1903年

 義和団の乱以降、清国への列強の侵略は拡大の一途を辿り、反発する現地と占拠を進める列強との間で抗争は相次いでいた。

 そんな中、満州を占拠して李氏朝鮮を支配したロシア帝国は、着々と南下政策を進めている。

 満州にロシア風の都市や工場、宮殿までも建設して恒久支配を進め、李氏朝鮮では遷都を行わせて民兵の組織を立ち上げた。

 その李氏朝鮮の民兵は東方ユダヤ共和国と戦闘を始めており、今も継続中だった。


ウィル様作成の地図(日本周辺版)

 イラン王国の王朝交代が発生し、ヨルダン、シリア、イラク(南部は除く)がドイツの工作で独立した。(バルカン諸国家も独立)

 その煽りを受けてオスマン帝国では革命が発生し、トルコ共和国という共和制国家に生まれ変わった。

 サウジアラビア王国が建国され、エジプトはイギリスの保護国になり、リビアは穏便にオスマン帝国から独立していた。


ウィル様作成の地図(中東版)

 世界は激しく動き出していた。そんな中、日総新聞は国民の不安を煽らないようにと冷静な記事を掲載した。


『昨年の秋から続いている朝鮮半島の戦闘ですが、李氏朝鮮は東方ユダヤ共和国の防衛陣地を突破できず、被害を拡大させています。

 現地の情報では民兵の死者は既に二十万人を超えており、今後も増える見込みだと連絡が入っています。

 我が国は東方ユダヤ共和国と軍事同盟を結んでおり、武器弾薬や医薬品の供与を行っています。

 国内の軍需工場は二十四時間操業で応えており、日本総合工業を含めて国内の医薬品メーカーは医薬品の増産を行っています。

 新しい医薬品により、日清戦争の時のように感染症で死亡する兵士は少なくなると予測されています。

 政府は朝鮮半島及び中国大陸への、民間人の出入国を厳しく取り締まっています。

 東方ユダヤ共和国の治安は安定していますが、他の地域では混乱が多発しており、安全は保障できなくなっています』


 朝鮮半島で行われている戦争は、李氏朝鮮の侵攻で始まった。

 李氏朝鮮は東方ユダヤ共和国が最初に攻めて来たと訴えたが、証拠となる映像もあって信じる国は無かった。

 『東アジア紀行』や『朝鮮紀行』によって、彼らの本質が知れ渡っていたのも大きく影響している。

 その後、ようやく宣戦布告が為されて二国間は戦争状態に突入していた。

 もっとも李氏朝鮮が一方的に攻め込んで、被害を拡大させる独り相撲だ。

 東方ユダヤ共和国側は堅固な陣地に守られており、小銃を持った民兵だけで突破する事は不可能だと思われている。

 そして、この後に予想されているロシア帝国との戦争に備えて、日本国内の軍需工場や医薬品工場はフル稼働していた。


『清国で列強の駐兵権が認められた為に、混乱が拡大する一方です。

 民間人の清国への入国は禁じられていますので、注意して下さい。勧告に従わなかった場合は、身の安全は保障されません。

 それと懸案だった紫禁城の美術品と文化財は台湾に建設された『中華博物館』に展示され、一般公開が昨年から始まりました。

 現地の美術大学や鑑定士養成学校も運営を始めています。希望者は清国から移住してきた職人の作業現場を見学できます。

 見学は事前予約が必要になりますので、忘れないようにして下さい』


 日本から見ると、清国は倒れる寸前の病人だ。しかし、実情はまだ限界では無い。これが大国と言われる所以だろう。

 そして日本に向けられる怨恨が減少する傾向はまったく無い。こんな状態で民間人の安全確保は無理で、渡航禁止令が出されていた。

 紫禁城の美術品と文化財の移転は異論が噴出したが、北京議定書に盛り込まれた事もあり、管理は清国人が行う事で無事に終了した。

 紛失した美術品と文化財はゼロ。数十万点の貴重な文化財を海外に持ち出すような大仕事で、紛失がゼロというのは記録的な事だろう。

 以後は福建省から台湾に定期便が出るようになり、観光客が増えてくる傾向を示していた。

 天照機関は、個人的な交友関係まで禁止するつもりは無い。だが、定住者として清国人を受け入れる事は固く禁じていた。

 余談だが、対馬は東方ユダヤ共和国からの日帰り観光スポットとして、発展していった。


『南米のペルーはハワイ王国の支援によって、工業化が徐々に進んでいます。

 この関係から、ハワイ王国はペルーと通商協定を結ぶ作業に取り掛かっています。

 タイ王国の農地開拓や工業化は順調に進んでいます。

 主にインドネシアの工業化に協力している為に、タイ国内の工場の生産量は飛躍的に増加しています。

 現在は日本とタイ王国の間に経済協力協定が結ばれていますが、これを軍事同盟に格上げする交渉が始まりました。

 フィリピンの近代化は、我が国と東方ユダヤ共和国の支援によって順調です。

 南フィリピン共和国の開発が遅れて格差問題が生じる懸念の声もありましたが、現地で大きな問題は発生しておりません。

 インドネシアも各地で農地開拓や発電所や工場の建設が進み、現地の人達の生活レベルの改善が進んでいます。

 マラッカ海峡の要衝であるリアウ諸島とインド洋に面するシムルー島の施設は、日本総合工業によって建設が進められています』


 太平洋一帯は今のところは平穏だった。

 マリアナ諸島の開発は順調に進み、グアムには海軍の拠点が建設されて、駐留艦隊は南太平洋に睨みを利かせている。

 リアウ諸島(マラッカ海峡)とシムルー島(インド洋)の施設は完成していないが、既に警備艦隊が駐留していた。

 その一方でタニンバル諸島には、陣内の手によって秘密基地の建設が進んでいる。

 日本は領土を欲するのでは無く、海上輸送路を守る為に各地の島々を基地化していると表明していた。


『昨年はイラン王国の王朝交代や、オスマン帝国からヨルダン、シリア、イラク、バルカン諸国が独立する政変が続きました。

 その煽りを受けてオスマン帝国で革命が起こり、トルコ共和国に生まれ変わりました。

 アラビア半島の大半を領土とするサウジアラビア王国が建国され、地中海に面したリビアが独立しています。

 【出雲】はこれらの各国の近代化を支援して、協力関係を結ぶと表明しています。

 さらに【出雲】が発表した『中東横断鉄道』は中東の各国から歓迎されており、昨年から用地の取得と工事に取り掛かっています。

 トルコ政府はドデカネス諸島のギリシャ系住民をクレタ島に移住させて、ドデカネス諸島を【出雲】に譲渡すると正式に発表しました。

 ドデカネス諸島に各種の工場群を建設し、トルコやリビアの近代化の拠点として開発を進めると【出雲】は声明を出しています』


 史実では、オスマン帝国はイタリアに敗れた。そして、その後の第一次世界大戦の敗北で、国が解体されて広大な領土を失った。

 今回も広大な領土を失った訳だが、史実よりは広い領土を有して近代化も進められていた。

 ヨルダン、シリア、イラクの独立は想定外だったが、それ以外のところは何とか関係国に組み入れる事ができた。

 しかし列強の手が、何時伸びてくるかは不明だ。その前に近代化を進める必要があるので、【出雲】は大忙しだった。

 イラン王国で石油が見つかった事もあり、列強の視線は中東に向けられつつある。今のうちに強固な地盤を構築しなくてはならない。

 それにヨルダン、シリア、イラクを独立させたドイツの動向や、マケドニアを巡って対立を深めているバルカン諸国も要注意だ。

 ドイツは植民地獲得に遅れた事もあって、清国や他の植民地の獲得に熱心だった。

 今の【出雲】にあまり余力は無いのだが、エーゲ海やクレタ海、そして地中海に影響を与えるドデカネス諸島の開発が急がれていた。


『南アフリカで行われていたボーア戦争ですが、昨年の末にイギリス側の勝利で終わりました。

 しかし、イギリス軍は甚大な被害を受けており、その再建には長い日時が必要だと見込まれています。

 それとボーア人に対する強制収容所や焦土戦術など、非人道的な行為に対して各国からの批判が集まっています』


 帝国主義全盛の時代であり、過酷な植民地支配は各地で行われているが、それらが詳細に報道される事は無かった。

 例外としてはテキサス新聞(陽炎機関の運営)がインディアンの虐殺に関する事を報道し、スコットランド新聞(陽炎機関の運営)が

 オーストラリアやニュージーランドの先住民の虐殺を問題にしたくらいだ。

 ボーア人に対する非人道的行為が問題になったのは、彼らがオランダ系住民でキリスト教徒だったからだ。

 他の植民地では、ボーア人に対する非人道的行為が鼻で笑えるような苛烈な行為が頻繁にあったが、報道される事は無い。

 国際的な批判が多くあり、軍も大きな被害を受けていた事から、イギリスは長期間に渡って軍事的行動を控える事になった。


『理化学研究所の北垣代表は、昨年にノーベル賞を受賞しました。その関係で、北欧にオーロラ研究施設を建設すると発表しました。

 場所はスカンジナビア半島とヤンマイエン島の二ヵ所です。双方とも現地政府の許可は既にとってあります。

 ヤンマイエン島は何処の国にも編入されていない場所で、現地の猟師が一時的に住むだけで定住者はいません。

 今後、北欧との交易が増加すると見込まれている事もあり、現地政府の合意を得て観測所と港湾施設の建設を進める計画です』


 ヤンマイエン島は北極海に面しており、ロシアや大西洋に進出する拠点になると考えられていた。

 酷寒の地だが、地理的なメリットは十分にある。オーロラ観測を名目に、恒久拠点の建設が既に開始されていた。

 この時代には海洋権益という概念は無い。だからこそ、今のうちに実績造りを先行して進めていた。

 さらに北極に近いスヴァールバル諸島には陣内が秘かに秘密基地を建設しており、『白鯨』によって全ての船舶の接近を拒んでいた。


『朝鮮半島で戦争が行われていますが、同盟国である東方ユダヤ共和国は有利に戦いを進めています。

 しかし春にはロシア軍が参戦する可能性もあります。その場合、日本は東方ユダヤ共和国を支援する為に参戦するでしょう。

 日本政府は万全の体制を整えているから、心配する必要は無いと発表しています。

 国民の皆さんはデマに扇動されないように、落ち着いて行動をするようにお願いします』


 今のところ、東方ユダヤ共和国は有利に防衛戦を進めている事から、日本国内の動揺は無かった。

 寧ろ、戦争特需で各地の工場の操業率が上がって景気が上向いたくらいだ。

 軍は既に警戒態勢に入っており、日夜ロシア軍の動向に注意している。

 陣内も衛星軌道上からの監視に余念が無かった。ロシア帝国は大国であり、侮る事は出来ない。

 海と空の優位は保っているが、陸上戦力は比較にならないくらいにロシア帝国の方が巨大だ。

 下手をすると、東方ユダヤ共和国の防衛線が突破されて、大きな被害が出る事もあり得る。

 こうして春の雪解けを待つ間、軍関係者は神経を尖らせていた。


 余談だが、ロシアにも淡月光の支店があって女性専用用品の販売を行っている。

 ロシアと日本の関係は悪化しているが、淡月光を閉鎖するとロシア貴族、特に女性が困る。

 その為に、某女性貴族はロシア皇帝に掛け合い、何があっても淡月光の営業は妨害させないとお墨付きを貰っていた。

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 全世界の視線は朝鮮半島に集まりつつあった。今戦っている二ヶ国では無い。その後のロシアと日本の激突を注視していた。

 ロシアは世界最大の領土(大半は凍土)を持つ大国で、陸軍は精強揃いと定評がある。

 一方の日本は新興国で色々な新技術を開発したり、飛行船を最初に実用化するなど、技術面では高く評価されていた。

 しかし対外戦争で勝利したのは清国だけだ。白人国家に黄色人種国家が、本当に対抗できるのかと疑問の声もある。

 領土を広げるより各国と関係を結んで近代化に協力するなど、欧米の常識に反した行動をしている事もあり、判断に困っている。

 新型の海軍艦艇の配備を進め、老朽艦を河川砲艦として列強に売り払うなど、その真意が掴めていない事が大きな要因だった。

 日本が飛行船部隊と海上艦艇の拡充を進める代わりに、陸軍は縮小しているという事実がある。

 その縮小した陸軍で、ロシアの圧倒的な物量に対抗できるのか? そこに世界の注目が集まっていた。


「ほう。今年の理化学研究所の記事はオーロラ研究施設の建設だけか。やっと、ネタが尽きたか」

「馬鹿な事を言うな。絶対に影で色々な研究を進めているに違いない。昨年に発表した血友病や白血病の研究だってダミーかも知れん。

 それとヤンマイエン島に研究施設を建設中と書いてあるが、あそこは何処の領土にもなっていない。

 日本はマラッカ海峡の要衝のリアウ諸島や、インド洋への出口であるシムルー島に海軍基地の建設を進めている。

 ヤンマイエン島を抑えられると、日本はロシアや北欧、欧州全域や大西洋にまで進出する事が可能になる。

 日本は全海洋に進出する気じゃ無いのか!? このまま日本を放置しておくと、拙い事になるかも知れないぞ」

「考え過ぎじゃ無いのか? ヤンマイエン島は酷寒の地で、定住する事は出来ない。

 今の日本の技術を使っても、北極海を渡る事は難しいだろう。それよりロシアが日本にどう出てくるかだ。

 春を待って、ロシア軍が一気に朝鮮半島に雪崩れ込むのは間違い無いだろうしな」

「李氏朝鮮の民兵が捨て駒扱いされて、東方ユダヤ共和国の消耗を強いているらしいが、機関銃の弾丸だけでは高が知れている。

 それでも突撃を繰り返すんだから、李氏朝鮮の口減らしも兼ねていると考えて良いだろう。

 そうなるとロシアがどんな戦術を取るかだ。まさか突撃を繰り返すなんて馬鹿な事はしないだろう」

「それはロシアの出方を待つしか無い。極東艦隊を増強しているから、軽巡洋艦しか無い日本海軍がどう対応するかだ。

 日清戦争の時のように砲の速射性だけを求めても、戦艦は防御力が違うからロシア相手には通用しない。

 それとも飛行船を上手く運用するのかな? 観戦武官を飛行船にも認めて貰えれば良いんだが」

「さあな。それにしても、極東に戦乱が迫って来た。不思議なのは、列強から侵略を受けている清国の動きが活発なんだ。

 日英同盟があるから参戦してくる事は無いだろうが、何を考えているのかな?」

「アジア人の考えている事は、俺には分からん。李氏朝鮮は自分から攻め込んだ癖に、攻め込まれたって言ったんだろう。

 東方ユダヤ共和国の国境警備隊が撮影した映像があると知って、黙り込んでしまったがな。

 ああいう嘘を平然と言うなんて、俺には理解できん。まったく、何を考えているんだか?」

「図書館に行って『東アジア紀行』と『朝鮮紀行』を読めば、奴らの行動が理解できるよ。まともに相手にしないのが一番だ。

 ユダヤ人は同胞のネットワークを使って、李氏朝鮮の理不尽さを全世界にアピールしている。情報戦では勝負は決まった」


 今のところ、ロシアが勝つのか日本が勝つのか、はっきりと予測できる人間はいない。

 陸戦では物量で圧倒するロシアが有利で、飛行船の方は開発国である日本が優位と思われている。

 海戦については日本の艦艇の戦闘能力が未知数という事もあって、はっきりとした判断はつかない。

 それでも日本が配備している艦艇は小型タイプだけで、海軍艦艇の総トン数では日本が圧倒的に劣っていると知られている。

 今行われている李氏朝鮮と東方ユダヤ共和国の戦いの結末は見えていた。その後に参戦してくるロシアと日本に注目が集まっていた。


「極東はロシアの出方待ちだな。それはそうと中東で大きな動きがあったが、動かないのか?

 王朝交代や革命騒ぎがあったんだ。介入する絶好のチャンスだろう」

「ヨルダンやシリア、イラクはドイツが工作して独立させただろう。艦隊を派遣して、すぐに足場を固めてしまった。

 イギリスはボーア戦争で消耗しきっているし、他の列強も清国への進出に夢中になっている。

 それに【出雲】が中東各国と協力体制をとっているから、強引に介入するのは問題がある。

 確かに地下資源は魅力だが、砂漠や荒れ地が多いから、【出雲】と揉めてまで進出するメリットがあるかで悩むんだよ。

 進出に熱心なのは、植民地獲得に出遅れたドイツくらいだろう」

「そうは言うが、イランに油田が見つかって、【出雲】と現地の合弁会社で開発を進めているらしいぞ。

 イギリスが手を出せなくて、悔し涙を流したって聞いている」

「本当か!? バクー油田も近いし、ひょっとしたらあの一帯は石油の宝庫なのか!?」

「それは採掘してみないと分からない。ただ言える事は、イラン王国は【出雲】と手を組んだ。

 イギリスの利権は残っているが、石油は【出雲】との合弁会社によって開発が進められる。それと『中東横断鉄道』がある。

 あれが完成すると、中東全域は【出雲】の影響下に入ると思って良いだろう」

「サウジアラビアから【出雲】とイラン王国を通ってトルコ共和国に繋がる『中東横断鉄道』か。確かに厄介だ。

 今までの【出雲】の実績を見ると、簡単では無いだろうが建設できる力はある。

 それにエーゲ海のドデカネス諸島まで進出するんだろう。何処まで手を伸ばすつもりだ?」

「ドデカネス諸島のギリシャ人をクレタ島に移住させて、厄介者を一掃してしまった。

 統治し易くなったドデカネス諸島を、トルコ共和国の防衛ラインとして残すつもりかも知れん。

 あそこに海軍基地や工場群を建設すれば、トルコ共和国やリビアに支援が容易になるしな。

 まったく日本人は抜け目が無い。清国や李氏朝鮮とはえらい違いだ」

「【出雲】は日本の皇室直轄領だが、日本総合工業が深く関わっているから技術的に侮れない。

 多数の飛行船部隊と新型艦艇を揃えているしな。軽巡洋艦止まりだが、戦闘能力は未知数だ。

 それにラーラク島には堅固な要塞があるから、海上から攻めるのは困難だろう。

 今のうちに【出雲】を抑えた方が良いんだろうが、戦力評価が出来ないのは困ったものだ」

「それは他の列強も考えている事だ。だからこそ、ロシアとの戦争で日本の本当の戦力を分析するんだ。

 もしかして、とんでもない隠し玉を持っている可能性もあるんだ。誰も貧乏籤を引きたくは無いさ」


 日本は開国してまだ四十年も経ってはいない。

 それなのに欧米を超える科学技術を示して、さらには巫女という不思議な存在を抱えている。

 地震や火山の噴火を事前に予知する能力は、奇跡と呼べるだろう。そして、巫女の力を戦争に利用される可能性さえある。

 列強が自国の占い師や魔女の能力査定を行ったが、満足な結果は出ていない。中には金を持ち逃げした人間も居る。

 巫女がいるので日本が負け戦をするとは思えない面もあるし、日本が配備した兵器の威力も数も未知数だ。

 それに日本が開発した各種の製品や部品は、今でも欧米に大量に輸出されている。

 一部は国産化に成功したが、まだまだ品質面とコスト面で日本製品に対抗できない。

 医療の分野においても、感染症を防ぐペニシリンなどの量産体制が整っていない国は、まだ日本から輸入している。

 その日本と戦うという事は、それらの輸入が途絶える。無くてはならない物という訳では無いが、不便になるのは確実だ。

 これらの理由から、日本と対立する事を躊躇っている列強は多かった。例外はロシアだった。

 ロシアの持つ圧倒的な力で、東方ユダヤ共和国と日本を手に入れようとしていた。


「あのロシアの脅威が迫っているのに、日本の国民は平然としている。やはり何か隠し玉があるんだろうか?

 もしかしたら、ユダヤ人の世界ネットワークに期待しているのか? 俺ならもっと騒いで他に助けを求めるけどな」

「何とも言えんな。日英同盟に期待しているのかも知れん。ハワイ王国は遠いし貧弱過ぎるから、支援は期待できないだろう。

 タイ王国との軍事同盟は、延期が決定している。だけど、とんでもない新兵器を用意している可能性もある。

 戦意や危機感を煽るイエロージャーナリズムに染まった新聞社や、無責任な開戦を叫ぶ輩を徹底的に潰しているからな。

 そこら辺が日本国民が落ち着いている理由かも知れないぞ。」

「それはあるかもな。日清戦争の時に戦線拡大を主張した大学教授を徹底的に批判して、国外追放まで追い詰めたからな。

 過去の発言や犯罪歴まで持ち出されて、戦争という国の一大事に口を挟む資格があるのかと新聞やラジオで徹底的に非難されては

 日本国内に居場所は無い。ましてや専門外の事で、勢いだけで言ったらしい。奥さんは離婚して子供を連れて実家に帰った。

 教授を庇った大学までも潰すとは尋常じゃ無い。確かにあの時の日本は装備も戦力も今ほどは無かったから、無闇に戦線拡大しないのが

 正解だったが、戦いを煽った人間をあそこまで追い詰めるとは普通じゃない。我々とは異なる考え方をしている」

「あの時の日総新聞の記事に、責任ある立場の人間が無責任な発言をした時は、責任を取るべきだって書いてあったな。

 自分の意見を言う自由はあるが、専門外の事に口出しする時、ましてや国家の方針に関わる事の発言は責任があると主張していた。

 他のイエロージャーナリズムの新聞社も同じだ。日本では報道規制法が制定されたから、根拠の無い記事を書いた新聞社は罰を受ける。

 偏向報道も同じだ。だからこそ、あそこまで冷静になれるんだろうな。それと、巫女の存在が大きいのかもな」

「偏向報道に関わった奴らは、二度と同じ職業に就けないという厳しい罰則付きだ。

 国外に追放された大学教授は見せしめになったらしく、無責任な発言をする輩が減ったと聞いている。ある意味、羨ましいぜ」

「そういう理由で日本は混乱していないのかもな。そして、着々と戦争の準備を進めている。

 日本各地の軍需工場や医薬品はフル操業だと聞くし、東方ユダヤ共和国に大量の軍需物資の輸出が行われている。

 これだけやっているのに国債も発行しないで、戦費は大丈夫なんだろうか?」

「日本総合工業を始めとして他の企業も輸出で儲けているから、税収が増えたんじゃ無いのか。それに金食い虫の陸軍を縮小している。

 海軍艦艇は配備を進めているから、どっこいどっこいと言ったところか」


 軍隊は生産に寄与するものでは無く、維持するだけで多額の費用が掛かる。

 しかし国益を守るには必須の組織だ。平時においては軍の規模は小さい方が負担は少ない。

 それでも開戦間際では、そんな事は言ってはいられない。

 日本が国債を発行しないで戦争の準備が進められたのは、天照機関が運用する秘密資金があったからだ。

 タイ王国とフランスの仲介の時に賠償金を立て替えた事で、かなり減ったが返済は滞る事なく行われている。

 それに日本総合工業が販売する石油代金(原価は殆どゼロ)の利益の一部や、列強のダミー商社の利益も少しは流れ込んだ。

 史実の情報を活用した投資を積極的に行っている事もあって、秘密資金は最初より増えていた。

 そして、天照基地で生産された設備や艦船の原価はゼロに近い為、軍備に掛かった費用が抑えられたという理由もある。

 それは日本総合工業が関与している各地の工場群も該当する。その為に他と比べると、遥かに安い資金で建設が行われていた。

 そのような理由もあって、日本は潤沢な資金を使って戦争の準備を進めていた。

 尚、日本海軍に納入された艦艇の価格が激安価格である事を知るのは、海軍関係者でも限られた人達だけだった。

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 李氏朝鮮の民兵組織は、支配階級の両班がロシアからの命令に従って動かしている。

 民兵組織の司令部は以前の首都である漢城に置かれて、忠清道と慶尚道方面への出撃命令を出していた。

 その司令部で、両班と側近だけの秘密の話が行われていた。


「既に死者は約二十万人、重軽傷者は十三万人を超えています。

 食料とアヘンの残りが少なくなってきています。そろそろ限界かと思われます」

「……食料か。この周囲一帯に食料を隠している奴らはもう居ないのか? 再度、徴収部隊を派遣しろ」

「無理です。既に徴収部隊は三十回以上も派遣してます。この京畿道と江原道付近は略奪し過ぎており、住民は北部に逃げています。

 残っているのは強制拉致した慰安婦だけです」

「……ふむ。甲午農民戦争に参加した東学党や農民の連中は、これで殆どが始末できたか。これで我々に逆らう者を処分できた。

 食料が残り少ないのなら、残った兵士は逆に荷物だな。動けない重傷者は放置し、動ける軽傷者はアヘンを使って突撃させる。

 それでユダヤ人に消耗を強いられるなら上等だ。我々は食料を持って平安道まで撤退するぞ」

「宜しいのですか? ロシアの督戦隊もいますが……」

「そのロシアからの指示だ。反逆者の予備軍を始末すれば後々の統治はし易くなるし、食料も無限では無いからな。

 我々はロシアの勝利を待って、再び朝鮮半島の全てを支配する。

 ああ、慰安婦で貢物に使えそうな女は連れていく。後は民兵の好きにさせてやれ」

「分かりました。ではアヘンを全て使用して、三日分の食料を全軍に配給した後は、我々は平安道まで撤退します。

 途中の黄海道からも住民は平安道に逃げています。途中で徴収できる食糧はありません。

 食料を失った反逆者は逃げ戻っても、平安道まで辿りつく事は無いでしょう。重傷者も同じ運命ですな」

「海軍の不穏分子も最後の処分を行う。これが成功すれば我々の支配が脅かされる事は無くなる。もう少しの辛抱だ。

 人口は減ったが、不穏分子が消え去れば我々の立場は安定する。それに直ぐに領民は増えるものだからな」


 両班は領民に寄生して搾取するだけだが、単純な馬鹿では無い。

 民兵の突撃を何度繰り返しても、東方ユダヤ共和国の陣地を突破できないのは最初の段階で分かっていた。

 ロシア督戦隊からの指示もあったが、不満分子の大量粛清を行って、自分達に従順な人間だけを残すという計画を進めていた。

 こうして民兵で約四十万人以上の被害という、未曾有の悲劇が発生する。

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 ロシアとの開戦は既定のものとなっていた。その為に日露交渉は無駄と判断されて、今回は行われていない。

 侵攻を逆手にとって領土を増やす計画なので、ロシアが戦争を仕掛けてくれないと困る面もあった。

 攻め込まれた東方ユダヤ共和国を救うという名分もあるし、色々と準備はしてある。それに、切り札も用意している。

 衛星軌道上からの攻撃を行えば損害ゼロで勝利できるが、容易く入った勝利は国民や軍を増長させるだけだし、

 未来の技術を持っている事を諸外国に知られる訳にはいかない。精々が衛星を使った情報収集をするくらいだ。

 ロシア艦隊を全滅させる事が可能な潜水艦隊を持ってはいるが、今回は使う予定は無い。

 多少……いや、かなり梃入れを行ったが、それでも使用する兵器類は今の科学常識の範囲内に止めている。

 ロシアとの開戦を間近に控えて、天照機関は最後の詰めの協議を行っていた。


「李氏朝鮮の民兵は鉄条網に突撃を繰り返して、機関銃の餌食になるだけか。死者は既に二十万を超えたと聞く。

 ロシアの督戦隊が居ると言っても限度があるだろう。李氏朝鮮は黙って従うだけなのか? 死ぬのを拒否して逃げないのか?」

「アヘンで判断力を低下させられて、攻め込めれば食事ができると言われているらしい。事大主義の顛末だろうが、少々哀れだ。

 さて、ロシアは雪解けを待って全面攻勢に移るだろうが、準備は大丈夫だろうな?」

「勿論だ。主戦場は朝鮮半島になるだろう。計画通りに、陸戦は東方ユダヤ共和国に任せる。若干の援軍は派遣するがな。

 その代わり、空と海は我々が全面的に戦う。その準備は大丈夫だ。ただ、清国の様子が気になる」

「清国? 史実では日英同盟の為に、結局は参戦して来なかった。今回もそうだと聞いているが、違うのか?」

「陣内から提供された衛星軌道上からの監視情報でも、特におかしなところは無い。

 しかし、陽炎機関に清王朝の内部を探らせているのだが、何やら不審な動きがあるという報告だ。一応は注意しておいた方が良い」

「陽炎機関か。忍術を仕込まれた隊員を近代戦用に再教育して、史実の特殊部隊並みの錬度を持つに至ったか。

 追撃戦や夜戦、破壊工作の時には頼りにしているぞ。

 話を戻すが、清国が参戦しても大勢に変化は無い。そうなったら朝鮮半島の罠に引き寄せて、大損害を与えてやるだけだ」

「陸軍の侵攻部隊の準備も万全だ。それと秘匿してきた『神威級』と『風沢級』の訓練も上手くいっている。

 ロシアとの戦争が始まり次第、直ぐに南大東島の訓練施設から出撃させる。【出雲】艦隊もな。

 衛星軌道上からの監視情報もあるし、『神威級』と『風沢級』を使えば海戦の勝利は間違いない」


 東方ユダヤ共和国はあまり被害を受ける事も無く、防衛戦を行っている。

 ただ、あまりに多い死者の為に、防衛側の精神失調の人間が多くなってきているのが問題だ。

 それにしても、交代要員が控えているから大丈夫だろう。

 史実ではロシアは約五十万人の兵士を抱えていたが、今回は約六十万の兵力を擁している。

 対する東方ユダヤ共和国の陸軍は約三十万、日本は約十万と陸戦では劣勢だ。

 それに対する備えはある。しかし、不用意に双方の被害を拡大させる事は、将来の問題になると認識されていた。


「中東方面の問題はまだ残っているな。イラン王国は各地の抵抗勢力の討伐中だし、トルコ共和国も治安はまだ安定していない。

 取り敢えずは列強の干渉は防げるだろうから良しとするべきか。サウジアラビアとリビアの安定化の方が優先だな」

「あの『中東横断鉄道』の建設に全力を注ぐ時だ。あれが完成すれば、中東に大きな経済圏を確立できる。

 エチオピア帝国は国内で少量だが武器弾薬の生産が可能になったし、農業生産量も増加している。

 今のペースで国力を増強させていけば、十年以内には東アフリカ地域で最大の国力を持だろう。

 最初は妨害を試みていたイタリア王国も、最近は大人しい。もっとも、近いリビアに食指が伸びているのかも知れんが」

「まあな。隙を見せれば食いつかれるから、注意は必要だ。

 エーゲ海のドデカネス諸島は、やっと施設の建設に取り掛かったところだ。完成するまでの数年間は我慢が必要だな」

「しばらくは中東は受身に回らざるを得ないな。仕方あるまい。

 北欧のヤンマイエン島やスヴァールバル諸島が効果を発揮するのは、今回の対ロシア戦が終わってからだ」

「ふむ。海外情勢は今のところは想定内か。中東については、ドイツはこれ以上の拡大をしないと内々で伝えてきた。

 ロシア皇帝と縁戚関係にあるから何処まで信用できるか不明だが、今のところは信用しておこう。

 ロシアとの戦いが迫っているというのに、国内で混乱が起きていないのは良い傾向だな」

「イエロージャーナリズムに染まった新聞社を厳しく規制したり、根拠の無い主戦論を唱えた馬鹿な大学教授を見せしめにしたからな。

 そして四年前の李氏朝鮮へのボランティアで亡くなった人もいる事から、平和主義者も大人しいものだ。

 画一的な意見ばかりでも問題はあるし、積極的過ぎても消極的過ぎても困るとは贅沢な悩みかな」


 現在、色々な問題はあるが、致命傷では無い。挽回可能な範囲に留まっている。

 その為、天照機関のメンバーはリラックスした雰囲気で協議を行っていた。

 しかし、そこに緊急電話の呼び出し音が鳴り響いた。


「何だ? 会議中……何だと!? 分かった! 被害は少なく、相手を殲滅したのだな。全軍に警戒態勢をとらせておけ!」

「何があったのですか?」

「最前線に近い群山に向かっていた補給物資を満載した我が国の輸送船に、李氏朝鮮の海軍が攻撃を仕掛けてきた。

 そして護衛の艦艇で、彼らの艦隊を殲滅したとの報告だ。奴らは残った艦艇を全て投入して、この奇襲に賭けたらしいがな。

 これで名分もできた。直ぐに李氏朝鮮への宣戦布告の準備を進めろ!!」


 李氏朝鮮の民兵も残り少なくなってきており、そろそろ限界かと思われている矢先の出来事だった。

 本来ならロシアの参戦を待ってから日本が参戦する予定だったが、李氏朝鮮から攻撃を受けたとあっては捨て置けない。

 まだ準備が間に合わないものもあるが、このチャンスを逃す事は無いと事態は一斉に動き出していた。

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 李氏朝鮮の海軍艦艇の奇襲を非難した日本政府は、正式に李氏朝鮮に宣戦を布告した。

 日本が参戦する事は各国も予想済みの事であり、当然の事として受け止められている。

 そして注目されるのはロシアの動向だ。必ず参戦してくると思われていた。


 日本が李氏朝鮮に宣戦布告した翌日、ロシアは日本と東方ユダヤ共和国に宣戦布告を行った。

 同時にロシアは李氏朝鮮を併合して、露清密約を結んでいた清国は日本と東方ユダヤ共和国に宣戦布告を行った。

 つまり李氏朝鮮は併合によって消滅し、日本と東方ユダヤ共和国は、ロシアと清国の二ヶ国を相手に戦争を行う事になってしまった。


 日英同盟のイギリス側の参戦規定は、交戦国が三ヶ国以上になった場合という制約がある。

 この場合は李氏朝鮮が併合によって消滅した為に、イギリス側の参戦義務が生じる事態にはならなかった。

 史実では1904年に始まったロシアとの戦争は、清国や東方ユダヤ共和国を加えて規模を拡大し、約一年も前倒しで始まった。

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 まだ厳寒期なので、満州のロシア陸軍の動きは鈍かった。とは言え、宣戦布告をしたからには動かない訳にもいかない。

 そして西シベリアにある巨大な飛行船基地に対して、計三百隻の飛行船部隊の出動命令が下された。

 目的地は東方ユダヤ共和国と日本だ。まずは三百隻という圧倒的な数の優位に物を言わせて、緒戦で大打撃を与える計画だった。

 三百隻もの飛行船を用意するのは、如何にロシアと言えども負担は大きい。

 その為に、一部の装備を簡素化するなどして製造費用の削減に努めた。

 それでも水平射撃が可能な砲を搭載するなど工夫を凝らしていた。搭乗員の負担は増えたが、その戦闘能力に期待が寄せられていた。


 雪の為に動きが鈍いロシア陸軍とは対照的に、清国の動きは素早かった。

 南方という地の利を活かして、日本製の自走砲や銃火器を装備した清国陸軍を、東方ユダヤ共和国に向けて出撃させた。

 同時に、渤海にある清国海軍艦艇の全てを済州島の攻略に、そして他の港湾施設にある海軍艦艇や漁船までも動員して、

 船山群島と台湾、澎湖諸島、海南島の日本の施設攻略を行う計画を指示した。

 清国の海軍艦艇は予算不足の為に更新はされておらず、老朽化が激しい。しかし、物量をもって日本軍を圧倒するつもりだ。

 その作戦はロシア旅順艦隊が日本艦隊に打撃を与えてから発動させるつもりで、準備を急がせていた。

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 李氏朝鮮がロシアに併合(吸収)されて、清国が東方ユダヤ共和国と日本に宣戦布告を行った事は、諸外国に大きな衝撃を与えていた。


「日英同盟の参戦規定は、中国と朝鮮地域において交戦国が三ヶ国以上になった時という条件つきだ。

 まさか李氏朝鮮を吸収併合して参戦国を減らして、その代わりに清国を参戦させるとは予想もしなかったぞ」

「まったくだ。李氏朝鮮はろくな軍が無いから数合わせに過ぎん。良く考えれば、道理に適っている。

 東方ユダヤ共和国と日本は、ロシア帝国と清国相手に戦争か。国の数は対等だが、国力比が圧倒的に違うな」

「清国はろくな軍備を持っていないが、あの兵士の数は脅威だからな。

 北京議定書で失ったものを、東方ユダヤ共和国と日本から奪おうと考えているんだろう。

 ロシア陸軍は雪の為に、動きが鈍い。この隙に、どれだけ清国に打撃を与えられるかが勝負の分かれ目だろうな」

「義和団の乱の時は、圧倒的に兵数で優位にあった清国は列強の混成軍に歯が立たなかった。

 ロシアがどう動くかが問題だ。それと日本もだ。東方ユダヤ共和国と日本が負けると、色々な技術がロシアに奪われる。

 巫女までも連れて行かれたら、ロシアを抑えきれなくなる可能性があるぞ」

「客観的に考えても、ユダヤ人と日本人の同盟の方が危ういからな。戦費も大丈夫なのかな?

 何だったら、日本の持つ特許を担保に外債を買ってやっても良いんだが」

「どうだろうな。ユダヤ人がいるし、戦費には困らないんじゃ無いのか」


 清国がロシア側に立って参戦してくる事は、誰も予想はしていなかった。

 満州の地を占拠されている清国が、ロシアの味方をするとは考えなかった事も大きい。

 その清国はロシアの実力を知り、今は共同戦線を張って日本の富と技術を奪う事を優先させていた。

 同じアジアの国なのに列強を上回る技術を持ち、支援をする事も無く自国の資源を奪う日本憎しの感情面もあったからだ。

 紫禁城の文化財を台湾に持ち込んだり、河川砲艦を列強に販売した事などの感情のしこりもある。

 北京議定書の時に日本が賠償金の減額を言い出した事は既に忘れており、清国上層部の怨みは日本に向けられていた。


 この時代、世界中でロシアの脅威が叫ばれており、日本はおかしな国として戦力評価が定まっていない。

 それでも世界の大部分の人達は、ロシアの圧倒的優勢を信じて疑ってはいなかった。

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「祖国がロシアに併合されただと!? それは本当の事なのか!?」

「はい。何度も確認しましたが、間違いありません! 祖国はロシアに吸収されてしまったのです!

 戦時中の為に国王陛下を含めた組織は維持されていますが、外交権はロシアに剥奪されました。

 国交があった国々も全て撤退して、我が国を認める国家はありません! このままでは、祖国は滅亡してしまいます!」

「何たる事だ! だから我々は独自路線を採るべきだったんだ! こうなるとアメリカの支援も絶望的なのか!?」


 朝米修好通商条約に頼ってアメリカに支援を要請しようとしていた李承晩に、李氏朝鮮の消滅の情報が届けられた。

 史実と同じく、アメリカは李氏朝鮮の支援に及び腰で、都合が悪いと何度も面会要請を断られていた。

 こうなると、帰国しても何も出来ない。一つ間違えば、再度投獄される危険性もある。

 悩んだ李承晩はジョージ・ワシントン大学に入学して勉強を修める傍らで、アメリカでロビー活動を行う事を決意していた。

 渡された資金の余裕はまだあるし、数は少ないが同胞がアメリカで生活を営んでいる。そこからの支援も少しは期待できる。

 今は耐える時だと、李承晩は勉強をしながら、アメリカでの人脈作りとロビー活動に専念していった。


 李承晩は祖国の窮状を訴えてアメリカの支援を要請していた。

 同時にユダヤ人や日本人を非難するロビー活動を行って、ユダヤ人組織に目を付けられて色々な妨害工作を受ける事になっていく。

 そして史実と同じく、ジョージ・ワシントン大学における成績は落第寸前の『C』ランクだった。

 こうして李承晩は苦労しながらも、ユダヤ人と日本人への憎悪を蓄積させていった。

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 李氏朝鮮の海軍艦艇の奇襲を受けたが、逆襲して殲滅。その後に日本は李氏朝鮮に宣戦布告を行った。ここまでは問題は無い。

 しかし、李氏朝鮮がロシア帝国に併合されて、清国が参戦してくるとは日本の誰も考えては居なかった。

 国民の間に動揺が広がったが、その不安を抑えたのはラジオ放送だった。


『こちらは日本帝国放送です。本日のニュースをお知らせします。

 一昨日に日本は李氏朝鮮に宣戦を布告しましたが、その李氏朝鮮はロシア帝国に併合されて消滅しました。

 宣戦布告を受けて我が国は、ロシア帝国と戦争状態に突入しました。

 そして昨日、清国が日本と東方ユダヤ共和国に宣戦を布告してきました。二ヶ国対二ヶ国の戦争になった訳です。

 ですが、国民の皆さんは慌てないで下さい。政府は対ロシア戦の準備を進めてきましたし、清国は人口は多くても技術は低いのです。

 我が国の誇る飛行船と新型艦艇ならば必ず勝利できると、報道官は記者会見で発表しました。

 確かに国家レベルの危機ですが、ここで不要に騒ぐと余計に敵国に付け込まれます。

 既に軍部の動員は始まっており、数日中には艦隊が出撃する予定があると聞いています。国民の皆様の冷静な行動を御願いします。

 ん? 少々、お待ち下さい。……最新ニュースが入ってきました。

 ……イタリア王国は皇室直轄領の【出雲】とエチオピア帝国とリビアに対して、宣戦布告を行いました。

 それとロシアと同盟を結んでいるフランスは、中国大陸と朝鮮半島を除いたアジア地域に限定して、我が国に宣戦を布告しました。

 ………帝国政府は全国民の皆様に、落ち着いた行動を取るように要望しています。

 巫女様も同じ声明を出しました。国民の皆様はデマに扇動されずに、冷静な行動を取るように御願いします』


 常備軍であっても、全軍が直ぐに動き出せるものでも無い。

 休暇中の者の呼び戻しや、補給物資の調達や積み込みを行わないと出撃もままならない。

 今回の開戦は、李氏朝鮮の海軍の奇襲だったので尚更だ。最初の予定では雪解けを待って、戦争に突入するつもりだった。

 直ぐに出撃できる艦艇はあるが、その数は少ない。その為、まだ実際の戦闘は始まってはいなかった。

 これからというところに、イタリア王国とフランスの宣戦布告が行われた。


 正直に言って、参戦国の追加は天照機関にとっても想定外の出来事だった。

 確かにイタリア王国とはエチオピア帝国を巡って、関係が悪化していた。

 しかし、最近はイタリア艦隊の動きが少ない事から、警戒を緩めていた矢先の事だった。

 フランスにしても、史実では参戦していないから大丈夫だろうと油断していた。

 まさか中国と朝鮮方面を除くと言う、露骨なイギリスの参戦規定逃れの限定戦争を挑んでくるとは想像もしていなかった。

 各地の拠点の整備は進んでいるが、まだ途中のものも多い。

 戦闘区域が史実より遥かに広大になった為に、戦力の集中に悩む事もあるだろう。

 しかし、隠しておいた切り札もある。帝国陸軍と帝国海軍、それに【出雲】軍は急いで戦時体制を整えようとしていた。

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 イタリア統一運動の為に国内の統合が遅れて、イタリア王国は他の列強と比較すると世界進出が遅れていた。

 現時点での植民地は、エチオピアの周囲のエリトリアとソマリアだけだ。

 エチオピア帝国を狙っていたが、1896年の『アドワの戦い』でイタリア王国は敗北した。(第一次エチオピア戦争)

 しかし、諦めた訳では無かった。人口増加問題を解消する為にも、イタリア王国は海外の植民地を欲していた。

 狙っているのは、エチオピア帝国だけでは無い。地中海の対岸のリビアは近代化されていない事もあり、格好の標的になっていた。

 そんなイタリア王国にとって、日本と【出雲】の存在は邪魔だった。

 しかし、日本と【出雲】の戦力評価が終わっていないのに、戦争をする事は出来ない。負けたら全てを失う可能性もある。


 だからこそロシアと日本が戦う時を、イタリアは辛抱強く待っていた。

 日本はロシアに勝てないだろうし、【出雲】だけならイタリア単独でも勝てると判断していた。

 【出雲】が劣勢になっても、日本の本国からの援軍が来る心配は無い。まさに絶好の機会だ。

 ロシアと日本が戦っている最中に、【出雲】とリビアとエチオピアは落とせるだろう。

 イタリア王国は本格的な戦争の準備をしていた訳ではないが、地理的な状況を考えれば短期間で決着がつくと見込まれていた。

 こうしてイタリア王国は国内動員を開始して、リビアとエチオピア帝国の侵略の準備を進めていた。


 イタリア王国には淡月光の支店があり、日本や【出雲】からも色々な商品の輸入を行っていた。

 日本と【出雲】と戦うという事は、それらが途絶えるという事を意味する。

 しかし、淡月光はイタリア国内の生産を進めていた事もあり、日本や【出雲】からの輸入品にしても必需品という訳では無い。

 多少は不便になるだろうが、海外領土の獲得に比べれば不利益は小さいと判断されていた。

 そしてイタリア王国が宣戦布告した当日、ニュースを聞いた淡月光の職員は身の安全を確保する為に、店を閉めて姿を消した。

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 清国は東方ユダヤ共和国と日本との戦争を秘かに考えていたが、戦争の準備を進めていた訳では無い。

 日の丸をつけた飛行船が清国の上空を定期的に飛行して、地上の様子を偵察していた事が大きな要因だった。

 戦争準備を進めると日本に勘付かれる。しかし、参戦表明した今なら隠す必要はまったく無い。

 たしかに海軍は劣勢で、空軍は存在しない。それでも、圧倒的多数を誇る陸軍はまだ健在だ。

 今の清国は欧米や日本からの武器の輸入を北京議定書で禁止されているが、各地の列強と結びついた有力者は別だ。

 各地の有力者は武器の輸入が認められている。そこに清国軍は目をつけていた。


「各地から銃火器と自走砲を集めるんだ! 東方ユダヤ共和国と日本を落としたら、提供した兵器の数によって報奨を与えると伝えろ!

 李氏朝鮮は小銃を持った突撃しか出来なかったが、我々は違う! 日本の奴らが作った自走砲でユダヤ人の陣地を突破するんだ!」

「各地の有力者は協力的です。日本との交易が途絶えるでしょうが、我が軍とロシア軍が協力すれば、勝利は確実になります。

 そしてロシアが優勢な海軍で日本艦隊を殲滅すれば、日本占領も可能になります!」

「そういう事だ。準備が出来た部隊から、順次に東方ユダヤ共和国に向けて進軍を開始せよ!

 途中の満州を通過するのは、ロシアの同意を得ている。女や物資の略奪も許可する! 今は一刻も早く現地に到着する事を考えろ!」

「食料調達が心配でしたが、略奪の許可を出して貰えれば補えます。憎き日本に勝てるとなれば、兵士の士気も上がるでしょう!

 各地の有力者からは武器だけで無く、兵も派遣すると申し出がありました!」

「勝ち馬に乗ろうと言う事か。まあ良いだろう! 糧食の提供を義務付けさせて、現地で陣を整えるんだ!」


 北京議定書の後でも日本から武器の輸入を続けていた各地の有力者は、積極的に兵士や武器を清国政府に提供していた。

 こうして清国は慌しく戦時体制に突入し、兵を朝鮮半島に進軍させ始めていた。

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 フランスと日本は微妙な関係を保っていた。

 1893年のタイ王国とのパークナム事件の時には、日本が仲介に入った為に領土を拡張し損ねた。(史実のラオス)

 ベトナムについては淡月光の成功によってフランスの税収は増えて、エチオピアを巡っては消極的な協力関係にあった。

 つまりフランスと日本は、時には対立し、時には協力してお互いに経済的な恩恵を齎すという複雑な関係だった。

 そして現在のフランスは、西アフリカやアジアに広大な植民地を有していたが、それでもまだ拡大したいと考えている。

 ロシアと同盟を結んでいるフランスは、日本が戦争に突入した事を絶好の機会と判断して宣戦布告を行った。

 今回のフランスのターゲットは、ベトナムに近いフィリピンとインドネシアだ。

 ここを得れば、パークナム事件で得られなかった領土が手に入る。

 アジアに大兵力を派遣しているので、それで十分だろう。追加派兵をせずに領土が手に入る機会を、フランスが見逃す事は無かった。

 もっとも、【出雲】への直接侵攻はラーラク島の堅固な要塞があるので断念されていた。


 今回、日本に宣戦布告する時に、フランスはジレンマに悩んだ。

 フランス国内に淡月光の支店があり、日本や【出雲】から色々な製品や部品、医療品を輸入している。

 それらの輸入が停止すると、フランス国内の不満が高まると考えられていた。

 それに昨年にはマルティニーク島のプレー火山の噴火の警告を日本から受けて、二万人以上の市民が助かっている。

 国内の不満と恩義、それとフィリピンとインドネシアの権益を天秤に掛け、結局は露仏同盟を優先させた。

 やはり、目先の利益に人々は目を奪われるという良い例だろう。

 それでも日本に酷い被害が出るようなら停戦の仲介を行おうと考えている事が、せめてもの救いかもしれない。

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 ロシアと共同戦線を組んだ清国の参戦だけで無く、イタリア王国とフランスの対日参戦は世界各国に大きな衝撃を与えていた。


 特に衝撃が大きかったのはイギリスだった。

 ボーア戦争の痛手が癒えていないイギリスに、日本を助ける余裕は無かった。

 それでも日英同盟の参戦義務規定に抵触しないように仕組まれた各国の参戦は、イギリス上層部にジレンマを与えていた。

 日本は色々な技術を開発しており、東方ユダヤ共和国と組めば、李氏朝鮮とロシアに対抗できるかもと考えられていた。

 しかし現実には李氏朝鮮は消滅して、清国とイタリア、フランスまでもが日本に戦争を仕掛けてきた。

 いくら何でも日本が勝利するとは考えられない。人口比もそうだが、軍事力にも圧倒的な差があったからだ。

 このままでは清国のイギリス権益が失われる危険性もあり、日本がロシアに占拠される可能性さえある。

 そんなイギリス政府に、日本政府からメッセージが届けられた。


『現在、我が国を取り巻く環境は厳しいものがありますが、貴国の参戦は不要と考えています。

 清国、イタリア王国、フランスの参戦は予期していませんでしたが、この劣勢を覆す切り札を我が国は用意してあります。

 早急に観戦武官を派遣して下さい。飛行船の方はハワイ王国と東方ユダヤ共和国も同乗する事になりますが、五名を許可します。

 海軍の方も無制限とは言いませんが、可能なかぎり貴国の希望に沿った乗船を認めるつもりです。

 それと【出雲】方面でも、観戦武官を認めます。そちらについては、現地の山下に連絡をして下さい』


 ロシア帝国、清国、イタリア王国、フランスという堂々たる国々を相手に、日本は勝てるつもりなのか?

 イギリス政府上層部は混乱したが、結局は観戦武官を派遣した。

 ロシア帝国の勢いに乗り、他の国でも参戦しようとする動きがある。

 そんな状態で、劣勢を余儀なくされた日本が用意した切り札とは何なのか、そこにイギリス政府上層部は興味を惹かれていた。

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 ドイツ帝国の皇帝ヴィルヘルム二世は、ロシアの皇帝のニコライ二世と縁戚関係にある。

 ビスマルク時代には各国と協調路線をとっていたが、失脚させるとヴィルヘルム二世は拡張主義に転じていた。

 清国への進出もそうだし、ヨルダン、シリア、イラク(南部は除く)の独立工作も、その拡張主義の一環だった。

 今のドイツ帝国は新たに得た中東三ヶ国の支配に余念が無く、結局は日本との戦争に参戦する事は無かった。

 血友病の治療薬の開発を日本に頼んだという経緯はあったが、国政に影響する事は無い。あくまで自国の国益を最優先に考えている。


 今回のアメリカは、ロシアと日本の戦いには中立を守る予定だった。

 南フィリピンの開発もあるし、清国の領土の開発と拡張もあり、余力が無いという事情がある。

 そして日本が劣勢に陥った時は、中継港としてマリアナ諸島を獲得しようと考えていた。

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 日本と関係が深いハワイ王国に動揺が走ったが、すぐに落ち着いた。日本と同盟を結んでいるが、参戦義務は無い。

 仮に日本が敗れても、ハワイ王国は女神様が守ってくれると信じていた。

 それを公言する人は少なかったが、大半の国民が考えたのも事実だ。そしてハワイ王国では、普通の生活が続けられていた。


 李氏朝鮮と戦争を行っている東方ユダヤ共和国には、激震が走っていた。

 戦っていた李氏朝鮮が併合で消滅して、戦う相手がロシア帝国になったばかりか、清国まで加わった。

 以前からの約束で、空と海の安全は日本が守り、陸の戦いは東方ユダヤ共和国が行うとされてきた。

 秘密兵器もあって何とかなると考えていたが、そこに清国の陸軍も加わるとなれば話は変わる。

 それにイタリアやフランスまでも相手にして、日本が空と海の安全を確保できるのかと疑心暗鬼に囚われた。


 そんな東方ユダヤ共和国の不安を払拭する為に、政府上層部の人達は沖縄沖に招かれた。

 そこには帝国海軍が秘匿していた戦艦『神威級』六隻と装甲巡洋艦『風沢級』六隻の艦隊が、威風堂々と航行していた。

 まだ戦果をあげていないので何処まで信じられるかは不明だが、取り敢えずは日本の切り札を納得した上層部だった。

 さらにロシアの飛行船団の出撃が確認された為に、急遽観戦武官を派遣する事が決定されていた。

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 タイ王国は日本と経済協力協定を結んでいるが、軍事同盟の締結は延期されている。今回の清国の参戦にも影響は出ないはずだった。

 史実のラオスは日本の仲介の為にタイ王国に所属したままで、現在は中国の雲南地方と国境を接している。

 タイ王国の近代化は進んでいたが、自ら進んで清国と戦う気はタイ王国には無かった。

 しかし、ラオス地方に住んでいる回族は違う。元々は雲南地方に住んでいた彼らは、1853年に起こったパンゼーの乱で

 100万人もの回族が虐殺されて、清国の弾圧からこの地に逃れてきた。

 そして何時かは故郷に帰る事を夢見て、軍事訓練を行ってきた。そんな彼らに、陽炎機関から活動準備の指示が出されていた。

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 ペルーは南米大陸にあり、現在は日本とハワイ王国の支援を受けながら工業化を進めていた。

 ピスコという都市の近くの沿岸部には、日本人街と工場群が建設されて操業を開始している。

 豊かな地下資源を鉄道で運び込み、現地の人達を雇ってペルーの工業化を進めていた。

 開発を始めて四年目になり、そろそろ現地の人達も作業に慣れてきたところだ。一部では管理職になった現地の人もいる。

 アジアの喧騒は南米には影響が殆ど無く、忙しいながらも平和な雰囲気だった。


 ベトナムは日本に宣戦布告を行ったフランスの植民地だ。そしてフランス軍が駐留しており、フランス東洋艦隊もある。

 そのフランス軍にとって、淡月光のベトナム工場は厄介な存在だった。

 ベトナム最大の規模を誇り、アジア一帯に製品を輸出しているので現地の経済に大きく貢献している。

 その為にフランスへの税収もかなりの額になっていた。しかし、宣戦布告した敵国の工場をそのまま放置する訳にもいかない。

 自らの首を絞める行為と思ったが、淡月光のベトナム工場を一時的に閉鎖させた。

 そして日本人職員はフランス軍によって軟禁状態に置かれた。

 フランスの参戦は日本にとって予想外の事であり、それに対する準備は行われていなかったので仕方の無い事だった。

 一方、パンゼーの乱の時に清国から逃げてきた回族は北部の丘陵地帯に居住しており、秘かに軍事訓練を進めていた。

 そんな彼らに対してタイ王国と同様に、陽炎機関から活動準備指示が出されていた。


 フィリピンは独立したばかりの国であり、日本と東方ユダヤ共和国の支援を受けて近代化に取り組んでいた。

 以前の支配者のスペイン人は大人しくなり、もう搾取される事は無い。

 やっと平和な生活が送れると喜んでいたのに、フランスが日本に宣戦布告してフィリピンが目標になっている事で混乱が生じた。

 フィリピンには嘗てシーボルト商会が運び込んだ膨大な数の小銃と弾薬がある。

 しかし海軍はまだ存在せずに、日本に海上の安全確保は任せていた。

 もし日本が敗れる事になれば、自分達は独立を失い、再び搾取される日々が来るだろう。

 搾取される事を望まないフィリピン政府は、日本を全面的に支援する事を正式に発表した。


 インドネシアもフィリピンと同じようなものだ。好き好んで他者に膝を屈する者はいない。

 しかしインドネシアはフィリピンには無い地理的状況というものがあった。マラッカ海峡だ。

 フランスからアジアに至る海上航路は、マラッカ海峡を通る必要がある。それ以外の航路はあるが、遠回りになってしまう。

 フランス東洋艦隊はベトナムと清国の広州湾一帯に駐留している。本国からの増援を阻むには、マラッカ海峡を封鎖する必要がある。

 そのマラッカ海峡の要衝であるリアウ諸島には、日本帝国海軍の要塞と海軍基地がある。

 インド洋に面するシムルー島にもだ。これらの基地を拠点として、フランス艦隊にどう対抗するかが勝敗を分けるだろう。

 インドネシア政府は自国の安全を守る為にも、日本を全面的に支援する事を正式に発表していた。

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 イラン王国は昨年に王朝交代が発生し、現在は各地の反抗的な有力者の討伐を行っていた。

 そんなイランは過去からロシア帝国の圧迫を受けてきた経緯がある。

 内乱の最中にロシアの侵攻を受けては国が滅びるとして、急いで国内の治安維持を進めていた。

 油田が開発されて輸出代金が入ってくるようになり、国の財政も改善の兆しを見せている。

 【出雲】から支援されて国内各地に工場が次々と建設されており、国民の生活も徐々に向上していた。

 そんなイランだが、ロシアと日本が戦争状態に入った事で国軍を引き締め、国内の各工場は軍需物資の生産を始めていた。

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 トルコ共和国は昨年に革命が発生して、専制主義から共和主義に切り替わっていた。

 しかし反乱を起こす人間も多く、まだまだ国内の治安は乱れていた。

 そんなトルコも、以前からロシア帝国の圧迫を受けてきた。

 ロシア帝国が混乱に乗じて攻め込んでくれば滅亡すると、早急に国内の鎮圧を進めていた。

 イランと同じく国軍の引き締めを行い、【出雲】からの支援で建設された各地の工場群は軍需物資の生産を優先して始めていた。

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 エチオピア帝国は東アフリカの内陸部にある。宣戦布告されたイタリア王国の植民地と、フランスの植民地に囲まれている。

 フランスはエチオピア帝国に宣戦布告した訳では無いが、日本と交戦状態に入ったのでジブチを使った海上輸送路は閉ざされた。

 残った輸送路は【出雲】からの飛行船による空輸だけだ。

 近代化がそれなりに進んでおり、銃火器や弾薬ならば国内で生産できる程度にはなっている。

 イタリア王国の植民地であるエリトリアとソマリアとの国境付近に国軍を待機させており、迎撃態勢は整えた。

 残る問題は、【出雲】がイタリア王国の増援を防いで、海上から攻撃を仕掛けられるかだ。

 日本はロシア帝国と清国、フランス相手の戦争となったので、【出雲】に援軍を派遣する余裕は無い。

 つまり、【出雲】は単独でイタリア王国に対抗しなくては為らない。

 それが出来なければ、エチオピア帝国はイタリア王国の植民地となり、搾取される存在に成り果てる。

 生き残るためにも、エチオピア帝国は【出雲】との連携を深めていった。

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 エジプトは以前からイギリスに多くの権益を握られていた事から、イギリスの保護国になっていた。

 オスマン帝国が名目上の宗主国だったが、実態はイギリスが以前から支配していたのだ。

 その為、エジプト国民の生活はあまり変わってはいなかった。

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 リビアは昨年にオスマン帝国から穏便に独立した新興国だ。

 【出雲】から支援を受けて国軍の強化と国内の工業化を進めているが、まだ実績は上がっていない。

 そして今回、イタリア王国から宣戦布告をされてしまった。

 頼みの綱の【出雲】は距離が離れており、地中海を挟んだ対岸に位置するイタリア王国の侵略を食い止められるか疑問視されている。

 嘗ての宗主国だったトルコ共和国は、海軍の整備がまだまだ遅れているので期待できない。

 残された方法は、イタリア王国軍を一度は上陸させて補給路を断って撃破する戦術だけだ。

 辛うじて、【出雲】から飛行船を使った武器弾薬の空輸は保証すると連絡を受けている。

 こうしてリビア政府はイタリア王国の侵略軍を撃退しようと、国内に動員令を掛けていた。

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 今回の戦争で、一番辛い状況にあるのは【出雲】だろう。

 ペルシャ湾の奥にあって直接侵攻を受ける危険性は低いが、イタリア王国軍とフランス軍を相手に戦わなくては為らないからだ。

 【出雲】の総人口は約三十万人。陸軍は三千人に過ぎず、海上戦力はまだまだ不足している。

 それに加えて、イラン王国やトルコ共和国への工業化支援の手を緩める事は許されず、エチオピア帝国とリビアには空と海から

 支援を行わなくては為らない。しかもロシアの南下を警戒する必要もある。


 ファイラカ島とケシム島の海軍基地と、ラーラク島の要塞があれば【出雲】の防衛戦は遂行可能だ。

 しかしエチオピア帝国とリビアが失われれば、戦略の建て直しが迫られる。

 現在の【出雲】が公式に所有する艦隊は、軽巡洋艦『夷隅級』が五隻、駆逐艦『高滝級』十隻、護衛艦『平沢級』二十隻だ。

 秘匿している戦艦『神威級』二隻と装甲巡洋艦『風沢級』二隻は、南大東島で訓練中で【出雲】に移動させる必要がある。

 しかし、移動させるタイミングも重要だと、早急な行動は控えていた。

 こうして、各国の色々な思惑が混じりながら、激突の日に備えて準備を進めていた。


(2013.10. 6 初版)
(2014. 3.23 改訂一版)




 管理人の感想
 ついに日露戦争開幕ですね。
 しかし史実よりも敵が増えている上、世界各地に進出したせいで関わらざるを得ない土地が多いので日本も色々と大変そうですね。
 それにしても欲の突っ張った連中はどんな目にあうことやら。まぁ碌な目に合わないことは確実でしょうが。