。清国陸軍も同じようなものだな。

 山間の警備が手薄な場所を突破しようと何度も試みているが、成功した事は無い。既に損害は十五万を超えていると聞く。

 弾薬や食料不足もあるから、撤退は時間の問題だろう。まったく飛行船の爆撃のお陰だよ」

「そして今度はロシアの奴らが相手だ。上空からの偵察では、続々と漢城の付近に集まりだしたらしい。

 民兵や清国軍とは違って、手強いぞ。いくら堅固な陣地があると言っても、無謀な突撃をするような馬鹿な事はしないだろうからな」

「ああ。大砲も大量に持ち込んでいると聞く。やはり飛行船の爆撃で戦力を削って貰わないと拙い。

 今までは陣地のお陰で損害は少ないが、ロシア相手に今までのように上手くはいかないだろう」

「ロシアは漢城の付近に陣を構えるらしい。巨大な物資集積所もそうだが、強制拉致してきた慰安婦も大勢用意しているらしいからな。

 俺達は元の基地に帰れば、近くの花町に繰り出して遊べるが、ロシア兵はそうもいかないだろう」

「もう少しの我慢だな。最近は馴染みの芸者の顔が夢に出てくる。帰ったら、思う存分遊んでやるぞ!」


 兵士を長期間派兵すると、どうしても色々な問題が発生する。その為に日本は大兵力を長期間派兵する事を出来るだけ避けていた。

 人間の本能と言えばそれまでだが、時代が過ぎて常識が変わっていくと過去の事も批判の対象になる。

 今と昔では常識が違うと反論しても、ヒステリックになった人達は聞く耳を持ちはしない。

 だからこそ自軍の兵士は極力問題にならないようにして、敵軍は実態を克明に記録して将来に備えた準備を進めていた。

 それはロシアだけでは無く、イギリスやアメリカ、フランス、ドイツも同じ事だ。

 そしてこの時代の各国の軍の性風俗の様子が、一般に知られる事無く克明な証拠と共に残されていった。

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 【出雲】艦隊はケシム島で補給を済ませ、各国の観戦武官と取材記者を乗り込ませた後、針路をアデン湾に向けた。

 目的はイタリア艦隊とフランスのジブチ駐留艦隊を撃破して、イタリア軍の補給路を断ち、エチオピア帝国を支援する事だ。

 その一環でエチオピア帝国軍によるジブチ占領も検討されている。まだ【出雲】は人口も少なく、海兵隊も編成できない。

 空は完全に制覇した。しかし、数の勝負となる陸上戦は、まだまだ力及ばずと言ったところだ。

 その【出雲】艦隊は戦艦二隻、装甲巡洋艦二隻、軽巡洋艦五隻、高速駆逐艦十隻、護衛艦二十隻、補給艦六隻で編成されている。

 対するイタリア艦隊は戦艦八隻、装甲巡洋艦八隻、駆逐艦十五隻、水雷艇二十五隻もの大艦隊だ。

 それにフランスのジブチ駐留艦隊の戦艦二隻、巡洋艦三隻、駆逐艦五隻が加わる。単純に主力艦だけを見ても五倍の差がある。


 しかし【出雲】艦隊は無謀な出撃をした訳では無い。きちんとした勝算があって出撃していた。

 その【出雲】艦隊を率いるのは若干二十九歳の沖田重蔵。陣内の妹分である由維(二十六歳)の夫で、三人の子持ちだ。

 本来、二十代の若造が艦隊司令を務める事は無い。しかし由維の夫という事もあり、陣内から睡眠教育を受けて艦隊司令の任に就いた。

 本国艦隊ではあり得ない人事だが、そこは皇室直轄領である【出雲】ならではの柔軟な人事だ。

 部下に軽視されないよう、きちんとした能力の裏付けもある。陣内のお気に入りだが、身内優先と言われないように注意はしている。

 その沖田は旗艦である神威級一番艦『神威』の艦橋で、副官と進行方向の海を見ながら話していた。


「イタリア艦隊とジブチ駐留艦隊の混成艦隊と接触するのは、送られてきたデータから推定すると明日の早朝か。

 あちらは我々の出撃は知ってはいるが、針路までは分からない。作戦計画通りに奇襲できるな」

「はい。我々は衛星軌道上からの観測データで敵艦隊の位置を把握していますが、あちらは目視でしか確認できません。

 敵の意表をつく作戦を実行できます。ですが、あの秘匿兵器を本当に使用するのですか? 後々、面倒になると思いますが?」

「第二種タイプは炸薬量を減らして足止めに使用するだけだ。第一種タイプも併せて使う。それで十分だろう。

 それに止めは砲撃で行う。開発競争が激化して、我々に向けられるようになっては、些か困るからな」

「了解しました。では駆逐艦十隻と護衛艦十隻の別働隊は、本日の深夜零時をもって別行動に移ります」

「うむ」


 艦隊司令官は乗り込んでいる将兵の命を預かる重責を背負っている。

 本来なら豊富な経験を持つ将官が任命されるものだが、【出雲】艦隊は今までの常識を覆すような武器を搭載している。

 その為に、若い沖田が任命された。その沖田は司令長官席で目を瞑って考え出した。


(戦闘は明日か。上手く奇襲できれば、勝利は間違いない。それにしても、まだ二十代の俺が艦隊司令とはな。

 いかに由維の夫とはいえ、やり過ぎだろう! まったく義兄さんも悪乗りして、将来は『大和』の司令長官席に座って貰うだと!?

 俺の名前は『重蔵』で、字が違うじゃ無いか! 酒を飲んで笑いながら言う事じゃ無い!

 まあ、ここまで装備の違いがあれば負ける事は無いだろうが、油断は禁物だ。

 戦いに勝って、子供達に土産話を持って帰らないとな。由維も四人目が欲しいと言い出している。

 勝てば給料も上がるだろうから、頑張るとするか。まったく子供が多いと金が掛かって困るな。

 由維が里帰りする度にお土産を貰い過ぎるから、たまにはお返ししないと拙い。実家が金持ちの嫁を貰うと気苦労が絶えないな)


 沖田は【出雲】に家族全員を連れて移住していた。

 たまに由維が子供達を連れて、陣内の家に里帰りするなど親戚付き合いする関係だ。子供達同士も仲が良い。

 結婚前までは普通の一般人のつもりだった沖田だが、由維と結婚して陣内の睡眠教育を受けた事で人生が大幅に変わってしまった。

 勿論、国の為に尽くす気持ちはある。しかし、結婚前までは一般人だった自分に過分な責任を負わせないで欲しいと感じる沖田だった。

(2013.10.13 初版)
(2014. 3.23 改訂一版)
(2014. 5. 4 改訂二版)



 管理人の感想
欲深い国々は痛い目に合っていますが、まだまだ矛を収める気にはならないようですね。
ギャンブルで失った金をとり返すために、更なるギャンブルに打って出ているような感じもします。
相手(陣内さん)がまだ本気でないことを知ったら、どんな顔をするやら……。
しかし20代で艦隊司令……銀河英雄伝説の世界みたいですね。史実の皇族軍人でもこの年齢で艦隊司令官はいなかったような気が(汗)。
よほどの理由がないと身びいきと言われそうです。どんな説明をしたのだろうか……。