史実では本年の十月から日英同盟の交渉が開始されたが、今回は初夏に交渉が開始されていた。
イギリスは南アフリカでボーア戦争を継続しており、膨大な出血を強いられていた。
しかもオーストラリア大陸を完全に放棄し、ニュージーランドも失いつつある。
カナダに至っては西部の広大な領域を伝染病(インディアンの神の祟り)で完全に封鎖している。
インドや他の植民地でも小規模な反乱は相次いでいた。これ以上の権益の損失は許容できない状態にあった。
清国ではアメリカが徐々に支配地を増やしていた。アメリカも油断はできないが、ロシアはさらに脅威だ。
義和団の乱に乗じて満州全域を占拠し、工場群や宮殿を建設して恒久支配を狙っているのがはっきりと分かる。
そのロシアを放置しておけば、何れは清国のイギリス権益を侵害される。
その場合、真っ先に攻撃対象になるのは東方ユダヤ共和国と日本と考えられていた。
イギリスとてユダヤ人とは過去の軋轢がある。その為に日本と同盟を結んで、ロシアに対抗する事を考えていた。
そして秘かにイギリス代表と日本代表によって、同盟締結に向けての協議が行われていた。
しかし日本代表の提案はイギリス代表を驚かせていた。
「日本はロシアと李氏朝鮮を相手に、我が国の協力無くして単独で戦うと言うのか!?」
「単独ではありませんよ。我が国は東方ユダヤ共和国という同盟国があります。
戦端が開かれるのは朝鮮半島でしょうが、我が国は東方ユダヤ共和国を支援して戦います。
イギリスの参戦規定は中国や朝鮮において、三ヶ国以上と交戦状態になった時にしてくれれば結構です。
それで他の国が参戦してくるのを防げるでしょう」
「……日本は飛行船部隊を持って、海軍艦艇を次々に就役させているのは知っている。しかし相手はあのロシアだぞ。
日本と東方ユダヤ共和国だけで、対抗できると言うのか!? ロシアは満州の地に工場群を次々に建設している。
あれが本格的に稼動を始めれば、手がつけられなくなるぞ!」
「それは我々も知っていますし、対抗策も準備中です。ロシアの南下は我々も望むものではありません。
東方ユダヤ共和国と我々が、ロシアを抑えて見せます。同盟を結ぶのなら、清国のイギリス権益を我々が侵す事は無いと約束します」
史実では中国と朝鮮という限定された地域で、締結国が一ヶ国と交戦状態になった時は同盟国は中立を守り、
二ヶ国以上と交戦になった時は参戦を義務化したもので、他国の参戦を防止する効果があった。
しかし今回は日本は東方ユダヤ共和国という同盟国があった為に、参戦規定を二ヶ国から三ヶ国に増やしていた。
日本は海軍や海兵隊こそ増強しているが、陸軍は縮小方向にある。大陸での戦いが主になるのに、心許ない陣容だった。
それでもイギリスはボーア戦争や他の植民地の維持もあって、兵を派遣する余裕は無い。
アメリカも引きずり込んだ方が良いかもとイギリス代表は内心で考えた程だ。
しかしアメリカも清国の支配地を広げており、イギリス権益を侵さないと保証できる訳では無い。
史実であれば日本が壊滅してもロシアに大被害を与えれば、イギリスの権益が守られると判断していたかも知れない。
今の日本は高度な技術を持っており、それがロシアに奪われると拙いという判断も働いていた為、内容が複雑になっていた。
「本当に日本はロシアに対抗できるか? それだけが心配だ。貴国の技術がロシアに奪われたら、それこそ問題は大きくなる」
「我が国も易々とロシアに滅ぼされたくはありませんからね。色々と準備はしてあります。
それはそうと、一つ御願いがあります。中東での貴国の行動をロシアと決着がつくまでは控えるようにして下さい」
「……中東? 何故だ?」
「ご存知の通り、我々はオスマン帝国やイラン王国で近代化の支援を進めています。
貴国の権益を侵す気はありませんが、貴国に中東で積極的に動かれると困る部分が出てきます。二〜三年程度です。宜しいですか?」
「……中東か。なるほど、あちらを使ってロシアを牽制するつもりか。良いだろう。我が国の権益を保障するなら活動は控えよう。
日本はサウード家を支援して国を創るつもりのようだが、我が国の権益に影響は無いのかね?」
「北イエメンはオスマン帝国の領土で、南イエメンとオマーンはイギリスの勢力下ですからね。そこは考慮しますよ。
別に大した資源がある土地でも無く、サウード家は先祖代々の土地を奪還しているだけです。
【出雲】の隣国に友好的な国ができるのは、将来的にも望ましい事ですからね」
「……【出雲】か。何も無かった地に、あそこまでの近代的な都市を建設するとは、日本人も大したものだな。
イラン王国と友好関係を結んでペルシャ湾を【出雲】の内海としている。良いだろう。サウード家についても無干渉としよう。
それはそうとエチオピア帝国を巡って、イタリア王国と日本の関係も悪化しているな。ジブチを擁するフランスとも微妙な関係にある。
そこら辺の見解を聞かせて貰いたいものだ」
詳細な詰めは後になるが、中国と朝鮮に関する日英同盟の概略は決まった。
しかし、イギリスと日本の利益がぶつかるところは、あちこちにある。イラン王国やペルーにもイギリスは権益を有している。
それにエチオピア帝国を巡って、イタリア王国と日本が開戦する可能性は高かった。
ベトナムについては消極的に日本の行動を認めているフランスだが、ロシアとは露仏同盟を結んでおり、ロシアが日本と開戦したなら
エチオピア帝国の支援の要であるジブチの扱いやベトナムもどうなるか分からない。
最悪の場合はフランスがロシアについて日本に参戦する可能性もある。
一面だけを見て国家間の付き合いが決められない良い例だろう。ある地域では対立し、ある地域では協力する。
生き残る為に、自国の利益を優先する帝国主義ならではの情勢だった。
「エチオピア帝国の近代化はかなり進める事ができましたから、単独でもイタリア王国に対抗は可能でしょう。
危急の時は我が軍では無く【出雲】の軍が対応する事になります。フランスについては確かに問題ですな。
しかし、我が国が積極的に動く事はありません。そこら辺はフランスの出方を伺うだけです」
「大した自信だな。確かにベトナムやカンボジアは、フランスから遠くて日本に近い。
しかしエチオピアはイタリア王国やフランスに近く、日本からは遠隔地になる。そこら辺を考えないと、痛い目を見るぞ。
最悪は【出雲】を失う可能性もある。十分に注意する事だ」
「世界に名立たるイギリス帝国の言葉は重みがありますな。肝に銘じます。では次に……」
イギリスは自国の利益を守る為に、日英同盟を望んだ。それは日本も同じ事だ。
国家に永遠の友人は無い。利害が一致してこその同盟だ。利害が対立すれば、自然と同盟は解消される。
今のところ、イギリスにとって日本と同盟を結ぶ事は中国の自国権益を守る事にもなるし、日本の技術力にも魅力を感じている。
一方、日本としては世界帝国であるイギリスと同盟を結ぶ事は、世界における日本の地位向上に繋がる。
こうして、詳細を詰めながらも会談は進んでいった。
そして日本から真空管や無線通信機などの民生技術の一部の技術移転や、インドネシアの開発に関して日本が口利きをする事、
マラッカ海峡の航行の安全を保障する事など等が決められた。
一方、イギリスが譲歩したのは、植民地の資源を【出雲】や日本に輸出する事と、南米や東アジアで日本と共同歩調を取るだった。
それとイギリスの植民地に居る中国人(苦力)の帰国を促す事も同意していた。
当然の事だが、北米大陸の西側の伝染病による封鎖地域や、オーストラリアやニュージーランドの封鎖が日本の工作であるとは
知られていない。チベットの工業化が進んでいるが、これも日本の仕業だとは知られていない。
イギリスはチベットにも干渉をしていたが、これに関しては今回の協議で議題に上がる事は無かった。
一方、イギリスはオスマン帝国の各地方で、内密で工作を開始していた。
史実のシリアとイラク方面の各有力者を扇動して、独立させようと画策していた。
当然の事だが、イギリスからこの事実を話す事は無かった。天照機関はこの事実を知っていたが、知らない振りを押し通した。
狸と狐の化かし合いでは無いが、お互い相手に言えない多くの秘密を抱えながらも、イギリスと日本は同盟締結に動いていた。
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アメリカの第五代大統領であるジェームズ・モンロー(黒人奴隷農場主)が、1823年に議会で教書演説で発表した事がある。
後にアメリカの一つの国家方針となったモンロー主義だ。
要約すると、アメリカは欧州の紛争に干渉しない代わりに、南北アメリカへの欧州の干渉を認めないという内容だった。
孤立主義宣言とも受け止められるが、視点を変えるとアメリカ合衆国による南北アメリカ大陸の縄張り宣言だ。
先住民族であるインディアンの民族浄化を進め(日本の介入で失敗し、多大な被害と広大な領土を封鎖せざるを得なかった)、
これ以上の欧州の干渉を認めずに、アメリカ大陸は合衆国によって支配されるべきだと訴えた。
実際には1898年の米西戦争でフィリピンのサマル島を獲得して、翌年の米蘭戦争ではオランダの領土である南米の植民地と
オランダ本国の西フリージア諸島を獲得している。
さらに1900年の義和団の乱に乗じて、清国の江蘇省の連云港一帯を占領している。
つまりモンロー主義は実質的には崩壊している。しかし、それは合衆国の国民の意識の中に息づいていた。
仕掛けられたという名分さえあれば、戦うのは当然の事だ。
上の三つの戦いで領土を次々に拡大していったが、どれも最初はアメリカ目線で戦いを仕掛けられたものだった。
そして本年に副大統領であるセオドア・ルーズベルトは『言葉は穏やかに、ただし大きな棍棒を持ち運んでいれば、成功できる』という
西アフリカの諺を引用した後世で『棍棒外交』の基本となる言葉を発していた。
アメリカの政治家は国民から選挙で選ばれる。つまり民意を代表している。
その民意の代弁者である政治家は、武力恫喝による外交を平然と口にする時代だった。
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天照機関の独自予算で行われた各種の事業により、日本国内は大きく変わった。
各地の主要都市を結ぶ鉄道と道路の整備が進んでいる。まだ現在進行形だが、それは着実に効果を発揮し始めていた。
主要鉄道や主要道路は拡張性と修理を考慮した複線や四車線道路用の土地を最初から確保し、さらに送電線や上下水道などの
インフラ設備も最初から見込んだ計画を立てている。
現在は問題無くても、五十年も経てば修復の必要性は出てくる。最初から修理や拡張を見込んだ都市計画だ。
鉄道は徐々に電化が進み、国産の鉄道車両の普及率は九割を超えていた。道路では輸送トラックとバスの交通量が増えてきた。
個人用のものはバイクに毛の生えた程度の車両だが、そちらも確実に増えている。
港湾施設も整備が進み、クレーンも大型タイプの普及が進み、燃料は石炭から石油に切り替わりつつある。
まだまだ諸外国の船舶は石炭が主流の為に、石炭の貯蔵を無くす事はできないが、国内の使用頻度は減少傾向にあった。
その日本の発展の原動力となっているのは、千葉の勝浦工場、北海道の日高工場、四国の伊予北条工場の三つだった。
三工場とも、有機物を微生物処理する事で原油から各種の石油を生産する能力を備え、それらを日本各地に供給している。
史実では輸入に頼った石油を国内で調達できるのは、資金面でも輸送効率の面から雲泥の差だ。それに安全保障にも大きく影響する。
石油生成プラントは最高機密に指定されており、諸外国はその存在すら知らない。日本にも油田があったと思っている。
三工場で生産された石油は、国内だけに留まらずに同盟国や友好国にも輸出されている。
今は全量を国内生産で賄っているが、数十年後は生産量の上限に達するだろう。その場合は輸入で補うつもりだ。
三工場は製鉄所や造船所を有する事で、他の産業の牽引役になっている。
最近の海軍拡張政策により、勝浦工場、日高工場、伊予北条工場の造船所は海軍艦艇の建造に重点を移して、
輸送船や河川砲艦、工場船などの建造は協定を結んだ協力会社が行っていた。
台湾や海南島、グアム、チャーン島の造船所も稼動を開始した事で、日本の所有する船舶の総トン数は年々増加していた。
廉価版の個人用車両やバイクは日本総合工業の協力会社で生産が行われて、国内の輸送能力の向上に寄与している。
農業用車両と小型の建設用重機の生産も勝浦工場から協力会社に生産が委託され、一部は同盟国や友好国でも現地生産が始まっていた。
そして勝浦工場の特殊車両事業部は、大型の建設用重機や軍用の特殊車両に生産の重点を移していた。(自走砲程度は協力会社に委託)
特殊車両事業部は勝浦工場の内陸部に位置しており、一般人は建物すらも目にする事は無い。防諜面でも相当の配慮が為されていた。
そして特殊車両を見慣れている職員でさえ驚くような、奇異な形をした大型車両の生産が始まっていた。
「おい。新しい第503工場で、生産が始まった三種類の大型特殊車両はいったいどういうものなんだ?」
「知らなかったのか? 一つはコンクリート作業用、二つ目は鉄道レール工事の専用車両、三つ目は地下工事専用のドリル車両だ。
農作業用車両は完全に協力会社に生産を委託して、一部は海外でも生産が始まっている。小型の建設用重機もそうだ。
この勝浦工場は高度な技術が必要になる大型車両や特殊車両に、生産をシフトするって方針発表があっただろう。
従来の大型の建設用車両の生産はそのままだけど、用途を限定した特殊車両を生産する為に生産工場を増設したんだ」
「……そこまでするのか? たしかに人力よりは早く作業が出来るようになるけど、やり過ぎじゃ無いのか?
これじゃあ、建設現場で不要な人間が多く出るだろう。仕事を奪うなって、文句を言ってくる奴らもいるんじゃないのか」
「建設工事が多いから、国内もそうだが、海外でも人手不足なんだ。省力化を進めるのは当然の事さ。
コンクリート作業用車両を使えば作業効率が改善するし、鉄道レール工事用車両を使えば、今までの数倍の速度で鉄道建設が進む。
地下工事用のドリル車両を使えば、トンネル掘り工事は劇的に早くなるし、地下鉄の工事も進められる。良い事だらけじゃ無いか」
「生産した車両を北海道に大量に持っていったよな。他の大型の建設用の重機もそうだ。
フィリピンやインドネシアへの輸出は現状維持で、北海道の開発を優先させるようにしたのか?」
「そんな事を俺に聞くなよ。お偉方の考えなんだろう。これが一段落したら、寒冷地仕様の炊き出し機能付の車両や五十人以上が寝泊り
できる車両、それに雪の上を素早く動ける車両の開発を進めるんだ。協力会社も膨大な建設資材や軍需物資を北海道に集約している。
朝鮮半島がきな臭くなってきたから、ロシアに攻め込まれないように準備しているんだろう」
「保存食料やインスタント食品の生産も、最近は大幅に増えてると聞いている。そろそろ、本格的に準備を始めたって事か」
日本は膨大な量の建設資材や軍需物資を、北海道に集約し始めていた。それもフィリピンやインドネシアの開発支援を続けながらだ。
それには膨大な資金が必要になるが、増えた税収と天照機関の運営資金で賄っていた。
日本国内が活況に沸く中、衛生管理が進んだので疫病で亡くなる人は激減して、天災による死亡者も大幅に減少していた。
しかし疫病や災害の死者が減っても、貧困は別の問題だった。経済発展は続いていたが、貧しい人達や孤児はゼロにはならない。
そのような人達は産業促進住宅街に入り、一般の国民より若干の権利を制限されても、飢える事の無い安定した生活をしていた。
「隣の棟の伊藤の爺さんは身寄りが無くて、此処に来たんだろう。来た時は衰弱してたけど、元気になったんだよな。
今は何をしているんだ?」
「物知りだから、昔の話を政府の役人に話して、それから孤児の教師をしている。
一人暮らしで寂しいだろうと、この前は酒を持って遊びに行ったら、孤児と遊んでいるんだぜ。お陰で酒を置いて帰ってきちまった」
「孤児にしてみれば、親がいなくて寂しいだろうからな。伊藤の爺さんを親代わりに思っているのかもな。
それにしても、金が無くて碌な治療が受けられない病人も収容しているけど、金が尽きないのかね?
国の補助で住む場所や食事を保障して貰って、おまけに医者付で治療もして貰えるなんて普通じゃ無いぞ」
「産業促進住宅街の運営資金は、国の補助と日本総合工業からの寄付金で成立している。
孤児には周辺の清掃や農作業の手伝いをやって貰っているし、少しでも働ける者は近くの縫製工場で短時間だけど働いている。
それに色々なアイディアの募集もやっていたしな。この街専用の農場の運営も皆で力を合わせてやっているから、何とかなるだろう」
孤児は教育を受けさせる事で、将来の大事な働き手となる。工場もそうだが、農業の担い手としても期待されている。
病人や身体の弱い人達は重労働は無理でも、清掃や縫製関係、書籍関係の仕事などの身体の負担が軽い仕事はできるだろう。
それと老人は貴重な知識を持っている人も居るので、子供の教育や後世に伝える知識の伝道者の役割を期待していた。
個々だけを見ると負担になる人達であっても、力を合わせれば成果が出せる事を実践して貰っていた。
過保護は人間を堕落させる為に、手厚過ぎる待遇はしない。
しかし最低限の安定した生活は保障して、努力すれば世間一般の生活に戻れるような施策は採っていた。
この時代に生活保護という概念は無いが、将来的な負担軽減も狙って産業促進住宅街は運営されていた。
その結果、国内で貧窮して餓死する日本人は激減した。
産業促進住宅街は新たに編入された各地(台湾、海南島、チャーン島、マリアナ諸島、etc)でも運営が始まっていた。
各々の立地条件によって特色が出てきているが、それなりに上手く運営されている。
天照機関が日本の開発を始めて約十二年が経過した。各地の様子もかなり変化が出てきていた。
択捉島はオホーツク海と北太平洋に進出するのに、絶好の位置にある。
寒冷地だが、その地理的な条件もあって海軍基地の建設が民間の進出と共に進められてきた。
明治維新の最初の頃から、北海道を含めた北方の開発は遅れていた。
しかしロシアに対抗する為に、北海道を含めた北方の開発が重要視されて膨大な予算が投入されてきた。
未開拓地が多い為に、開発の余地は十分にある。開発に成功すれば、日本の国力増強に繋がる事は間違い無かった。
日高工場の操業開始もあり、北海道全域、千島列島、東北の開発に弾みがつき出していた。
日本の本州、四国、九州は以前から多くの人が居住していたが、荒地の開発は労力が掛かる為に放置されてきた場所は多い。
しかしトラクターを始めとする各種の農業用車両が、その荒地の開発を進める原動力になっていた。
建設用重機によって行われた洪水対策や農業用水路の工事が、農地の開拓を後押しした。
こうして本州や四国、九州においても農地開拓や交通網の整備、工業化は順調に進められていた。
鬱陵島(面積:72.82km2)は日本海にあって朝鮮半島に近い島だ。
下関条約で日本の領土となり、主に日本海の安全確保を目的とした海軍基地が建設されていた。
平地があまり無い火山島という事から、民間の進出は漁業関係者だけに制限されている。
その立地条件から、李氏朝鮮とロシア帝国への第一線になるべき場所であり、軽巡洋艦を含む小規模艦隊が守備についていた。
尚、潜水艦の補給基地も建設されており、極秘裏に潜水艦三隻が配備されていた。
巨済島は東方ユダヤ共和国にあり、日本と共同管理する事が決められた経済特区だ。対馬と東方ユダヤ共和国の首都に近い位置にある。
関税が無い事もあって多くの日本企業が進出し、他の地域に比べるとかなり発展している。
日本から輸入する受入窓口なので、東方ユダヤ共和国も重要視している為もあった。
現在のところ、設備導入やエネルギー資源の大部分を日本に頼っているので、対日貿易赤字は増える一方だ。
そして貿易赤字が改善する見込みは、今のところは無い。
しかし、工業化を進めて近隣諸国に輸出できるようになれば、トータルで貿易収支は改善されると見込まれている。
世界中のユダヤネットワークの支援がある為、一時的な歳出超過は問題とされていなかった。
済州島(面積:1,845km2)は対馬の西南にあり、黄海・東シナ海・日本海を抑えられる要衝だ。
鬱陵島と同じく下関条約によって、日本領土に編入された。
清国からの資源の受け入れ基地も兼ねて、鉱石精製工場や軍需物資の生産工場が置かれている。
清国、李氏朝鮮、ロシア帝国に対抗する為に、此処にも海軍基地は建設されていた。
戦場になる危険性が高い為に、民間の進出は制限されている。
民間施設が少ない代わりに、密入国者の収容所や犯罪者の刑務所が置かれている。
収容所は強制送還されるまでの一時的なものだが、刑務所は犯罪ランク別に複数の施設がある。
台湾(面積:35,980km2)は福建省の近くにあり、古くから大陸と交流を行ってきた。
そして下関条約で日本領土に編入されてから、今までと次元が違う開発が進められていた。
それなりの面積を持つ為に、食料生産基地や大陸との交易窓口、軍事拠点として開発が進められている。
ダムや水力発電所、火力発電所、鉄道、各種の工場群、軍需物資工場などが、あちこちに見られるようになっていた。
最近は芸術都市という目標を掲げて、『中華博物館』や各種の教育施設などの建設も進められていた。
地理的な関係から、フィリピンの開発支援の中心地となりつつある。
建設されたばかりの工場群の生産力の大半は、フィリピンの近代化の為に振り分けられていた。
中国大陸からの資源の集積基地の一つでもあり、膨大な資源に裏付けられた工業化が進んでいた。
海南島(面積:33,210km2)は日本の本土からは遠いが、鉱産資源が多くて塩田などの資源が豊富な島だ。
海底資源の採掘という切り札は持っているが、それでも自前の鉱山は多く持っていた方が良い。
それに中国を外洋から封鎖するという秘かな目的もあり、下関条約で日本に割譲された。
中国やベトナム、フィリピンに近い事から、鉱山開発や工業開発と同時に軍事拠点としても開発が進められている。
日本からの移住者も多く、既に人口比では先住民より日本人の比率が上回っていた。
フィリピンとインドネシアの開発支援に重点を置いた運営を行っている。それとベトナムとの交易の窓口でもあった。
ベトナムの農作物や地下資源は一度は海南島に集約されてから、日本各地に出荷されていた。
外交関係は良好とは言えないが、それでも日本はフランスに配慮した外交を行っている。
チャーン島(面積:約217km2)はタイ王国の開発を行う拠点として、日本の領土に編入された。
主に日本総合工業による開発が進められ、様々な工場群が建設されて運営が行われている。
そこで生産される工業製品は、主にタイ王国とフィリピン、インドネシアに輸出されていた。
そしてタイ王国の内陸部の開発は、主に渋沢系列の企業が行っている。
タイ王国の盾の役と南シナ海の安全を守る為に海軍基地が建設されて、小規模ながらも巡洋艦を旗艦とした艦隊が配備されていた。
島の全員が日本人で構成され、リゾート地としても開発された事から多くの日本人が訪れている。
グアム(面積:549km2)は最初は租借地だったが、米西戦争の後に日本領土に編入された。
南太平洋の要衝という事もあり、工業化と基地化が進められている。リゾート地としてもだ。
地理的な理由から、海軍の一大拠点として軍需物資の生産工場や修理工場など、一通りの工場は建設が進められていた。
尚、サイパン島は日本総合工業が権利(飛行船の売却で入手)を持ち、それを日本政府に貸し出すという形を取っている。
グアムと同じく工業化と基地化、リゾート地として開発が進められていた。
ロタ島(面積:85.38km2)だけは外部の人間を入れずに、陣内単独で開発が進められていた。
表向きはリゾート地だが、地下には自動生産工場を含む未来の技術を投入した秘密基地がある。
陣内家の別荘があり、子供の遊び場に事欠かない事もあって、年に一度は家族旅行をするようになっていた。
パラオはスペインから租借しており、ゆっくりと開発が進められていた。
リアウ諸島はマラッカ海峡の要衝だ。インドネシアの独立の時に、開発を支援する代わりに日本領土に編入された。
複数の島々で構成されているが、面積的にはあまり大きくは無い。
そこで海峡の安全を守る軽巡洋艦を旗艦とした警備艦隊が駐留して、その艦隊を支える施設の建設が行われていた。
大口径の砲も設置された。海賊の取締りが主な役割だが、緊急時にはマラッカ海峡を封鎖して欧州とアジアを遮断する計画もある。
シムルー島はインド洋に面する島だ。リアウ諸島と同じく、基地化が主に進められている。
少数だがリアウ諸島とシムルー島にも日本からの移住が進められ、小さな街の建設が始まっていた。
上記は日本の本土周辺の開発状況だ。それと【出雲】は中東にある事から、アジア方面とは異なる方針で開発が進められていた。
史実のクエートの南部分をオスマン帝国から買い取って、【出雲】の開発は始まった。
それから国境が曖昧な西と南を徐々に拡張し、兄弟喧嘩から発生したサバーハ家の内紛の時にクエート市を併合した。
人工真珠で経済的な打撃を受けて、内紛で市街が破壊されて力を無くしたサバーハ家を貴族として迎え入れた。
そしてガワール油田に食い込んだところも領土となった為、これ以上の西と南の領土拡張は止めている。
さらに、サウジアラビアの建国の支援している。これも将来の友好国を確保する為だった。
一方、北のバスラ州方面では農地の開拓と工場の建設を進めて、現地との経済関係を深めていった。
既にバスラ州は経済的に【出雲】に依存している。そして平和裏に、バスラ州を併合する機会を伺っていた。
その【出雲】は皇室から派遣された山下邦彦と、日本総合工業から派遣された田中誠司によって運営されている。
本国と同じ政治体制の為に選挙は行われているが、皇室から委任された山下邦彦が最終的な権限を握っている。
そして【出雲】の工業の大部分は、日本総合工業によって支えられていた。
2000万KWの核融合炉と火力発電所を所有し、電気の供給は全て管理している。その電気はバスラ州にも供給されている。
ファイラカ島には大規模な海軍基地と潜水艦基地、海軍工廠が建設されて、新型艦艇の建造が行われている。
さらに、イラン王国の開発の支援を行う代わりに入手した、ケシム島とラーラク島の開発も日本総合工業が行っていた。
ケシム島(面積:1,336km2)には工場群と海軍工廠・海軍基地を建設し、ラーラク島には要塞を建設している。
既にケシム島の工場群は操業を開始しており、イラン王国の工業化の原動力となっている。
ファイラカ島とケシム島には【出雲】海軍の艦艇が配備されており、海上輸送路の安全を確保している。
そしてオスマン帝国やエチオピア帝国に工作機械や武器弾薬を輸出する事によって、両国の工業化や軍事力の強化を進めていた。
【出雲】海軍の編成は本国と同じ、軽巡洋艦を旗艦とする小規模艦隊だ。現在の公式発表に限れば、諸外国にも知られている。
だが、天照基地で建造された戦艦『神威級』と装甲巡洋艦『風沢級』の慣熟訓練は秘かに進められており、正式配備の時を待っていた。
最後にインドネシアのタニンバル諸島がある。一般に公表はされていないが、日本総合工業に極秘裏に譲渡された。
タニンバル諸島は地理的な要因もあって、『白鯨』や潜水艦基地、オーストラリアの開発支援基地として開発が進められていた。
そしてオーストラリアとニュージーランド周辺の海域は、『白鯨』と潜水艦隊によって完全に封鎖されていた。
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史実通りにイラン王国で石油が発見された。陣内の指示により現地の協力者と共同で発見したものだ。
油田の発見にイラン王国は色めき立った。時代はまだ石炭が主流だが、石油の需要は徐々に増えている。
埋蔵量は不明だが、その期待は大きい。
そして発見者は【出雲】と現地の協力者という事もあり、合弁会社を設立して共同で油田開発を進める事が決定した。
列強なら現地の資源を収奪するだけだが、【出雲】にそんな意思は無い。現地と共存共栄する事が目的だ。
イラン王国の近代化を進める為にも、石油資源の開発は望ましい。
こうして【出雲】の民間担当の田中誠司(日本総合工業からの派遣)とイラン側の代表が石油開発について協議を行っていた。
「では合弁会社の出資比率は【出雲】とイラン側で対等比率で宜しいですな。
油田の開発からパイプラインの敷設、精製施設の運営は我々が行います。
利益は折半で、従業員はイラン人を雇用して事業を進めます。それと技術を習得して貰って、将来に備えます」
「本当に折半で良いのか? 今までの列強のやり方だと、我々の取り分は殆ど無い。
日本が我々を支援してくれるのは分かるが、本当に信じても良いのか?」
「我々はイラン王国に搾取しに来た訳ではありません。共存共栄が理想です。石油の利益は貴国に富を齎すでしょう。
それでイギリスに売却した権益を買い戻す事も可能になります。まあ、しばらくの間は辛抱ですよ」
「それは分かっている。しかし、イギリスやロシアが高圧的に出てこないかが心配なんだ。
武器弾薬や工作機械を【出雲】から導入して近代化を進めているが、まだ彼らに対抗できるまでは育っていないからな」
「イギリスは本国と同盟を結びましたから、数年は必ず抑えます。その間に国内の体制を整えれば大丈夫です。
バクー油田の例もありますから、この周囲は石油が多く眠っている可能性があります。
見つかった油田以外にも貴国で油田がある可能性が高いので、我々に開発を任せて貰えますか?」
「勿論だ。利益が折半で国内の雇用や産業が促進できるのであれば、【出雲】に協力を御願いする。
そして例の革命の準備を進めている。そちらの支援も御願いする」
「やはり近代国家には憲法は必要ですからね。ただ、あまり血を流さない革命を御願いしたい。
我々としても、イランの不要な血を流す事は望みません」
「貴国の厚意に感謝する。アドバイスに従って、革命が成功した時は今の王室は貴族として迎え入れる。
各地の軍隊は【出雲】の指導で我々に近い存在になっている。何としても無血革命を成功させて、我が国を立憲国家にしてみせる」
利益を独占すると必ず反発がある。それは世の理と言って良いだろう。
将来的な友好関係を築く為にも、イラン王国の石油を独占する事はせずに折半して共存する事を目指していた。
最初は利益は少なくても良いと考えていたが、あまりに譲歩し過ぎると甘く見られる為に折半という事で落ち着いた。
そして関連施設工事の大部分は【出雲】が用意した資材を使用して、イラン人を雇用して進められる。
イラン国内の景気が上向くのは間違い無いだろう。イギリスは数年は積極的な行動をしないと約束している。
そもそもボーア戦争は継続中で余力は無い。この隙に日本はイラン王国で石油利権という巨大な利権を握るつもりだった。
中東の他の地域でまだ石油は発見されていない。イラン王国で石油が次々に発見されれば、イギリス以外の列強の進出も考えられる。
それを防ぐ目的もあって、サウジアラビアを建国させようとサウード王家への支援が強まっていた。
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アメリカとカナダの広大な西部は原因不明の伝染病の為(実際にはインディアンの神の祟りを恐れて)、完全に封鎖されていた。
しかし、西海岸近くのシェラネバダ山脈とロッキー山脈に挟まれた地域にインディアンの街があり、
彼らはそこで近代化された生活に馴染もうと努力を重ねていた。
衛星軌道上からの監視もあって、絶対に入植者は立ち入る事ができない。
その安全な場所でインディアンは狩猟生活に戻るのでは無く、無理にでも農業や工業に慣れて貰わなくてはならない。
人口でも圧倒的に劣り、直ぐに妙案が出るはずも無い。しかし、インディアンを見放す訳にもいかなかった。
それに意気旺盛な若者は潜水艦隊に従事するなどして、陣内に協力してくれている。
まずは生活習慣を変える事と人口を増やす事が優先だとして、インディアンの街ではベビーラッシュが発生していた。
必要な物資の一部は彼ら自身が工場で生産できるようになっていたが、それでも自達が出来ないものは多い。
そんな物資は大型輸送機を使った空輸で運び込んでいた。
今は人口も少ないから量も少なくて、何とかなる。しかし、こんな事を十年や二十年も続ける訳にもいかない。
インディアンが奥地に住んでいる事がアメリカ合衆国に知られれば、全面戦争になる可能性もある。
未来の兵器を使用すれば容易く全滅させる事ができるが、それは最後の手段だ。何とか良い手は無いかと陣内は思案していた。
オーストラリアの状況はアメリカ西部と同じようなものだ。
しかし、『白鯨』によってオーストラリア大陸に近づく船舶全てを沈めた為に、アメリカのように気を使う必要は無かった。
その為、オーストラリアはアメリカと比較するとゆっくりなペースで開発が進められていた。(ベビーラッシュも同じ)
一方、ニュージーランドは修羅の国と化していた。人口比ではマオリ族より欧州からの入植者が多かったが、
補給を絶たれた為に武器と弾薬は底を尽き、肉弾戦で挑んでくるマオリ族に次々に敗北して、奴隷化されていった。
入植者は武器を片手に詐欺まがいの手法でニュージーランドの土地を次々と取得して、マオリ族を迫害していた。
そのマオリ族の憎しみは、真っ先に入植者に向けられた。オーストラリアから逃げて来た人達も居るが、マオリ族に区別はつかない。
ニュージーランドの住むマオリ族以外の全員が、無差別攻撃の対象となっていた。
先祖から続く因果応報とはいえ、目を背けたい光景がニュージーランドの大地で繰り広げられていた。
史実ではオーストラリアは白豪主義に基づいて、移民制限法を制定した。
しかし今回は、白豪主義は存在すら知られずに闇に葬られていた。
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第一次日英同盟が調印された。史実では来年だったのだが、歴史の乖離が始まったと見えて、時期が早まったらしい。
今後の対応を協議しようと、天照機関の会合が行われていた。
「十一月に日英同盟が調印か。確かに史実より早く交渉を開始したから、早く調印するのも道理だな。
対象地域は中国と朝鮮。そして三ヶ国以上相手の戦争になった時に、参戦義務が生じるか。
イギリスの譲歩も引き出せたし、まあまあの結果だな」
「ああ。国際政治的にも日本がイギリス帝国と同盟を結んだ事は、大きく影響する。
日本を有色人種の裏切り者と批判する国もあるだろうが、好きにさせておけば良い。
我々は世界の警察官でも無く正義の味方でも無い。まずは自分達が生き残る事が優先だからな」
「同盟国や友好国の反応はまあまあだ。酷い反応をしているところは無いから、まずは安心だ。
実質的にイギリスはボーア戦争で国力を消耗しているから、対ロシア戦争に参戦してくる事は無い。そこは史実通りだ。
イラン王国で石油が発見されたが、約束どおりにイギリスは積極的な行動は控えるようだ。少しは嫌味を言われたがね」
「イギリスの補給の嫌がらせをしているから、史実よりはボーア戦争は長引く。
李氏朝鮮とロシア帝国が攻め込んでも、東方ユダヤ共和国と日本で勝ってみせるさ。その為に長い年月を掛けて準備してきたんだ」
「その李氏朝鮮は活発に東方ユダヤ共和国を挑発している。それが嫌だったら食料を寄越せか。
ロシアがバックについたからと言って、威勢が良いものだ。アヘンを使用して民兵を発奮させている噂もあるしな」
「清国も歯が立たないロシア帝国だからな。李氏朝鮮はロシア帝国を新たな宗主国に選んだ訳だ。
清国は朝貢だけで見逃していたが、ロシアは甘くは無い。下手をすれば国が無くなる可能性を考えないのだな」
「東方ユダヤ共和国は陸軍を主軸に国防軍の増強を進めている。こちらから供与した銃火器や自走砲の訓練も順調だ。
数は少ないが飛行船部隊と海上艦艇も持っている。李氏朝鮮だけなら単独で撃退できるだろう。問題はロシア帝国だ」
「海上艦艇は我々が必ず抑える。そして飛行船で敵の補給路を絶って、撤退に追い込む。追撃して戦果を拡大する計画だ」
ロシアは李氏朝鮮に積極的に関与して、民兵を組織して武器を供与するなどしていた。
李氏朝鮮の民兵なら、東方ユダヤ共和国の戦意が高い国防軍の敵では無い。装備も雲泥の差だ。
しかし、ロシア正規軍が出てくると話は変わる。それでも飛行船を使って補給路を絶てば、勝機は見えてくる。
露仏同盟によりフランスが参戦してくる可能性もあったが、日英同盟で三ヶ国以上の戦争になった時にはイギリスの参戦義務が生じる。
その為に、史実通りにフランスの参戦は無いだろうと考えていた。
それに東方ユダヤ共和国には開発したばかりの秘密兵器を供与している。負ける事は無いだろうと判断していた。
「陸軍は少ないが、本当に間に合うのか? 今からでも増員すれば間に合う。あのロシア相手では、いかにも兵力不足だ」
「史実のように激しい陸戦を行うのは日本では無い。そこは悪いが東方ユダヤ共和国に任せる。その後の飴もあるから頑張って貰おう。
我々はロシアの航空戦力と海上戦力を無力化させた後は、ウラジオストックと旅順を攻撃するが、その時に占領する事は無い。
この対ロシア戦争が終わった後は、少しは増員する必要はあるだろうが、今はこれで十分だ。
何しろ六個師団の寒冷地装備を整えるのに、かなりの費用を費やしたのだ。あんまり兵士を増やせるものでは無い」
「建設用特殊重機を、急いで準備させましたからね。建設資材も順調に北海道に集約中です。
他の準備も今のところは順調です。史実の一年ぐらい前倒しの開戦でも対応は可能でしょう」
「ふむ。あの『神威級』と『風沢級』の慣熟訓練もだいぶ進んだ。本国の遊撃艦隊と【出雲】艦隊の編成もな。
海軍は良いが、問題は陸軍だ。本当に寒冷地の訓練は大丈夫なのか?」
「ああ。スノーモービルという雪の上を走れる車両を大量に用意して貰った。厳寒期の行軍も可能なように、色々な装備も準備した。
携帯用懐炉もそうだし、インスタント食品もな。簡易住居もあるし、史実のような八甲田山の遭難事故は無いと断言する」
「そこまで言うなら大丈夫か。北極海に面しているスヴァールバル諸島(総面積:60,640km2)、南極に近いブーベ島(面積:58.5km2)
そして本命である南極大陸にも恒久基地を建設したが、そこで訓練できないのが残念だな」
「無理は言わないで下さい。まだその三つの基地の件は秘密なんですから。公表は最低でも対ロシア戦争の後です。
そういう問題発言は控えて下さい」
「済まんな。今回の作戦に必要な寒冷地の建設データは、その三つの基地建設で得たのだろう。役に立ったのかね?」
「勿論です。三つの基地建設は採掘ロボットと建設用ロボットを使って一気に行いましたが、建設資材は普通に入手できるものです。
それで無くてはデータ収集の意味がありませんからね。色々と勉強になりましたよ」
「陽炎機関のメンバーの訓練所になっているのだったな。
酷寒の地に態々行く人間は少なかろうが、行って日の丸を掲げた施設があるなら驚くだろうな。その時の顔を見てみたいものだよ」
「今はスヴァールバル諸島とブーベ島は『白鯨』で封鎖していますから、最低でも対ロシア戦争終結までは隠せます。
日本がそこまで進出したとなれば、相当な騒ぎになるでしょう。領有宣言をするにしても時期を考えませんと拙いです」
「さすがに南極大陸の領有宣言は無理だろうな。そこは史実と同じ扱いになるのか?」
「恐らくは。しかし、先に資源開発を行っていれば、その権利は認めて貰えるでしょう。もっとも、あんな過酷な地で採算が取れるかと
聞かれたら無理と答えるしか無いですね。軍事的拠点と漁業権で何とか採算が合うというレベルです」
対ロシア戦争の後を考えて、秘かに北極海や南極方面にも拠点の構築を進めていた陣内だった。
しかし、あまりに広げ過ぎると手が回らなくなる。それに領有宣言されていない無人島は、これでほぼ無くなる。
維持も考えると、これ以上の遠隔地の領土保有は今の日本にとって限界を超える。いや、今でさえ限界を超えている。
将来的な資源採取のメリットはあるが、それでも長期に渡る遠隔地の維持は日本の負担だ。
酷寒の地という事で欲しがる国は少ないだろうが、日本が領土拡張を画策していると思われるのは避けたかった。
「アメリカのルーズベルト副大統領が棍棒外交を示唆した。カリブ海や南アメリカだけで無く、アジアに進出してきているから要注意だ。
彼らは太平洋の中継基地を欲しがっているだろう。ハワイ王国に手を出さないはずだが、我が国のマリアナ諸島を占拠する可能性は?」
「今はウェーク島やマリアナ諸島の施設でアメリカの艦船に石炭や食料や水を補給しているのだ。まさか、そんな事はするまい」
「警戒だけはしておいた方が良い。イギリスにしても我が国が敗北してロシアに占拠されるようなら、事前に占拠するくらいの
計画は立てているだろう。如何にボーア戦争を長引かせて消耗させていると言っても、イギリス帝国を侮る事はできない」
「イタリア王国は今のところは大人しい。今はエチオピア帝国の国力を高める時期だからな。
オスマン帝国とイラン王国の方の工作も順調に進んでいる。後は時期を待つだけだ」
「イギリスに中東での工作を止めるように言っておいたが、秘かに現地で工作が進んでいる情報もある。
あまり油断はできないな。バスラ方面の工作が間に合えば良いが」
「まったく、この世は相手の裏をかく事を考えている輩が多くて困る。まあ、こちらも偉そうな事を言える筋では無いがな。
そうそう、来年にハワイ王国で予定されているスポーツ競技会と武道大会の準備はどうだ?」
「今のところは順調に進んでいる。ハワイ王国としても欧米以外の国々なら受け入れるだろうし、国際的な知名度も上がる。
我々を招待しないオリンピック委員会への良い嫌がらせになる」
「おいおい、嫌味程度で抑えないと拙い。最終的にはオリンピックに合流するんだ。その時に発言権を確保する為に始めた事だからな。
将来に渡って欧米と対立すると、それこそ世界大戦の呼び水になりかねん。注意してくれ」
オリンピックは既にギリシャのアテネとフランスのパリで開催されたが、二度とも欧米のみの参加だった。
それなら対抗処置を取るまでと、日本の勢力圏の国家に呼びかけて、一回目のスポーツ競技会がハワイ王国で開催される事が決定した。
現在はその施設の建設が始まっている。競技内容もオリンピックと大差無い。
しかし、その後に各国の武道家が集まって、武道大会が行われる事も決定していた。
将来的にスポーツ競技会の方はオリンピックに合流するが、武道大会は存続する。
そしてアジアや中東、アフリカ、南米の国々の武道家が四年毎に集まるようになっていった。
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季節は冬になり、フィリピンの独立が宣言された。ただし、サマル島とレイテ島、ミンダナオ島は含まれていない。
サマル島は米西戦争のパリ条約で正式にアメリカ領土に編入され、レイテ島とミンダナオ島はアメリカ寄りの
『南フィリピン共和国』が独立宣言した為だった。
フィリピンは日本と東方ユダヤ共和国寄りの『フィリピン』と、アメリカ寄りの『南フィリピン共和国』で分断されてしまった。
一応は両国とも議会民主主義を導入して、国の近代化を進めている。
フィリピンは穏やかな自立を促す方針を採っており、南フィリピン共和国はアメリカ資本の主導の下で近代化が進められている。
アメリカは清国への進出を重視しており、南フィリピン共和国はその後になる。その為に近代化の速度は当初の予定から遅れていた。
ルソン島に首都を置くフィリピンもゆったりとした近代化を進めている。
その両者に合併の動きが無かった訳では無いが、主導する国の違いによって分断国家になってしまった。
スペイン統治時代に持ち込まれた大量の銃火器はまだ大部分が使われずに、両国政府によって管理されている。
このフィリピンの分断が、今後の情勢にどう影響するのか予測できる人間は誰もいなかった。
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台湾に巨大な『中華博物館』と、芸術関係の研究施設や教育施設が建設された。
中華博物館には紫禁城の貴重な文化財や芸術品が運び込まれる。反対する人間は多いが、賛成する人間もまた多かった。
それに北京議定書に正式に盛り込まれて、清側も調印済みだ。今更、中止にはできなかった。
尚、個人所有している物は含まれない。あくまで清王朝が所有している美術品と文化財が対象だ。
しかし一部の人間は将来の事を考えて、泣く泣く所有していた美術品を提供した人もいる。
今の清国では将来に渡っての美術品や文化財の安全が保証できないと考えた為だ。
さらに管理の最高責任者として、光緒帝の愛妃珍妃が赴任する事が事態を複雑にしていた。
そして計画に従って、紫禁城の文化財は厳重に梱包されていった。
同時に管理する人達や、修理・製造する高度な技術を持った職人の選別も進められていた。
「はあ。我が中国の美術品や文化財を何で海外に持ち出さなくては為らないんだ!? 情けなくて涙が出てくる!」
「そう言うな。今の清王朝ではきちんと保管できるかと問われて、大丈夫だと答えられる人間は誰もいない。
昨年の義和団の乱の時だって、日本軍が列強の略奪を防いだから文化財は守られたんだ。その事を指摘されてはな……」
「日本の奴らが我が国の文化財を横取りしようとはしないのか!? 本当に大丈夫なのか?」
「文化財を管理するのは我々が選別した人間だ。信用できる人間を選ぶしか無いさ。
それに最高責任者は珍妃様だぞ。迂闊な事はできないだろう。日本にしても下手な事をして、文化財泥棒の汚名は嫌だろうしな」
「本当に情けない! 日本は戦争をした相手なんだぞ。何だってそんな奴らに、先祖代々の文化財を渡さなくちゃならないんだ!」
「個人所有で嫌なら無理強いはされない。知っているはずだろう」
「知っているさ。それを売れば大金が手に入る事もな。しかし、金目当てで他人に渡したくは無い!
だったら、博物館に飾られた方がよっぽどマシだ! だからこそ提供する決断をしたんだ!」
「それなら、お前が管理人として文化財と一緒に台湾に行くか? 珍妃様と一緒にな」
「……良いのか?」
「管理人には文化財への愛着がある事が前提だ。金が欲しくてこっそりと売り払うような奴は駄目だしな。逆に、お前に頼みたい」
「分かった! 俺は台湾に行くぞ!」
日本は紫禁城の文化財の管理を申し出たが、ネコババする気は毛頭ない。それこそ千年以上も泥棒呼ばわりされるのは願い下げだ。
それより、貴重な文化財と同時に高度な技術を持つ職人を受け入れて、芸術都市を興す方に主眼を置いていた。
でも、それは清国の立場では分からない事だった。何と言っても日本とは二度と戦い、二度とも敗れた。
そして日本は河川砲艦を売却して、列強の清国進出を手助けしている。
日本側の言い分もあったが、清国側では裏切り者として日本を見ている人も多い。全員がそうで無いところが救いだろう。
紆余曲折はあったが、紫禁城の文化財と美術品の運搬作業が始まった。運ぶ荷物は膨大で、終わるのは来年の春頃になるだろう。
そして職人の移住も始まった。全員が自国の文化に誇りを持っている人達だ。
紫禁城の美術品と文化財は何一つ失われる事無く、台湾の中華博物館に運ばれていった。
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この頃になると新聞社も淘汰されてきて、ラジオ局も盛んになって報道業界は賑やかになってきた。
イエロージャーナリズムに染まった新聞社は日総新聞や日総ラジオなどの攻撃に遭い、次々に倒産の憂き目に遭っていた。
そんな中、広告業界も広がってきた。色々な目立つ場所に広告を貼り、新聞社やラジオ局に宣伝広告を頼む仕事も増えてきた。
あまり表面には出ない仕事だが、これは日総新聞の子会社である日総広告という会社が国内の大部分の仕事を仕切っていた。
広告を出すような大手の企業は、何処かしら日本総合工業と繋がっている。
そんな資本関係もあり、日総広告は日本の広告事業の大半に関与するようになっていた。
史実では色々な新聞社や広告会社が設立されていたが、独自資本の場合は敵対勢力の乗っ取りに遭う事もある。
それならば、自らの系列で広告代理店業を営み、将来的なマスコミへの影響力を確保しようと考えた。
みすみす敵対勢力に偏向報道を許す下地を残す程、陣内はお人好しでも無かった。
現在の国内のラジオ局は三局ある。二局は日総ラジオ放送の管理であり、残る一局は渋沢系列の企業の運営するラジオ局だ。
既に全国区のラジオ局であり、海外にも進出を始めている。
そんな中、国会で国営のラジオ放送局の設立が検討され始めていた。
民間のラジオ業者だけでは何かと問題があり、国営のラジオ局を開設して国の運営に役立てようというものだった。
しかし直ぐに困難に直面した。放送設備もそうだが、富士電波塔を含むインフラ設備使用料が高額だったのだ。
それに運営のノウハウも無い。そこで日総ラジオ局を買い取って国営にしようかと話が持ち上がったが、そこは天照機関が介入した。
史実では受信料を徴収して国家に左右されない中立な放送を目指す目的で設立された機関があったが、実際には豊富な資金を元に多くの
偏向報道が為されたという結果に終わった。人事権に介入できないのであれば、豊富な資金が敵対勢力に悪用されるだけだ。
受信料システムを使って公正な報道を行うという目的は良いが、実際に運営側が乗っ取られてしまえば悪用される。
国営放送を立ち上げるのは良い。しかし国営放送で中立の報道などあり得ない。しかも今は帝国主義全盛の時代だ。
使えるものは何でも使うという意識の下、国営放送の設立に陣内は同意はしたが、受信料システムには強行に反対した。
そして運営陣におかしな人間が紛れ込まないように、国会の承認と天照機関の承認が無いと運営に関われないように制度を定めた。
運営は税金で行われるが、適度な規模で済ますつもりだ。それと名前に拘った。
史実の名前は偏向報道を思い出すからと、日本帝国放送という名前に決定した。
ちなみに陣内が最初に提案された組織の名前を拒否した理由は、天照機関のメンバーだけが知っていた。
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(あとがき)
これで三章『世界変動編』が終わって、四章の『ロシア戦争編』に入ります。
全体を見た場合、四章でやっと前半が終了する形ですね。中盤と終盤がまだまだ控えています。それを考えると、少々気が重いです。
(2013. 7.21 初版)
(2014. 3.16 改訂一版)
管理人の感想
いよいよ日露戦争ですか。
量ではロシア帝国軍(+朝鮮軍)が圧倒していますが質の面で大幅に差がついていますね。
まぁロシア帝国も陸軍大国のプライドにかけて粘るでしょうが(汗)
中東など世界各地でも日本の策動は続いているようですし、日露戦争後が本格的な日本の飛躍の時ということでしょうか。