1895年。史実では無線電信が開発され、レントゲンがX線を発見した年だ。

 だが、既に無線電信は日本で実用化されてしまい、歴史は徐々に変わり始めていた。(X線については史実通り)

 昨年末に締結された下関条約は、多方面に色々な影響を与えていた。


 まずは朝鮮半島の状況だが、大混乱状態になっていた。済州島と巨済島と鬱陵島は、既に日本軍によって住民の移送は行われていた。

 そして残る全羅道、慶尚道、忠清道の住民の移送が、清国軍と李氏朝鮮によって容赦無く行われていた。

 期日は三ヶ月。三月末までに無人の地にして日本に引き渡さないと、清国側は余分に日本に大量な資源を渡さなくてはならない。

 李氏朝鮮にしても住民を残しておくと、労働力として使われるからという理由で、住民の強制移住に積極的だった。

 悲惨なのは割譲する土地に住んでいた住民だ。何の補償も無しに、強制的に北部へ移住させられる。

 生活の当ても無く、住む場所があるかも分からない。それでも清国軍と李氏朝鮮軍の強制立ち退きは徹底して行われた。

 抵抗する者達もいたが、軍隊に抗えるはずも無い。そして日本への嫌がらせの為か、家屋や各種の施設は徹底的に破壊された。

 李氏朝鮮の悲劇はそれだけに留まらなかった。日清戦争前は政治的には清国寄りでも、経済面の大半は日本に依存していた。

 そして日本は李氏朝鮮が中国の属国である事を正式に認めて、関係を絶つ方針を表明した。

 既に日本国内からは朝鮮人は姿を消し、朝鮮からも日本人の姿は消えた。そして二度と交流が戻る事は無かった。

 第一次産業しか無い朝鮮だが、日本との交易が途絶えた事で、経済的には大打撃を受けていた。(日本の被害は軽微)

 そして民衆の苦悩を他所に、朝鮮王宮はロシアとのパイプを深めていた。清国の体たらくもあり、ロシアを次の宗主国と定めていた。


 清国の混乱は、朝鮮と比較すると少なかった。

 海軍の主力が壊滅して沿岸の軍施設が大きな被害を受けたが、内陸部に損害は出ていない。そして陸軍の大部分は健在だ。

 鹵獲された戦艦は返却されたが、修理する見込みは今のところは無い。まずは沿岸部の施設の修復が最優先だ。

 こちらは遅々としていたが、日本から初期型の重機が入る予定があって何とかなると思われていた。(大量の資源が代価)

 とは言え、莫大な賠償金は清国にとって大きな負担だった。何と言っても現在の清国の約二年半分の歳入総額に匹敵する。

 その為に、日本への支払いは七年年賦で行われる事になった。賠償金とは別に、復興資金を得る為に資源の売却も行われている。

 日本に割譲した島々からは生粋の現地人を残して、清国から移住した人々は全員が本土に戻っていた。

 清国が日本に割譲したのは船山群島、澎湖諸島、東沙群島、台湾、海南島だ。

 上海に近い船山群島に、民間人の住居を設ける予定は無い。

 中国本土からの資源の一時保管場所と、日本から輸出する消費財の保管場所として使用するだけだ。

 将来の事を考慮して、直ぐにでも放棄できる状態にする。

 その為に港湾施設と巨大な倉庫群、そして周辺航路の治安を守る警備隊が運営できるだけの施設の建設が開始されている。

 澎湖諸島、東沙群島も海軍の管理となって、周辺海域の警備隊の運営施設だけの建設が行われる。

 一方、台湾と海南島はその大きさから本格的な開発が行われる。

 本土からの移住を進めて、現地の工業化と農業開拓が大々的に行う計画だ。

 特に海南島は地下資源が豊富な事から、工業化が優先される。

 どちらも民間主導で開発が進められるが、陸軍と海軍の基地建設も行われる予定になっている。

***********************************

 日総新聞は理化学研究所の公式発表を掲載した新聞を出していた。何度も言うが、他社は報道していない独占スクープだ。


『理化学研究所の北垣代表は、破傷風のワクチンを開発したと発表しました。

 尚、この摂取には医者の診断が必要になり、医療機関向けの販売になるという事であります。

 既にワクチンは国内の工場で量産体制に入っており、直ぐに出荷可能だと表明しています。

 まずは国内の普及を目指しますが、諸外国から要望があれば輸出も対応したいと発言しています』


 完璧にマンネリ化した理化学研究所の発表だった。

 理化学研究所と日総新聞の職員も、敢えて新年早々に発表しなくてもと考えた程だ。

 だが、ある程度マンネリ化したと言っても、発表しなければ下手な勘繰りをされる事もある。妥協の産物と言えるだろう。

 そして日本総合工業の協力会社から、化学肥料や殺虫剤などの新商品が販売開始された事も発表していた。


『現在、朝鮮半島の割譲される南部の地域は、清国と李氏朝鮮によって住民の強制立ち退きが行われています。

 李氏朝鮮側は、住民の保護という名目で行われている模様です。そして、無人の地に『東方ユダヤ共和国』が建国されます。

 既に巨済島と釜山にユダヤ人が移住を始めており、政府はユダヤ人国家の建国に関して最大限の便宜を図ると発表しています。

 世界各地からユダヤ人が集結し始めており、その数は徐々に増えていくでしょう。

 国内の各企業も、建設用重機や様々な建築資材を提供すると表明しています。

 済州島と鬱陵島は当面は日本軍の管理下にあって、民間開発は凍結される模様です。

 巨済島は日本と東方ユダヤ共和国の共同管理区として運用され、両国間の経済交流の中心地になる計画です。

 東方ユダヤ共和国の建国が順調に進んだなら、軍事同盟を結ぶ予定だと日本政府は発表しました。

 ハワイ王国とも時期を見て軍事同盟を結ぶとの話です。尚、清国内陸部への進出は条約で禁止されましたが、交易は継続します。

 李氏朝鮮に対しては宗主国の清国の立場を尊重し、今後は交易を縮小して最終的には国交断絶する予定だと発表されました』


 清国軍や李氏朝鮮軍が、住民を強制的に立ち退かせている写真つきの記事だった。

 そしてその様子は日本国内だけで無く、諸外国でも正確に報道された。

 秘かに日本側から申し込みがあった為、ユダヤ系の報道機関は細かく取材を行っていた。

 (後々で、日本が強制立ち退きを行ったと言わせない為に、清国軍と李氏朝鮮軍が行った事を詳細に記録。

  文化財の保存状況や慰安婦関係についても、分かる範囲で実態を詳細に記録済み)

 清国に関しては資源の輸入と消費財の輸出は進めるが、工業化の協力を含めた民間交流は一切停止する方針だ。

 利益が出るからと進出して、後で技術や資産を奪われるくらいなら、最初から中国と関係しない方が良い。

 国民の中には不満を持った人もいたが、講和条約の内容が公布されていた為に公然と反論する事は無かった。


『淡月光の佐山新代表は、欧米十ヶ所に新たな支店を開設する事を発表しました。

 各国からの強い要望であり、現地生産も手配を進めています。

 本年から性病の治療薬や女性が服用する避妊薬の販売も行う事を発表した為、経常利益の増加を見込んでいます。

 出産の為に代表の座を退いた川中元代表ですが、顧問として淡月光の運営に関わる事を発表しました。

 女性の待遇改善を進めている淡月光は、長期の出産休暇制度や育児後の再雇用など、福利厚生の制度普及に努めるとしています』


『今後も飛行船の普及を推進していくと、日本総合工業は正式に発表しました。

 現在、同社が運営している飛行船は五隻ですが、三十隻まで拡張される見込みです。

 ハワイ王国やベトナム、タイ王国、【出雲】への輸送が主ですが、一部は欧米の淡月光の商品の運搬にも使用されています。

 同社は観光飛行を拡大する計画を進めています。海外からの引き合いは多く、数年後を目処に外販すると発表しました』


 日清戦争において衝撃的なデビューを飾った飛行船は、諸外国から注目されていた。

 現在、実用化されてるのは日本だけだ。列強は急いで開発に取り組んでいるが、まだ目処は立っていない。

 一隻でも入手できればノウハウが得られるが、それを見越して外販は数年後だと正式に発表していた。

 ちなみに軍への納入は機密に属する為に、一切が報道される事は無い。

 そして諸外国が対抗手段を持たない現在、多数の飛行船を抱える日本は不平等条約の改正に乗り出そうとしていた。

***********************************

 度重なる日総新聞のスクープを読みたい為に、日本駐在の各国領事館は日総新聞の定期購読契約を結んでいた。

 中には十年契約を結んだところもある。ちなみに、この時代は新聞の長期契約を結んでも景品が貰えるような事は無かった。


「また新年早々の新開発の発表だ。今回は破傷風のワクチンか。確かに望まれていたものなんだが、わざとらしさを感じるな」

「まったくだ。自走砲や飛行船という実例がある。絶対に他に隠しているものがあるんだろうな。

 しかし飛行船の外販は数年後か。早く本国で開発が出来れば良いんだが」

「試作は出来ているんだが、やはりノウハウが足らないから失敗続きだ。実機を解析できれば、楽に開発は進むんだけどな。

 それはそうと、日本は裏でかなり辛辣な事をやっているみたいだな」

「辛辣な事? 何の事だ?」

「朝鮮南部の住民の強制立ち退きの件だよ。東方ユダヤ共和国が建国されるから、元々の住民はいない方が良いのは間違い無い。

 自分達やユダヤ人が強制立ち退きをするのは面倒だからと言って、清国や李氏朝鮮を唆して奴らにやらせているんだ。

 住民の保護だとか、とって付けたような名目をつけさせてな。それを第三国の新聞記者がしっかりと記録している。

 後々で文句を言われない為だろう。良く考えられているよ」

「ああ、それか。ろくなインフラも無いし、元々の住民の保護も面倒だからな。だったら最初から白紙の方が楽だよな。

 それにしても強制立ち退きの時に、家屋に火をつけたりしているって新聞に書かれていたな。そこまでやるか?」

「清国軍や李氏朝鮮軍を悪者扱いにさせている。使える施設が無いんだから、ユダヤ人としては何も無い方が開発し易いだろう。

 そんな事も分からずに、せっせと今までの施設を破壊している清国や李氏朝鮮が哀れに見えるよ」


 清国軍と李氏朝鮮軍は、以前に住んでいた住民の住宅や色々な施設を徹底的に破壊していた。

 元の住民を追い払う為もあったが、日本や東方ユダヤ共和国に使われないようにと考えたからだ。

 元々使えない施設は取り壊すつもりだったので、東方ユダヤ共和国の面々から見れば滑稽な事だった。


「日清戦争中から開発を進めていた巨済島と釜山を拠点にして、世界各地から集まるユダヤ人で東方ユダヤ共和国を建国する。

 当然、日本は全面的にバックアップする。そして世界中のユダヤ資金の一部が、日本に還元されて潤うか。良く考えたな」

「ロシアと李氏朝鮮の防波堤の役割を、ユダヤ人に強制的に負わせたんだ。だから日本が辛辣だって言ったんだよ。

 ユダヤ人も分かってはいるだろうけど、自分達の国を建国できるチャンスを見過ごす事は出来なかったんだろう」

「それにしても、日本は今まで李氏朝鮮に入れ込んでいたけど、あっさりと切り捨てる判断をした訳か」

「日本が李氏朝鮮に入れ込んだと言っても経済分野だけで、政治的にはあそこは元々が清国寄りだ。

 それに朝鮮王家の命令で、日本寄りだった開明派の政治家を全員処刑している。

 協力者を失って、宣戦布告もされないで奇襲された日本としては、李氏朝鮮を切り捨てるのは当然の判断だろう。

 直接報復するんじゃ無く、領土を割譲させて緩衝地帯に別国家を創って関係を絶つだなんて、腹黒いのは間違い無い」

「元々、日本はロシアの南下を恐れていたからな。それに対抗する為に、ユダヤ人を巻き込んだ。

 だからこそ、全面的に東方ユダヤ共和国の建国に協力するんだろうし、ハワイ王国も含めた軍事同盟を結ぶんだろう」

「東方ユダヤ共和国が負ければ、ロシアの脅威は直接日本に向けられるからな。

 日本が清国に武器や消費財を輸出すると聞いたが、それもロシアの脅威に対抗する為か?」

「恐らくそうだろう。新兵器の自走砲も清国に輸出するらしい。まあ、あれは発想の転換だけで、我が国でもすぐに造れる。

 清国は無理だろうがな。だが、あまり清国軍が力を付け過ぎても困る。その辺は日本に注意しておく必要がある」

「勿論だ。ロシアの南下を防ぐ為に日本に支援してやろうと思っていたが、あまり好き勝手に動かれては此方が困るからな。

 それにしても清国から莫大な賠償金と膨大な資源を、日本は手に入れるのか。ちょっと問題だな」


 日本が清国本土の割譲を要求せずに、島々のみを獲得した事は列強にとって予想外の事だった。

 もし日本が清国本土を要求すれば、中止させようと圧力を掛ける事を考えていた。(史実の三国干渉)

 だが、実際に日本が要求したのは島々だけ。清国を外洋に出さずに封じ込めようとする意図が、はっきり分かる。

 とは言え、日本が清国の内陸部に進出しないと宣言した事は、自らの権益を侵されると危惧していた列強にとって安心すべき内容だ。

 それでも、清国から莫大な賠償金を得て、列強が持っていない技術を持つ日本は、世界の注目を集めていた。


「まだ、割譲される朝鮮南部の住民の強制退去が終わっていない。それが終われば、世界各地のユダヤ人は一斉に移住するだろう。

 嫌いなユダヤ人が居なくなる事は歓迎すべき事なんだが、資本の流出が心配だ。実際にロスチャイルドが動いている形跡があるからな」

「一部の資産の移転はあるだろうが、本拠地ごと移る事は無いさ。そんなに心配する必要は無いよ。

 それより情報部からの連絡だが、やたらとスペインが日本と接触しているとの情報だ。少し注意した方が良いかも知れん」

「落ち目のスペインが日本に接近? どういうつもりだ? たしか淡月光の支店にやたらと飛行船で商品を輸送していると聞いているが、

 それ以外に日本とスペインの接点など無いはずだ。……まさか日本の技術を取り込んで、復活しようと目論んでいるのか?」

「その可能性はあるだろう。モロッコへの干渉を強めているしな。

 スペインは零落れたとは言え、まだ世界各地に植民地を持っている。復活されると厄介だ」

「……日本は不平等条約を改正しようと動き出した。飛行船を含めた今の日本の軍事力を考えた場合、拒否する事は難しい。

 それにスペインが絡んでくるとなると厄介だ。早めに処理した方が良い」


 何かにつけて、日本は諸外国の注目を集めている。その源は日本の持つ様々な技術だ。

 それが旧来の国家と結びつく事を列強は警戒していた。

***********************************

 昨年とは少し違い、ちょっと遅めの天照機関の新年会が行われていた。

 史実通りに日清戦争が行われた。陣内がこの時代にやって来てから秘かに準備していた事もあって、何とか計画通りに戦争に勝利した。

 結果は史実とはかなり異なったが、日本にとって満足な結果になったのだ。出席者全員が上機嫌で乾杯した。


「色々な装備や計画があっても、やはり心の底では不安があった。だが、無事に戦争に勝つ事が出来た。

 やはり勝利の美酒は美味いものだ。これも陣内の働きのおかげだよ」

「ああ。ただ勝つだけでは無く、李氏朝鮮と清国との関係も望むものになった。

 ユダヤ人を間に入れた事で朝鮮とは隣国では無くなり、将来的には国交を断つ事も可能だ。

 自尊心が異常に高い彼らを支援すると、それこそ千年は怨まれる。それならば、関わらない方がお互いの為だ。

 清国の資源は入ってくるが、企業は進出しない。下手に中国の工業化を進めると、こちらの首を絞める事になるからな。

 今までの歴史通りに、中国とは表面上のつきあいに限定した方が利口だ。

 ユダヤ資金が日本に流れ込んでくるから、長期に渡っての経済的なメリットもある。まったく大した計画だよ」

「朝鮮とはまだ日本海を挟んだ隣国関係は続く。もっとも鬱陵島に軍港を建設して、日本海からの不法入国には厳しく対応するつもりだ。

 それと第二次工作が上手く発動できれば、完全に縁が切れる。その時こそ、『Kの法則』に関わる事は無くなる。

 彼らは事大主義者だ。強者には従順だが、弱者には徹底的に高圧的になる。それは今の両班を見れば分かるだろう。

 史実の日本の敗戦で、日本の弱みを握った彼らは日本の誇りを奪おうとし、精神的に従属させようと画策した。

 それは彼らの正義だろうが、我々の正義では無い。彼らを滅ぼすつもりは無いが、関わる気も無い。緩衝国家を置くのが一番だ。

 『東海』だなどとふざけた事も言えなくなり、日本の治安も文化も守られる。早くロシアに動いて貰いたいものだ」

「おいおい、まだロシアに動いて貰っては困るぞ。最低でも五年は準備期間が欲しい。

 予想通りに李氏朝鮮はロシアに接近している。その結果がどうなるか、彼らは予測できないらしいな」

「強い者に従うのが彼らの主義だ。格下と思っている日本は嫌なんだろう。だからこそ、彼らの高い自尊心を傷つけては為らない。

 史実では併合して、犯罪者や悪習を廃絶させようと取り締まって、それを弾圧と言われたのでは、関わる気も無くなる。

 彼らが自らの主義に従った結果がどうなろうと、自らの選択であれば誰も責められまい。自業自得と言うものだ」

「今は弱肉強食の時代だが、いずれは平和な時代がやってくる。今の時代に平和な時代の常識が通用しないように、

 平和な時代に弱肉強食の時代の罪悪の裁可が下せるはずも無い。だが、彼らは自らの利益の為に、法の遡行適用を行った。

 そんな彼らと関わったら、それこそ千年は怨まれる。だったら最初から関係は無い方が良い。

 清国からは資源が入ってくれば十分だ。長期的な視野からも、経済交流を進めない方が我が国の国益に繋がる」

「武器と消耗財を売り込んで、代わりに清国からは資源を輸入する。清国の工業化を進める気は無いから、良い取引先になるだろう。

 もっとも、史実通りなら清国とは短い付き合いに終わるがな」


 史実であれば、五年後の義和団の乱が清国の滅亡の序章になる。そして大陸は戦乱に包まれる。

 その戦乱に関わる気が無い天照機関は、清国との関係を深めない方が賢明との判断を下していた。

 清国は外洋への出口を塞がれた。渤海と黄海の中なら、好きに動いてくれても構わない。

 諸外国には通商の為の通行許可は認めると宣言したので、不要な他国の介入を招く恐れは無かった。


「史実通りの賠償金を得られた。それと追加で莫大な資源もな。史実では、八幡製鉄所を建設して海軍の拡張を行うのだったな」

「うむ。戦費の補填にも使うが、八幡製鉄所は予定通りに進める。それと海軍拡張計画は陣内に頼む」

「天照基地の造船ドッグと石油プラントは完成しました。それと勝浦工場の第二期拡張工事もやっと終わったところです。

 これで一気に海軍艦艇を建造します。勝浦工場は主に小型の高速艦艇を、天照基地は大型艦艇と潜水艦の建造を行います。

 天照基地の方は自動化が進んでいますので、建造期間は勝浦工場の半分以下で済みます。

 こうなると、早めに【出雲】に艦隊を配備したいですからね」

「【出雲】だけでは無い。ロシア対策として千島列島と北海道、佐渡にも艦隊を配備したい。

 朝鮮対策は小型艇で十分だろうが、済州島と鬱陵島にも配備したい。清国対策は船山群島と台湾、澎湖諸島、東沙群島、海南島だ。

 アメリカ対策としてはウェーク島にも小規模な部隊の配備をしたい。まったく手を広げ過ぎて困っているところだ」

「ウェーク島は小さ過ぎる。精々が中継基地か偵察基地だろうな。やはりグアム程度の広さが無いと、大艦隊を運用する事は難しい。

 乗組員の住居や修理施設も必要なのだ。それにハワイ王国の海軍の設立を、そろそろ行う時期だろう」

「南鳥島と沖ノ鳥島も重要だ。こちらは日本総合工業の所有だったな。準備は良いのかね?」

「どちらも灯台と緊急避難施設だけです。潜水艦隊の基地を建設する計画ですが、十年は後になるでしょう。

 それより日本の周囲の偵察はこちらで行います。あまり戦力を分散しないように御願いします。

 それと艦艇を建造しても海軍将兵が不足しているでしょう。

 これから建造する戦闘艦艇は、従来より少人数で動かせるような設計にしてあります。

 それでも海軍将兵の数は限られるでしょうから、軍拡も自ずと制限されます」


 勝浦工場と天照基地の造船所が完成したので、従来より遥かに短期間で多数の艦艇が建造できる。

 だが、それを運用する海軍将兵が少ないのでは、話にならない。人口も国力だ。国力を無視した軍拡はありえなかった。


「海軍の人材育成は予定通りに行う。それにしても人口問題が出てくるとはな。早めに人口増加促進計画を進める必要がある」

「新たに得た領土もありますし、今のままでも自然に人口は増加します。それより食料増産計画を進める事が重要です。

 台湾は亜熱帯という事もあって、食料増産が見込めます。海南島もそうですが、早めに開発したいですね」

「うむ。台湾総督府と海南総督府を設けて、民間ベースで開発を進める。その開発資金に清国の賠償金を使わせて貰う事にしよう。

 史実では李氏朝鮮の借金を肩代わりして、莫大な資金をあそこの開発に投じたが、今回はそれが無い分だけ楽だな」

「回収できない投資など、誰も行う人間などいないからな。代わりに東方ユダヤ共和国に資金を注ぎ込むのだろう」

「いや、東方ユダヤ共和国の建国資金は、世界中のユダヤ人から集める事になったから、賠償金は回さない。

 ユダヤ人全体を見れば、我々より金を持っているのだぞ。ユダヤの世界ネットワークから我が国に資金が流入する方向に仕向けてある。

 清国の賠償金は台湾や海南島の開発や、本土の工業化や改革に使う。それより北海道と四国に日本総合工業の工場を建設するんだろう?

 用地の整地は進んでいると聞いている。何時から建設に取り掛かるんだ?」

「年内中には着工します。建設用の大型重機を多数投入しますが、操業までは数年は掛かると考えて下さい。

 その二工場が完成すれば地域の経済効果も高く、日本全体に大きな影響があります」

「東方ユダヤ共和国もそうだが、国内も建設ラッシュが続くな。特に東方ユダヤ共和国の建設ラッシュは十年以上は続くだろう。

 その大半の受注は、隣国の我が国が請け負う。ユダヤ資本のお陰で、国内の景気がさらに上向くというものだ」

「金持ちのユダヤ人の資金を見込んでいるとは、客観的に見れば欲張りだな。まあ、領土の売却費と思って貰えば良いか。

 伝えていなかったが、ロシアと朝鮮の防壁以外に、将来的には朝鮮の『告げ口外交』や中国のロビー活動の障壁にもなって貰うんだ。

 史実では、両国は誣告(ぶこく:人を陥れるために、虚偽の告訴・申告をする事)事件が多かった。

 黙っていると此方がどんどん不利になるが、相手と同じ土俵に乗りたくも無い。だったら、口達者なユダヤ人に反論を任せた方が楽だ。

 彼らの世界ネットワークを使った報道合戦をすれば、かなり日本に有利になる。そういう意味でも、彼らを厚遇しなくてはな」

「これも数年前からの綿密な計画の準備があってこそ、実現できた事だ。やはり準備は大切だと言う事だな。

 さて、今年の秘密工作は順調なのかね? 他の海外工作の状況はどうだ?」

「アメリカとカナダの内陸部は完全に封鎖されています。時折は侵入者はいますが、トーテムポールの幻影を見せると逃げ帰っています。

 まだインディアンを帰す訳にはいきませんが、今のところは順調です。国内で彼らへの教育も順調に進んでいます。

 オーストラリアに関しては、入植者を内陸部と西海岸から完全に撤退させました。残るは東海岸です。

 数年のうちには、オーストラリアからイギリス帝国は完全に撤退するでしょう。そうしたらアボリジニを故郷に戻します。

 その時の彼らの国家建設をどうするかは、未だに結論が出ていません。

 インドネシアの北部アチェ王国の反撃は順調に行われています。数年以内にはオランダ軍をスマトラ島から撤退に追い込みます。

 まだボルネオ島やジャワ島が残っていますが、そちらは第一次計画が終わってからだと考えています。

 今年の秘密工作の対象はスペインです。ユダヤネットワークも使って、工作を進めています。秋までには成果を出します」


 あまり世界に工作の手を広げ過ぎても、手が回らない。その為に日本の国力の許す範囲内で工作を行っていた。

 そして今年は表の舞台でも、大きな工作を行う計画だった。


「秘密工作は順調だな。それでは列強と不平等条約の改正を進める方はどうなっている?

 今なら列強は我が国の飛行船部隊に対抗できる手段を持たない。条約改正の絶好の機会だ!」

「昨年の末から既に外務省が動いています。その感触から、条約の改正は問題無く進めるだろうと回答を得ています」

「……ふむ。ああ、思い出したが今年は孫文が亡命してくるのだったな。どうする?」

「後世で革命の父と呼ばれる孫文か。史実なら十月に反乱を起こそうとして失敗して、日本に亡命したのだったな。

 今回は時期が早まるかも知れん。日本政府としては亡命を受け入れるが、支援は生活が可能な最低限にする。

 史実では満州を日本に与えるとか言って贅沢な暮らしをしたそうだが、今回は既に大陸の内部に進出しないと宣言したからな。

 辛亥革命には関与するつもりだが、我が国は中国大陸に進出する気は無い。従って、孫文に多くの支援は行わない」

「それが良いだろう。出来れば配下の何人かは取り込みたい。彼を厚遇する気は無いが、赤貧生活はしない程度には支援しよう」

「今年は得た領土の開発や国内の改革を、じっくりと進めるべきだろう。あまり問題が出ないと良いのだがな」

「子供が産まれたばかりだというのに、陣内は大忙しだな。身体は大事にしろ。それと家庭を大切にな」

「……陣内。沙織との式は何時行うのだ!? 責任は取ると申したな。まさかこの期に及んで逃げるつもりは無かろうな!」

「……陛下。まだ酔うには早いですぞ」

「そうです。個人的な事は、この後の酒宴にされた方が宜しいでしょう」

「さて、会議も終わりだな。切りも良いし酒宴を始めるとするか」


 陣内を除いて他の出席者は全員が老齢だ。

 幼子三人の父親になり、二人の美女と関係がある陣内は、酒宴の席で他の出席者から細かい追求を受けていた。

***********************************

 イギリス帝国は日本から不平等条約の改正を求められ、その対応に苦慮していた。


「日本が条約改正を正式に求めてきた。清国に勝利した余韻で、一気に国際的な立場を改善するつもりだろう」

「開戦前は、民生品分野だけは一流国の仲間入りをしたと考えていた。しかし軍事的には三流国という評価だった。

 だが、いざ戦争が終わってみれば、日本の圧勝だ。自走砲はまだしも、飛行船に対抗できる兵器は我が国にも無い。

 日本が我が国に牙を向ける可能性は低いだろうが、無視も出来ん。条約改正は止むを得ないだろう」

「開国して三十年足らずで、我々に認められる程の国になったという事か。侮れんな。

 しかし無条件に条約改正を呑む訳にもいかん。やはり日本から譲歩を取り付ける必要がある」

「日本から譲歩? 何を譲歩させるのだ? 今の日本にあまり無理は言えないぞ。淡月光の関係があるから、女達が煩い」

「まずは飛行船の技術の公開。それとロシアの南下を防ぐ為の合意を取り付けるのだ。

 日本だけが飛行船の技術を持っているのは非常に拙い。我が国でも開発が進められているが、実用機が完成するのは当分先だ。

 それと日本が元々朝鮮半島に進出しようとしたのは、ロシアの脅威に備える為だ。

 実際には李氏朝鮮に見切りをつけてユダヤ人を呼び込んだが、ロシアの脅威を恐れているのは間違い無い。

 我が国の中国利権を脅かされない為にも、日本の軍事力を上手く使う方が良い。

 今の日本がロシアに対抗できるとは思えんが、それでも東方ユダヤ共和国と共同すれば、何とかなるかも知れない」

「ふむ。我が国と中国は距離があるからな。番犬は近い日本が適任か。日本もロシアを恐れている節があるし、上手くいくかも知れぬな」

「交渉の席で持ちかけてみよう。話は変わるが、カナダとオーストラリアの状況はどうだ?」

「アメリカと同じく伝染病地域は完全封鎖だ。インディアンが良く使うトーテムポールが、空中に浮いているという目撃情報もある。

 下手に手を出せば、ハワイ王国の時のアメリカの二の舞になりかねん。オーストラリアは放棄寸前だ。完全撤退も時間の問題だろう」

「……そうなると、あの地域で残るのはニュージーランドだけか。あの広大な大陸を諦めるのか?」

「……アメリカと同じく、下手に手を出して報復されても構わないと言うなら止めないがな。お前が現地で指揮を執るか?」

「……インドの情勢も不安定だし、まったく最近はろくな事が無いな」


 こうして、イギリスは不平等条約の改正を認める動きを見せていた。

 そして他の列強も渋々と日本との条約改正に同意した。だが、強かなイギリスは日本の譲歩を引き出す事に成功していた。

***********************************

 十六世紀中頃から十七世紀の前半が、スペインが最も繁栄した時期だ。その時期のスペインは史上初の世界覇権国家だった。

 アステカ文明、マヤ文明、インカ文明などアメリカ大陸の文明を次々に滅ぼし、莫大な富を現地から奪い取った。

 その当時のスペインは南アメリカ、中央アメリカの大半、メキシコ、北アメリカの南部と西部、フィリピン、グアム、マリアナ諸島、

 イタリア、北アフリカ、史実のフランスとドイツの一部、ベルギー、ルクセンブルク、オランダを領有する世界覇権国家だった。

 太陽の沈まない国と謳われたスペインも、度重なる戦争で疲弊して次第に没落していった。

 1793年のナポレオン率いるフランス軍に敗れたスペインは、フランスの衛星国にまで零落れた。

 結局、ナポレオンのロシア遠征の失敗によって政治的な独立は回復できたが、度重なる戦乱で国内は極度に疲弊していた。

 現在の国王は幼くて母親が摂政を務めており、その衰退は隠しようが無かった。

 それでも世界各地にまだ植民地を領有し、少しでも嘗ての栄光を取り戻そうと戦争を繰り返していた。


 そんなスペインにも日清戦争の顛末は知られていた。そしてスペインの政府上層部は日本の有する飛行船に大きな興味を抱いた。

 国内の淡月光の支店に飛行船三隻が商品を積んで飛来した時は、首都の半数以上の国民が注目した程だ。

 空を自由に飛べれば周辺の国家への睨みが効き、そして戦争も有利になる可能性が高いと判断していた。

 日本の会社から真空管の特許を買って、国内産業を立ち上げてはという意見もあったが、多くの人達は飛行船の方に注目していた。

 そのスペインは日本と国交はある。そして飛行船を建造して所有しているのは、スペイン国内に支店を持つ淡月光の親会社だ。

 そして日本領事館や淡月光を通じて、日本総合工業と交渉したいと話を持ち掛けていた。


 陣内はスペイン側の窮状を知っており、向こうから交渉を呼びかけるようにユダヤネットワークや淡月光を使って工作していた。

 だが、陣内の計画では真空管の特許を欲しがるように工作を行っていた。

 秘かにスペインが真空管の特許を欲しがっている噂を世界中に流して、スペイン国内にもそんな噂を流行らせた。

 それが飛行船を欲しがってくるとは予想外の事だった。とは言え、スペインの政治中枢部と直接交渉する良い機会だ。

 こうして一般には人嫌いで知られる陣内は、公式には初の海外に出かける事となった。

***********************************

 アメリカはミズーリ川の西側の広大なエリアを、原因不明の伝染病から国民を守る為に完全に封鎖すると正式に発表していた。

 だが、『インディアンの神をこれ以上刺激させて目覚めさせたく無い』との真意は、国民の間には知れ渡っていた。

 不屈の開拓精神を持っているアメリカの、初めての挫折と言えるだろう。

 デトロイトとシカゴの復興は日本から建設用の初期型重機を大量に輸入する事で、順調に進められていた。

 ペンシルべニア周辺の油田地帯を失ったが、東テキサス油田はそれに代わるものとして急ピッチで開発が進められていた。

 史実程は前向きでは無くなったが、それでもアメリカ国民は困難に向き合い、国内の開発を進めていた。

 表面上は活気に満ちているが、何処か自信を無くしたような国民を、政府上層部は複雑な視線で見つめていた。


「国内は表面上は活況だ。だが、国民は不安を抱えている。特に太平洋方面に進出するのを躊躇う人間は多い。

 やはりハワイ王国は、我が国にとって鬼門だ。ハワイの近くを航行した数隻の民間船が、『バハムート』の攻撃を受けて沈んでいる」

「フィリピンや清国との交易は順調だが、ハワイが中継基地として使えなくなったのは痛い。

 今じゃ日本のウェーク島で大金を払って石炭や食料、飲料水を補給している。一刻も早く、太平洋で中継拠点を確保する必要がある」

「その標的がスペインか。零落れた国だが、まだ海外に植民地を多く持っているからな。

 特にカリブ海のキューバとプエルトリコとフィリピン、グアムを手に入れられれば効果は大きい。その準備は進んでいるんだろう」

「勿論だ。ハワイ王国の女神で受けた被害は大きいが、今は大急ぎで建て直しを図っている。

 その時までには完全に準備を終わらせるさ」

「そのスペインだが、日本総合工業の陣内という人嫌いで知られている代表が、来月にもスペインを訪問する事になった。

 スペイン王室からの直接の依頼らしい。そこでどんな事になるのか分からんが、あまりスペインに入れ込むなと釘を挿しておかないと」

「あまり露骨な干渉をすると、悟られる可能性があるからな。しかし日本総合工業の陣内か。噂では日本の急成長の影の立役者だ。

 その人物がスペインに行くのか。日本での面会を求めても断られるし、スペインで接触するように工作しておけ」

「理化学研究所と淡月光を子会社に持ち、多くの協力会社を抱える大企業の代表だ。まだ二十代だと聞いている。

 どんな男なんだろうな?」

「女好きで嫁がいるにも関わらず、遊郭に遊びに行っているという噂がある。ハニートラップを仕掛けるチャンスがあるかも知れん。

 事前に工作部隊には指示を出しておいてくれ」

「しかし日本は上手くやっているな。ハワイ王国を独占して、ベトナムやタイ王国にも進出している。それに中東の【出雲】もだ。

 それに加えて清国の周囲の島々を完全に押さえて、あそこを外洋に出ないように完全に封鎖した。

 通常の交易用の船舶は自由に通行を認めているから、我が国に実害は無い。

 日本が中国大陸に進出しないと宣言したのは、我が国とって歓迎すべき事だ。

 その日本は朝鮮半島の南部を割譲させて、『東方ユダヤ共和国』を建国させた。まったく日本は何時からこんなやり手になったんだ?」

「現在は情報部が日本の分析を進めているが、その陣内が深く関わっている可能性が高いと判断している。

 日本から出て来るのは良いチャンスだからな。必ず接触させる。それと、スペインの国力を強化させないようにしないとな」


 国民の意識改革の為にも海外に進出する必要があると、アメリカ政府上層部は考えていた。

 最終的に日本がどうなるかまだ不明だが、今の日本はアメリカの敵では無い。上手く利用できる存在だ。

 スペインの国力強化を阻止して、アメリカの有利なように事を運ぼうと画策していた。

***********************************

 オランダは東インド植民地(史実のインドネシア)から富を収奪して、疲弊した国内を立て直している。

 東インド植民地はオランダにとって『金がなる木』であり、手放せない。もし手放せば、国が零落れる。

 その東インド植民地で鎮圧寸前だと思われていた北部アチェ王国の反撃に遭って、スマトラ島の支配が揺らいでいた。

 まだジャワ島やボルネオ島は大丈夫だが、不穏な空気が漂い出していた。

 苛烈な搾取を行って、過去に大量の現地人を餓死させた恨みは深いのだろう。その対応にオランダは追われていた。


「北部アチェ王国に武器や弾薬、食料を支援している組織はまだ分からんのか!?」

「駄目です! 何度か海上で輸送中の船舶を拿捕した事はありますが、一向に北部アチェ王国への補給が止む気配はありません。

 スマトラ島の領土を少しずつ奴らに奪われています。奴らの武器はイギリス製ですが、イギリス政府は知らないと回答してきています」

「くそったれ! イギリスの欲深い奴らが、今度は我々の東インド植民地に手を伸ばしてきたと言うのか!?

 まったく、どこまで植民地を増やせば気が済むんだ!?」

「イギリスは現地の神の仕業と考えられる襲撃を恐れて、オーストラリアを放棄するかも知れません。

 その代わりに、我々の東インド植民地に手を出そうと考えているのでしょうか?」

「地理的にも近いし、その可能性は十分にある。最近はベトナムやタイ王国が日本の支援で開発が進んでいるという噂が流れて、

 それを抑えるのに一苦労していると言うのに!? まったく、イギリスは人の物を横取りしようと言うのか!?」



              <<< 1893年 >>>                   <<< 1895年 >>>
      ウィル様作成の地図(東南アジア版) ウィル様作成の地図(東南アジア版)

 現地の住民から見れば、オランダの人間は現地の富を搾取している。自分達の国をオランダの所有物だとは考えてはいない。

 オランダ人は支配者としての正当な権利を主張していると思っている。人は立場によって、考え方が異なるという良い例だ。

 そして天照機関の計画通りに、イギリス帝国とオランダ王国の関係は徐々に悪化していった。

***********************************

 オスマン帝国は嘗てはバルカン半島からアフリカ北部、アラビア半島に覇を唱えた地域覇権国家だった。

 だが、技術革新を怠った為に時代に乗り遅れ、今では『欧羅巴の瀕死の病人』と呼ばれる程、零落れた存在になっていた。

 ろくな工業力も無く、満足に海軍艦艇の整備さえ出来ない。エルトゥールル号の遭難事件も、整備不良が原因だ。

 史実では日本との国交樹立はだいぶ後になったが、今回は遭難事件の直後に国交が結ばれていた。

 そして国交樹立時に日本からの申し出で、ペルシャ湾の奥にある地を売却した。それが皇室直轄領の【出雲】だ。

 当時の日本は新商品を次々に開発していたが、まだまだ国力は低いと見做されていた。

 そして現在、四年前と同じ評価を日本にする者など、世界中を探してもいないだろうと思われるほど、日本は成長していた。

 日清戦争で圧倒的な勝利を収めた事は、オスマン帝国の上層部の人達にとって大きな衝撃となっていた。


「日本に売った領土は、かなり開発が進んでいるようだな」

「はい。日本はあの狭い地域に膨大な資金と資材を投入して、港湾施設や工場地帯を建設してきました。

 少し前から工場の操業を開始したようで、クエート市やバスラ周辺、イランにまで製品の出荷が始まっています。

 あの荒地一帯に屋内式の農場を建設して、食料を自給できる体制を整えて、一部では砂漠の緑化にも取り組んでいます。

 四年前に何もなかった土地を、短期間であそこまで開発するとは驚異でしかありません」

「……【出雲】の存在は、我がオスマン帝国の利益になっているのか?」

「はい。【出雲】で生産される商品は我が国にも出回っていますし、地域の産業の活性化を促しています。

 バスラ周辺にも【出雲】が工場を建設するなどして、我が国にも貢献しているのは間違いありません。

 不明瞭だった国境線を、西と南に少しずつ伸ばしているようですな。人が殆ど住んでいない地域なので、野放しに近い状態です」

「ふむ。元々の領土が狭かったから、少しでも広げたいか。西と南方面なら放置しても構わんから、好きにさせておけ。

 ただ、バスラ方面の我が国の権益が侵される事な無いだろうな」

「【出雲】もその辺は気を使っている様子で、バスラの担当局の指示に素直に従っています。ただ……」

「なんだ?」

「はい。クエート市ですが、かなりの人数が【出雲】に出稼ぎに行っていて、飲料水の大部分が【出雲】から供給されています。

 経済面でも【出雲】に依存が深まった様子で、サバーハ家も対応に困っていると聞きます。

 最悪の場合、クエート市は【出雲】に併合される可能性もあります」

「……ろくな産業も育てて来なかったサバーハ家と、生活を保障してくれる【出雲】か。どちらを選ぶかは明らかだな。

 そして、我がオスマン帝国の発展に寄与するか。……【出雲】はイスラムの教えは認めているのだな?」

「クエート市の市民が働く工場内に、礼拝所等のイスラム教の施設があるようです。就業時間中でも礼拝の時間は設けています。

 工場の食堂でも、我々のタブーとする食材は使用していません。

 【出雲】は神道と仏教が主な宗教ですが、多神教の為にイスラム教も認められています」

「……【出雲】にエーゲ海に進出する気があるのかを秘かに確認しておけ。もし進出してくるなら、領土の一部を譲ると言ってな。

 当然だが、我が国の工業化に協力するのが条件だ。あの何も無かった土地を、短期間で発展させた力を是非とも取り込みたい。

 【出雲】では遠すぎるから、こちらの首都近辺に工業地帯を建設する意志があるかを確認しておけ!」



       << 1891年 >> << 1895年 >>
      ウィル様作成の地図(出雲版) ウィル様作成の地図(出雲版)

 オスマン帝国は未だに広大な領土を持っていたが、近代化が遅れた事から領土の維持にも苦心していた。

 そのオスマン帝国にとって、短期間で【出雲】の開発を成功させた日本の国力は魅力的なものだ。

 大国と言われた清国に圧勝し、そしてイスラム教を認めている事は、協力関係を結ぶに相応しい国と判断されていた。

 そして国内の優秀な人材を、日本に留学生として送り込もうとしていた。それはハワイ王国やタイ王国も同じだった。

***********************************

 ロシアは大国だが、国土の大部分を凍土が占めている。その為に不凍港を求めて南下政策を、かなり前から取っていた。

 クリミア戦争に敗北したロシアが、次に目をつけたのは東アジアだ。沿海州を手に入れ、満州や朝鮮に進出を目論んでいた。

 そのロシアにしてみれば、宗主国である清国に見切りをつけた李氏朝鮮が擦り寄ってきたのは好都合だった。

 1891年から建設を始めたシベリア鉄道が完成すれば、兵力をアジアに集結させる事が可能になり、満州や朝鮮にも手を出せる。

 ユダヤ人の『東方ユダヤ共和国』を滅ぼして、日本を占拠すれば太平洋にも進出できると考えていた。

 二年以内にはウスリー線(ウラジオストク − ハバロフスク)と中部シベリア線(オビ − イルクーツク)、五年以内には

 ザバイカル線(ムィソーヴァヤ − スレチェンスク)が開通する見込みだ。

 もっとも、アムール線(スレチェンスク − ハバロフスク)とバイカル湖周辺は地形が険しい為に、建設の目処は立ってはいない。

 その為に清国と交渉して、満洲北部の鉄道敷設権(東清鉄道)を得ることに成功していた。

 そして建設が困難なアムール線を諦めて、満州にシベリア鉄道を建設する計画を進めていた。

 史実では日本の遼東半島の領有を三国干渉で放棄させた見返りに敷設権を得たが、今回は朝鮮を出汁に使って清国に認めさせていた。


「李氏朝鮮は宗主国である清国に見切りをつけたようだな。しかし、我々を手玉に取ろうとは馬鹿にされたものだ。後で後悔させてやる」

「例の東アジア紀行を読むまで知らなかったが、李氏朝鮮の生活慣習は我々に理解できないものがある。

 奴らの意見を聞く必要は無く、我々の命令に従わせれば良い。完全な奴隷として扱えば十分だ」

「朝鮮人をシベリア鉄道の労働力として買い入れ、その代金を清国に支払うか。その清国は朝鮮に代価の一部を支払う。

 日本へ支払う賠償金に悩んでいた清国は、中間マージンを何もしなくても得られるか。

 その利益があるから、満州の鉄道の敷設権を得られた。良く考えたものだ」

「清国は日本に支払う賠償金の為に、少しでも資金が欲しいだろうからな。

 李氏朝鮮は南部を日本に割譲した時に、現地の住民を大量に北部に強制移住させている。そして食料が不足して、人が余っている。

 それを我々が有効に使ってやろうと言うんだから、感謝して欲しいくらいだ」

「清国は李氏朝鮮の宗主国という立場で、朝鮮人を我々に売り、その代金を受け取る。

 その李氏朝鮮は秘かに我々に接触してきている。まったくドロドロとした世界だな」

「シベリア鉄道が完成した暁には、満州と朝鮮は我が国のものとなる。ならば今のうちから人口を減らした方が、楽というものだ。

 そして『東方ユダヤ共和国』のユダヤ人を根絶させて、日本を占拠すれば我々ロシアの地位は不動のものになるだろう」

「日本は我々に対抗しようと、準備を進めている。北海道や千島列島の開発を進め、『東方ユダヤ共和国』を建国させた。

 それに飛行船の問題もある。あれをどうにかしないと、サンクトペテルブルクが火の海になってしまうぞ!?」

「我々も極東方面の開発が進められれば良いんだがな。アメリカには建設用の重機を売って、こっちに売らないなんて卑怯だ!

 第三国を経由して、やっと少量の重機を手にいれたんだ。これでシベリア鉄道を建設して、日本を絶対に占領してやる!」

「陛下の命令で、大量の飛行船部隊が編成されるらしい。日本は十二隻だろうが、こっちはそれを遥かに上回る部隊を用意すれば良い!

 日本と我が国の国力の差を、見せ付けてやるんだ!」


 日本が清国に圧勝した事で、ロシアも警戒を深めていた。陸軍に関しては、シベリア鉄道の完成待ちだ。

 そして飛行船部隊と、海上艦隊の編成を進めているロシアだった。

***********************************

 桜の咲く季節になったが、朝鮮半島の南部は殺伐としていた。

 三月の末までに全羅道、慶尚道、忠清道を無人の状態で日本に引き渡さなくてはならない。

 しかし強制移住を拒否して抵抗する住民が多かった為、各地で清国軍と李氏朝鮮軍による虐殺が発生していた。

 その結果、焼き払われた家屋の近くに、多数の遺体が散乱する光景が各地で見られた。

 既に全羅道、慶尚道の住民の強制立ち退きは終了しており、残るは忠清道だけになっていた。

 儒教(朱子学)が国教である李氏朝鮮は仏教の文化財の保護に無関心で、少ないながらも残っていた文化財は大部分が捨てられていた。

 そして住民の立ち退きが終わった全羅道、慶尚道にはユダヤ人が移住してきて、自分達の国の建設を始めていた。


「この村も何も残っていないのか。あるのは焼けた家屋と遺体だけだ。暖かくなってきたから、早めに遺体は処理しないとな。

 せっかく祖国が建国できるって言うのに、遺体を放置して伝染病が流行るなんて願い下げだからな」

「明日には重機がこの村にも来る。そうしたら穴を掘って遺体は埋めるしか無いな。それと中途半端な家屋は全て壊す。

 残っていても使えない家に用は無い。ここに俺達の国を一から建国するんだ!」

「日本が建設用の重機を送ってくれるから助かるよ。あれが無ければ、手作業で穴を掘らなくちゃならなかったしな。

 家屋の撤去も早くて済む。日本に感謝だよ」

「アメリカに輸出したような初期型じゃ無くて、日本の国内で優先的に使用されている大型の重機だからな。

 これで日本の建設現場で散々使った経験が生きてくる。これで楽に仕事が進められるな」

「巨済島と釜山にはちゃんとした住宅街や発電所が出来ているけど、他は基礎工事から始めなくちゃ為らないからな。

 農地にするべきところと、工場にするところ、住宅にするところ、色々と決めなくちゃいかん。上も悩んでいるそうだ」

「それを言えば、山に木が全然無いぞ! これじゃあ、植林から始めなくちゃ駄目だろう。

 前に住んでいた奴らは、何を考えていたんだ!?」

「東アジア紀行を読んだ事が無いのか? あれに朝鮮の記事が掲載されていたけど、山の木は伐採されて残っていないと書いてあった。

 保護するべき文化財も少ないし、扱いが雑で捨てられている物もあるからな。言い換えれば、俺達の自由に出来るって事さ」


 朝鮮半島の南部には、日本で保護されていたユダヤ人八万人が移住を始めていた。最初は最低限の施設がある巨済島と釜山の周囲だ。

 そして世界各地から集まってくるユダヤ人の為に、各地で住宅や工場の建設や、農地の開拓などが進められていた。

 朝鮮半島の南部は農作物の育成が期待できる。一刻も早く、国としての体裁を整える必要があった。

 その為に、巨済島に置かれた臨時の政府施設では連日の会議が行われていた。


「忠清道の住民の立ち退きは終わっていないが、今月中には終わる予定だ。そうしたら慶尚道と同じく国境線を整備する必要がある。

 国境線には鉄条網を造って、国境警備隊を置く。朝鮮人が立ち入らないようにしなくてはならない!」

「隣国になるが、我々を怨んでいるだろうし、友好的な関係は築けないだろうな。

 日本に奇襲攻撃をした事から、我々も防備を固める必要がある。最低限の付き合いはするが、親交を深める必要は無い」

「ロシアが李氏朝鮮に接近している情報もある。我々を公然と追放したロシアだぞ。

 もしロシア軍に占領されたら、我々は皆殺しにされるだろう。日本と協力して、早く軍隊を立ち上げるんだ!」

「建国の資金は、世界中の仲間から集められる。日本は色々と協力してくれるから、早く国を立ち上げよう。

 朝鮮はロシアに呑み込まれる運命にあるだろうが、我々はやっと得た安住の地を失う訳にはいかない!」

「李氏朝鮮とロシアの防波堤の役割を負わされたが、それでも民族の悲願だった祖国が建国できるんだ。

 一年以内には準備を済ませて『東方ユダヤ共和国』を建国する。それまでは日本の管理下になる。

 そして建国すれば、直ぐに日本と軍事同盟を結ぶ予定だ。まったく人が足らない! 早く世界各地の同胞を呼ばなくては!」


 史実では、ロシアだけで三百万人ものユダヤ人が追放された。その大部分は新天地であるアメリカに向かったが、今回は違う。

 れっきとした民族の祖国があるのだ。アインシュタインを含む世界の頭脳と呼ばれる人達が、東方ユダヤ共和国に集まろうとしていた。

 それを日本がバックアップする。最初の一年間は日本の領土という形を取るが、その後は立派な独立国になる。

 民族の悲願である祖国を建国するのだと、ユダヤ人は熱心に働いていた。

 その様子を巨済島に入ったロスチャイルド財閥の関係者が、まだ幼い孫娘と興味深そうに見つめていた。


「この巨済島は、東方ユダヤ共和国と日本の共同管理区として運営される。

 日本軍が占領して半年ぐらいしか経っていないが、こんな整った港湾施設や住居を建設している。日本の本気具合が分かるな」

「でもお爺様。日本はあたし達に用心棒の役割を同時に負わせたのです。そこまで信用するのは危険だと思いますが?」

「それくらいは分かっている。それでも迫害され続けた我々に、領土を与えてくれた事には間違い無い。

 日本人の計画に乗らざるを得なかった。それに我々が努力すれば、さらに領土は広がる。そのチャンスを見過ごす事は出来ないさ」

「……朝鮮の首都に近いところを国境線にして、ロシアの手が伸びてくる事を前提にした長期計画には驚きました。

 まったくこの計画を立案した人間は、よっぽど朝鮮が嫌いなようですわね」

「さて、それには何も言えんな。我らの祖国である東方ユダヤ共和国を、守って成長させる事が最優先だ。

 その為には、幾らでも辛辣な計画でも実行に移す。それくらいの気概が無くては、国を守る事など出来ぬさ。

 御人好しのトップが居る国など、あっという間に滅ぶしか無い。幼いとは言え、聡明なお前なら理解できるだろう」

「……はい。明日の陣内代表との会談が待ち遠しいですわ」


(数々の新発明を発表してきた理化学研究所、それと女性専用用品で世界を席巻している淡月光の親会社の日本総合工業。

 飛行船を建造して、色々な先手を打っている会社の代表か。あたしと同じで未来の魂を持っているのかしら?

 二十代って事だから、違う可能性もある。でも実績を見ると、未来の事を知っている可能性は高いわ。

 どうやって実現したのかしら。こんな原始的な時代では、未来の技術なんて格差があり過ぎて殆どが使えない。

 一から生産するにしても、長い年月が必要なはず。でも、日本は僅か五年で此処まで上り詰めた。謎だわ。

 ハワイには女神や眷属も降臨したっていうし、昔に流行ったファンタジー世界に転生ってパターンなのかしら?

 明日の会談の時に問い質せば良い事よね。明日が楽しみだわ)


 ロスチャイルド財閥の一員を祖父に持つ少女は五歳だったが、陣内と同じ時代を生きた魂を宿していた。

 そして未来の知識もあった。明日の会談がどうなるか、五歳の少女は笑みを浮かべていた。

(2013. 6. 1 初版)
(2014. 3. 2 改訂一版)