李氏朝鮮と東方ユダヤ共和国の戦争は昨年から続いていたが、ロシアの参戦は雪解けの春になると各国は考えていた。
それが李氏朝鮮の海軍の奇襲により、一月というのにロシア帝国、清国、日本、イタリア王国、フランスを巻き込んだ戦争に発展した。
言い換えると準備不足の状態で、各国が戦争に突入してしまった。
陸軍はその人員や補給の面から、準備にかなりの期間を必要とする。開戦となっても、直ぐに全部隊が動けるものでは無い。
しかも季節は冬で、積雪がある地域では行軍するのも困難だ。そのような理由から、しばらくロシア陸軍は動けなかった。
そんな状況の中、いち早く行動を開始したのはロシア帝国の三百隻で編成された飛行船部隊だった。
西シベリアに本拠地を持ち、酷寒で激しい風もあって準備が遅れたが、三百隻の飛行船は三つの集団に分かれて進軍していた。
第一目標は東方ユダヤ共和国の各防衛陣地。第二目標は鬱陵島の日本の海軍基地。第三目標は済州島の海軍基地だ。
一度はその雄姿をハルビンの満州総督府に見せてから、各目標に向かう予定になっている。
ロシアの飛行船は水素ガスを使用しており、爆弾投下機能と水平射撃ができる小型砲を備えている。
日本製の飛行船を参考にしているが、建造費を安くする為に構造的に手を抜いているところが多かった。それでも数は力だ。
この圧倒的な数の優位に物を言わせて、多少の損害を受けても日本の飛行船部隊を壊滅させるつもりだった。
そうなれば制空権はロシアのものになり、皇居に全飛行船を向ければ日本が簡単に降伏する可能性も出てくる。
百隻の飛行船を率いるロシア第三航空艦隊の司令官は勝利を疑ってはおらず、上機嫌で指揮官席に座って側近と話していた。
「チタを通り越したから、もうすぐハルビンだな。この大編隊を見れば、現地の総督府の連中も大喜びするだろう」
「まったくです。日本が飛行船部隊を持っているといっても、推定で最大五十隻です。
我が国の飛行船は水平射撃が可能な砲を舷側に装備していますから、近づけば容易に日本の飛行船を吹き飛ばせます。
日本の飛行船部隊を殲滅すれば、後は我々の天下です。邪魔する者などおらずに、日本を火の海と化す事ができます」
「おいおい、出来るだけ被害を少なくして日本を占拠する予定なんだ。日本総合工業の勝浦工場は無傷で手に入れたい。
日本の技術と工業力を手に入れれば、我々は最強の存在になるだろう。そうなれば、世界征服さえも夢では無くなる」
「そうでしたな。第一と第二航空艦隊は我々より数時間早く侵攻を始めています。そろそろ目標に到達する頃です。
今は電波状況が悪くて満州総督府との無線交信は出来ませんが、少しずつ改善しているとの報告です。
無線交信が可能なようになったら、目新しい情報があるかを確認しておきましょう」
「そうだな。ハルビンの総督府と連絡をとった後は、進路を変更して済州島に向かう。全軍に指示を出しておけ」
時刻は夕刻になろうとしていた。その頃になると、電波状況が良くなっていた。
そしてハルビンの満州総督府と無線通信を行ったところ、信じられない連絡が入ってきた。
『こちらは満州総督府だ! 第一と第二航空艦隊は日本の飛行船の待ち伏せに遭って全滅した!
その残骸がハルビンに墜落して、搭載していた爆弾が誘爆した事で住宅街や工場群に大きな被害が出ている!
日本の飛行船の爆弾投下でも、倉庫や工場が大きな被害を受けている!
第三航空艦隊は日本の飛行船に注意しろ! 無理だと判断したら引き返せ! お前達も全滅してしまうぞ!』
「第一と第二航空艦隊が全滅しただと!? そんな事を信じろと言うのか!?」
『本当だ! 上空で次々と飛行船が爆発して、もう第一と第二航空艦隊と無線連絡がつかない!
日の丸をつけた飛行船が爆弾を投下している事は確認されている。兵士もかなりやられた。
食糧倉庫や弾薬庫も、爆弾でかなり破壊されている! 今のハルビンは火の海になっているんだ!』
第一と第二航空艦隊は合計すると二百隻もの大部隊だ。それが短時間のうちに全滅するなど、信じられるものでは無い。
満州総督府と交信しながら前進を続けていた第三航空艦隊は、前方に大規模火災が見える位置にまで到達していた。
周囲の地形に間違いなければ、大規模火災が見えるところがハルビンに間違いは無いだろう。
では、満州総督府からあった報告は事実なのか? 狼狽した第三航空艦隊の司令官を、さらなる衝撃が襲った。
前方を飛行中の飛行船が次々に空中で爆発した。夕暮れ時に光る閃光と、空気を伝わってくる振動は現実だった。
「何だと!? 何が起きているんだ!? すぐに確認しろ!」
「不明です! いきなり前方の飛行船が爆発しました! 日本の飛行船からの攻撃かも知れません!」
「日本の飛行船が我々より高い位置で待ち伏せしていた可能性もあります!」
「ならば我が航空艦隊も高度を上げるんだ! 同じ高度になれば水平射撃で仕留めてやる!」
「駄目です! 高度を変更するのに時間が掛かりますし、日本の飛行船の位置を視認できませんので、対応不可能です!
このままでは我が飛行船団は全滅してしまいます! 早期撤退を具申します!」
「ば、馬鹿な! 何故、こうもタイミング良く待ち伏せが出来るのだ!? まさか、我々の出撃を知っていたと言うのか!?
いや、それより日本の飛行船に対応する方が先だ! 全飛行船は各々任意の方角に撤退しろ!」
ロシアの飛行船は水平射撃用の砲は装備しているが、それは自分と同じ高さか、下に対する攻撃用だ。
飛行船の構造(浮力を持たせる為の気嚢が大部分を占めて、乗り込めるゴンドラ部は遥かに小さい)では、上方への砲撃はできない。
危険な水素ガスを使用している事もあり、水平射撃が可能な大砲を搭載するのが精一杯だった。
その為に、自分達より高い高度の飛行船に反撃する事も出来ずに、一方的に攻撃を受けていた。
船体の大部分を占める気嚢に攻撃を受けては、たった一発でも大爆発を起こして消滅する。
慌てて各飛行船に散開して逃げるように指示を出したが、日本の飛行船の位置すらも確認できない。
そして速度も日本の方が早いらしく、逃げ切った飛行船は一隻もいなかった。
かくして巨額の費用を掛けて建造したロシアの三百隻もの飛行船は、ハルビンの上空で一隻も残らずに消滅した。
尚、逃げ出したロシアの飛行船の何隻かは衛星軌道上からの攻撃で撃墜されたが、それが一般に知られる事は無かった。
ロシアの飛行船部隊を消滅させた日本の飛行船は、総数で三十隻の部隊だった。
搭載した爆弾を使い果たした十五隻の飛行船は、佐渡にある基地に戻る進路をとり始めた。
そしてまだ爆弾を搭載している十五隻の飛行船は、進路をロシアの奥地に変更した。
本来なら物資輸送の要であるシベリア鉄道を破壊するのが定石だ。
だが、ある思惑の為にシベリア鉄道は破壊せず、物資貯蔵庫を重点的に破壊する事を目標にしていた。
ロシアは圧倒的な数の陸軍を持っているが、物資を無限に持っている訳では無い。
大軍には大軍なりの弱点もある。そこを空という今までに無い方法で突こうとする日本軍だった。
尚、衛星軌道上からの偵察によってロシアに残った飛行船は確認されており、大勢に影響を与える事は無いと判断されていた。
ロシアの三百隻もの飛行船部隊を消滅させた日本の飛行船部隊に、各国の観戦武官と従軍記者が乗り込んでいた。
同盟国であるハワイ王国、東方ユダヤ共和国、イギリス帝国、それに関係が深いタイ王国、イラン王国、トルコ共和国の人達だった。
たった三十隻の飛行船部隊だが上空で待ち伏せをした為に被害を受けず、ロシアの三百隻の飛行船部隊をあっさりと消滅させた。
そしてハルビンの満州総督府と周囲の施設に大打撃を与えた事は、彼らが抱いていた不安を吹き飛ばすには十分な戦果だった。
その中のイギリスから派遣された観戦武官の一人は、微かに震えながら考えていた。
(ロシアが三百隻の飛行船部隊を用意していたのは驚きだが、それをまったく被害を受けずに全滅させるとは考えてもみなかった。
確かに飛行船は構造上、上方への攻撃はできない。だから、より高い位置の飛行船が有利になるか。良い戦訓になったな。
しかし我が国の飛行船は、ロシアと同じ水素ガスを使用している。口径が小さくても水素ガスに引火したら、飛行船は一撃で消し飛ぶ。
やはり日本製のヘリウムを使った飛行船じゃないと駄目なのか。外皮を厚くしても限度があるからな。
大馬力のエンジンを装備して、ロシアの飛行船より高く飛び、下部の三門の無反動砲で攻撃が可能な飛行船か。是非とも欲しい。
それにしても、日本はどうしてロシアの飛行船をハルビンの上空で待ち伏せが出来たんだ?
ロシアの基地から飛行船が発進したのが分からないと、待ち伏せなど無理だろう。
……ロシアに内通者が居る可能性もある。それとも例の巫女の予言か?
何れにせよ、日本はロシアの飛行船を最初から殲滅しようと考えていたんだろう。そうで無くては、我々の搭乗を認める筈が無い。
それにしてもロシアの飛行船の爆弾をも有効に使って、満州総督府に被害を与えるなんて悪辣過ぎる。いや、此処は褒めるべきか。
まだロシア陸軍の被害は少ないが、食料や弾薬が大量に失われたから状況は悪くなった。
生産しようにも、工場も大きな被害を受けている。これで海戦に勝利すれば、日本の優位は揺らがない。
これが将軍が言っていた日本の切り札なのか!? 投下する爆弾の照準も素晴らしい。後で調査をする必要があるだろう)
圧倒的多数のロシアの飛行船団を撃滅し、満州総督府に大打撃を与えた事は、観戦武官と従軍記者を通じて世界各地に知らされた。
貴重な糧食や弾薬を失ったロシア軍の補給は厳しくなる。しかし、海と陸での戦闘がどうなるかは、まだ不明だ。
それでも日本が持つ切り札の威力を知った各国は、ロシアのワンサイドゲームにはならないだろうと思い始めた。
この日より、日本の飛行船部隊は何度も満州のロシア軍や、東方ユダヤ共和国に進軍中の清国陸軍に空爆を行った。
圧倒的な兵力差を少しでも埋める為だ。兵站を絶たれた部隊は、戦闘能力を失って無力化される。
その為に、空爆は主に輜重部隊に対して行われた。こうして日本は東アジア全域の制空権を確保していた。
尚、【出雲】の飛行船部隊は二手に分かれていた。一つはエチオピア帝国の支援に、残りはリビアの支援に動いていた。
エチオピア帝国は工業化が進みだしており、飛行船の補給基地を国内で運用できるまでになっている。
緒戦においてイタリア王国の飛行船部隊を全滅させた【出雲】の第二飛行船部隊は、リビアの防衛の為に連日の空輸を行っていた。
***********************************
清国は準備を済ませた部隊を、東方ユダヤ共和国に向けて順次に進軍させていた。
冬季による行軍の障害が少ない事が理由の一つだ。それに宣戦布告をしたからには、早急な戦果が求められていた。
この時代の陸兵は大部分が歩兵で、その進軍速度は遅い。そして進軍中の部隊は、日本の飛行船の空爆を何度も受けていた。
「日本の飛行船が来襲して、また輜重部隊がやられました! このままでは食料が途中で尽きます!」
「こちらが反撃できないのに、好き放題やりやがって! この辺の民家を漁って食料を徴発してこい!
それと女だ! 女も一緒に連れて来い! 抵抗する奴らは射殺してしまえ!」
「略奪隊を派遣するのは、これで三度目です! 周囲には誰も残っていません!
山を三つ越えたところに集落があるそうですが、そこまで行きますか!?」
「当然だ! 兵を攻撃しないで食料や弾薬を狙うとは、やっぱり日本人は卑怯なんだ! こうなったら鬱憤は女で晴らしてやる!
良いか、絶対に食料と女を略奪して来い! まだ東方ユダヤ共和国の国境に辿りついていないんだぞ! 早く進軍するんだ!」
圧倒的優勢にある航空戦力を使って、東方ユダヤ共和国に進軍している清国軍の輜重部隊が徹底的に狙われていた。
日本軍は兵士を狙っては来ない。その為に、兵士が減らずに食料が見る見るうちに減っていく。
しかし、こんな事で撤退する訳にはいかない。憎い日本に勝つ為にも、この程度の苦境で諦める訳にはいかない。
そして進軍ルートにある集落の略奪を頻繁に行いながらも、清国軍は東方ユダヤ共和国に進軍していった。
***********************************
イタリア王国は国内の統一が遅れた為に、他の列強と比較すると出遅れた感はあったが、国内の工業化を進めて存在感を増していた。
そのイタリア王国は、【出雲】とエチオピア帝国、リビアに対して宣戦布告を行った。
エチオピアと国境を接するエリトリアとソマリアに駐留している兵は多くは無く、派兵する為に国内に動員令を発した。
人口増加に悩んでいたイタリア王国は、錬度に問題はあるが、二十万という大兵力をリビアとエチオピアに差し向けた。
それとフランスに対抗する為に、イギリスの協力を仰いで整備を進めていた海軍も派遣した。
地中海に大きな影響力を持つイタリア王国海軍は、陸軍と同じくリビアとエチオピア帝国を目指して動き出していた。
内陸部にあるエチオピア帝国の基本戦術は、イタリア王国の陸軍を引き付けて撃滅。その後に反攻に移るというものだ。
エチオピア帝国は多くの兵士を抱えて近代化された武器を装備しているが、先に攻め込むのは国際世論の面からも拙いと判断された。
それに、被害をできるだけ少なくするという意味もある。【出雲】の飛行船部隊の成果もあり、制空権に問題は無い。
攻め込んできたら、空爆によってイタリア軍の補給路を遮断。そして疲弊したら反撃に移る方針だ。
その為に、陣地の構築や補給物資の準備を、慌てながらも進めていた。
リビアは独立したばかりで、国軍の整備は遅れていた。【出雲】から小銃などの武器弾薬は供与されているが、量は多くは無い。
それらの理由から、【出雲】の反抗準備が整うまではイタリア王国軍を引き付けて、消耗を狙う戦術を取っていた。
とはいえ、多くの市民が住む首都のトリポリを捨てて、内陸部に逃げる訳にもいかない。
その為に、ドデカネス諸島の【出雲】第五警備艦隊(軽巡洋艦一隻、駆逐艦二隻、護衛艦四隻)がトリポリ防衛に就いた。
以前から用意を進めてきたイタリア海軍に対抗するには非力な存在だが、正面から戦う事を避けて戦果を出す事になる。
***********************************
清国海軍は日清戦争で破れた後は、財政難もあって補充は無くて老朽艦揃いになっていた。
それでも沿岸警備用艦艇を含めれば、かなりの数になる。とは言え、今の清国に海戦で日本に勝てると楽観視する者はいなかった。
日清戦争の海戦で一方的に敗北した事は、大きな心理的影響を及ぼしていた。(世界海軍史上、初めての敵前逃亡を行った)
その為に、旅順のロシア艦隊と南方のフランス艦隊が、日本艦隊に打撃を与えた後に自国の海軍を出撃させる計画だった。
その準備を進めていたが、ロシアの飛行船団が壊滅して、多くの補給物資を失った旅順のロシア艦隊の動きは鈍くなった。
このままだと、何時まで経っても日本に報復できないと、焦る軍人が増えていた。
その結果、中央から待機命令が出ていたが、日本憎しと一部の艦隊は船山群島や台湾、澎湖諸島の攻略に出撃してしまった。
この頃になると各地の軍閥の勢力が増して、中央の統制が取れなくなってきている事も関係している。
まだまだ先見の明のある人は中国に残っていたが、圧倒的大多数の好戦的な人達を抑える事は無理だった。
沿岸警備用の艦艇や陸軍兵士を乗せた漁船は船団を組んで、各々の目的地に向かっていた。だが……
「早く反撃しろ! 何としても日本の艦艇を沈めるんだ!!」
「駄目です! 相手の移動速度が速すぎて、補足できません! それに反撃できる艦艇は、日本海軍の砲撃で大半がやられました!
漁船は反撃できません! このままでは我々は全滅です!」
「なら進路変更だ! いったん母港に戻る! 兵士を乗せた漁船を船団の内側で保護するんだ!」
「既に戦闘艦艇の大半は沈められています! 日本艦艇の方が速くて、このまま逃げ切る事は無理です!」
清国艦隊の出撃を衛星監視システムで察知した日本海軍は、各地の軽巡洋艦を旗艦とする警備艦隊を出撃させて待ち伏せしていた。
艦艇数では圧倒的に清国側が多いが、その大半が陸軍兵士を乗せた漁船だった。戦闘艦も老朽化が進んでいて、速度も遅い。
ガスタービンエンジンを搭載した日本の新型艦艇に、清国海軍が対抗する手段は無かった。
そして清国の旧式の戦闘艦は、高精度な光学測定器を装備した新型艦艇によって次々と沈められていた。
旧式の戦闘艦の処分が終われば、次は兵士を乗せた漁船が標的だ。武装は無く、速度も遅い漁船では逃げきれない。
こうして清国の各地から出撃した船団は、目的地さえ見ずに海の藻屑と化していた。
そして、この日を境に日本海軍の警備艦隊は、清国の各地の軍施設がある港を次々に攻撃していった。(渤海と黄海沿岸は除く)
***********************************
ウラジオストックと旅順のロシア海軍は、まだ出撃はしていなかった。
当初の計画では飛行船部隊で日本各地の軍施設に大きな被害を与えて、その後に海軍が戦果を拡大させる為に出撃する予定だった。
しかし、三百隻の飛行船部隊が初戦で壊滅し、満州のロシア総督府が大きな被害を受けた為に計画は見直されていた。
ウラジオストックと旅順の海軍は以前から増強されて、史実を上回る規模の艦隊を有している。
最大で五千トンクラスの艦艇しかない日本海軍なら、勝利できる自信はあったが補給が心許なくなってきているのだ。
満州の軍需工場と軍需物資倉庫が、大きな被害を受けたのが主な要因だった。
その為に、まずは圧倒的な優位にある陸戦で戦果をあげるまでは、海軍は守勢に徹する方針が示された。
ロシア帝国は満州に兵力を集約している。しかし、冬季の行軍は自殺行為だとして、ハルビンに未だ留まって出撃準備を進めていた。
日本の飛行船部隊の連日の爆撃によって、倉庫群が焼き払われて補給に支障が出始めている。
それでも圧倒的な兵数に物を言わせて東方ユダヤ共和国を落とせば、活路は開けるとして作戦は進められていた。
アジア方面の艦隊を増強した為に、補給さえ正常に戻れば日本艦隊に勝利できるとロシア海軍上層部は考えていた。
その為に、他の地域の艦隊をアジアに派遣する事は、今はまだ考えていなかった。
***********************************
露仏同盟に基づいて日本に宣戦布告を行ったフランスのアジア拠点は、清国の広州湾とベトナムとカンボジアにある。
その他にアフリカやマダガスカルにフランスは植民地を持っていたが、如何せんアジアとは距離があった。
そんなフランスは日英同盟の参戦義務に引っかからないように対象地域で戦う気は無く、フィリピンとインドネシアを狙っていた。
そのフランス軍の第一目標は邪魔な位置にある海南島の日本軍基地の攻略で、第二目標はマラッカ海峡のリアウ諸島だ。
海南島を落とさないと広州湾とベトナム北部へのルートが、日本軍によって妨害される危険性があった。
それにリアウ諸島の基地を攻略しないと、本国や各植民地からアジアへの航路が遮断されてしまう。
そんな構想を練っていたフランスだが、アジア方面の司令官は満州方面の戦況の変化を受けて参謀会議を開いていた。
「ロシアの切り札の一つだった飛行船部隊が、日本の飛行船部隊の待ち伏せにあって消滅するとはな。
日本の飛行船部隊は、連日清国の陸上部隊に爆弾を投下して被害を与えている。
それと満州の工場や倉庫の被害も大きいという話だし、このままではロシアは物資不足で悩まされるだろう。
我々と呼応して出撃するはずのロシア海軍は動けない。やはり我が海軍が率先して、戦果を出さなければ為らないだろう」
「清国の老朽化した艦艇と漁船団は、日本の艦隊に殲滅されて海の藻屑となってしまった。
しかし日本艦隊は、軽巡洋艦を旗艦とした小規模な艦隊だ。戦艦を有する我がフランス東洋艦隊の敵では無い。
日本の飛行船が満州と朝鮮方面の爆撃を行っている今なら、邪魔は入らずに海南島とリアウ諸島は落とせるだろう。出撃するべきだ!」
「いかに日本の飛行船が高性能だと言っても、海上を高速で移動する艦艇に被害を与えられるとも思えない。
今がチャンスなのは確かだ。準備もやっと整えられた事だし、日本人に我々の力を見せ付けてやる時だ!」
「広州湾とベトナムが不穏な動きを見せているが、それは尽く潰す! ベトナムの淡月光の工場は閉鎖した。
税収が一時的に減るが、我々が接収して再開させれば元は取れる。
何より我々が早く戦果を上げる事が、現地人の反抗の芽を摘む事に繋がる」
「良かろう。広州湾とベトナムに駐留する全艦隊をもって、海南島の日本軍基地を落とす!
その次はリアウ諸島の攻略だ! 海兵隊を含めた全軍に、出撃準備を命令したまえ!!」
フランスのアジア方面軍は、海南島基地の攻略に動き出した。それと、フランスの植民地は此処だけでは無い。
ジブチの駐留艦隊の規模は小さく、【出雲】に対して能動的に動けない。
その為、フランスは本国艦隊とアフリカの植民地の艦隊の一部を、【出雲】攻略の為に出撃させていた。
***********************************
フランス側の動きは衛星監視システムによって、海南島の司令部にも迅速に伝えられていた。
海南島の基地化を進めて約八年が経過しており、大型砲まで備えた堅固な要塞が完成している。
しかし、配備されている艦隊は地域防衛用の小艦隊で、軽巡洋艦一隻、高速駆逐艦二隻、護衛艦四隻だけだ。
対するフランスの東洋艦隊は戦艦三隻、装甲巡洋艦五隻を含む大艦隊だ。普通に考えれば、日本に勝ち目は無い。
その為に、第19警備艦隊に乗り込んでいた各国の観戦武官は、生きた心地がしなかった。
乗り込んでいる観戦武官を出した国は十八ヶ国にも及ぶ。(史実は十三ヶ国)
ハワイ王国、東方ユダヤ共和国、イギリス、タイ、フィリピン、インドネシア、イラン、トルコ、アメリカ、ドイツ、
オーストリア=ハンガリー帝国、スペイン、スイス、スウェーデン=ノルウェー連合、ペルー、ブラジル、チリ、アルゼンチンだ。
その中の観戦武官の一人は、旗艦である軽巡洋艦の一室で大きな溜息をついていた。
(イスミ級の巡洋艦が優れている事は認める。清国の老朽艦を含めた上陸用部隊を乗せた船団を、一隻残らず殲滅したんだからな。
だけど、今回の相手はフランス東洋艦隊だぞ。三隻の戦艦を含んだ大艦隊だ。清国のような古ぼけた艦隊じゃ無い。
新型とはいえ、こんな小規模な艦隊で勝てるはずが無い! こりゃあ、全滅もありえる。俺も年貢の納め時かな)
全ての観戦武官が同じような事を考えていた。微かな救いは、積極的に出撃せずに要塞砲の射程内に布陣した事だ。
しかし、フランス東洋艦隊の本格的な攻撃を受ければ、こんな小規模艦隊の命運はすぐに尽きると考えていた。
誰しも死ぬのは怖い。戦訓を得る為に軽巡洋艦に乗り込んでいる観戦武官の全員が、逃げ出したくなる感情を必死になって抑えていた。
そんな時に、第19警備艦隊の旗艦である『長良』に艦内放送が響き渡った。
『フランス東洋艦隊を確認。速度十二ノットで接近中。構成は戦艦三、装甲巡洋艦五、駆逐艦八、その他補助艦艇多数。
こちらの射程圏内に入るまで約一時間。我が艦隊はこの位置を動かず、連合艦隊の到着を待つ!』
観戦武官の誰もが、予想していなかった艦内放送だった。意味不明な単語もあって、直ぐに担当の海軍士官に問い合わせた。
「フランスの東洋艦隊を確認したと言うが、そこまで離れた艦隊をどうやって確認し……そうか、飛行船で偵察していたのか!
ああ、それは良い。連合艦隊と艦内放送で言っていたが、どこの艦隊なんだ!? 台湾の駐留艦隊でも来るのか!?」
「連合艦隊とは我が帝国海軍が秘匿していた、戦艦六隻と装甲巡洋艦六隻の事です。
今回は【出雲】艦隊の戦艦二隻と装甲巡洋艦二隻が参戦します。
もっとも、帝国海軍所属の戦艦二隻と装甲巡洋艦二隻の第三遊撃艦隊は旅順に向かいましたが。
合計、戦艦六隻と装甲巡洋艦六隻の最新鋭艦で構成された混成艦隊です。ですから第19警備艦隊はこの位置で待機です。
我が国としては、貴官達を命の危険に晒す事は考えてはいません。此処で心置きなく我が国の切り札を見て下さい」
「何だと!? 日本は新しい戦艦と装甲巡洋艦を八隻ずつも完成させて、しかも今まで秘匿してきたと言うのか!?
それは本当の事なのか!?」
「あと四十分もすれば、連合艦隊はこの海域に到着します。我々は特等席でフランス東洋艦隊の壊滅を見る事ができますよ」
観戦武官の世話(監視)をする担当士官の言葉に、全員が驚きの表情を浮かべていた。
そして連合艦隊を少しでも早く確認しようと、熱心に海上を見つめていた。
***********************************
意気揚々に海南島を攻め落とそうとしたフランス東洋艦隊は、予想もしていなかった連合艦隊の攻撃を受けて大混乱の只中にあった。
「戦艦『ユリエール』は艦橋に散弾を受けて指揮系統が全滅した模様! 応答無し! 砲塔も約三割が破壊されています!」
「装甲巡洋艦『ナント』は徹甲弾の直撃を弾薬庫に受けたらしく轟沈! 生存者は見込めません!」
「装甲巡洋艦『レンヌ』は榴弾を受けて艦体が炎上中! 戦闘不可!!」
「本艦も砲撃を受けて後方の砲塔は全滅! 現在は艦内の火災消火を行っています!」
「海兵隊を乗せた輸送船は散弾の攻撃を受けて大破! 死傷者がかなり出ている模様です!!」
「くそったれ!! 日本艦隊はあんなに遠くから、何でこんなに正確に攻撃できるんだ!?」
「上空の飛行船で着弾観測を行って、無線通信で弾道修正を行っていると推測されます!
このままでは我が艦隊の射程圏内に入る前に、全滅してしまいます! どうされますか!?」
「水柱から推測すると、日本艦隊は320mm砲を備えていると思われます! 日本は最新鋭の戦艦を秘かに配備していたようです!
しかも砲撃からすると最低でも五隻以上はいます! 数の上でも圧倒的に不利です!」
「提督! このままでは本当に全滅します! 今は屈辱でしょうが、降伏するしかありません!」
「栄光ある我がフランス艦隊が、極東の島国に過ぎない日本に負けるのか!? 一矢も報いずに降伏しろと言うのか!?」
日本の連合艦隊は戦艦『神威級』六隻と装甲巡洋艦『風沢級』六隻で構成されていた。(【出雲】艦隊も含む)
フランスの戦艦より、大きさ、攻撃力、速度、射程、防御、全てに渡って優位性を持っている。
距離を詰めながらも攻撃を続けており、フランス東洋艦隊の被害は増える一方だった。
やがてフランス東洋艦隊は白旗を揚げた。既にまともな戦闘能力を残している艦は少なく、勝ち目は無いと悟っていた。
そして近づいてきた連合艦隊の威容は、フランス東洋艦隊の将兵を圧倒していた。
「で、でかい! 日本はあんな大きな戦艦と装甲巡洋艦を六隻も用意していたのか!? 軽巡洋艦クラスしか無いと騙していたのか!?」
「大きさもそうだが、あの形はなんだ!? 砲を艦の中央に置いているぞ! 前方に三連装砲が二基、後方に一基。
横から撃てば、九門の同時射撃が可能だ! あれなら従来の戦艦より遥かに効率的に砲撃できる! あれが日本の切り札なのか!?」
「飛行船を使った着弾観測もだ。今日は殆ど無風状態だった事もあるが、飛行船の観測で正確な砲撃ができたんだ。
我々は最初から勝てる筈も無かったんだよ! ちくしょう!!」
「徹甲弾と榴弾は我々も持っているが、艦砲で散弾は実用化していない。
散弾は戦艦の装甲を貫けないが、艦橋は別だ。戦艦『ユリエール』は散弾で指揮系統を真っ先にやられて無力化されたんだ!」
「栄光ある我がフランス東洋艦隊が白旗を揚げる日が来るとはな。艦艇の半数が沈み、残った艦も殆どが大破だ。
東洋の小国に、ここまで徹底的に負けるのを予想した軍人など皆無だろうな」
フランス東洋艦隊は戦艦一隻と装甲巡洋艦四隻、その他多数の艦艇が沈んでいた。
生き残った艦船で煙をあげていない艦は無い。どの艦も大きな被害を受けており、戦闘力を維持している艦艇は皆無だった。
信じられないような被害を受けて落ち込むフランス海軍将兵は、自分達を打ち負かした戦艦を見て目を見開いていた。
この時代の戦艦は左右の舷側に個別の砲塔がついて、全門の同時射撃が出来ない構造だ。
しかし目の前の戦艦と装甲巡洋艦は、今までの軍事常識を覆していた。
砲弾の集中砲撃という面では、従来の戦艦より遥かに戦闘能力が期待できる。しかも重量バランスが良いから速度も出る。
史実のドレッドノートの衝撃、今回はカムイショックと呼ばれる各国海軍関係者を驚愕させる『神威級』のデビューの瞬間だった。
***********************************
今回の連合艦隊の総司令官は、第一遊撃艦隊の司令官である東郷平八郎が務めていた。
フランス東洋艦隊が降伏したので接収作業と同時に、海上を漂うフランス海軍将兵の救助活動が行われている。
その様子を眺めていた東郷は、ほっとした表情で副官と話していた。
「南大東島での訓練の成果が出せたな。あの厳しい訓練を耐えた事が報われたか」
「まったくです。この『神威級』と『風沢級』は今までの軍艦とは違う思想で設計、建造されたものですから。
慣れるのに時間が掛かりましたが、こうして成果が出せたのは嬉しい限りです」
「飛行船を使った弾着観測と大口径砲による遠距離砲撃。射撃精度が落ちる分、散弾を使って広域攻撃を行うか。
確かに戦艦の装甲を撃ち抜けなくても、艦橋に被害がでれば指揮能力は低下する。そして近づいて徹甲弾と榴弾で仕留めるか。
陣内総帥の言われた戦法が、ここまで当たるとは思わなかった」
「さすがはこの『神威級』と『風沢級』を用意してくれた日本総合工業の総帥です。
さて、第三遊撃艦隊は旅順に向かっています。途中の済州島で第12警備艦隊と合流して、攻撃する計画です。
こちらも、そろそろ次の作戦計画に移りますか?」
「そうだな。フランス東洋艦隊の接収と遭難者の救助は、第19警備艦隊に任せよう。
第一遊撃艦隊は清国の広州湾にあるフランス施設への攻撃と、ベトナムとカンボジアの解放に向けて作戦を開始する。
第二遊撃艦隊にはウラジオストックに向かうように指示を出せ。【出雲】艦隊の沖田君には、中東での武運を期待すると連絡したまえ。
これからが日本の本格的な反撃だ!」
今回はフランスと戦争状態になってしまったが、今後を考えると良好な関係を築いた方が良い。
その為に、降伏したフランス将兵も丁重に扱うつもりだ。済州島には普通のホテル並みの捕虜収容所が用意されている。
そして『神威級』と『風沢級』を公開したので、帝国海軍が行動を控える必要性はまったく無い。
寧ろ、各国の衝撃が残るうちに戦果を拡大すべき時だ。連合艦隊は一旦は編成を解き、個別目標に向かって行動を始めた。
尚、グアム駐留の第18警備艦隊によって、フランスの南太平洋にあるニューカレドニアとフランス領ポリネシア、ウォリス・フツナの
占拠が同時に進められていた。
***********************************
海南島沖のフランス東洋艦隊と日本の連合艦隊の海戦の様子は、各国の観戦武官と従軍記者によって一斉に世界に報道された。
欧州の強国と目されるフランスの東洋艦隊が、日本の連合艦隊に為す術も無く敗れた事は大きな衝撃だった。
飛行船を使った海と空の連携攻撃、それに今までの戦艦の常識を覆す『神威級』と『風沢級』は各国の海軍関係者を驚愕させた。
飛行船で敵艦隊の上空から偵察すれば、より精密な遠距離射撃が可能になる。
低い射撃精度は、散弾を使用してカバーする。戦艦の装甲を散弾は撃ち抜けないが、艦橋に当たれば指揮系統を無力化させられる。
さらに『神威級』の九門の同時射撃能力は、今までの戦艦を時代遅れにしてしまった。
射撃精度もそうだが、一定時間内に今までの戦艦に倍する砲弾を撃ち込めるという事は、それだけ戦闘能力が上がるという事だ。
同クラスの戦艦の場合、『神威級』一隻に対して旧式艦二隻で対等の戦闘力と言える。
その為に、各国は一斉に『神威級』と同じ建艦思想の戦艦の設計に取り組む事になった。
しかし、新しい戦艦の設計や建造には、長期の時間と多大な費用が必要だ。直ぐに出来るようなものでは無い。
今回の日本の敵国になっていない国は良い。急がずに色々な戦訓を取り入れた戦艦をこれから建造すれば良い。その時間的余裕はある。
だが、日本の敵国になっている国は違う。能力に劣った戦艦で、日本の最新鋭の戦艦を迎え撃たなくてはならない。
こうして海南島沖海戦の結果は、日本の同盟国と友好国には安堵を、敵国には戦慄を齎していた。
***********************************
日本が戦争状態に入って二週間が経過した。ロシアの飛行船部隊を消滅させて、フランス東洋艦隊を破った日本は勢いに乗っていた。
それでも戦略を誤ると足を掬われる。その為に、大本営では頻繁に作戦会議が行われていた。
「連合艦隊がフランス東洋艦隊を、僅かな被害だけで撃破した成果は大きい。
偵察によれば、ウラジオストックのロシア艦隊は港に留まる危険性を察知して、周辺を徘徊している。
仁川のロシア艦をあっさりと撃破して、艦砲による遠距離砲撃を行って沿岸部の清国陸軍に大打撃を与えたからな。
旅順艦隊は連合艦隊を恐れて、要塞砲に守られた陣地に篭っている。ロシア陸軍は雪の為に、まだハルビンに留まっている。
飛行船による爆撃は順調で、ハルビンでもかなり物資の不足が進んでいるという話だ。
上手くいけば、ロシア陸軍をかなり抑える事が出来るかもしれん」
「飛行船の空爆で、そこまで打撃が与えられるものなのか!? 大げさに見積もっているのでは無いか!?」
「飛行船の爆撃による兵士の被害は一万程度に過ぎん。しかし、倉庫群を重点的に狙っているからロシア軍でも物資不足は進んでいる。
今は欧州から兵士と物資を満州に送り込んでいるところだから、どこまで効果があるかは不明だがな。
いずれにせよ、旅順方面で物資不足の事態に陥るのは時間の問題だ。我々はこうしてロシア陸軍を少しずつでも削っていけば良い」
「飛行船で制空権を確保した成果だな。反撃を受けずに一方的に攻撃を行えるのは楽で良い。
飛行船の爆撃を受けている清国陸軍の様子はどうだ?」
「清国陸軍は既に東方ユダヤ共和国軍と交戦状態に入っています。後続の部隊も、続々と集結しつつあります。
しかし行軍中に飛行船部隊の攻撃を受けて、東方ユダヤ共和国との戦闘で消耗した事から実質は約二十万にまで減っています。
我が国が輸出した自走砲を大量に朝鮮半島に持ち込もうとしましたが、飛行船の空爆で大部分を破壊してあります。
今は東方ユダヤ共和国の堅固な陣地を抜けずに、被害を拡大させています」
「ロシア軍も大量の砲を持ち込む様子だからな。飛行船の空爆で弾薬を焼き払えば、東方ユダヤ共和国も助かるだろう。
引き続き、飛行船による爆撃は行うように指示しておけ! それと補給体制は万全を期せ!」
「中国の沿岸部でも警備艦隊による砲撃で、大きな被害が出ている。まだ渤海と黄海には旅順艦隊と清国艦隊が残っているが、
明後日の第三遊撃艦隊と第12警備艦隊の旅順攻撃が始まれば、決着がつくだろう」
「第二遊撃艦隊がウラジオストック艦隊を補足するのが明日か。戦果が楽しみだよ」
まだロシアとの戦いに決着がついた訳では無いが、制空権を確保して海の優位も確立した。
これでウラジオストック艦隊と旅順艦隊を撃滅できれば、制海権も確保できる。
懸案は数に劣る東方ユダヤ共和国の防衛戦だが、出来る限り飛行船によってロシア帝国と清国の兵力を削っていた。
「今のところは東方ユダヤ共和国の防衛は、何とかなりそうだな。敵が数を減らして退却したところで、追撃して戦果を拡大させる。
李氏朝鮮の元の首都の漢城一帯の様子はどうなのだ? まだ民間人が多数残っているのか?」
「遷都の時に大部分を連れて行った。それに清国陸軍の大部隊が進軍してきて、現地で食料を徴発しているから殆ど残っていない。
奴らが退却を始めたら、無人の地が広がっているだろう。後は遅れて到着するロシア軍がどう出るかだ」
「先日のように仁川の沖から砲撃で被害を与えられれば良いのだが、相手もそう間抜けじゃ無いだろう。
広州湾のフランス軍施設は火の海にした。ベトナムとカンボジアのフランス軍は大きな被害を出して、今は独立運動の真っ最中だ。
第一遊撃艦隊がリアウ諸島を抑えていれば、問題になる事は無いだろう」
「早々にフランス東洋艦隊を撃破した事で、フィリピンとインドネシア、タイ王国も安心したからな。
マラッカ海峡の要衝であるリアウ諸島を突破できないから、フランスの増援の心配は無い。
何かあるとしたら【出雲】方面かも知れん。【出雲】艦隊の動きは知っているか?」
「いや、あそこは皇室の管理だからな。陛下に直接聞く訳にもいかんし、まったく分からん」
「見せ付けるように、堂々と【出雲】に艦隊は向かっていったからな。イタリア王国とフランスは慌てふためいている事だろう」
まだ戦争の決着がついた訳では無い。東方ユダヤ共和国は清国の陸軍に大きな被害を与えながら、防衛戦を行っていた。
兵士数の差は、堅固な陣地と機関銃と自走砲、それと飛行船による爆撃で何とか凌いでいた。
これでロシア海軍と清国海軍を壊滅させれば、さらに士気が上がるだろう。
帝国海軍の対フランス戦も一段落ついていた。清国の広州湾一帯とベトナムの軍施設は、第一遊撃艦隊の艦砲射撃で壊滅させた。
グアム駐留艦隊によって、南太平洋のニューカレドニアとフランス領ポリネシア、ウォリス・フツナの占拠は順調に進んでいる。
そしてベトナムとカンボジアでは独立を望む現地勢力に接近して、フランスから独立させようと日本からの支援が始まっていた。
海南島から武器弾薬が送られてくる独立勢力に対し、海上戦力を失って補給の当ても無いフランス軍では趨勢は決していた。
この時点で、ベトナムとカンボジアのフランスからの独立は現実になっていった。
***********************************
ロシアは日本との戦争を早期から計画しており、ウラジオストック艦隊は史実より増強されていた。
戦艦三隻、装甲巡洋艦五隻、防護巡洋艦三隻、駆逐艦六隻、水雷艇二十五隻の堂々たる陣容だ。
この艦隊は日本海に大きな影響力を保ち、日本の通商の妨害や艦隊決戦も考えられて配備されていた。
しかし、三百隻の飛行船部隊が消滅した時から事情が変わった。
満州総督府があるハルビンが大きな被害を受けて、ウラジオストックも数日おきに飛行船の爆撃を受けて被害が徐々に増えていた。
ならば出撃して日本の通商破壊と艦隊決戦を行おうとした時、フランス東洋艦隊の敗北が伝えられてきた。
同時に日本が従来の戦艦とは一線を画す『神威級』と『風沢級』を実戦配備した事も伝わった。
その『神威級』と『風沢級』の破壊力に加えて、飛行船によって制空権を奪われては、フランス東洋艦隊の二の舞になってしまう。
港に停泊したままでは全滅の危険もあるとして、艦隊司令官はウラジオストックの近辺に艦隊を出撃させていた。
攻撃する目標がある訳では無い。あくまで日本艦隊に対抗する目処が立つまでは、逃げの一手に徹するつもりだ。
そんなウラジオストック艦隊だが、動向は全て衛星監視システムによって把握されていた。
陣内を経由してウラジオストック艦隊の位置を知った第二遊撃艦隊は、佐渡の第10警備艦隊と合流して攻撃を行った。
飛行船の着弾観測もあり、第二遊撃艦隊を視認できずに、ウラジオストック艦隊は海の藻屑と化した。
その後にウラジオストックは海上からの砲撃を受けて、軍港としての機能を停止した。
第二遊撃艦隊は次の作戦に備えて、針路を択捉島の海軍基地に変更していた。
***********************************
旅順は渤海全域に影響力が与えられる位置にあり、天然の良港だ。そこにロシア軍は堅固な要塞と軍港を建設していた。
そして艦隊はロシアのアジア方面の主力が配備されており、ウラジオストックと同じく史実より増強されていた。
戦艦十隻、装甲巡洋艦五隻、防護巡洋艦十五隻、駆逐艦二十五隻、水雷艇三十隻というアジアで最大の陣容を誇っている。
その旅順要塞は飛行船の爆撃によって東進鉄道を破壊されて、物資が不足するようになっていた。
その為に、思うように出撃もままならない。そんな状況で、フランス東洋艦隊とウラジオストック艦隊の壊滅が知らされた。
そして仁川の小艦隊の壊滅と施設の破壊。さらには仁川付近の清国陸軍が、艦砲射撃によって大きな被害を受けた事が知らされていた。
日本海軍がこの旅順を目標にしているのは分かっている。しかし、物資不足もあって旅順艦隊は軍港に停泊していた。
仮に日本海軍が新型戦艦を擁した艦隊で押し寄せても、要塞砲の射程内にあるならと艦隊の将兵は安心していた。
史実では不利な艦隊決戦を止めて、旅順港の狭い出入り口に古い船舶を沈めて、封鎖しようとしたが失敗した。
この時代、要塞と艦隊が撃ち合えば要塞が勝つと信じられており、如何に日本海軍であっても旅順要塞は攻略不可能と思われていた。
しかし……
「散弾らしき砲撃を受けて倉庫が被害を受けています! 一部の停泊中の艦隊にも被害は出ています!」
「何処だ!? 何処から撃っているんだ!? 早く要塞砲で日本艦隊に反撃しろ!」
「砲弾は南山の方角から飛んできています! 上空に飛行船がいますので、着弾観測を行っていると思われます!
日本艦隊の位置が不明ですので、要塞砲で攻撃できません!」
「た、大変です! 飛行船からも爆撃が始まりました! 日本軍は主に我々の倉庫と艦隊を目標にしていると思われます!
それと弾種が散弾から徹甲弾に切り替わりました! 停泊中の艦隊にも被害が出ています!」
「艦隊を急いで出撃させろ! このままでは一矢も報いぬまま全滅してしまうぞ!」
「監視所より連絡! 港の出口付近に日本海軍の艦影を確認! 我々の艦隊を待ち伏せしている模様です!」
「構わぬ! このまま山越えの砲撃で沈められるよりは良い! 早く艦隊を出撃させろ!
それと要塞砲は待ち構えている日本艦隊に砲撃を開始だ! 急げ!!」
要塞砲の庇護があると安心している旅順要塞に、いきなり山越えの砲撃が撃ちこまれた。
旅順要塞の南側にある山の沖合いに布陣した第三遊撃艦隊は、艦砲の仰角を最大にして、長距離射撃を行った。
飛行船による着弾観測により、砲撃精度は極めて高い。そして散弾で倉庫群を破壊し尽すと、目標を停泊中の艦隊に変えていた。
慌てて出航する旅順艦隊だったが、神威級の六番艦『帯広』はこのチャンスを待っていた。
「要塞砲が撃ってきたか。上空の第二飛行船団に連絡! 要塞砲を黙らせろ! 弾種、徹甲弾! 目標は旅順艦隊だ!
ちょうど出口で沈めて、旅順港を完全に封鎖する! 失敗するなよ!」
「第一砲塔から第三砲塔の準備完了! 測定完了! 何時でもいけます!」
「撃て!!」
史実では態々老朽艦を持ち込んで、それを沈めて旅順港を閉鎖しようとして失敗した。
今回は、態々手間が掛かるような事をするつもりは無かった。
旅順艦隊を追い立てて、慌てて出航する時に狭い港の出入り口で艦艇を沈めて港を封鎖する作戦だ。
『帯広』と装甲巡洋艦の砲撃は、旅順港を出ようとする先頭の装甲巡洋艦に着弾して、一瞬で轟沈していた。
こうなれば旅順艦隊に逃げ場は無い。狭い港の中で立ち往生して、第三遊撃艦隊の格好の的になっていった。
ロシア艦隊を全滅させるつもりは無く、ある程度の損害を与えて軍港の機能を奪えば作戦は終了だ。
当初の作戦目標を達成した第三遊撃艦隊は、補給の為に東方ユダヤ共和国の群山港に針路を取った。
同盟国である東方ユダヤ共和国に、『神威級』と『風沢級』の威容を見せて士気を上げる為だった。
その後、第三遊撃艦隊は補給を受けて、渤海と黄海の清国の沿岸部に徹底的な砲撃を行っていた。
***********************************
下関条約で獲得した済州島に、基本的に民間人は居住していない。
防衛用の要塞と大規模な海軍基地と軍需工場、それと密入国者用の強制収容所があった。
そして、二年前から建設が進められていた大型収容所もあり、現在はロシア人とフランス人が収容されていた。
主にロシア人はウラジオストック艦隊の生き残りで、漂流していたのを救助された人達だった。
そしてフランス人は降伏したフランス東洋艦隊の将兵だ。
敵国の将兵だが、日本の国際的信用を高める為と長期的な視野(日本料理や文化の普及)、将来の友好を考えて手厚く扱っていた。
諸外国の記者の取材を認めて、食事や酒、娯楽を含んだ日本の捕虜待遇の実態を世界に報道していた。
「乗船していた巡洋艦から氷の海に放り出された時は死ぬかと思ったが、こうして酒を飲みながら寛げるとは思わなかったよ。
ウラジオストックで勤務していた時は不味い食事だったが、ここじゃ良いものを食わしてくれる。
こんな事なら、もっと早く捕虜になれば良かったよ。日本料理がこんなに美味いものだとは知らなかった」
「酒が飲めるのは満足だが、食事にもっと肉を入れて欲しいな。穀物だけじゃ、物足りない。後は女が欲しいぞ!」
「贅沢言うなよ。俺達は捕虜なんだぞ。まあ、女に関しては当てはあるけどな」
「何だと!? 此処に女がいるって言うのか!? 何処に居るんだ!? 早く教えろ!」
「急かすなよ。ここは俺達白人用の収容所だけど、裏の藪を越えると朝鮮人や中国人の収容所があるだろう。
そこに強制送還される密入国者が収容されているんだ。
畑があって自給自足できる環境にあるけど、農業を知っている人間が少ないから食料不足だ。
おやつに出された菓子や酒の一本でも持っていけば、できるって話だ。俺はまだ試していないがな」
「日本軍にばれたら監禁されるかな?」
「基本的に密入国者の収容所は監視が厳しい。入るのは楽でも、出るのは一苦労するって話だ。
もし憲兵に見つかって、清国や朝鮮に強制送還されても良いなら試してみるんだな」
「はあ。艦隊を下ろされた海軍士官は惨めなものだな。栄光あるフランス海軍の名誉を、我々は汚してしまった」
「そんなに落ち込むなよ。あんな戦艦六隻に勝つほうが無理だって。
ラジオで言っていたけど、広州湾一帯とベトナムの軍施設は破壊されたらしい。このまま俺達はアジアから叩き出されるのかな?」
「その可能性は高いな。そして日本は我々の植民地を総取りするという事か。
開国して僅か三十年ちょっとの日本に、此処までやられるとは情けなくなる。こうなったら、自棄食いしてやる!」
「いくら美味いからって、食い過ぎると身体を壊すぞ。酒も飲み過ぎたら駄目だぞ。
それより本国艦隊とアフリカ植民地艦隊が出撃したと聞いたけど、どうなると思う?」
「スエズ運河は使えないから、喜望峰経由だ。そうなるとマダガスカルに集結して補給だな。
問題はマラッカ海峡の要衝のリアウ諸島は、日本の支配下にあるという事だ。あそこには長射程の要塞砲がある。
そこを落とせないなら、我がフランスはアジアから撤退する事になるだろうな」
「【出雲】を落とせば、引き換えに俺達を解放するように持っていけるかな?」
「どうだろうな。【出雲】はペルシャ湾の奥に位置してるが、入り口のラーラク島には堅固な要塞がある。
それに日本が新型戦艦を導入したって事は、【出雲】も持っているだろう。
旧式戦艦の数を揃えて圧倒できるかも知れないけど、ラーラク島の要塞を抜く事は難しいと思うぜ」
「露仏同盟に従って日本に宣戦布告して、この結果か。日本の隙をついたつもりだったが、こんな逆転劇になるとは、まるでピエロだ。
ロシアは空と海で完敗したけど、陸じゃ優位に立っている。この戦争はどうなるんだ?」
「そんな事を俺に聞くなよ。まあ自棄酒でも飲んで、気分転換するさ」
日本が参戦して約一ヶ月だが、東アジアの空と海は日本が優勢を保っていた。
しかし、陸ではまだまだ清国とロシアの数の優位は変わらない。
まだ冬季だが、そろそろ春の兆しも見え始めている。雪解けに為れば、満州の地にあるロシア陸軍の動きも本格化するだろう。
それまでにどれだけ日本が戦果を拡大できるかが、今後の勝敗を分ける分岐点になるだろうと一般には考えられていた。
後日、済州島の捕虜によって、日本料理や日本文化が戦後にロシアとフランスに齎された。
史実の情報を使って、彼ら好みの味付けや無数の料理人の試行錯誤によって完成された料理は好評だった。
淡月光の支店による宣伝効果もあって、史実より遥かに早く日本食と日本文化は世界に広まっていった。
***********************************
日本と東方ユダヤ共和国は、ロシアと清国とフランスを相手に優位に戦っていた。
しかし中東やアフリカでは【出雲】が準備不足の為に、イタリア王国相手に劣勢となっていた。
イタリア王国とリビアは近い。地中海を挟んだ対岸にあるのだ。一方、【出雲】とリビアは距離があったので、支援も限られてくる。
そんな状況で、海軍の護衛を受けながら約五万のイタリア兵士がリビアに送り込まれた。
ドデカネス諸島に駐留している【出雲】の第五警備艦隊(軽巡洋艦一隻、駆逐艦二隻、護衛艦四隻)がリビアの支援を行っているが、
規模の違いからイタリア海軍と正面から戦う訳にもいかず、どうしてもゲリラ戦術を取らざるを得なかった。
それでも【出雲】から飛行船によって武器弾薬が空輸されて、リビアの内陸部で補給が可能になっている事がせめてもの救いだった。
リビアに国防軍はあるが、設立されて日が浅い為に、どうしても装備と練度の面で不足している。
その為、リビアではイタリア陸軍を引き付けて、補給路を攻撃して消耗を強いる戦術しか採れなかった。
一方、エチオピア帝国では激戦が続いていた。
イタリア王国は大規模な艦隊を派遣して、【出雲】からの補給を完全に断っていた。
そして、陸軍約十五万をエリトリアとソマリアに上陸させて、そこからエチオピア帝国に侵攻していた。
エチオピア帝国は事前に予想して堅固な陣地を構築していたが、如何せん侵略される国境線は広かった。
陣地を回り込もうとするイタリア軍と、それを阻止しようとするエチオピア帝国軍は至る所で激突して、激しい消耗戦を行っていた。
エチオピア帝国は以前から工業化を進めていた事もあり、武器弾薬は国内で生産できるようになっている。
それに地の利はエチオピア帝国にあるので、イタリア軍の兵士の補充が無ければ優勢を保てるだろう。
しかし、フランスが【出雲】の敵に回った為に、ジブチを経由した物資の輸入は途絶えていた。
今のエチオピア帝国を支えているのは、飛行船を使った【出雲】からの空輸だった。
そしてフランス東洋艦隊を撃破した【出雲】艦隊の『神威級』二隻と『風沢級』二隻は、現在はケシム島の軍港で補給を行っている。
この『神威級』と『風沢級』を擁する【出雲】艦隊が出撃すれば、戦況は大いに変わるだろう。
それはイタリア王国もエチオピア帝国も分かっていた。
だからこそ、イタリア海軍は戦艦を含む大艦隊をソマリアに派遣し、【出雲】艦隊に対抗しようとしていた。
そしてエチオピア帝国では【出雲】の援軍の時期は近いと、兵士の士気向上に努めていた。
***********************************
ケシム島の軍港には、ドデカネス諸島に派遣した警備艦隊を除く【出雲】海軍の全艦艇が集結していた。
その中には海南島沖海戦でフランス東洋艦隊と戦った、『神威級』二隻(神威、北鎮)と『風沢級』二隻の姿もある。
行きがけの駄賃にとベトナム南部とカンボジアのフランス軍基地を攻撃した後、マラッカ海峡のリアウ諸島で補給を済ませた。
その後は諸外国に見せ付けるように、堂々とケシム島まで航行してきた。
現在の【出雲】艦隊の戦力は戦艦二隻、装甲巡洋艦二隻、軽巡洋艦五隻、高速駆逐艦十隻、護衛艦二十隻、補給艦六隻になる。
ソマリアに派遣されたイタリア艦隊と比べると、【出雲】海軍は数では劣っている。
しかし、フランス東洋艦隊の時の戦訓で、制空権を持つ方が有利になるというのは各国に知れ渡っていた。
世界の海軍関係者、いや陸軍関係者や政治家も含めた全世界の目が、【出雲】艦隊とイタリア艦隊の激突に注目していた。
(2013.10.13 初版)
(2014. 3.23 改訂一版)
(2014. 5. 4 改訂二版)