インディアンが乗り込んでいる第一潜水艦隊は、機雷に見せかけた攻撃をオランダ艦隊に行っていた。

 これもスマトラ島を解放した北部アチェ王国の支援行動だった。

 一度に艦隊を殲滅するような派手な攻撃では無く、一隻ずつ機雷が接触した事を装った地味な攻撃だ。

 そしてスマトラ島の周辺以外にも、ボルネオ島やセレベス島付近にも出没していた。(セレベス海)

 セレベス海はアメリカ艦隊が出没している海域だ。そしてオランダ側もアメリカを警戒して、艦隊を監視に張り付かせていた。

 アメリカ艦隊とオランダ艦隊が双方を牽制し合っている最中に、いきなりアメリカ艦隊の一隻が爆発して海中に没した。


「何だと!? オランダ艦隊の攻撃か!?」

「オランダ艦隊に砲撃した形跡はありません! 機雷に接触したと思われます!」

「湾なら理解できるが、こんな海域で機雷を敷設するはずも無い! オランダ艦隊は我がアメリカ艦隊を奇襲したのだ!

 フィリピン総督府に連絡! 『我々はオランダ艦隊の奇襲を受け、僚艦が一隻沈没! これから反撃する』と伝えろ!

 僚艦に連絡! 突撃だ! オランダ艦隊を殲滅しろ!!」


 オランダ艦隊は東インド植民地(インドネシア)を守る為にアメリカ艦隊を牽制していたが、攻撃する気はまったく無かった。

 落ち目であるオランダが、世界の上位に位置するアメリカと戦って勝てる見込みは無い。

 しかし両国の艦隊が牽制し合っている中で、アメリカ艦隊の一隻が機雷と思われる攻撃を受けて沈没したのは事実だ。

 アメリカ艦隊は果敢にオランダ艦隊に突入を開始し、オランダ艦隊も応戦の構えをとった。

 後々に米蘭戦争と呼ばれる戦いはこうして幕を開けた。


 尚、アメリカ艦隊には取材記者も乗り込んでおり、その開戦の様子は詳細に全世界に報道された。


 アメリカ艦隊を攻撃した機雷は、第一潜水艦隊の攻撃によるものだ。

 不自然に為らないように、オランダ艦隊の艦艇を少しずつ機雷で沈めるという命令を受けている。

 今回、オランダ艦隊を攻撃するつもりで、結局はアメリカ艦隊を攻撃してしまったと後で艦長は弁明している。

 数多くの仲間を虐殺されたインディアンが、故意にアメリカ艦隊を攻撃したと判断できる材料は何処にも無い。

 それに既に過ぎてしまった事だ。日本にとっても損は無い。

 こうして第一潜水艦隊のインディアンの艦長は叱責を受けたが、それ以上の罰を受ける事は無かった。

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 オランダは嘗ては世界に覇を唱えた覇権国家だったが、イギリスと激しく対立して四回に渡る英蘭戦争で国力を著しく落とした。

 止めはフランス革命だ。ナポレオンによって、オランダ本土がフランス軍によって占拠されてしまった。

 その後で再び復活するのだが、最早オランダに嘗ての勢いは無い。

 南米や東インド植民地から収奪した富によって、辛うじて国家の命脈を保っていた。

 そんな国家が、日の昇る勢いのアメリカに戦いを望む訳が無い。しかし、攻撃を受けて反撃しない訳にもいかない。

 こうしてオランダは各国に停戦の仲介を頼む一方で、集められるだけの艦艇と兵力を東インド植民地に送り込んだ。

 スマトラ島の北部アチェ王国との戦闘で疲弊していたが、アメリカに敗北すると全ての権益が奪われる。

 東インド植民地を失うというのは、滅びるという事と同じ意味だとオランダ政府上層部は知っていた。


 アメリカがフィリピンに進出を開始して、まだ一年。サマル島の要塞化と軍施設は建設に取り掛かったばかりだ。

 ミンダナオ島を含む周囲の島々に膨大な物資と多額の資金を注ぎ込み、現地の人間を懐柔しながら勢力拡張に努めていた。

 いずれは中国とインドネシアの二方面に進出を考えていたが、まずはフィリピンの地盤を築く事が優先だった。

 (北フィリピンは日本と東方ユダヤ共和国が進出。日本だけならともかく、ユダヤ人相手の戦争は国内世論を考慮して慎重だった)

 セレベス海に頻繁に出没したのも、将来の事を考えての調査が目的だった。

 オランダへの脅しを掛ける意味はあったが、アメリカ側も戦争を考えていた訳では無い。

 しかし偶発的な事故(アメリカ主観はオランダの奇襲)で、アメリカとオランダの戦争は始まった。

 予期していない事だったが、アメリカがこの千載一遇のチャンスを見逃すはずも無い。

 仕掛けられた戦争と積極的に報道を繰り返し、フィリピン駐留の海軍と陸軍部隊をボルネオ島やセレベス島に送り込む準備をする傍ら、

 アメリカ本土からも膨大な戦力を派遣させようとしていた。

 又、南米のオランダ植民地にもカリブ海艦隊を差し向けた。アメリカはこの機に、オランダの海外領土を全て奪うつもりだった。

 昨年のスペインとの戦争で得られる物が少なかったので、今回のオランダ戦で不足分を補うつもりだ。

 陸軍はインディアン虐殺が行われなくなった事で、殆ど仕事が無い。

 スペインを下した後はフィリピン全土の武力制圧を計画していたが、それも日本の邪魔な仲介で無くなった。

 その為に、出番を失ったアメリカ陸軍の将兵は欲求不満状態にあった。そこに、オランダとの戦争が発生した。

 オランダの東インド植民地を全て奪えば、北部フィリピンを諦めてもお釣りが来る。

 アメリカの政府や財界は目の色を変えて、オランダとの戦争に突入していった。


 オランダから停戦の仲介要請を受けた国は多かったが、それを受けた国は無かった。

 対等以上の交渉が出来るのはイギリス帝国だが、南アフリカを巡って戦争間近という事もあって停戦を仲介する意思は無かった。

 ドイツやフランス、ロシアも同じだ。日本も仲介の要請を受けたがフィリピンの事もあり、今のアメリカと対立するのは避けていた。

 こうしてどの国家も停戦の仲介をする事は無く、アメリカとオランダの二国間の戦争は徐々に拡大していった。


 どの国家も仲介要請を受けなかったのは、世界の各所で異変が起きていたのも大きく影響している。

 太平洋やインド洋や大西洋で、大型漁船、特に捕鯨を目的にした船が『白鯨』に襲撃されるという事件が多発していた。

 その被害は膨大なものになった。

 各国の海軍は『白鯨』を討伐しようとしたが、軍艦でさえ逆襲を受けて沈没した為に一時期は騒然となった。

 小説『白鯨』の影響を受けてエイハブ船長の真似をしようと試みた猛者もいたが、尽く海の藻屑と消えると遠洋漁業は一時的に

 全面停止を余儀なくされた。

 人間の傲慢さが『白鯨』を招き寄せたと風評が流れ、過去に乱獲を行った漁業関係者が海中に消え去ると被害は下火になっていた。

 このような理由があって、各国とも海洋遠征を躊躇っていた事が、世界の情勢に影響していた。

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 イギリス帝国は世界に覇を唱える大帝国であり、それを否定できる人間は誰もいない。

 しかしカナダの西部を原因不明の伝染病で(インディアンの神の祟りを恐れて)封鎖し、オーストラリアで現地の神の祟りと思われる

 襲撃事件が相次いだ事から完全放棄を決定して、一時的にニュージーランドに住民を避難させた。

 しかし、その避難先のニュージーランドの周辺海域は『白鯨』によって完全に封鎖されてしまった。

 空から行こうと虎の子の飛行船を差し向けたが、全てインド洋で消息を絶っていた。

 海路を塞がれて空路も駄目とあっては、支援を送り込む事も、避難民を引き取る事さえも出来ない。

 現状ではニュージーランドを見捨てる判断をせざるを得ない状況に追い込まれていた。それ程、受けた被害は大きかった。


ウィル様作成の地図(オーストラリア版)

 インドでも反乱が相次いで、南アフリカでは戦争が差し迫っていた。

 『白鯨』により大西洋やインド洋で少なく無い被害を受けた事もあり、イギリス帝国の政府指導者を悩ませていた。


「オーストラリアから避難を進めていたが、まさか避難先のニュージーランドも封鎖されるとはな。

 カナダ西部の封鎖もある。これで我が国が失った権益は膨大なものになる」

「失った権益は大きいが、取り戻そうとすると今まで以上の被害を受けるだろう。それでもやるのか!?

 インディアンの神とアボリジニの神の祟り。そして今回は乱獲を行った鯨の神の祟りだと!?

 馬鹿馬鹿しいが実際に甚大な被害を受けているから、無視できないというのが癪に障る!」

「ローマ教皇庁に多額の費用をつぎ込んでいるというのに、まだ結果を出せないのか!?

 やはり、我々独自に魔女組織と接触した方が良い! そして現地の神とやらを、我々の手で討伐するんだ!」

「ニュージーランドには大勢の入植者が居る。彼ら全員を見捨てるというのか!? 国民が納得しないぞ!」

「海路と空路が使えないから仕方あるまい。一部の新聞社が、現地の人間を詐欺同然の手法で騙して土地を得た事を暴露し始めた。

 お陰で国民の間にも、オーストラリアとニュージーランドの奴らは恥知らずという認識が浸透している。

 元々が流刑地だった事もあるし、これ以上艦隊や飛行船を派遣して被害を増やす訳にはいかん。

 それより、南アフリカで戦争が起きる寸前だ。前回の事もあるし、今回こそボーア人を征服する必要がある」

「第一次ボーア戦争では、オランダ人の末裔に敗れた。あんな奴らに敗北するなど、我が帝国の面目は丸潰れだ!

 今回こそ奴らを下して、金鉱とダイヤモンドの権利を手にする!」


 オランダ系ボーア人(アフリカーナー)の支配するトランスヴァール東部で金鉱が、オレンジ自由国ではダイヤモンド鉱山が

 発見されると、隣国である南アフリカからイギリス人鉱山技師が大挙して両国に押し寄せた。

 そして無理やり押し寄せた鉱山技師の権利を守る名分で、イギリスが両国と戦争を行ったのが第一次ボーア戦争だ。

 その第一次ボーア戦争はイギリス帝国の敗北に終わり、面子を潰される結果になってしまった。

 そして再び、現地の様子は混乱してきた。

 イギリスはトランスヴァール共和国に対しイギリス人技師の対等な権利を求め、

 トランスヴァール共和国は48時間以内に国内からイギリスの完全撤退を求めた。

 要は金やダイヤモンドが見つかり、押しかけた鉱山技師に現地の人と同じ権利を認めろとイギリスは圧力を掛けた。

 ある意味、宣教師と同じやり方だ。無理やり押しかけて、自国民の安全を確保すると主張した。

 トランスヴァール共和国とオレンジ自由国にしてもオランダ人の末裔であり、現地の人を土地から追い出して奪った。

 帝国主義全盛時代においては、欲望がぶつかり合った戦争など日常茶飯事の事だった。


ウィル様作成の地図(南アフリカ版)

「大西洋とインド洋でかなりの被害を受けたが、大型漁船が壊滅したので『白鯨』の出没回数は減っている。

 南アフリカへの増援は問題無いだろう。早速、本国とインドから兵を送り込む手筈をつける」

「こうなると、出来るだけ兵力が欲しい。オーストラリアとニュージーランドから増援が無いのは痛いな」

「仕方あるまい。それとオランダの件だが、アメリカは大攻勢を仕掛けるつもりらしい。

 今はボルネオ島やセレベス島に兵を送り込んでいる。いずれはアメリカが勝つだろうが、ニューギニア島まで進出されると厄介だ」

「あそこの東半分はドイツと我が国の領土だからな。アメリカが勢いに乗って勝ち過ぎると拙い。

 今は良いが、そのうちに何か手を打たねばな」

「日本はどうだ? フィリピンではアメリカとスペインを講和させた。今回もある程度勝てば、アメリカも矛を収めるだろう。

 その時に日本に仲介させれば良い」

「そして日本に東インド植民地に進出させて、アメリカと競わせるか。日本の国力を削ぐ良い方法かも知れん。

 我が国は南アフリカの問題に当面は掛かりきりになるだろう。オランダは我々の権益が守られれば、どうなろうと構わん!」

「アメリカも『白鯨』で被害を受けていると聞くが、それでも大兵力を送り込めるというのか。まったく侮れぬな」

「確かに『白鯨』で被害を受けたが、メインは漁船だ。輸送船や軍艦の被害は少ないはずだ。

 被害が下火になった今だからこそ、アメリカは機会を見逃さずにオランダと開戦したのだろう」

「オランダ艦隊がアメリカ艦隊に機雷攻撃を行ったと報道されたが、状況を見るとオランダから戦いを望む筈が無い。

 事故という可能性もある。まあ開戦が始まった今となっては、どうでも良い事だ」

「不審な点はあるが、国民を納得させる大義名分があれば良い。

 スペインの時は事故という可能性もあったが、今回は機雷による攻撃だと断定されている。

 それよりも、アメリカが清国に進出を狙っているのは、何としても阻止せねば為らぬ」


 アメリカはイギリス、ドイツ、ロシア、イタリア、フランスの五ヶ国に清国の『門戸開放』を要求していた。(日本は除く)

 清国への進出の機会は平等であるべきと主張し、要はアメリカも清国へ進出させろと迫ったのだ。

 イギリスを含む各国は自国の権益が侵害される可能性もあるので、アメリカの清国進出を素直に歓迎する気は無い。

 しかし面と向かって駄目だとも言えない。こうして、アメリカの進出を妨害する計画が練られていった。


「しばらくは南アフリカに、掛かりっきりになるだろう。インドも反乱が相次いでいるから、兵力を貼り付けておく必要がある。

 アメリカにはしばらくオランダの東インド植民地に専念して貰おう」

「現地の革命勢力はアメリカと協力してオランダ軍を攻撃するだろうな。

 そうなるとスマトラ島を解放した北部アチェ王国がどう出てくるかだ。独立承認を求めてきたら、どうする?」

「アメリカと戦わせるのも一興だが、そこまで行くと収拾がつかなくなる可能性もある。

 今のところは独立を承認して、アメリカをボルネオ島やセレベス島に限定させた方が良いだろう。

 ジャワ島までアメリカに奪われたのでは、少々拙い」

「戦乱を長引かせるには、ボルネオ島やセレベス島の革命勢力に武器を渡しておく方が良いだろう。

 オランダが文句を言って来るかも知れんが、スマトラ島の件では我が国に言い掛かりをつけてきたからな」

「ああ、北部アチェ王国に我が国の制式銃が供給されていると文句を言ってきた件だな。

 まったく濡れ衣も甚だしい。この際、我々が本気で現地を支援して独立させてやるか」

「アメリカはオランダの植民地に攻撃を仕掛けたが、オランダ本国には艦隊を向けていない。

 植民地が得られれば良いと考えているようだな。オランダ側は顔を青褪めている事だろう」

「植民地からの上がりで食っている国だからな。これで植民地を全て失えば、ドイツあたりに吸収されるだろう。

 弱肉強食がこの世の理だ」

「日本はフィリピンとペルーに掛かりきりになっているが、他の様子はどうだ?

 オスマン帝国やエチオピア帝国、イラン王国で動きは無いか?」

「ペルーについては、譲られた土地に住宅や工場を建設し始めたところだ。

 近くの島に小規模な艦隊を派遣してくるそうだが、我々の権益を脅かす事にはならないだろう。

 オスマン帝国もイラン王国も工業化は進んでいるが、我々の権益に影響は無い。

 寧ろ工業化が進んだ事で収益が増えた程だ。問題はエチオピア帝国だ。工業化が進んでいるから、イタリア王国が敏感になっている。

 工作機械を積んだ輸送船を止めようと艦隊を出したが、【出雲】の艦隊に阻止された。

 一時期はイタリア王国と日本で戦いが起きるかも知れなかったが、日本がアメリカとスペインの仲介をした事で方針を改めた。

 何れは日本と戦うだろうが、時期を見る事にしたらしい。今は落ち着いている」

「一応、清国に関しても日本は我々の権益を尊重している。

 しかしイラン王国やペルーにまで手を伸ばすとは、油断できない相手である事も間違いは無い。

 飛行船の大部隊を持っているから、ロシアの南下を防ぐには日本を味方につけた方が何かと都合が良い。

 そろそろ同盟の件も、本気で考えた方が良いかも知れぬ」

「日本は東方ユダヤ共和国を建国させるなどの独自の防衛戦略を進めているが、やはり国力ではロシアに及ばない。

 我が国と同盟を結ぶとなれば、喜んで賛成するだろう。上手くすると巫女の秘密も入手できるかも知れぬ」

「我が国の占い師や魔女は使い物にならん! 日本の巫女の秘密が手に入るのなら、同盟を結んでも良いだろう」


 イギリスは世界各所に植民地を有しており、そこの運営には気を使った。現地で争っている勢力を上手く利用して、支配をしてきた。

 インドではカースト制を上手く利用している。

 今回、アメリカを中国大陸に進出させない為にオランダは見捨て、インドネシア方面で工作する事を決定した。

 そしてグレートゲームを繰り広げるロシアを牽制する為に、日本を陣営に引き入れる計画を進めていた。

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 アメリカと開戦する事になったオランダの動きは素早かった。国力で劣っているのは明白だ。対応速度で劣っては話にならない。

 それだけアメリカとの戦争に、危機感を持っていると言える。

 本国艦隊は動かせない。アメリカが直接オランダ本土を攻めてくる可能性があるからだ。

 南米の植民地は規模が小さいために、完全に見捨てる決定をした。現地の戦力は全て引き上げた。

 各国に停戦の仲介を頼んだが、どこも首を縦にふる事は無かった。支援も断られ、オランダは単独で戦う羽目になっていた。


 ジャワ島やニューギニア島は最小限の部隊だけを残して、ボルネオ島やセレベス島に戦力を集中させた。

 北部アチェ王国との戦いで大きな被害をオランダ植民地艦隊は受けていたが、それでもかき集めてボルネオ島やセレベス島に派遣した。

 スマトラ島の北部アチェ王国の動きは気になったが、海上戦力を持っていないので今回は無視していた。

 何と言ってもアメリカに敗北したら、東インド植民地は全て失われる。それはオランダの滅亡と同じ意味だと将官は知っていた。


「本国は南米の植民地は見捨てて、此処に兵力を回す事を決定したか。素早い決定だが、如何せん距離がある。

 アメリカの動きに間に合うのか?」

「アメリカも西海岸の艦隊は小規模ですから、カリブ海艦隊の一部を回してくるでしょう。我々の南米の植民地の侵略もあります。

 時間的な余裕はありますので、何とか迎撃体制は取れるでしょう」

「アメリカのフィリピン駐留の陸上戦力がボルネオ島やセレベス島に上陸したが、まだ少数だ。これを早めに撃破できれば勝機はある。

 後は増援を阻止する事が必要だが、まずは上陸した部隊が目標だ。陸上戦力では我々の方が圧倒的だからな」

「陸上戦力では我々は優位に立っていますが、海上戦力では劣勢です。制海権を失えば、我々の敗北は必須になります。

 何とかしてアメリカ艦隊も早期に撃滅しませんと、我々は消耗戦で負けてしまいます」

「分かっている! アメリカ艦隊を『白鯨』が攻撃してくれれば良いのだが、そんな僥倖は期待はできない。

 各地の港付近に機雷を散布しろ! アメリカ艦隊を引き付けて砲撃で破るしか方法は残されていないんだ!」


 陸上戦力こそオランダの東インド植民地軍が優勢だったが、艦隊戦力ではアメリカ側に劣っていた。

 だからこそ戦力を集中して、アメリカ艦隊を沿岸砲の砲撃で仕留めるしか方法は残されていない。

 アメリカ本国から次々に増援が来れば、何れは物量で潰される事を東インド植民地軍の将官は知っていた。

 司令部も根拠地のジャワ島からセレベス島に移動させた。できるだけ戦地に近いほうが、迅速な指揮ができるからだ。

 しかし、その司令部に急報が齎された。


「た、大変です! ジャワ島とティモール島、それとニューギニア島で一斉に住民が武装蜂起しました!

 スマトラ島からは北部アチェ王国の兵士がジャワ島に雪崩れ込んできました!

 現地に残しておいた部隊は防衛戦を行っていますが、至急の支援を求めてきています! 一部では市民の虐殺が始まりました!」

「何だと!? 兵力を引き抜いた事が裏目に出たと言うのか!? 『前門の虎、後門の狼』とはこの事か!

 しかし北部アチェ王国に船はなかったはずだ! どこかの奴らが支援しているのか!?」

「それは不明です! 既に武装蜂起は全土に広がっており、現地の市民(オランダ人)に危害が及び始めたそうです!」


 長きに渡り過酷な支配を行ってきたオランダ人に対する現地の人の怨みは、想像を絶するものがあった。

 何しろ欧州で高値で売れるからと特定の作物を作る事を強要して安く買い上げ、その為に食料不足で多くの住民が餓死した事があった。

 抵抗すれば武力で弾圧され、処刑された人は数え切れない。

 今が報復の時だと、革命軍に加わった人達はオランダ人を捕らえて次々と公開処刑していった。

 女子供でも容赦は無い。今までオランダ軍兵士は、平気で現地の女子供を虐殺してきた。その立場が変わっただけだ。

 泣き叫んで命乞いをしても、今まで受けてきた怨みを返す時だと、容赦無い報復がオランダ人に行われていた。

 全ての女子供が報復の対象になった訳では無く、北部アチェ王国が占領した地域では急遽用意された収容所に送られていった。


 その余波はボルネオ島やセレベス島にも波及した。アメリカ軍に備えていたオランダ軍に、革命軍は襲い掛かった。

 確かにオランダ軍は多くの陸上戦力を有していた。しかし内陸部から攻撃を受けては長く持ちこたえる事はできない。

 補給が来る予定も無く、逃げるにも船は少ない。残された家族の安否を心配して、兵の士気も低い。

 こうして革命軍に敗れたオランダ軍兵士は降伏する権利さえも認められず、その場で処刑されていった。

 嘗て世界各地で行われた民族浄化が、ここインドネシアではオランダ人を対象に行われ始めていた。

 オランダの東インド植民地軍はアメリカと正面から戦う事無く、数ヶ月を掛けて消滅していった。


 ボルネオ島やセレベス島に上陸して、橋頭堡を築いていたアメリカ軍は混乱していた。

 武器も無くボロボロの軍服を着たオランダ人兵士が両手をあげて、アメリカ軍陣地に投降、いや救助を求めてきた。

 詳細を聞けば、革命軍が大挙してオランダ軍に襲い掛かり、オランダ軍は壊走を続けているという。

 民間人も多く処刑されて、アメリカ軍に救援を求めてきた。

 本来、戦うべきオランダ軍に救援を求められたアメリカ軍指揮官は困惑した。

 此処でオランダ軍を助けて現地の革命軍を撃破すれば、たしかに植民地は手に入る。

 しかし現地の革命軍と正面きって戦える状態にアメリカ軍は無かった。

 フィリピンの少数の駐留部隊を上陸させ、沿岸部に橋頭堡を築いただけなのだ。

 そして今は、本国からの増援を待っている。下手に現地の革命軍と戦闘になっては、こちらが全滅する危険もある。

 アメリカ軍はフィリピンの臨時司令部に連絡をいれた。返ってきた返事は即時撤退というものだった。

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 南アフリカでイギリスが戦端を開こうとしている中、世界はアメリカとオランダの戦争に注目していた。

 南米のオランダの植民地はあっさりとアメリカ軍に無条件降伏したが、東インド植民地をオランダが手放す筈が無く、

 大規模な戦争になると各国が確信していた。一部の商人は品不足になりそうな物資の買占めを行った程だ。

 しかし、アメリカ軍とオランダ軍が本格的な戦闘を始める前に東インド植民地で革命が起こり、北部アチェ王国が攻め入ってきた事で

 現地のオランダ軍が壊滅しつつあるという情報に各国は呆気に取られた。まるで詐欺に遭ったかのような気持ちだろう。

 アメリカ軍も革命に巻き込まれないように、一時的にフィリピンに撤退してしまった。

 天照機関のメンバーは昼食を取りながら、対応を話し合っていた。


「アメリカとオランダの戦いが激しくなると予想したが、まさかこんな事になるとはな。北部アチェ王国の根回しが効いたという事か」

「しかしオランダも情けない。第一潜水艦隊や『白鯨』で艦隊を減らされ、北部アチェ王国との戦闘で兵士が少なくなっていたとはいえ、

 あんなにあっさりと壊滅するとは。やはり植民地の富で食べている連中は、軟弱な輩が多いという事か」

「そこまで言うのは酷だろう。北部アチェ王国が革命勢力に武器を供給して、独立準備を密かに進めていた結果だ。

 彼らの功績だよ。今回は我々は特に何もしていない」

「武器を供給したのは我々ですが、それを上手く使って全土で武装蜂起を計画したのは彼らです。素直に認めましょう。

 我々はスマトラ島からの船を用意しただけです。

 最初の予定では今年はスマトラ島の解放を行って、インドネシア全域の解放は数年は掛かると思ってました。

 長年の圧政から一刻も早く解放されたいと願った彼らの熱意の結果です。

 それにしても現地でのオランダ人への復讐は凄まじいですね。投降したオランダ人兵士が公開処刑されているくらいです。

 さすがに女や子供は隔離しているらしいですが、それ程怨みが深かったという事でしょう。因果応報というやつですかね。

 現地のシーボルト商会の人間も被害を受けていますので、アチェ王国には保護するように緊急要請しました」

「北部アチェ王国の兵士はオランダ人の虐殺を止めさせ、収容所に保護しているらしいが、現地の人の怨みは収まらないか。

 先祖と自分達の因果と思って我慢して貰うしか無いな。史実ではインドネシアからの謝罪要求も無視したのだろう」

「ええ。自分達の罪は知らぬふりをして、その癖、日本を慰安婦問題で非難する決議を下院で採択してくれましたしね。

 後の世で、インドネシアを失った怨み言を王族が言う程です。それなら今のうちに、退場して貰った方が良いですね」


 オランダは鎖国時代の日本と唯一交易を行った国で、付き合いは長かった。

 しかし東インド植民地を巡る一連の行動は、どうかと首を傾げてしまう。他の列強も同じような事をしていたが、やり過ぎの観がある。

 江戸時代から続く付き合いだが、オランダの存在は日本のメリットにならないと判断していた。

 そう考えた天照機関は、オランダの利益に繋がる事はする気が無かった。


「アメリカ艦隊はオランダ本国に向かっている。勝敗は明らかだな。こうなるとオランダは消滅するのか?」

「莫大な賠償金と領土の一部を得て終わりかと思います。オランダの消滅は無いでしょう。

 ですが、東インド植民地で現地の革命軍とオランダ軍の戦闘は続いて、止める者は誰もいない。

 オランダ人はインドネシアから消え失せるでしょう。そして本国は莫大な負債を負って領土を削られ、経済的にも行き詰る。

 二度と世界の表舞台に立つ事は無く、ドイツかベルギーに併合される可能性が高いと思います」

「オランダがどうなろうと、日本に影響が出る事は無い。問題はインドネシアだ。もう直ぐ独立宣言を出すのだろう?」

「ええ。現地のオランダ軍を全滅させる前に独立を宣言するでしょう。

 真っ先に承認するのはオスマン帝国やエチオピア帝国、イラン王国などのイスラム諸国家です。

 我が国はそれらの国家の要請を受けて承認する形を取ります。

 諸外国に我々が北部アチェ王国と以前から繋がっていた事を知られる訳にはいきません。

 そしてマラッカ海峡の要衝であるリアウ諸島を得る代わりに、インドネシアの近代化に協力するという筋書きです。

 我々が開発協力と引き換えに領土を得るのは他と同じです。疑いを持つ列強は少ないでしょう」

「しかしフィリピンとペルーの開発もあるのに、インドネシアまで手が回るのか? また東方ユダヤ共和国に支援を頼むのか?」

「他の支援を抑えて、ユダヤ人に協力を要請する事を考えています。

 ですがオランダが脱落した事で、他の列強がインドネシアに色目を使ってくる事も考えられます。

 北部アチェ王国のスルタンと協議が必要になるでしょうが、我々以外に他の有力国を開発に参加させた方が良いでしょう。

 例えばアメリカですね」

「フィリピンと同じく、分割しようと言うのか? オランダ人の過酷な弾圧を受けてきた現地の人達が納得するか?」

「簡単には納得しないでしょう。ですが豊かな資源と広大な面積のインドネシアが、列強の標的にならない訳がありません。

 しかも近代化しておらず、独立宣言したばかりの国家です。我々とユダヤ人だけですと、列強を踏み止まらせるには不足してます。

 それにアメリカは振り上げた拳を下ろす前に相手が消えたのです。言い方は悪いですが、欲求不満状態を少しは宥める必要があります」

「ふむ。そちらはスルタンとの会合次第だな。それはそうと、順調続きで国民の意識が傲慢になっている事は無いか?」


 世界をリードする技術を持ち、戦争をすれば勝ち、他国が支援を求めて領土を差し出してくる。

 実情は違うが、色眼鏡で見るとそのように考える人間も居る。それが個人だけなら良い。

 『日本には巫女様が居るから負けるはずが無い。日本はフィリピンを併合するべきだ』という記事を掲載した新聞社が複数出始めた。

 個人的な意見なら構わないが、新聞社として記事に掲載されると、扇動される短慮な人間が出てくる。

 まだ民度が高まったとは言えず、目先の事しか見えない国民も多い。その為に、扇動記事を書く新聞社が問題になっていた。

 だが、捏造記事を書いた訳では無いので、報道規制法では取り締まれない。

 その為に御用新聞と陰口を叩かれている日総新聞は徹底的な反論を行った。

 『〇×新聞はフィリピンを併合すべきだと言うが、パリ条約を日本から破棄しろと言うのか!?

  国家間の条約を破棄させようと主張するのは、日本の国際的信用を貶めるのが目的なのか?

  己の利益の為なら平気で結んだ条約を破棄しろなど、恥を知っているなら発言できるはずも無い。

  巫女様は国内の平安を祈願されている。欲望に塗れた視線で論評するのも烏滸がましい!

  この記事を書いた記者と、掲載を許可した編集局長の良識を疑わざるを得ない!

  アメリカの潰れた新聞社の元オーナーは、夫を戦争で亡くしたスペイン人の未亡人に殺害された。

  捏造記事を書いた為に戦争が起きたからだ! 新聞社は公正な報道をする義務がある!

  報道機関に関わる者は責任ある立場を自覚して、無責任な記事を書かないようにするべきでは無いか?

  〇×新聞を購読している読者の良識に期待するものである』

 何も全ての新聞社の職員が、利己的で自己中心的だと言うつもりは無い。

 しかし一部の新聞社は売り上げ増の為に、扇動的な記事を積極的に書く傾向がある。

 民主主義では自由な討論ができる権利はあるが、それが商業主義と結ぶつくと暴走する危険性がある。

 日本は長い封建時代があった為に、上に従順な人間が多くて付和雷同する傾向があるから、扇動する勢力には警戒が必要だ。

 だからこそ、日総新聞や日総出版を使って過激な新聞社を潰して、国民の意識を穏やかな方向に誘導している。

 言論の自由という言葉はあるが、様々な結果に対する責任も同時に生じる。

 その責任を取れない新聞社の無責任報道を放置する気は無かった。

 それは選挙にも言える事だ。今の日本は衆議院の定数が100人とかなり小さく抑えている。

 選ばれた政治家全員が長期的な国家視野に立ち、行動しているかと問われると疑問が生じる。

 地元優先や汚職を行っていない政治家が何人いるか? 選挙に負ければただの人になる訳だから、ある程度は仕方ない。

 しかし、国家百年の計を短期的な視野しか持たない政治家に立てられるはずが無い。

 そのような政治家を選んだ選挙民にも問題はある。まあ、民度の向上に取り組んでいるが、直ぐに効果が出る筈も無い。

 だからこそ、皇室直属の特務機関【天照】が設立され、独自の膨大な予算を持つ事で日本の政治に介入してきた。

 国内問題ならば多少の衆愚政治でも問題は無い。失敗すればそれは政治家を選んだ国民に跳ね返ってくる。自己責任の範疇だ。

 しかし外交問題は違う。一つの失敗が国家の存亡に直結する事もある。そうなった時に選挙で投票した人は責任を取れるのか?

 政治家一人の軽はずみな発言が、数十年以上も外交に影響を与える事もある。

 そうなった時の責任を、政治家もそうだが有権者も取れるはずが無い。その場合は、日本全体の連帯責任になってしまう。

 幸いと言っては何だが、今の日本は選挙による議会政治を行っているが、最終的な主権は天皇陛下にある。

 その為に天照機関は衆愚政治に影響される事無く、外交工作を行ってきた。

 そしてそれは実を結びつつある事は、日本の国民の誰しもが認める事だった。


「扇動記事を書いた新聞社を幾つか潰しました。オーナーの不正もありましたので、今は警察に拘留されています。

 米西戦争で夫を失った未亡人の件を大々的に報道しましたから、他の新聞社も少しは大人しくなるでしょう。

 それと日本が順調に進み過ぎていて、国内に理想主義者が多くなりましたので、荒療治ですが目を覚まして貰いました」

「ああ、李氏朝鮮と清国の貧しい人達に食料支援を行った件だな。

 持っていった食料が尽きたから彼らが怒って暴動を起こし、ボランティアで行っている何人かは命を落としたのだな」

「はい。貧しい彼らを助けたいと思うのは立派ですが、現実を見ていませんでしたからね。

 支援するにも資金は必要で、それは無尽蔵に用意できるものでは無い。

 それに支援を受けて物資が無くなると暴動を起こす彼らを、食べさせる支援だけで良いのかを考える切っ掛けになったでしょう。

 自立させるにしても、こちらにメリットが無ければ資金も用意できません。我々は慈善家ではありませんから」


 国内の少数の善良な人達は、悲惨な李氏朝鮮や清国の人達を助けるべきだと主張した。

 その主張を叶えさせる為に日総新聞は一定の資金を用意して、支援を訴えた人達に食料を渡して現地に赴かせた。

 勿論、何があっても自己責任だという書類にサインはして貰っている。

 現地で食料を配布する臨時キャンプを作り、そこで飢えていた人達に食料を配った。

 噂を聞きつけた現地の人達は多く集まり、用意していた食料が尽きると暴動を起こしてしまった。

 支援を行っていた人達は暴動に巻き込まれ、大半の人が命を落とした。他の新聞社も取材をしており、日本国内に一斉に広まった。

 それ以降、個人単位で支援を行うべきだと主張する声は小さくなり、李氏朝鮮や清国に行く事の危険性が国民に周知される事になった。

 本来、国家とは国民の命と財産を守るべきものだ。しかし、行き過ぎた行動をする国民全てを保護できるはずも無い。

 過保護過ぎて、国家に依存する事が当然だと思って貰っては困る。

 そして国が指定する危険地域に行くことが、どんな結果を齎すかを日本の国民は知る事となっていた。


「個人的には善良な人達だったのだろうが、現実を見ないとこういう目に遭うという苦い勉強になっただろう。

 我々としては結果は見えていたが、彼らとしてみれば希望の事が出来たんだ。それで納得して貰うしか無いな」

「国家が出入国を禁じている国に行きたいと申し出たんだ。それは自己責任だ。我々は日本国民の命と財産を守る義務がある。

 しかし国家の方針に従えない国民まで守るつもりは無い。史実では人権が強調され過ぎて、国家の運営までも歪めてしまった。

 今はまだ帝国主義全盛の時代で、そんな理想主義が他の国では通用しないと理解して貰わないとな」

「あの事件は国内外でかなり報道されている。世論も無闇に支援するのも考え物だという風潮が広がっている。

 海外でも報道されて同情が集まっている。これであの二ヶ国に善意の支援をしようと考える人間も少なくなるだろう」

「清国は重税で国内の不満はかなり高まっています。史実では来年に義和団の乱が発生して、清国の滅亡のカウントダウンが始まります。

 そんなところへ国民が行くのは、極力避けた方が良いですからね。李氏朝鮮もロシアの勢力が年を追うごとに増加している。

 危険と分かっているところに、敢えて近づく必要は無いと知って貰っただけで十分ですよ」


 民主主義国家では、選挙によって国民から選ばれた代表が政治を行う。

 国民が自らの利益の為に特定の政治家を選び、その政治家が暴走して国家が滅んでもそれは国民の責任になる。

 しかし今の日本は立憲君主制を採用しており、完全な国民主権国家では無い。

 その事情を最大限に生かして外交工作を進めて、日本と同盟国や友好国の有利なように状況を進めていった。

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 オランダの奇襲攻撃によって海軍艦艇が沈められたので、アメリカは正式に宣戦布告を行っていた。

 フィリピンのサマル島の部隊をボルネオ島やセレベス島に上陸させて橋頭堡を築き、本国からの増援を待って侵攻する計画だった。

 一方、南米のオランダ植民地にカリブ海艦隊を派遣して攻略していた。

 二方面の同時侵攻作戦だったが、インドネシアで革命が起こり現地のオランダ軍が壊走を続けているので、修正を余儀なくされた。

 革命の行く末はまだ不明だが、オランダ軍が革命軍に負け続けている事もあり、一時的にアメリカ軍はサマル島に撤退した。

 本国からの増援は中止されずに、要塞化が進められているサマル島に駐留させる。

 インドネシアの状況の変化に直ぐに対応できる体制を整える事もあるが、まだ支配が確立していない南部フィリピンの事も含めてだ。


 南米のオランダ植民地は兵力を全て引き上げている事もあり、アメリカ艦隊が接近してくると直ぐに無条件降伏していた。

 アメリカ艦隊は現地を制圧すると、すぐさま進路をオランダ本国に向けた。

 今のままではインドネシアは手に入らず、南米の植民地だけでは得られるものが少な過ぎる。

 オランダ本国を落として賠償金でも得られなければ、採算が合わないと判断されたからだ。


 オランダ側は大混乱していた。アメリカから仕掛けられた戦争だが、徹底抗戦の構えを見せていた。

 しかし東インド植民地で革命が起こり、現地の軍が壊滅するのは時間の問題だ。

 本国から増援を現地に送りたいが、アメリカ艦隊が本国に迫っているので兵力は割けない。

 オランダの至宝とも言うべき東インド植民地が失われるのがほぼ確定となり、本国だけでも死守するとオランダ政府は決定していた。

 しかし、艦隊決戦でアメリカ側は殆ど被害を受けずに、オランダ側が壊滅するというワンサイドゲームになってしまった。

 こうなるとオランダ側に抵抗する手段は無い。焦土作戦を行うにもオランダは狭く、被害も甚大なものになる。

 オランダ側はアメリカに降伏して、講和会議が行われる事が決定した。


 オランダがアメリカに降伏するのと時を同じくして、東インド植民地だった地域は『インドネシア』として独立宣言を行った。

 まだ現地のオランダ軍を完全に制圧した訳では無いが、制圧の目処がついたので早めに独立宣言を行った。

 それをいち早く承認したのは、オスマン帝国やエチオピア帝国、イラン王国などのイスラム国家だった。

 日本や東方ユダヤ共和国、ハワイ王国、タイ王国は数日遅れての承認だった。フィリピンの独立準備委員会も同じだ。

 北部アチェ王国の官僚組織がインドネシア各地の掌握を進める一方、インドネシアはアメリカとオランダの講和会議に同席して

 独立の内容を煮詰める事が決定された。


 アメリカ側は複雑な事態になっていた。

 インドネシアを手に入れられると最初は思ったが、本格的にオランダと戦闘に入る前に独立されて、肩透かしを食らったからだ。

 南米のオランダ植民地を手に入れたが、領土は狭く利益はあまり無い。

 海軍は見せ場はあったので、それなりに満足したが、陸軍の出番は一切無かった。

 フィリピンに続き、二度目の肩透かしの為に陸軍では不満がかなり溜まっている。

 その状態でフィリピンのサマル島に大規模な兵力が配備された。

 政財界にしてもインドネシアの利権が得られるとぬか喜びした為に、この結果に満足するはずも無い。

 オランダから多くの利権や資金を強引にでも奪い、講和会議の席でインドネシアに少しでも食い込もうと計画を立てていた。

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 今の日本は首都圏以外にも地方の開発も順次進められ、国全体が活況に沸いていた。

 同盟国や友好国の開発もまだまだ継続され、それが国内景気を断続的に刺激している。

 ここ十年は不況という文字を忘れたくらいに、経済は右肩上がりを続けていた。

 そんな日本も最近は人材不足という状況が発生し、フィリピンやペルーの開発が中々進まないという状況にあった。

 長期的な人材不足を解消しようと義務教育が強化され、専門分野教育として各地で大学の設立が相次いでいた。

 その中で理化学研究所が運営する日本総合大学は、国立大学を上回る教育内容と設備機器の充実さで知られていた。

 同盟国や友好国からの留学生も多い。そんな彼らは大学付近の学生寮に入る事が多かった。

 ハワイ王国、東方ユダヤ共和国、タイ王国、オスマン帝国、エチオピア帝国、イラン王国、フィリピン、ペルーからの留学生達は

 人種も宗教も様々だったが熱心に勉強に取り組んだ。

 そして学生寮の近くの居酒屋で日本人と留学生達が酒を飲み交わしながら、熱く語り合っていた。


「大学で学んだ事が実践できれば、間違いなく祖国は発展するだろう。これからも日本とは良い関係を続けて貰いたいものだ」

「俺達の後からも、続々と留学生が日本にやって来る事になっている。日本は支援を続けてくれるし、お互いにメリットがある。

 心配する事は無いと思うぜ。それより最近はやたらと各地で独立運動が盛んになっている。フィリピンに続いてインドネシアもだ。

 まだまだアジアや中東、アフリカには植民地が多いから、世界が落ち着くまでは時間が掛かるだろうな」

「フィリピンとインドネシアの独立で、スペインとオランダの国力はさらに低下した。

 しかしイギリスやフランス、ドイツ、ロシア、イタリア、アメリカの脅威は相変わらずだ。

 戦争が無くなる事は無いだろう。祖国が巻き込まれないと良いんだが」

「ハワイ王国や東方ユダヤ共和国は日本と軍事同盟を結んだから、海軍艦艇や飛行船を持っているから良いよな。

 タイ王国はチャーン島に日本海軍の軍港や飛行船基地があるから、タイランド湾を列強から守ってくれている。

 アンダマン海のブーケット島も日本に開発を依頼する噂もある。それに比べて俺の国はまだまだ列強の影に怯えているんだ」

「中東やアフリカは日本から遠いからな。【出雲】が立ち上がったとは言っても、まだまだ人口は少なくて支援の力も弱い。

 それでもオスマン帝国には武器や工作機械を輸出して、工業化を進めている。

 イラン王国にしてもホルムズ海峡のケシム島とラーラク島に、【出雲】の要塞を建設して列強の進出に歯止めを掛けている。

 武器や工作機械の輸出はオスマン帝国と同じで、少しずつ国力が増強している。それに引き換え、俺の祖国は内陸国だから辛いよ」

「エチオピア帝国への支援は、フランスの植民地のジブチ経由でしかできないからな。

 それもイタリア王国が嫌がらせをしていると聞いている。

 しかし【出雲】から飛行船が頻繁に来ているんだろう。工業化も徐々に進んでいるというし、もう少しの我慢だよ」

「まあな。俺の祖国はイタリア王国の植民地に挟まれているから、何時かは決着をつけなくてはならない。

 今は日本の支援で国の工業化を進めるのが先決さ。それにしても【出雲】がもう少し大きかったら良かったんだが」

「あんまり贅沢を言うな。最初は何も無かったペルシャ湾の奥地に、僅か十年で欧米並みの工業都市を建設できたのが奇跡なんだよ。

 あそこは中東の開発を進める上で、重要な位置にある。イスラム教との関係も良好だし、何かにつけて便宜を図っているんだ」

「【出雲】の工場もそうだが、此処の大学の敷地内に礼拝場まであるとは思わなかった。日本は結構気を使ってくれているんだな」

「日本は多神教だから、他の宗教にも寛容だ。もっとも江戸時代には、奴隷貿易を行おうとしたキリスト教を全面禁止した事もある。

 全ての宗教に寛容という訳では無いさ」

「奴隷貿易を行おうとしたキリスト教を禁止するのは当然だろう。祖国も早く禁止していれば、こんな事態にならなかったんだろうが。

 手遅れになった訳じゃ無いから良いけどさ」


 留学生は祖国の発展の為に日本に留学してきた。日本総合大学は現時点において世界最高峰の技術陣を擁している。

 勝浦工場の最新鋭施設を使った実地研修も頻繁に組まれており、即戦力となる教育プログラムが組まれていた。

 そんな彼らにとって技術を身に付ける事も重要だが、世界の情勢もまた重要な話題だった。

 国に戻ったら彼らが教師役に回る訳だが、国が荒廃しては知識を身に付けた意味は無くなる。注意を払うのは当然の事だった。


「日本はまだ国内の開発が終わっていないと言うのに、海外まで手が回るから凄いよ。

 しかも列強のように植民地支配をするんじゃ無くて、対等な交易相手として見てくれている。

 列強が奪っていった資源も、日本は有償で買ってくれるから祖国の経済も発展する。

 それにしてもフィリピンやペルーの支援に東方ユダヤ共和国を絡ませるとは、日本もかなり苦しいのかな?」

「日本は科学技術で発展しているが、それでも地方じゃ遅れているところは多い。限界があるって事だろう。

 でも別の方面から見れば、一国集中の開発は他の列強の嫉みを買い易くなる。

 ユダヤ人は列強に顔が利くから、日本の独占と思われない為にも好都合な面もあるさ。

 それにしても来年はインドネシアの留学生も受け入れる予定か。独立が決まって間もないというのに、気が早い事だ」

「国際色が豊かになったよな。アジアや中東、アフリカ、南米もだ。しかも来年は欧州やベトナム、ロシアからも留学生が来るらしい」

「ああ、その話は聞いている。

 何でも現地で日本人夫婦が営んでいる孤児院で成績優秀な人材を、日本総合工業が費用を全額負担して留学させるらしい。

 これからも日本に留学してくるのが増えるだろうな」

「大学も勝浦だけじゃ無く、東北と北陸、四国と沖縄に分校を建設する計画がある。

 そうなると、かなり文化交流が進むな。今でも各国の料理を食べられる飲食店が増えてきた」


 天照機関はアジアや中東、アフリカとの民間交流を深めて、将来に備えようとしていた。

 国粋主義だけでこの先やっていけるはずも無い。絶対に他との友好を維持する必要がある。孤立の道を歩むつもりは無かった。

 その為に各国に日本人街を建設して関係を深める一方で、留学生や一部の移民を受け入れて日本各地に外国人街の建設を進めていた。

 日本にも良い刺激になるし、各国への理解を深める意味もある。

 そして各国で運営している孤児院の優秀な人材を日本に留学させ、各国との交流を民間ベースで進めていた。

 しかし全ての国家に対し留学生の受け入れを行った訳では無い。

 将来的に関係を持つ事が危険と判断された国の留学生は、受け入れる事は無かった。


「日本はかなり手広くやっているけど、近くの朝鮮や清国との交流はまったく無いよな。やっぱり原因は『東アジア紀行』なのか?」

「それだけが理由じゃ無いけど、根本は民族意識が違い過ぎて、将来的に共存共栄できないって判断したんだろう。

 清国は『中華主義』があるし、朝鮮には『事大主義』がある。日清戦争でも李氏朝鮮の奇襲は、かなり批判的に報道されたろう。

 日本が朝鮮を近代化させる為に戦争を行ったのに、その当事者が近代化を拒否したんだ。

 残酷な処刑もそうだし、戦争前に清国が優勢だと思われていた時の『長崎事件』の時の清国兵士の暴行も酷いもんだ。

 何より自己の利益の為なら平然と嘘をついて裏切り、賄賂の慣習が俺達の常識を遥かに上回る事が知れ渡った事が大きいかもな」

「弱い相手は徹底的に貶めて、強い相手には諂うか。生き残る為の生存本能かも知れんが、彼らから賄賂を受け取ったり

 美人局に引っかかると骨の髄までしゃぶられるという実例が結構報道されていたしな。

 あれで世界各国も苦力として国内に導入する事を躊躇いだした。今じゃ、中国に送り返される人間もかなりいるって話だぜ」

「彼らにしてみれば生き残る為の手段だろうが、それを世界の標準と思って此方側に持ち込まれても困る。

 列強の侵略に遭って可哀想だと思うが、こればかりは自分達の責任で対応して貰わなくちゃな」

「だから日本は清国の内陸部へ進出しないと公式に宣言したのか。必要なのは資源だけ。

 人材交流も必要最小限に抑えて、労働力としても使っていない。今の時期に中国人がいない国は珍しいんだが」


 史実において世界の殆どの国に中華街があるのは、この時代に苦力(奴隷では無いが、最下層の労働力)として各国に多くの中国人が

 使われて定住をした事に由来する。彼らは最初は各国の底辺で生活をしていたが、やがて子供を成して世界各地に生活地盤を築いた。

 そして徐々に資本を集約させて人口を増やし、世界各地において無視できない勢力になっていく。華僑と呼ばれる人達の前身だ。

 史実において『大中華帝国』や『朝鮮連合』に悩まされ、沖縄までも失った事を知る陣内が放置できる事では無かった。

 それを未然に防ぐ為に、彼らが自国内に住まわせる危険性を世界に周知させた。

 彼らの労働力によるメリットがあるにしても、長期的にデメリットの方が多いと悟ると今までの考え方を改める国家も出てきた。

 日本は清国の内陸部に進出しない代わりに、領事館を除いて一般中国人の日本での居住を一切認めていない。

 福沢諭吉の『脱亜論』を積極的に宣伝して、国民の啓蒙に努めていた。

 その結果、世界各地で中国人を苦力として雇う事を中止する傾向が強まっていた。

 中国人から見れば理不尽な仕打ちだろう。

 列強の侵略に遭って、国土や富を次々に失い、国内の労働力は極めて安い価格で海外に持っていかれる。

 その上で今度は用済みになったからと言って、労働力を国内に戻されても働く職場が無い。

 自発的に海外に移住した人達も、追い返されるような傾向が強まっていた。

 自分達が何も悪い事をした訳では無いのに、自国が列強の食い物にされている。

 諸外国から批判される悪習も、生き延びる為に仕方の無い事だとも言える。しかし、この時代に力が無い事は『悪い』事なのだ。

 そして見返り無しで他国を支援する国など、この時代には存在していない。

 今、日本は様々な国に支援しているが、それは資源や地理的条件など相互利益が見込めると判断された国だけだった。


 そんな留学生の会話を、厨房で皿洗いをしながら歯を食いしばって聞いていた男がいる。後世で革命の父と呼ばれる孫文だ。

 史実では満州を日本に譲る考えがあると言って、大陸に進出を望む日本の国士から莫大な支援金を引き出した。

 そして史実では支援金で豪勢な生活を送っていた孫文だが、今回は支援を行う人間は居なかった。天照機関が徹底的に潰していた。

 生活に必要な最低限度の資金しか孫文に与えなかった。寧ろ、亡命を認めただけでも有難く思え程度に接していた。

 その孫文の暮らしは史実とは異なり、貧しい生活になっていた。

 しかし革命の同志との交友を絶つ訳にもいかず、生活の足しになればとアルバイトをしていた。

 その孫文は留学生の会話を聞いて、目が血走っていた。


(何故だ!? 何故、日本は我が国に進出しないのだ!? 満州という餌をちらつかせても飛びついて来ない!

 タイ王国やフィリピンのように、我が国の工業化に何故協力しないのだ!?

 日本は資源が欲しいだけで、それは通常の交易だけで十分だと思っているのか!?

 武器や弾薬を輸出する代わりに、我が国の資源を日本は輸入している。その為に、革命もやり辛くなっているんだぞ!

 それに加えて、我が国や李氏朝鮮の悪評が世界に広まって、世界から追い出し始められていると言うのか!?

 何故だっ!? 我が国が悪い事をしたと言うのか!? 我が国の同胞を苦力として雇ったのは列強では無いか!

 それが今となって用済みだからを追い返すなど、人の道を踏み外している!

 我が国は大国なのだ! 我が国は近隣諸国を、そして世界を導くべき大国なのだ! 何故、それを誰も認めない!?)


 人は十人いれば十人なりの考え方がある。国が違って生活状況や歴史が変わると、相手の言動を理解できないものも出てくる。

 孫文の立場から考えると、当然の思考結果なのかも知れない。

 しかし、他国の人間からは理解できない考えもある。一部は共感できても、全てを理解する事など出来はしない。

 幼少の頃からの教育というのは重要だ。人種による能力差など、極めて些細なものに過ぎない。

 しかし国家が違うと、顕著に出てくるのは教育の差だ。

 未発展の国に産まれた赤ん坊を引き取り、日本で育てれば他と大差無い子供になる。

 しかし旧来の大人の考えを改める事は不可能に近い。そんな大人に教育された子供は、やはり旧来の大人と同じような考え方をする。

 そんな凝り固まった旧来の大人の考え方を改めようとしたら、数十年にも渡る継続的な教育改革が必要になる。

 それは内政干渉になる内容であり、そこまで他国が面倒を見るような問題では無い。

 だからこそ問題となる国との関係を絶ち、影響を少なくしようと天照機関はしているのだが、それを孫文が理解する事は無かった。

 そんな孫文は皿洗いの手を止めて、血走った目で必死で考え続けていた。その孫文に店主の怒声が降りかかった。


「馬鹿野郎! 雇ってくれと泣きついて来たくせにサボる気か!? 皿が溜まっているんだ、さっさと洗え!」

「は、はい。済みません! すぐにやります!」


 祖国解放という大願を持っている孫文も、この居酒屋ではただの皿洗いのアルバイトに過ぎない。

 孫文は留学生の会話に耳を傾けるのを止めて、皿洗いを再開した。

 如何に大願を持っていても、今日を食べていけなければ意味は無い。その真理を孫文は悟っていた。



(2013. 6.30 初版)
(2014. 3. 9 改訂一版)


管理人の感想

オランダ、それと出番的意味でアメリカ陸軍は涙目ですね……特にオランダは国際舞台から退場するのも時間の問題でしょうか。
あと孫文ですが『後世で革命の父と呼ばれる』とある以上、この世界で革命を成功させて名を馳せるということでしょうか。
しかし中国についてはある程度、人材がいるのに朝鮮には……まぁ居たとしてもロシアにすり潰されて終わりでしょうから
特定アジアの未来は暗いですね。