今の清国は列強の侵略が相次ぎ、例えるなら余命を宣告された重病人だった。

 列強に対抗しようと武器や設備の導入の為に税を重くした事で、国民の不満は高まっている。

 それを辛うじて抑えているのは、朝鮮の奴隷をロシアに売却する時の利益と、資源と引き換えに日本から輸入している武器だった。

 輸入している武器は陸軍用のもので、列強には対抗できなくても国内の治安維持には十分に使える。

 それでも各地で軍閥の勢いは徐々に増しており、中央が全土を統制するのは不可能に近い。

 沿岸部の各所は列強に抑えられ、内陸部は軍閥に抑えられかかっている。まさに清国は滅亡への道を歩んでいた。


 シベリア鉄道の建設は奴隷労働者を酷使する事で、史実より早いペースで進んでいる。

 ウスリー鉄道は1897年に完成し、ハバロフスクからアムール川、シルカ川を超えて西への鉄道も建設されていった。

 鉄道路線はイルクーツクとバイカル湖畔に達し、現在はバイカル湖の南端を迂回する支線の建設を急いでいた。

 夏は砕氷船を使ったフェリーによる輸送を準備している。シベリア鉄道が開通すれば、欧州の兵力を迅速にアジアに送り込める。

 ロシアは李氏朝鮮の利権を貪欲に獲得して、今ではロシア無くしては国が運営できなくなると言われるまで関係を深めていた。

 そして李氏朝鮮では日本や清国寄りの人間は尽く粛清され、ロシア一色に染められていた。

 朝鮮の工業化は進められる事も無く、ハングル語の普及を目指す人間もいないから識字率も低いままだ。

 不衛生な環境での生活を大多数の国民は強いられている為に、平均寿命はかなり短い。そして人口は徐々に減少しつつあった。


 下関条約で清国は一億テール分の資源を日本に引き渡す事になった。価値も知られていない希少金属やウラン資源も多く含まれている。

 その他にも武器の購入資金の代わりに、膨大な量の資源が日本に流れていった。

 そのルートは複数ある。渤海と黄海に面した港から輸出される資源は、一旦は済州島に集められて、そこから日本各地に運び込まれた。

 上海や杭州から輸出される資源は、日本が新たに得た船山群島の港湾施設を経由して運び込まれている。

 福建省から輸出される資源は台湾で受け入れ、雲南省から輸出される資源は海南島に集約されていた。

 さらに清国政府だけでは無く、各地の軍閥も独自に日本との武器取引を求めた。

 その結果、当初の予測よりも遥かに多い武器が中国に輸出され、そして膨大な資源が日本に流れ込んでいた。


 雲南地方で以前に反乱を起こして周辺国に逃げ込んだ回族(イスラム教徒)や、他の少数民族との接触も進んでいる。

 ベトナムルートとタイ王国ルートから、武器や資金、食料を運びこみ、現地の不満を持つ勢力の武力を強化していった。

 さらに周辺国に逃げ込み再起を伺っている回族には武器を与え、軍事訓練も行っている。

 ベトナムはフランスの支配下にあって大っぴらな事はできないが、タイ王国側は王室も秘かに承認を与えていた事だ。


 チベットには飛行船を使った空輸で発電機や様々な工作機械を運び込み、現地の工業化を進めていた。

 【出雲】製の武器もかなり普及し、ゲリラ戦なら清国軍を撃退できるレベルになっている。


 そんな中国と周辺の状況だったが、義和団という武術組織が山東省で勢力を増していた。

 最初は国内の治安維持が目的の組織だったが、次第にキリスト教と対立を深めて現地の教会の襲撃事件を起こしていた。

 排他的な組織に聞こえるが、この時代のキリスト教は傲慢な意識を持って布教をしている為に、現地の人達を折り合いが悪い。

 列強から厳しい取締り要求を清国は受けていたが、清国の官吏も義和団に同情的であり、取締りに消極的だった事も影響している。

 列強の尖兵とも言える教会を快く感じる人間は、教会でただ飯を食べている人ぐらいだったのだろう。

 しかし列強の強い要請によって袁世凱が義和団を弾圧したので、義和団は山東省外に出る事になり、さらに勢力を増していった。

 残念な事に一子相伝の伝説の拳法家は現れず、一般人より少し強い程度に過ぎない人達だ。素手で、銃を持つ軍に勝てるはずも無い。

 しかし、数が集まれば脅威となっていくのだった。

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 プエルトリコはスペイン領だが、現地で自由を求める反乱が相次いだ結果、自治領という扱いになっていた。(史実はアメリカ領)

 第一次産業が主な産業であり、島の面積も大きい訳でも無く、有益な地下資源が豊富という事も無い。

 このまま行けば何れは破綻すると思われたが、日本を保証人としたユダヤ人の投資が相次いだ事から開発が少しずつ進んでいた。

 プエルトリコはカリブ海にあるが、今まで歴史の表舞台に立った事はあまり無い。ひっそりとした長閑なところだった。

 ところが今のプエルトリコは世界の注目を集めて、大騒ぎが起きていた。


「受け入れ施設の準備は問題無いだろうな!? ここで失敗すると我々の恥になるんだぞ! 必ず成功させるんだ!」

「はい! ホテルと会議場の再チェックは終了しています。食材も吟味した材料を手配してあります!」

「不味い料理を食べさせたら、後々の問題になる。酒も最上級品を用意してくれ!」

「会議が成功したら、プエルトリコの名は世界に知られるだろう。しかし、何だってそんな重要な会議が此処で行われるんだ!?」

「知らなかったのか!? アメリカ本土でやるのは全面降伏したように受け取られるから、オランダが嫌がった。

 かと言って欧州だと日本やインドネシアから遠過ぎる。

 結局、オランダと日本、インドネシアの中間とまでは言わないが、このカリブ海で会議が行われる事になったんだ。

 アメリカとオランダの講和会議がメインだが、インドネシアの独立についても会議が行われるから日本が仲介を行う事になった。

 その絡みで此処に白羽の矢が立ったんだ。まったくユダヤ人の資本でホテルの装備が一新されていて助かったよ」

「四ヶ国の全権代表は明日到着する。絶対に失礼の無いように、従業員に徹底させろ!」


 アメリカとオランダは交戦状態にあった。過去形だ。

 オランダは東インド植民地(インドネシア)を革命で失い、南米の植民地はアメリカに占領された。

 頼みの綱だった本国艦隊はアメリカ艦隊に完敗したので、オランダ本国が直接攻撃を受ける前に降伏していた。

 その講和会議を行う時にインドネシアの独立の問題も絡めて、同時会議を行う事が決定された。

 アメリカはインドネシアに少しでも利権を獲得したいと考え、オランダは出来るだけ権益を残したいと考えている。

 両者の利害が一致した結果だ。そして日本はインドネシアからの依頼があった為に、仲介を申し出ていた。

 アメリカはフィリピンの二の舞を警戒したが、断る程でも無いと結局は日本を仲介を承諾した。

 オランダ側はフィリピンのように日本の甘さに付け込んで、インドネシアの権益を少しでも残そうと考えていた。

 そして日本はスペインの承諾をとり、プエルトリコで講和会議を行う事を決定していた。

 プエルトリコの自治領政府は大役に目が眩んだが、名前を売る絶好の機会だ。こうして明日の各国代表の到着を待つ事になっていた。

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 アメリカの全権代表は小規模な艦隊を引き連れてプエルトリコに到着し、一足早くホテルに入っていた。

 オランダの全権代表は最後に残った海軍艦艇に乗って、プエルトリコの港に到着しようとしていた。

 そのオランダの代表は不機嫌な様子で、窓の外を見ながら愚痴を零していた。


「ふん! 嘗ては世界に覇を唱えた我がオランダが、以前はイギリスの植民地だったアメリカに敗北するとは、我が国も零落れたものだ。

 しかし、まだ再起のチャンスはある! 米西戦争の時のスペインのように、インドネシアの利権は守ってみせる!

 幸いにも日本が仲介役だ。奴らの甘さに付け込んで我が国が有利なように交渉してみせる!」

「当然ですな。しかしインドネシアと日本の代表は、本日中に来るのでしょうか?

 講和会議の開催が決まって、直ぐに我々は出発したのです。距離を考えたら一週間以上は遅れるはず。

 それに日本からの代表は民間人が来ると聞いています。どういう事でしょう?」

「知るか! それに日本が民間人を派遣すると言うなら、脅してでも徹底的に譲歩を求めるまでだ!」

「……様子見という事ですな。分かりました。……何っ!? 代表、あの西の空を見てください! 飛行船の大編隊です!」

「飛行船が十五隻もあるぞ! このカリブ海に日本は飛行船部隊の大半を投入したと言うのか!? 日本は我々を威嚇するつもりか!?」

「いや、待って下さい! 飛行船に描かれているのは、日の丸と日本総合工業のマークです!

 あれは日本軍の所属では無く、日本総合工業の飛行船だと思われます!

 しかし日総航空とは別に、日本総合工業はあれだけの飛行船を所有していたのか!?」


 アメリカは米西戦争で二十隻もの飛行船を失った。補充はしていたが、まだ完全に定数には達していない。

 オランダも少数の飛行船を所有していたが、全てインドネシアに移動している最中に太平洋で消息を絶った。

 日本製の飛行船は安全なヘリウムガスを使用しているが、他国の飛行船は全て危険な水素ガスを使っている。

 だからこそ、ここ一番の時には使うが平時に飛行船を使う事は滅多に無い。

 それが一般的な流れになっている為、十五隻の飛行船というのは迫力、いや威圧感があった。

 飛行船の三隻はオランダ代表が見守る中、静かに自治領政府の敷地内に着陸して、残りの十二隻は空中で待機していた。

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 プエルトリコで飛行船を見た事がある住民は極めて少ない。

 しかも十五隻もの飛行船を見た事があるのは、全世界を探しても少ない方だろう。

 その為に自治領政府の敷地外から野次馬が飛行船を見に、大挙して集まっていた。

 その様子はアメリカ、オランダ、インドネシア、日本の各代表が座る会議室からもしっかりと見えていた。


 アメリカとオランダの全権代表は、日本から派遣されるのは民間人だと連絡を受けていた。

 主役では無いし、インドネシアに絡むだけなので重要視していなかったが、会議室に現れた陣内を見て内心で驚愕していた。

 陣内は人嫌いで知られており、海外に知人は少ない。しかし日本総合工業の代表である事は知れ渡っていた。

 その陣内がこのような表舞台に出てくる事は滅多に無い。

 態々十五隻もの飛行船を引き連れて会議に出席した事に、アメリカとオランダの代表は秘かに危惧を抱き始めた。

 会議の順番は先にインドネシアの独立に関する事を決め、次にアメリカとオランダの講和について話し合う予定だ。

 その二ヶ国の代表の内心など知らぬ振りをして、陣内は話を始めた。


「日本政府とインドネシア政府からの要請があり、民間人の私が今回の会議に参加させていただく事になりました。御了承下さい」

「……陣内代表は人嫌いで、公式会議に出席した事は無いと聞いている。後で時間を取って貰って、ゆっくりと話し合いたい」

「……それはこちらもだ。十五隻の飛行船を率いるとは、さすがに製造元の日本総合工業の代表だ。

 この会議が終わったら、我がオランダに招待したい」

「インドネシアの代表を送り返す約束がありますから、オランダへ行く訳にはいきません。

 しかし、この会議後であれば個別に打ち合わせをする事は問題ありません」

「さて会議を始めさせていただこう。我がインドネシアは独立した訳だが、多くのオランダ人の捕虜がいる。

 この処遇をどうするかを決める必要がある」

「まだ我がオランダは東インド植民地の独立を承認した訳では無い! 我々の施設の保持と市民の即時釈放を強く要求する!

 それと現地の鉱山権利の保護もだ!」

「我がインドネシアの独立は各イスラム諸国や日本、ハワイ王国、東方ユダヤ共和国、タイ王国によって承認されている。

 オランダの承認は不要だ。それと権益を保護しろと言うが、今までの我々への搾取についての謝罪はどう考えている?」

「謝罪だと!? 我々は支配者だったのだ! 正当な権利を行使したまでの事! 謝罪など、する必要は無い!!」

「だったら今は、我々がインドネシアの支配者だ。現地の権益や捕虜をどう扱おうと、我々の自由と言う事だな。

 オランダがそのような態度を取るなら、今まで我々から吸い上げた富を回収する為に捕虜を奴隷として酷使するだけだ」

「何だと!? 我が国民を奴隷として扱うと言うのか!? 女子供もいるんだぞ! そんな事が認められるか!?」

「今までオランダが我が国の国民にしてきた事を、捕虜に受けて貰うだけだ。別に貴国の承認を必要としている訳では無い。

 過酷な過去の支配に対する正式な謝罪と賠償をしないのであれば、国交も結ぶ気は無いし捕虜をどう扱おうと我々の自由だ」

「我々白人を奴隷にするなど、他の列強の反発を買うだけだぞ! そんな事をすれば、お前達は必ず破滅する!」


 インドネシアが予想以上に強硬な態度で会議に臨んだ事に、オランダの全権代表は内心で焦っていた。

 今までの植民地支配の謝罪と賠償など、面子もあるから出来るはずが無い。そして自国民を奴隷として扱う事も認められない。

 しかし今のオランダの武力は壊滅して、インドネシアを力ずくで従える事は出来ない。

 今のオランダの全権代表に出来る事は、関係の無い各国が後ろ盾にいるようにインドネシアを脅かすだけだった。

 しかし、そんなオランダ代表の脅迫をインドネシア代表は鼻で笑った。


「我が国は無理に欧州各国と国交を結ぶ気は無い。白人を奴隷扱いする事で反発するのであれば、ご自由にと言うだけだ。

 まだ我が国の周囲には多くの『白鯨』もいる。今の我が国を武力征服できると思うなら、やってみる事だ。

 ああ、言い忘れたが我が国は日本総合工業から十隻の飛行船を領土と引き換えに購入する契約を結んだ。

 リアウ諸島(マラッカ海峡)やシムルー島(インド洋)を日本総合工業に売却して、我が国の開発を依頼する事になった。

 その上で各イスラム諸国や他のアジア諸国家と国交が結べれば十分だ。

 もっとも、アメリカには後で協力して貰おうと考えているがね」

「何だと!? そ、そんな事が許されると思っているのか!? 神は絶対にお前達を許しはしないぞ!!」

「オランダ代表は少し落ち着きたまえ。我がアメリカに協力要請を考えていると言ったがそれは本当かね?」

「アメリカはフィリピンの南部に進出しているのでしたな。距離的に近いですし、友好関係を結びたい考えています。

 もっともオランダの過酷な支配の為に、我が国民は白人を極度に警戒している事もある。

 アメリカがフィリピンをどう開発するかを見極めてから、数年後を目処に協力を要請したいと考えています。

 それまでは待っていただきたい」


 アメリカがフィリピンに過酷な扱いを行えば、インドネシアの協力要請は見送られるという事を言外に含めた。

 しかしフィリピンをインドネシアが評価する形で開発を進めれば、インドネシアの利権が手に入る。

 そしてアメリカが進出する可能性を含ませれば、他の列強も手を出し難くなると見込んでいた。

 その上でイスラム諸国やアジア各国と関係を結び、日本総合工業から飛行船を入手して領土の一部を渡せば、さらに守りは堅くなる。

 近隣にイギリスやフランス、ドイツなどの植民地はあるが、日本が後ろ盾になるなら手出しは控えるだろうという読みがあった。

 その為、最初の密約でリアウ諸島を日本に渡す約束をしていたが、さらに渡す領土を増やして日本の武力の傘の下に入ろうとしていた。

 マラッカ海峡のリアウ諸島、インド洋に面するシムルー島、それと公表されないがタニンバル諸島が日本総合工業に譲られる。

 事態がそこまで行くと、オランダの意向などまったく関係は無い。その為、インドネシア代表はオランダ代表に強気で挑んでいた。

 まあ、オランダ人を奴隷として扱うと言ったのは脅しだ。さすがに本気で白人国家全てを、敵に回す気はインドネシアには無かった。


 一方、オランダとしては自国民が奴隷として扱われるなど、認める訳にいかなった。

 何としても取り戻さないと、国内外の信用は地に堕ちる。そこで捕虜解放の条件闘争が始まった。


「……捕虜を解放するのに、何が条件だ?」

「オランダ国王の正式な謝罪。それと我が国から搾取した全ての富の返還というのは無理だろうから、王室の財産の半分を渡して貰おう。

 勿論、我が国にあったオランダが所有している財産は全て没収だ。それと完全な国交断絶ぐらいだな」

「なっ、何だと!? そんな事が許されると思っているのか!?」

「拒否するなら、国内の全てのオランダ人は祖国に戻れないだけだ。今までの報いを受けて貰う。無理強いはしない」


 オランダの全権代表は陣内にフォローを求めたが、素っ気無く扱われた。

 フィリピンの時はスペインの利権を残すなどの配慮をした。それはフィリピンの組織が出来ていなかった為もある。

 独立を認めさせる為の交換条件としてスペインの利権を残したが、オランダの場合は違う。既に現地は独力で独立したのだ。

 オランダに配慮する必要性は無く、逆にオランダ側の追求に回った程だった。

 此処で徹底的にオランダを叩く事が、他の列強への見せしめにもなる。周囲に植民地を持つイギリスやフランス、ドイツに

 注意を払う必要はあるが、『白鯨』を使い、インドネシアに飛行船を供与して防衛力を強化すれば大丈夫だろうと判断していた。

 問題があるとすれば、現在植民地にされている各国が日本を頼ってきて、列強との板ばさみ状態になる事だ。

 しかし清国に関しては列強の進出をサポートしているので、何とか帳消しして列強との関係を維持しようと考えていた。


 本年の七月にハーグ陸戦条約が締結された。(戦時中だったが、決められていた国際会議なので行われていた)

 しかしインドネシアは参加していなかった為に、捕虜の扱いに文句を言う事はできなかった。


 インドネシア独立に関する事にアメリカの発言権は無い。進出の可能性が示唆されたので、アメリカは無理な介入をしなかった。

 孤立無援のオランダ代表だったが、しぶとく粘って賠償金の減額に成功していた。

 オランダ国王が正式な謝罪を行い、王室財産の三割を賠償金として引渡し、残りを十年掛けてインドネシアに支払う事で合意した。

 オランダ代表は最後まで抵抗をしたが、このプエルトリコに来ている飛行船の十隻にはインドネシアの乗員が乗り組んでおり、

 会議が決裂すればオランダ本国への襲撃がありえると脅されると、折れるしか無かった。


 インドネシアの独立に関する会議が終ると、インドネシア代表と陣内は退席しようとした。

 しかし陣内は呼び止められ、アメリカとオランダの講和会議に同席した。

 アメリカとしては南米にあったオランダ植民地では物足らない。しかしインドネシアは独立して、今は手を出せない。

 ならばオランダから奪うしか無かった。そして莫大な賠償金と、西フリージア諸島をオランダから得る事になった。

 アメリカは欧州に拠点を持たない。嘗て欧州からの移民で成立したアメリカにとって、欧州に領土を持つ事は色々な意味がある。

 交易面もさる事ながら、アメリカ国民の自尊心が大いに満足する結果となっていた。

 反面、オランダの衰退は歴然としていた。海外領土を全て失い、オランダ王室の権威は失墜した。

 オランダの残された富の大部分が、インドネシアとアメリカに渡る結果となってしまった。

 イギリスやフランス、ドイツがこの会議に同席していたなら、必ず反発しただろうが既に決まってしまった。


 余談だが、その後にアメリカ代表とオランダ代表は個別に陣内と会談を行おうとした。

 陣内が宿泊するホテルに行き、話し合おうとする二人の代表を押し止めた存在があった。

 飛行船で連れてきた五歳の真一、香織、真治の三人だった。(美沙と真樹は小さいので沙織と楓が日本で面倒を見ている)

 父親(陣内)と遊ぼうとするのを邪魔をするのかと上目で見つめられては、アメリカとオランダの代表は引き下がるしか無かった。

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 五歳の子供というのは、親の言う事をあまり聞かないやんちゃ盛りだ。

 それは陣内の子供の真一、香織、真治も例外では無い。今日はホテルの中から出ては駄目だと言われると、文句を言い出していた。


「えーー!? なんで駄目なの!? ここのお風呂は狭いし、お外で遊びたい!」

「欧州に連れて行った時のホテルの風呂も狭かっただろう。日本と違って、外国のお風呂は狭いんだ。

 逆にプールがあるぞ。警備の人達に言っておくから、プールで遊んできなさい」

「お父さんも一緒に行こうよ。部屋の中だけで遊ぶのはつまんないもん!」

「ああ、少し休んでからだ。明日は市内観光に行くからな。今日は休んでおこう」

「お父さん、大好き!」

「あーー! 香織お姉ちゃんがお父さんに抱きついている! ボクも!」


 陣内が子供を一緒に連れてきたのは、子供の見聞を広める為だ。

 日本はだいぶ発展してきたが、海外では遅れた生活をしている人達が多い。

 それらの状況を、子供に言い聞かせるのでは無く、子供の目で見させたいと考えていた。

 異文化に幼少から慣れ親しんでいれば、後々で役に立つ事もあるだろう。その日、陣内は大きなベットで子供と一緒に寝入っていた。

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ウィル様作成の地図(東南アジア版)

 インドネシア各地の領土は日本総合工業に譲られる事になった。どれも島々だったが要衝もあり、今までに無い多さもある。

 リアウ諸島(マラッカ海峡)やシムルー島(インド洋)は海洋国家を目指す日本にとって、将来的にも重要拠点に目されている。

 フィリピンやペルーでは東方ユダヤ共和国の協力を得られたので、何とか開発を進められる事になった。

 しかしインドネシアはイスラム教徒が多く、ユダヤ教徒とは関係は良くない。

 その為に、インドネシアの開発は日本、そして工業化がある程度進んでいたタイ王国により進められる事になった。


 台湾や海南島、サイパン、チャーン島はかなり開発が進んだ事もあって、そこから建設用重機と作業員をインドネシアに派遣した。

 他と同じく様々な工作機械は勝浦工場で用意され、インドネシアからの技術研修生や留学生を受け入れる事も決定された。

 基本的には民間によるインドネシアの工業化が進められるのだが、軍事協力もあった。

 何しろインドネシアは島々が多く、沿岸警備隊や海軍の整備は必須だ。

 その為に最近は充実してきた日本帝国海軍が大々的に、インドネシアの海上戦力の整備に協力する事になった。

 輸出用の軽巡洋艦『夷隅級』と駆逐艦『高滝級』、さらに護衛艦『平沢級』の多くがインドネシアに有償供与された。


 リアウ諸島(マラッカ海峡)やシムルー島(インド洋)は海上輸送路の安全を確保する上で、重要な位置にある。

 その為に、その二島は要塞と海軍基地が建設され、将来的には帝国海軍の艦艇が常駐するようになる。

 日本のインドネシアへの進出は、列強の警戒感を強める結果となった。

 しかし列強の中国進出には支援する方針を採った為に、警戒を強めはしたが反発する国は少なかった。

 インドネシアはオランダと国交を結ばなかったが、列強とは国交を結ぶ方針を示した為もある。

 各国とも自国の利益が得られれば良い。オランダは衰退していくが、それは弱肉強食の世界では仕方の無い事と受け止められていた。


 タイ王国からはブーケット島の開発を持ちかけられていたが、インドネシアの開発が加わった為に、時期を延長する事で合意していた。

 こうして日本は海上輸送路の要衝であるマラッカ海峡と、インド洋に影響力を持つようになった。

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 南アフリカのトランスヴァール共和国の金とダイヤモンド鉱山を巡り、イギリス帝国とトランスヴァール共和国は交戦状態に突入した。


ウィル様作成の地図(南アフリカ版)

 当初はイギリス軍は劣勢に立たされた。トランスバール共和国とオレンジ自由国からなるボーア軍は、ケープ植民地とナタール植民地に

 積極的な攻撃を繰り返した。ボーア軍にしてみれば、イギリスの援軍が来る前に現地のイギリス軍を倒せば戦いは終結する。

 時間が経過する程に援軍の可能性が高まる為に、当然の行為と言えるだろう。

 ボーア軍は、レディスミス、マフェキング、キンバリーを包囲して、包囲された方は食料不足に悩まされ、非常に危険な状態になった。

 イギリス軍は当然、増援を送ろうとしていた。兵士や艦隊をかき集めて、現地に送り込んだ。

 (史実ではオーストラリアやニュージーランドからも派兵されたが、今回は無い)

 兵を海上輸送で送り込もうとしているが、時間は掛かる。その為に虎の子と言える飛行船部隊二十五隻を派遣していた。


 しかし飛行船部隊二十五隻は、サハラ砂漠上空で消息を絶った。

 爆弾投下機構を有して、空からボーア軍に攻撃を行うつもりだった飛行船部隊は、現地に到着する前に消え去った。

 陣内が関与した結果だ。このボーア戦争でオランダ系ボーア人が勝つと色々と面倒な事になる。

 しかしイギリスが短期間で勝利を収められても困る。

 その為にイギリスの援軍を徐々に削り、戦争を出来るだけ引き伸ばそうと画策していた。

 空からの援軍は衛星軌道上からの粒子砲の攻撃で、サハラ砂漠上空で潰した。

 援軍である派遣部隊も『白鯨』や潜水艦隊を使って、イギリスに致命傷を与えない程度に戦力を削っている。

 来年に発生する清国の義和団の乱の時の為にも、今はイギリスの戦力を低下させる事が国益になると判断されていた。

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 フィリピンのルソン島とミンドロ島、カラミアン諸島、バラワン島を中心に、日本と東方ユダヤ共和国の支援は進められていた。

 基本的には現地に工作機械や重機・農業用車両を持ち込み、現地の人を雇って経験を積ませながら工業化や開発を進める。

 即効性がある訳では無いが、長期的には現地資本の育成や工業力強化になる。

 一方、サマル島はアメリカの領土になった事で、要塞や海軍基地の建設が急ピッチで進んでいた。

 そしてサマル島の周囲の島々にはアメリカ資本が進出していたが、最近は少し様子が変わってきていた。


「アメリカ資本が進出してくれて雇ってくれるのは良いんだが、アメリカ兵の乱暴が多い。困ったもんだ」

「いや、最近のアメリカ兵は大人しくなったぞ。あまり威張り散らさなくなった。良い傾向だよ。

 この調子で俺達の生活が改善してくれれば良いけどな」

「北部は日本とユダヤ人が進出してきている。こっちと同じか?」

「こちらは農業や鉱山開発がメインになっているけど、あっちはそれに加えて工場建設が進んでいる。

 こっちはアメリカ資本が土地を買い占めて大規模農業をしているけど、あっちは農業用車両を貸し出して現地の人間にやらせている。

 中々使い方が覚えられずに苦労したって聞いている。発電所も次々に建設されて、運用を教育しているしな」

「まあ、生活が楽になってくれれば良いさ。それにしてもスペイン人の奴らは以前とは違って大人しいものだな」

「当然だろう。昔は支配者だったけど、今じゃ国交がある国の一つに過ぎないんだ。以前の怨みもあるから、国民の反発もある。

 大人しくせざるを得ないだけさ。権益が残っただけでも有難いと思うべきさ」

「今は独立準備をしている最中だ。二〜三年後には独立ができるな。この調子なら大丈夫だ」

「安心するのはまだ早い。サマル島だけはアメリカの領土に編入されたろう。アメリカ兵が好き勝手して住民を虐殺したって噂もある。

 何でも戦うつもりでこっち来たのに、戦えなかったから不満が溜まっているらしいと酒場で誰かが話していたな」

「ありえるな。アメリカの不満を宥める為にサマル島は渡したんだ。言い方は悪いけど、生贄だ。

 そうなるとサマル島からレイテ島に逃げる住民も増えてくる。要注意だな」


 北部地域は日本と東方ユダヤ共和国によって開発が進められ、サマル島を中心とした南部地域はアメリカ主導で開発が進められていた。

 小さな問題は無数にあるが、今のところは順調に開発が進められている。

 いきなり現地の生活レベルが向上する訳は無いのだが、確実に良い方向に向かっているのは実感できた。

 しかし問題もある。サマル島だけはアメリカ領土に編入されて、他とは違う扱いになっている。

 アメリカ海軍はまだしも、陸軍は二度に渡る戦争でも殆ど戦っておらずに不満が燻っている。

 それが今後にどのような影響を与えるのか、それを知る者は誰も居なかった。

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 天照基地は難攻不落の要塞と化していた。

 衛星軌道にある攻撃衛星の管制機能を持ち、さらに島内にある山の頂上付近にレーダー施設と迎撃粒子砲が設置されている。

 海中では『白鯨』が五体、常時周囲を警戒している。基地内には予備用の『白鯨』十体が待機して、不測の事態に備えていた。

 空と海の防御、それに遠隔攻撃共に、万全とも言える体制を整えていた。列強の持つ総兵力を投入しても、陥落する事は無い。


 現在の世界標準レベルを超える精度や能力を持つ、様々な工作機械や自動生産ラインを生産できる能力を持っている。

 此処で生産された各種の高性能な設備は、主に勝浦工場と国内の防諜体制が整った協力会社の工場、【出雲】にしか設置されていない。

 輸出用や国内の一般企業で使われているのは、勝浦工場や【出雲】で生産された設備だ。

 天照基地は大量生産用では無く、少量多品種の生産工場を目指していた。


 天照基地は北大東島にあり、基本的に陣内の許可を得た人間しか出入りができない。

 近くにある南大東島には『神威級』と『風沢級』と『竜宮級』の訓練施設が建設され、多くの軍人が極秘で訓練を行っていた。

 その南大東島には、大規模な海水淡水化プラントや重水素抽出装置、海水に含有される各種の金属の抽出装置に加え、

 ウラン濃縮装置などが多数設置されていた。

 海底資源の採掘施設は三基が完成していた。しかし今は各国からの輸入で必要な資源は賄えている。

 切り札は多いほど良い。その為に海底資源の採掘施設は稼動テストを行っただけで、正式運用は見送られていた。


 日本総合工業の会社所有であるロタ島は、表向きはリゾート地として開発をされていたが、島内には様々な秘密施設が建設されていた。

 対空迎撃施設や対地ミサイル施設、潜水艦基地などが、自動生産工場と共に秘かに準備されていた。

 当然、公にできるはずも無く、建設は作業ロボットを使って行われ、その真の姿を知るのは天照機関に関係する一部の人間だけだ。

 潜水艦基地は天照基地以外にも、択捉島、鬱陵島、南鳥島、沖ノ鳥島、海南島、チャーン島、【出雲】、ケシム島に建設されている。

 簡単な補給機能しか持たない基地もあれば、修理工場を備えた大規模基地もある。(リアウ諸島とシムルー島には建設を計画中)

 現在において日本の周囲はほぼ抑えた形になっているが、順次に拡大する予定も組まれていた。

 潜水艦部隊も年を追うごとに拡大している。現在は第一と第二潜水艦部隊が就役しており、来年は第三潜水艦隊が任務に就く。

 帝国海軍の拡大も順調で、日本近海全域をカバーしつつ、タイ王国のチャーン島にも駐留するようになっていた。

 もっとも列強の警戒を恐れて、艦隊の規模は制限されている。表面上は争いを避ける態度を列強に示していた。


 【出雲】は皇室直轄領という事もあり、本土に比べると遥かに制約は低く、自由な開発が行われていた。

 ファイラカ島には大規模な海軍基地と潜水艦基地が海軍工廠と同じく建設され、ペルシャ湾全域に睨みを利かせている。

 そのペルシャ湾の入り口のラーラク島には、大口径の大砲を擁する堅固な要塞が設置されていた。

 その近くのケシム島には石油精製プラントを含む重化学工業工場群と海軍基地の建設が進められている。

 この建設が終われば、イラン王国の工業化の速度も速まるだろうと期待されている。

 【出雲】とバスラ州の開発は順調に進んでいた。最近の問題としては、バスラ州全体の【出雲】への依存度が高まった事だ。

 日本からの移民も増える傾向にあり、現地に徐々に溶け込んでいる。

 台湾や海南島は開発を始めて五年目になり、本土には及ばないが発電所の建設が一段落して電気の普及が進んでいた。

 簡単なものなら島内で自作できる程度に工業化は進んでいる。衛生管理も徹底され、疫病も徐々に姿を消していた。

 農業用地の開拓も進み、収穫量は激増している。海軍の基地や要塞の建設も順調に進んでいる。

 将来を考えて大規模な航空基地の用地も確保してある。

 後は時間に流れを任せて、徐々に開発を進めていけば良いだろうというところに来ている。

 その為に、一部の建設用重機と作業員をインドネシアに回していた。


 ハワイ王国の開発も軌道に乗った。残すべき自然と開発するべき地域をはっきりと分け、観光地としても開発を進めている。

 もっとも欧米各国とは国交断絶状態にあり、ハワイの女神を恐れている事から欧米からの観光客はゼロだ。

 日本を含むアジアからしか観光客が来ないので、観光業はあまり賑わってはいない。

 農業の発展は順調で、生産量は年を追うごとに増えていた。その輸出先は日本か、日本の関係国だ。

 使用されていた建設用重機の半数はペルーに回され、ペルーの支援をハワイ王国の工場が行う事で、経済が活発化している。

 日本が支援を始めて約六年。かなり早い開発速度だと言えるだろう。

 それと地理的な条件を生かして、南米とアジアの中継基地としても成長していた。


 東方ユダヤ共和国の開発は、日本という巨大な後方基地がある事で急速に進んでいた。

 領土は広くは無い。しかし、それでも自然は残さなくてはならない為に、土地の有効活用の面から集合住宅の建設が推奨されている。

 海外からの移住も進んで、人口は二百万人を突破した。

 そして食料の安定確保と生存圏の拡大という目的から、フィリピン、ペルー、プエルトリコ、モロッコへも進出している。

 工業化もかなり進み、自国の工業製品や国防軍の武器の一部の生産を行っている。

 大部分の原材料を海外に頼り、特に石油関係は全て日本から輸入している。

 隣国である李氏朝鮮との関係は、密入国者が多い事と国民の生活レベルが極端に違う事から関係が悪化し、国境でトラブルが絶えない。

 建国して約四年。ユダヤ系ネットワークによる大規模な支援があると言っても、異例の開発速度と言えるだろう。


 タイ王国で日本資本による開発が始まったのは1893年。それから約六年が経過した。

 雨量が少なく農作物が育ちにくいコーラート台地の水利工事は順調に進められ、以前と比較すると農作物の収穫量は激増していた。

 首都バンコクを中心に工業化が進められ、簡単な工業製品の製造や発電所のメンテナンスや修理は自前で出来る程になっていた。

 道路や鉄道の整備も進められ、流通機能は向上してタイ王国の経済を活性化させている。

 国軍の戦力も整備が進み、海軍艦艇も日本からの輸入が進められていた。

 タイ王国の中心を流れる河川の整備も進み、洪水対策は徐々に進められている。

 まだまだ開発途上だが、重機の一部や人材をインドネシアに派遣して、現地の開発に協力する姿勢を見せていた。

 地理的な条件もあり、チャーン島の工業群と合わせてインドネシアの工業化の最大の担い役として期待されている。


 オスマン帝国の支配者はアブデュルハミト二世であり、専制政治を布いていたので工業化は民間を中心に進められていた。

 広大な領土を持つ帝国だが、制度疲労もあって官吏の汚職が進んで各地の異民族を抑えきれない。

 その為に政府間の交流は必要最低限に止めて、民間交流の拡大を進めていた。

 以前は艦艇のメンテナンスや修理を自前で出来なかったオスマン帝国も、【出雲】の支援で変わりつつある。

 国民感情も【出雲】や日本に好意的になり、各地に建設された日本人街の影響もあり、日本文化が徐々に浸透していった。

 順調に見える両国の関係だが、バスラ州で問題が大きくなっていた。

 【出雲】による開発が進んだ事から依存度が増して、バスラ州の役人が危機感を覚えたのだ。

 とは言っても、ここまで進んだ協力関係を解消する事はできない。一部では不満を持ちつつも、両国間の関係は深まっていた。


 エチオピア帝国は内陸部であり、ジブチ(フランス)を経由して【出雲】から様々な武器や製品、工作機械などが運び込まれていた。

 【出雲】による工業化が進められて約三年が経過し、やっと成果が出始めたところだ。

 国軍は【出雲】からの武器輸出で真っ先に強化され、国内の工場群が稼動を開始したので武器や製品などの内製化が進みだした。

 もっとも首都を含む一部分だ。まだ開発するべき内容は多いが、取り敢えずは工業化が軌道に乗った事を現地の人は喜んでいた。

 農業関係も重機を使用した水利工事が進んで、収穫量は年々増加する傾向にある。

 飛行船の定期便ルートに含まれた事もあり、【出雲】や他のイスラム教国家との交流も進んでいる。

 オスマン帝国やイラン王国と協力して、インドネシアの開発協力を表明した程だ。

 周囲のイタリア王国の植民地であるエリトリアとソマリアを落とす事を第一次目標としている為に、軍隊の増強を急いでいた。

 そしてエリトリアとソマリアを領土に加えた時には、アデン湾と紅海側の沿岸部の二ヶ所の領土を日本に譲る密約を結んでいる。

 【出雲】から武器と弾薬、様々な工業製品や工作機械を輸入する代わりに、エチオピアの豊富な資源は【出雲】に輸出されていた。


 イラン王国に【出雲】の資本が入ったのは二年前だ。ケシム島とラーラク島を【出雲】に譲り、その代わりに国内の工業化を依頼した。

 それを承諾した【出雲】はケシム島とラーラク島の開発を進める一方で、イラン王国の工業化に取り組んでいた。

 まだ開発が始まって間もない事もあり、目立った成果は出ていない。

 それでも【出雲】は研修生や留学生を受け入れて、発電所や工場の建設を進めている事から、現地の期待は高い。

 イギリスとロシアの圧迫を受けている事も大きく影響している。

 ケシム島とラーラク島を【出雲】に譲った事で、海軍の整備は後回しにして陸軍の増強を続けている。

 国民の生活は厳しかったが、【出雲】からの支援で数年後の生活改善が見込まれた事から、住民の表情は明るかった。

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 ロスチャイルド財閥の本拠地は欧州にあるが、傍系の人間を東方ユダヤ共和国に移住させて勢力を拡大させていた。

 ユダヤ人の財閥だから、当然の事だ。

 そしてハリー・ロスチャイルドは積極的に財閥の資本を使って、祖国である東方ユダヤ共和国の建国に協力してきた。

 そのハリーの影には孫娘のリリアン(十歳)が居た。陣内が生まれた時代の魂と知識を持った転生者だ。(前世は【エルサレムZ】)

 しかし、時代がかけ離れているので、覚えている知識は殆ど役には立たない。

 まあ、若干はアドバイスができるが抽象的なものだ。それでもハリーにはリリアンの意見は貴重だった。

 そしてこの日も、ハリーの書斎で二人は他の家族にも知らせずに密談をしていた。


「最近の日本の各地への進出は凄まじいものがある。リリアンの記憶の日本とは違うという事だな」

「ええ。陣内さんが影で動いているのは、はっきり分かるわ。

 でもこの世界はあたしの前世とは違って、占いや魔術、それに女神様もいるから、これが何処まで影響しているか分からないわ」

「未来の知識を持ったカラクリ人形みたいなものを持っているんだったな。日本が地震を予知しているのは、そのお陰か。

 まあ、それは良い。私が危惧しているのは、日本がこのまま進出を続けて世界に覇を唱えるのでは無いかという事だ。

 それ程日本の勢いは突出している。何処の国家も表面だっては日本との対立を避けている。

 列強の指導者層は口にはしないが、不気味なものを日本に感じているんだろうな。

 この状態が続けば、日本は孤立して列強と衝突する。そうなった時、祖国にどんな運命が降りかかってくるか不安なのだ」

「祖父様。それほど心配する事は無いと思います。確かに日本は世界各地に進出していますけど、支配はしていません。

 陣内さんは未来の常識を持っているから、過酷な支配はしないでしょう。

 前世でも今と同じ帝国主義が流行っていましたけど、民間ベースでは人道主義が流行っていましたから」

「確かに日本が進出しているところは、国民の生活が改善されている。しかし日本は朝鮮や中国を見放して、現地の人は苦しんでいる。

 朝鮮半島の割譲された領土に住んでいる私達が言うのも変だが、日本は善意だけで動いている訳では無い。

 しかも我が国の領土を増やす計画も秘かに進めている。善意が見え隠れする一方で、悪意も感じられる」

「前世において日本は徹底した平等主義を採用していました。そこに最大限に付け込んだのが朝鮮と中国です。

 国内のマスコミや教育機関、政治や経済の中枢を乗っ取られて、衰退の道を辿っていました。

 その記憶があれば、最初から関係を持つ事など考えないでしょう。それと前世と違って、徹底的な平等主義は採らないでしょうね」

「前世の間違いを繰り返したくは無いというのは理解できる。それが我々にどう影響してくるかだ」

「史実ではユダヤ人の国家は、中東に建国されていました。今よりかなり後だと思います。それが今は朝鮮半島に祖国ができたのですよ。

 中東の地では、周囲は全て敵でした。それが今は日本と言う同盟国があるのです。あたし達にとっては良い事だと思いますけど?」

「短期的に見ればそうだ。しかし我が国は日本に首根っこを抑えられている。インフラ関係や工場設備の大部分が日本製だ。

 修理部品の内製化は進んでいるが、日本の協力が無ければ国の維持が出来ない。

 資源は独自ルートを開発しているが、それでも大半は日本の口利きで輸入している。石油に至っては大部分が日本からの輸入だ。

 日本からの輸入が停止すれば、我が国は立ち行かない。

 隣国の李氏朝鮮との関係も悪化している。ロシアの南下に真っ先に立ち向かうのは我が国になってしまった。

 最初から分かっていた事だが、その時が迫ってくると、良い様に日本に使われてしまったと思いたくもなる」


 東方ユダヤ共和国は、主に欧州から移住してきたユダヤ人によって建国された。

 領土を日本から譲られた事や、地理的な条件も含めて二国は密接な関係を保っていた。

 言い換えると、経済面や軍事面では東方ユダヤ共和国は日本に大きく依存している。

 世界中のユダヤネットワークの資金援助があるとは言っても、全ての分野をカバーできる訳では無い。

 しかも開戦となれば、大量の血を流すのは自分達だ。それは建国の前から分かっていた事なのだが、いざその時が迫ると考えてしまう。


「宇宙船は大破して使えなくなったけど、船の備品やコンピュータは使えるって陣内さんは言ってました。

 確かにあの時代の武器があれば、日本は世界を簡単に征服できるでしょう。でも、それをしないというのは使えるのは知識だけ。

 だからこそ、少しずつ知識を使って日本の国力を高めているんだと思います。

 それに日本の国力はまだ低くて、仲間が必要だと考えたのでは? そう考えると日本の行動も理解できます」

「取り込むべき国と見放す国を明確に分離して、仲間の国には便宜を与えるか。そう考えると我が国は取り込むべき国に分類された訳か。

 確かに放浪の民族だった我々に領土をくれて、最大限の便宜を図って貰った。そして軍事同盟を結んだ。

 そうなると、日本が我が国を見捨てる可能性は低いと考えて良いのか?」

「前世では日本に同情する国はあっても、運命を共にする国は無かったわ。まあ、何処も生き残るのに必死だった事もあるけど。

 日本は一方的に非難を浴びせられて、食い物にされていたから、今回は少しでも友好な関係の国を持ちたいと考えたと思います。

 そう考えると日本があたし達を切り捨てる可能性は低いと思うわ」

「日本の方針は海洋を抑えるというものだ。領土欲はさほど無い。まあ、要衝は別だがな。

 それを考えると我が国の未来は悲観する事は無いか」

「友好国と判断したところは、日本からは裏切らないでしょう。

 でも逆に、支援を受けている国が日本を裏切ったら報復は凄まじい事になるんじゃないかしら。

 日本人は一般的に義理堅くて、頑固なところがあるって知られていたもの」

「恩を仇で返された時は激怒するか。今の日本が激怒したら、相手国は相当悲惨な事になるだろう。

 それにしても日本は上手く立ち回り過ぎる。『白鯨』と良い、事態は日本の都合の良い様に動いていると思えるよ」


 それは諸外国でも大いに懸念というか、疑問視されている事だった。

 一般的には地震を予知した巫女の力によるものでは無いかと囁かれていた。

 しかし、陣内の秘密を知るリリアンから見ると、別の見方ができる。リリアンもそこに疑念を感じていた。


「……陣内さんが何処まで未来の物を持ち込んだか教えてはくれなかったけど、インディアンやオーストラリアの神様の祟り騒ぎや

 ハワイ王国の女神、それに最近の『白鯨』騒ぎ。これが陣内さんの工作だとは考えられないかしら?」

「何だと!? 未来の技術はそんな事までも可能にすると言うのか!?」

「祖父様、慌てないで! その可能性が無いとは言えないと思っただけ。

 反重力装置や粒子砲、それに色々な技術を自由に使えるなら可能と思っただけなの。

 でも、そんなものが自由に使えるなら、さっさと世界征服を実行しているものね。考え過ぎかしら」

「脅かすな。心臓が止まるかと思ったぞ。それにしても未来の知識を持っていても有効に使える訳じゃ無いか。

 リリアンがもう少し詳しい技術情報や歴史情報を持っていれば良かったんだが」

「無茶は言わないで! あたしは平凡な主婦だったのよ! それに歴史なんか興味は無かったもの!

 祖父様だって中世の歴史の年代まで細かく覚えている訳じゃ無いでしょ!」

「すまん、すまん。つい愚痴が出てしまった。忘れてくれ。

 でもそうなると、他の転生者も未来の知識を持っていても、あまり影響は出ないか?」

「それは分からないわ。個人の才能や趣味によっても違うと思うもの。

 ただ、考え方なんかに時代を先取りした行動は取れるでしょうね。

 陣内さんが前に愚痴ってたけど、日本の遊園地で引っかかった転生者は性格が悪くて使えないって見放したのよね。

 ずっと監視をつけてあるって話だけど、中には物凄い才能を秘めた人がいる可能性はあるわ」

「可能性の話か。どうなるか分からんな。しかし、今はミスター陣内との関係を深める事を優先する。まずは生き残るのが最優先だ」


 祖父のハリーの言葉にリリアンは少し考え込んだ。

 ハリーとリリアンは、定期的に陣内と会っていた。人格的には普通だろう。顔は並み。しかし持っている力が桁違いだ。

 絶対に関係を深めた方が良い。しかし、今のままでは表面的な付き合いに終わってしまう。

 だったら男女の関係を持つのはどうだろう。今のリリアンは十歳だが、八年もすれば立派な女性だ。

 陣内は妻子を持っているが、シングルマザーでも構わないとリリアンは考えていた。

 その事を祖父に相談しようものなら、絶対に反対される。だからリリアンは一人でこっそりと、陣内を落とす方法を考えていた。

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 もし、先祖代々の教えを守って暮らしているところに、いきなり余所者がやってきて「お前の信じているものは間違っている。

 こちらの教えに従え!」と強引に主張したらどうなるだろうか? 反発を招くに決まっている。

 それが戦勝国という有利な立場の場合は、こちらの立場を考えない発言を繰り返すだろう。

 そして余所者が無理やり住民の権利や富を奪って、その土地の政府までも余所者を擁護したら、住民の不満は高まる一方だろう。


 それが今の清国の状態だ。欧米の宣教師は傲慢に振舞い、ライス・クリスチャンと呼ばれる教会のただ飯を食べる信者にエコ贔屓と

 思われるような事が相次いだ事から、現地の住民の不満は極限まで高まっていた。

 そこに現れたのが中国武術を修める集団だ。色々な集団があり、彼らは欧米の手先のキリスト教を目の敵にした。

 しかし、欧米に強い抗議をされた清国は、彼ら武術集団を取り締まった。

 その武術集団は『義和団』と言い、失業者や難民を吸収しながら規模を拡大させた。

 そして外国人や中国人キリスト教信者はもとより、海外品を扱う商店や鉄道なども攻撃対象にして、北京に向けて進んでいた。

 それは清国の滅亡の序章とも言うべき『義和団の乱』の前触れだった。

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(あとがき)

 外伝とセットになります。オランダは舞台から退場を願いましたが、永久という訳ではありません。

 アメリカ陸軍の出番は二度も続けて無くなり不満をかなり溜め込んでいますが、次回で発散して貰うつもりです。

(2013. 7. 7 初版)
(2014. 3. 9 改訂一版)




管理人の感想
オランダは泣きっ面に蜂といったところでしょうか。一方のアメリカはインドネシアにも進出できそうで棚から牡丹餅。
尤もインドネシアに進出するために米政府と米企業はフィリピンで当面の間は紳士的な対応をとることになりそうですが。
さて次は義和団の乱。ロシアの南下に拍車がかかりそうです。