陣内の三人の子供は産まれてまだ半年で、ヨチヨチ歩きもできない。夜泣きはして、親の方が寝不足になる事も度々だ。
手間が掛かる事、半端では無い。それでも陣内は忙しい仕事の合間を縫って、オムツ交換やお風呂など育児に協力してきた。
天照基地の貴重な労働力である汎用アンドロイド一体を、三人の子守に配属した程だ。
親馬鹿と天照機関の他のメンバーから笑われている陣内だが、己の責務を忘れた事は無かった。
朝一番で三人の子供達を交互に抱き、後ろ髪を引かれる思いをしながらも飛行船に乗り込んで巨済島に降り立った。
そこには『東方ユダヤ共和国』の建国委員会のメンバーと、ハリー・ロスチャイルドが待っていた。そして会議は始まった。
「建設用の大型重機の第三弾の到着は来週です。今のところは建築資材の不足は大丈夫ですか?」
「建築資材は世界中から集めたものと、日本から調達したものがありますので、今のところは大丈夫です。
それより発電機が不足気味です。燃料と発電機の供給を御願いします」
「それと各種の工作機械も御願いします。欧州製より、御社の機械の方が優れているのは知っています。
私は田中製作所の工場を見学した事がありますが、是非ともあのような優れた機械を導入したい」
「この地には何もありませんが、一刻も早く建国するには、工業化を急いで進める必要があります。
それと農業もです。是非とも協力を御願いします」
「発電機と燃料、それに工作機械ですね。分かりました。早めに手配しましょう。
それと軍の前準備として国境警備隊を立ち上げたそうですが、武装の問題は大丈夫ですか?」
「はい。そちらは日本陸軍の援助をいただいています。国境侵犯をする輩が多いですから、大忙しです」
陣内は日本総合工業の社長の立場で出席していた。天照機関の方針に従って様々な支援を行うが、勿論有償援助だ。
ユダヤ人に用心棒の役割を負っては貰ったが、双方が合意の上だ。それに金持ちに無償支援するなどと自惚れてはいない。
建国委員会のメンバーとの会議が終わると、今まで沈黙していたハリー・ロスチャイルドと別室に移動した。
これからは日本総合工業の社長の立場では無く、天照機関のメンバーとして会談を行う。
ハリー・ロスチャイルドはロスチャイルド一族の傍流だが、それでも現時点での影響力は陣内より大きい。
陣内は少し緊張しながらも話を切り出していた。
「二年前は、失礼な御願いをして申し訳ありませんでした」
「ははっ。まったくですな。
秘密裏に会いたいが、公式には会うのを断ったようにしてくれとラビ(宗教指導者)から頼まれた時は驚きました。
ですが後になって、あなたの真意が理解できましたよ。ミスター陣内は未来を知っているのですか?」
「いえ、正確な分析の結果です。二年前の朝鮮半島の農民の生活は苦しく、反乱が起きるのは簡単に予想できました。
そして清国と日本が戦争するのもです。さすがに李氏朝鮮の暴発までは、予想できませんでしたが」
「……ほう? 私には李氏朝鮮の暴発も予想していたように思います。
もし李氏朝鮮が暴発しなかったら、領土の割譲はできなかったでしょう。その場合は東方ユダヤ共和国も無かったのでは?」
「いえいえ。その場合は日本が李氏朝鮮を支配していたでしょうから、その場合の方が楽だと思いますよ」
「……彼らの『恨』の文化を考えると、そちらの方が後々の問題になると思いましたが?
あの『東アジア紀行』を読んだ後は、彼らや中国との付き合い方を深く考えさせられましたからな。
何れにせよ、我々ユダヤ人が日本の好意で国を建国できるのに間違いは無い。改めて感謝させていただきます」
「いえいえ。此方としてもロスチャイルド財閥に協力して貰えるのは有難い事ですからね。
来週にはスペインに私が直接行く事になりました。これもロスチャイルド財閥の影響力のお陰ですよ」
「我々が本格的に働き掛ける前にスペイン王家が動いたのです。それはそうと、本当に真空管の特許をスペインに売るつもりなのですか?
あれだけ売れていれば莫大な利益が出るでしょうに、それを売り払うと? 私には信じられません」
「最初はそのつもりでした。その為に噂を流したりの工作をしてきたのですが、あちらからは飛行船を買いたいと言ってきましてね。
ですから真空管の事は無しにして、飛行船の話をしてくるつもりです」
スペイン王家にも影響力があるロスチャイルド財閥に、陣内は秘かに工作を依頼していた。
もっともその工作は実らずに、別の効果が出てしまった。それでも陣内にとって好機である事は間違い無い。
偶には表舞台で経験を積むのも良いだろうと考えて、直接スペインに乗り込む。
育児に忙しい沙織と楓に相手をされないので、海外で息抜きをしようなどとは絶対に口に出さない陣内だった。
陣内は全てを語っていないと分かっていたが、ハリーはこれ以上の追及を諦めた。
相手は小国の企業の社長だが、持っている技術や影響力は侮れない。それに、建国の恩人でもある。
ユダヤ資金が日本に流れ込むようになってしまったが、これも建国のリスクと割り切っていた。領土代と思えば安いものだ。
器が小さい人間なら目先の事しか考えずに怒鳴り散らしたろうが、そんな事では世界を相手の商売など出来はしない。
器という面では、ハリーは大人物と言えるだろう。そして頃合と判断したハリーは、呼び鈴を鳴らした。
「今回は孫を連れてきました。孫があなたに会いたいと申しましてな。会っていただけますか?」
「お孫さんが? はい。私は構いません」
「良かった。リリアン、入って来なさい」
ドアを開けて入ってきたのは可愛らしい女の子だった。
その女の子は陣内に挨拶をすると、想像もしなかった質問を口にした。
「今の私はドイツで産まれましたが、前世は【エルサレムZ】で生きていました。陣内代表の産まれは【天照W】でしょうか?」
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陣内は元々が職人気質の人間で、腹芸は得意では無い。それでも最近は色々な経験を積む事で、年齢不相応の胆力を身に付けていた。
その陣内にしても、目の前の可愛い女の子の言葉に絶句してしまった。本来は知らぬ振りをすれば良いのだが、それが出来なかった。
【エルサレムZ】はしぶとく生き残っていたイスラエルの宇宙ステーションの名前で、【天照W】は陣内が産まれたところだ。
この時代の人間が、その固有名詞を知るはずが無い。
まさか、史実の未来の世界を知っている人間が、この世界に居るとは思ってもいなかった。
その驚きが隠せずに、つい顔に出たのをリリアンとハリーに見られてしまった。
「その驚きようを見れば、真実が何処にあるのかは分かります。これでお爺様もあたしの話を信用して貰えますか?」
「……リリアンの言っていた事が本当だったとはな。ミスター陣内が未来からやって来たというなら、今までの事も納得できる。
しかし、未来の魂がこの世界に来ると言う事が、本当にあるとはな」
「不思議なのは陣内代表の身体です。あたし以外にも未来から来た魂を持っていると思われた人は、同い年くらいの子供でした。
ところが陣内代表は大人です。何で違うんですか?」
「……自分の事は後で話そう。話を戻すが、君以外にもこの世界にやって来た人間がいるというのか!?」
「はい。どれくらい居るかは不明です。ドイツで幼子が意味不明な事を口走って親に捨てられて死亡したとか、情報は入って来ています。
その幼子は、絶対にこの時代の人達が知らないはずの名前を言った事も裏づけが取れています。
利口な人だったら周囲に疑いを持たれないように我慢するでしょうけど、せっかちな性格だったんでしょうね。
さて、あたしの質問にも答えて貰えますか? あの時代からこの時代に来ても、技術格差があり過ぎて何をやるにも時間はかかるはず。
ひょっとして陣内代表は、もっと前に生まれ変わったのかしら?」
「もう一つだけ確認させてくれ。魂と言ったな。それでは君は、一度はあの世界で死んだのか?」
「はい。あたしは【エルサレムZ】で平凡な主婦でした。子供に先立たれて、絶望して命を絶ちました」
「……ありがとう。そうか、あの空間に巻き込まれたのは俺だけじゃ無くて、周囲を漂っていた魂もだったのか!
君は五歳ぐらいだな。それなら俺と一緒にこの時代に来た魂が、赤ん坊に乗り移って産まれてきたのも納得できる。
……君への答えだが、俺はこの世界で産まれていない。この身体のまま、この世界に来たんだ」
「まさか!? どうやって!?」
自分と一緒に不可思議な空間を通って、同じ時代を生きた魂を持った子供がいるのは陣内にとって驚くべき事だった。しかも複数だ。
そしてリリアンから見れば、陣内がその身体のままこの時代にやって来た事実こそ驚きだった。
「当時の日本の状況は知っているな。主だった小惑星資源帯に入り込めなかった俺は、宇宙船に乗って海王星軌道付近を航行していた。
そして不可思議な空間に呑み込まれ、この世界に流れ着いた。
乗っていた宇宙船は大破して使えなくなったが、船の備品や制御コンピュータは使える。それが今の成果の根源だ」
陣内は軍用の輸送船の事は言わなかった。全てを打ち明けるには、時期尚早だと咄嗟に判断していた。
東方ユダヤ共和国があるから敵に回る事は無いだろうが、切り札は最後まで隠すつもりだ。
陣内の回答に、リリアンは大筋で納得していた。
あの時代に生きた人間からみれば、この時代の事を覚えている人間など皆無だ。あまりに昔過ぎる。
今まで陣内が出してきた技術は、本当の初期レベルのものだ。あの時代の兵器があれば、この世界を簡単に征服できる。
それをしないという事は、陣内の持つ兵器も大した事は無いのだろうとリリアンは勝手に推測していた。
「でもこの世界って何処か不思議よね。女神様は降臨するし、昔に流行したファンタジー世界みたいね。
パラレルワールドへの転生なんか、一時期は流行ったわよね。魔女の組織もあるし、本当に最初は信じられなかったわ」
「……あれには驚いたよ。触らぬ神に祟り無しって諺がある。あんまり関わるのは進められないな」
「分かっているわ。話を戻すけど陣内代表はこれからの細かい歴史を知っているのよね。詳しく教えて貰えないかしら?」
「そうか。記憶だけでは、そんなに細かいところを覚えていないのも当然か。教えても良いが、あんまり当てには出来ないぞ」
「どうして?」
「既に歴史は変わっている。俺としては同じ歴史を辿るつもりは無く、可能な範囲で歴史に介入した。
日本総合工業を設立して、様々な新商品を世に出した。そして、日本と共存共栄ができる国を支援している。
だから歴史は変わり始めている。もう、史実の情報は当てにならない。この東方ユダヤ共和国なんて史実には無かっただろう」
「……確かにそうね。それであたし達ユダヤ人は、共存共栄ができるって判断して貰ったと言う事なのね」
「そういう事だ」
「未来で『大中華帝国』と『朝鮮連合』から圧力や嫌がらせを受けていたから、今回は中国と朝鮮と縁を切ろうとしているのね。
確かに未来のあれが分かっていれば、当然かも知れないわ。あそこのやり方は、あたしの国でも眉を顰めて見ていたもの」
「まあ、そういう事だ。だが、言いふらされては困るぞ」
「当然よ。あたしだって打ち明けたのはお爺様だけだし、お爺様も言いふらさないでしょう」
「当然だ。容易に信用して貰えないのもあるが、情報の持つ重要さを認識している我々が、自ら秘密を暴露する気は無い。
陣内代表は秘密を打ち明けてくれた。その信義には答えるつもりだ」
「これからの事をちょっと打ち合わせしましょう。他に未来の知識を持った転生者が居る事の対策を考えなくては」
「協力します」
リリアンは祖父のハリーに、自分が前世の記憶を持っていると秘かに打ち明けていた。
リリアンが聡明で、教えてもいない事を分かっている事があっても、子供の戯言だと思ってハリーは容易には信じなかった。
ハリーが日本総合工業の代表と面会すると聞いて、リリアンは強引に同席させるよう懇願した。
そしてリリアンが常々言ってきた事が真実である事を、陣内からも打ち明けられた。
情報の重要さを熟知しているハリーにしてみれば、宝の山を見つけたようなものだ。それを他人に話すなどあり得ない事だ。
陣内の持つ情報や技術を全部では無いが、自分達に少しは開放してくれるだろう。それは十分にメリットだと言える。
こうして陣内とハリー、そしてリリアンの秘密協定が結ばれた。
陣内と同じ時代の魂を持つ人間が複数、この世界に生まれ変わっている事は天照機関に報告された。
そして陽炎機関によって、まずは日本国内の調査が進められた。
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スペイン王国は度重なる戦争と内乱で疲弊していた。それでも世界各地に植民地を持って、それなりの威容を備えている。
その王家からの要請に応えて、陣内は新たに就航した五隻の飛行船に乗って首都のマドリードに降り立った。
そして幼い国王陛下から信任された代表と、会談を行っていた。
「スペイン王国は我々の持つ飛行船を欲しいと言う事ですね。今の予定では数年のうちに外販する予定なのです。
他からの引き合いもありますので、少々お待ちいただきたいのですが?」
「そこを何とか、我が国に優先して売って欲しい。今は国内を立て直す為にも、対外的に国威を示す為にも飛行船が必要なのだ!
できれば五隻ぐらいは欲しい! 費用の面は相談させて貰いたい!」
「……困りましたな。イギリスとフランス、ドイツ、ロシア、アメリカや他の各国からも、売ってくれと頼まれているんです。
しかも五隻とは。貴国に売ったら、他の国の反応が少し怖いですな。それでも購入されるおつもりですか?」
「そうだ! 今の我が国の国威を示す為にも、是非とも飛行船は必要なのだ! 他国がどう考えようが、関係は無い!」
陣内は心の中で大きな溜息をついていた。飛行船を欲しがっているとは聞いていたが、ここまで御執心とは思わなかった。
スペインに五隻の飛行船を売って、他の国に売らないので大問題になる。
それでも売って欲しいと要請するのは、スペイン王国が困っていると言う事だろう。
だったら、ここが勝負どころと陣内は秘かに考えていた条件を口に出した。
「貴国に五隻の飛行船を販売して、他の各国に売らないのは大きな問題になります。
ですが、貴国が大きな対価を払ったとなれば、他の国からのクレームも少なくなるでしょう。
貴国としても、イギリスやフランスと揉め事は起こしたく無いですよね?」
「……それはそうだが……大きな対価と言われても財政は厳しい。そこら辺は配慮して欲しい」
「貴国の財政が厳しいのは承知しております。そして他の国が大きな対価と評価するもの。つまり領土と交換ではどうでしょう?」
「領土だと!? 貴様は我がスペイン王国の領土を奪おうと言うのか!?」
今の飛行船の価値は高く、軍事的な効果は計り知れない。何と言っても陸軍の数に関係なく、敵の中枢を直撃できる能力は貴重だ。
そして現時点で飛行船を持っているのは日本だけだ。飛行機が実用化されれば価値は下がるが、スペイン側は知る由も無い。
スペインとしては確かに飛行船は欲しかったが、領土と交換は呑めない。
確かに世界各地に領土を持っているが、飛行船と交換で手放したとあっては、後々で大きな問題になるかも知れない。
今は帝国主義全盛の時代であり、少しでも多くの領土を持つ方が優位だという考え方が主流を占めていた。
「落ち着いて下さい。広大な領土を欲しているのではありません。南太平洋の拠点としてグアムを含むマリアナ諸島が欲しいのです。
フィリピンやキューバなどの大きいところを貰っても、こちらは民間企業ですから維持できません。
他の飛行船を欲しているところも、貴国が大事な領土と引き換えに購入したと分かれば、我が社への圧力も減るでしょう。
貴国の財政にも優しいし、我が社の利益にもなります。是非とも検討していただきたいですな」
「……グアムを含むマリアナ諸島か。有益な資源はあまり無くて原住民も少ないから、確かに大勢に影響は無いところだ。
しかし、領土を手放すとなれば、国王陛下の許可を取る必要がある」
「では、お待ちしております。そうそう、操作方法の講習もちゃんと行います。期間は約三ヶ月を予定していて下さい」
結局、飛行船の対価として、領土を日本総合工業に売却する事で合意した。とは言っても、全てでは無い。
グアムはスペイン側が渋った為に200年間の租借契約にし、他のマリアナ諸島は売却する事になった。
何とも奇妙な結果になったが、領土を渡す方のスペイン側としては、出来るだけ値切る事は当然の行為だ。
こうしてスペイン王国は飛行船を五隻所有する事と、マリアナ諸島を日本総合工業に引き渡す事を正式に発表した。
グアムに関して200年間の租借契約を結んだ事もだ。
租借期間中はスペインに一定の金額を支払う事になり、厳しい財政に悩む財務官僚が喜んでいた。
この件に対して、飛行船の売却を強く要請していた各国は絶句していた。
如何に飛行船が欲しいとはいえ、領土と引き換えは御免蒙ると考えた。とは言え、一隻だけは是非とも欲しい。
一隻を徹底的に解析すれば構造やノウハウが得られて、自国で飛行船を建造できる。
その為に不平等条約の改正の時の条件に、内密で一隻だけでも売る事を盛り込もうと考えていた。
尚、グアムが売却では無くて租借という形を取った事は、歴史に少なくない影響を与えていた。
余談だが、マドリードに数日滞在していた陣内に、各国はハニートラップを仕掛けようとした。
しかし、陽炎機関から派遣された『くの一』が邪魔をして、成功したところはゼロだった。
その護衛の『くの一』と陣内の間に何があったのかを知るものは、本人だけだった。
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マリアナ諸島と引き換えに、飛行船五隻を購入する契約を結んだスペイン王国の動きは早かった。(グアムは租借)
せっかく来たのだからと、二日間の観光(子供の土産も購入済み)を陣内が行っている間に、日本に派遣する人員を選出した。
そして陣内が日本に帰る時に、訓練を行う五十人の軍人を飛行船に同乗させた。それほど早く、飛行船を欲しかったのだろう。
内心では陣内は呆れたが、彼ら五十人の訓練中の住居の手配と訓練スケジュールの作成を部下に指示していた。
彼ら五十人は勝浦工場の機密に関与できない場所で、約三ヶ月を掛けて飛行船の技術講習や実地訓練を行う。
だが、日本に戻る飛行船の中で、陣内が説明した時から問題が続出した。
「ちょっと待ってくれ! 飛行船は民間仕様だと言うのか!? 我々に客室やら食堂などは不要だ!
それより爆弾を搭載して投下できるような機構が欲しい! それと地上を細かく観察できる望遠鏡もだ!」
「契約書には、弊社の勝浦工場で建造された飛行船を売却すると書かれてあります。
日本陸軍と海軍に納入した飛行船は軍の方が独自の改造を施してありますが、勝浦工場の出荷は民間仕様が基本です。
そのような改造を施せなくも無いですが、別料金になります。それでも宜しいでしょうか?」
「……分かった。それは我々が行う事にしよう。それにしてもこの飛行船にはヘリウムが使われているのか?
此処に来る前は、水素ガスが使われていると考えていたぞ。希少なヘリウムを何処から採取したのかね?」
「水素ガスは爆発の危険性がありますからね。安全性を考えて、高価ですがヘリウムを使っています。
これで飛行船の価格がべらぼうに高いのは納得していただけると思います。
そのヘリウムですが、国内で微量ですが採取できるのです。微量の為に、中々飛行船を量産する事は難しいですがね」
ヘリウムはアメリカから密輸入して、日本国内に膨大な量をストックしていた。現在のペースで使用しても数十年は大丈夫な量だ。
そろそろアメリカに気がつかれるだろうが、ヘリウムを採取した形跡は残しておらず、通常の天然ガスを採掘した形跡しか無い。
そんな裏事情を話す訳も無く、国内で採取できるとスペイン王国の軍人に説明していた。
「飛行船の利点は空を自由に飛べる事にあります。ですが着陸している時は無防備です。それと風に流され易い特性があります。
物資輸送や観光などの民間事業で使うのは問題無いでしょうが、軍事目的で使う時は注意が必要です。
着陸している時に攻撃を受けると爆発はしませんが、ヘリウムを失って使えなくなりますので十分に注意して下さい」
「……分かった。しかし、メンテナンスが此処まで厳格だとは思わなかったぞ。戦艦以上に厳しいじゃないか。
ここまで細かく管理する必要があるのかね?」
「海上の船舶は機関が故障しても漂流だけで済みますが、飛行船は故障したら墜落の危険性があります。
普通の船舶以上の管理が求められます。手を抜けば、空中分解や墜落死の可能性が高まると覚えていて下さい」
講習を受けている五十人のスペイン王国の軍人は、飛行船の認識を改めていた。
確かに地上兵力の多寡に関係無く、敵の中枢部を直接攻撃できる能力は得がたいものだ。
だが、その運用方法やメンテナンス、地上の時の脆弱性を含めて多くの運用ノウハウが必要だと感じていた。
そしてこれらの情報は、祖国に帰った彼らによって世界に広まっていった。
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スペイン王国がマリアナ諸島と引き換えに、日本から飛行船五隻を入手した事に一番反応したのはアメリカだった。
他の各国はスペインが飛行船五隻を入手した事に注目していたが、アメリカはマリアナ諸島が日本に渡った事を警戒した。
スペイン王国に戦いを挑んで手に入れようと考えていた場所が、日本に取られてしまった。
グアムは租借な為に、やり様によっては領有できるだろうが、事態が複雑化したのは間違い無い。
勿論、大っぴらに抗議できる筈も無く、アメリカ政府内で今後の対応に関する協議が行われていた。
「日本にマリアナ諸島を取られてしまった。まったく、スペインも余計な事をしてくれる。
グアムが200年間の租借契約なのが僅かな救いだな。それにしても計画の見直しが必要になるぞ」
「あと三年もあれば我々が奪ってやったものを! それにしても日本は南太平洋にまで進出するつもりなのか!?」
「グアムの所有権はスペインが持っているか。例の作戦計画書でマリアナ諸島だけは、除外しておくぞ」
「マリアナ諸島を日本総合工業に売却したが、主権は日本政府が持つだろう。
今回はスペイン王国と私企業の契約だ。そこまで警戒する必要は無いと思う。今の日本の国力で、南太平洋に進出する余力は無い」
「まだ予断を許さないから、今は様子見だ。それにスペインへの計画は予定を変更せずに行う。
キューバやフィリピンを手に入れられれば、最初の計画は実行できる。問題は無いだろうな!?」
「スペイン王国が飛行船を手に入れた事が、どう影響するかだな。モロッコでの争いが何処まで拡大するかも影響する。
情報部からの情報では、地上に着陸している時は無防備だから、奇襲を仕掛ければ何とでもできる。運用次第だ」
「日本との不平等条約を改正したが、その時に飛行船一隻を買う密約を結んだ。来月にも乗組員を日本に派遣する。
それで飛行船の構造やノウハウが分かれば、我が国でも建造できるだろう。
着陸している時の脆弱性はあるが、やはり空を自由に飛べるのは大きなメリットだからな。我が国も空中艦隊を創立させなくては」
「ロシアも飛行船の大艦隊を用意するらしい。やはり条約改正の時に条件にねじ込んだらしいな。イギリスやフランス、ドイツもだ。
何処も考える事は同じだ。しかし馬鹿高い買い物になったな。まさか最新鋭の戦艦より高いとは思わなかったぞ」
「希少なヘリウムを大量に使っているからと説明していたな。確かに水素ガスでも浮かべられるが、危険性はある。
そうなるとヘリウムを大量に入手しないと、空中艦隊は用意できないと言う事か」
「日本から馬鹿高いヘリウムを大量に輸入するのか? 金が幾らあっても足りないぞ!?
やはり安価な水素ガスを使えないか、検討してみよう!」
史実では日露戦争後に不平等条約の改正が行われたが、今回は飛行船の件もあって本年に不平等条約の改正を行った。
その時の密約で、日本総合工業から各国に一隻だけだが、飛行船を売却する事になった。ちなみに最新鋭の戦艦以上の金額だ。
当然、各国は高過ぎると文句を言ったが、希少なヘリウムを大量に使っていると言われては納得するしか無かった。
飛行船の操作講習などの運用ノウハウも併せて手に入ると聞いて、悔し涙を流しながらも大金を支払っていた。
尚、この時点でアメリカの対スペイン戦の作戦内容は固まっていた。
その作戦内容からマリアナ諸島は外されたが、グアムは租借の為に残されたままになっていた。
その事が後々、大きな影響を及ぼす事になった。
尚、他の列強に売却するのは民間仕様の飛行船であり、日本軍の飛行船に装備されている軍事機密が各国に知られる事は無かった。
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日本の国内は沸いていた。何といっても日清戦争に勝利したばかりか、列強との不平等条約の改正に成功したのだ。
政治家や国内の官吏の悲願が実ったと言える。もっとも一般大衆は、新たにマリアナ諸島を得た事に喜んでいた。
今までは沖ノ鳥島が日本領土の最南端だったが、マリアナ諸島に変わった。南太平洋に睨みを利かせられる要衝だ。
サイパン(面積:115.39km2)とデニアン島(面積:101.01km2)は、日本政府に永久貸し出し契約を結んだ。
ロタ島(面積:85.38km2)だけは、日本総合工業が専有する。
グアム(面積:549km2)は日本総合工業がスペインに租借料を支払うが、統治権は日本側が持つ事になった。
こちらも日本総合工業から日本政府に貸し出すという複雑な形だ。
日清戦争に勝利して、そして新たに南方の領土を得た事は日本の国民に歓迎されていた。
「最近の日本は凄いな。あの清国に勝ったばかりか、列強との不平等条約も改正してしまった。
つまり列強は、日本の国力を認めたって事だろう。それに新しく南方の領土も得たんだ」
「国内も短期間で変わってしまった。此処まで電気の普及が進むなんて、数年前じゃあ考えられなかった。
今じゃかなりの世帯に電灯があって、扇風機や洗濯機、冷蔵庫の普及もかなり進んでいる。まあ、地方はこれからだけどな。
それに鉄道や道路がかなり建設されたから、地方の物資が入り易くなっている。これも物流が良くなったお陰だ」
「それを言えば、農村や建設現場に専用の機械が導入された事だよ。あれでだいぶ効率が改善されているからな。
消費財も豊富になって、生活がし易くなっている。良い事ずくめだ」
「諸外国との交易も順調で、最近は海外の珍しい果実が市場に出回るようになってきた。
ラジオの普及が進んで、国民の意識改革も進み出した。もう少しで列強と肩を並べられるかな?」
「まだ気が早いだろう。粗鋼生産量は激増したが、まだまだ列強には追いついていない。それに地方の開発はまだ遅れている。
噂だけど北海道と四国、それに九州に大規模な製鉄所を建設するって話だ。それが出来上がれば、どうかというところだろうな」
「列強は高い金を払って、日本総合工業の飛行船を買ったんだろう。あそこは大儲けしたって聞いている。
逆を言えば、列強が欲しがる技術を日本が持っていると言う事だ。それって凄く無いか?」
「日総ラジオ放送でも言ってたけど、あれはヘリウムって希少な資源があったから出来たらしい。
何処で採れるかは企業秘密で明らかにしなかったけど、そのお陰だってさ。あんまり過大評価しない方が良いぞ」
「そうなのか? 中国人や朝鮮人が日本から居なくなって、代わりにハワイ王国やベトナム、それにタイ王国からの留学生が増えた。
そういう国々は、日本を手本にしていると思ったんだがな」
「オスマン帝国からも留学生が来ている。いきなり列強並みという訳にはいかないから、まずは日本からと考えたんじゃ無いのか?」
「何でも政府が認めた国しか、留学生や研修生を受け入れないって事になったからな。中国人や朝鮮人がいなくなっても大丈夫なのか?
今は何とかなるけど、将来的には労働力不足にならないか?」
「別にその二ヶ国じゃなくては駄目という事は無いさ。下関条約で中国の内陸部と朝鮮に行く事は禁じられた。
現地に行けば、法律違反だ。勝手に行って現地の警察に捕まっても、自己責任だから政府が助けてくれるとは思わない方が良い。
列強のように清国の土地を奪わず、清国を宗主国として崇める李氏朝鮮の立場を尊重したって事だ」
「……東アジア紀行を読んだ後だと、それって本音を隠して建前を声高に言っているように聞こえるぞ……」
「何処の国も建前と本音はある。そして建前が無いと、大義が立たない。力が無いと、建前だけ言っても通用しない。
力があれば何でも出来るとは思わないがな。それより日本は『東方ユダヤ共和国』との関係を深めた方が良いだろう」
「世界中のユダヤ資本が集まりつつある。そしてその資金は日本にも流れ込んでいる。
お陰で国内の景気は右肩上がりだ。この現象は十年以上は続くだろうな」
李氏朝鮮との関係を絶ち、清国とは沿岸部での交易だけに限定する方針を日本政府は打ち出していた。
そして『東方ユダヤ共和国』を最重要国として軍事同盟を結ぶ。
膨大なユダヤ資金が日本に流れ込み、国内の各種産業は生産量の最高記録を次々と塗り替えていった。
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興中会とはハワイのホノルルで、1894年に孫文が創設した清朝打倒を目指した革命団体だ。(史実の事)
今回、ハワイ王国に女神が降臨した時に全ての中国人は退去していた為に、アメリカのサンフランシスコで創設されていた。
史実では十月に行った広州蜂起だが、今回は少し時期が早まって夏に計画された。
密告で計画が頓挫したのは史実と同じだ。そして孫文は日本に亡命していた。だが、日本の対応は孫文の予想とだいぶ違っていた。
重要人物として保護されると思っていた孫文は古びた家屋を宛がわれて、その不満を同居している仲間にぶちまけていた。
「何故だ!? 何故、日本は満州を欲しがらないんだ!? これじゃあ活動資金が手に入らない!」
「万里の長城の外は中国(漢)じゃ無いから、日本に進出して欲しいだなんて話に釣られる訳が無い!
亡命する前から、日本を甘く見ない方が良いって言っただろう! どう、責任を取るつもりだ!」
「日本は清国の内陸部に一切進出しないって宣言したんだ。日本人を騙して、革命資金を得ようなんて無理だよ」
「そうそう。俺達に活動費や生活費を準備してくれるって約束した平岡浩太郎は、汚職を摘発されて捕まった。
もう俺達を公然と支援してくれる人達はいないって。おんぼろでも、家屋を用意してくれた事で感謝しなきゃ」
「最低限の生活費だけは出してくれるって話だからな。それが嫌なら他の国へ行かなくちゃ。
受け入れてくれる国があるかは分からんけど。どうする?」
「……日本にいる。何としても、日本から資金と技術を引き出して革命を成功させるんだ!」
清国は満州に住んでいた騎馬民族が、漢民族を征服して建国した国だ。当然だが、満州を重要視している。
しかし、孫文を含めた大部分の漢民族は、満州を中国(中華地域)として認めていなかった。
そう言った理由から、革命が上手くいったら万里の長城の外は日本のものになると言って、生活資金や活動資金を得ようとした。
史実では日本人を騙す事に成功して、日本で豪邸に住んでいた記録がある。
満州への進出を切望していた欲深い輩が孫文に唆され、先行投資という形で莫大な資金援助を行ったからだ。
しかし今回、日本政府は中国の内陸部への進出をしないと正式に宣言した。講和条約に含まれて、公布済みだ。
甘い言葉に誘われて、革命を考えている孫文に援助しようとする日本人は少数だった。
そして援助しようとした事が発覚次第、徹底的に潰された。天照機関は革命の資金を孫文に渡さない決定をしていた。
それでも辛亥革命には間接的に介入しようと考えている為に、孫文を放り出す事はしなかった。
その為、史実では豪華な亡命生活を送った孫文は、今回は質素な生活に甘んじるしか道は残されていなかった。
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清国からの賠償金や東方ユダヤ共和国の為のユダヤ資金が流入して、日本の経済が活況を呈している中、
政府の災害予防研究会は秘かに会合を開いていた。
「国民は景気が良くなって喜んでいるが、我々の仕事は災害を出来るだけ防止する事だ。少し気が滅入るな」
「来年の六月に明治三陸地震が発生して、大津波が発生する。そして八月には陸羽地震が発生する。まったく東北地方は災難続きだな。
陸羽地震は誘発地震だろうが、何れにせよ史実の被害は甚大だ。何としても被害を少なくする必要がある」
「明治三陸地震の震度自体は大した事は無い。問題はその後に発生した大津波だ。記録では最高の遡上高は38mらしい。
史実では二万人以上の死者が発生して、被害はハワイにも及んでいる。建物の免震設計を進めてきたが、今回は無力だ。
辛うじて、東北の産業促進住宅街が内陸部の高台にあるのが救いだな。救援物資も多めに在庫はしてある」
「各地の沿岸部の学校では、地震があったら津波の危険性があるから逃げろと教育をしているが、子供を就学させていない親も多い。
防災放送を準備させているが、逃げる先が分からないのでは、どうしようも無い」
「地震が発生した後、津波が来るまでに避難できるとは思えない。やはり陛下の勅命の出番かな」
「それが一番良いだろう。陣内殿からの情報で被害状況は分かっている。強制命令で事前避難をさせて、その後をどうするかだ」
「津波の被害を受ける地域の再建計画を進めておこう。堤防を高く建設しても限度がある。
やはり住居は高台に集中させて、沿岸部は産業地帯にするしか無い。それと津波に耐えられる高層建築物と地下避難所だ。
幸いにも日清戦争の賠償金と東方ユダヤ共和国の建国特需で、資金面は余裕があるからな」
「そして徐々に各地に普及させるか。その方法しか無いな。分かった。後で天照機関には私から報告しておこう」
「それはそうと来年は地震以外にも天災はあったな。たしか七月に信濃川の堤防が決壊したのだったな。そちらの方はどうなった?」
「ああ、あれか。大型の建設用重機が出回り始めて、最初に堤防強化工事を行った。今は分水路の工事を行っている。
来年の災害時までには分水路の工事は終わらないが、堤防強化工事を行ったから大丈夫だろう」
天照機関は日本を良い方向にしようと努力してきた。そして人力で出来るところは、努力は実った。
だが自然災害はどうしようも無い。大津波の被害を出来るだけ減少させ、今後にも効果がある防災計画が立案されていた。
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日本総合工業の勝浦工場は約60km2の面積があり、発電所、石油関連施設、製鉄所、各種の工場がある日本改革の原動力だ。
2000万KW出力の核融合炉を有しており、燃料を海外から輸入する事無く勝浦工場と近隣に電気を供給している。
その給電能力と維持費の低さは、世界中を探しても対抗できるところは無い。一般には知られていないが、世界最高の発電施設だ。
殆ど石油を産出しない日本だが、未来の技術によって石油を自給できる事は大きなメリットだ。
現時点で日量:約50万バレルの原油生産能力(第二期拡張計画は終了)は、十分な余力を残している。
今後に増大する石油供給を、長期に渡って賄える能力を持っている。
勝浦工場で生産された石油類は、遠く離れたハワイ王国や隣国の東方ユダヤ共和国に輸出され始めていた。
第二期拡張工事が終わった製鉄所は、年間粗鋼生産量が500万トンの能力を持っている。
これと同じ能力を持つ製鉄所は、現時点で世界中探しても無い。それは日本の産業の源と言えるだろう。
見学コースにある三基の建造ドックと、機密エリアにある三基の建造ドックは、新しい船舶や艦艇を次々に建造している。
その他にも、基礎工業力の源になる各種の工作機械、それと重化学コンビナートが生産する各種の製品群。
農業用の車両や建設用の重機、それに真空管、放送設備、飛行船は日本だけで無く、世界中が欲しているものだった。
まさに、勝浦工場は日本の産業を支えている。だが、リスク管理の面から考えると、一極集中というのは良くない。
効率面だけを考えると理想的なのだが、災害等や輸送効率を考えると分散した方が好ましい。
まだ開発が遅れている地方の活性化を懇意にしている渋沢から頼まれていた事から、北海道の日高と四国の伊予北条周辺に
勝浦工場の縮小版となる大規模工場の建設が始まっていた。
どちらも山岳地帯を含む丘陵地帯だったが、敷地は約60km2と勝浦工場と同じ面積だ。
織姫の分類上、勝浦工場と【出雲】はSクラスに分類されているが、日高工場と伊予北条工場はAクラスの分類だ。
日高工場と伊予北条工場にも核融合炉は設置するが、漂流宇宙船に組み込まれてあった二基(500万KW)を使う。
Sクラスの2000万KWには及ばないので、火力発電所や水力発電所、風力発電所を併設する。
それと日量:約5万バレルの石油を、生成・精製するプラントも建設する。
核融合炉と石油生成プラントは極秘施設の為に、山をくり貫いた空間に設置するのは勝浦工場と同じだ。
そして地上部分に石油精製プラント、製鉄所、造船所、重化学コンビナート群を建設する。
製鉄所は年間粗鋼生産量が300万トンの能力を目指し、造船所も5万トンクラスのものを三基建設する計画だ。
既に工場建設用地の整地作業は、大型の建設用重機を使って精力的に進められていた。
そして日高工場の場合は賀張山(487m)に、伊予北条工場は高縄山(986m)の内部に広大な空間がくり貫かれ、
核融合炉が設置されて、石油生成プラントの建設が始まっていた。
そして造船所などの、地上部分の建設は始まっていた。当然の事だが、建設費用は日本総合工業から出ていた。
織姫の分類上でBクラスになる工場(石油精製、発電所、製鉄所、重化学コンビナート群)用地の選定は、徐々に進められていた。
史実に先んじて八幡製鉄所、呉海軍工廠、横須賀海軍工廠、長崎海軍工廠の建設が開始された。
現場には大量の建設用重機が運び込まれ、それらの施設に設置する各種の設備の生産が勝浦工場で進められていた。
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史実では清国から得た賠償金の約半分が、海軍の拡張に使用された。
今回は史実の半分以下の資金しか軍拡に使用されないが、計画内容を見ると史実より遥かに多い艦艇が建造される。
発注先は全て日本総合工業だ。激安価格で海軍に艦艇を納入すると約束した為に、実現した事だった。
新たに得た領土もあり、多くの海軍艦艇が必要になっていた。
第一期海軍拡張計画は以下の通りだ。
『神威級』 戦艦 6隻
『風沢級』 装甲巡洋艦 6隻
『夷隅級』 軽巡洋艦 18隻
『高滝級』 高速駆逐艦 24隻
『平沢級』 護衛艦 40隻
補給艦 8隻
輸送艦 12隻
『竜宮級』 潜水艦 15隻 (三隻単位の作戦行動を想定し、五個戦闘部隊。管轄は軍では無く、天照機関)
尚、【出雲】に配備される艦隊は皇室直轄軍の為に、上記とは別の編成になる。(戦艦2、装甲巡洋艦2、軽巡洋艦4を予定)
その他に各地には『夷隅級』の軽巡洋艦を旗艦とした小艦隊が、多数配備される。
まともに行えば、費用も人員も不足するのは明らかだ。時間も絶対に不足する。
今のところ、これらの艦艇を建造できる造船所は天照基地と勝浦工場、【出雲】の三ヶ所しか無い。
そこで陣内は大量生産に適した設計を織姫に行わせ、短期間で建造、少人数運用、高速度の仕様を満足させる艦艇の建造を進めていた。
巡洋艦以下の艦艇は配備を公表するが、天照基地で建造される『神威級』と『風沢級』は、対ロシア戦争までは秘匿する。
『竜宮級』にしても、日本が持っている事を列強に知られないように注意する。
『夷隅級』、『高滝級』、『平沢級』は日本の本土周辺(台湾、海南島、マリアナ諸島を含む)と【出雲】、同盟国に配備する。
これも列強の警戒を招かない為の、苦肉の策だ。これらの新しい艦艇の燃料は全て重油だ。
まだ列強の大部分の艦艇は燃料に石炭を使用しているが、日本は民間も含めて重油への転換をいち早く進めていた。
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その国の人口は、国力を現す一つのバロメータだ。
人口が多くても技術が劣っていれば、国力が高いとは言えない。国民の識字率や知識が低ければ、それは国力には結びつかない。
そして技術が高くても人口が少なければ、出来る事は限られる。つまり国力が高いとは言えない。
日本の国力を上げるには、人口を増やす必要があった。現在の日本の人口は約4000万人だ。
ハワイ王国や南米、【出雲】に移住した人も多い。日本の人口は増加傾向を示していたが、天照機関はさらに手を加えた。
清国からの賠償金もあるが、輸出が順調に増えている事もあって、国家の収入は右肩上がりだ。
その豊富な資金をバックに、まずは三歳から十五歳までの子供の教育費を無償化し、且つ義務化した。
同時に扶養する子供が多い程、優遇が受けられるような税制を整備した。
子供達の受け入れ施設や、学校などの教育施設も大幅に充実させた。
あまり増え過ぎても困るが、拡大した領土を考えると、まだまだ人口は不足している。
8000万人を超えた辺りで、政策を見直しするべきだろうとの意見が大半を占めていた。
子供の教育は重要な事だから、その内容にも力をいれた。
様々な知識も重要だが、集団生活に馴染ませて規律やマナーを身に付ける事も重視している。
将来の海外交流を考慮して、色々なスポーツに馴染んで貰い、健康な身体になるようなプログラムを用意した。
これからの日本を背負う子供達に、自由な発想を身に付けさせる事も重要だ。
災害時には自発的に行動するような教育を行い、海外でも危険回避が出来るようにする事が望ましい。
これらの子供達の教育の一環として、全国各地に天照機関の予算で遊園地が造られる事になった。
子供達が遊びながらも自由な発想ができるように、色々な工夫を凝らしたものだ。
これは全国一律に出来る事では無い。それに規律やマナーを学ばせるのと、自由な発想を育てるというのは相反するものがある。
でも、実行に移さなければ効果が出てこないとして、試行錯誤を覚悟の上で実施が決定された。
各地に建設される遊園地に【天照W】と呼ばれるアトラクションが用意された。看板は大きいが、場所は外れだ。
表面上は面白く無い造りにする。外面では無く、名前に興味を惹かれる子供は、未来の知識を持っている可能性がある。
つまり遊園地のアトラクションに、未来の知識を持った子供達を見つけ出す意味を持たせていた。
そして国内の成功を受けて、同じ施設が海外にも建設されていった。
史実のディズニーランドのようなものを目指し、日本独自のキャラクターを採用して、かなり人気を博していた。
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天照機関の進めている改革は、国民の生活レベルを向上させていた。だが、全員がその恩恵に与られた訳では無い。
史実では放漫経営で破綻した財閥は陣内から声が掛からずに、他の財閥と比較して業績が徐々に悪化していた。
主要政治家は睡眠教育によって史実を知り、天照機関の方針に協力的な立場を取っていた。逆を言えば、全員が協力的では無い。
史実を知らずに、大陸進出こそが日本の生き残る道だと考えている政治家もおり、彼らは少数派として劣勢に立たされていた。
従来の新聞社も全部では無いが、大陸進出が必要だと考えているところもある。
そういう新聞社は日総新聞からの紙面攻撃を受けて読者が徐々に減少し、経営が危なくなっていた。
日総新聞や日総ラジオ局、それに日総出版は大陸への進出リスクを常々訴えていたが、民間でも広大な大陸に憧れを持つ人も多い。
それらの人々は日本の主流から外れかかっており、危機感を強めていた。
日本総合工業は日本の主要企業の半数以上と、技術供与する代わりに株式を取得する等の関係を持っていた。(一部は資本参加もある)
この時点で日本経済界を動かす力を持っている。しかも政府や天照機関、そして皇室が後ろに控えている。
生半可な影響力では無く、日本国内の経済制覇も可能だったが、陣内は独裁者になる気は無かった。
財産なら一生掛かっても使い切れない程度はあり、忙しくなるだけでメリットは無いと思ったからだ。
しかし、日本総合工業と関係を持たない企業の多くが衰退を始めている事で、貧窮している彼らは危機感を覚えていた。
そんな彼らは密約を結んで、ある計画を進めていた。その打ち合わせが某新聞社の中で行われていた。
さすがに政府や皇室を直接標的する訳にもいかず、彼らは攻撃目標を日本総合工業に定めて細かい分析を行っていた。
「……日本の全ての電力会社の株式を持ち、石油関係も全て支配している。主要財閥や渋沢系列の企業の株式も持っているとは。
国内の大半の製鉄事業を運営して、造船関係もかなりのシェアを握っている。工作機械は独占状態だ。
真空管、通信機関係、農業用車両、建設用重機、輸送船、飛行船もだ。さらに海軍艦艇の建造も始める始末だ。
日本総合工業は設立してまだ六年目だぞ!? 何でこんな短期間で、ここまで拡大できたんだ!?」
「やはり高い技術を独占しているからだろう。あの理化学研究所の親会社だぞ。そして、淡月光と日総新聞の親会社でもある。
女性専用商品に関しては世界の市場をほぼ独占しているし、ラジオ放送も国内は独占している。
日総新聞の独占スクープが続いているから、読者を奪われ続けている。このままじゃあ、奴らに日本は乗っ取られるぞ!?」
「あそこが情報と技術を独占しているからだ! やはりそこを攻めるべきだろう!」
「無駄だ。発明品の独占スクープは協力会社だからと反論されて終わりだ。日清戦争の時の戦地状況の報道も、現地に取材記者を配置して
自社製の高性能無線通信機で連絡があった為と開き直られては反論しようが無い。
こちらもラジオ放送局を開設しようとしたが、放送設備の導入費用が馬鹿高くてな。まったく列強は良く買えたもんだよ」
「列強も国内の統制を進めたいから、大金を支払ってラジオ放送設備と安価なラジオ受信機の製造パテントを買い取った。
まだまだ初期だから、一国に二つ以上のラジオ放送局があるところなんて無いぞ。莫大な資金が必要になるからな」
「それと富士山頂の電波送信塔を使えなければ、地方局に過ぎなくなる。我々の資本では各地に中継基地を建設する事すら困難だ。
とは言っても、この状態を放置すれば、我々は衰弱死するしか無い」
「あそこは幾つもの独占分野を抱えているから、利益は膨大な金額になるだろう。脱税の形跡は無いのか?」
「今のところは見つからない。納税額で言えば、トップの座を維持している。
独占している割には、安くて性能が良いものを数多く市場に出している。不当な利益を貪っている形跡は無いんだ。
それに各地の産業促進住宅街や学校に、多額の寄付をしている。雇用にも貢献して世論を味方にしているから、困ったものだ」
「農業用車両や建設用重機を開発・販売した事から、各地の農家や建設関係にも受けが良い。
国内の大部分が、日本総合工業の恩恵を受けているからな」
「おいおい、俺達は日本総合工業を引き摺り下ろそうとしているんだぞ! 褒めてどうする!」
「済まん。しかし政府や皇室との関係もあるから、正面きって非難する事は拙い。何とかして隙を探さないとな」
「国民の公共意識も上がって、マナーも少しずつ向上してきた。助け合いの精神も広まりつつある。
確かに日本は良い国だと言えるように為りつつある! だけど、俺達が取り残されては無意味だ!
何としても復活しなくてはならない! その為には邪魔な日本総合工業を潰すしか無い!」
あまりに巨大になり過ぎた日本総合工業に、彼らは危機感どころか恐怖感さえ感じていた。
何か手をうたないと自滅するしか無いと考え、彼らは必死になって打開策を考えていた。
「博愛主義を掲げて、隣国との協調路線を歩むべきだと世論に訴えた方が効果的だろう。そして大陸進出のメリットを示すんだ!
国策と反する内容だが、それ以外に我々が復活できる手段は無い。このままでは日本総合工業に全てを奪われてしまう!」
「無駄だ。隣国である『東方ユダヤ共和国』とは、協調路線を歩んでいると反論されて終わりだ。
欧米で出版された『東アジア紀行』の翻訳本が出回り過ぎた。あれで現地の悪習が国内外に知れ渡った。
あまり我々が大陸を擁護すると、大陸勢力から賄賂を貰っていると誤解されかねん。まったくやり難くなったものだ」
「ではこのまま放置しておくのか!? 陣内はまだ二十代なのに、ハワイ王国との軍事同盟の締結式にも参加している。
来年の東方ユダヤ共和国の建国記念式にも、来賓として招かれていると聞く。今、陣内を抑えないと手が付けられなくなるぞ!」
「農業の機械化を推し進め、国内の産業発展に多大の貢献をして、国民の評判も良い日本総合工業を叩いて、反撃が無いと思うか?
背後には、政府や皇室が控えているんだ。もはや正面から攻撃できる相手じゃ無い。搦め手を考えるべきだ!」
「やはり裏の手を使うしか無いか。陣内を秘かに亡き者にして、その混乱に乗じて日本総合工業の技術を奪う。
一時的には混乱するかも知れないが、我々が陣内に代わって国内を安定させれば何も言えないだろう」
「裏の手か。我々にコネは無いから、政治家に頼むしか無いな」
その時、いきなり電話が鳴り出した。不穏な事を話していた五人はびっくりして、慌てて電話機を取った。
掛かってきた相手は同志の某政治家だった。
「はい。…………何ですって!? それは本当ですか!? ……はい。…………分かりました」
電話を取った男の顔は苦悩に塗れていた。それを見た他の参加者が慌てて問い質した。
「今の電話は誰からだ!? 何があった!?」
「悪い知らせだ。まず、我々の出資者である財閥が、渋沢の経営する銀行から資金を引き上げられて経営が極端に悪化した。
このままでは潰れるのは確実らしい。そして関係があるY先生も、国会で収賄の容疑で取調べを受ける事になったらしい。
そして今まで発注してきた印刷所が、我々との取引停止を通告してきた。もう駄目だ。先手を打たれたんだ」
「そ、そんな……」
「まだ計画の段階だぞ。こうも素早く動けるものなのか……」
「資金を絶たれ、代弁してくれる政治家を失うんだ。それに今まで長い付き合いのある印刷所にも手が回るとは。
今の発注単価の三倍なら受けると言いやがった。完全な縁切りだよ。我々は奴を甘く見過ぎていたらしいな」
日本には完全では無いが言論の自由がある。だからこそ、計画だけなら陣内は何も関与しないつもりだった。
だが、実力行使するとなれば話は違う。やられる前にやる! その為に、天照機関を巻き込んでの報復を行った。
彼らは二度と表舞台を歩く事は無かった。
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清国とは満州出身の民族が、大多数の漢民族を征服して出来た国だ。
元々統制があまり取れておらず、地方の軍閥や財閥の力が大きかった。
そして日清戦争で敗北した事で、さらに中央の統制が弱まると予想されていた。だが、実際には少し異なる事態になっていた。
「格下と思っていた日本に負けた事で、中央の力が弱まって列強の進出が加速すると思っていたが、こんな事になるとはな」
「ああ。先の戦争で日本軍が使った自走砲や小銃を、資源を代価にして大量に輸入している。
まさか敵だった日本の兵器を、国軍に大々的に導入するとはな。上層部も思い切りが良いと褒めるべきか。
日本の兵器を使いこなせるかは別問題だが、各地の軍閥や列強が警戒して動きが抑えられている。
上手くいけば、このまま国内の強化が出来るかも知れないぞ」
「いや、軍隊内部の腐敗も進んでいるし、アヘン中毒に掛かっている兵士も多い。表面的なもので、建て直しは無理だろう。
一時的には国威が戻ったかも知れないが、化けの皮が剥がれるのは時間の問題だ。やはり今後の対策を考えた方が良いだろう」
「我が国の治安は乱れているが、日本は発展を続けている。我が国に兵器を輸出して、代わりに資源を奪っているんだ!
東方ユダヤ共和国とハワイ王国と上手くやりやがって! 何時から日本は外交上手になったんだ!?」
「数年前からだな。日本が次々に新商品を開発し始めた頃から、変化が出始めている。
朝鮮半島の南部にユダヤ人を引っ張ってきて、国家を建国させるとは予想もできなかったぜ」
「ユダヤ人に領土を与えたから、ユダヤ資金が大量に日本に流れ込んでいると聞いている。
こっちは李氏朝鮮の余剰人員をロシアに売って、中間マージンを賠償金の支払いに回しているって言うのに、えらい差だな!
それより、ロシアに満州の鉄道建設を認めた事は拙いな。
シベリア鉄道が開通したら、ロシアは兵力を送り込んで満州や朝鮮に進出してくるぞ!」
「奴隷貿易の利益に目が眩んだか。ロシアは奴隷を使って、シベリア鉄道やウラジオストックの開発を進めている。
我々は清王朝とは別の対策を考えていた方が良いだろう。清王朝に従って、一緒に滅ぶ気は無いからな」
「朝鮮は南部を割譲したから、穀物の収穫量が激減して飢餓が蔓延しているらしい。
南部から強制的に連れ去られて来た輩も多いから、人減らしをしたいんだろう。多少は哀れに感じるがな」
「仲間を引き込むべきなのだが、例の『東アジア紀行で』我々の風習が世界に広まってしまった。
我々が工作を行う時には賄賂や接待を行う風習が盛んだと広まった為に、諸外国への工作は中々進まない。
日本でも手先にと思っていた奴らが一斉に潰された。中々もって工作は難しいと言わざるをえない」
「日本は内陸部に絶対に進出しないと宣言したが、我々の取り込みを警戒しているんだろうな。
そうでなければ、旅であっても内陸部に行くなとは言わないだろう。我々の方は、日本政府が認めた人間しか日本に行けなくなった」
「それでも徐々に進めていくしかあるまい。幸いにも今は列強も警戒しているから、露骨な侵略活動は控えている。
今のうちに列強に対抗できる部隊を編成するんだ。当てに出来るのが日本だけというのが悔しいが」
「列強は日本から一隻の飛行船を購入した。その飛行船を解析して、大部隊の建造を進めている噂がある。
我々も飛行船を所有したいものだな。何とかして日本から輸入できないのか?」
「我々のような民間では難しい。日本は売却する時に厳しい条件をつけているからな。
それより、東方ユダヤ共和国にロスチャイルドが進出してくる。何とか接触できないのか? ユダヤ資本を引き込みたいんだ」
「あちらが警戒している。それにまだ建国の準備段階だ。忙しくて時間的余裕も無いだろう。
本格的に動くには、あそこの建国宣言を待たねばならん」
日本が中国の外洋進出を押さえ込んだ事で、漁業関係は壊滅的な被害を受けていたが、内陸部は安定していた。
これも清国軍が日本から輸入した兵器を次々に配備して、各地の治安維持に努めたからだ。
奴隷貿易の中間マージンを得た為、史実ほど苛烈な税の搾取を行わなかった事も影響している。
単なる時間稼ぎかも知れないが、表面上は清国の内陸部は安定していた。
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現在のロシア皇帝は皇太子時代に日本を訪問したニコライ二世だ。父親の遺志を継いで、国策である南下政策を推し進めていた。
目下の目標はシベリア鉄道の建設だ。これが完成すれば、短期間で大兵力をアジアに展開させられる。
清国と密約を結んで、購入した奴隷を酷使して満州北部のシベリア鉄道の建設や、ウラジオストックの開発を進めている最中だった。
その状況をニコライ二世は腹心の部下を呼んで確認していた。
「シベリア鉄道の建設状況は順調なのか?」
「はい。第三国を経由して、日本製の建設用重機も徐々に導入が進んでいますし、購入した奴隷を使って工事を進めています。
アムール線を諦めて満州に鉄道を建設しますので、六年から七年程度で完了する予定です」
「急がせろ! 日本製の重機もそうだが、奴隷の数を増やして工事を出来るだけ早く完了させるんだ!」
「は、はい。日本製の重機は第三国を経由して入手していますので、中々大量にという訳にはいきません。
ですが李氏朝鮮の方は、購入する奴隷の数を増やすように指示をいたします」
「シベリア鉄道が完成すれば、満州と朝鮮は我が国のものになる。それを考えると人減らししておくのが好都合だからな。
しかし買い叩け! 今は我慢の時だろうが、清国や朝鮮に金が渡るのは気に食わん!」
「承知しております。日本から購入した飛行船もかなりの費用が掛かりました。
陛下の御命令通りに、国産の飛行船部隊を編成するのに莫大な資金が必要になりますから」
「満州と朝鮮を手に入れたら、次は東方ユダヤ共和国と日本だ。ユダヤ人を抹殺する良い機会だし、日本を占領すれば技術と金が手に入る。
何としても計画を成功させろ! 飛行船部隊と同時に海上艦隊の増強も急がせろ!」
「はい。それと日本にいる情報局員からの情報ですが、日本は『イスミ級』と呼ばれる軽巡洋艦と、『タカタキ級』と呼ばれる駆逐艦、
それと『ヒラサワ級』という護衛艦を多数導入する計画のようです。
日本の国内の造船所で建造されているのが確認され、数隻は就役している模様です」
「小型の日本製の艦艇など、我が海軍の敵では無い!
それより日本で要注意なのは飛行船部隊だ。他の列強を圧倒する飛行船部隊を必ず造るのだ!」
不平等条約の改正の時に、列強は馬鹿高い代金(最新鋭戦艦より高い)を支払って飛行船を一隻ずつ購入していた。
それを解析して、各列強は飛行船部隊の建造を始めていた。『目には目を』で飛行船に対抗するには飛行船が必要と考えられていた。
ここで問題になるのは、船体を浮かす為のガスだ。日本総合工業は高価だが、安全なヘリウムガスを使った。
だがヘリウムは希少であり、大量の飛行船部隊を賄えるだけの量を他国は確保ができない。
(日本総合工業に打診したが、あまりの価格に列強は購入を断念した)
その為に、リスクを承知の上で安価な水素ガスを使った飛行船の建造を進めていた。それは陣内の計画通りの事だった。
(2013. 6.01 初版)
(2013. 6.16 改訂一版)
(2014. 3. 2 改訂二版)