2013年12月06日
オランダやベルギーの子どもたちは、毎年12月5日が近くなると、そわそわし始める。その日は、「聖人」がプレゼントを配り歩いてくれるからなのだ。「今年は、何がもらえそう?」というお決まりの質問が、毎日のごとく交わされ、誰がどんなプレゼントがもらえるか、子どもたちの話題はこの聖人のトピックで持ちきりになる。
聖人とは、聖ニコラウスのことである。子どもの守護神である彼は、サンタ・クロースの原型とされる。サンタの様な白い髭を生やし、赤い服に身を包んでいる点など、確かに共通点は多い。しかし、決定的に違う点がひとつある。この聖ニコラウスは「ズワルト・ピート(黒いピート)」と呼ばれる従者を数人、お供にしているのだ。
ズワルト・ピートはその名のとおり、肌が黒い。彼らは、聖ニコラウスが用意したプレゼントを子どもたちに配り歩く手助けをするだけでなく、歌い踊りながら、その場を華やかに盛り上げる役割をも担う重要な存在だ。しかし、このピートたちの肌の色が人種差別に通じるということで、今年10月、オランダ政府は国連の人権委員会から抗議を受けた。
オランダの有力紙「NRC」によると、国連の人権委員は、ズワルト・ピート(黒いピート)という名前自体が差別的だと指摘、オランダが行なってきた奴隷貿易という暗い過去をそのまま再現していると強く非難した。こういった祭りを行なうことは、かつての黒人奴隷貿易を肯定することにもつながる上、肌の黒いお供を引き連れていること自体が差別だとしてオランダ政府に対して抗議を行ったのである。
実はオランダ国内でも、ピートの肌の色が問題になり、黒人を揶揄するのはいい加減にしろ、という論争が起きたこともある。しかし、国連から抗議を受けたるのは前代未聞である。この点を考慮に入れ、現首相のマーク・ルッテ氏が国会に証人喚問され、ピートの肌の色について意見を述べる事態に陥った。しかしルッテ氏は、こうした文化的な問題は政府として対応すべきではないとの意向を公表し、敢えて明言を避けている。
なぜ、ピートの肌は黒いのか。伝説によれば、ピートはイスラム教からキリスト教に改宗し、聖ニコラウスの従者となったムーア人で、白人の聖ニコラウスより肌の色が濃かったことに由来するという。他にも諸説あり、どれが事実なのかは不明だが、このピートが黒人奴隷だったという記述は、どこにも見当たらないとされている。
聖ニコラウス祭を毎年行なっているオランダ国民たちは、この問題をどう思っているのだろうか。オランダ中央統計局(CBS)によれば、国民の約95%が、国連からの抗議に対し、失笑せざるを得ない、という意見を述べているという。ピートの肌の色は一種のユニフォームに過ぎず、差別とはまるで関係ないと考える人がほとんどなのだ。白いひげを生やした老人の聖ニコラウスと対照的にアクティブに振る舞い、その場を盛り上げる存在のピートたちこそ、子どもたちから圧倒的な人気を誇り、祭りの中心的存在なのだから、外野が肌の色云々で騒ぐとはナンセンスというわけだ。
事実、ピートなくしては、聖ニコラウス祭は成り立たない。オランダやベルギーの子どもたちは、ピートは黒い人物と認識して育つ。祭りの間、子どもたちは聖ニコラウスやズワルト・ピートに変装して通学することが許されているが、実際のところ、プレゼントを用意してくれる聖ニコラウスより、ピートの人気のほうが圧倒的に高く、ほとんどの子どもたちは、顔を真っ黒にして登校する。顔を黒く塗りこめた子どもたちは、ひどく誇らしげだ。
人権を重視するか、伝統を守るかで、いつになく湧いたこのピート問題により、アムステルダムなどの大都市では、いささか加減をしてメイクを施したピートを用意しているという。また、奇抜と思えるほどのアフロヘアなどは避け、虹色にメイクをしたり、顔を黒く塗らないピートも登場させるよう配慮をしているそうだ。
ところで、聖ニコラウスやズワルト・ピートたちに扮し、子どもたちにプレゼントを配り歩くのは、定年退職した人や、アルバイト学生たちである。そして当然のことながら、子どもたちは7〜8歳になると、どちらも架空の人物であること、プレゼントは親たちが用意していたことを知る。国連の人権委員たちを憤慨させ、世論を騒がせた伝統行事も、彼らにとっては、単なる一過性のお祭りに過ぎないようだ。
ちなみにオランダでは、聖ニコラウスやピートが実在しないことを、子どもたちに教えるか否かで常に論争が起きる。それこそ、ピートの肌の色どころの騒ぎではない。万が一、親が子どもに対し、「今年の聖ニコラウスは、隣のおじさんだったんだよ」とか、「ピートの正体は大学生で、お小遣い稼ぎのために扮装しているだけなんだ」などと“真実”を伝えようものなら、それこそ周囲から叩かれ、子ども心からファンタジーを奪ったとして、親失格の刻印を押されることは間違いない。
オランダ人たちにとって、ピートの人種は何なのか?など、実はどうでもいいのだ。聖ニコラウスやズワルト・ピートたちの「正体」を暴くか、暴かないか?についてのほうが、彼らにとってはずっと重要な問題なのである。
【Global Press】http://globalpress.or.jp/
ロンドン大学複合外国語学科卒業後、児童書専門出版社旧・Frederick&Warne社に入社。その後オランダに渡り、地元新聞社Gelderalderで英蘭翻訳に携わった後、ジャーナリスト・フリーライターに。政治、経済から文化、ライフスタイル、旅情報に至るまで幅広くカバー。オランダにとどまらず、ポルトガル・ルクセンブルグにおける最新情報も各種メディアに発信している。