皇居の主の提案で、天照機関として最初の新年会が行われていた。

 二年続いて日本が良い方向に大きく変わった。出席者全員が明るい表情で、朗らかな雰囲気で皇居の一室で新年会が始まった。


「昨年は所属が定まっていない島々を領土に編入した事から始まり、一昨年に引き続き輸出が大幅に伸びている。

 税収も大幅に増えて、国内の改革も進み出した。是非とも今年もそうであって欲しいものだ」

「それに加えて【出雲】がある。短期間で開発できる訳では無いが、十年後には中東の要になる場所だ。

 苦労はあるだろうが、頑張って早く運営を軌道に乗せたいものだ」

「輸出が好調なので、国内産業が活性化した。特に淡月光の恩恵は大きい。何しろ特許を取って独占体制だ。

 それに諸外国で日本の評価が徐々に上がって来ている。今年もこの調子で頑張っていきたいものだ」

「景気が良い話ばかりでは無いぞ。昨年の濃尾地震の復興はどうなっている?

 陛下の御威光によって被災者が大幅に減ったとはいえ、家屋の被害は史実と同じだったのだろう。その復興も急がなくては」

「被災者の多くは周辺の産業促進住宅街に身を寄せています。

 入りきらない人達は予め用意してあった簡易テントを使って貰って、食事は全て産業促進住宅街で用意させています。

 お蔭で入居率が低くて予算の無駄使いと批判していた声が止まりました。

 復興は【出雲】の入植用と言う名目で準備していた資材を使って、再建を進めています。

 事前に用意していた都市計画に基づいて、免震設計の普及と交通事情を加味した区画整理を行う内容になっています」

「あの災害で各地の免震設計の建設が進みだすし、被害地も旧来の混雑した街並みから区画整理された街並みに生まれ変わるか。

 被災者の数も激減した事だし、災い転じて福と為すとでも言うべきなのかな」

「日本は地震国ですから、免震設計が進むのは良い事です。これを機会に他の地区でも区画整理が進み出せばと思っています。

 あまり頻繁には使えないでしょうが、陛下のご命令で避難をさせれば被害は少なくて済みますからね」

「朕を都合良く使うつもりか? 濃尾地震の当日の朝に全国に避難訓練を命令した事で、問い詰める声が大きかったのだぞ。

 結局、皇室の『巫女のお告げ』と言う事にして誤魔化したがな。あまり多用したくは無い」


 当然だが、地震の当日の早朝に避難訓練を行うようにと命令があった為に、疑惑の視線が皇室の主に向けられた。

 天災を事前に察知できれば、予防できる。天災が多い日本にとって、これ程有益な事は無い。

 だが、どうして天災を事前に知ったのだろうか? そんな疑問が含められた視線だった。

 結局、巫女のお告げという事にしていた。勿論、納得できない人達もいたが、大部分はこれで納得していた。

 まだ迷信が信じられている時代だ。神託が得られる巫女のお告げという事で、事態は沈静化していった。

 そして皇室の権威はさらに向上していた。


「陛下の御威光が上がって良い事ではありませんか。諸外国は注目していて、予言者に接触を始めているという情報もあります。

 国民が神頼みになり過ぎるのも困りますが、この件はこの辺で沈黙を守るのが得策でしょう」

「あまり神秘主義に染まるのも避けたいが、諸外国の目を誤魔化すのも楽しいものだ。

 来年はさらに神秘主義を世界に広める計画もある。あれが成功すれば、この世界の流れが変わるかも知れぬ」

「そうかも知れぬな。いや、楽しい酒だ。来年もこのような楽しい酒を味わいたいものだ」

「うむ。今回は初めてだが、天照機関の新年会は恒例にしても良いのでは無いか」

「同意する。しかし、男だけの席というのも少し味気無いな。陣内は秘書の沙織でも連れてこれば良かったのだ。今からでも呼べぬか?」

「伊藤の女好きにも困ったものだ。此処は皇居だぞ。少しは控えぬか」

「はっ。申し訳ありません」

「まあ、男が女を求めるのは本能だ。仕方の無い事だが、思慮深い人間なら場を弁えた発言をしろ!」

「はっ。誠に申し訳ありません」

「本能か。少し考えた事があるのだが、今の列強は世界各地を植民地化して、現地の富を収奪している。そして平気で虐殺を行っている。

 これも人間の本能なのだろうか? 人間とはその程度の生き物なのだろうか?」

「……進歩が善という前提に立てば、文化を進歩させる為には富の集約が必要になります。

 そういう見地に立てば、各地の富を強奪するのは必要悪と言うか、止むを得ないという弁解も成立します。

 まあ、富を強奪される側からすれば許される事では無いでしょうけど。それに侵略する側も完全に悪意の集団ではありません。

 過去に十字軍を編成してイスラム社会を侵略したキリスト教ですが、末端では善意の人も多い。

 ですが、指導層はそうでは無い。人間は表裏の性質を持っているでしょう。それは組織にも言える事です。

 しかし末端の人が善だからと言って、指導層の行った行為は正当化できません。それが組織の宿命です。

 史実では僅かな善良な人がいれば、愚行を行った人が大多数を占めても敵対すべきでは無いという意見もありました。

 それが未来の日本の衰退に繋がりました。今の我々はその教訓を得ていますから、間違いを繰り返したくは無いですね」

「悪しき平和主義という奴だな。一部を見て全体を見ないというのは拙いが、全体が行った事を一部の善行で覆せるはずも無い。

 そういう愚かな考えをしないように、方向付けする必要がある。民主主義は完璧な制度では無いからな」

「まったくだ。今の世は弱肉強食だ。何が正しいかは、今の我々は判断できない。

 まずは日本を富まして、可能な限り我々が信じる道を行くだけだ。

 我々は自国民に対する義務はあるが、他の国の国民に対する義務は無い。人情面から考えると情けない事だが、これが現実だ」


 盛り上がった新年会だったが、柄にも無く哲学的な話になってお開きとなった。

 時代が変われば常識や正義の概念も変わる。今の天照機関の方針を批判できる人間はいるのだろうか?

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 日総新聞は理化学研究所の公式発表を掲載した新聞を出していた。くどいようだが他社は報道していない独占スクープだ。


『理化学研究所の北垣代表は、ウナギやマグロなどの魚介類の養殖技術を確立したと発表した。

 まだ海洋資源は豊富にあるが、安定供給を含めて今のうちから資源保護を行う事が目的だ。

 特に鯨は諸外国の乱獲によって数が激減している。全滅した訳では無いが、今のうちから理化学研究所は保護を検討しているという。

 諸外国は鯨油のみを採って他は海洋に捨てているが、我が国は鯨のほぼ全部を有効に活用している。

 我が国は鯨油のみの乱獲による鯨の数の減少を危惧している。今まで乱獲を行ってきた列強は、基金を用意して鯨の保護を行うべきだ。

 北垣代表は世界規模の鯨の捕獲制限による保護を訴えている。


 さらに養殖技術の一環で、人工真珠の開発に成功したとも発表した。

 既に試作品は完成しており、各国で品質の評価が行われている。この品質評価に問題が無ければ、量産に入る。

 人工真珠の品質評価に問題が無ければ、世界各地の淡月光の支店で販売したいと、川中代表は表明した。


 最後にディーゼルエンジンと名づけた新しいエンジン機関を開発したと、北垣代表は発表した。

 ガソリンエンジンと比較するとサイズが大きくなるが、燃料や出力の面でメリットがある。

 大型船舶や大型車両に適している為、このエンジンを使用した農業用車両や建設用重機を開発する計画を発表している。

 尚、コンテナ等の短距離運搬に使用するフォークリフトと名づけられた特殊車両を発表した』


 鯨は大きい為に養殖できない。精々が捕獲数を制限して、乱獲から保護する事が優先だ。

 そしてそれを、日本から世界各国に提案する事に意義があった。

 しかも鯨の数の減少の根本原因は、欧米の鯨油の乱獲という事を強調してだ。これは後になって、効果を発揮する。


 史実では、来年の七月に日本国内で真珠の養殖に成功している。

 今回の人工真珠の委託生産先は史実で養殖を成功させた人(御木本幸吉)であり、渋沢の関連会社から資金援助が行われていた。

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 昨年と同じく正月休み明けの初日に、理化学研究所から新商品の発表があった事は、諸外国の注目を集めていた。


「昨年に引き続いて、新年早々に新技術を発表か。昨年は医療関係と電気関係だったが、今年は養殖関連か。

 まったく何処まで分野が伸びるんだ!? しかも鯨油の為に鯨を乱獲して、数が減少したのは我々だと当てこすっている!」

「ほっとけ! 鯨なんて減ったら減ったで何とかなる! 海洋資源の保護だなんて、紳士面しているだけだ。

 それより問題は真珠の養殖だ! 日本人は真珠の価格を暴落させるつもりなのか!?」

「それは早合点だろう。我々に品質確認の依頼をしてきたが、量販は来年以降の予定だそうだ。

 それより、日本は昨年に未所属の島々を次々に領土に編入して、西太平洋に進出しようとしている。

 その日本が魚介類の養殖に取り組むなんて、そちらを注目するべきだろう」

「医療に電気に養殖か。この分だと、来年もありそうだな。事前に準備して新年早々に発表だなんて、日本人の風習か?」

「妻が淡月光の日本人に聞いたら、『一年の計は元旦にあり』と言われていて、日本人にとって新年の区切りは特別らしい。

 我々のようにクリスマスを祝う習慣が無く、代わりに正月を重視するそうだ。

 それにしても、最近の家内は淡月光に入り浸って、日本かぶれが激しくなって困っているんだ」

「うちも同じだ。この前は日本の緑色のお茶を飲まされた。かなり苦かったぞ」

「俺も飲んだよ。でも、健康に良いらしいし、後で口がさっぱりしたけどな」

「うちなんか、淡月光で売っている日本の工芸品が家に飾ってある。日本かぶれも、いい加減にして欲しいよ」


 淡月光は急増する需要に対応する為に現地生産を急ぐ傍らで、現地販売店と契約を結んで総合代理店のような形を取り出していた。

 直販店の経営は従来通りに行って、店内の休憩所で日本の紹介を行っており、そこから徐々に日本文化が各国に広まっていった。

 男達はあまり興味は無かったが、女性専用用品をいち早く開発して販売をしている淡月光は、各国の女性にとって注目に値した。

 そんな隙間を狙ったイメージ浸透作戦は成功しつつある。念の為に言っておくが、何処かの国のように押し付けはしていない。


「そんな事はどうでも良い! 問題は発展途上国の日本に主導権を握られている事だ!

 血液型識別装置は高価で買うのは癪に障ったが、技術情報を公開しているから三年もすれば我々でも作れるだろう。

 だが、あの真空管は我々の技術で作れても、寿命と歩留まりが悪くて、とても販売できる代物じゃない。

 昨年の末頃からは真空管を使った電話交換機や音響機器が次々に開発販売され始めていて、真空管の需要はうなぎ上りだ。

 このまま日本に真空管の製造技術を握られたままだと、絶対に拙い!」

「それを言うなら発電機や新型の電灯もそうだ。性能は従来の物よりかなり良い。

 電気が普及していない田舎に、風力発電機と電灯、それに電気ケトルをセットで購入している者が激増した。

 このままじゃ、電気関係は日本に牛耳られてしまう可能性もある」

「あれがあれば、火事の心配をしないで明るい生活ができるし、インスタントコーヒーもすぐに飲める。

 日本はお湯をかけるだけで直ぐに食べられるパスタを販売しているしな。まったく日本はどうしてしまったんだ?」

「みんなは騒ぎ過ぎだ。日本が医療や電気関係で色々な新製品を出してきた事は認めるが、我が国の科学者だって負けてはいない。

 日本の真空管もサンプルを分析して、五年以内にはあれ以上の物を発明してみせると約束してくれた。無線通信機にしても同じだ。

 先手を日本に取られたが、我々は巻き返せる。それに武器や軍艦の発注は、以前と変わらない。

 国力を象徴する戦艦を、日本は建造できないんだ。そう心配する事は無い」


 真空管や風力発電機に使用されるベアリングは、勝浦工場の自動生産ラインで生産されている。

 人手を介さずに機械で生産される為に、品質は均一で不良の数も極僅かだ。この事は世間には一切知られていない。

 列強は今までの自分達の実績に自負を抱いており、日本の新商品を越える製品を開発できると信じていた。


「最後はディーゼルエンジンか。資料を見ると熱効率に優れていて、軽油や重油などの様々な液体燃料が使用可能だ。

 汎用性が高くて、小型の高速機関から船舶用の低速機関までの応用範囲が広い。日本にしてやられたな」

「噂じゃドイツで同種類のエンジンの開発を進めていたらしい。日本に先を越されたと言って、悔しがっているという話だ」

「昨年に日本で建造された二万トンクラスの高速輸送船が日本海軍に納入されたが、そのディーゼルエンジンを使用しているらしい。

 つまり、ディーゼルエンジンは試作品クラスじゃ無くて、実用品レベルと言う事だ。まったく、何時から開発を進めていたんだ!」

「それを言うなら先に発表したフォークリフトもだ。あれならコンテナ運搬も楽にできる。輸出をするそうだから、早速手配しよう」

「ああ。それと日本が農業用車両と建設用重機の輸出を、何時始めるかも確認してくれ。解析して、なるべく早く国産化に漕ぎ着けたい」

「パテント料が必要になるな」

「……くそっ! 仕方無いだろうな」

「それにしても名前が何でディーゼルエンジンなんだ? ドイツ風の名前だぞ? 理化学エンジンでも構わないだろうに」

「そんな事を俺に聞くなよ。分かる訳が無いだろう」


 通常、新しい開発品には開発者の名前が付けられる。

 ディーゼルエンジンはドイツの技術者のルドルフ・ディーゼルが開発したから、名づけられた。

 だが、ここで陣内エンジンなどと名づけてしまったら、この時代の様子を見ている不特定多数の読者の迷いを誘ってしまう。

 その為に、開発した各名称は史実の名前を使用している。ご承諾いただきたい。

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 オーストラリア大陸の内陸部に向かう三百人の集団があった。全員が銃を装備しており、不慮の事態に備えていた。

 彼らは訓練を受けた軍人で、今まで多くのアボリジニを虐殺してきた。

 三百人も居れば、どんな敵対組織でも殲滅できるだろう。補給も万全で、大量の食料と弾薬を携行している。

 そして進軍中に、入植者の三人の死体を見つけていた。三人ともライフルを持っていたが、弾丸は残っていた。


「ここにも入植者の死体がある。手にライフルを持ったまま射殺されたのか。しかも反撃した形跡は無い」

「他の連中と同じく、体内に弾丸は残っていないだろう。調べるだけ無駄だ。このまま放置して、アボリジニの集落に向かうぞ!」

「ちょっと待て! 此処で襲撃されたと言っても周囲に隠れるところなんて無い。どうして無抵抗で射殺されたんだ?

 絶対におかしい。もう少し調べるべきじゃ無いのか!?」

「今まで正体不明の敵に襲撃された入植者は五百人を超える。銃で狙撃されたらしいが、体内にも周囲にも弾丸は残ってはいない。

 地面に伏せて奇襲したのかは分からんが、今度は三百人の正規軍の討伐隊だ。絶対に奴らを殲滅してやる!」

「……やっぱり、アボリジニの仕業なのか?」

「それは分からん。誰かが奴らに銃を売ったかもしれんし、奪われた可能性もある。それと弾丸が見つからない理由は不明だがな。

 だが、我々正規軍の前では獲物に過ぎん。奴らを見つけ出したら、今までのようにハンティングの標的にして嬲り殺してやる!」


 昨年の末頃から、アボリジニの土地を奪った入植者が、次々に射殺される事件が発生していた。

 ある開拓村は二百人全員が死亡した。そして沿岸の都市部から内陸の開拓地域に向かう人達も、次々に襲撃に遭うようになった。

 既に被害者は五百人を超えて、まだ襲撃に遭っていない開拓村から撤退する入植者も出てきた。

 犯人を特定できる証拠は無く、誰が犯行に及んだかも分かっていない。

 事態を重く見たオーストラリアの当局者は、三百人の正規軍の討伐隊を編成して異変が起こった地域に向かわせた。


 訓練を受けた正規軍三百人の討伐隊だ。誰もが任務に失敗するなど考えてはいない。

 まだ犯人は特定できないが、アボリジニ人の犯行だと決めつけて、見つけ次第に嬲り殺すつもりだ。

 そんな討伐隊を、五台のカメラと二十の目が見つめていた。

 そして討伐隊が広原に出て遮る物が無くなると、音も無く見えない攻撃の手は容赦無く討伐隊に襲い掛かった。

 いきなり討伐隊の先頭を進んでいる馬と兵士が倒れると、次々に攻撃が行われた。

 攻撃を回避しようと荷馬車の後ろに隠れても無駄だった。見えない弾丸は荷馬車を貫通して、隠れていた兵士の頭部を撃ち抜いていた。


「くっ! 何処から撃っているんだ!? 周囲に人影なんて見えないぞ!?」

「司令! このままでは全滅するだけです! 撤退命令を出して下さい!」

「そうです! 既に五十人以上がやられました。隠れても駄目です」

「馬は真っ先にやられたんだ! 徒歩で逃げ切れると思っているのか!? 絶対に奴らを見つけ出せ! 必ず何処かにいるはずだ!」


 銃を構えた兵士は周囲を血眼になって見渡したが、何処にも狙撃している敵は見つからない。

 銃を持っていても、撃つ相手が見当たらなければ意味は無い。唯一目に入ったのは上空を飛ぶ鳥だけだった。

 そして討伐隊の兵士は音も無く頭部を撃ち抜かれて、次々に絶命していった。

 移動の足である馬を真っ先に狙われ、荷馬車に隠れても攻撃の手は緩まない。荷馬車を貫通する攻撃を受けていた。

 こうして反撃の糸口さえも掴めず、一方的に攻撃を受けている兵士はパニックに陥った。


「やっぱりアボリジニの呪いだ!? 死にたくない!! 助けてくれ!!」

「お、俺はアボリジニを殴ったが、殺してはいないぞ! 殺すなら俺以外にしてくれ!」

「アボリジニはどこから攻撃しているんだ!? まったく姿が見えないぞ! 何で原始人の奴らが、こんな事をできるんだ!?」


 周囲は広原なので、徒歩で逃げても標的になるだけだ。とは言っても、隠れても意味は無い。

 パニックに陥った兵士は武器を放り出して逃亡を始めたが、逃げ切れるはずも無かった。

 咄嗟に機転を利かせた五人は、死んだふりをして地面に伏せた。しばらくは怒声と悲鳴が響き渡ったが、何時しか止んでいた。

 死んだふりをした五人は立っている仲間がいない事を確認すると、小声で会話を始めた。


「おい、敵は俺達を仕留めたと思っているだろう。近づいてきたら反撃するぞ。良いな!」

「ああ。仲間の仇は絶対に取る!」

「……もし、敵が近づいてこなかったらどうする?」

「……二時間待って、敵が来なかったら撤退する」


 敵が何処から狙撃したのかは分からない。だったら敵が近づくのを待つのも一つの手段だ。

 そう考えた討伐隊の兵士だったが、彼の作戦が実行される事は無かった。

 鳥の姿をした偵察ユニットは、伏せている兵士の生体反応を上空から確実に捕らえていた。

 そして何処からともなく飛んできた無音の攻撃は、伏せていた五人の頭部を貫通した。

 残されたのは正規軍三百人の死体だった。敵に一矢も報いる事無く、三百人の屍は野生動物の食料と成り果てた。


 討伐隊が全滅した場所から、約五キロ離れたところに小高い丘があった。

 そこに日本で訓練を受けた十人のアボリジニの兵士がいた。


「討伐隊は全滅したようだな。三百人か。生き残りがいないかを、再度確認しろ!」

「……大丈夫です。三度の確認を行いましたが、生命反応はゼロです。周囲から血の臭いを嗅ぎつけた野生動物が集まっています」

「定期報告です。第三チームがバークリー台地で入植者二十人を消去。第四チームはレッドクリフ山の周辺で討伐隊三十人を殲滅。

 第五チームはメーン・バリア山脈の麓で各地の入植村の襲撃に入ると連絡が入りました」


 オーストラリア大陸は広大だが、派遣されたのは日本で訓練を受けた五十人だけだった。

 十人で一チームとなり、指揮官一名、狙撃手六名、通信・偵察が二名、補給が一名のチーム構成だ。

 大陸の東側に二チーム、北側に一チーム、西側に一チーム、南側に一チームを振り分けている。

 其々が近場の山岳地帯の地下に活動拠点を設けていた。(陣内が建設用ロボットを使用して建設)

 定期的に大型輸送機によって食料や医薬品、各種の装備の補給を行っている。

 全員がエアーバイクに乗っており、湿原や湖、砂漠であっても機動力は変わらない。

 衛星軌道上には既に監視衛星が配置されており、近づく敵がいれば各拠点に連絡が届くようになっている。

 主な武装は狙撃用の粒子銃だ。敵からは見えない遠隔からの狙撃の為に、まだ正体は知られてはいない。

 こうして五十人のゲリラ兵士は各地の入植地や討伐隊に攻撃を加えながら、入植者を内陸部から沿岸部に追いやっていた。


「よし。此処からは撤退する。帰り際に入植者の村を三つ殲滅する。補給は大丈夫だな?」

「勿論です。狙撃ポイントも既に選定済みです。移動のルート上に人間の生命反応無し。見つかる危険はありません」


 こうしてアボリジニのゲリラ兵士十人は、エアーバイクに乗って次の攻撃ポイントへの移動を始めた。

 彼らゲリラをオーストラリア当局者は把握する事は出来なかった。そして内陸部から徐々に入植者が消えて行った。

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 現在のアメリカ合衆国の大統領はベンジャミン・ハリソン(二十三代目)だ。

 その大統領に深刻な事態を告げる報告が入っていた。


「八百人の陸軍兵士と五十人の医師団が、西部地区の原因不明の疫病の調査に向かって全滅しただと!? どういう事だ!?」

「は、はい。昨年末から西部地域に原因不明の疫病が発生し始めました。原因を突き詰めようと、完全防備をさせた陸軍兵士と医師団を

 向かわせたのですが、全員が原因不明の疫病に感染して死亡したとの連絡が入りました。

 原因は特定できていませんが、かなり感染力が強い疫病のようです。西部の開拓村の幾つかは既に全滅して、噂が広まっています」

「何と言う事だ!? 対応策は無いのか!?」

「……今のところはありません。感染した死体から病原菌が拡散している可能性もあります。

 感染者を完全に隔離する事と、西部への入植を一時的に中断するしか対策はありません。

 インディアン居住区から広がった疫病は徐々に拡大していっています。対処を誤ると手遅れになる可能性があります。

 西部から逃げ出した入植者が感染した可能性があるとして、東部の警護団と銃撃戦を展開した報告もあります」

「……感染は何処まで広がっている?」

「コロンビア山脈とロッキー山脈を中心にして広がっています。

 モンタナ、ワイオミング、ネバダ、ユタ、アイダホ、コロラド州が酷い状況です。

 ワシントン、オレゴン州の東部と、ノースダコタ、サウスダコタ、ネブラスカ、カンザス州の西部でも疫病の感染が確認できています。

 それと感染地区の北部のカナダ領にも被害は広がっています。現在までの死者は概算で二十五万人。

 幸いと言っては何ですが、今のところはミズーリ川を超えて東部地域に感染が広がる恐れは無さそうです」

「カナダにも被害が出ているというのか? インディアン居住区が感染源なのか?」

「それは何とも言えません。一部の新聞はインディアンの呪いだと報道しているところもありますが……」

「あの地域は資源の宝庫なのだがな。……仕方あるまい。一時的に西部地域への入植を停止させろ。

 そして必ず原因を突き止め、治療法を確立させろ! フロンティアは消滅したと思ったが、逆戻りする破目になるとはな」


 陣内と陽炎機関は、当初はアメリカもオーストラリアと同じ方法を採るつもりだった。だからこそ、銃の訓練を行った。

 だが、友好の証と言われて伝染病の元を付着させた毛布を入植者から贈られて、インディアンに疫病が大流行した事が過去にあった。

 意趣返しも含めて入植者への制裁に伝染病を使うべきだと、訓練を受けたインディアンの若い兵士は強行に主張した。

 そして国内や【出雲】で忙しい陣内は、インディアンの主張を認めてしまった。但し、無制限の拡大は絶対に許可できない。

 交渉の結果、ミズーリ川を越える地域には使用しない事と、空気感染はしないタイプを使用する条件で作戦が行われた。

 その作戦に使うのは、飛沫感染と経口感染力の強いウィルスだ。

 個別に貸し出した光学迷彩装備を身につけた彼らは、誰にも見られる事無く飲料水や食料にウィルスを混入させた。


 このウィルスは致死率が極めて高く、危険なタイプだ。予めワクチンをインディアンは接種している。

 こうして北米大陸のカナダと合衆国の西部開拓は、中断された。

 開拓が中断された地域の面積は、合衆国の約三分の一の面積を占めていた。

 そして西部地域が開発されない事で、合衆国の歴史に変化が生じる。それはイギリス統治下のカナダも同じ事だった。

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 ハワイ王国ではリリウオカラニ女王が去年に即位していたが、実権は殆ど無くて政治は混乱していた。

 これも政治家の大部分が、帰化人の白人で占められていたからだ。

 ハワイ王国の土地の七割以上が欧米資本によって買占められており、もはやハワイ王国の滅亡はカウントダウンの段階になっている。

 そしてハワイの親米派の有力者は、『併合クラブ』という秘密結社を結成していた。


 その動きは昨年から現地で活動を開始した陽炎機関のメンバーによって察知され、天照機関に報告されていた。

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 オランダ領のスマトラ島には、最後の現地勢力の北部アチェ王国(イスラム王国)が残っていた。

 昨年に密約を結んだ天照機関は、オランダに抵抗している北部アチェ王国に支援を開始した。

 支援物資は食料や武器弾薬、そして蚊帳と香取線香(現地からの要望)だった。他にも風力発電機や電灯なども含まれている。

 これらの支援をオランダ側に知られる訳にはいかない。

 北部アチェ王国に近い小さな無人島を集積基地にして、そこに大型輸送機を使って深夜に大量の支援物資を運び込んだ。

 そして金で雇った外国人を使って、支援物資を次々に北部アチェ王国に供給していた。

 見返りとして、スマトラ島の解放が為った時は、交易路の安全を守る為の基地建設の用地としてリアウ諸島を貰い受ける約束だ。

 その約束が果たされるかは不明だ。だが、先行投資の意味も含めて、天照機関から北部アチェ王国への支援は続けられた。

 (供与した武器弾薬は天照基地で製造されたもの。わざとイギリス陸軍が正式採用している銃の模倣品を製造)


 一方、北部アチェ王国の有望な若者二十名を日本に連れて来て、インディアンと同じ産業促進住宅街に住まわせた。

 インディアンの老人から迫害の歴史を教えられた彼らは、大きなショックを受けた。

 そして陣内から睡眠教育を受けて、他のゲリラ兵士と同じように軍事訓練に励んでいた。

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 日総新聞は最近の国内の変化を、事細かく報道していた。

 電気の普及が進み、各地で電灯を始めとした扇風機、洗濯機、冷蔵庫の普及が進んでいる状況などだ。

 さらに各地の農村で機械化が進んで作業効率が上がった事や、建設現場では作業用の重機の活躍ぶりを掲載している。

 バイクや特殊車両の普及が進み、各地のガソリンスタンドの普及状況も特集していた。

 各企業の工場増設に伴って雇用が生まれ、景気が良くなっている事を淡々と報道している。

 それらに加えて、政治家と官吏の腐敗の指摘や、ルールを守らない企業に対する批判、公共マナーの向上の呼びかけも行っている。

 他の新聞社が国内外の事を含めて、読者の関心を惹く為に派手に報道してる事から比べると、控えめな報道だと言えるだろう。


 今までの日総新聞は国内の事をメインに報道していた。(【出雲】も含む)

 それでも、海外の事をまったく報道しない方針という訳では無い。

 その準備は昨年のうちから行っていた。証拠となる写真が無いうちは報道しなかっただけだ。

 そして準備が整うと、世界各地の絶景や発展の度合い、列強の植民地の悲惨さを写真を使った報道を始めた。

 それと世界各地の様々な風習の取材を進めていた。史実では、失われた風習や技法は多岐に渡る。

 取材陣を世界各地に派遣して、貴重な風習や技法を映像付きで記録していた。(サンプルがあれば、その収集も含む)

 そしてイザベラ・バード(史実の朝鮮紀行の著者)に接触して、李氏朝鮮を訪れた旅行の記録を出版しようと持ちかけていた。

 それ以外にも複数の著名な外国人と接触して、中国や朝鮮の生活習慣や風習を写真入りの詳細な紹介本を出版する計画を進めていた。


 世界各地の絶景は多くの読者を感嘆させ、海外旅行への憧れを強く刺激していた。

 発展の様子も同じだ。それは読者に対して良い感情を刺激していた。

 逆に各地の植民地の窮状は、列強の支配の苛烈さを読者に実感させていた。

 植民地化されれば過酷な支配が待っている。

 自分達が食べる作物の栽培を許可されないインドネシアの過去の窮状は、特に読者に強い衝撃を与えていた。

 嘗て奴隷貿易が盛んだったアフリカの窮状も同じだった。

 さらに各国の様々な民族の風習は、読者に衝撃を与えるものもあった。

 日本なら信じられないような事が、現地の風習として日常に行われているのは色々とある。

 それらを知った読者は、日本の常識は世界には通用しない事もあると感じていた。

 こうして日本では世界各地の繁栄の裏に隠された搾取など、様々な情報が伝わっていった。

 尚、公共マナーの向上運動は少しずつ成果が出ていた。まだまだ自分勝手な人は多いが、それを見かけた人が注意する事が増えていた。

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 季節は春。勝浦工場の増設工事は順調に進み、製油所や製鉄所、造船所は活気に満ち溢れていた。

 活況なのは港湾施設だけでは無い。外房線が昨年開通し、石油や様々な製品を積んだ貨物列車が都心に向かって運行している。

 今年の年末までに通信機事業部の工場を立ち上げて、放送設備とラジオ受信機の製造を始める計画だ。

 さらに鉄の需要が増えていて、第二期の拡張工事の予定を早められるように準備工事が行われていた。

 重化学コンビナート群も同じだった。そろそろ石油関連産業の立ち上げが望まれ始めていた。

 最後に航空機事業部の工場建設も進んでいる。来年には飛行船を製造して、軍部に引き渡す計画に遅れは許されない。

 出来れば年内に試作の飛行船を建造したいと考えて、急ピッチで工場の建設が進められていた。


 それに【出雲】の状況が関係する。発電システムと淡水化プラントの設置は終わって稼動に入っていた。

 今は港湾施設や各工場群の建設を進めているところだ。農場プラントは既に建設が終わり、最初の種植えが行われた。

 その【出雲】に設置する各種の工作機械や様々な設備が、コンテナに積まれて輸送船に移されている。

 日本改革の要と目された勝浦工場は、期待通りの効果を上げ始めていた。


 その勝浦工場の居住地域に陣内が住む住居がある。そこに陣内(二十六歳)と沙織(二十一歳)、由維と美香の四人で暮らしていた。

 沙織の部屋は最初は別にあったが、今は陣内と部屋を同じくしている。(ダブルベットを使用)

 由維と美香は同郷で仲が良い事から同じ部屋だ。

 大きくなれば部屋を別にするだろうが、まだ大丈夫だろうと考えられていた。

 その由維(十五歳)と美香(十七歳)は冷蔵庫から持ち出したワインを飲みながら、愚痴っていた。


「ねえ、あたし達はまだ子供なのよ。ワインを飲んだ事がばれたら、陣内様に怒られるんじゃない?」

「少しぐらいなら大丈夫よ。第一、未成年がお酒を飲んじゃ駄目って法律ができるのはまだ先の話よ。

 花の乙女が朝から晩まで仕事尽くしなんて、どこかおかしいわよ! 労働基準法の違反だわ!!」

「……その労働基準法だって、まだ出来ていないわよ。美香だって分かってるでしょ。

 忙しくて気晴らしも出来ないのは分かるけど、もう少しの辛抱よ。【出雲】の初期建設が終わったら休みを貰える約束じゃ無い」

「……分かってるわよ。三年前に陣内様に保護して貰わなかったら、由維とあたしがこんな生活が出来るはずも無かったわ。

 飢え死ぬか、人攫いに捕まって遊郭に売り飛ばされるか、どっちかだったでしょう。でも、今の生活は嫌なのよ!

 陣内様と沙織さんのあの甘い空間は何!? こっちに見せ付けるようで、やってらんないわ!!」


 三年前に陣内に保護された時の由維と美香は、典型的な田舎の村娘だった。しかも親を亡くして、頼れる相手は誰もいない。

 人攫いに乱暴される直前に助けられ、陣内の保護を受けていた。あれから三年経ち、二人は大きく変わった。

 その当時、陣内には仕事を任せられる人材が極端に少なかった。

 その為にまだ子供の二人に高度な教育を施して、勝浦工場の内部調整の仕事の一部を任せた。

 まだ十代の二人が重要な仕事の一部を任されたのだから、そのストレスは相当なものだった。

 それと織姫の用意した食事(日本の平均より遥かに栄養が良い食事)を摂取した事で、身体も平均以上に成長していた。

 その結果、身につけた知識と教養、それと成長した容姿は二人を完璧な美少女に仕立て上げた。

 しかし同世代の男子との接触はまったく無い。

 仕事漬けの毎日を送り、陣内と沙織の甘い空間に毒された二人は、ストレス発散の為にワインに手を出していた。


「そりゃあ沙織さんは大人よ。陣内様と深い関係になって、同じ寝室になってもそれは自由よ。

 でも、あたし達に見せ付けるように、食事中に『あーん』は無いでしょ! 陣内様も鼻の下を伸ばしちゃってさ!

 沙織さんは陣内様の事を『真さん』だなんて呼ぶし、ああもう背中が痒いったらありゃしない!

 こっちは出会いも無くて、寂しい独り身だっていうのに、新婚家庭みたいな甘っ苦しい雰囲気に耐えられないわ!」

「……あたし達の視線を感じたから、沙織さんもあれからはやって無いでしょ。

 もう、これくらいにしようよ。これ以上文句を言うと、欲求不満のおばさんみたくなっちゃうよ?」

「おばさん!? 言うに事欠いて、十七のあたしをおばさん呼ばわりは無いでしょう!? 

 ああ、これもおじさんに囲まれて仕事をしているあたしの宿命なの!? もう、行かず後家なんかに為りたくないわ!!」

「もう、考え過ぎよ。来週から陣内様と沙織さんは【出雲】に一週間の出張でしょう。

 そうしたら、少しは落ち着くわよ。ちゃんとお土産も約束してくれたし、そっちの方を考えようよ」

「……あの二人が一週間も【出雲】に出張だなんて、絶対に爛れた生活を送るに決まっているわ!

 そしてあたしは一人寂しくベットで寝るだけ。納得いかないわ!!」

「もう! この前に陣内様のところに報告に行った時に、秋には二週間の休みをくれるって言ってたよ。それまで辛抱しようよ」

「二週間の休み!? 本当なの!?」

「もう、忙しいから忘れちゃったの!? 何処にでも好きなところに行かせてくれるって約束したじゃない。

 それに日清戦争が終われば、国内のあちこちに遊園地とテーマパークを造る計画もあるみたいよ。もう少しの辛抱だから」

「良し! じゃあ、二週間の休みに大いに期待して頑張ろうか!」


 当然だが、沙織と由維と美香には給料は出ている。それも成人男子の平均給与を超える高待遇だ。

 衣食住を含めて、生活面ではまったく困った事が無い。ただ、自由な時間と乙女チックな出会いが欲しいのだ。

 最初は陣内の妾を考えた事はあったが、今の沙織との間に割り込む事は無理だし、野暮だとも思っていた。

 それに金銭面では余裕が出てきたので、陣内に拘る気持ちは消えていた。とは言え、今更仕事を止める気も無い。

 こんな複雑な環境が二人のストレスを溜めて、一時的にワインに逃避してしまった。

 しかし陣内から提示された飴(二週間の休暇)で、由維と美香は元気を取り戻していた。

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 由維と美香が自宅で自棄酒を飲んでいる時、陣内と沙織は本社ビルの社長室で仕事をしていた。

 その陣内は何の予兆も無く、いきなりクシャミをしてしまった。


「変だな。風邪をひくような覚えは無いんだが」

「あら。真さんは寝相が悪いですから毛布を払い除ける事が多いんですよ。だからあたしが偶に毛布をかけてるんです。

 春とはいっても裸で毛布無しで寝ると風邪をひきます。注意して下さいね」

「ああ、ありがとう」

「でも真さんは寝ている時にもあたしに抱きついてくるんですよ。それで夜中に何度も目が覚めるんです。

 おまけにあそこは元気だし……ドキドキして眠れない時も多いんですよ。責任を取って下さいね」

「そ、そうなのか。良し、今夜は沙織が疲れて夜中に目が覚めないくらいに頑張るぞ!」

「もう、真さんたら。それより最近は由維と美香の不満が溜まっているのが気になってるの。

 二人の真さんを見る目も少しおかしいし、真さんも二人をエッチな視線で見る事もあるでしょう。あたしに不満?」

「そ、そんな事は無いぞ! 沙織も最初に会った時から比べるとずっと綺麗になったし、成長もしているだろう。

 沙織に不満なんか無いぞ!」

「嬉しいわ。真さんに女として開発されちゃったものね。でも由維と美香は最近の成長が凄いから、少し不安なのよ。

 不満が溜まっているから爆発しそうで怖いわ」

「だから二週間の休みを準備させたんだ。偶には休まないと駄目なのは分かっているからね」

「それは一時的なもので、二人の根本対策にならないと思うの。何といってもあの二人の周囲には、おじさんしかいないのよ。

 貴重な青春時代を、おじさんに囲まれて過ごすのは寂しいわ」

「……少し考えておくよ」

「こんな時代だから真さんに妾を作るなとは言わないわ。男の甲斐性とも言うしね。でもあの二人に手を出したら修羅場になるわよ。

 遊郭で遊ぶのとは訳が違うの。そこはしっかりと考えて」

「ああ。しかしクシャミが何でこんな話になっていくんだ。沙織がベットの事を話し始めたから、妙に意識しちゃったじゃ無いか。

 ……責任を取って貰うぞ」

「えっ!? また社長室でするんですか!? もう社長と秘書の禁じられた遊びが癖になっちゃうじゃ無いですか!

 変な格好も希望してくるし、真さんこそ責任を取って下さいね」


 沙織と完全にくっついた陣内だったが、夜の遊びを止めた訳では無かった。

 男同士の付き合いもあり、遊郭程度ならばという沙織の理解もあったからだ。

(後世なら絶対に駄目だろうが、まだ男の甲斐性が認められる時代。陣内が外で覚えてきた様々な技の恩恵を沙織が受けていた事もある)

 陣内が覚えた床技の大部分は、楓から直接教え込まれたものだ。その事を他に知っている者は半蔵と仲間の『くの一』だけだった。

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 四月十五日。エジソン総合電気とトムソン・ヒューストンが合併して、ゼネラル・エレクトリック社が設立された。

 ダミー商社経由でGE社の株式を大量に購入し、日本総合工業の協力会社の製品を販売する権利契約を結ぶなどの裏工作を進めていた。


 現在のアメリカは広大な西部地域から完全に撤退していた。(ミズーリ川の東側では原因不明の疫病は発生しなかった)

 その結果、多くの市民は不安を感じて、経済発展に支障が出かねない状況にまで陥っていた。

 何と言っても西部地域の疫病の犠牲者が、約四十万人と言う政府発表が影響していた。今までのアメリカ開拓史に無い被害だった。

 努力をすれば報われるという信念が、伝染病という抵抗し難いもので打ち砕かれた。(他人の土地を奪っても、それは努力という判断)

 不安が渦巻くのも当然の事だろう。一部の地域ではパニックにもなった程だ。



   <<< ウィル様に作成して頂いた北米大陸地図(封鎖地域は白です) >>>

ウィル様作成の地図(北米版)



 だが、その不安を吹き飛ばすようなビックニュースが発表された。

 史実では1930年に発見された東テキサス油田だが、それが見つかったと大々的に報じられた。

 西部地域から撤退を余儀なくされたアメリカ市民にとっては朗報であり、西部から逃げ出した人達は一斉にテキサス州に向かった。

 東テキサス油田は十四万エーカーの面積から、五十二億バレルもの原油を産出した巨大油田だ。

 まだ発見されたという報道だけで、その規模とかは一般には知られていない。

 その土地の約三分の二が日本総合工業の海外事業部が運営するダミー商社によって、買い占められている事は誰も知らない。

 (土地の名義は十人以上に分散させてある)

 東テキサス油田発見の独占スクープをした新聞社が、陽炎機関の手によって運営されている事を知るのは極一部の人間だけだった。

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 オーストラリアとカナダはまだ独立していない。イギリスの直接の統治下にあった。

 そしてオーストラリアの内陸部の原因不明の入植者襲撃事件は、正規軍三百人が全滅した事で大きな問題になっていた。

 内陸部からの撤退が相次ぎ、さらには都市部でも原因不明の事故が多発していた。

 カナダの西部でもアメリカに連動した原因不明の疫病が発生して、大きく混乱している。

 これはさすがに捨て置けないとして、イギリス本国政府の閣僚は会議を行っていた。


「オーストラリアで三百人の正規軍の部隊が、一矢も報いられずに全滅か。まったく情けない事だな」

「まったくだ。流刑囚の末裔共の部隊だから錬度が低いのだろう。とは言え、無視も出来ん」

「ああ。せっかく有望な鉱山が見つかっているのに、放置する事も出来ない。問題はどう梃入れするかだ」

「インドの艦隊を派遣させるか? 今は問題も無いから大丈夫だろう」

「問題は内陸部だぞ。艦隊を派遣しても意味が無い。沿岸部でも被害が出ているというから、まったくの無意味では無いだろうが」

「虐殺されたアボリジニの呪いだという噂が、現地で広まっているらしいな」

「馬鹿らしい。今時呪いだなんて信じる奴がいるのか? ああ、いたな。

 アメリカの内陸部の原因不明の疫病はインディアンの呪いだと噂が広まって、開拓を中断してミズーリ川の東まで撤退したらしいな」

「呪いかどうかは知らんが、疫病が発生したのは確かだ。不思議な事にミズーリ川の東側には疫病は広がってはいない。

 現地の医療関係者は原因解明に必死になっている。撤退が遅れた為に、犠牲者は約四十万人になったそうだ。

 今は事態は落ち着き始めたらしい。カナダでも被害が出ている。概算で十万人が死亡した」

「何でも事情を知らない中国人労働者五十人を、内陸部に向かわせたが帰ってこなかったそうだ。

 という事は、ミズーリ川を越えれば再び疫病が発生するという事だ。原因を特定しない事には何も出来ない」

「カナダ当局の連絡が遅くて困る。まあ、ブリティッシュコロンビアとアルバータ、サスカチュワン州はしばらくは閉鎖だ。

 こちらは植民地政府が有効な対策を見つけるまで保留としよう。我々にはカナダに関しては余裕があるからな」

「アメリカは南部に巨大油田が見つかったから、沸き立っている。西部の開拓は遅れるだろうが、巨大な権益だからな。

 本来は我々の物になるはずだったのに、忌々しい事だ」

「オーストラリアに話を戻すが、現地の治安は徐々に悪化している。これを放置すると我々の手腕までが疑われる。

 速やかに治安部隊を派遣するべきだろう」

「港湾施設の破壊活動も活発化してきたそうだからな。内陸部まで踏み込むかは未定だが、現地の治安を回復する必要がある」

「まったく誰の仕業なんだ!? まさか本当にアボリジニの仕業と言う訳でもあるまい」

「誰も犯人を見ていないんだ。内陸部なら犯人を見ていないのは分かるが、人が多い都市部でも誰も見ていない。

 本当にアボリジニの呪いだと思いたくなる」

「……まあ良い。ではインドの艦隊をオーストラリアに派遣するとしよう」


 イギリスは世界各地に植民地を持つ世界帝国だ。その植民地の治安を維持する義務がある。

 カナダに被害が出ているが人口過疎地域という事とアメリカの被害が大きいという理由から、対策はアメリカに任せるつもりだ。

 だが、オーストラリアでは任せる相手は無く、自力で解決しなくてはならない。

 攻撃手段や敵の情報がまったく無いが、疫病と違って手は打てるとイギリスの閣僚は信じていた。

 かくして、インドに駐留していた艦隊が、オーストラリアに派遣される事が決定した。

 オーストラリアについての方針が決定した為、秘かに進めている某計画の進捗状況の確認に移った。


「秘かに魔女の秘密結社に接触を試みたそうだが、感触はどうだ?」

「中世の魔女狩りが未だに影響しているから、我々との接触を拒んでいる。難しいな」

「現代に魔女狩りが復活するのを恐れているか。彼女達からすれば当然だろうが、我々の立場からは認める訳にもいかぬな」

「日本の皇室が【巫女】の力を使って地震を予知して、被害を抑えたという報告が来ている。

 最近の日本の色々な変化が巫女の力を利用したのであれば、我々も今から対抗手段を準備しておく必要がある」

「ああ。ドイツやロシアでも魔法関係の組織と極秘裏に接触しようとする動きがあるらしい。我が国が乗り遅れる訳にもいかん。

 それに北米大陸の問題が本当にインディアンの呪いだとしたら、他の植民地でも同様の問題が発生する可能性もある」

「この時代に魔女だとか呪いだとか、考え過ぎでは無いのか?

 今まで我々は世界各地に文化を伝えた見返りに、先住民を搾取してきた。

 それでも、今までは魔法だとか呪いだとか聞いた事が無い。今となって騒ぐのはどうかと思うが?」

「だが、原因が不明なのは事実だ。馬鹿らしいとは思うが、今のうちから様々な方策を準備しておいた方が良い。

 もっとも、我々政府が魔女の組織と接触しているなど、一般市民に知られる訳にはいかないからな」


 蒸気機関を開発して産業革命を行ったイギリスだが、歴史は古くて魔女関係の組織は未だに残っている。

 史実の第二次世界大戦時に、魔女を集めてナチスドイツに抵抗しようとしたという記録もある。

 日本が巫女を使って地震を予知して、被害を抑えたらしいという情報は気になっていた。

 最近の日本の急発展の原因かも知れないと考えて、国内の魔女組織の協力をイギリス閣僚は秘かに考えていた。

 半分以上は冗談という気持ちもある。それはドイツやロシア、フランスなどでも同じだった。

(2013. 5.25 初版)
(2014. 2.23 改訂一版)