正月休みが明けた後、日本政府は所轄が未定になっている島々を一斉に日本の領土に編入した。

 ・ 硫黄列島 (史実では1891年に日本に編入)

 ・ 尖閣諸島 (史実では1895年に日本に編入)

 ・ 南鳥島  (史実では1898年に日本に編入)   面積:1.51km2 正三角形の平坦な島(史実の日本の最東端)

 ・ ウェーク島(史実では1899年にアメリカに併合) 面積:6.5km2 日本名:大鳥島 (現時点で本土より一番遠い島)

 ・ 沖大東島 (史実では1900年に日本に編入)   面積:1.147km2 陣内の個人所有地

 ・ 竹島   (史実では1905年に日本に編入)  総面積:約0.23km2

 ・ 沖ノ鳥島 (史実では1931年に日本に編入)   面積:約5.78km2 (史実の日本最南端の島。大部分が海中にある)


 日本近海の大陸棚には豊富な海底資源が眠っており、その領有権を確保するのが第一の目的だ。

 将来に隣国と領有権争いをする気は無く、問題となる前に日本政府管轄の施設を造って実績とする。

 入植できる規模の島なら移住を募って、政府が全面的に支援する。

 そして小さ過ぎて生活できない無人島でも、自家発電機能付きの灯台と緊急時の船舶の避難施設を建設する計画だ。

 (沖ノ鳥島に関しては護岸工事を行って、風力発電機付きの灯台を建設。将来的はレーダー施設等を建設する)

 ウェーク島はアメリカの先手を取って、日本の領土に編入すると何かと好都合だ。

 ハワイ王国への中継基地として、灯台と港湾施設、それに給炭(給油)所などの施設の建設を計画している。

 沖ノ鳥島と南鳥島は日本総合工業が所有し、沖大東島は陣内の個人所有、それ以外は全て国有地とした。

 予め準備してあった資材を積んだ輸送船は既に現地に向かっており、年内中には半数以上の施設の建設を終了させる予定だ。

 その為に、昨年から小笠原諸島に大量の建設資材と石炭を集約していた。

 こういう事には抜け目の無い天照機関だった。

 尚、陣内が天照基地として開発を進めていたのは北大東島(約12.7km2)だ。

 南大東島(約30.6km2)と沖大東島(約1.1km2)は陣内の個人所有であり、日の丸を付けた施設が既に建設されていた。

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 日本政府が各地の島々を領土に編入したのと同じ日に、日総新聞は理化学研究所の公式発表を掲載した新聞を出していた。

 くどいようだが他社は報道していない独占スクープだ。


『理化学研究所の北垣代表は、人間の血液には数種類の血液型が存在していると発表した。

 その技術的な内容に関しては個別に資料を用意しており、希望者には無料配布する意向だ。

 さらに数秒で血液型の識別が可能な装置を開発したと発表した。

 血液型の識別ができる事により、将来的には大量の出血で死に至る大手術も、他人の同型の血液を輸血する事により命を失わずに

 済む可能性があると言う。尚、この血液型識別装置は既に特許を申請しており、実物も存在している。

 価格はかなり高価だが、引き合いがあれば販売も検討すると発表した。


 次に、壊血病の原因がビタミンという栄養素が不足した為だと発表した。

 こちらも詳細な技術資料は希望者に無償配布する事を表明している。

 さらに、このビタミンという栄養素を固形化した錠剤の製造装置を開発して、特許を申請した事を明らかにした。

 製造したビタミン剤と同時に製造装置も販売する。

 この壊血病は船乗りが多く掛かる病気と知られており、その対応薬が出来た事は注目に値するだろう。


 次に発表したのが、二種類の真空管なるものだ。

 我々には馴染みの無いものだが、電気信号を増幅する機能を持った部品であり、一部の研究者の評価では画期的な発明との事だ。

 北垣代表によると、電話機や電話交換機、レコードにも応用が利く、かなり広い使用用途が見込まれる部品だと言う。

 この真空管も既に理化学研究所の協力会社で生産が始まっており、直ぐにでも量販可能だと発表している。


 さらに北垣代表は前述した真空管を使用した、無線通信機を同時に開発したと発表した。

 これは真空管と同時に特許を申請し、これも直ぐに量販できる体制を整えてあるという。

 無線通信機は各国が競って開発を進めていたものであり、それを日本が世界に先駆けて開発した事は快挙だろう。

 船舶との通信を含んで、今後の展開が期待される。


 最後に理化学研究所は農業用と工事用の各特殊車両を開発したと発表した。車は金持ちの遊び道具という認識が一般的だが、

 理化学研究所は新しい動力機関を開発し、自動的に田畑を耕す機械や、田植えと稲刈りを機械が自動的に行う特殊車両を開発した。

 これらによって、今後は農村の開拓が進むだろうと考えられている。さらに建設用の重機と呼ばれる特殊車両は、人間数十人分の

 働きを機械が行い、各地で進められている道路や鉄道、港湾施設の改修工事などの建設工事の効率化が見込まれる。

 これらの特殊車両は特許を申請し、数年は国内のみで販売を行い、問題点が無い事を確認した上で輸出に結び付けたいと発表した』


 理化学研究所の発表だけでも諸外国を混乱させるだろうが、新しい発明や製品の発表はそれだけでは無かった。

 同日に新型の扇風機や洗濯機、冷蔵庫、カップラーメン等の新商品の発表が、続々と行われた。

 日本政府が各地の島々を領土に編入した衝撃を和らげる為と、日本の技術力を諸外国にアピールする為に仕組まれた発表だった。

 この新聞記事は、諸外国、特に列強に大きな衝撃を与えていた。

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 日本海や太平洋の所轄が未定な島々を、日本が一斉に領土に編入した事は、諸外国の注意を引いていた。

 だが、それ以上に次々に発明や発見、それに特許取得と新製品の販売開始は、列強と呼ばれる国に大きな衝撃を与えていた。

 もっとも、その衝撃内容は分野ごとに異なった。


 医療関係者に衝撃的だったのは、人間の血液に血液型が存在する事を正式に発表し、その識別装置の生産と販売を開始した事だった。

 それに壊血病がビタミン不足によって発生し、その治療薬と製造装置を同時に発売した事も大きな衝撃を与えていた。

 この時代は、次々に新しい医学の発見がなされている。

 血液型の識別や壊血病の治療に取り組んでいた人達は多く、日本に出し抜かれた事を悔しく感じていた。


「我々の文明を受け入れたばかりの極東の島国に出し抜かれるとはな。

 それに識別装置や治療薬を直ぐに販売するとは、去年のうちに発見して準備していたんだ。抜け目の無い奴らだな」

「発展途上国だから、金が欲しいんだろう。ビタミンに関しては製造装置の特許は取ったが、その後の使用は自由だから困っている人の

 事を考えているみたいだな。それと人間の血液型が分かれば、手術の時に輸血しながらの治療が出来るかも知れない。

 識別装置が高いのは癪に障るが、早めに入手して検証する必要がある。昨年は発電機関係の特許を取って、今年は医療関係か」

「ありがたい事に血液型の分類の資料や、ビタミンの種類の技術資料も同時に配布している。

 これがあれば、我々独自の識別装置や治療薬も開発できるだろう。何時までも発展途上国の日本の好き勝手にはさせないさ」

「まずは日本から血液の識別装置とビタミン剤、それの生産設備を購入する事にしよう。

 それを解析すれば、我々の方がもっと高性能なタイプを開発できるだろう。早速手配する」


 世界各地の医療関係者で、似たような会話が行われていた。

 その結果、一挙に数百台もの血液型識別装置の受注が、ビタミン剤の生産設備は千台を超える受注が入って来た。

 壊血病は長期間の航海を行う船乗りに多く発生していて、深刻な問題になっている。

 それが薬で解決するとなると、事態は大きく変わる。その事を聞きつけた海運関係者は目の色を変えていた。


「壊血病の治療薬が出来ただと!? 直ぐに手に入れろ!」

「待て! 開発したのは発展途上国の日本だ。本当に信用できるのか?」

「アーノルド教授の御墨付きだ。昨年導入した風力発電機は全然壊れずに動いている。そういう意味では信頼性はあるだろう。

 駄目で元々だし、手に入れて試せば良いだろう。急げ!」

「分かった。真空管を使った無線通信機を手配しようと思っていたんだ。同時に薬も手配する。量はどれくらいだ?」

「本当に効果があるか分からんからな。取り敢えずは一万人分ぐらいで良いだろう」


 船乗りにとって、海上の船舶から無線通信が出来る機械は絶対に欲しい物だった。

 それに壊血病の治療薬も、絶対に必要なものだ。こうして、大量のビタミン剤とその生産設備の受注が入って来た。

 無線通信は海運関係者だけで無く、各国の政府や軍部など、ありとあらゆる分野で望まれていた。

 特に海軍関係者に、その傾向は強かった。


「無線通信機と壊血病の治療薬を、日本が開発しただと!? それは本当か!?」

「ちょっと待て! 壊血病の治療薬は間違い無いが、無線は電信式だ。電話が出来る訳じゃ無い。

 何でも新しく開発した真空管という電気信号を増幅する部品が使われているらしい」

「それなら艦艇に搭載できるな。壊血病の治療薬と一緒に手配してくれ!」

「待て! 壊血病の治療薬と同時に薬の生産設備も販売を開始している。長期的に必要になるから生産設備を購入したいんだが?」

「価格は?」

「目の玉が飛び出るぐらいに高い」

「……仕方あるまい。不良品だったら金を返して貰う約束で購入しろ! 無線通信機も忘れるな!」


 日本の各社が発表した発明や新製品に注目したのは、他にも大勢いる。

 特に電気業界の人間は電気信号の増幅が可能な真空管や、それ以外の色々な新製品に目の色を変えていた。


「おい、この特性が本当だとすれば、真空管は電話交換機に使えるぞ。直ぐにサンプルを手配してくれ!」

「もう手配している。それ以外に、日本は新しい扇風機や洗濯機、冷蔵庫も販売を始めた。

 来月に納入されるが、本当に性能が良いのなら馬鹿売れする。今のうちに専属の代理店契約を結べないか、交渉しているところだ」

「それが出来れば良いがな。日本の領事館員に確認したところ、性能は素晴らしいとの事だ。

 性能が知れ渡れば、需要は一気に増える。代理店契約が無理でも、早めに大量発注しておかないと納品が何時になるか分からんぞ」

「むう。領事館員の報告を信じて、早めに注文を出しておくか」

「それとカップラーメンもだ。これが本当なら携帯食料に応用が利くかも知れん。

 価格は安いだろうから、多めに発注しておいてくれ! 納入されたら直ぐに同じような物を国内で製造できないか確認させろ!」


 建設業界や農機具業界の人間も、目の色を変えていた。


「おい、日本でガソリンエンジンを使用した農作業車両が開発されたってのは本当か?」

「ああ、間違い無いらしい。数年は日本国内だけに販売して、問題点を洗い出してから輸出を行うらしい。

 日本の駐在員に見に行かせたところ、かなり良い出来栄えだそうだ」

「数台を輸入できないかを交渉してくれ。分解して調べれば、我が社でそれ以上の製品を開発できるだろう」

「いや、国内評価が終わっていない製品を海外に出したく無いと断られた。

 農作業用以外にも、建設現場で使えそうな車両も同時に日本は開発したんだ。そちらも手に入れたかったが、同じく断られたよ」

「……むうう。日本の市場に出回ったものを、こっそり買って持ち込もう」

「そうするか。自動車なんて金持ちの道楽だと思っていたが、こんな実用的なものが開発されるなんて夢にも思わなかったぜ」


 日本の売り出した新商品に目の色を変えたのは、男達だけでは無かった。

 淡月光は世界の八ヶ国に海外支店を用意して、女性専用用品を売り出していた。

 まだ現地生産が軌道に乗っておらず、日本からの輸入品だったが、多くの女性の視線が惹きつけられていた。


「あら、奥様は何時もと少し違いますわね。顔色も美しく見えますわ。どうなさったのかしら?」

「おほほ。あの女性専用品を売り出した淡月光に行ってきましたの」

「胸につける新しい下着や化粧品を発表したところ? でも、極東の島国の日本人が作ったものなんて、作りが雑では無くて?」

「そうでも無いわよ。結構デザインも良いし、着心地も良いわ。試着できるから試してみるのを勧めるわ」

「下着の試着!? 日本人の男の前で試着なんか出来るわけが無いでしょう!」

「あら、店員は全員が女性よ。店長と二人ぐらいは日本人がいたけど、後はこちらで採用したみたいね。

 カーテンで仕切られた試着室もあるし、日本人の女性スタッフが親切に取り扱い方を説明してくれるもの。

 私に合った化粧品も勧めてくれから、こうして美しい肌を保てるのよ」

「店員の全員が女性ですって!? 日本なんて未開で閉鎖的だと思っていたけど、そこまで女性の社会進出が進んでいるの!?」

「そうみたいね。店員の女性も結構上手なドイツ語を話して、振る舞いも洗練されていたわ。身嗜みも良い。

 発展途上国と思っていた日本だけど、それなりの女性がいるようね。

 日本の本社の社長も二十代の女性と聞いているわ。あれ用の新しい製品を使ったら、もう他は使いたくは無いわ。

 この前、オーストリアのお姉様に話したら、早速馬車を仕立ててお店に行くって言っていたわ」

「……私も行ってみようかしら」


 この時代、下着の広告は下品過ぎると見られるので、口コミで評判は広がっていった。

 その着心地や利便性を知れば、もう元には戻れない。その為にあっと言う間に品薄になり、日本の直営工場はフル稼働だ。

 噂は噂を呼び、隣国からも貴婦人が訪れた。最初に準備した店舗では手狭になり、さらに大きい店舗を検討するようになっていた。

 捕捉だが、幼児用の紙オムツは予想した程は売れなかった。

 この時代の貴族は赤ん坊の世話はメイドに任せており、態々使い捨ての紙オムツを使う必要性が無い。

 その為に、紙オムツはメイドを雇う余裕が無いが、手間を省きたいような人達に売れていった。


 このように日本が発明・開発した色々な技術や製品は、諸外国に大きな反響を与えていた。

 その様子を某国の政治家達は、冷静な視線で見つめていた。


「日本が開国して二十年ちょっとしか経過していないのに、我々を出し抜いて発見や発明をして商品化するとはどういう事だ?

 キリスト教徒でも無い奴らに、そんな能力があったのか? 一昨年から何か日本は異常だぞ」

「普通に考えれば、キリスト教徒で無い奴らに、そんな事ができる筈が無い。医療分野と電気関係で新発明など、絶対におかしい。

 まだ日本は我々から技術を導入しているんだぞ。そんな奴らが、どうして我々を越えられる?」

「世界で初めて麻酔手術を成功させたのは、日本の医師だ。それも今から八十七年前にな。

 それに日本の工芸品は、かなり精巧に出来ている。あの精巧な芸術品は、我が国の職人でも困難だと聞いている。

 日本人の発明や新商品が医療と民生品分野であれば、さほどは問題にはなるまい。寧ろ、上手く利用するべきだろう」

「まあな。軍艦の受注は相変わらずだから、まだ日本に軍艦を造る能力が無いと言う事だ。

 民生品を頑張って作ってくれて、それが我々の利益になるなら構わないだろう。あの発電機は是非とも導入したい」

「それを言ったら、扇風機や洗濯機、冷蔵庫もだ。家内が買えとうるさくてな」

「お前もか。うちも同じだ。それにしても、無線通信機は従来の方式を変えるかも知れん。今のうちから手を打っておくべきだろう」

「日本政府に圧力を掛けて、我々と独占契約を結ばせるのか?」

「いや、他の干渉もあるから拙いだろう。とは言え、開発元の会社に接触してみるか?」

「それも手だな。話は変わるが、日本は太平洋の島々を次々に領土に編入した。おまけに、灯台などの施設の建設を進めている。

 手回しの良い事だ。事前に計画していたんだろう。ウェーク島の編入はアメリカが文句を言ったらしいがな」

「ウェーク島はハワイ王国に近い。もうすぐハワイ王国はアメリカに乗っ取られるだろう。

 そうなれば、アメリカはウェーク島を強奪するかも知れん。ミッドウェーは既にアメリカの領土になっている」

「ハワイ王国が先だな。既にあそこの領土の七割以上が欧米の資本で買い占められている。時間の問題だ」

「そうなると、アメリカと日本が戦争する可能性もある。我が国は香港を得ているが、アメリカに日本を占領されると大陸の権利を

 侵害される危険性もある。少しアメリカを抑えた方が良いだろう」

「日本も大陸に進出したいようで、朝鮮半島に足掛かりを築いている。まあ、日本は我々の敵では無い。

 精々、我が国の利益の為に利用させて貰おうか」


 この時代は戦艦の所有数が国力と見做される。戦艦を自国で建造できない国は、先進国として認められない。

 日本が発表した数々の新商品は諸外国の注目を集めたが、開発途上国という評価は揺らがなかった。

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 史実では、一月の下旬に帝国議会議事堂が漏電によって全焼した。

 今回は統一規格を早々に設けて、漏電ブレーカを主要政府施設に設置させていた為、漏電による火事が発生する事は無かった。

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 エルトゥールル号の遭難した人を乗せた帝国海軍の比叡と金剛は、今年の一月にオスマン帝国の首都イスタンブールに到着していた。

 まだ、日本とオスマン帝国の間に国交は無い。史実では零落れたオスマン帝国の足元を見て、不平等条約を結ぼうとして失敗した。

 今回は最初から対等な条約を結ぶつもりで、国交の樹立交渉に臨んだ。

 日本が色々な発見や発明を行った事も知られていて、交渉は順調に進んでいた。

 現在は日本が進出する地域について交渉を行っている。


 日本側が提案したのは、ペルシャ湾沿岸の史実のクェートの南側区域を日本に売却して欲しいという事だった。

 時間は掛かるだろうが、港湾施設を整備して重工業を立ち上げ、農地も整備して自給自足の体制を整えたい。

 そして日本とオスマン帝国との交易の拠点にして、共に繁栄しようと提案した。

 日本が提案した地域はブルガン油田とカフジ油田を含んだ巨大油田が眠っているが、今は誰も知らない。

 位置的にはイスラム教勢力のど真ん中だが、日本人が汗水垂らして開発したのなら受け入れられると判断していた。

 正直に言えば北部のルマイラ油田を含むバスラ一帯も手に入れたいが、人口も多くて領土の売却は認められないだろう。

 それにクエート市はオスマン帝国の影響下のサバーハ家が支配している。そこまで進出すれば争いが起きるのは必須だ。

 だからこそクエート市を含めず、その南側一帯の満足な産業も無い荒地の人口希薄地帯を希望した。

 第一次世界大戦に破れたオスマン帝国は、多くの領土を失う運命にある。

 ならば今のうちから手をうって、中東に日本の勢力を築こうという遠大な計画だった。


 実績も国力も無い日本が、広大な土地を希望しても受け入れられる訳が無い。だから史実のクエートの南部のみの売却を希望した。

 砂漠と荒地が広がる地域で、満足な水源も無い。開発するには苦労するだろうが、天照基地を使えば成功する見込みはある。

 そして産業が発展して人口が増えれば、他の領土の購入も可能になるかも知れない。

 それが駄目でも、他のイスラム系国家を支援していけば友好関係は築けるはずだ。

 この時点で、史実のサウジアラビアは存在していない。第二次サウード王国はラシ−ド家に敗れて、今年に滅んでいる。

 第二次サウード王国の王子はクエートに亡命し、1902年にリヤドを奪還する。そして1932年にサウジアラビアが建国される。

 超巨大油田のガワール油田も欲しいが、内陸部の為に直ぐに手を出す訳にもいかない。

 それでも上手くサウード家を支援してサウジアラビアを建国できれば、友好関係は結べると考えられていた。


 オスマン帝国にしてみれば、日本は遭難した乗員を送り届けてくれたが、まだ実績は無い新興国だ。

 一昨年から様々な発明や新商品を出してきたが、まだ国力は低いと考えられていた。

 とは言え、日本が提示した金額はそれなりのものであり、人口も少ない場所だから問題は少ないと考えられた。

 『欧羅巴の瀕死の病人』と呼ばれて技術も資金も不足しているオスマン帝国にとって、日本の売却金は魅力だった。

 日本の購入資金の一割ぐらいをクエートのサバーハ家に渡せば、領土を売却しても文句を言う事は無いだろう。

 それに予約が一年先まで詰まっているビタミン剤の製造装置二台と、無線通信機三台を即納する条件にも心を惹かれた。

 この交渉の結果、史実のクエートの南部一帯(一部は史実のサウジアラビアの沿岸も含む)が日本に売却される事が決定した。

 その中にはファイラカ島も含まれている。こうして立ち退く住民には補償金を渡して、無事に日本領土に編入される事になった。

 ペルシャ湾の最奥の地に得た新しい領土は、【出雲】と名付けられた。日本がアジア以外で所有する最初の領土だった。

                 ウィル様作成の地図(1891年中東版)
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 発展途上国の日本がオスマン帝国と国交を結び、中東の小さい地域を購入した事に諸外国はほとんど注意を払わなかった。

 何と言っても面積は僅かであり、未開の地という事が大きな理由だ。

 どうせ自滅するだけだろうという意見が大部分を占めており、日本の【出雲】の開発に邪魔が入る事は無かった。

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 日本がオスマン帝国と国交を結び、中東のペルシャ湾の奥に領土を得た事は全国の新聞社で一斉に報じられた。

 今回は日総新聞の独占スクープでは無い。理化学研究所の独占スクープの時は他の新聞社が理化学研究所に詰め寄ったが、

 それはグループ会社の為だと言い訳が出来た。しかし今回は、天照機関の予算を使って海外の領土を購入した。

 エコ贔屓など出来る訳が無い。そのような理由から各社が一斉に報道を始めた。

 日本が海外で初めて得た領土という事もあって、日総新聞以外の新聞社はヒートアップした報道を繰り広げた。

 日総新聞だけは落ち着いた論調で、慌てずに時間を掛けて開発するべきだという社説を掲載していた。


 やがて現地が荒地と砂漠だけであり、水さえも入手が困難と知られると、各新聞社や国民の熱狂は醒めていった。

 そして国家予算では無くて天照機関の予算で購入したので、皇室直轄領という事が発表された。

 開発の総指揮は天照機関が行う事になり、【出雲】開発の詳細は国民には伏せられていた。

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 オスマン帝国との国交樹立と領土売却契約が成立した事を受けて、天照機関は協議を行っていた。


「無事にオスマン帝国と国交が樹立できて、【出雲】を得る事が出来た。少々痛い出費だったが致し方あるまい」

「先行投資というものですな。巨大油田の代価とすれば安い買い物になるでしょう」

「政府の予算では無く、天照機関の予算だから問題は出ないだろう。これが政府の予算を使ったなら、政治家や新聞が煩いからな」

「遠隔地だし、議会の介入を避ける為に皇室の直轄領としたのは正解だったな。

 これで自由に開発や行動が出来る。主だったところを陣内が抑えてくれれば、我々の独自戦略が展開できる」

「直接得た領土だけでも膨大な原油が眠っている。だからこそ防衛の為には、もう少しは領土が欲しい。

 背後や地下に火薬庫がある状態で戦いたくは無い。何れは防衛隊や艦隊を配備するだろうが、検討だけは進めておこう」

「あの周辺は砂漠と荒地だけですから、明確な国境線というものがありません。その辺はオスマン帝国も適当です。

 ですからどさくさに紛れて砂漠方面の領土を拡張しても誰も分かりませんし、文句も来ないでしょう。

 出来るだけ秘かに広げたいですね。そして【出雲】の開発が一段落すれば、バスラ方面にも手を伸ばせる可能性もあります。

 サウード家を支援して、サウジアラビア建国のドサクサに紛れて、領土を拡張する事も可能です。

 あくまで【出雲】の開発が順調に進むという前提です。あそこを独立国並みに開発しないと絵に描いた餅に過ぎません」

「確かに。それで開発計画は出来ているのか?」

「現地情報を分析して、計画を纏めました。まずは沿岸に港湾施設を建設。発電所を含めて軽工業と重化学工業の工業地帯を建設します。

 内陸部は砂漠と荒地ですので、緑化を進めます。これには理化学研究所が開発した乾燥に強いタイプの植物を使います。

 実績があがれば、他の砂漠地帯を持つ国家に売り込めて、友好関係を築く良い案件になります。

 荒地は農地化を進めますが、問題は水源です。あそこには地下水脈は無く、少し掘れば原油が出てきます。

 その為に、大規模な海水淡水化施設を建設します。これが無ければ飲み水にも不足しますから」

「現地の油田は長期間に渡って、存在を隠す計画だったな。もし原油が売れれば収入が増えるのだが、残念だ」


 買ったばかりの領土から直ぐに原油を産出しては、疑惑の目が日本に向けられるのは必須だ。

 オスマン帝国は騙されたと逆恨みするだろう。だから資源保護の意味も含め、【出雲】の油田は長期間秘匿する。

 勝浦工場の石油生成プラントが稼動しているので、当面は石油不足の事態になる事は無い。

 その代わりに【出雲】の周囲の油田開発は、周辺国と協力しながら時期を見て進めるつもりだ。

 石油利権を独占すると周辺国は元より、諸外国の嫉妬の視線が向けられる。

 イスラム教勢力のど真ん中に位置する関係上、周辺国との関係を悪化させる訳にはいかなかった。


 列強が行った工作なら、全部を総取りする計画を立てたかも知れないが、日本は和を尊重する国柄だ。

 国力に相応しい穏便な工作と評価できるだろう。もっとも、これらの周辺の油田開発は【出雲】の開発が成功する事が前提だった。

 最初の数年間は建設要員を含めて数百人程度、運営が軌道に乗れば徐々に移民を増やす予定だ。

 ある程度は周辺国の人達を雇いながらも、最終的には数十万規模の日本からの移民を計画していた。


 それに中東の石油に依存する気は無かった。

 中東から日本へはペルシャ湾からインド洋を経由して、狭いマラッカ海峡と南シナ海を通る。

 あまりにも遠くて、輸送路の安全確保の労力は膨大なものになる。

 大陸棚の資源と勝浦工場の石油生成プラントがあれば、長期に渡って自給が可能だ。中東での油田開発を急ぐ必要性は無かった。

 国内資源(ブルガン油田とカフジ油田)の保全と、中東の原油に対しての影響力を確保する事を重視した計画だった。


「宇宙要塞用の大型核融合炉(2000万KW)を【出雲】に設置しますので、長期間に渡って電力を単独で賄えるでしょう。

 風力発電装置も多数設置します。造船所や銑鋼一貫製鉄所、その他のコンビナート地帯の建設は日本総合工業が進めます。

 まだまだ日本国内にも満足な工業力はありませんが、財閥や他の新興会社の協力も仰ぎます。

 周囲に何も無いところですから、資材や設備は全て運び込む必要があります。基礎工事だけで最低二年は掛かるでしょう」

「全てを日本から運び込むと言うのか!? 遠距離だし、日本もまだ改革の途中だ。そんな余力があるのか!?」

「発電機や工作機械などの設備機器は全て日本から運びますが、建設資材や生活必需品は列強から輸入します。

 既に我が社の海外事業部は、列強の国籍の商社を立ち上げています。その商社を使って、建設資材は欧州やインドから運びます。

 設備機械の搬送は輸送船を使って日本から運び込みますが、緊急を要するものは大型輸送機で持って行きます」

「そうか。あの列強のダミー商社を使うのか。確かに【出雲】ならばインドや欧州から運び込んだ方が近いからな」

「はい。勝浦工場も建設途中なので、資材不足ですからね。これからも大量の原材料を輸入する必要があります。

 血液識別装置、ビタミン剤製造装置、真空管、無線通信機の生産ラインはフル稼働状態で、原材料不足の懸念があります。

 他の協力会社も同じ傾向ですから、出来るだけ多くの原材料が必要になっています」

「こうなると、輸送船などの船舶の充実も急がなくてはな。少し話を戻すが、オスマン帝国の支援はどうする?」

「そうですね。オスマン帝国は大きく為り過ぎて、国家を維持できません。史実では第一次世界大戦に敗北して解体されます。

 本格的な支援はそれからでしょう。それまでは我々は周囲のイスラム国家と友好関係を築いて、【出雲】で力を蓄えるべきです。

 範囲としては、バスラ州周辺の開発に協力する事と、サウード家を秘かに支援するぐらいですね。

 上手く行けば、アラビア半島全域で影響力が確保できます。今はその程度が精一杯です」

「国力に見合った計画だな。確かに今は国内の改革を成功させる事が最優先だ。

 それでも、少しは海外工作を進めなくてな。ハワイ王国とアメリカ、オーストラリアの工作はどうなっている?」


 未開の遠隔地という事もあり、【出雲】の運営が軌道に乗るには十年以上は掛かると考えられていた。

 それまでは周辺国家と協力関係を築き上げる。忍耐の日々が続くだろうが、それが日本の国力の限界なら我慢するしか無かった。

 イスラム教徒から見れば、異教徒が自分達の土地に来るのだ。無駄な軋轢は極力避けなくては為らない。

 しかし、費用があまり掛からない対外工作は秘かに計画され、進められている内容もあった。


「陽炎機関から五名の諜報員を、ハワイ王国に派遣しました。睡眠教育による軍事教育を受けて、未来の兵器も持たせました。

 二年後に予定されているハワイ王国のクーデターに介入する計画です。その事前準備を行います。

 アメリカの内陸部の工作にはインディアンを、オーストラリアの工作にはアボリジニに行って貰います。

 現在は北海道で訓練中で、来年には現地の工作を開始します」


 今の状態が続けば、二年後にクーデターが起こってハワイ王国は滅亡して、アメリカに併合される。

 インディアンも何もしなければ、迫害されて僻地に追いやられ、衰退するだけの運命だ。オーストラリアのアボリジニも同じだ。

 アメリカとオーストラリアの国力を削ぐのは、日本の国益に一致する。

 その工作を迫害されている先住民達に担って貰おうという計画だ。一般公表できるはずも無く、計画は極秘に進められていた。

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 本年の一月にリリウオカラニが女王に就任したが、指名した閣僚は次々に入閣を拒否して政治機能は完全に麻痺していた。

 昨年、アメリカは新しい関税法案を通過させた為、ハワイの製糖業は大打撃を受けて大勢の失業者が溢れていた。


 そんな状況の中、陣内から指示を受けた陽炎機関の諜報員五名がハワイにやってきた。

 既に活動拠点は列強のダミー商社が準備していた。その活動拠点を元にして、現地の不満を抱えている勢力に接触を行う。

 史実であればクーデターは1893年に発生する。その為の準備工作を着々と進め出した。

 陣内の生まれた時代、多くの帰化人の為に日本は衰退していた。

 他人事とは思えない陣内は、特にハワイ王国の工作に熱心に取り組んでいた。


 尚、ハワイに近いウェーク島は日本の領土だ。(史実は1899年にアメリカに編入)

 まだウェーク島の施設は建設中だが、来年はそこを中継基地にして様々な物資をハワイに運び込んで工作を行う。

 ハワイ王国がアメリカに併合された為に、日本からの移民の多くはハワイからアメリカ本土に移った。

 これがアメリカの日本排斥運動の遠因となった。その遠因自体を潰そうとする目的も含まれていた。

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 いまのところ、陣内(二十五歳)と沙織(二十歳)、由維(十四歳)と美香(十六歳)の共同生活は上手くいっていた。

 陣内が色々な挑発を受けてストレスを溜めても、外で思う存分発散させていたからだ。

 沙織の不満はあるが、陣内は誕生日のプレゼントを三人に贈ったり、各地の旅行に連れて行くなどしたので関係は良好だった。

 それでも陣内が外で遊んで帰りが遅くなると分かると、三人の女性陣の機嫌が良い訳が無い。

 今日も三人で大きな浴槽に浸りながら、愚痴を言い合っていた。


「沙織さんが誘いを掛けているのに、何で陣内様は手を出さないのかしら。家で沙織さんを見る目に感情が入っているのは丸分かりよ。

 それで態々外に行って欲求不満を解消してくるなんて、理解できないわ!」

「それが男の本性なのよ。会社の若い職員達も、あたし達を見る目が少し違うのは由維も分かるでしょう」

「そ、それはそうだけど、やっぱり嫌だわ。沙織さんはそれで良いの?」

「良くは無いけど、諦めるしか無いわよ。今の時代はまだまだ女の立場は弱いからね。

 それに陣内様は遊郭で性病の治療薬の確認をしているの。仕事だって言われたら抗議も出来ないわよ」

「誕生日のプレゼントに宝石を貰ったのは良いけど、こうも放置されてたんじゃ女のプライドが立たないわ。

 やっぱり陣内様にあたし達の魅力を理解して貰わなくちゃね」

「えーー? どう理解して貰うの? 美香が先にやって見せてよ」

「少し落ち着きなさい。陣内様が此処に来てまだ二年よ。やっと性格も考え方も分かるようになってきたから、これからが勝負よ。

 急いでも逆効果だから、慌てずにじっくりやれば良いの。分かった」

「……沙織さんはそれで良いの?」

「陣内様が家に帰ってきて、お酒を飲むのはあたしとだけ。この前はお姫様抱っこもして貰ったし、大事にされているのは分かるからね。

 男が外で遊ぶのは甲斐性というものよ。そのくらいは大目に見ないとね」


 男と女では考え方が違う。それに時代背景も、男に有利なようになっていた。

 それでも沙織は陣内が何時かは自分を見てくれると確信していた。

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 季節は春。勝浦工場の建設工事はまだ続いていたが、大半の施設は稼動を開始して活気に溢れていた。

 引っ切り無しに原材料を積んだ輸送船が接岸して、クレーンを使って降ろしている。

 一方では生産した部品や装置を積み込んだコンテナが、別の輸送船に積み込まれている。

 別の場所では大きな貯蔵タンクから油槽船に、灯油やガソリン、重油などが送り込まれている。

 そんな光景が勝浦湾の港湾施設で頻繁に見られるようになっていた。

 もっとも、海上や港からは内陸部の工場地帯は見えないようになっていた。(海岸沿いの高台の為)


 活気に溢れている勝浦工場だが、【出雲】への入植の準備が加わって殺人的な忙しさの部署があった。

 エネルギー事業部は、設置する核融合炉の管理と送電設備の準備に入っている。

 産業機器事業部は、各種の工作機械や色々な設備の手配を行い始めた。

 造船事業部は、【出雲】に港湾施設や造船所の建設する準備を始めている。

 重化学事業部は、石油精製施設や重化学コンビナート群を建設する準備に入った。

 特殊車両事業部は、建設用の大型重機の製造を始めた。(国内普及型より遥かに大きいタイプ)

 海外事業部は、列強のダミー商社に大量の建設資材を【出雲】に集めるように指示を出した。

 (半導体事業部と通信機事業部はあまり関係が無い)

 天照基地ではストックしてあった要塞用の大型核融合炉の設置準備と、海水の淡水化プラントの準備に取り掛かった。

 勝浦工場の建設が一段落して、採掘用ロボットと建設用ロボットを使って天照基地の建設の遅れを取り戻そうと考えていた陣内だが、

 【出雲】の建設の方が優先されるとして、ロボットを派遣するつもりだった。


 何も無い土地に、しかも日本から遠く離れた場所に国を立ち上げるのだ。

 しかも大部分が荒地と砂漠であり、飲み水を確保するのも容易では無い地域だ。

 必要とされる物資のリストアップ、各種の建設用機材、各種の設備機器など用意するものは膨大な量になっていた。

 とは言え、将来を考えると手を抜いて良い内容では無い。時には強引な手法も用いて、何とか計画通りの資材を用意した。

 何とか資材系の問題は片付いたが、残る問題は人材をどうするかだ。

 【出雲】へ派遣する人材をどうするか、頭を悩ませる陣内だった。

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 茨城の内陸部の某農村で田植えが行われていたが、その光景は何時もと違った。

 大勢の人達が見守る中、勝浦工場から出荷された田植え機が自動的に水田に稲を植えている。

 その様子を多くの人達が驚きながら見つめていた。


「おおーーー! 本当に苗が植えられているぞ! こりゃあ楽で良い!」

「ちょっと俺にも使わせてくれ! 次は俺の田んぼで使うんだからな」

「これは農協が購入して皆に貸し出すんだから、割り込みは無しだ。順番を待てよ!」

「ありゃ、止まっちまったぞ? やっぱり使えないんじゃ無いのか?」

「こらあ! またガス欠か! だから燃料計の残量に注意しろってあれほど言ったろうに!」

「す、すまん。ついつい面白くて燃料計を見るのを忘れてた」

「まったく、次は注意しろよ! お前の田んぼは午前中の予定で、午後は別のところに行くんだからな」

「今までは人手を借りて数日掛かった田植えが半日か。……これが、これが日本総合工業の新商品の威力なのか!?」

「こら! 分かる人が殆どいないような言い回しは止めておけ! 時代考証が狂ってしまうぞ!」


 勝浦工場で生産されたトラクターや田植え機は、まずは関東一帯に導入された。

 金額は抑えてあるが、それでも農家一軒ごとに購入できる程は安くは無い。

 その為に各地域にある農協が代表して購入し、加入している農家に貸し出す方式をとっている。(農協には国から補助金が出される)

 燃料の手配も農協が行っている。灯油は普及していたが、ガソリンは用途が無い事もあって殆ど使われていなかった。

 だが、これからは違う。農業用車両もそうだが、バイクや自動車が普及し始める。

 その為に各地にガソリンスタンドを普及させる必要があり、その一環で農協を主体にしたガソリンの普及が進められていた。


 この農業用車両は主に関東近辺から導入された。

 だが、効果が知れ渡るにつれて、徐々に東北、東海、信越・北陸、北海道、近畿、中国、四国、九州、沖縄に拡大していった。

 こういった機械に故障はつきものだ。その為の整備拠点は各都道府県に二〜三ヶ所、農協を中心に設置された。

 そこの作業員は勝浦工場で睡眠学習による修理講習を受けて、実務に携わるようになっている。

 これらの各地の整備拠点では実際の修理と同時に希望者への講習が行われて、建設用重機の修理や将来の自動車修理体制の足掛かりと

 なっていった。

 トラクターによる荒地の開拓や、建設用重機を使用した農業用水の整備工事が各地の農村で頻繁に見られるようになっていった。

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 日本の軍部は陸軍と海軍から構成されている。そのどちらも無理な軍備拡張は中止していた。

 陸軍では由良要塞を始めとした各地の拠点防衛用の施設の建設が、数多く中止となっていた。史実では一度も役に立たなかったからだ。

 海軍は清国やロシアに対抗する為に多くの戦闘艦を欲したが、最低限の列強からの購入に留めていた。

 これも両軍の最上層部が無理に軍拡を行っても得るものは少なく、将来は無駄になると知ってしまった為だった。

 各地の拠点防衛用の要塞が活躍した事は史実には無い。科学技術の進歩が目覚しい現在では、最新艦も十年も経てば中古と成り果てる。

 そういう理由から、今は国内の改革を進めるべきとの判断が下され、それに従っていた。


 陣内の睡眠教育を受けて、史実を知った最上層部は良い。使えない施設や艦船に貴重な資材と資金を使う必要は無いと考えていた。

 万が一の場合でも陣内の持つ未来の兵器を使えば、侵略されても撃退できると安心感があったからだ。

 だが、安心感を得られたのは、睡眠教育を受けた最上層部だけだ。

 睡眠教育を広範囲に広めると諸外国の目を付けられるという理由から、最上層部以外には未来の事は知らされなかった。

 当然彼らは軍備拡張を止めた日本を案じて、上層部に軍拡の必要性を強く訴えた。

 板ばさみになった軍の最上層部は、陣内に相談をしていた。


「……そういった理由で下からの突き上げが激しいんだ。陣内君が【出雲】の準備で忙しいのは知っているが、協力してくれんかね。

 このまま放置しておくと、反乱が起きる可能性さえある。出来るだけ早く部下の不安を鎮めたいんだ」

「海軍も同じだ。国内改革が進んでいるのは実感しているが、この状態では清国やロシアに対抗できないと騒ぐ輩が多くてな。

 実際に艦艇のスペックでは我が国の方が劣っているし、配備数も少ない。その事に多くの部下が不安を抱えているんだ。

 それに最近の出番は殆ど無い。唯一活躍したのは、今年の最初に領土に編入した島々の建設に工兵隊が携わったくらいだ。

 我々は史実を知ったから、無駄な投資をしないのは理解している。だが、我々より下の連中は史実を知らないからな」

「……困った問題ですね。陸軍には日清戦争前には新しい兵器を供給し、海軍には上空から敵陣を偵察した情報を提供し、

 両軍には高性能な無線通信機を供給すると約束したはずですよ。今は【出雲】に専念したいのですが?」

「そこを何とか頼む。君が言った内容は部下に説明したんだが、本当に新兵器を開発できるのかと詰め寄られたよ。

 実際に目にしないと、安心できないと言い張っている。代わりと言ってはなんだが、伊藤が知らない遊郭に連れて行こう。

 君の趣味である豊満な美人が揃っている。どうだ?」

「ほう。それならばワシは沖縄の料亭の美人芸人を紹介しよう。南方の血が入っていると見えて、中々の美人だし身体つきも良い。

 それで不足なら新潟美人も紹介するぞ。何せ我が海軍は顔が広いからな」

「……私の趣味を何処から聞いたのかは問いません。簡単に想像できますから。

 分かりました。それ以上、私をからかわないと約束して貰えるなら、今年末までに陸軍には自走砲を三門無料で納入します。

 海軍には二万トンの高速輸送船を一隻を激安価格で納入すると約束します。それでどうですか?

 自走砲は第一次世界大戦で実用化されたもので、まだこの時代にはありません。

 トラックに大砲を積んだ簡単な物ですが、機動力は格段に上がります。

 高速輸送船はディーゼルエンジンを搭載して、今までより速度が出るタイプにしておきます。

 戦闘艦は天照基地の造船所が完成しないと建造できませんから、今はそれで我慢して貰えますか?

 二万トンの高速輸送船は今の帝国海軍にはありませんよね。かなり使い勝手が良いと思います」

「おお、それは本当か!? それなら絶対に年内は部下を抑えてみせる。自走砲か、期待しているよ」

「ちなみに激安価格とはどの程度だ。二〜三割の値引きはあるのだろうな?」

「……激安と言いいましたから、相場の五割は値引いておきます。ちなみに、此処までのサービスは一隻だけですよ」


 自分の趣味が知れ渡っている事に、陣内は内心で恐怖していた。

 一緒に遊郭に行くのは伊藤と半蔵だったから、どこから洩れたのかは分かっていた。

 仕返しとして、後で伊藤の趣味をひっそり広めてやろうと決めていた。

 陣内の協力を得られた事に喜んだ陸軍と海軍の元帥達は、陣内と一緒に夜の繁華街に足を運んでいた。

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 各都道府県の貧しい人達が自立するまでの繋ぎの住居として、産業促進住宅街は各都道府県に一〜二ヶ所建設されていた。

 災害時の避難所や物資集積所の機能もあり、商店街や大きな倉庫群もある。

 多数の集合住宅が立ち並び、約千二百人が生活できる一つの街だ。(第二期の建設で約五千人の住居を用意する計画)

 だが、北海道の産業促進住宅街は住居と倉庫群のみ。北海道は開拓途中なので、日本人の入居者はいない。

 北海道には全部で五ヶ所あり、そのうちの三ヶ所にアメリカからは三千人のインディアンが、残りの二ヶ所にオーストラリアからは

 二千人のアボリジニが避難してきており、そこで新年を迎えていた。


 人里から離れたところだが、電気は通じていて暖房も完備されている。食料は日本政府からの支給だ。

 迫害されて飢えも経験している彼らにとっては、久しぶりに味わう平和な新年だった。

 もっとも、老人達や女子供達と、血気盛んな若者とでは異なった。

 少数の若者は激しい戦闘訓練を行っていた。


「くっ! もう駄目だ」

「しっかりしろ! ここで俺達が頑張らないと、故郷は何時までもあいつ等に支配されたままなんだぞ!」

「もう少しすると、日本の忍者という暗殺を得意とする人達が教えに来てくれる。必ず故郷を解放するんだ!」

「暗殺の技を覚えた後は、銃火器の訓練だ。俺達が一人前にならないと、何時までもこのままだぞ!」

「その通りだ! まだ故郷には迫害されて何時殺されるか分からない恐怖に怯えている仲間がいるんだ! 必ず助ける!!」


 インディアンとアボリジニへの支援は、陽炎機関が行っている。

 アメリカとオーストラリアの地理を知り尽くした彼らは、優秀なゲリラとなるだろう。

 迫害を受けて民族浄化の対象となっている彼らには、抵抗する権利がある。狩猟民族の彼らの戦闘意欲は高かった。

 それに太平洋と中国大陸の進出を目論むアメリカと白豪主義のオーストラリアの内部騒乱は、日本の国益とも一致する。

 陽炎機関が強制した訳では無く、彼らから申し出た事だった。(申し出る事は、予想していた)

 こうして彼らは陽炎機関の指導の下で、戦闘訓練に励んだ。

 まだ故郷に残っている同族を救い出し、この北海道の地に連れてくる事も計画されていた。

 もっとも支援の手が差し伸べられたのは彼らだけであり、他の地域の民族浄化の対象となっている人達に支援は無い。

 日本が工作を考えている国の民族浄化対象だったが故に、手が差し伸べられた。利害が一致したからだ。

 弱肉強食の時代だ。余裕が無い日本の行為を偽善だと責める権利を持つ人間は、何処かに居るのだろうか?

(2013. 5.18 初版)
(2014. 2.16 改訂一版)

 管理人の感想
 日本側の強化と並行して、史実の敗者への救済も進んでいるようですね。
 まぁインディアンも部族間の争いもあったようなので、彼らを纏めるのは非常に大変そうですが……。
 何はともあれ、アメリカとオーストラリアの白人たちは改訂前同様に痛い目に遭いそうです。