理化学研究所は日本総合工業の全額出資で設立された民間の研究機関だ。(史実では1917年に設立)

 設立目的は各分野の基礎研究を行う事だが、真の目的は色々な発明を先取りして発表して、先に特許を取ってしまう事だ。

 もっとも、医療関係の発明に関して特許は取るが、無償公開する。

 各国で治療薬の生産体制が立ち上がるまでは輸出で稼ぐが、医療で最後まで金儲けする気は無かった。


 理化学研究所の代表は北垣正樹(三十二歳)。性格は温和で、実績を出していない研究者だった。

 北垣は渋沢経由で陣内に紹介され、睡眠教育を受けて未来の事を知り、理化学研究所の代表に就任していた。

 その理化学研究所は勝浦工場の近郊の、千葉県の御宿(面積:約3km2)に施設の建設が進められている。

 管理棟と各研究室棟、培養プラント棟、病院、隔離棟、各種の実験施設等がずらりと並び、基礎研究を行える環境を整えていた。

 そして天照基地で製造される各種の高精度測定器や実験設備を導入する。

 (誤魔化す為に列強の高価な測定器を購入したが、天照基地の生産する物より性能は落ちるので知り合いの居る大学に無償寄付)


 研究員は三十人を超えており、全員が陣内の睡眠教育を受けていた。

 当然、ある程度の未来の知識は得ており、これから理化学研究所が次々に発表する予定の研究をする気は無い。

 史実でも実現できなかった研究内容(必要性が無かった等の理由)があり、それらを重点的に研究する。

 (日本狼の生態研究、海上栽培が可能な農作物の開発、トリウム熔融塩炉、砂漠緑化の品種の開発等)

 今の陣内の手持ちの設備では、新しい核融合炉は製造できない。(付帯技術を発達させないと不可)

 これから電力使用量が増えてくるが、不足分を水力や火力発電で賄う訳にもいかず、このような開発方針を採っていた。

 年内には主要な建物の建設は終わり、来年から稼動を開始する。

 そんな状況で、代表の北垣はこれからの事を考えて自室で溜息をついていた。


(平凡な研究者だった私が理化学研究所の代表になるとは、数年前なら考えもしなかった。

 指示された内容を此処で発見や開発した事にして特許を取るのは釈然としないものがあるが、これも日本や医療の発展の為だ。

 それで助かる人も多くなるから、我慢するしか無いだろう。それに陣内様のいた世界で実現しなかった研究を進める目標もある。

 研究員も乗り気だし、今年は準備で終わるが来年は忙しくなりそうだ。発表する研究内容が偏っている気がするがね)


 理化学研究所が発表する内容は、以下の通りだ。(技術提携した協力会社から発表する内容もある)

 ・ 1889年

    @ 高効率の風力発電機と貯電装置、新型の電灯、ベアリング一式。

      既に特許取得済み。ベアリングは勝浦工場の自動生産ラインで生産が行われており、風力発電機や貯電装置は協力会社で

      生産が行われている。国内は元より海外への輸出を行う。最初の出荷は来年早々の予定。

 ・ 1890年

    @ 新型の大型発電機(発電所用:五万KWクラス)と高効率変圧器

      新年早々に特許申請を行う予定。生産は協力会社に委託し、量産販売は来年の夏頃を予定。輸出も考慮。

    A 新型のポータブル消火器(中性強化液消火器、粉末消火器)

      シームレックスのポータブル消火器の特許を取って販売する。国内は木造建築が多く、防火に役立つと考えられている。

      海外への輸出も考慮。生産は協力会社に委託し、現在は量産中。

      高性能ポンプを使用した大型の消火器も、来年中には生産する。

    B 寒冷地仕様の農作物の種子を発表(食料生産プラントにストックしてあった種子)

      完全な国内向け。収穫量の拡大が期待される。

 ・ 1891年

    @ 人間に血液型がある事を発表。輸血治療の道筋をつける。    (史実では1901年に発見)

      特に特許に関係するものでは無いが、血液識別装置は量産して販売を行う。(血液識別装置の特許は取得する)

    A 壊血病の原因がビタミン不足である事を発表。            (史実では1906年に発表)

      特に特許は取得しないが、1890年中にはビタミン剤の大量生産設備を準備して、1891年からは量販する。

      尚、手作業式のビタミン剤の製造装置は同時に特許を取って、装置自体も販売する計画。

    B 初期型の真空管(二タイプ)の開発                (史実では1904年に発表)

      この時代はまだ半導体と呼べるものは存在しない。1904年にフレミングが開発した二極真空管がその先駆けだ。

      (トランジスタは1947年にベル研究所が開発)

      真空管は消費電力が大きく、発熱や寿命が短いというデメリットがある。機器の小型化や耐振動性にも問題はある。

      だが、電気制御が可能という今までに無いメリットがある為に、電気分野では革命的な発明とも言える。

      その真空管の初期型である二極真空管と三極真空管を特許申請して量販する。

      いずれはメタルビーム管などの完成されたタイプも開発されるが、大部分はトランジスタに置き換わられる。

      その過渡的な存在の真空管だが、果たした効果は大きい。それを史実に先んじて発表する。

      勝浦工場の秘密工場で、自動生産ラインを来年の夏までに建設する計画を進めていた。

    C 真空管を使用した無線通信機の開発                (史実では1900年に発表)

      まだ無線通信が実用化されていない時代だ。(史実では1900年に最初の無線通信テストが行われている)

      解析されて模造品が出る事は予想している為、量販は低レベル技術品。(音声会話では無くモールス通信。短距離仕様)

      特許を取って、量販する。(生産は協力会社に委託する)

    D 特殊車両(トラクター、建設用重機)の開発

      特許は取得する。国内の工事用や農業用の車両を生産して、販売する計画。


 ・ 1892年

    @ 魚介類の養殖技術を発表

      特許は取るが、国内の普及用の為に無償公開。

    A 真珠の人工養殖技術を発表                    (史実では1903年に発表)

      特許は取るが、国内の普及用の為に無償公開。

    B 特殊車両(フォークリフト等)の開発(史実では1893年に発表されたディーゼルエンジンの特許を取得する予定)


 ・ 1893年

    @ 糖尿病患者用のインスリンを開発               (史実では1922年に発表)

      特許は申請するが、無償公開する。生産設備は量販を行う。

    A カッターナイフ、果物皮むき器などの民生品

    B 飛行船を開発


 全部を一度に発表すると諸外国の目を引き過ぎる。その為に、少しずつ年をずらして発表する。

 これ以外にもナイロン(史実は1931年)やポリエステル(史実は1953年)もあるが、全部の分野を網羅する気は無かった。

 手が回らないという理由もあったが、実際に全てを日本が開発した事とすれば、列強の強烈な注目を集めるからだ。

 まあ計画であり、状況の変化に伴って順次に見直される。分野が妙に偏っていて、どれもが輸出を見込んだ内容になっている。

 資金不足の日本の現状を考えれば、外貨稼ぎも仕方の無い事かも知れないと考え、北垣は大きな溜息をついていた。


 これ以外にも、国内の伝染病対策を行う事も目的の一つだ。

 政府機関の伝染病研究所と協力して、国民の衛生管理を徹底させる事も含まれる。

 その為に、石鹸を製造している会社に資金と技術を提供(代わりに株式を取得)して石鹸を国内に普及させ、

 さらには輸出をして外貨を稼ぐ計画も進めていた。(堤磯右衛門石鹸製造所)

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 日総新聞は日本総合工業の全額出資で設立された。

 設立目的は日本の国民の教養や見識を高め、民度の高い国民を育てる事にある。

 史実では今から百年以上絶っても付和雷同タイプの人間が多く、容易に捏造報道に扇動された国民が多かった。

 それらの対策も含んで、今から公衆道徳の普及を進める事を主目的にしている。

 そして事実報道を重視し、イエロージャーナリズム(発行部数拡大の為に『扇情的である事』を売り物にする事)に染まった

 報道機関を潰す事を目的に含めている。日本の報道機関の原型は江戸時代の瓦版だ。

 売り上げを第一の目標にしていたから仕方の無い面もあるが、影響を考えると見過ごせない。

 特に本質を無視した言葉狩りする報道機関や、直ぐに発言内容をコロコロと変える報道機関が対象になる。

 (他国の実情を詳細に、一部に偏る事無く報道する事も含まれる)

 当然の事だが、面白みに欠ける為に最初の数年は赤字計上を予想している。(関連会社の新商品などの独占スクープは行う)

 そして日清戦争(1894年)の時にラジオ放送を行う事で、一緒にシェアを拡大する計画だ。


 日総新聞の代表は青山英司(三十六歳)。性格は剛直なタイプで、報道方針の違いから他の新聞社を解雇されたばかりだ。

 青山は伊藤の紹介で陣内と会い、睡眠教育を受けて未来の事を知り激怒していた。

 陣内の生まれた世界の日本は衰退しており、その原因の一つがマスコミの偏向報道にあった事が許せなかった。

 そして青山は陣内と話し合って、日総新聞の代表に就任する事を快諾した。

 日総新聞は関東地域の地方紙から始める予定で、既に販売網も準備してある。


 本社は都内に用意した。(社長室には陣内や他の関連会社のトップと話せる無線通信機がある)

 天照基地で製造された自動印刷機械(機密機械の為に防諜対策は実施)を持つ直営の印刷所も立ち上げた。

 地方紙だからそんなに大量に印刷する訳では無いが、直営の印刷所の能力は他の印刷所よりは遥かに高い。


 そして来年は、子会社を二つ立ち上げる計画を進めている。

 一つは小説や童話、技術普及目的の書籍を販売する出版社だ。

 日本の国民の教養や見識を高める為には、新聞だけで無く童話を含めて幼少からの教育が大事だと判断していた。

 (お人好しだけでは失敗するなど、人生教訓を盛り込んだ内容の本を数多く出版する予定)

 直営の出版社の印刷能力は高いが、しばらくの期間は稼働率が低いだろうから、その穴埋めの意味もあった。


 もう一つは広告代理店だ。

 これから報道業界は発展し続けるが、主な収益は読者の購読料と広告収入だ。

 その広告収入を握られた報道機関は、スポンサーの広告代理店には弱い。

 大規模な広告代理店を運営すれば、発注先の報道機関に発言力を確保できるとして、子会社として立ち上げる事にしていた。

 さらに三年後(1892年)には富士山に電波送信塔を建設して、1893年には試験的にラジオ放送を行う事も計画していた。

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 陣内は低レベル技術品の生産(手作業レベル品)は協力会社に委託生産を行っていた。

 (ネジ等の大量生産品で均一した品質が求められる物は、勝浦工場の内陸部の工場の自動生産ラインで生産)

 天照基地は織姫の管理だから問題は無い。そして勝浦工場は陣内が管理していたが、細かいところまで目が届く訳も無い。

 その為に各事業部を立ち上げて、睡眠教育を施した各事業部長に委任していた。


 ・ エネルギー事業部       (事業部長:神埼清一郎:四十一歳)

    電気と石油関係を管轄する事業部。勝浦工場にある核融合炉発電ユニット(2000万KW)は稼動を開始し、工場全域に

    給電を始めている。超高圧送電の施設が用意できない為に、都心部への給電はかなり先になりそうだ。

    この為に東京電燈と契約を結び、株式の二割と交換に五万KWクラスの発電機(生産は協力会社)と運用ノウハウを提供する。

    来年(1890年)には、各電力会社と同じ契約を結ぶ方針が天照機関で決定されていた。

    発電設備の製造は行うが、実際の発電と送電は外部に委託する。

    石油生成プラントは来年の夏までに稼動を開始する。(第一期計画で日量約10万バレル)

    まだ消費量は少ないが、先々には絶対に増える事が予想されている為、日本改造計画の要の一つになる。


 ・ 産業機器事業部        (事業部長:高村寛一 :三十八歳)

    各種工作機械(旋盤、ボール盤、中ぐり盤、フライス盤、歯切り盤、研削盤、プレス機等)の生産を担当。

    一部には高精度や高品質が要求されるベアリング等(ネジや工具)の部品製造も含んでいる。

    大量生産が求められる小型部品は、コンベアや自動ロボットを導入した無人の生産体制になっている。

    電線製造装置や自動印刷機器等の、特定分野での小ロットの自動機械製造も含まれる。(後述する医薬品製造装置も含む)

    民生用の小型の風力発電機等は、協力会社に生産を委託している。

    天照基地で製造された各種の生産機器によって、色々な工作機械が製造され国内に出荷されていった。

    まだ工場は建設途中のものもあり、全体の稼動状態は約三割程度だ。


 ・ 造船事業部          (事業部長:中村護  :三十六歳)

    主に輸送船などの民生用の船舶の建造を目的としている。(高性能タイプの戦闘艦は天照基地での建造を予定している)

    第一期計画として、二万トンクラスの艦船を対象とした建造ドック三基と修繕ドックを一基を建設。

    (第二期計画では、五万トンクラスの建造ドックを三つ、修繕ドックを一つ追加建設する)

    作業ロボットを使って夜間にも建設作業を進めているが、第一期計画の完成は来年の夏頃の予定。


 ・ 重化学事業部         (事業部長:山本幸一 :二十五歳)

    第一期計画で、年間粗鋼生産量が約100万トンの銑鋼一貫製鉄所の建設を行う。石油精製プラントと貯蔵施設の建設も同時。

    第二期計画では銑鋼一貫製鉄所を増設(年間粗鋼生産量:約500万トン)して、重化学コンビナート群を建設する。

    こちらも作業ロボットを使って夜間にも建設作業を進めているが、第一期計画の完成は来年の夏頃の予定。


 ・ 特殊車両事業部        (事業部長:土方幸雄 :二十九歳)

    1870年に最初の自動車が生産されたが、まだ金持ちの道楽に過ぎなかった。

    史実では1908年のT型フォードで価格が一気に下がった為に、大衆に普及した。

    この時代の日本に、まだ大衆車の量産は時期尚早(満足な道路が無い)と判断された為に、大衆車の生産は見送られた。

    代わりに物資輸送用のトラック、フォークリフト、ダンプ、掘削機、ローラー、シャベルカー、クレーン、

    農作業用のトラクター、田植え機、稲刈り機等の特定分野の特殊車両の生産を計画していた。(一部の特殊鉄道車両も含む)

    故意に性能と価格を落としたものを予定している。(ある程度普及すれば、協力会社に業務委託する予定)

    販売用の特殊車両は1891年から生産を行うが、来年からは工場内の建設に使用する特殊車両の生産を行う。

    国内の普及が進み協力会社に業務委託した後は、高性能タイプに切り替えて、それ以外は戦車等の兵器の生産を計画している。


 ・ 規格管理事業部        (事業部長:永野金太郎:三十四歳)    内務省からの派遣

    多少強引だったが、陣内が作成した規格を日本の工業製品の統一規格として採用する事を日本政府は決定した。

    各社で色々な製品が製造されるが、それが統一規格に適合しているかを認定する唯一の検査機関。(政府から認可済み)

    日本各地に事務所を開設して、要請があった会社に行って認定作業を行う。

    勝浦工場では二棟の工場を有しており、一棟では精密測定器や検査機器の生産を行っている。

    残りの一棟には静電気試験機や振動試験機などの様々な検査機器を揃えていた。

    他の認定機関が複数設立されて国内の製品の品質が安定すれば、廃業か独立させる予定だった。


 ・ 国土管理事業部        (事業部長:石橋丈太郎:四十六歳)    内務省からの派遣

    この時代は豊かな自然と豊富な野生動物が各地に生息している。乱開発が続けば自然破壊に繋がり、貴重な野生動物は絶滅する。

    それを防ごうと各地の豊かな自然がある地域を購入して、自然公園として維持するのが目的だ。(史実の文化遺産等)

    勿論、全ての自然を保護する事など出来はしない。だから最初から線引きをして、必ず守る区域を明確にしていた。

    有益な鉱山がある場合は開発を行う。それでも自然破壊は最小限に抑え、自然動物に出来るだけ影響が出ないように留める。

    絶滅が予定されている日本狼などは、その最優先保護対象だ。(日本狼が絶滅した為に、鹿などの動物が異常繁殖した反省)

    豊富な資金と政府の権限を使って、徐々に各地の山や湿原を購入していった。(外資の土地買占めを防止する意味もある)

    そして購入した土地の管理権は皇室直属の天照機関が持つ。ある意味、国立公園に準じた扱いだ。

    赤字覚悟の事業だが、林業保護の意味を含めて間伐材の有効活用を目指して、電動鋸等の電動工具の普及にも努めていた。

    環境保全が目的の為に、公害防止も目的に含まれる。

    その為に各地の河川等の汚染状況を的確に把握し、汚染物質を流している企業に改善勧告の権限を持つ調査機関となっていた。

    協力会社に測定機器の生産を委託し、普及させる事も業務の一環だった。


 ・ 海外事業部          (事業部長:清水隆正 :四十一歳)    宮内庁からの派遣

    煩わしさを避ける為に、他の事業部で製造された各種の製品は日本の代理店(協力会社)を通じて輸出される。(国内出荷は別)

    海外事業部は経済面の海外工作を主な目的としている。

    まずは列強の現地の人(裏切らないように強い暗示を掛ける)をトップにした、複数の商社を運営する事だ。

    この当時の日本は信用が低く、日本人と言っても相手にされない。その為に商社は現地の人(白人)である事が必須になる。

    財宝に裏付けられた資金を元に、未開発の有益な鉱山や油田を先に買占め、それ以外にも安価な資源を日本に輸出する事を

    目的にしている。十年以内には海底資源の採掘が開始される予定だが、出来るなら温存した方が良い。

    それに現在は、その価値が分かっていないウラニウム資源やレアメタル資源なども早々に入手した方が良い。

    列強の商社という立場を利用して、中国やインドネシア、ベトナム、アフリカ、アメリカの未発見の鉱山地帯や油田を

    抑える予定だ。いずれは莫大な利益を生み出すだろう事から、特に力を入れている。

    補助的な事だが、明治維新の最初の頃に海外に流出した日本の文化財を秘かに買い集める事も目的の一つになる。


    もう一つは孤児院の経営だ。規模としては最大でも数十人程度とし、世界各国で孤児院を運営する。

    列強でも弱者はいるし、孤児に優しい手を差し伸べる存在は少ない。(キリスト教会に干渉しないようには注意する)

    日本人が慈善事業を行うという形にして、目立たないようにひっそりと運営する。

    目的は日本への評判を上げる事と、現地人の人材発掘を兼ねている。赤字経営は覚悟だが、長期的にはメリットは十分にある。

    現時点で、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、イタリア、スペイン、アメリカ、ベトナム、タイ、インドネシアの十箇所で

    運営準備が行われている。


    尚、事業部長の清水は対外諜報機関【陽炎】のトップの服部半蔵の部下であり、派遣された身分だ。

    これらの海外での活動は、陽炎機関と協力しながら行われる。


 ・ 半導体事業部         (事業部長:鈴木宗徳 :二十八歳)

    この時代に半導体と呼べるものは無い。将来的にはLSIなどの大規模集積回路の生産が行われるが、今は時期尚早だ。

    理化学研究所が1891年に真空管を発表するので、来年の夏頃までに真空管の自動生産ラインを立ち上げる準備を行っている。

    (一部は手作業の製造ラインを協力会社に委託する計画)


 ・ 通信機事業部         (事業部長:柳田健吉 :三十三歳)

    まだ無線通信が実用化されていない。電話機はあったが、史実では1900年に最初の無線通信テストが行われている。

    再来年の真空管の発表と同時に初期型の無線通信機を販売する。(解析されても困らないように低レベル技術品)

    その為の無線通信機は、協力会社に生産を委託する準備を進めている。

    もっとも、【織姫】の船内工場で造られた少数の高性能無線通信機は、皇居を始め軍部にも極秘機器として配布されていた。

    そして日清戦争の時にはラジオ放送を行い、一気に大衆に広める。

    その為に安価なラジオ受信機を、1893年までに量産する体制(協力会社に委託)を整える事が一次目標だった。


 ・ 航空機事業部         (1903年以降に計画)

    飛行船は1852年に試験飛行が成功したが、飛行機としては1903年のライト兄弟の発明が史実の歴史だ。

    ライト兄弟の前に飛行機を実用化しては、諸外国の目を引き過ぎるとして生産は1905年以降を計画している。

    もっとも、勝浦工場では航空機の生産用の工場や三千メートルの滑走路(沖合いに埋め立て)の予定地は予め確保してある。

    そして一次目標は日清戦争に合わせて、ヘリウムガスを使用した飛行船を用意する事だった。

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 陣内は天照基地と勝浦工場の立ち上げ、そして子会社三つの立ち上げに奔走していたが、日本政府も平行して動いていた。


 まずは『災害予防研究会』を立ち上げた。

 史実では1891年の濃尾大地震を受けて翌年に震災予防調査会が発足したが、日本を襲う災害は地震以外に台風や火山の噴火もある。

 その為に名称を災害予防研究会に変更した。メンバー全員が睡眠教育を受けて、これからの災害の歴史を知っている。

 最初の目標は再来年に発生する濃尾大地震だ。これについては各地で建設が進んでいる産業促進住宅街が切り札として考えられていた。

 この街の建築物は一部が免震設計に基づいて建築されており、非常用の毛布や食料の備蓄も進んでいる。

 これが各地にあれば、速やかに被災者の支援に入れる。

 事前に地震避難訓練を行うのであれば、さらに被災者は減らす事が出来るとして、その準備を行っていた。

 新しい公共施設の免震設計を進めさせ、さらには民間の建築物にも普及させる。台風対策として各地の水害対策も計画を進めていた。


 次は『伝染病研究所』だ。史実では1891年に設立された機関を、前倒しで設立させた。

 実際の治療薬やワクチンは理化学研究所で開発を行うが、民間企業なので他への強制力は低い。

 その為に、ある程度の権限を持った機関として設立されていた。

 伝染病を予防する事も主目的の一つであり、石鹸の普及を含めて衛生管理の重要さを周知させる活動を行う。


 もう一つは『生産効率改善委員会』だ。

 天照基地や勝浦工場の生産力は有限であり、一気に日本国内に新しい生産設備が普及する訳では無い。

 とは言っても、国内の各産業の生産効率を向上させる事は急務だった。

 その為に各工場に対して、生産方法を見直す事で生産効率の改善勧告を行えるようにした。

 高度な技術を普及させるのでは無く、創意工夫によっての各工場の生産効率の改善を目標にする。

 現在の輸出の目玉である繊維業界に梃入れし外貨を稼ぐ事もあるが、将来の基幹産業となる幅広い裾野の産業を育成する事も目標だ。

 短期目標としては、木工の様々な生産設備の普及を目指している。


 最後は『陽炎機関』だ。最高責任者は宮内庁の内局の隠密部隊を束ねている服部半蔵(通り名)。

 日本の国力はまだ海外での工作を行えるほど大きくは無いが、出来るだけ早く対外工作を行える機関を立ち上げた方が好ましい。

 日本国内が安定してきた事もあり、仕事が減った隠密部隊のメンバーの大部分を移籍させた。

 一部は日本総合工業の海外事業部に出向させている。(老夫婦には孤児院の運営を命じている)

 人材不足(『くの一』は大部分が淡月光に移籍)の為に、軍部とも協力しながら人材の育成を行う計画を進めている。

 そして豊富な資金をバックに海外の弱小新聞社を買収して、現地の世論工作を行う計画も立てていた。

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 季節は冬。年の瀬が迫り、世情も慌しくなってきた。

 そんな状況で東北地方のある村の地主達が集まって、深刻な表情で酒を飲みながら話し込んでいた。


「水飲み百姓達に田んぼを売れば家付きで雇ってやると春頃に政府が宣伝して、安く買い叩けると喜んだがこんな状況になるとはな」

「俺のところの小作人は二十人以上も行ってしまった。田植えは何とかなったが、稲刈りは人手が足らなくて他から応援を頼む始末だ。

 このまま行くと、来年の田植えはえらい事になるぞ」

「政府は集めた貧乏人を道路なんかの工事作業者にするつもりだ。あいつらの住む家もかなり建設が進んで、この前に聞いたら

 家族を含めて三千人以上も集まっているらしい。この調子で来年も政府が募集を続けたら、小作人がいなくなるぞ!」

「県の役人に聞いたら、俺達からの希望があれば政府が雇った貧乏人を貸し出すらしい。

 本業は道路工事なんかだが、田植えや稲刈りの人手が必要な時は助けてやるってさ」

「これからどうなるんだ? 人手が本当に欲しい時には貸し出してくれるのは良いが、田んぼの手入れは自分達でやるしか無いのか?」

「それが嫌なら小作人達が出て行かないように、あいつらの取り分を少し上げてやるくらいしか出来ないさ」

「ふざけるな! 大地主の俺達が小作人の機嫌を取れって言うのか!?」

「道路工事が終わったら、集めた貧乏人は仕事を失うだろう。その後で雇えば良い!

 もしくは、その噂を早く広めて、元に戻させるのも一つの手だ。どうだ?」

「政府が集めた貧乏人は道路や鉄道、港の改修工事を行うが、十年以上の仕事はあるそうだ。

 それに改修工事以外に新しく造る工場の作業員としても使う予定らしい。現金収入も増えたとか言っていたし、戻る事は無いだろうな。

 しかも政府が用意した住宅はかなり良い造りだ。学校や大きな食堂、それに電灯もあったぞ。大規模だし、あれは一つの街と言えるな」

「あんな貧乏人の為に、態々家を造って電灯をつけたのか!? まだ俺の家にも無いんだぞ!」


 日本各地の農村地帯で、貧農や小作人達が産業促進住宅街に移る現象が起き始めていた。

 その為、各地の農村で人手不足が進行していた。来年も同じような状況が続けば、満足に農業が出来なくなるだろう。

 一応、対価を払えば農繁期に手伝ってくれるが、今までのように顎で使用人を使う事は出来なくなる。

 先祖伝来の権利に胡坐をかいていた人達にとって、容易に納得できる事では無かった。


 だが、大規模農業体制を進める事を決定した天照機関の方針に逆らえるはずも無い。

 囲い込んだ労働者の離職を防ぐ為に、住居はそれなりのものを造っている。(第一期計画では、簡易住宅)

 将来的には自立させるが、空いた住居は老人ホームや孤児院を兼ねた運営も想定している。

 維持費を減らす為に、大きな食堂で一括して食事を作っている。料理人はご婦人達だ。他にも掃除や老人の世話などもしていた。

 子供の将来の為、敷地内の学校での勉強を行わせている。現金収入が増えた為に商店街も出来て、少しずつ経済が活性化されていた。


 天照機関は農村を壊滅させようとしているのでは無い。

 人手不足の時は労働者の貸し出し制度を作り、数年後には農作業用の自動機械の生産を始める予定だ。

 ただ、大規模農業に対応できない地主は、容赦無く潰すつもりだった。その後は民間企業に土地を買い取らせ、大規模農業を進める。

 一時期は食料生産が減るかも知れないが、その時は輸入で賄う。その資金はある。

 それに来年からは、徐々に寒冷地向けの品種の普及を進める。

 荒療治だろうが、この機会を逃す事無く、日本各地の大規模農業体制への移行は進められていた。


「そう言えば、隣村の近藤の跡取りが小作人の娘に乱暴して、警察に捕まったんだよな」

「ああ。去年までなら小作人は泣き寝入りしたろうが、今は政府の仕事の募集があるからな。訴えられて警察に捕まった。

 金を渡して示談にしたが、他の小作人達も全員が出て行った。小作人が誰も居なくて来年をどうするか、頭を抱えていたぞ」


 今の日本に必要なのは、自ら汗水流して働く人達だ。特権に胡坐をかいて努力をしないような人達には、容赦無い仕打ちが待っていた。

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 ある大手の新聞社に勤務している記者の三人は、居酒屋で酒を飲み交わしていた。


「もうすぐ年越しか。今年は変な年だったな」

「ああ。政府の臨時予算が組まれた訳でも無いのに、次々に大型計画が実行に移されている。まったく、何処から予算が出たんだ?」

「知り合いの官僚に聞いても、分からないって言ってたな。国内の各都道府県に準免震構造の住宅を数多く建設している。

 しかも、住宅だけじゃ無く、学校や商店街、それに非常用の備蓄倉庫まで建設中だ。あれじゃあ、一つの街を造るようなもんだ。

 それに道路や鉄道、港湾施設の改修工事も大急ぎで進めている。人件費もそうだが、建設資材費は膨大な額になっているぞ」

「鉄道や港の工事は良いだろうが、あんな立派な道路を造っても役に立つのか? 精々が荷馬車ぐらいしか通らないぞ」

「将来を見据えての事だって言ってたな。それと北海道の開拓にも力を入れ始めた。

 アイヌの保護法も作ったし、移住者の支援を政府が大々的に行っている。雇われの小作人達が集団移住をし始めた」

「これも大陸や半島に進出するべきだって主張していた勢力が、少し大人しくなった事も影響しているな」

「ああ。不思議な事に大物政治家達は、今は国内改革を優先すべきだと声を合わせている。

 小勢力の政党は相変わらずだがな。軍部も軍備拡張を主張する声が、徐々に小さくなっている」

「実際に国内改革の効果が出始めているんじゃ無いのか? 工業製品の統一規格や建造物の免震規格も施行された。

 それに合わせて、財閥系の大きな生産工場が日本各地で建設された。もう稼動を始めている工場もある。

 今の直流送電も来年の早いうちに、国産の交流発電機に変えると発表があったばかりだろう」

「そうだな。しかし分からないのは勝浦の事だ。

 日本総合工業という設立したばかりの会社が、広大な土地に巨大工場を建設している。

 何でも社長は二十代の若造だと言う話だ。何処から資金を持ってきたんだろう?」

「何処かの財閥当主の隠し子という事は無いのか?」

「さすがにそれは無いだろう。日本総合工業は自分のところの工場だけで無く、基礎科学の研究を行う『理化学研究所』を立ち上げる。

 その為に各分野の研究者を引き抜いて問題になった事もあるが、大きくなる前に色々な方面からの介入があったらしい」

「それと日本総合工業は日総新聞という新聞社を立ち上げた。まだ販売部数が少ないから良いが、これからどうなるか分からんぞ」

「新聞社の設立が多過ぎる。新しいところは読者の気を引く為に、根拠も無いのに景気の良い話しや、不安を煽るような記事が多い。

 あいつらを放置しておくと、日本は滅茶苦茶になるかも知れんぞ。

 日総新聞は公共マナーの向上や、言葉遣いを改めようと訴えているから少しはマシだろうがな。少々、偽善が鼻につく」

「まったくだよ。報道の自由って言っているが、本音は読者を惹きつけて売り上げを伸ばそうって魂胆だろう。

 そんな事をすれば、信用を無くすって気がついていないのさ。まあ、列強の新聞社も同じようなものだけどな」

「そんな面白いだけの記事に興味を惹かれる方にも問題がある。読者の見識を上げないとな」


 三人の記者は立場上の事もあって、世情の動きに敏かった。その三人にしても、今年の動きは奇妙に見えていた。

 酒が進むにつれ、話題は政治や経済の事から身の回りの事に移っていった。


「そういや小耳に挟んだんだが、ある遊郭の遊女が死病に掛かったが、客の若い男の薬を飲んで治ったという話がある。知っているか?」

「ああ、それか。俺も聞いた。若い男が病人を見せてくれと女将に頼み込んで、診察した後に持っていた薬を飲ませたらしい。

 死ぬのを待つだけだったのが、立ち上がれるようになったらしい。遊女には戻れなかったが、下女として働いているとさ」

「他にも死病に掛かっている遊女は多いから、女将はその男を探しているって話だ。他にも同じような話があった店は五つほどある」

「死病が薬で治るものなのか? 政府の伝染病研究所も立ち上がった。その話が本当なら政府は絶対にその男を引っ張るだろうな」

「薬と言えば、この前に政府の移民支援政策が変更されて、各国への移住者に支援を増やすってあったな。

 現地で使用する機材や土地の購入費を支援して、薬などの支援も大幅に増やす件だ」

「あれか。良い事なんだろうが、何処から金が出てくるんだ? そんな金があったら俺に欲しいくらいだよ」

「愚痴るなよ。国内の改革で貧農達が少しずつ減って、大量の建設資材の手配やらで国内の景気は上向いている。

 少し待てば、俺達にも還元されるさ。辛抱しろよ」


 三人の話は尽きる事無く、夜遅くまで続けられた。これも先行きが明るいと感じられたからだ。

 そして、三人とも帰宅して帰りが遅いと嫁に怒られていた。

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 日本政府は国内の産業を早く立ち上げる為に、財閥優先の方針を採っていた。

 産業の立ち上げには資金が必要で、それには民間の自由に任せるより、ある程度の政府の干渉が可能な財閥の方が都合が良かった。

 財閥優先は公平な政策とは言えないが、国内産業の早期育成の為には仕方の無い事だった。

 現在、国内の財閥の数は両手で数えられたが、陣内の選んだのは後々にも生き残った四つの財閥だ。

 この後、放漫経営で傾く財閥は除外して、四つの財閥当主を集めて料亭で睡眠教育を行った。

 技術内容は除いて、ある程度の社会状況や対外的な大事件を含めた百年程度の歴史だ。勿論、口外しないように強い暗示は掛けてある。

 誰が睡眠教育を受けたか分からない財閥当主が相談できるのは、同時に睡眠教育を受けた他の三人だけだった。

 そのような経緯があって、珍しく四つの財閥当主はある別荘で顔を合わせていた。


「今年はもうすぐ終わる。しかし、こんな事態になるとは想像すらしていなかったぞ」

「まったくだな。二十代の若造に指図されるのは癪に障るが、利益や効果を考えると無視する事も出来ん」

「我ら以外にも渋沢とも接触して、渋沢の系列からの支援も始まっている。我らが協力しなければ、利益は渋沢に行くだけだ。

 技術提携契約の代わりに株式の二割を要求されたが、拒否も出来ん。まったく、我らが良い様に扱き使われるとはな」

「そうは言っても、あの若造の提供する技術は見過ごせん。配下の会社では、陣内の提供した技術を元に新商品の生産に入っている。

 来年には新式の電灯や発電機の販売を開始する。勝浦工場から工作機械の出荷が始まった。

 あれを大量に導入すれば、さらに生産は上がるだろう。もっとも、渋沢の系列の会社にも同じような支援をしているらしいが」

「我らに頑張って働かないと、特権が失われると内々で脅かしていると言う事だな」

「見せられた未来で、潰れた他の財閥には何も干渉していないからな。

 我らも気を引き締めねば、あやつらの二の舞に為りかねん。それにしても手広く事業を展開し始めたな」


 政府もそうだが、陣内は財閥を潰すつもりは無い。寧ろ、財閥の持つ人脈や資金を上手く使って、国内改革を進めるつもりだ。

 だが、特権に胡坐をかいたような放漫経営をするなら、協力関係を破棄する事も止むを得ないと考えていた。

 そんな政府や陣内の対応は、今まで日本の経済の発展に尽力したきたと自負する財閥当主にとって、面白い事では無い。

 とは言え、皇室や政府をバックに持つ陣内に敵対できるはずも無い。それに陣内にも人材という弱点がある。

 改革しなくては為らない事が多過ぎる為に、一人程度の努力ではどうしようも無い。

 陣内は基幹産業は抑えるつもりだが、それ以外の外貨の稼ぎ役は財閥や新興会社に任せるつもりだった。


「さすがに全ての分野に手を出せるはずも無い。その為に、各方面で独立した会社を立ち上げているらしい。

 それに渋沢が支援している。陣内が直接管理するのは、基礎工業力の向上に必要な産業機械の生産、石油や電気の供給、

 それと基礎科学の研究施設、新聞社ぐらいか。外貨を稼ぐ為に少しは直接生産するらしいが一部に過ぎん。

 後は全て外部に委託する方向らしいから、食い込む余地は十分にある」

「現在の稼ぎ頭の繊維産業の輸出競争力の向上を目指すが、それ以外にも軽工業や重工業の梃入れも行うか。

 あれだけの技術があれば、選り取りみどりだ。来年は特許の取得と同時に全世界に向けて販売攻勢かけるのか」

「ああ。基本的に特許は全て陣内側で管理するそうだ。だが、国内向けには特許料は取らないそうだ」

「…国内産業の発展の為か。有難くて涙が出るぞ。医療関係の特許は取るが、日本の国際的な地位向上の為に無償で使用を認めるそうだ。

 そして外貨を稼ぐのは繊維と電気関係の製品と言う方針だ。それ以外にも色々とある」

「それはそうと、陣内の試作した電灯や発電機と同じ性能の物を造れるのか?」

「今は設備が無いから無理だ。陣内の特許を元に新製品は作れるが、性能も落ちて品質も悪い。『日本総合工業』が生産する工作機械の

 導入を待たないと無理だ。あの若造は我らの首根っこを抑えるつもりらしい」

「船の動力関係に新しい機関が導入されれば効果は大きい。癪にさわるが、期待する内容も大きい」

「それを言うなら、国内各地の鉱山の場所を教えて貰ったのも十分に有益だ。今はその場所を抑えて、開発に取り掛かっている」

「数年のうちには電気の普及が進んで、電気の供給の大半は陣内の関係する会社が行うだろう。そして必要な石油も供給するか。

 そして十年後には海底から採掘した資源が出回るようになる。そうなったら、国内状況は激変するな」

「これも陣内が齎した未来の技術の威力か。陣内一人に依存するのも拙い。何とか取り込めないものだろうか?」


 基礎となる科学技術が無いから、陣内の持つ高度技術は公開されず、低レベル技術が国内に浸透しつつある。

 ここで陣内を身内に取り込めれば、取り込んだ勢力は大発展する事が出来るだろう。

 そう考えた財閥当主達は陣内のところに容姿端麗な女性を何人も送り込んだが、全て拒否されていた。


「何人も女を送り込んだが全て断られた。女嫌いかと思いきや、三人の女を侍らせて遊郭通いもしている。どういう男だ?」

「あの扇情的な格好の女に対抗できる女を送り込んだが、駄目だった。

 遊郭で遊んだ遊女を調べると、どうやら大人しめの豊満な女が趣味らしい。口では言えないような事を遊女にしたという報告がある」

「それも未来の技術の効果なのか? 是非とも聞き出したいものだ」

「噂だが、侍らしている三人の女の一人は宮内庁から派遣された『くの一』らしい。忍者の床技を覚えたのかも知れぬ」

「今の時代に『くの一』か。陛下とも関係がある事だし、その可能性は十分にあるか」

「死にかけていた遊女を助けた事や、若い女を子会社の社長にして女の専用用品を製造・販売する事にもかなり力を入れている。

 女に甘い性格の可能性もある。そちら方面から弱みを握れるかも知れんな」

「開発は『理化学研究所』が行った事にして特許を取り、量産は独自資本の薬品会社に委託する。利益を独占する気は無いという事だな」

「日本全体を考えているか。道路や鉄道、港湾施設の工事を進めて、流通経路を準備しておけば、国内の景気はさらに活性化する。

 各地で建設が進んでいる貧乏人の住宅街、いやあれば最早一つの街と言って良いだろう。

 その建設資材の発注や作業員の現金収入が増えた事で、経済が活性化し始めた。この流れは止まる事は無いだろう。

 効果が若干遅れてくるものもあるだろうが、その傾向は間違い無い」

「北海道の開拓もかなり力を入れ始めた。発注資材の生産でうちの工場は嬉しい悲鳴を上げていたぞ」

「海外からの技術導入を止めたが、これなら何とかなるだろう。十年以内には海外から輸入している機関車の国産化も出来る。

 そうなれば、日本は一気に産業国の仲間入りだ」

「その前に不平等条約の改正が必要だ。あれがあるから国内産業が中々育たないんだ。

 一応、政府は国内改革を最優先しているが、国外対応も並行して進めるらしいな。

 対外諜報機関【陽炎】が設立されたとの極秘情報が入った。来年は激動の年になるだろう」


 現在の日本の経済の大半は、財閥系によって握られている。とは言っても永遠にその体制が続くという保証は何処にも無い。

 天照機関や陣内に敵対するつもりは無いが、利益を求める財閥当主達は独自の方針を模索していた。

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 日本という異国の地でクリスマスを過ごした列強の商人五人が、同じテーブルを囲んで歓談していた。

 祖国同士は争っているが、商人という立場もあって情報交換を兼ねた席だった。


「今年も終わりか。日本でクリスマスを過ごすとは残念だったな」

「祖国並みとは言わないが、それなりのクリスマスだったぞ。最近は日本も物資が増えてきたから、手配も楽だった」

「最近の日本は少し動きがおかしい。契約中の技術導入は継続だが、新規の契約は軒並み交渉が打ち切られている。

 まだ日本の技術は低いから絶対に技術導入は必要な筈なのに、諦めたんだろうか?」

「金が無いんじゃ無いのか? 日本の政府は各地に貧乏人の住宅を造って大量に雇い、国内のインフラ整備に力を注ぎ始めた。

 だから予算が無くなったんだろう。国内のインフラ整備を進めるのは良い事なんだが、技術導入を止めるとはな。

 やっぱり、技術の重要さを理解できないんだろう」

「話が立ち消えたのは、技術指導の案件だけで無くて工作機械の輸入もだ。ただ、鉄道関係や軍用艦の発注は続いている。

 やっぱり基礎工業力の重要さが分からず、目先の利益に目が眩んだんじゃ無いのか?」

「確認したんだが出処不明の巨額な予算が動いている。それに財閥系の各工場が、一斉に工場の拡大に動いている。

 日本が工業製品の統一規格を早々と決められたもの普通じゃ無い。いくら政府主導とは言っても、もう少しは揉めるはずだ。

 まだ発展途上国の日本が基礎化学の研究組織『理化学研究所』を立ち上げた事から、科学技術の重要性は認識しているはずだ」

「そう言えば、今は直流送電が行われているが、早々に交流送電に切り替えると発表があったな。しかも日本の国産だそうだ。

 エジソンの勧める直流送電とテスラの勧める交流送電の激闘中だが、日本は早々に交流送電に切り替えると言うのか?

 でも、交流ってエジソンが散々危ないって批判していたやつだろう。大丈夫なのか?」

「危険な事は危険だが、絶縁体で保護すれば大丈夫さ。それで驚いたのは設立間もない会社が新しいタイプの電灯と発電機の

 サンプルを持ち込んで来たんだ。かなり良い性能らしく、本国にサンプルを送っておいた」

「何だと!? 日本人が新しい発電機と電灯を作って、その性能がかなり良いだと!? そんな事がありえるのか?」

「まともに電灯が普及していない日本で、新しいタイプの電灯や発電機を発明できるなんて、信じられない!」

「事実だ。持ち込んだところとは別会社だが、既に特許も取っている。それ以外に、小さいが風で電気が作れる発電機も作っている。

 此処からは離れたところにある料亭に付けられて立派に動いているらしく、その料亭には電灯もついているそうだ」

「確か三年前に本国で風で動く発電機が作られたが、効率が悪くて諦めたと聞いている。本当なら、その料亭に行ってみたいぞ」

「問い合せたが予約が多いらしくて、一週間後に予約を入れられた。もし良ければ皆も行ってみるか?」

「ああ、是非とも頼む」

「これも友人から聞いた事だが、風で動く発電機の特許と一緒に、自動調心式という形式の玉軸受の特許も通ったらしい。

 これが事実なら、日本人は海外からの技術導入を止めたのでは無く、自主開発に切り替えたと考えた方が良いだろう」

「まだ我々の文化を受け入れて間もない日本が、自主開発できるなんて信じられないが、その料亭に行けば分かる事だな」


 日本の国内改革は、徐々に諸外国にも影響を与えていた。

 そして翌年、サンプルとして送られた電灯と発電機の性能が認めらた。

 その結果、世界各地から大量の受注が入って、電気が普及していない地域への導入が進み出した。

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 勝浦工場に勤務する労働者達は、急遽建設された鴨川の産業促進住宅街に住んでいた。

 もっとも、その周囲に他の集合住宅街が続々と建設されつつあり、完成次第、そこに移り住む予定だった。

 勝浦工場の幹部職員(陣内から睡眠教育を受けた職員)は、勝浦工場の一画にある居住区に住んでいた。

 そこは幹部職員専用住宅街と、住み込み者用の集合住宅がある。


 陣内は勝浦工場の建設が軌道に乗り、野々塚の内部施設がある程度完成した頃(秋)に引っ越してきていた。

 料亭の離れにあった各種の設備は撤去され、残してきたのは風力発電機と貯電装置、それと来年発売予定の新式の電灯だけだ。

 新しい住居の同居人は、沙織と由維と美香の三人になる。

 料亭の美味しい料理が食べられなくなるのは残念だったが、沙織の料理の腕も上がっていたので大きな問題には為らなかった。

 天照基地の織姫にアクセスできる端末を備えた個室が全員に用意されていたが、食事や風呂は共同の場所を使用している。

 地下に設置された核融合炉の発電する電気は全ての住宅に供給され、快適な居住空間が用意されていた。


 居住区の中央に、八百人を収容できる多目的ホールがある。今日はそこで中間管理職と一般労働者達の忘年会が行われていた。

 だが、事業部長などの高級幹部職員と子会社の社長達は、陣内の住居にある会議室に集まっていた。

 そこで今年を締めくくる最後の会議が行われていた。


「さて、勝浦工場の建設を始めてから約七ヶ月。採掘用ロボットや建設用ロボットのお蔭で工事は順調に進んでいる。

 一部では稼動を始めている工場もある。定期会議で進捗報告は受けているが、今日は本年の最後の日だ。

 来年の目標と問題点があれば、発表して貰おう」


「エネルギー事業部の神埼です。この地下にある核融合炉は順調に稼動しており、勝浦工場全域に給電を行っています。

 ですが、超高圧送電の設備建設に時間が掛かりますので、都内への送電はかなり先になる見込みです。送電は協力会社に委託します。

 それと東京電燈を含めて他の電力会社と技術提携を結んで、協力会社から新型発電機を来年には供給させます。

 石油生成プラントの建設は順調で、計画通りに来年の夏頃には日量約10万バレルの生産が可能になります。

 もっとも、現在はそこまで需要がある訳では無いので、稼働率は下げます。原油の大型貯蔵タンク三基の建設は来年から行います」


「産業機器事業部の高村です。内陸エリア工場の自動生産ラインは稼動しており、ベアリングやネジなどの部品の生産を行っています。

 各種の工作機械ですが、同じく内陸エリア工場で制御コンピュータ【イブ】の管理下にあるラインで半完成品を自動製造。

 外の工場に移設して、作業品が組み立てや検査を行って出荷を行っています。工場棟は五棟のうちの二棟が稼動しています。

 都内に技術講習所を設けて、出荷した工作機械の技術講習も順調に進んでいます。

 生産量は増加していますが、最近は材料不足で工程が止まる事が何度かありました。製鉄所の早期立ち上げを希望します」


「造船事業部の中村です。港湾施設と倉庫群の建設の進捗率は約30%というところです。

 諸外国からの資源を積んだ輸送船が引っ切り無しに来ていますが、港湾施設の建設を進めて現在の倍以上の受け入れ体制を目指します。

 二万トンクラスの艦船を対象にした建造ドック三基と修繕ドックを一基を建設していますが、建設資材の不足もあって現在は

 建造ドックに建設を集中しています。建設資材不足が解消されれば、来年の夏頃には完成します。

 第二期計画で建造ドックと修繕ドックを追加建設しますが、それは数年後以降に考えています。

 勝浦工場の造船所で建造するのは主に高速輸送船です。来年末の納入契約が結ばれていますので、絶対に遅らせる訳にはいきません」


「重化学事業部の山本です。建設資材不足があって、工事は遅れ気味です。その為に三ラインある製鉄所の一ラインを集中して建設

 工事を進めています。来年の夏頃には稼動を開始できます。三ラインが稼動すれば、粗鋼生産量が年間約100万トンになります。

 この勝浦工場の各事業部と国内の各会社に供給を始めます。第二期の増設建設は五年後以降を考えています。

 重化学コンビナート群の建設も同じです。特殊車両事業部の大型建設用重機が配備されないと工事が始められません。

 それとエネルギー事業部で生産した原油を精製するプラントと貯蔵タンクは、来年夏までには完成させます。

 現在の需要量は少ないですが、これから大幅に増えると見込まれますので、増設の余地は残してあります」


「特殊車両事業部の土方です。まだ建設中の工場はありますが、一部は来年から稼動を開始します。

 まずはこの勝浦工場内で使用する建設用重機を生産して、問題点をあぶり出し量産に反映させます。

 農業用の特殊車両も試作を数台ずつ製造して、実地評価を行います。

 量産は再来年の1891年を想定しています。こちらも建設資材や材料が不足気味です。改善を求めます。

 協力会社の技術者の養成は順調です。この調子で行きますと、二年後には協力会社の独自ブランドの乗用車が開発されるでしょう。

 そちらが軌道に乗れば、小型の農業用車両や重機関係の生産は協力会社に委託生産して貰う計画です」


「規格管理事業部の永野です。測定器と検査機器の製造工場は既に稼動を開始して出荷を始めています。

 まずは勝浦工場の各部署に普及させてから、国内への普及を図ります。

 試験工場は天照基地から運び込んだ色々な検査機器を用意してありますが、最初の数年は認定を求めてくるのは協力会社だけだと

 想定されています。こちらは日総新聞に協力して貰って、我が事業部が日本政府唯一の統一規格の認定機関である事を周知させます」


「国土管理事業部の石橋です。私有地で世界遺産級の自然が残っているところは大半の買取が終わりました。

 こちらは日本狼などの自然動物の保護を兼ねて、一切の開発をさせずに残します。主な水源地も含まれています。

 残っているところの半数以上は、絶対に乱開発しないとの約束を取り付けました。

 文化遺産に関しても、資金不足で修理できないところには資金援助を行って、きちんと後世に残す形を取ります。

 それと未来の資料で判明した未発見の鉱山は、協力協定を結んだ鉱山会社に知らせました。公害防止の監督をしながら開発を進めます」


「海外事業部の清水です。我が社の製品を輸出する代理店十社(協力会社)と契約を結びました。これで煩雑な処理から解放されます。

 それと海外の商社を立ち上げる件ですが、イギリス、フランス、オランダ、ドイツ、アメリカの五ヶ国で適任者を見つけました。

 既に陣内様の睡眠教育(この場合は洗脳に近い教育)を受けさせ、現地の商社の立ち上げに入っています。

 春頃には最初の輸入資源が入り始めます。平行して各国や植民地の未発見の鉱山や油田の買占めを行いますが、他の列強の大手資本に

 目を付けられないように、ひっそりと行いますから少々時間は掛かります。

 それと各国の孤児院ですが、服部様の了承を貰って老夫婦十組を現地に派遣しました。

 表向きは現地の人に雇われたという形をとって、孤児院を経営します。今は現地の生活拠点の確保に動いています」


「半導体事業部の鈴木です。この真下の秘密工場の一画に、真空管の自動生産ラインを建設する準備は終わりました。

 現在は天照基地から設備の搬入を待っている状態です。それと協力会社には手作業での真空管製造方法の講習が終わりました。

 設備の手配の関係で前後はするでしょうが、来年の夏頃には量産体制に入れます。

 トランジスタ、IC、LSIなどの生産設備を将来は導入しますが、かなり先の話です。今は真空管に全力を注ぎます」


「通信機事業部の柳田です。再来年に予定している無線通信機の発表と同時に販売を開始する為に、今は協力会社の作業者の教育と設備の

 準備を行っています。こちらは来年の秋頃には生産が開始できます。もっとも低レベル技術品です。

 1893年には安価なラジオ受信機を生産する方針ですので、そちらの準備も併せて行っています。

 勝浦工場ではラジオ放送設備と国内の軍用の無線通信機の生産を行う予定ですが、こちらは三年後以降を計画しています」


 勝浦工場の各事業部長の発表が終わった後、陣内のサポートを行っている美香(由維は美香のサポート)と沙織の発表が行われた。

 この顔ぶれの中で十代の少女が発表するのも違和感があったが、全員が見知っているので口を挟んだ者は居なかった。


「内部調整係の江空です。日本国内の各社に大量の建設資材を発注していますが、産業促進住宅街と各会社の工場の増設が重なって、

 需要に生産が追いついていないのが実情です。しばらくは品不足の状況が続くと想定されています。

 ですが、イギリスの商社に大量の建設資材の発注を行いました。二月には入ってくるでしょうから、それまでは辛抱して下さい。

 それと製鉄所の立ち上げを最優先にして下さい。これが立ち上がれば、他の事業部の建設にも弾みがつきます。御協力下さい」


「石里です。協力会社の各社とも、産業機器事業部が製造した工作機械を導入して工場の生産能力を上げています。

 それと統一規格に基づいた部品で、新しい商品も続々と生産されています。

 風力発電機や貯電装置、新型の電灯は海外から多くの受注が入り始めている状況です。

 それ以外にも、自転車やバイク、各種の工具、安全防具、香取線香(史実は1895年)などが生産が始まっています。

 扇風機(史実は1894年)洗濯機(史実は1908年)冷蔵庫(史実は1911年)は電気の普及が進む二年後の生産を計画します。

 それと今年の食料生産が若干落ちましたので、急遽米などの食料を大量に買い付けました。これで来年の米騒動は回避できます」


「これで勝浦工場関係は終わったな。航空機事業部の本格的な立ち上げはライト兄弟の初飛行が終わってからだ。

 それまでは工場の準備は進めるが、滑走路の建設は進めない。

 だが、飛行船だけは進める。そんなに急ぐ事では無いが、日清戦争の時までには最低でも五隻は用意したいと考えている。

 さて、次はグループ会社の発表を進めてくれ」


「理化学研究所の北垣です。ここから約九キロのところに用地を確保して、建設を進めてきました。

 病院や隔離病棟など一部は建設が終わっていませんが、研究施設や培養プラント棟、各種の実験施設等の建設は終わりました。

 天照基地から高精度測定器や実験設備の搬入も終わりましたし、研究員達は各自の研究に入っています。

 それと来年の年明けに発表する大型発電機と高効率変圧器の特許申請の準備に入っています。

 新型の携帯型消火器も同じく特許申請の準備をしており、既に協力会社は量産体制に入っています。

 農村向けには東北地方の収穫量を増やす為に、寒冷地仕様の種子を開発した事にして普及を始めます。

 全体に普及するまで十年近く掛かるでしょう。来年はその最初の年になります」


「日総新聞の青山です。直営の印刷工場も稼動を始めて既に新聞の販売を開始していますが、まだ読者の数は少ないのが実情です。

 これに関しては少しずつ実績を認めて貰うしか手段がありません。それと来年には出版社と広告代理店を立ち上げます。

 こちらも数年は赤字覚悟の経営になります。こんな状況ですが、本当に三年後に富士山に電波送信塔を建設するんですか?

 資金の余裕はあるんですか?」

「資金の事は心配しなくて良い。最初から日総新聞が黒字を出すとは思ってはいないさ。

 国民の教養や見識を高める為だから、長期的な視野に立って考えているんだ。事実をそのまま報道して欲しい。我々の事は困るがね」

「分かりました。努力します」


 赤字続きで不安になっていた青山を陣内が宥めた。続いて唯一の女性責任者の川中楓が報告を行った。


「淡月光の川中です。来年早々に特許を申請すると同時に、販売を開始します。

 既に国内の五ヶ所の販売拠点は準備済みで、直営工場の二ヶ所は二十四時間稼動体制をとって十分な在庫を確保してあります。

 従業員の口コミで噂は徐々に広がっていて、大ヒット商品になるのは間違い無いでしょう。

 来年一年間の国内販売で問題点を全て洗い出して、再来年には海外に販売拠点を確保します。

 それに関して、この勝浦工場で量産している水分吸収素材の生産量を最大で五倍にする計画を御願いします。

 それと海外に拠点を構えるとなると、輸送能力に不安があります。

 国内の大手の輸送会社に依頼するのも良いですが、出来れば自前の高速輸送船を持ちたいと考えています。御検討下さい」

「国内の輸送もあるからな。運営が軌道に乗ったら、専属の運輸会社を立ち上げても良い。高速輸送船の件は考えておく。

 水分吸収素材の生産量の件もな。さて、隣の部屋に料理を用意してある。今年の疲れを癒して、来年も頑張ろう!」


 こうして主要幹部は席を移して忘年会を始め出した。陣内がこの世界に来て約一年だ。

 たった一年だが、その動きは誰しもが想像さえもしていない程、激しいものだった。

 そして来年が明るいものだと信じて、全員が頑張る決意を漲らせていた。


 時は西暦1889年(明治22年)。日本改革計画(天照プロジェクト)は第一歩を踏み出した。

 現時点の世界の人口は約16億人。日本は約4000万人だった。


                                <<< ウィル様に作成していただいた地図です >>>

ウィル様作成の地図(1889年版)


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 不可思議な空間を経由して、この時代に来たのは陣内だけでは無かった。

 彷徨える数十もの魂が、不可思議な空間を経由してこの時代にやって来ていた。そして各地の母親の胎内の赤ん坊に憑依した。

 まだ赤ん坊に憑依していない魂もあるが、別世界の魂を持った数十人の赤ん坊が世に送り出されていた。

 中には記憶が最初からある赤ん坊もいるし、記憶が封印されている赤ん坊もいる。

 それらは日本だけで無く、世界各地で発生していた。

 それらの赤ん坊が今後の世界にどういう影響を与えるか、誰も分かるはずも無かった。


(2013. 5.11 初版)
(2014. 2.16 改訂一版)



管理人の感想

 ご投稿ありがとうございました。
 主人公が未来から来るだけでなく、他にも色々な方が別世界からやってこられるようですね。
 どれだけ世界が変化していくか、非常に興味深いものがあります。