人類が宇宙に進出して268年が経過していた。まだ恒星間の移動手段は実現されて無く、人類の活動範囲は太陽系内だけだ。
動力源は核融合炉が主であり、電気推進方式のイオンエンジンと反重力エンジンが一般に普及している。
到達圏という意味では冥王星軌道に届いていたが、開発圏は木星軌道までが今の現状だった。
身体改造が一般的になって平均寿命が150歳まで伸びた為に人口は増加し、大部分の人達は宇宙に生活の場を移していた。
国家はある程度は統合されていたが、人類の統一政府は設立されずに国家間の争いは宇宙空間にまで拡大している。
この時点で地球の主な国家は『アメリカ共和国』、『大中華帝国』、『インド連合』、『大アラブ連合』、『ロシア連合』、
『ヨーロッパ連合』、『アフリカ連合』であり、その他の国家は主な国家に従属するか、独立を保てても弱小国家の悲哀に嘆いていた。
宇宙歴0027年。『朝鮮連合』の宇宙船がエンジントラブルを発生して制御不能になり、『日本』の首都東京に墜落した。
その宇宙船の落下により、東京都心が消滅。さらには宇宙船の爆発の為に、関東一帯に強烈な放射能がばら撒かれた。
当時の『大中華帝国』と『朝鮮連合』の大使館職員が関西方面に慰安旅行中の事故だった事もあって、この『事故』は限り無く
黒に近い白と噂された。それと国内の一部の政治家とマスコミ関係者の多くが、関西方面に出払っていた事も大きく影響していた。
しかし、当時の人口の一割と日本の象徴が消滅した日本は纏まりと国力を失って、まともな調査も出来ない有様だった。
さらには過去の償いという名目で多額の賠償を請求され、日本が開発した技術の多くが海外に流出していった。
度重なる圧力に屈して地球上の領土は周囲の国家に徐々に切り取られ、国力は下がって嘗ての栄光など見る影も無かった。
宇宙でも同じだった。有望な小惑星を発見しても、大国の圧力に屈して何度も所有権を奪われた。
その為、大国が目をつけないような小規模な小惑星の開発しか、日本には生き残る道は残されていなかった。
地球の地下資源は殆ど尽きて大気や海の汚染が進んだ為、人類は生活圏を宇宙に移していた。
地上に残った人々は過去の歴史を守るだけの少数であり、大部分の人類は宇宙にあるスペースコロニーで生活していた。
地球は国際条約で如何なる武力行使も認められていなかったが、宇宙はその対象外だ。
今まで宇宙覇権を争って二回の宇宙大戦が行われており、敗残兵による宇宙海賊の横行も収束する気配を見せずに治安は悪化していた。
大国間の木星資源争奪戦は徐々に激化しており、第三次宇宙大戦も近いと噂されていた。
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太陽圏全域に戦乱が迫っている状況で、全長三百メートルの古ぼけた船が個人所有を示す緑の灯りを点けて海王星付近を航行していた。
その宇宙船は耐用年数が過ぎて売りに出されていたのを、ある人物が買い取ったものだ。その人物は『陣内啓介』。
小惑星の開発で一旗あげようと考えて、中古の宇宙船を購入した。
そして資源の採掘用ロボットや鉱石の精製加工設備を購入して、資源採掘用の船に改造していた。
やっと仕事を始めようとした時、第二次宇宙大戦の脱走兵だった宇宙海賊の襲撃を受けて死亡してしまった。
残されたのは一人息子の『陣内真』二十一歳。見栄えも普通で、何処にでもいる普通の青年だった。
人付き合いの苦手な陣内は宇宙ステーション【天照W】の大学で電子工学を専攻していたが、大学を辞めて親の後を継ぐ決意をした。
幸いにも中古の宇宙船【織姫Z】の被害は軽微で、復旧にさほどの時間は掛からなかった。
そして遺産を全て処分して【織姫Z】の装備をさらに改良し、一人で宇宙に飛び立っていた。二年前の事だ。
それから宇宙海賊の襲撃を受けたり、大国の同業者の露骨な圧力に屈して有望な小惑星を奪われたりと色々な事があった。
陣内は有望な小惑星を見つける事が多かったが、何度か取引で騙されて大損害を被った事もあった。
平均寿命が150歳まで伸びた今、まだ二十代の陣内は露骨な若造扱いを受けていたからだ。
だが、何度か経験を積む事で駆け引きを身につけて、順調に利益も上がるようになっていた。
親戚も親しい友人もいない陣内は、利益を貯蓄する事なく自らの家と定めた【織姫Z】の装備の更新や導入につぎ込んだ。
【織姫Z】に人間は陣内真だけだったが、話し相手がいない訳では無い。
親が改造を加えた【織姫Z】には、中古の船体に対しては分不相応とも言える高性能タイプのコンピュータが搭載されていた。
この時代の制御コンピュータは思考回路を持っており、其々が個性(特性)もあって十分な話し相手になる。
船内作業と陣内の手伝い用に五体の人型サイズの汎用アンドロイドが搭載されており、それらは全て【織姫Z】の管轄下にある。
採掘用ロボットも同じであり、それらを使って【織姫Z】は陣内のサポートをしていた。
身寄りも無く、人に騙され、理不尽な扱いを受けて軽い人間不信になっていた陣内にとって、【織姫Z】は大切なパートナーだ。
現在の陣内の活動圏は、他の宇宙船が殆ど近寄らない海王星軌道付近だ。
有益な小惑星が見つかる確率はかなり低いが、それでも他の同業者と争うよりは良いと考えていた。海賊を避ける為もある。
今回の収穫はゼロかと思っていた時、陣内は信じられないものを発見した。
全長が千メートルもある輸送船が、宇宙を漂流していたのだ。
艦橋は攻撃によって吹き飛んでいて、船体の所々に隕石の衝突による損傷はあったが、積み荷にあまり被害は無い。
船内の各種設備や核融合炉(500万KWが二基)にも被害は無かった。船籍は『アメリカ共和国』で、百八十年前のものだった。
当時は第一次宇宙大戦の真っ最中で、『アメリカ共和国』と『大中華帝国』が小惑星帯の所有権を争っていた。
漂流している宇宙船は、新しい要塞建設の資材を輸送中に攻撃に遭ったものと思われた。
それが海王星軌道にまで漂流してきたのだろう。
積荷は百八十年前のものであっても十分に動く。軍規格の物もあり、中古業者は高値で買い取ってくれる。
千メートルクラスの宇宙船をスクラップ業者に持ち込むだけでも、かなりの利益になる。
艦橋は破壊されてはいるが、二基の核融合炉や武装、船体の制御コンピュータは使用可能だ。積荷も使用可能な物は多い。
その為に、三百メートルサイズの【織姫Z】は自分を遥かに超える大きさの輸送船を牽引して、母港に向かっていた。
巨大な船体を牽引しているので、移動速度はかなり遅い。宇宙海賊の襲撃に遭ったら、逃げるしか方法は残されていない。
それでも、こんなお宝を見逃す訳にもいかない。陣内は内心の焦りを抑えて【織姫Z】と会話をしていた。
「通常とは外れた航路を使っているから、【天照W】の到着までは約一ヶ月掛かるか。周囲の警戒を怠るなよ」
『勿論です。あれが売れれば私の船体の入れ替えも可能ですからね。希望としては五百メートルクラスの最新の巡航艦です。
あれなら機関出力はこの船の三倍はありますし、強力なシールド機能や海賊防衛用の兵装も多くあります。
マスターの暇潰し用で、過去の技術資料を外付けデータパックに容量ギリギリまで入れましたから、そちらも追加したいですね。
装備更新の為にも、絶対に漂流輸送船は持ち帰ります。速度は通常の二割程度まで落ちていますが、大丈夫です』
「夢は大きく……だな。しかし、さすがは『アメリカ共和国』だな。前線の拠点構築にあそこまでの量の資材を運ぶつもりだったとはな。
百八十年前の代物だが、今でも十分に使える。他国の民には容赦無いが、自国の兵士には手厚い待遇をしている」
『この漂流輸送船が今まで誰にも見つからなかったのは、奇跡と言って良いでしょう。
積み荷は前線の要塞建設用の資材一式です。大型の核融合炉ユニットが二基とリサイクル機能がついた食料生産プラントが一基。
小惑星をくり貫いた後の内部施設建設用の資材が大量にあり、兵士の居住ユニットも二十人分ありました。
それと部品生産ユニットと建設用ロボットが十体と汎用アンドロイドが二十体。反重力エンジンを搭載した大型輸送機もあります。
兵器を積み込んだコンテナもありますが、シールド発生装置や大型粒子砲は隕石の衝突でコンテナが大きく破損して使用できません。
積荷以外にも船体の装備品で使えるものは多いですね。まさに宝の山を見つけたようなものです』
「宇宙海賊が見つけたら大喜びしたろうな。百八十年前の代物でも軍用仕様だから、今の民生仕様より遥かに高性能だ。
あれだけの機材があれば、今からでも小規模な宇宙前線基地が建設できる」
『自立制御タイプの制宙用戦闘機が十二機ありましたが、隕石の衝突で被害が激しくて使用は無理かもしれません。
それでも交換用部品が揃っているのは良いですね。他に流用できます。時間が空いたら修理できるかを確認してみます。
それと軍用仕様の銃火器多数と、陸戦隊の強襲用の個人装備は二十人分です。予備の小型動力炉もかなり残っています。
海賊の手に渡っていたら大騒ぎになったでしょう。何しろ、民間には出回っていない性能ですから』
【織姫Z】は核融合炉(300万KW)を持っており、それで船内設備とイオンエンジンを動かしている。(反重力エンジンは非常用)
二十メートルサイズの採掘用ロボットが一体、それと人型サイズの汎用アンドロイドが五体あるが、戦闘能力はまったく無い。
無人の資源探査ユニット三十機も同じだ。精々が索敵用に使えるぐらいだ。
隕石衝突回避用の簡易シールドと小出力の粒子砲が装備されているが、何れも宇宙海賊の前では役には立たない。
万が一の時は高速宇宙艇【雪風】で逃げ出すだけだ。これも民間には強力な武装が許可されていない為だった。
その為に、百八十年前の旧式とは言っても軍仕様の武器は、誰もが喉から手が出る程欲しがっていた。
「兵器関係も直せるなら、新しい船に組み込みたい。後で壊れていない部品を組み合わせて完成品が出来るのかを、じっくりと調べよう。
特に制宙用戦闘機は数機でも動けば、かなりの戦闘能力が期待できる。
それにしても部品生産ユニットはかなりの大きさだが、まだ民間では出回っていない代物だ。
原材料さえあれば、殆ど自給が可能な基地が建設できる。まったく大国のやり方は一味違うな」
『金持ち国家は贅沢が許されますからね。貧乏な日本とは違いますよ。兵士の慰安設備にも力を入れていますね。
人間の女性の大量の写真集やダッチワイフはマスターが大喜びすると思ったのですが、何故自室に持ち込まなかったのですか?』
「……俺は女性は苦手だが、二次元が好きな訳じゃ無い。勘違いするな。好きな奴らに、高値で売れば良い。
それにしても、此処までの資材があれば辺境に隠れ住む事も十分に可能だが、第三次宇宙大戦がどうなるかが問題だ」
(『アメリカ共和国』の圧力は増すばかりだし、『大中華帝国』と『朝鮮連合』の嫌がらせを込めた干渉も最近は激しい。
『ロシア連合』の横やりで小惑星帯の権利が奪われたばかりだしな。大国同士の動きが活発化している。
この前は『インド連合』と『大アラブ連合』の宇宙艦隊の小競り合いがあった。『ヨーロッパ連合』と『アフリカ連合』も関係が悪い。
このままじゃ、年内にも第三次宇宙大戦が始まるかも知れない。そんな状況なら、辺境に篭るのも一つの生き方だ。
偶然に手に入れた宇宙要塞の建設資材を使えば、辺境の小惑星を住居に改造できる。
今更、人混みの中の生活なんて嫌だし、孤独な生活には慣れている。日本の為になるのなら協力しても良いが、大した事は出来ないし)
人並みの恋愛をしてみたいと考えた事はあるが、軽い人間不信に陥っていた陣内は行動に移す事は無かった。
話し相手の織姫さえいれば、辺境の一人暮らし生活も悪くは無いだろうと考えていた。
将来的には分からないが、現状に満足はしている。このまま小惑星の資源採掘の仕事を続けようと思っていた。
その時、【織姫Z】にいきなり緊急警報音が鳴り響いた。
他の宇宙船が接近してくるなら警告音のはずだが、今回はいきなり緊急警報だった。
「何事だ!? 報告しろ!」
『前方に異常な重力変動を確認! 空間位相が歪んでいます! 異常な量の素粒子を確認! 危険です! すぐに脱出して下さい!!』
「馬鹿な!? 緊急進路変更を行え!」
『漂流輸送船を牽引していますから無理です! 空間位相の歪みがさらに拡大! 間に合いません! 衝撃に備えて下さい!!』
「分かった! シートベルト固定! 耐ショック態勢!」
これでは高速宇宙艇【雪風】でも脱出できない。どうやら手遅れらしいと判断した陣内は、船内に留まる事にした。
船内の隔壁が次々と閉鎖され、各設備は全て初期位置で固定された。
そして今まで経験した事が無い激しい揺れが長時間続いて、陣内は気を失った。
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【織姫Z】の付近に他の宇宙船は無かった。
もし居たら、【織姫Z】と牽引している漂流輸送船が、僅かに光っている空間に呑み込まれて消えてしまった事に呆然とするだろう。
爆発した訳でも無く、エネルギー変換された訳でも無く、いきなり宇宙空間から消え去った。
科学的にも説明できない現象だった。だが、目撃者は誰もいなく、その事に頭を悩ませる人間は居ない。
そして不可思議な空間に呑み込まれたのが、二隻の宇宙船以外にもあった事は誰も知らなかった。
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陣内は目眩を感じながら目を覚ました。まだ頭がくらくらしているが、シートベルトをしていたので怪我は無い。
意識を取り戻した陣内は、まずは【織姫Z】の状況の確認を始めた。
「凄い揺れだったが、何とか死なずに済んだようだな。今の状況は? 船は無事なのか? 異常な重力場はどうなった?」
『異常な重力場は消滅しています。本船を激しい振動が襲った為に、核融合炉は安全装置が働いて緊急停止中です。
船内設備の一部が破損しています。現在は復旧しながら、被害状況も確認しています』
「そうか。取り敢えずは生き延びられたか。漂流輸送船はどうした?」
『激しい振動が影響したらしく、船体の一部が破損していますが、牽引に問題はありません。
ですが本船のイオンエンジンの出力が低下しており、本格的な修理が必要です。
母港に辿り着かないと修理は不可能です。それと船内設備の約三割に影響が出ています』
「……イオンエンジンが問題か。騙しながら行くしか無いな。他の船内設備の修理は航行しながらでも可能か?」
『イオンエンジン以外は、航行しながらの修理は可能です。それと不可解な現象を確認しました。
先程の異常現象の発生以前には受信できた様々な通信波が、一切受信できません。
資源探査機を二機射出しましたが、そちらとの交信は問題ありません。私の通信機器の異常ではありません』
全人類の人口は三百億を超え、軍用や民間の通信波は様々な帯域のものがある。それらが全て受信できないとは確かに異常だ。
とは言え、この状況では原因を追究する事など出来はしない。そもそも【織姫Z】は問題を抱えており、早急な修理を必要としていた。
「異常事態の原因はあの異常な重力反応だろうが、何も分からないか。……仕方無い。
イオンエンジンの修理が必要だから、このまま母港の【天照W】に向かってくれ。船内の修理は移動しながらだ。
途中の『ヨーロッパ連合』の宇宙要塞群は回避する航路を取れ。それと周囲に索敵用の資源探査機を配備しろ」
『……承知しました。その航路ですと【天照W】への到着は約二ヵ月後になります』
「仕方無いだろう。その間は、俺は漂流輸送船の積荷の再チェックを行う。織姫は可能な限り、修理を進めてくれ。
何か嫌な予感がする。あの重力異常現象は第三次世界大戦が始まって、何処かの国が使用した新兵器という事は無いと思うが」
この時代、太陽系内なら何処にいても通信波は受信できる。
それが出来ないとはどういう事だ? まさか本当に第三次宇宙大戦が始まって、一瞬で人類が絶滅したとでも言うのか?
広大な宇宙に広がった人類が、一瞬で絶滅するなど有り得ないだろう。しかし、今の状況は説明できない。
まさか太陽系内で生き残っているのは自分だけだと言うのか!?
陣内は一瞬恐怖を覚えた。人付き合いは苦手だが、自分一人だけで生きていくなんて、絶対に無理だと思っている。
そして不安を忘れる為に仕事に打ち込んだ方が良いだろうと考えて、陣内は漂流輸送船の居住区の探索に向かった。
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漂流輸送船の積荷は宇宙要塞建設用の機材が大部分であり、その内容の確認は済んでいた。
陣内は搭載している積荷以外の乗組員の個室や、船内の備品室に目ぼしいものが無いかを確認していた。
そして面白いものを見つけた。その一つはドリームシアターだ。
装着者に好きな夢を見させる機能があるが、出力を上げれば立派な洗脳装置になるもので百五十年前に生産中止になっていた。
現在は生産もしておらず、見つかれば犯罪者扱いになる代物だ。それが五個も船内の備品室で見つかった。
それと各乗務員の個室で、趣味の立体映像投影装置やらの興味深い装置を色々と見つけていた。
特に船内の修理や雑用に使われる汎用アンドロイド二十体は、軍艦に搭載されているだけあって戦闘機能まで備えてあるタイプだ。
かなり使い勝手が良いだろう。それと陸戦隊用の色々な軍用装備が見つかった。
その陣内に【織姫Z】から呼び出しが掛かった。そして陣内は船長席に戻って報告を聞くうちに、徐々に顔色を青褪めていった。
「では『ヨーロッパ連合』の宇宙要塞群は影も形も無いと言うのか!? あんな巨大な物が消え去ったと言うのか!?」
『はい。先行させた資源探査機からの情報で確認しました。宇宙要塞群は見当たりません。木星周囲の資源収集施設もです。
今まで各国のどんな施設も確認できません。それらがどのような原因で消え去ったかも推測不可能です。
【天照W】への到着まで約十五日ですが、イオンエンジンの出力がさらに低下。現状では【天照W】への到着前に機関は停止します』
「……後は非常用の反重力エンジンを使うしか無いだろうな。分かった。イオンエンジンを停止して、後は慣性で航行する。
目標に近くなったら、再度イオンエンジンを起動する。……もっとも【天照W】があればの話だ」
『異常な重力現象が全ての原因でしょうが、何が起こったのかはまったく不明です。【天照W】が存在しない可能性も十分にあります。
その時はイオンエンジンの修理は完全に不可能になります』
「……あの積荷にあった部品生産ユニットでも無理か?」
『あれは要塞内で使用する消耗品レベルの物しか生産できません。電子部品も低レベル品が限界です。
大型のイオンエンジンのような高精度なものは無理です』
「まったく何が起きたんだ!? 本当に第三次宇宙大戦が勃発したのか? 人類は一瞬で滅亡してしまったのか!?」
『先行して【雪風】を飛ばしますか? 【雪風】なら三日もあれば【天照W】に到着できますが?』
「……いや、航続距離もぎりぎりだろうし、状況を把握するまで無駄な事はしたくは無い。このまま【天照W】へ向かってくれ」
本来あるべき物が無いと人は不安になる。宇宙要塞という物騒なものでも、本来の位置に無いとそう感じるものだ。
何があったのか? 陣内は不安を隠しきれなかった。
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十五日後、地球の軌道付近に位置しているはずの【天照W】の座標に、【織姫Z】は漂流輸送船を牽引したまま到着していた。
数日前から望遠映像でも分かっていた事だったが、やはり肉眼でも【天照W】が確認できない事に陣内は狼狽していた。
「各国の宇宙ステーションや宇宙要塞が全然無い! それに【天照W】も無いだと!? どういう事だ!? では地球はどうなのだ!?」
『少しお待ち下さい。地球の撮影映像を映します』
そうやって管制室の大型モニタに映し出されたのは、青く輝く地球だった。
陣内の生まれる遥か以前から、地球は汚染されて海は黒く濁っていた。それが今の映像では地球の海は青い。
有り得ない事だ。混乱した陣内はさらに偵察を命令した。
「地球の周囲と地上を確認してくれ」
『地球を周回している人工衛星は一切確認できません。待って下さい! 海上の移動物を確認! 拡大します!』
ブリッジの大型モニタに映し出されたのは、大きな煙突から煙を吐き出しながらゆっくりと動いている船だった。
有り得ない事だった。地球の地下資源は殆ど採掘されて、今更煙を出すような古い形式の船などあるはずが無かった。
続いて地上の様子が映し出された。そこには過去の資料でしか見た事が無い映像があった。
「……豊かな緑と美しい自然。それと瓦屋根の家並みだと。これがあの滅んだ東京だと言うのか!?」
『周囲の地形も確認しました。この映像は嘗ての日本の首都の東京で間違いありません』
「馬鹿な!? 東京は『朝鮮連合』の宇宙船の墜落の時の爆発で消滅し、関東全域が放射能に汚染されて人が住めないはずだ!
それに瓦屋根の家並みだと!? いったい何時の時代だと思っているんだ!?」
『過去のデータパックをセットして読み出しましたが、西暦1900年前後ぐらいのデータと一致します』
「過去!? 俺達は過去にいると言うのか!?」
『まだ情報不足です。別の次元の過去に飛ばされたという可能性もあります。原因は恐らくはあの異常な重力場です。
空間位相が歪んで、その裂け目に突入してしまったのでしょう。そして異なる空間に飛ばされた可能性が高いと推測されます』
「……努力して元の世界に戻れると思うか?」
『はっきり言えば無理かと。あんな重力異常と空間位相の歪みは、これまでに観測されたデータには一切ありません。
数千年や数万年に一回程度の頻度で短時間だけ発生するものなら、待つだけ無駄でしょう。
それに、さらに過去に飛ばされる可能性もあります』
「……そうだよな。俺達は島流しにあったという事か。これで宇宙要塞群や宇宙ステーションが無かった事も納得できた。
そしてこの世界で生きていくのか。……分かった。地上をさらに偵察して年代の特定を急いでくれ」
『承知しました』
「それと日本に近い適当な無人島を見つけておいてくれ。
少なくとも【織姫Z】と牽引している漂流輸送船が、収容できる程度の平野部があるところが良いだろう」
『無人島を見つけて、どうするつもりですか?』
「情報を集めてからで無いと、最終決断は出来ない。だけど、地上の拠点の建設を進める準備はした方が良いだろう。
陸地だと人目につくから、無人島なら大丈夫だろう。それに地球に住むなら日本の近くが良い。
現地の組織と接触を持つかは分からないが、その場合は祖国の日本にしたい」
『要塞建設用の資材と建設用ロボットを使えば、時間は掛かりますが地上の拠点構築は可能です。
承知しました。マスターの希望する条件に合う無人島を探査します』
【織姫Z】の中で食料生産プラントを稼動させれば、寿命で死ぬまで船内で生きていける。
だが、過去か別次元かはまだ不明だが、この世界と無干渉でいられる訳も無い。
食糧にしろ資源にしろ、生活改善の為に手に入れたい物は多い。ならば地上の拠点はあった方が何かと良いだろう。
【織姫Z】は無人島の探査と地上の偵察、地上での生活で必要となる物、それと船内工場で生産可能な物の検討を始めていた。
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時代は西暦1889年(明治22年)。列強による植民地政策は苛烈を極め、食うか食われるかの弱肉強食の時代だった。
列強は植民地の富と資源を搾取して、己をさらに強化して勢力を拡大しようとしていた。帝国主義の全盛期だ。
弱者はさらなる弱者を搾取してでも生き残ろうとしている。人道主義を唱えても、裏では抜け道を探すような世情だった。
その為に大義名分を重視しながらも、名目さえあれば侵略の手を緩める事は無かった。
その魔手はアフリカやインド・南米を覆いつくし、アジアに伸びている真っ最中だ。
貧しい人々はお金に困ると、子供を売り払うのが罪悪とはされていなかった。そして売られた子供には過酷な運命が待っていた。
満足な食料も与えられずに長時間働かされ、病気を患うと治療も受けさせて貰えずに死を待つだけだ。
売られなかった子供も、楽な生活が出来る訳では無い。空腹を我慢しながら、親の仕事を手伝う日々が続く。
それは列強であっても、植民地にされた国でも同じだ。
貧しい人達の比率が、植民地にされた国の方が多いというだけだ。力ある者だけが生き残れる時代だった。
人種差別が公然として行われ、白人で無ければ人としての扱いを受けない事も多かった。
アメリカの南北戦争は終了して黒人奴隷の所有は禁じられていたが、一般大衆の意識がすぐに変わるはずも無い。
白人以外の国家で有力な国家が無かった事も影響している。
その為に、白人以外の人種は支配や管理されて然るべきという常識がまかり通っていた。
この時代、日本は明治維新の困難を乗り越えて、徐々に国力をつけていった。
富国強兵と殖産興業政策によって近代国家体制を造り上げ、軽工業を中心に産業を発展させようとしていた。
その日本の発展の影には血が滲むような努力と、貧しい農村から売られた子供達の犠牲などがあった。
不平等条約の為に国の産業は中々育たずに富も増えない。とは言え、諸外国の脅威が迫る中、軍備にも力を入れなくては為らない。
列強の植民地にされるのが嫌なら、軍備を怠る訳にはいかない。戦争の敗北は国の滅亡を意味していた。
その軍備はまだ国産化が出来ずに、外貨を使って海外から輸入せざるを得ない。そして国内の近代化も進めなくてはならない。
全国民を守る為には、少数の犠牲も止むを得ないと考えるのが常識だった。
まずは熾烈な国家間の生存競争に生き残る事が、最重要視されていた。
嘗ては大国と認識されていた清国が列強に侵略されつつあり、北方からはロシア帝国の脅威が朝鮮半島に迫りつつある。
そんな状況下、日本の上層部はロシアの脅威に怯えつつ、何とかして日本を守ろうと日夜努力していた。
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大東諸島は沖縄諸島の東部にあり、北大東島(約12.7km2)、南大東島(約30.6km2)、沖大東島(約1.1km2)の三つの島々からなる。
サンゴ礁が隆起して出来た隆起環礁の島であり、外周部が小高くて中央が低くなっている。(沖大東島は別)
周囲400キロは陸地の無い絶海の孤島群だ。島の周囲の海は深く、沖へ二キロも出れば水深は一千メートルに達する。
1885年に日本に編入(沖大東島は1900年に編入)され、史実では1900年から入植が始まった。
まだ年代の特定は出来ていなかったが、上空からの探査でも住民は確認されず、陣内の希望に合った島々だろう。
山が無いのは残念だが、それでも周囲400キロに他の有人の島が無いのは都合が良い。
あまり小さくては困るが、大き過ぎても目立つ。その為に、基地建設は北大東島で行う事にした。
陣内は生まれ故郷の宇宙ステーションの名を使って『天照基地』と名付け、基地の建設を開始した。
周囲に有人島は無く、現地の人が来る可能性は低い。もし島に近づいたら、立体映像装置を使って脅して追い払うつもりだ。
平野部は僅かな施設だけにして、主要施設は地下に建設する。そして掘り進めた土砂で山を造成する計画だ。
【織姫Z】のイオンエンジンは停止寸前であり、一度地球に降下すると再び宇宙に飛び立つ事は不可能と診断されていた。
その為に反重力エンジンを装備している大型輸送機を使って、漂流輸送船から要塞建設用の資材が次々と北大東島に運び込まれた。
同時に採掘用ロボットは二十四時間休む事無く稼動して、島の地下に広大な空間を掘り進めていった。
掘り出した土砂を使って島の外周部をさらに高くして、容易に海からの侵入が出来ないようにする。
そして観測用施設の為に、高さ百メートル程度の山を造成する。(山の中にも施設は造る予定)
建設用ロボットは地下空間の壁を凝固剤を使って固め、次々に施設の壁や各ユニットの設置工事を進めている。
【織姫Z】のイオンエンジンは停止寸前であり、今までのように宇宙空間を自在に飛び回る事は出来ない。
だが、船内にある鉱石精製装置や小規模工場は十分に使える。
その為に、地上に降下した後は船を分解して、使える設備を島の地下に設置する。
大事なパートナーの【織姫Z】の制御コンピュータもそうだ。牽引してきた大型輸送船は積荷を降ろしてしまっても、
その中の制御コンピュータや核融合炉は十分に使えるとして宇宙で分解されて、そのパーツは全て北大東島の地下空間に運び込まれた。
【織姫Z】で使える物は、採掘用ロボットが一体、それと四人乗りの【雪風】、五体の人型サイズの汎用型アンドロイド、
船内にあった鉱石精製装置と小規模工場、300万KW出力の核融合炉、その他の【織姫Z】にあった装備類。
漂流輸送船で使える物は、反重力エンジンを装備した大型輸送機が一機。
それと大量の要塞建設用の資材と建設用ロボット十体、汎用アンドロイド二十体がある。
それ以外にも、住居ユニット、大型の核融合炉二基、食料生産ユニット、部品生産ユニットは基地建設に使えるだろう。
兵器としては、陸戦隊用の装備二十人分と、隕石の衝突で破壊されたシールド発生装置と大型粒子砲。
それと輸送船を分解した時に取り出した各種のユニット(制御コンピュータ、核融合炉二基、武装、小火器多数、etc)がある。
隕石の衝突で破壊された兵器が使えるかは不明だが、目視レベルでは見込みがある。
幸いにも漂流輸送船にあった、建設用ロボット十体と汎用アンドロイド二十体のプロテクトは解除できた。
そして採掘用ロボット一体と汎用アンドロイド五体を加えた労働力で、北大東島の基地化は急ピッチで進められていった。
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天照基地の建設目的は、自給自足の体制を整えて、陣内が快適に過ごせる生活環境を構築する事にある。
その為に、小規模ながらも原材料の精製から加工、部品製造、製品組み立てまでの一貫工場の建設が進められた。
天照基地の建設を進める傍らで、陣内は資源探査機を世界各地に派遣して、情報の収集に努めていた。
そして偵察で得られた各地の情報が伝えられて、陣内は大きな衝撃を受けていた。
(弱肉強食の時代か。俺の生きていた時代もそうだったが、この時代の方が遥かに悲惨だ。『白人にあらずんば人にあらず』だ。
最初は自分の事だけ考えれば良いと思っていたが、あそこまでの悲惨な人生を送っている人達を見捨てるのも気が引ける。
さて、どうするかだな。俺の持っている技術を世界に無償で公開すれば、世界の技術レベルは上がって豊かな世界が築けるか?
……無理だな。全世界の人達の意識を変えなければ、戦争が激化するだけだ。そしてそれは容易に出来る事では無い。
俺の生まれた世界でも、大国の横暴は強烈だった。『大中華帝国』や『アメリカ共和国』の為に何人の日本人が死んだか数え切れない。
『朝鮮連合』は数百年前の事を蒸し返して、『大中華帝国』の威を借りて嫌がらせをしている。
俺の生まれた世界も、この時代と同じ『力による領土拡張主義』がまかり通っていた。あんな事態は出来る事なら避けたい。
となれば、世界の統一政府を造るべきなんだろうか? そこまで大それた事をやっても良いのか? ……俺にそんな能力は無い。
タイムパラドックスもある。そんな歴史改変をやったら、俺が消え去る可能性もある。
この世界が別次元の過去なら問題は無いだろうが、本当に過去に戻ったのなら危険は十分にある。
とは言え、虐げられた人達を見捨てるのも罪悪感を感じる。
それに俺は日本人だ。愛国無罪なんて思わないが、出来れば日本を優先させて助けたい。それと未来でも協力的な国家だな。
この豊かな自然を守って日本を豊かにする。それが出来る過程で今後の事は考えよう。
この世界の足場を作らないと何も出来ないし、今の俺に世界を語る資格は無い。そうなると、まずは現地政府との接触だな。
いや、今のままじゃあ介入しても出来る事は限られる。まずは天照基地の建設に全力を注ぐべきだろう)
最終的にどうするかは決められないが、取り敢えずは日本の国力を上げて国民の生活レベルを向上させる事を目標とした。
貧しい人達を救える力がありながら、それを使わずに見捨てる事は出来なかった。それが祖国であれば尚更だ。
しかし今の陣内に知識と技術力はあるが、直ぐに日本の改革に介入できる力は無い。
いや、中途半端過ぎると言い換えよう。まず技術の格差があり過ぎて、技術が富に結びつかない。
知識にしても、信用を得なければ単なる法螺吹きに過ぎなくなる。
その為にも、当初に予定していた基地建設計画を一部修正した内容で建設が進められる事となった。
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天照基地:第一期建設計画
拡張分を含めて、八フロア分の地下空間を確保。掘り出した土砂で高さ百メートルの山を造成。
地上部分の施設は簡易住居、大型輸送機と【雪風】の格納庫、倉庫(漂流輸送船の解体したパーツ等を保管)。
山の内部には造船所、海水淡水化プラント、微生物処理による石油生成プラント、重水素採取システムを建設。
尚、山の頂上部分には観測施設とレーダー施設を建設する。防衛施設は第二期建設計画に含まれる。
地下1F:住居エリア(二十人分)、製品組み立て工場(織姫の自動管理)、食料生産ユニット
地下2F:部品生産フロア(漂流宇宙船の部品生産ユニットや織姫の小規模工場を移設)
地下3F:倉庫(将来の拡張用)
地下4F:織姫の本体(制御コンピュータを設置) 倉庫も兼用
地下5F:リサイクル施設(予定)
地下6F:【織姫Z】の船体設備の核融合炉(300万KW)
地下7F:鉱石精製フロア(織姫の船内設備を移設)、材料加工工場。
地下8F:倉庫、地下資源採掘現場
この時代の日本に大きく介入するには、高度技術を使用した色々な製品を造る必要を感じた陣内だった。
その為に大量生産は無理でも、少量多品種の高技術製品を製造できる生産工場の機能を持たせた。
同時にこの時代に合った兵器の生産も考慮している。その為の造船所だ。(将来的には航空機も生産する予定)
第二期計画で防衛施設等の大幅拡張を行う計画だが、まずは必要最小限の施設の建設を優先させていた。
もちろん、これらの設備は要塞建設用の資材だけで建設できるはずも無い。不足している原材料は多くある。
だが、未来の情報から不足している原材料が何処にあるかは知っている。
その為に、大型輸送機で採掘用ロボットを運んで、まだ人の手が及んでいない地域の原材料を採掘しながら作業は進められていた。
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天照基地の建設は採掘用ロボット(一体)、建設用ロボット(十体)、汎用アンドロイド(二十五体)を使って行われていた。
今の予定では、天照基地の第一期計画の完成に、約三年は掛かると予想されている。
その間に陣内は過去の記録を徹底的に調査して、日本政府への介入手段と改革の実現方法を検討していた。
基地建設に着工して二週間後、1889年の一月の下旬だが、この時代の情報を精査していた陣内は少し方針を変更する事にした。
最初は天照基地の完成を待ってから日本政府と接触するつもりだったが、時期を早める事にしたのだ。
そして事前準備として、陣内はある事を織姫に命令していた。
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深夜、採掘用ロボットと汎用アンドロイド五体を搭載した大型輸送機が日本の近畿地方に飛来した。
この時代は航空機が実用化されていない事もあり、誰にも見つからずに大型輸送機は豊臣家の財宝を埋めた場所に降り立った。
反重力エンジンを装備している為に、無音飛行が可能だったから出来た事だ。
陣内の生まれた時代には各地の隠し財宝が掘り出されており、その位置情報は判明していた。
この時代に介入するには、まずは資金が必要になる。だから、埋もれている財宝を使う事にした。
当時の技術から深く掘れるはずも無く、全長二十メートルの採掘ロボットの手に掛かれば、あっという間に掘り出せた。
そして誰にも知られぬまま、豊臣家の財宝を積み込んだ大型輸送機は飛び立っていた。
継続して徳川の埋蔵金などの、まだ掘り出されていない国内の隠し財宝を根こそぎ回収し始めた。
人里離れた場所にある財宝のみが対象であり、その数は片手では数え切れない。
一日で終わるはずも無く、ある程度の期間が掛かる事は予想している。
そして国内の財宝の回収が終われば、次は海外の財宝だ。
人里離れたところに埋められた財宝や、沈没船の財宝などが次々に陣内によって回収された。
国内の財宝だけでも莫大な金額になる。それに海外の財宝が加わっていった。
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この時代に介入する手段として、トップダウン方式とボトムアップ方式の二つの手法が考えられた。
ボトムアップ方式であれば、代理人を用意して民間レベルで技術の底上げを行い、徐々に介入していくのが良いだろう。
だが、今までの経験と知識から、『権力の横暴』で理不尽に権利や技術・富を奪われる事を危惧した。
民間企業を起こして日本の改革を進めても、権力者の横暴によって全てを奪われる危険性もある。
やはり権力者の了解を取って、トップダウン方式で進めた方が危険性も少ないし、効果も早く出ると判断した。
そして決断した陣内は、豊臣家の財宝を回収した時点で、次の行動に移っていた。
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日本の国内政治に介入するには、トップの承諾を得なくては為らない。そしてこの時代のトップは明治天皇陛下(三十七歳)だった。
それと政治と軍事の元勲と呼ばれる人達を納得させられれば、計画は進められる。
だが、正体不明な者が容易に国家のトップと面会できるはずも無かった。それと陣内の存在を諸外国に知られる訳にもいかない。
そして過去の資料を見ても、陣内が国家の指導層と内密に接触できる機会を見出す事は無理だった。そこで陣内は強行策に出た。
1889年の二月一日。四人乗りの【雪風】に、陣内と汎用アンドロイド三体が乗り込んでいた。
陣内は漂流輸送船の積み荷にあった陸戦隊用の装備を身につけている。汎用アンドロイド三体は古い大きな箱を一つずつ抱えていた。
そして雲が多くて真っ暗な深夜に、【雪風】は皇居に反重力エンジンを使って無音で舞い降りた。
警護の人間は陸戦隊用の装備についている超音波を使った強制睡眠装置で無効化してある。
この時代ならば、最新鋭を通り越した想像すら出来ない兵器だ。
そしてそのまま皇居の主の寝室に忍び込み、本来は娯楽用に使用するドリームシアターをセットした。
ドリームシアターは本人が希望する楽しい夢を見させるものだ。だが、設定と出力を変えれば、立派な睡眠教育装置となる。
そして、これから辿る日本の歴史を皇居の主に見せていた。
日清戦争、三国干渉、北清事変、日英同盟、日露戦争、韓国併合、第一次世界大戦、国際連盟加入、関東大震災、金融恐慌、世界恐慌、
満州事変、2・26事件、日中戦争、第二次世界大戦、原爆の被害、戦後の焼け野原、戦後の復興、東日本大震災、その後の混乱。
宇宙へ進出、『朝鮮連合』の宇宙船の墜落事故の被害状況、その後の日本の衰退していく状況。
おまけとして、土産として持ち込んだ携帯無線機の使用方法も覚えて貰った。
途中、皇居の主の呻き声があったが、陣内は機械を止めずに睡眠教育を続けた。
最後に、陣内は自分のメッセージをドリームシアターにセットした。
『陛下が見た夢の内容は、自分が住んでいた世界であった事です。東京は消滅して皇室は滅び、日本は大きな受難を強いられていました。
自分の名前は陣内真。日本が衰退している未来に住んでいましたが、ある事故によってこの時代に偶然に来ました。
同じ日本人として、現在の苦境を見過ごせません。自分の持つ技術と資金を日本の為、そして世界の為に役立てたいと考えています。
それには陛下の協力が必要です。もし陛下が自分を信用して下さるなら、置いていく携帯無線機で連絡をして下さい。
使い方は睡眠教育で分かったはずです。これが夢で無い証拠に財宝の一部を置いていきます。
自分の生きていた時代には皇室は消滅していましたから礼儀は知りません。無礼はお詫びします。
ですが、自分の気持ちに嘘偽りはありません。御連絡をお待ちしています。
最後になりますが、警護の人間は自分が眠らせました。騒ぎになるでしょうが、お咎め無きよう御願いします』
後は普通に目覚めるだけだ。陣内は部屋の主の目覚めを待たずに、汎用アンドロイド三体が持ち込んだ古い大きな箱を三つと
携帯無線機を寝室の中に置いて立ち去った。
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翌日、皇居は大騒ぎになっていた。実害は無かったが、警護の人間が眠り込んでいたのが発覚したのだ。
警護責任者の辞任問題になりかけたのを救ったのは、皇居の主の介入だった。
「昨夜の事で警護の者に責任は無い。『天の御使い』が現われたのだ。騒ぐで無いぞ!」
そう言って騒ぎを収めた皇居の主は自室に戻り、昨日見た夢が嘘では無い事を再確認した。
部屋には夢で見た携帯無線機が実際にあった。カメラ機能付きであり、夢で覚えた操作をすると確かに写真が撮れた。
しかもカラー写真だ。この時代はまだ白黒写真しか普及していない。
こんな小さいもので鮮明なカラー写真が撮れるなど、今の技術では不可能な事は分かっていた。
しかも、古めかしい箱を開けると天正長大判(豊臣家の財宝)がぎっちりと詰まっていた。それが三箱もある。
夢で告げられた事が事実だと認めざるを得ないだろう。皇居の主は溜息をつきながら考え込んだ。
(この不可思議なものでカラーの写真が撮れるとはな。天正長大判が入った箱を三つも置いていくとは、神出鬼没な輩だ。
こうなると、あの夢で見たのは真実だと判断せざるを得ない。そして我が国の受難を見過ごす訳にもいかぬ。
我が血統が途絶えるのも見過ごせぬ。陣内とやらの協力があれば、今の国難は凌げるだろう。そしてより良い未来が迎えられる。
国民の為にもこの機会を逃す訳にはいかぬな。……しかし、未来があのようなものとなるのか。
アメリカとロシアは虎視眈々と我が国を狙っていた。そして清と朝鮮との関わりが、あのような結末になろうとは断じて認められん!
今なら、信用できる国と、信用できない国が、はっきり分かる。これを活かさぬ手は無いだろう。
しかし、陣内とやらは本当に信用できるのか? ……まずは会ってみないと判断も出来ぬか)
そう考えて皇居の主は携帯無線機を恐る恐る操作して、陣内に電話を掛け始めた。
不思議な音が聞こえてきたが、直ぐに人間の声が聞こえてきた。
『陣内です。こうして電話をいただいたという事は、自分の事を信用していただけたと考えて宜しいのですか?』
「……お前の事を信用するかは、会わないと判断できぬ。だが、あの夢で見せられたのは事実だと信用するしか無いだろう。
この奇妙な電話機や天正長大判がある故な。今晩にでも再び朕の前に来るが良い。ゆっくりと話を聞きたい」
『お言葉ですが、陛下が此方に来られませんか? 出来れば陛下が信頼する人達も御招待します。
招待を受けていただければ自分が持つ技術や財宝、それに進んだ兵器の一部も御確認いただけます。どうでしょう?』
「朕を招待すると言うのか? ……良いだろう。山縣達を呼んでおく。その時に朕が見た夢と同じものを山縣達にも見せられるか?」
『それは可能です。ですが、一度に見せられるのは五人までですから、招待するのは陛下を含めて六人までにさせて下さい』
「山縣達に見せるのは、百年程度の歴史だけで良い。我が血統が途絶える事を知れば、暴走するかも知れぬ故な」
『……分かりました。そのように準備します。では、今夜の七時に空からお迎えに参ります。
皇居の広場で待って下さい。それと識別が可能なように篝火を焚いて下さい。
約一日掛けてゆっくりと説明しますから、明日は不在でも問題無いように御願いします。寝室は此方で用意します。
未来の事が知られても大丈夫なら護衛の人をつけても構いませんが、上限は総員で六人までにして下さい』
「……明日の夜には戻れるのだな。良いだろう。手配をしておく」
『自分の事を諸外国に知られる訳にはいきません。緘口令を出して人払いをして下さい。
もっとも、万が一にも見つかった場合は言い訳し易いような演出をさせていただきますが』
「……演出だと? 何をするつもりだ?」
『それはその時をお待ち下さい。それとこの携帯無線機は他の人には見つからないようにして下さい。
万が一でも奪われると、自分の事が明るみに出る可能性もあります。御注意下さい』
「分かった。では、今夜の七時だな。必ず来い! 待っているぞ!」
そして皇居の主は携帯無線機を切り、未来の事を知るべきだと判断した人物を脳裏に思い浮かべた。
その人物達に夕方の五時までに皇居に来るように、そして戻りは明日の夜になる事を伝えようと動き出した。
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(あとがき)
仮想戦記は初めてです。色々とぶっ飛んだ設定ですが、暇潰し小説として読んでみて下さい。
(2013. 5.11 初版)
(2014. 2.16 改訂一版)